ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

私の邪推と偏見

2019-10-31 21:15:46 | 徒然の記
 私は、安倍総理について、是々非々の立場です。このところの反日・野党と、マスコミの報道を見ていますと、一言云わずにおれなくなりました。

 訪問される方にも、息子たちにも、これから述べるのは、「私の邪推と偏見」であると、断っておきます。根拠は何もなく、単なる印象だけで、述べています。

 1.  菅原経産大臣の辞任騒ぎ
    2. 河井法相の辞任騒ぎ
    3.  萩生田文科相の失言騒ぎ
    4.  二階幹事長の失言騒ぎ

 野党とマスコミが一体となり、安倍政権の関係者を追求しています。この図式は、安倍総理の任命責任へと世論を誘導し、倒閣運動へつなげようとするものです。

 お粗末な大臣諸氏の言動ではありますが、こんなものは、私から見れば全て「些事」です。マスコミのダブルスタンダードが目につき、腹立たしいだけです。

 彼らはなぜ、こんな些末な事柄で大騒ぎし、倒閣の世論を煽ろうとしているのか。お花畑の住民は別として、日本を大切にする人間は、彼らの意図を邪推する力が求められます。

 日本憎悪で固まる韓国の文在寅大統領の、許せない一連の言動が、私たち国民を怒らせています。日韓条約の無視から始まり、レーダー照射事件、GSOMIAの破棄、韓国国会議長の暴言(上皇陛下は犯罪人の息子、陛下が謝れば全てが解決する)などなど、いつものことですが、ならず者としか言えない、彼らの言動です。「盗人猛々しい」と、およそ外交儀礼も弁えぬ、文氏の暴言は、日本国民全体への悪態です。

 常に我慢してきた日本ですが、安倍総理が今回は、妥協していません。この件に関する総理の対応は、筋が通っています。日韓関係は、種を撒いた韓国の文氏一派が、謝罪するところからしか始まりません。

 息子たちも、父の意向に、そろそろ気づいたでしょうか。
反日の野党と、反日のマスコミが、ここまで大騒ぎし、安倍総理の政治責任とやらを追求する理由・・・・。日本よりも、韓国の方が大事な彼らは、安倍氏が総理でいる限り、韓国の窮状が救われないため、文一派に負けない屁理屈と、ガサネタで、政争を起し、騒ぎ立てようとしているのです。

 こんな些事で、政治家の首を取ると言うのなら、地球を5周分のガソリン代金を誤魔化した、民進党の山尾議員はなんでうやむやのままなのか。二重国籍の蓮舫氏は、なぜ追及を逃れたのか。過激派暴力団体からの献金を受けている、辻本氏は、なぜマスコミに守られているのか。

 彼らのダブルスタンダードの醜さに、反吐が出そうになるのは、私だけなのでしょうか。叩けば埃が出るのが、政治家というものですから、自民党であれ、野党であれ、マスコミが血祭りにあげようとすれば、簡単な話です。報道の自由の名の下に、報道しない自由も駆使し、マスコミはやりたい放題をしています。

 何も私は、安倍内閣の関係者を、殊更弁護する気はありません。云われるだけの言動をしたのですから、襟を正す必要はありますが、私が許せないのは、マスコミの恣意的報道です。彼らはテレビ・新聞・ラジオという、強力な情報手段で、反日の活動をしています。いつものことですから、私たちは、彼らに踊らされないように、しなければなりません。

 彼らがやっているのは、「韓国を助けるための、安倍内閣倒閣運動です。」

 ( 私の邪推と偏見のブログですから、息子たちは、こんな真似をしないでください。)
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文明の衝突 - 20

2019-10-30 17:22:32 | 徒然の記
 前回は、EAEC ( 東アジア経済協議体 )という問題を通して見た、氏の意見を紹介いたしました。今回は、文明論の視点から眺めた、日本に関する主張を紹介します。面白いものではありませんが、今後の日本を考える上で、参考になります。

 「文明には通常、その文明を支える文化の、」「主要な発生地と、構成員が見なしている場所が、」「一つ以上ある。」「それはしばしば、その文明の中核国、」「つまり最も強力で、文化の中心にある国だ。」

 「中華、東方正教会、そしてヒンドゥーの各文明は、」「圧倒的な力を持つ、一つの中核国と、」「その他の構成国から、なっている。」「欧米には、現在、二つの中核国、」「つまりアメリカと、ヨーロッパのフランス・ドイツという中核国があり、」「両者の間で揺れている、イギリスが、」「さらにもう一つの、中心となっている。」「日本文明は、事実上、」「日本という一つの中核国と、同一である。」「孤立国とは、他の社会と文化を共有しない国である。」

 孤立した日本という氏の意見は、この認識から出ています。日本文明はアジアの中で、一つの文明として完成しているが、取り巻く国が無いという意見です。言語と宗教が異なるため、周辺国から孤立している例として、氏はエチオピアとハイチをあげています。

 「しかし、最も重要な孤立国は、日本である。」「日本の独特な文化を、共有する国はなく、」「他国に移民した日本人は、その国で重要な意味を持つほど、人口が多くないし、」「かといって、移民先の国に同化することもない。」「例えば、日系アメリカ人がそうだ。」

 「日本の孤立の度がさらに高まるのは、日本文化は高度に排他的で、」「広く支持される可能性のある、宗教 ( キリスト教やイスラム教 ) や、」「イデオロギー ( 自由主義や共産主義 ) を、持っていないという事実がある。」「そのため、他の社会に、それを伝え、」「他の人々と、文化的な関係を築くことができないのである。」

 日本文明の孤立論として、これを読んだ時、「なんだ。この程度の理解だったのか・・」と、正直、少し氏を軽蔑したくなりました。世界の国々について、驚くほど詳しい知識を持っている氏なのに、どうやら日本については、あまり関心がないようです。日本文化は高度に排他的と批評していますが、何をもって判断しているのでしょう。根拠になるものを示せないほど、氏が、日本について知らないのだと思いました。

