ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

大丈夫なのか、千葉日報

2018-06-19 13:21:17 | 徒然の記

 6月12日の、一面のトップに、ページの半分を使い、朗報が飾りました。喜びの見出しを、そのまま転記します。

 「ロケ地いすみ、喜びに沸く。」「カンヌ最高賞 万引き家族」「役所に横断幕、興行にも協力。」「大原海水浴場での、映画撮影風景。」「大原海水浴場で、撮影されたシーン。」

 映画のシーンが、三枚の写真で紹介されています。記事は、勝浦支局の廣田記者が、署名入りで書いています。

 「第71回カンヌ国際映画祭で、最高賞に輝いた邦画、[万引き家族]  (是枝裕和監督)の、」「海水浴シーンが撮影された、いすみ市が、」「受賞の喜びに沸いている。」

 「同市は、二年半前から、ロケ誘致を進めてきたが、」「世界的映画賞の撮影地となるのは、初めて。」「劇中、海水浴場は、万引きで糊口をしのぐ仮面家族の、」「偽りの幸せを象徴する、シーンとなっている。」

 「同市は早速、役所に横断幕を掲げるなど、興行成功に協力。」「担当者は、受賞を弾みに、」「今後も、ロケ地に選ばれるように、取り組みたいと、」「声を弾ませた。」

  新聞記事の一部ですが、これ以上転記する気力がありません。私の意見を述べる前に、「BBの覚醒記録」というブログから、管理人さんの意見を引用いたします。長くなりますが、千葉日報社やいすみ市の関係者は、はしゃぎ回る前に、こうした意見もあるという事実を知るべきでしょう。

 「映画的意図を込めてのことでもあるのは、解かるのですが、」「故意に、日本の底辺の、汚い風景ばかりを写し、」「それがあたかも、日本という国の印象となって、海外の観客の脳裏には、印象付けられるのでしょう。」

 「清潔な町並み、日本人の美点、文化など、片鱗も映画には存在しません。」「それが映画で狙った世界表現なら、それもよしとしましょう。」「しかしながら、ここまで敢えて汚くする必要があるのか? と思われたのは、」「相変わらず食事シーンです。何というお行儀の悪さ、ちゃぶ台の上の小汚さ。一家の醜い佇まい。」

 「映画で唯一現れる、日本の「先進文化」は、遠くにそれとなく見える、スカイツリーだけですが、」「となればエリアは、荒川区(町家~日暮里~三河島)江東区(枝川など「パッチギ」の舞台となったところ)、足立区(千住)など、要するに朝鮮人が多く占めているエリアです。」

 「これをもって、何かを断言するほどの確証は持ちませんが・・・・しかし、率直に言えば、食事シーンで、」「(あ、これ韓国)ととっさに思ったのでした。」「付記 もっと率直に言えば、これ朝鮮人の家族じゃないの? と。」

 「ただしB級ではない、とそこはフェアに、お伝えしておきます。」「物語の運びも描写も、退屈はさせません。」「しかし、全体にうんざりしながら、見終わったのでした。」「何しろ、描写が、食べ方一つ、せりふ一つ「汚い」のです。」

 「挙句の果て、欧米では放屁より下品だとされているゲップを、ヒロインにさせる始末。しかも子供の前でわざわざ。」「食事の時の立膝といい、この監督の生活倫理みたいなものが変です。」

「監督の主張がどこにあるのか、あるいは、」「家族制度そのものの否定、ではないかとも、勘ぐれるのです。」「是枝監督の政治的発言と併せて、アベノミクスの成れの果ての犠牲者たちが、彼らだ、と言わんばかり。」「勘ぐり過ぎかもしれませんが、その発言からそう思われても仕方ないでしょう。」「(フィガロ紙の論調はそうです。「政府への強烈な批評」と記述しています。」「あたかも、万引きも人殺しも、政府が悪いからよ、と言わんばかりに)」

 「疑似家族の男は工事現場で、女はクリーニング工場で、娘役は風俗で働いているので、」「一家を支えるには、何も万引きなどしなくても、暮らしは成り立つし、」「祖母役の年金にたからなくても、普通に暮らせるはずの家族です。」「その設定じたいの不自然さが、最後まで気になりました。」

