ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

会長交代で在特会は終わった

2015-02-22 23:47:08 | 徒然の記
 パソコンの動画を何気なく追っていたら、偶然在特会の新会長の講演に遭遇した。

 ヘイトスピーチで名を挙げ、国会でも取り上げられ、激しい言葉の応酬で世間の目を引いてきたこの団体には、存在自体に賛否両論がかまびすしかった。
汚い言葉のデモには目を背けさせられたが、桜井前会長の主張には無視できない事実もあった。在日韓国・朝鮮人の隠れていた問題を衆人の目に曝し、外国人参政権の恐ろしさを訴えたのは彼らだった。

 過ぎたるは及ばざるがごとしで、彼らは結局裁判に負け、会長の交代にまで追いつめられてしまった。
そして今日、八木康洋新会長の動画を偶然に目にし、私が感じたのは、「会長交代で在特会は終わった」・・・・ということだ。

 人格の低い八木氏は、とても大衆運動の指導者の器ではなかった。ハウツウものでしかない本を聴衆に薦め、在特会運動の過去の裏話を披露し、それは桜井氏のこれまでの奮闘を全てゼロにするお粗末な内容だった。
東大卒と言われるから芯のある人物かと期待もあったが、当たり前の話だが、東大にも玉石混淆があり、秀才という取り柄しかない愚者もいるということだ。何ともはや、彼も魂の抜けた、愚かしい部類の東大生でしかなかった。

 得意らしく運動の拡大した経過を話していたが、策士策に溺れる・・・・。やがてそうなると、予感した。
荒っぽく、粗野で、騒々しかった前会長だったが、少なくとも彼には信念らしいものがあり、周囲を引込んでいく熱をもっていた。私みたいな保守の人間が、彼らのような乱暴な右翼と一からげにされ、苦々しく、腹立たしく、憎らしかったけれど、憎めない情熱があった。

 だが新会長のもとで、おそらく在特会は消滅する。
維新政党「新風」を同時に立ち上げ、政治家としての一歩も踏み出すらしいが、その心根が卑しい。政党を立ち上げた先輩政治家として尊敬しているのが、橋下市長と小沢一郎だと語る。政党を作り維持していくノウハウが凄いとか、自民党と公明党の組み合わせは政治信条が合わないところに政治力学の妙があるなどと、策士としての言葉しか持たない彼だった。

 こんな小手先だけの人間の下で、どうして危険を顧みず体当たりする運動が続けられよう。退会し、抜け落ちていく会員たちの姿が目に見えるようだ。

 だから私は、予測する。「会長交代で在特会は終わった」・・・・と。

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

続「東の島国 西の島国」

2015-02-20 22:34:28 | 徒然の記
 ヒュー・コッタイ氏著 続「東の島国 西の島国」(昭和62年 中央公論社刊)を読了。

 著者は元駐日英国大使で、英国外務省に35年間勤務し、その内のほぼ30年間を日本で暮らしたという日本通でもある。昭和26年に三等書記官として初来日し、一等書記官、参事官、大使と、昇格の都度再来日となり大使館勤務をされてきた。

 日本が世界第二の経済大国となり、国中が有頂天になっていた頃の大使だ。
成り上がり者の中国が世界第二の経済大国と自惚れ、金に飽かせて世界を掻き回し、鼻つまみ者となっている今だが、同様の状況にあった当時の日本を思い出させる本だった。尊大になった日本の経済人や役人や政治家について、控えめな苦言と提案が述べられており、さすが英国大使と思わされる。

 「英国にとって、日本は非常に重要な国であります。ご承知のように、日本はアジアにおいては勿論、世界においても数少ない真の民主国家であります。21世紀は太平洋の時代と言われていますが、日本はそのアジア太平洋地域で一番の先進大国であります。日本はまた、先進7か国経済サミットの一員として、世界の政治経済の上に、重要な役割を演じています。」