 広く支持される宗教やイデオロギーを持っていないと、氏は言いますが、この誤解というより、学問的間違いを指摘せずにおれません。

 「日本はアジアです。」「日本は、東アジアの国なのです。」「この地理的、文化的な事実に、」「背を向けることはできません。」「あなた方は、ここに属しているのです。」

 マハティール氏の言葉を紹介しながら、ハンチントン氏は、何も分かっていなかったのです。日本が孤立した国であるとしたら、マハティール氏が、こういう呼びかけを本気でするのでしょうか。オーストラリアやニュージィランド、そして米国まで、EAECへの参加を拒んだマハティール氏が、どうして日本への参加を要請したのか。

 この事実の中に、私は氏への反証があると考えます。共有する文明がなくととも、世界第二の経済大国だった日本に媚び、利用したに過ぎないと、ハンチントン氏はいうのかもしれません。それなら、マハティール氏は、どうして世界一の大国であるアメリカを、利用しなかったのか。

 ハンチントン氏にも、私と同様の偏見というか、強い思い込みというのか、そんなものがあるのではないでしょうか。日本はアジアで孤立した、特殊な国、あるいは、周辺国に馴染まない、変な国という印象が、固定観念として刻まれているようです。反日・左翼とグローバリストを、頭から「駆除すべき害虫」と、決めつける私と似ているものを感じます。

 息子たちのためには、結論を先に言う方が、分かりやすいはずですから、反論を箇条書きにいたします。

 1.  日本が持っている、他国に広く支持される宗教とイデオロギーは、神道の中に集約されています。

 2.  それが欧米諸国に知られていないのは、大東亜戦争での敗北が原因です。東京裁判で、戦前の全てを悪として否定された日本は、以後国内でも、それを信じる者が多数を占め、口を閉じてしまいました。

 神道の中にある次の三つの信仰は、世界の国が共有できる精神です。
 1.  自然信仰  ( 山や木や岩など、自然そのものの中に神を見、人間もその一部であると考える。中心にあるのは、太陽神。)
 2.  御霊(みたま)信仰    ( 優れた人や地域に貢献した人など、個人の魂を信仰の対象とする。)
 3.  祖霊(それい)信仰 ( 自分の祖先を神として大切にし、これが国の祖先である天皇と、無意識のうちにつながる。 )

 ロシア正教のように、国ごとに神道を確立し、祖霊信仰に、それぞれの国の祖となる王様や皇帝を祀れば、良かったのです。戦前の日本が間違えたのは、日本の天皇を、アジアの国に押しつけたところです。それぞれの国が、自国の大切なご先祖様を祀れば、何の摩擦もありませんでした。まして、太陽を中心とする自然信仰は、万人が持つ敬虔な思いです。

 語れば長くなりますし、ハンチントン氏に伝わる訳でもありませんので、ここで終わりといたします。息子たちには、父の意思を継ぎ、この先を研究してもらいたいと思います。( 只今306ページ、前途遼遠です。 )
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文明の衝突 - 19

2019-10-29 19:52:14 | 徒然の記
 秋の夜長の読書ですから、心に余裕を持ち、少しは楽しみたいと思います。氏が、日本という国を、どのように捉えているかを、まとめて知りたくなりました。

 著作の中から該当する部分を、集めましたので、とっかかりとして、EAEC ( 東アジア経済協議体 ) を、取り上げます。本題に入る前に、ネットの情報を転記しました。

 「マレーシアのマハティール首相が、1990 ( 平成2 )年に提案した、」「貿易ブロック構想である。」「EU(欧州連合)市場統合や、NAFTA(北米自由貿易協定)など、」「地域主義の動きに対抗し、」「ASEAN(東南アジア諸国連合)、日本、韓国、中国など、」「東アジア地域諸国も、団結すべきとの発想から生まれた。」「しかしアメリカなどが、アジアのブロック化だとして、強く批判し、」「具体化は進んでいない。」

 オーストラリアが参加を希望したのに、マハティール氏が、オーストラリアはアジア人の国でなく、ヨーロッパ人の国だと、参加を拒んだのが、このEAECでした。活動しているとばかり思っていましたが、アメリカの反対で、まだ発足していませんでした。アジアの国々がやろうとしていることに、なぜ米国が反対をするのか、知るほどに、アメリカという国は、身勝手な国という気がいたします。これに関する氏の説明を読みますと、日本の姿がよく分かります。かって新聞で読んだ記憶がありますが、ここまで明確な記述がなかったので、今回初めて状況を理解いたしました。息子たちにも知らせたい、戦後の日本外交の縮図です。

 その前に、予備知識として、ASEANの加盟国について、知っておく必要があります。これも、ネットの情報です。

 「当初加盟国は、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの5カ国。」「 その後、ブルネイ、ベトナム、ミャンマー、ラオスが加盟し、」「1999 ( 平成11 )年にカンボジアが加わったことで、東南アジア全域の10ヶ国がまとまった。」「これにより、人口5億人を超える集合体となった。」

 少し長くなりますが、氏の説明をそのまま引用いたします。
 「東アジアに、意味のある地域的組織が生まれるには、」「それを維持できるだけの、文化の共通点が、存在しなければならないだろう。」「東アジアの社会には、確かにいくつかの共通点があり、」「それゆえ欧米と異なっている。」「マハティール首相によると、これにより、協力の基盤ができ、」「EAECの促進が図れると、言う。」

 「この会議には、ASEAN加盟国と、」「ミャンマー、台湾、香港、韓国が参加し、」「最も重要な参加国として、中国と日本も含まれると言う。」「マハティールは、次のように述べている。」

 「東アジア内の組織とはいえ、単なる地理的な集団でなく、」「文化的な集団でもある。」「東アジア人は、日本人であれ、韓国人であれ、」「インドネシア人であれ、文化的には、ある程度似ている。」「ヨーロッパ人もまとまっているし、アメリカも同様だ。」「われわれアジア人も、まとまらなければならない。」

 「マハティールの協力者の、一人の言葉によれば、」「その目的は、アジアで共通点を持つ国同士の、」「地域貿易を拡大することである。」「この考え方に基づいて、オーストラリア、ニュージーランドと米国が外された。」「しかしEAECの成功を、決定的に左右するのは、」「日本と中国の参加である。」「マハティールは、日本の参加を熱心に要請した。」