「声高に、何かを主張しているわけでもないのですが、それだけに、じわじわと、」「日本人のみならず、とりわけ海外の人たちの脳裏に、」「日本の負の部分を、過剰に拡大して、刻みつけることになるでしょう。」

 次に、是枝氏の受賞を報道した、朝鮮中央日報の記事を、紹介いたします。

 「是枝監督は、安倍政権が進めた、安保関連法反対集会に参加し、」「放送に対する政府と、与党の圧力を懸念する発言をするなど、」「公然と、安倍政権に対する反対の意思を、明らかにしてきた。」「このため安倍政権の「沈黙」に対して、野党・立憲民主党の、」「神本美恵子参院議員は、安倍首相が好む人だけを祝っている、と批判した。」

 神本氏が国会で、林文科大臣にこの件で質問し、大臣は是枝氏に祝意を伝えると、答弁しました。大臣の意向を知ると、是枝氏は「自分は、公権力とは潔く、距離を保つ」と言って、これを断りました。

 おかしな話です。もともとカンヌ映画祭は、フランス政府が始めたものです。現在も映画祭の予算の半分を、フランスの文化省などの、公金でまかなっています。是枝氏が、公権力とは潔く距離を保つ、と言うなら映画賞も辞退するのが筋というものです。氏は、文部科学省の中にある文化庁から、助成金を2000万円もらっているのですから、事情を知る者に、恥知らずの嘘つきと言われても仕方がありません。

 日本政府から助成金を黙って貰い、管轄の大臣の祝意は拒絶するが、フランス政府からの映画賞は、嬉々として受け取る。氏を見ていますと、私には、あの反日・左翼の大江健三郎氏の姿が重なります。

 大江氏は、スウェーデン王立科学アカデミーが授与する、ノーベル賞は笑顔で受け取りましたが、日本政府からの文化勲章は、辞退しました。

 しかも是枝監督は、「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の中にある、「放送倫理検証委員会」の委員を務めています。偏向マスコミのお目付役、という唄い文句の委員会ですが、実態は「偏向番組護衛委員会」です。

 今は交代していますが、平成27年には、精神科医香山リカ氏が名前を連ねていました。私に言わせれば、香山氏も、大江氏も、是枝氏も、日本に害をなす、「獅子身中の虫」でしかありません。

 それだけに私は、6月12日の千葉日報の記事を見て、呆れ果てました。外国の有名な賞なら、貰えばなんでも素晴らしいと、バカ丸出しの報道です。廣田記者だけを批判する気は、ありません。こんな能天気な記事を、一面トップで扱った、編集委員の常識を疑っています。

 千葉のことなら、目出度いことは何でも特別記事にするというのでは、あまりに単純で、田舎者丸出しの振る舞いではありませんか。千葉には、伊能忠敬をはじめとし、立派な人物が沢山いるのですから、まずそこから勉強し直してもらいたい。

 こんなことばかりしていると、千葉日報を読むのは、私のようなバカばかりとなり、賢い読者から見放されます。そうなっては、私の読む新聞が、日本から無くなりますので、困ります。


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二つの顔の日本人 - 5

2018-06-18 18:35:49 | 徒然の記

 今回は、鳥羽教授のブログの、5回目です。40年前と現在では、進出企業の形態も変化していますから、もしかすると、そのまま通用しないのかもしれませんが、基本は変わっていないと、私は思います。

 「東南アジアにおける、日本企業進出の特徴は、」「繊維、自動車および部品、家電製品、食品、」「プラスチック、鉄板、鋼管といった、」「輸入代替え産業を中心とした、軽工業に重点が置かれたことである。」

 「日本の国内市場が、飽和状態に達した産業部門が、」「いち早く、東南アジア市場を確保しようとしたもので、」「最初から、比較的狭い、国内市場を前提として、」「設備投資を可能な限り抑制し、原材料、部品の全てを、日本に仰ぐという形で出発した。」

 「例えば、マレーシアのバッティガ団地にある、イゼキ、クボタという農機具工場へ行ってみると、」「部品を全部日本から輸入し、単にそれを組み立てるという、アセンブル作業に過ぎない。」 

 「また僕が訪れた時、進出七年目を迎えた、タイ大丸でも、」「50パーセントは、日本商品を販売し、」「見返りとしての、タイ商品の買い付けは、まだそれほどでもない、ということだった。」「言って見れば、現地における日本企業の発展は、」「とりもなおさず、日本からの輸入の増大となり、」「土着の産業に、直接刺激を与えることにはなっていない。」