 元大使としてのリップサービスがあるとしても、私は氏の言葉に先日来の憤りを和らげられ、心の平安を取戻すことができた。
私の憤りは、カナダ人記者ミルフォード氏の偏見に満ちた悪意の侮蔑だ。忘れもしない。彼は日本についてこう断言した。
「日本が民主主義国家だと言ったら、世界中の物笑いになる。日本は " 世襲制の貴族寡頭制国家 " であり、もっと言えば " どろぼう国家 "である。」
「ともかくも日本人は、このところをキチンと理解しておいた方がいい。」

 その前に読んだ本の著者である井形慶子氏のように、イギリス人の言うことなら何でも素晴らしいと、そこまで言うつもりはないが、日本が第二の故郷であると公言するコッタイ氏の方が日本を正しく見ていると思えてならない。

 どうやら私はミルフォード氏を買いかぶっていたらしい。
インターネットで調べてみても詳しいことは分からず、「暴露記事を得意とする記者」という注釈しか見つけられなかった。わざわざブログに取り上げるほどの記者ではなかったのだ。「どろぼう国家」などと、どんな根拠で言っているのか、常識すら疑いたくなる。

 常識まで疑わずにおれなくなるような彼が、あの「外国人記者クラブ」のメンバーだと言う。そう言えば、確かに記者クラブの開催する会見は不快な反日の色彩が濃い。日本で暮らしている特派員たちだというのに、どこに目を付けているのか、信じられないような偏見の記事を自国へ送る記者が沢山いる。ミルフォード氏も、こうした偏見で日本を眺めている反日記者の一人なのだろう。

 ついでに「外国人記者クラブ」について、調べてみて驚いた。なんとこの団体は、外務省所管の特別民法で認められた「社団法人」ということだった。
会長は米国人フリージャーナリストのルーシー・バーミンガム氏で、彼女は安倍総理が進める秘密保護法の制定に、国内の左翼記者らと共に大反対の活動を展開していた人物だ。

 もとはマッカーへサーの指令で作られたプレスクラブだったのに、どうしてこんな反日の有害な遺物が今も残存しているのか。
外務省の所管だと知らされると、なるほどそうかと納得させられる悲しいものがある。GHQの遺物を今もそのまま放置する外務省は、なるほど亡国の害務省か。

 コッタイ氏氏の良識ある本を読んだ今となっては、ミルフォード氏が問題の本質ではないということも理解できた。
碌でもない特派員が何を書こうと勝手にするがいいのだ。私たちが怒りを覚えなくてはならないのは、日本の記者たちでないか。日本人でありながら反日の記事を書き、ミルフォード氏のように日本を貶したり足蹴にしたり、こんな記者たちこそが問題なのだ。

 朝日、毎日、東京新聞等々、ここに巣食う亡国の記者たちをそのままにしておいて、ミルフォード氏の偏見を指摘してみたって始まらないというものだ。他人にとやかく言う前に、自分の頭の上の蠅を逐えと、昔の人はいいことを言っている。自分の国の記者たちの愚かな記事を改められなくて、外国の記者に何が言えよう。

 だから、結局はここへくる。日本の中に居る獅子身中の虫、駆除すべき害虫・・・・・・。
朝日新聞とNHKを筆頭に日本中のマスコミがこの虫の仲間なのだから、始末がわるい。善男善女は老いも若きも、新聞やテレビや活字の意見に弱いから、どうしたってなびいてしまう。それはもう、恥ずかしいことながら、この私にして40年以上疑うこと無く朝日新聞の定期購読者だったことが証明している。

 口はばったい物言いは出来ないが、個人個人の覚醒を待つより、やはりマスコミの方向転換というか、国民に向けて中立の報道をすることの方が早道なのだ。多くの人が語れば、自分の間違いを振り返るキッカケが掴めるという、日本人の国民性を大切にしなければならない。

 左翼思想に賛同し、平和や人権や九条に賛成している人々が多いという事実の背後には、反日マスコミの美しいまやかしが、全国で、しかも毎日、静かに優しく語り続けられてきたからに過ぎない。それ故に、逆も真なりだ。付和雷同とか、自己主張がないとか、外国人には言わせておけば良い。これこそが、「和をもって尊しとなす。」日本人の心情だと、私は信じている。