 「彼は、日本の聴衆に語った。」「日本はアジアです。」「日本は、東アジアの国なのです。」「この地理的、文化的な事実に、」「背を向けることはできません。」「あなた方は、ここに属しているのです。」

 「だが日本政府は、参加に乗り気ではなかった。」「一つには、アメリカの機嫌を損ねることを恐れ、」「また一つには、自らをアジアの一国と認識するかどうかで、」「意見が分かれていたからだ。」「日本が参加すれば、支配的な立場に立たされ、」「参加国の懸念や不安を掻き立て、」「中国には、敵意を抱かせる可能性がある。」「かって数年にわたり、日本が主導し、」「アジアに、円ブロックを作ろうと、」「盛んに討議がなされた。」「ところが日本は近隣諸国と、文化的なつながりを持たない、」「ほとんど孤立した国であり、1995 ( 平成7 )年現在、」「円ブロックは、実現していない。」「ASEANの発展は遅れ、円ブロックは夢のままで、」「日本は躊躇し、EAECは発足できずにいる。」

 円ブロックについては、アメリカによる強力な反対で頓挫したと、マスコミが報道していましたから、氏が言うように、日本の優柔不断だけが原因でなかったはずです。むしろ私は、次のように異を唱えたい気持ちです。

 「日本がアジアで孤立しているのは、文化的なつながりの欠如というより、」「アメリカへの忖度が、そうさせるのです。」「アメリカは、かってのように、日本がアジアで主導権を握ることを警戒し、」「アメリカの対抗勢力となることに、全て反対しています。」「そのための東京裁判であり、憲法の押しつけでした。」「日本の戦後は、アメリカへの忖度と、従属の年月でした。」

 ハンチントン氏が、これを知らない訳でもあるまいにと、思います。
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文明の衝突 - 18

2019-10-28 15:22:35 | 徒然の記
 イスラム文明と中国文明の、どちらが脅威かと聞かれたら、私は即座に中国と答えます。しかしハンチントン氏は、イスラムに危機感を覚え、多くのページを使っています。

 米国人だからそうなるのか、それとも、20年前の著作なので、まだ中国は、イスラムほどの脅威を感じさせていなかったのか、ネットで調べてみました。20年前といえば、日本では御代変わりの、平成元年でした。

 「1989年4月15日 - 1989年6月4日、天安門事件。」「中国の一般民衆が多数虐殺された。」「趙紫陽は、総書記ほか全役職を解任され、」「江沢民が総書記・最高指導者に抜擢。」「中国は、西側諸国から経済制裁を受けた。」

 引退したとは言え、当時はまだ鄧小平氏が健在で、事件の始末をつけたのも彼でした。この頃の中国はまだ、やっと「改革開放経済」を始めた時期で、西欧社会には、何の脅威も与えていません。これを頭に入れた上で、ハンチントン氏の叙述を引用いたします。

 「イスラムの復興は、1970 ( 昭和45 ) 年代の石油ショックで、」「多くのイスラム諸国が、富と影響力を一気に増大させたことによって、」「火がついたのである。」「これによって彼らは、西欧との間に存在していた、」「支配と従属の関係を、逆転させることができた。」「サウジ、リビアなどの政府は、石油収入を投じて、」「イスラム復興を刺激し、また、経済的に支援した。」

 「富を得たイスラム教諸国の人々は、西欧への憧れから覚めて、」「自分自身に深い関心を抱くようになり、」「イスラムの地位と重要性を、主張したいと考え始めたのである。」「持続する人口増が原動力となり続けた、イスラムの復興は、」「脅威的な人口増加率によって、支えられていたのである。」

 平泉渉氏と同様に、ハンチントン氏も、国力を図る基準に「人口」を、語ります。私の頭には、「貧乏人の子沢山」という言葉が、マイナスイメージとしてありますが、政治の世界では違うようです。「人口が増加するのは、国が元気な証拠である。」と、考えを改めなくてなりません。そう言われますと、なるほど、勢いをなくした欧米諸国が、少子高齢化社会となっており、日本もまた、その仲間入りをしています。若い働き手をなくした国々は、安価な外国人労働者を、移民として多量に受け入れています。

 移民は貧乏な未開、未発達の国からくるというのも事実ですが、逆にこれらの国は、勢いのある若い国であると、自分の常識が、氏の著作でひっくり返されていきます。

 「イスラム圏全体では、1980 ( 昭和55 ) 年現在で、」「世界全人口の、18%を占めていると言われ、」「2000 ( 平成12 ) 年には、20%を超え、」「2025年には、30%を超えると、予想されている。」

 「人口が増えれば、それだけ物資も必要になる。」「従って、人口密度と人口増加率の大きな国は、」「外へ向かう傾向を強め、領土拡大を目論み、」「人口増加率の少ない民族への、圧力を強めるだろう。」「イスラム圏における人口の増加は、それ以外の国々と、国境付近での衝突をもたらす、」「重大な要因となる。」「イスラム諸国からの大量の人口流出は、相手国での移民問題を引き起こす。」

 20年前に、氏が予見していた通りのことが、現在の欧米諸国で生じています。具体例として、氏は、旧ソ連、アルバニア、セルビア、ギリシア、イタリア、イスラエル、スペインなどの国を上げています。氏が強調するのは、増加した若者の中から、イスラム原理運動や、その他の政治活動に参加する者が出てくる、という事実です。先般安倍総理が、「移民法」を成立させましたので、何も対策を講じなければ、早晩、日本もそうなります。

 「だがいずれ、イスラム復興運動も下火になり、歴史の中に姿を消すはずだ。」「それが予想されるのは、人口増が鈍化する2020年代以降である。」「その頃には、戦闘的な活動家や、兵士、移民の数も減り、」「他国との激しい対立は、沈静化の方向へ進むだろう。」