 「今度の、ボイコット運動の対象となった、タイ大丸の場合は、」「100パーセント日本の出資で、200名の従業員を雇っているが、」「その90パーセント以上は、中国系であり、」「三年目より、黒字を出している。」

 「中国系従業員の多いこと、日本商品への依存度の高さ、」「更に、他の小売店への圧迫など、種々の原因が重なったとと思うが、」「人々の嫉視を、招いてしまった。」

 当時私は東京にいて、盛んに進出する企業のニュースを見て、日本の会社が、東南アジアの国々の発展に、寄与しているとばかり、思っていました。しかし現実は、こういうものだったのです。

 「もともと設備投資を、可能な限り抑制し、政府の保護のもとで、」「狭い国内市場を対象として、発展してきたという事情から、」「どの工場も、スケール・メリットを生かすということはできない。」「生かそうと思っても、日本企業間の過当競争が激しいため、」「結局現地の、低賃金労働を強化することになるという、」「悪循環がある。」

 「こうした特徴を見ていると、日本企業に対する、現地の評判の芳しくない理由も、」「少しは、理解できると思う。」

 これ以上、氏の著作からの引用を止め、私は、当時の日本人を描いた、マレーシア人のラジャ・ダト・ノンチック氏の詩を、紹介します。題名は不明ですが、平成元年(1989)に、首都クアランプールで書かれたものです。

 

  かって 日本人は 清らかで美しかった

  かって 日本人は 親切でこころ豊かだった

  アジアの国の誰にでも
  自分のことのように 一生懸命つくしてくれた
 
  何千万人もの 人の中には 少しは 変な人もいたし
  おこりんぼや わがままな人もいた
  自分の考えを おしつけて いばってばかりいる人だって
  いなかったわけじゃない
 
  でも その頃の日本人は そんな少しの いやなことや
  不愉快さを超えて おおらかで まじめで
  希望にみちて明るかった
 
  戦後の日本人は 自分たちのことを 悪者だと思い込まされた
  学校でも ジャーナリズムも そうだとしか教えなかったから
  まじめに
  自分たちの父祖や先輩は
  悪いことばかりした残酷無情な
  ひどい人たちだったと 思っているようだ
 
  だから アジアの国に行ったら ひたすら ぺこぺこあやまって
  私たちはそんなことはいたしませんと
  いえばよいと思っている。
 
  そのくせ 経済力がついてきて 技術が向上してくると
  自分の国や自分までが えらいと思うようになってきて
  うわべや 口先では すまなかった 悪かったといいながら
  ひとりよがりの 
  自分本位の えらそうな態度をする
  そんな 今の日本人が 心配だ
 
  ほんとうに どうなっちまったんだろう
  日本人は そんなはずじゃなかったのに
   本当の日本人を知っているわたしたちは
  今は いつも 歯がゆくて 
  悔しい思いがする
 
   自分たちだけで 集まっては 自分たちだけの 楽しみや
  ぜいたくに ふけりながら 自分がお世話になって住んでいる
  自分の会社が仕事をしている その国と国民のことを
  さげすんだ目で見たり バカにしたりする
 
  こんなひとたちと 本当に 仲良くしていけるのだろうか
  どうして
  どうして日本人は
  こんなになってしまったんだ         
 
 私はあと何回か、鳥羽教授の書評を続けるつもりでいましたが、ここで再度ノンチック氏の詩を読み、その必要がなくなっていることに気づきました。詩には、私が言わんとしていたことが、そっくり、そのまま述べられています。
 
 我が愛する息子たちに、父として、言います。敗戦後の日本の教育が、いかに間違っていたか、いかに間違ったままで、形だけの反省をし、私たちが生きてきたかを、この詩と、鳥羽教授の著作が教えています。
 
 息子たちよ、よく読みなさい。鳥羽教授も、ノンチック氏も、批判し、反省を促しているのは、戦前の日本人ではありません。むしろ、経済大国になった、敗戦後の日本人に対してです。見当違いの人道主義と、平和主義が、どれだけ私たち日本人を間違った方向へ進めさせてきたか。
 
 賢い息子たちよ、反日左翼と、日教組とに、別れを告げる時が来ていると、しっかり理解して欲しい。多くの言葉は、不要です。この詩の中に、日本人への警鐘が込められています。ブログを訪問される方にも、どうか、私の願いが伝わりますように・・。
 
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二つの顔の日本人 - 4

2018-06-17 18:41:36 | 徒然の記

 鳥羽教授の、4回目のブログです。今回からが、氏の本論でないかと、思います。

 「優れた世界と、劣った世界、日本人は、」「この二つしか、外部の社会を区別する方法を持たない。」「日本人が、欧米で緊張し、おとなしい理由が、」「この優れた世界にいる、という考え方によるものだとすれば、」「劣った世界と考える東南アジアで、威張ったとしても、別に不思議はない。」

 45年前に出版された本ですが、現在の日本でも、そのまま通用する、耳の痛い意見です。決して愉快でありませんが、私は納得するしかありませんでした。

 「例えば、ビジネスマンを考えてみよう。」「一流社員の派遣先は、欧米であって、」「東南アジアの諸都市ではない。」「外交官でも、同じことである。」「また僕ら、学者の世界でも、ヨーロッパやアメリカに、教えに行くのなら喜ぶ人も、」「東南アジアでは、二の足を踏むであろう。」

 「これはなにも、一流の人が、欧米へ行くべきではないと言うのではない。」「そうではなく、一流の人が欧米へ行き、二流の人が東南アジアへ行くという事実が、」「一度日本社会の中で、濾過されると、」「欧米は優れていて、東南アジアは劣っている、という考え方に、」「すりかわってしまうということなのだ。」

 「これは、実は日本社会のシステムに関する問題である。」「日本社会では、たとえばエリートを訓練する場合、」「専門職によって、訓練するという考え方はない。」「あちこちと動かしながら、その中からエリートを選び出す。」「したがって、いつのまにか、エリートコースというものが出来上がる。」「一流の者は欧米に、二流の者は、発展途上国というコースが、」「おのずからできる。」

 「こうしたシステムが、明治以来、日本社会の奥深いところに、根づいているため、」「人々は、無意識のうちに、」「東南アジアを欧米より下に見るのである。」

 平易な言葉で、さりげなく書かれていますが、私はこれを、卓見だと思います。誰もが知っていて、誰もが意識せず、当たり前と思っている事実の中から、不変の公式を発見する、というのは凡人にできることではありません。

 氏の意見は、私の長い会社員暮らしの経験からしても、納得いたします。同じ海外勤務の社員でも、欧米の会社へ派遣される者と、東南アジアへ行く社員は、暗黙のルールが分けていました。日本へ出張してくる現地の社員でも、欧米と東南アジアの社員では、受け入れる私たちの対応も、違っていました。

 蔑視ということではありませんが、欧米の社員にはかしこまった、よそ行きの顔で対応し、東南アジアの社員には、普段通りの、気楽な態度でした。会話だって、東南アジアの社員となら、片言の英語でも、平気で喋りました。今から40年前の話ですから、氏の本が出されと頃と重なります。

  「現地社会に、少しも溶け込まないと、」「日本人はよく非難される。」「現地に住んで見ればよく分かるが、溶け込むということは、」「生易しいことではないのだ。」「よく新聞のルポルタージュなどで、すっかり現地人とうちとけたと、」「そのようなことを書いているが、これは形だけ真似て、」「自分でそう思い込んでいるだけだ。」

 「短期の接触で、溶け込むことなどできるはずがないし、」「逆に言えば、短期だからこそ、」「うちとけたように、振舞っていられたのであり、」「長くなれば、きつとボロを出して、逃げ出したことだろう。」

 「溶け込むための条件は、二つある。」「ひとつは長く住むことであり、他は、現地人の中に、」「一人で入り込むことである。」「しかし実際には、この二つとも、商社や企業の日本人には、不可能であろう。」

 「大使館でさえも、二年から三年で、他の人に交替する。」「これでは言葉を覚える暇もないし、現地に溶け込む気にもならないだろう。」「更にもう一つの、悪条件がある。」「それは日本人が、あまりに、本国思考が強いことである。」「企業は本社に、大使館は本省に、といった具合である。」

 「これでは、現地に住むのは、仮住まいだ、ということになってしまう。」「これもまた、よく考えてみると、日本企業のシステムのためだと、」「言わざるを得ない。」「日本の企業は、最初から、特定の地域の専門家を作ろうとしていないし、」「本人も、そのつもりがない。」「日本のシステムでは、現地にあまり長いのは、マイナスであり、」「出世が遅れてしまう。」