 有効な手立てがなく、人口減となる時期を待つしかないというのが、氏の意見です。イスラム諸国からの移民だけでなく、在日の60万人を抱える日本には、すでに隣国中国からの流入が始まっています。安い労働力に目がくらみ、移民受け入れを政府に働きかける経済界は、とんでもない愚か者としか、言いようがありません。「多様化する社会」「共生化する寛容の社会」と、これを鼓舞する、金で買われた学者たちにも、警戒しなくてなりません。ここを頭に入れ、もう少し、氏の意見を聞きましょう。

 「イスラムと西欧の間に、友好関係は成立しないが、」「対立傾向は弱まり、戦争に近い状態は、」「冷たい戦争に変わり、冷たい平和という状態さえ、」「ありうるだろう。」「いずれにせよ、これから数十年間、アジアの経済成長は、」「西欧によって確立された、国際社会の秩序に、」「大きな不安要因として、作用することとなる。」

 「各国は、軍備の拡充に動くと共に、」「国外への移民も増える。」「21世紀初頭の世界では、非西欧諸国が、」「国力と文化的影響力を増大させ、」「お互い同士、あるいは西欧との間で、」「衝突を繰り返すことになる。」

 何とも暗い予見ですが、日々のマスコミの報道を見れば、看過できない主張だと思います。米中貿易戦争、日韓関係の悪化、先の見えない拉致問題など、日本には日本の課題が山積しています。それなのに、国会では相変わらず、大臣の不祥事での辞任騒ぎです。自民党も野党も、国政そっちのけで、一体何をしているのでしょう。
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文明の衝突 - 17

2019-10-26 20:39:48 | 徒然の記
 ハンチントン氏の著書で、トルコ、メキシコ、オーストラリアについて、学んできました。読書の秋にふさわしい、啓蒙の書となっています。

 人生いろいろ・・と、亡くなった島倉千代子さんが歌っていましたが、人生ばかりでなく、国にも色々あることを教わりました。楽しくはありませんが、日本ばかりに、不合理で、おかしな問題があるのでないと知れば、多少気が楽になります。

 これから最後のロシアですが、さすが世界を二分していた国だけに、これまでの三国のように、簡単に語れません。旧ソ連内の国が、ソ連邦解体後に分裂したというだけでなく、西欧との関係で捉えないと、正しい理解ができません。

 氏の言葉を借りますと、ソ連邦分裂後のロシアと東欧は、「東方教会とイスラムの勢力範囲」と、「西欧キリスト教の勢力範囲」に、大きく分かれました。世界地図で言いますと、スカンジナビア半島とバルカン半島を上下に結び、右側が「東方教会とイスラムの勢力範囲」になり、左側が「西欧キリスト教の勢力範囲」になります。

 今回初めて知りましたが、即座に理解できませんので、氏の説明を引用いたします。

 東方教会は、正教会に属するキリスト教の教会だが、」「西欧のキリスト教とは、別のものである。」「正教会は、一カ国に一つの教会組織を持つことを原則とし、」「ロシア正教会、ギリシャ正教会、グルジア正教会、ルーマニア正教会、」「ブルガリア正教会、日本正教会などがある。」「各国ごとの正教会は、異なる教義を信奉している訳でなく、」「同じ信仰を有しており、ロシア正教会は、」「数多くある独立正教会の、一つである。」

 つまり旧ソ連邦と東欧諸国は、西欧のキリスト教国と、正教会の国とに二分された、ということになります。方向音痴の私は、地図を見ながら引用するしかできませんが、多くの人は頭の中で地図が描けるでしょうから、参考のため、二分された国々の名前を、上から下へ向け、転記いたします。

 1.   「東方教会とイスラムの勢力範囲」
         ロシア、ベラルーシの半分、ウクライナの4分の1、ルーマニアの3分の2、ボスニア、モンテネグロ、アルバニア、ブルガリア、マケドニア、ギリシア、トルコ、

 2.   「西欧キリスト教の勢力範囲」
  フィンランド、⁂エストニア、⁂ラトビア、⁂リトアニア、ポーランド、スロバキア、⁂ハンガリー、⁂スロベニア、⁂クロアチア
 
 半分とか、4分の1とか表示した国は、そのまま分断された状態にあります。⁂印をつけた国は、かってのソ連圏から離れ、西欧キリスト教圏へ変わった国です。ロシアは、プーチン大統領が支配する国として、変わらぬ強国のように、マスコミを賑わせていますが、内部の混迷状態が推し測られました。

 社会主義陣営の頂点に位置し、絶大な権力と権威を誇っていた、旧ソ連の共産党が、今はどうなっているのか。ネットで調べてみました。現在のロシアは、複数政党制を採用しており、日本の衆議院にあたる、国家院(連邦議会下院)に議席を持つのは、以下の4政党です。 (   )内の数字は、平成28年の議員数です。

 ・  統一ロシア - 右派     ( 343 人 )
 ・  ロシア連邦共産党 - 極左          ( 42 人 )
 ・  政党エル・デー・ペー・エル - 極右 ( 39 人 )
 ・  公正ロシア - 左派                       ( 23 人 )

 プーチン大統領は、最大多数党の「統一ロシア」を率いていますから、かっての共産党は、議員数42人の「ロシア連邦共産党」であろうと、思います。宗教は阿片だと排斥した共産党も、昔日の面影がなくなりました。だからと言って、かって世界を二分した党が、消滅したとも思えません。

 参考のため、令和元年における、日本の主な政党と議員数を、転記いたします。

 自民党 (  398 )人  立憲民主党 (  92 )人  国民民主党 (  61 )人
 公明党 (  57 )人      日本維新の会 (  27 )人    共産党 (  25 )人

  日本の共産党は、政権を取ったこともなく、世界に名前を轟かせてもいませんが、たった25人前後の勢力で、戦後74年間、日本の政界を混乱させ、社会をかき乱しています。それを思えば、ソ連の共産党が、今もロシア社会で、隠然たる力を持っているだろうと推測しても、無理はあるまいと考えます。安倍総理は、マスコミから「独裁者」と揶揄されても、反論できない偽物の「独裁者ですが、プーチン氏は本物の独裁政治家です。氏でなければ、現在のロシアの舵取りはできないことが、よく分かりました。