 現在は日本企業が、現地生産へとシフトし、工場をどんどん作っていますから、もう、事情が違っているのかもしれませんが、当時は、氏の指摘通りの日本であり、日本人でした。次のような、批判も、既に過去のものとなっているのでしようか。 

  「日本人が、現地に溶け込まないという非難は、」「現地人からも、よく聞く。」「これは、言葉に弱いこと、社交下手、」「その他いろいろな原因がある。」「しかし一番大きな原因は、日本人同士の接触が、多すぎるということだろう。」「現地の人々は、言う。」

 「日本人は、日本の飛行機でやって来て、」「日本の旅行会社の世話になり、日本のデパートで買い物をし、」「日本のレストランで、食事をする。」「これではいくら日本の旅行者が来ても、」「日本人が儲けるだけだ。」

 本日は、個人としての日本人に、焦点が当てられましたが、次回は、現地に進出した、企業についての話です。これも耳に痛い指摘ですが、傾聴するに値します。 

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二つの顔の日本人 - 3

2018-06-16 23:43:51 | 徒然の記

 鳥羽教授の、三回目のブログです。早速、意見を聞きましょう。

 「第二次世界大戦について、考えてみよう。」「日本の戦争の目的が、何であったにせよ、」「現実に、東南アジアでの、西欧の支配を打ち砕き、」「植民地支配からの解放をもたらしたのは、」「同じアジア人の、日本人だった。」「結果論だけでゆけば、独立の活力を与え、」「そのスタートを切らせたのは、日本人だった。」

 「東南アジアの人々が、日本人のおかげで独立したとは、」「いう訳は、あるまい。」「しかしこの事実が、彼らの心の底にあることは、間違いない。」「ベトナムにしても、インドネシアにしても、独立への道が、容易でなかったことを考えると、」「日本による、欧米勢力の駆逐がなければ、」「彼らの力だけで、独立が達成されたかどうか、分からないことは、」「誰でも知っている。」

 アジア諸国から、日本が敬意を得られないのは、白人でもないのに、白人のように振る舞う日本人が、西欧人に代わる、支配者になったからだと説明します。けれどもこの意見は、当時の日本人には、酷な批評です。東南アジアの戦争で、死力を尽くして西欧と戦い、アジアの解放に一役買ったとすれば、少しくらい有頂天になるのが、なぜいけないのでしょう。

 そういうことが、原因でなく、大東亜の戦争に敗れ、米国を筆頭とする連合国から、極悪非道な独裁国家として、日本が、徹底的に叩かれたからではないのでしょうか。日本の指導者たちは、東京の法廷で断罪されただけでなく、東南アジアの各地で、連合国による俄か作りの法廷で、ろくな弁護も受けず、処刑されました。

 西欧の大国が、日本を世界平和の敵として、こぞって弾劾しているときに、東南アジアの指導者たちが、どうして異を唱えられるでしょう。次の言葉は、昨年の9月に、田母神氏の著作の書評を、ブログにしたとき、氏の著作で教えられた言葉です。鳥羽氏が著作を出版した、昭和48年には、まだこういう発言が、世に出ていませんでした。

 氏がもし、存命なら、事実を知ってもらいたいと念じながら、重複を厭わず、再度引用いたします。タイの首相の発言は、氏の本が出版された2年後ですし、マレーシアの首相の発言は、21年後です。

  1. ククリット・プラモート (昭和50年 タイ首相)

  「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。」「日本というお母さんは、
   難産して母体をそこなったが、」「生まれた子供は、すくすくと育っている。」
  「今日東南アジアの諸国民が、米英と対等に話ができるのは、」「いったい誰のおか
   げであるのか。」「それは身を殺して、仁をなした、」「日本というお母さんがあ
   ったためである。」
 
  「12月8日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、」「一身を賭し
   て、重大な決意をされた日である。」「さらに8月15日は、我々の大切なお母さん
   が、」「病の床に伏した日である。」「われわれは、この二つの日を忘れてはなら
   ない。」
  
  2. マハティール・ビン・モハマド (平成6年 マレーシア首相)
  「日本が、50年前に起きたことを謝り続けるのは、理解できない。」「過去のこと
  は教訓とすべきだが、」「将来に向かって進むべきだ。」「日本は、これからのアジ
  アの平和と安定のため、」「国連の安保常任理事国となり、すべての責任を果たして
  ほしい。」「過去の反省のため、日本がPKOの派遣もできないのは、」「残念なこと
  だ。」
 
 3. バー・モウ ( ビルマの初代首相)
 「歴史的にこれを見るならば、日本ほど、」「アジアを、白人の植民地支配から離脱さ
  せることに貢献した、」「国はない。」「しかしまた、その解放を助けたり、」「多く
  の事柄に範を示してやった諸国民から、」「日本ほど誤解を受けている国はない。」
 
4. ヘレン・ミアーズ ( GHQの所属だった、米国の日本専門家 )
  「歴史的に見て、アジアの民衆を奴隷にしていたのは、日本でなく、」「私たちが同盟
 を結ぶ、ヨーロッパの民主主義国である。」「日本は、現地住民に独立を約束しただ
 けでなく、」「独立を保障した具体的な行動を進めている。」
 
 「1935年(昭和10年)には、すでに満州での治外法権を放棄していたし、」「1943年
  (昭和18年)には、中国に租借地を返還している。」「対戦中、日本は、占領したす
  べての地域の、」「現地独立政府を承認していった。」
 
 「私たちが解放戦争と呼んでいたものは、」「実はヨーロッパによる、アジアの再征服
 だったのである。」「恥ずかしいことに、アメリカがそれに手を貸した。」
 
 私が、これらの言葉を引用するのは、鳥羽教授を、攻撃するためではありません。日本の過去を正当化したいと、激昂し、反証するためでもありません。東南アジアにも、いろいろな意見があり、見方があると、それが言いたいだけです。
 
 日本を愛する私は、日本だけが悪かった、日本だけが間違っていたという、捏造の主張を肯定せず、偏見のない、日本の過去を、知ろうとしているだけです。願わくば、私の息子たちと、ブログを訪問される方には、たくさんの事実を知ってもらいたいと、願っています。
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二つの顔の日本人 - 2

2018-06-16 17:04:23 | 徒然の記

 鳥羽教授の話の、続きです。

 「たしかに、と僕は思う。」「明治以来の日本人は、よく働いてきた。」「働かなかったら、東南アジアの発展途上国と、今頃、」「同じ状態にあったかもしれないとさえ、考える。」「こうして、働いて、働いて、GNPを伸ばしてきた。」

 「チャンスにも、恵まれたろう。素質も、あったかもしれない。」「そして今日では、どうやら、目標とした、」「西欧の水準に、追いつくに至った。」「アジアの昔の仲間に、善意で金を貸し、」「工場を建て、職を与えることも、できるようになった。」

 「しかし、自分はどうなったのだろう。」「気がつかないうちに、アジア人ではなくなってしまったのでは、なかろうか。」「少なくとも、意識の上では、懸命に真似をしてきた、」「西欧人になってしまったのでは、なかろうか。」

 「イエロー・ヤンキーという表現は、」「黄色い肌をした白人、という意味ではない。」「黄色い肌をしているくせに、白人のように振る舞う、という意味である。」

 イエロー・キャブという蔑称は、耳にしたことがありますが、イエロー・ヤンキーという言葉は、初めて知りました。辞書で牽いてみますと、こう書いてあります。

 「第二次大戦後、経済進出する日本人に対し、」「東南アジアの人々が、抵抗の意を込めて、言った言葉。」

 今頃こんなことを言っているのですから、東南アジアに関する私の無知は、自分が思う以上なのかも知れません。しかし私は、鳥羽教授の説明に、欠けている視点を発見し、それが気になってなりません。

 「明治から百年、夢中になって、」「西欧の経済力を追いかけてきた、日本人は、」「経済力以外に、他国の文化や社会を区別する、基準を、」「失ってしまったのだろうか。」

 前回のブログで引用しましたが、氏は、幕末以来のご先祖が、西欧の経済力だけを追いかけてきたように語りますが、もう少し真面目に歴史を学べば、このような偏見は生まれないはずです。大先輩として、敬意を表してはいますものの、ここは譲れない事実です。