 独裁者でなければ統治できない国が、国民にとって、良い国であろうはずがありません。習近平氏の中国も、金正恩氏の北朝鮮も、内部では引き裂かれた国家ですから、日本はまだマシです。少しだけ、気を楽にしたところで、明日もまた氏の著書で学びます。
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文明の衝突 - 16

2019-10-25 00:05:25 | 徒然の記
  オーストラリアの労働党について、ネットの情報を、転記いたします。

 「中道左派の社会民主主義政党で、社会主義インターナショナルに加盟。」「右派政党の保守連合(自由党と国民党の政党連合)と、二大政党として対峙している。」

「1891 ( 明治24 ) 年に創立された、最も古い政党である。」「2007 ( 平成19 )年の、連邦下院総選挙で、11年ぶりに政権与党となり、」「党首のケビン・ラッドが首相に就任した。」「2010 ( 平成22 )年、支持率低迷にあえぐラッドに代わり、」「ジュリア・ギラードが党首に就任。」

 「しかし、選挙後も、ギラードとラッドは、主導権争いを繰り返し、」「ギラード政権下では、8人の閣僚が辞任した。」「オーストラリア国民は、この内紛と混乱に嫌気が差し、」「労働党政権の支持率は、低下した。」「2013 ( 平成25 )年の総選挙では、野党の保守連合が過半数を獲得し、」「労働党を下し、6年ぶりの政権交代が実現した。」「保守連合の勝因は、労働党への国民の失望とされる。」

 オーストラリアの政界は、イギリスと同様、労働党と保守党の、二大政党制であることが分かりました。政界の動きを細かく転記しているのは、かって日本が、民主党に政権を渡した時のことを思い出すからです。長期政権には腐敗がつきものですが、自民党も、国と国民への責務を忘れ、醜い金権政治に堕したため、反日・左翼の民主党に政権を奪われました。

 鳩山氏が首相になり、「これは無血の革命だ。」と、意気盛んに語っていました。民主党政権は、三年間しか政権の座にありませんでしたが、彼らがやったことは、金権腐敗の自民党を超える、「日本破壊」の政治でした。まとまりかけていた普天間の基地問題を白紙に戻し、日米同盟に大きな溝を作り、尖閣の問題では、中国と衝突しました。 外交も内政も素人集団だった彼らは、三年間で、日本の土台を崩壊させることしかやりませんでした。

 民主党の政権と比較することで、私は、やっと、1990 ( 平成 2 ) 年代に、オーストラリアのキーティング首相が決定した、政策の大転換を理解しました。

 「西欧から離脱し、アジア社会の一員として自国を見直し、」「近隣諸国との、密接な関係を発展させる。」

 「オーストラリアは、」「 " 帝国の出先機関 " であることをやめ、 " アジアに組み込まれる " ことを、」「目的とすべきだ。」

 マルクス主義を信ずる労働党は、もともと、国の歴史や伝統に重きを置きません。日本共産党や、他の反日野党が、皇室廃絶を夢想しているように、オーストラリアでも、彼らは、エリザベス女王への忠誠を捨て、英連邦からの離脱を図っています。平成25年の総選挙で、保守党が、6年ぶりの政権交代した様子が、当時の日本と重なります。

 令和元年の現在、キーティング氏は、中国国家開発銀行の、国際顧問委員会のメンバーだそうですが、ルーピー鳩山氏と、そっくりです。

 「中国は偉大な国だ。」「現在は、世界第2の経済大国であり、」「すぐに、世界最大の経済大国になるだろう。」「それを考慮に入れていない外交政策を取るなら、われわれは愚か者だ。」

 今でもこのような意見を述べ、政治をかき回しています。オーストラリアの混迷ぶりを知りますと、反日・左翼政党に翻弄される日本が、まだマシかと、思えてきます。国民の負託を、すぐに忘れる自民党に、気を許してはいけませんが、歴史も伝統も破壊する反日・左翼政党は、もっと危険です。彼らが皇室の護持をするなど、あり得ないことが、オーストラリアの例で分かります。君主制を否定し、英連邦からの離脱を防止したのは、多数の国民の反対であったことを、私たちは学ばなければなりません。
 
 国論の分断したオーストラリアの悲劇は、国内だけでなく、アジア諸国の反応にもあります。主な意見を、氏が列挙していますから、そのまま転記いたします。

 1.  インドネシアの政府当局者
  「オーストラリアのアジアへの統合の成否は、ある一つのことにかかっている。」「アジア諸国が、どこまでオーストラリアの意向を、歓迎するかだ。」

 2.  マレーシアのマハティール首相
  「文化的に、オーストラリアは、まだヨーロッパなのだ。」「我々はそう思っており、したがってオーストラリアは、」「東アジア経済会議に、参加すべきではない。」「我々アジア人は、他国に対して、率直に批判したり、」「評価を下したりすることを、あまりしない。」

 「オーストラリア人は、文化的にヨーロッパ人なので、」「何が正しいのか、間違っているのかを、」「相手に向かって、言う権利があると思っている。」「当然ながら、それは東アジア経済会議と、相容れないものだ。」「それは皮膚の色の問題でなく、文化の問題なのだ。」

 3.  タイ人
  「オーストラリアが、自国をアジアの一員と主張するのを、」「当惑しながら、寛容な気持ちで見ている。」
 
 氏はキーティング氏の選択を、痛烈に批判しています。長くなりますので、主要部分だけを、転記します。

 「オーストラリアは、キーティングが罵倒した、 " 帝国の出先機関 " と、」「リー・クワン・ユーが、軽蔑して呼んだ " アジアの新たな貧乏白人 " 、」「であり続け、永久に引き裂かれた国家になるだろう。」

 「オーストラリアの、アジア化という無駄な努力は、」「実現しないことである。」「オーストラリアが、イギリスの王権から離れて、」「共和国になりたければ、世界で最初に、」「それをした国と、連合すればいいのだ。」

 氏が婉曲に述べているのは、米国との連携です。異文化のアジアと同化するのでなく、アメリカとこそ連帯すべきと、主張しています。いかにも、米国の学者らしい意見です。左翼政党は、どこにあっても、国をダメにすることしかしないと、これが私の結論です。

 オーストラリアが終わりましたので、次はロシアです。やっと247ページです。
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文明の衝突 - 15

2019-10-24 20:18:57 | 徒然の記
 本日は、オーストラリアの話です。228ページから、氏の叙述を、転記いたします。

 「オーストラリアは、20世紀を通じて、まずイギリスと、」「続いてアメリカと固く同盟し、冷戦時代は、」「西欧の一員だっただけでなく、西側の、」「軍事及び諜報の、中心的存在だった。」「だが、1990 ( 平成 2 ) 年代に、オーストラリアの政治指導者が決定したのは、」「西欧から離脱し、アジア社会の一員として自国を見直し、」「近隣諸国との、密接な関係を発展させることだった。」

 「キーティング首相は、オーストラリアは、」「 " 帝国の出先機関 " であることをやめ、 " アジアに組み込まれる " ことを、」「目的とすべきだと、明言した。」「彼の説明によれば、オーストラリアは、数えられないほどの長い年月、」「イギリス崇拝と、麻痺状態を病んでおり、」「イギリスとの連合を続ければ、国の文化と経済の将来はなくなり、」「アジアと太平洋における、われわれの運命は衰退するだろう、」「と言うのである。」

 キーティング首相が、こんなことを言っていたとは、知りませんでした。背景にあるのは、アジア諸国のダイナミックな経済発展です。根拠となる数字を、ハンチントン氏が上げています。

 1994 ( 平成 6 ) 年     輸出 ・・ 東アジアと東南アジア向け 62%
                                                        (  EU向け    11.8%    米国向け 10.1% )

                                 輸入 ・・ 東アジアと東南アジアより 41%
     
 金の切れ目が縁の切れ目と言いますが、キーティング氏が実行したのは、まさにそれだったようです。氏は、中国の巨大市場に目を向け、日本に対してはむしろ、冷淡だったと言う印象がありました。 ハンチントン氏の説明には、キーティング氏に対する、よそよそしさが感じられます。

 「こうした経済関係にもかかわらず、」「オーストラリアとアジアの協力体制、と言う構想は、」「これを成功させるのに必要な条件を、一つも満たさないように、思われる。」「第一に、オーストラリアのエリート層は、この道を選ぶことに、」「強い熱意など、全く示さなかった。」「自由党は、曖昧な態度で、反対したり、」「労働党政権も、様々な知識人やジャーナリストから、」「かなりの批判を受けた。」

 君主制廃止に同意する国民の声は、21%から46%まで上昇した後、ダウンしました。英連邦から離脱するとなれば、君主制に賛成していては出来ませんから、何度か世論調査が行われたようです。しかしオーストラリアの国旗から、イギリス国旗を消すことについて、世論は曖昧で、明確な合意が形成されませんでした。エリート層もまた、アジアという選択について、合意しませんでした。

 「これが最も重要なのだが、アジア諸国のエリートは、」「オーストラリアの進出を受け入れる意思が、あまりなく、」「ヨーロッパのエリートが、トルコの受け入れを拒んでいる状況より、」「さらに消極的だ。」   

 国民の多数の意思が曖昧でも、こんな大胆な政策変更をする労働党とは、どんな政党なのかと、疑問が生じてまいりました。ここでまた、氏の著書を離れ、ネットの情報を検索すると、次のような説明がありました。道草ばかりしますが、オーストラリアを理解するには、氏が省略しているこの国の実情を、知る必要があります。スペースがなくなりますので、本日はここで一区切りとし、次回は、労働党政権について報告します。

 面倒だから、オーストラリアのことなど、どうでもいいやと思われる方は、スルーしてください。日本を知るために、必要な知識だと考える方は、明日も「ねこ庭」へ、足をお運びください。(  息子たちは、スルーしてはなりません。 )
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文明の衝突 - 14

2019-10-24 00:53:49 | 徒然の記
 今回は、オーストラリアです。国の名前を聞いて、頭に浮かぶのは、カンガルーとコアラと羊です。次いで思いだすのは、白豪主義という言葉です。かっての南ア連邦と同じく、白人優先の国で、有色人種を差別していたと、ぼんやりした記憶があります。ところが、ハンチントン氏は、こうした一切を語らず、いきなり次のような説明をします。

 3.  オーストラリア
  「ロシアやトルコや、メキシコとは対照的に、」「オーストラリアは、初めから西欧社会の一員である。」

 いくら私が無知でも、オーストラリアを語る時、こんな説明からは始めません。欧米人たちが来る以前に、アポリジニと呼ばれる先住民がいたことを、薄々知っています。メキシコのインディゴのように、文明を持っていたかどうかは知りませんが、オーストラリアには彼らが住んでいました。

 こう言うところを見ると、氏も、有色人種を軽視する白人の一人かと思わされます。ネットで調べ、次のような説明を見つけました。

   1.   1606年、当大陸に最初に来た白人は、オランダ人のヴィレム・ヤンツであった。
   赤道付近の北部地域に上陸し、その周辺を探索し、植民地には向かないと判断したため、オランダ人は入植しなかった。

 2.  1770年、スコットランド人のジェームズ・クックが、シドニーのボタニー湾に上陸した。
  彼は領有を宣言し、入植が始まり、東海岸をニュー・サウス・ウェールズと名付けた。

 3.  1788年から、流罪植民地として、イギリス人の移民が始まった。
  初期移民団1030人のうち、736人が囚人で、その他は、ほとんどが貧困層の人間であった。また、当時は軽犯罪でも当地に流刑されたという。

 4.  1791年の第2回囚人護送は、1017人だった。
  植民地での食糧難が加速したため、政府は自由移民を募り、農地を拡大させた。

 5. 1828年、全土がイギリスの植民地となり、開拓が進んだ。
         彼らは内陸を探検し、農牧地を開拓した。その段階で、先住民のアボリジニから、土地を取り上げて放逐し、殺害した。