 西洋に追いつけ、追い越せと、懸命になったのは、列強に支配されるアジアの国々を、目の当たりにしていたからです。太平の眠りに浸っていたら、異国の植民地にされてしまうという、強い危機感が、「富国強兵」へと走らせました。

  氏の説明を聞いておりますと、私たちのご先祖は、まるで金の亡者のように、金儲けのためだけに頑張ってきたと、そうしか、思えなくなります。「そんなことは、ありませんよ。」と、異論を抱きつつ、先へ進みましょう。というのも、氏の日本人批判には、否定できない事実が含まれており、私たちが心得ておくべきことが、語られているからです。

 たとえ先輩でも、大学教授でも、間違いや見落としはあるでしょう。反日・左翼の、著名な学者たちの、捏造や大嘘の著作に比較すれば、氏の見落としは許せる範囲です。

  「日本人の心の奥底には、西欧人との結婚なら、まだ我慢しよう。」「しかし東南アジア人となると、これはまた別だ、」「という意識がある。」

 「こういう意識は、知らず識らずのうちに、日本人の態度や、」「言葉に現れる。」「そしてその感じは、敏感に、東南アジアの人々に伝わる、」「と僕は思う。」「白い顔を持った、アジア人、」「同じアジア人を差別する、アジア人。」「これが日本人だと、僕は思う。」

 私は、この意見にも、異論があります。確かに、私たちの多くは、東南アジア人より、西欧人を好意の目で眺めます。白人である彼らに比べれば、軽視しています。これは、事実です。氏はまるで、日本人だけが、そうであるように説明しますが、アジア人に限らず、ほとんとの有色人種が、白人を、そのように見ているのではありませんか。

 白人対有色人種、白人対日本人、という図式で並べたら、アジア人の多くは、必ず白人の方を優れたもの、立派なものとして見るはずです。近代化を成し遂げた列強が、強力な武器を持ち、巨大な船に乗り、アジアの国々を侵略して以来、彼らは畏敬すべき人種になったはずです。

 体の小さなアジア人に比べますと、白人は堂々とした体躯を有し、自信に満ち、彫りの深い容貌は、美しくさえあります。この点を考慮せず、同じアジア人を差別するのが、日本人だと決めつける氏の意見は、間違っています。けれども、私たち日本人は、知らないうちに、同じアジア人を差別していますから、ここは自覚しなければなりません。氏のように、日本人だけがそうすると言い、必要以上の反省をするのは、止めるべしでしょう。

 有色人種は、白人に対し、無意識のうちに劣等意識を抱いてしまう。善悪の問題でなく、歴史的な経緯で、アジア人の多くが、そうなっています。アジアの他国と、日本との違いは、彼らの支配に屈したか、独立を守り通したかと、ここにあります。日本は、経済力を求めて頑張ったのでなく、国の独立を死守するため、彼らを師と認め、追いつこうとしたのです。

  この点を踏まえた上で、私は氏の意見に、賛成しています。

 「日本人は、同質民族の中で育ってきた。」「人種問題の経験はないし、自分たちに、」「人種的偏見など、あるはずがないと、信じ込んでいる。」「もし日本に、人種問題があったら、」「こうした偏見にすぐ気づくだろう。」

 「人種的な偏見は、誰にでもあるという前提で、」「他の人々を理解しようと、努めるだろう。」「しかし不幸にも、日本人にはそれが分からない。」「なまじ人種問題がなかったから、自分の偏見が、無意識に出てしまっても、」「少しも気がつかないのだ。」

 「これまで模倣し続けてきた、優れたものに対する憧憬が、」「東南アジアへ来ると、いつの間にか、」「自分を、白い顔の西欧人に、なぞらえてしまうのだ。」

 アジアの国々を訪ねた、私の経験からしますと、白い顔の西欧人になったと、そんな自惚れはありませんでした。自分たちは、西欧人の植民地にならなかったという、安堵と誇りでした。東南アジアの多くの人々は、どうして白人の支配に身を委ねてしまったのか。国の誇りや、民族の歴史を大切にしなかったのか、という憐れみの情でしたが、これも氏に言わせれば、形を変えた、差別なのかもしれません。

 反発したり、納得したり、忙しい読書ですが、氏が真剣であるように、私も真剣ですから、中途半端なところで止められません。大切な指摘が沢山ありますから、謙虚に聞きましょう。たとえ面白くなくても、続きは、次回といたします。

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