     6.  1830年までに、純血のタスマニア先住民は、絶滅させられた(ブラック・ウォー)。

 7.  1850年代に、ゴールドラッシュが発生した。
  これを機に、中国系の金鉱移民への排斥運動が起こり、後の白豪主義につながった。

 スペイン人が、インディゴを虐殺し、メキシコを植民地にしたように、オーストラリアではイギリス人が、アポリジニを殺し、植民地にしています。このような歴史を、どうして氏は省略したのでしょう。スペイン人の所行は詳しく説明しても、同盟国イギリスのことは言わないでおこうと、身びいきをしたのでしょうか。誠に、不思議な話です。

 不思議といえば、もう一つあります。日弁連は、朝日新聞と吉田清治の捏造であるにもかかわらず、韓国人慰安婦の人権回復のため、国連まで押しかけ、日本を攻撃・非難しています。嘘の話でも、ここまでやるのですから、彼らは、イギリスに殺戮されたアポリジニについて、どうして国連で騒がないのでしょう。こっちは紛れもなく、本当の話ですから、誰も反対できません。

 そこまでしないとしても、日弁連は、氏の著作に対し、「人種差別をしている。」とか、「ダブルスタンダードだ。」とか、得意の難癖で、世界の世論に訴えるなど、そう言うことは、なぜしないのでしょう。自分の国の悪口だけを、世界で言いふらす日弁連の不思議さを、図らずも氏の著作が教えてくれました。

 話が、だいぶ横道にそれましたので、元の場所へ戻りましょう。国論の引き裂かれた、オーストラリアに関する説明でした。しかし残念ながら、今回は、本題に入る前にスペースがなくなってしまいました。大事な話なので、中途半端にせず、きちんと引用しなくては、先住民であるアポリジニの人々が可哀想です。氏の説明に、彼らの話は出てきませんので、これで、いかに彼らが無視されているかが、分かります。

 くどいようですが、もう一度言います。
「日弁連は、捏造の慰安婦の人権問題が大事と、」「韓国にばかり肩入れしていますが、」「本当に人権を踏みにじられた、オーストラリアの先住民のため、」「国連で人権回復と、補償問題を訴えるべきでしょう。」「こちらは間違い無く、事実であり、今もアポリジニの人々は苦しんでいます。」
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文明の衝突 - 13

2019-10-23 00:10:05 | 徒然の記
 今回は、メキシコです。トルコより、少し分かりやすい説明になっています。

 2.  メキシコ
  「トルコが、引き裂かれた国家になったのは、1920 ( 大正9 ) 年代だが、」「メキシコは、1980 ( 昭和55 ) 年代だ。」「両国の西欧との歴史的な関係は、ある程度まで似ている。」「トルコと同様メキシコも、明らかに非西欧文化の国だった。」「20世紀においてさえ、ノーベル文学賞を受賞した詩人の言葉通り、」「メキシコの核は、インディオである、」「非ヨーロッパ人である、だった。」

 メキシコについて、私が知っていることといえば、アステカ文明をスペインが滅し、以後300年間植民地にした。と、こう言うことくらいです。後は世界地図で、アメリカの下の方にある国だと、そんなことしか知りません。ですから氏の説明は、全て新鮮で、新しい知識となります。いつまで覚えておられるかが問題ですが、学徒の向上心が燃えます。

 「メキシコはオスマントルコと同様に、19世紀に、」「西欧の手で分割された。」「1920 ( 大正9 ) 年代に、トルコのように革命を起こし、」「一党支配の、新しい政治体制を確立した。」「メキシコはトルコと違い、ロシア革命に倣い、」「西欧の資本主義と民主主義に反対する、新しいナショナリズムが生まれた。」「メキシコの指導者は、アメリカに挑戦する経済政策や、」「外交政策を展開した。」

 メキシコが大きく変わるのは、最初の説明にありましたように、1980 ( 昭和55 ) 年代です。ミゲル大統領とその後継者である、サリナス大統領が、経済的自由主義へと政策を変更しました。

 「こうした考え方は、政界と経済界のエリートに、広く支持された。」「サリナスは、アメリカ、カナダとともに、北米自由貿易協定に参加した。」「トルコにおけるケマルが、イスラム国家から西欧型の国へと、変えたように、」「サリナスの改革も、メキシコをラテンアメリカの国から、」「北アメリカの国へと、変えることを目指した。」

 氏が指摘するメキシコの分裂は、トルコとは違っており、むしろ中国の状況に似ています。経済発展と、アメリカとの関係強化は、必然的に、政治的自由を求める勢力との対立を生みます。サリナスは、経済の自由化を進めましたが、政治の自由化は認めませんでした。氏の説明は、問題提起だけで終わっていますから、現在のメキシコがどうなっているのか、分かりませんが、中国と同じ状況なら、政治的自由を求める勢力を、政府が力で押さえ込んでいることになります。

 氏はあまり力点を置いていないようですが、トルコとメキシコについて、共通する問題があります。トルコが西欧諸国から、仲間に入れてもらえないのは、移民問題です。

 「ヨーロッパのエリートも大衆も、多数のトルコ人が、」「移民として入ってくることを恐れ、」「トルコを仲間としてEUに迎え入れることに、抵抗した。」

 メキシコについては、次のように述べています。
 「NAFTAの批准後に、アメリカでは、」「それ以上メキシコとの関係を深めることへの、反対が起こり、」「移民の制限が求められ、」「自由や法の支配という、北アメリカの理念に、」「メキシコがついていけるかどうかという疑問が、表明された。」

 トルコもメキシコも、欧米の社会からは、大量の移民への危惧を持たれ、仲間として受け入れられなかった、という事実が大事です。両国のエリート層は別として、多数を占める国民の、宗教、言語、生活様式の違いなどが、大きな壁になっています。これもまた、氏の言う「文明の衝突」です。

 諸外国は、日本の移民受け入れの少なさに不満を漏らし、排他的民族だと攻撃しますが、自分たちは、今になって同じことをしています。彼らは、植民地主義時代に、後進国を攻め滅ぼし、支配し、多くの利益を得ており、自分たちの都合で、移民を受け入れていました。今日になり、大量の移民の恐ろしさや、厄介さが分かり、排斥運動が始まっているのですから、彼らが日本を非難するのは、見当違いの話です。

 安倍政権が、移民法を成立させ、大量の外国人労働者を受け入れようとしているのが、いかに間違った政策であるか、いやでも分かります。イスラム法を信じる移民は、おそらく現在いる60万人の在日コリアより、さらに厄介な存在となるはずです。彼らはイスラム教を中心に、団結し、自分たちの生活習慣を守り、妥協しません。今は数が少ないので静かですが、多数になると、日本国内で自分たちの居住域を確定し、自治区同様にしてしまい、周辺住民と争い始めます。善悪の問題でなく、彼らの生活方式であり、文化ですから、日本人はなされるままになるでしょう。簡単にいえば、外来種の魚やカメに、日本の固有種が食い荒らされ、絶滅する様に似ています。

 「共存社会」、「多様化社会」、「寛容の社会」などと、愚かな政治家や学者や文化人が、テレビや新聞で主張していますが、亡国の論でしかないと、私たちは早く気づかなくてなりません。こういうことを野放しにしていたら、皇室も消滅する日が来ると、どうして多くの国民が危機感を抱かないのでしょう。

 「天皇陛下万歳」と、安倍総理が万歳三唱の音頭をとっていましたが、氏は本当に分かっているのでしょうか。「即位礼正殿の儀」のテレビ報道を見ながら、私が心配したのは、このことでした。自民党の政治家諸氏には、是非とも「文明の衝突」を読んで欲しいと思います。
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文明の衝突 - 12

2019-10-22 15:00:19 | 徒然の記
 分断された国家について、氏は多くの国名を挙げ、説明していますが、特に詳しく述べているのが、トルコ、メキシコ、オーストラリア、ロシアです。

 216ページから、253ページまで、37ページを費やしていますから、思い切って割愛しなくては、引用しきれません。反日・左翼と、在日に分断される日本と比較しながら読めば、理解が深まります。

 1.  トルコ
  「元来、多民族国家であったオスマン帝国では、」「 " オスマン国家 " などの名称が、国名として用いられており、」「自国を、トルコ人の国家と認識することはなかった。」「19世紀、衰退し始めたオスマン帝国の各地では、」「ナショナリズムが勃興し、諸民族が次々と独立した。」「第一次世界大戦で敗北すると、英、仏、伊、ギリシャなどの占領下におかれ、」「オスマン帝国は、完全に解体された。」

 「これに対し、トルコ人(旧帝国軍人や旧勢力、進歩派の人)らは、」「1919年5月、国土・国民の安全と、独立を訴え、」「武装抵抗運動を起こした(トルコ独立戦争)。」「1920年、ムスタファ・ケマルの下に結集して戦い、」「1922年9月、現在のトルコ共和国の領土を勝ち取り、」「ローザンヌ条約を締結し、共和制を宣言した。」「翌1924年に、オスマン王家のカリフをイスタンブールから追放し、」「西洋化による近代化を目指す、イスラム世界初の世俗主義国家、トルコ共和国を建国した。」

 ここまでが、第一次世界大戦以降のトルコの歴史です。ハンチントン氏は、周知の事実として、これを省略していますので、別途ネットの情報から転記しました。突然ムスタファ・ケマルから説明されると、私たち日本人には、話が通じません。ケマルがトルコ共和国を設立するまで、トルコはイスラム圏に属する、多民族国家だったということです。これ以後は、氏の著書からの引用です。

 「ケマルは、多国家からなる帝国という思想を拒否し、」「単一民族からなる、国民、国家を作ろうとして、」「その過程で、アルメニア人と、ギリシァ人を、」「追放したり、殺したりした。」「ケマルは、民族、政治、宗教、文化の面で、」「トルコ国民のアイデンティティーを、定義し直した。」

 文章で書くと長いので、項目として列挙します。
  1.  皇帝を退位させ、西欧型共和制とした。
  2. 宗教的権威である、カリフの地位を廃止した。
  3. 教育、宗教を司る、伝統的大臣職を廃止した。
  4. 独立した宗教学校と大学を廃止し、非宗教的公共教育制度とした。
  5. イスラム法を適用する、宗教裁判所を廃止した。
  6. イスラム教を、国家宗教の地位から外した。
  7.  トルコ語はアラビア文字でなく、ローマ字とした。

 トルコ帽とか、トルコ行進曲など、断片的な知識しかなく、私にはほとんど馴染みのない国でしたが、氏の説明を読みますと、驚くことばかりです。第一次世界大戦後のトルコは、日本の明治維新以上の大改革をしていました。軍人と、西欧思想を持つ知識階級が主体となり、理想にもえ、国家改造を断行したのです。

 国民の識字率が格段に向上し、人智が開け、国民が個人主義に目覚めますが、実はここから、トルコの分裂が始まります。軍人と経済的に恵まれた知識人や、上流階級の間で、西欧思想が広まりましたが、大多数を占める国民は、依然としてイスラム教を信じ、イスラムの生活習慣を捨てなかったからです。

 国民と政府の指導層が分断している国家、簡単に言いますと、これが現在のトルコです。他の国から見ますと、トルコはイスラム教国なのか、西欧型の民主主義国なのか、よく分からないということになります。西欧の軍事同盟である、NATOに加盟していますが、何度申請しても、EUに加盟できないという現実は、ここから来ています。

 米国の基地を受け入れたトルコは、地中海や中東方面への、ソ連の拡張を防ぐ防波堤として、西欧諸国から期待されました。しかしトルコはこのため、非西欧の非同盟諸国から非難され、イスラム諸国からは、イスラムへの冒涜であると非難されました。国内が分裂していると、国際社会でも困難な立場に立つという、実例です。湾岸戦争の時、国内の亀裂がさらに大きく露呈しました。

 「湾岸戦争時トルコは、反サダム陣営に協力し、」「トルコ領内にある、イラクのパイプラインを封鎖し、」「イラク石油の流通を妨害し、米軍機の基地利用を許可した。」「政府に反対する国民の大規模なデモが起こり、」「外務大臣、国防大臣、参謀総長が、辞任する騒ぎとなった。」

 長い叙述が続きますが、トルコに関する基本的な問題点は、把握できたと思います。氏のような、学者でありませんから、私はこの程度の理解で納得し、次回は、メキシコといたします。
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