 諸刃の刃としてのマスコミを、過小評価してはならない。戦前に軍国主義と戦争を煽り立て、国民を熱狂させたのは、マスコミだったではないか。国民を騙すのもマスコミであり、覚醒させるのもマスコミである。心あるマスコミの人々よ。そろそろ「熱物に懲りて、ナマスを吹く。」という愚行から、卒業していい時ではないのか。

 反日の記者たちだって、本気でやっている馬鹿者ばかりではないはずだろう。
愚行と知りつつ、組織の中では従わずにおれない自分があり、妻子を養うための仕事でもありと、複雑な思いを抱きつつ記者たちも生きているはずだ。自分の国を大切に思う記者たちよ。ここいらで、ミルフォード氏やルーシー・バーミンガム氏を卒業しても良い頃ではなかろうか。


 
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ねこ庭の小鳥たち

2015-02-17 12:37:46 | 徒然の記

 わが家の庭には、名前がある。家内がつけたもので、「ねこ庭」という。

 猫の額ほどの庭、という貧乏臭い意味でなく、「猫が遊ぶ庭」という、微笑ましい名前なのだ。昨年の6月26日に、飼い猫が死んで以来、猫の姿がなくなったけれど、私たち夫婦にとって、この庭はいつまでも「ねこ庭」であり続ける。

 さて、この「ねこ庭」を訪れる、小鳥たちがいる。
めじろとヒヨと、しじゅうからだ。いつからか、毎日つがいで訪れるようになり、見ているととても愛らしい。
 この中で、ヒヨがいちばん体が大きく、大事にしているサクランボや、イチジクなどを力ずくで、毟りとっていくから、見つけると追い立てていたが、、改めて眺めると、これも愛らしい鳥だ。

 冬なので、盗られる果実が無いせいもあり、枝に止まる姿を観察していると、小首をかしげ、家の中を覗き込むような仕草が、何とも言えない愛嬌だ。ミカンを輪切りにし、小皿に置くと、突つき回して食べ、小さくなると丸呑みにしてしまう。ミカンは、めじろも大好物で、ヒヨが居なくなった後で、食べこぼしをついばんでいる。

 周囲を警戒しながら、小さなくちばしで、懸命にミカンを食べるめじろは、名前の通り小さな目の周りが、丸い白模様で、じつに可愛い。
ヒヨはキーキー、とけたたましい声で鳴くが、めじろは控えめで、鳴き声まで愛くるしい。大きなヒヨに奪われないよう、餌を二つに分け、別々の場所に置き、めじろが安心して食べられるようにしてやった。

 しかしうまくいかないもので、ヒヨがすぐに発見し、追い立ててしまう。
ところがなんということか、めじろもたいした度胸で、ヒヨがいなくなった別の場所のミカンを、ついばんでいる。あんがい要領の良い、大胆な鳥であると知ったが、自然界では、こういう厚かましさがないと、生き抜けないのだろう。

 しじゅうからが食べるのは、乾燥したピーナツとヒマワリの種なだから、めじろやヒヨと、食べ物で競合しない。だからヒヨとめじろが、追いかけっこをしていても、我関せずと、別の場所で餌を食べている。

 ピーナツは、殻つきのものをスーパーで求め、針金を通して丸い輪にし、ブドウ棚の柱に引っ掛けている。しじゅうからは、キツツキの仲間とのことで、ピーナツの固い殻を、上手にくちばしでつつき、中の実を食べる。ヒヨもめじろも、ピーナツの殻には手が出ないらしく、近づきもしない。

 餌の場所は、全て居間から眺められる処に置いてあるから、時には時間を忘れ、小鳥たちに夢中になる。文字通り、ねこの額しかない狭い庭は、こんな時は便利で有り難い。ひょいと首を、伸ばしさえすれば、庭全体が一望できてしまう。素晴らしい、「ねこ庭」である。
 
 つがいで来る鳥たちは、一羽が食べている間、もう一羽が、付近の枝で警戒に当たっている。一羽が終われば、次の一羽が餌場へと行く。どちらがオスでメスなのか、分からないが、互いに協力している姿は、微笑ましくもある。

 一羽が、いつまでも食べ続けていると、我慢できなくなったもう一羽が、えさ場に行き、激しい争いになる。結局体の大きな方が勝ってしまう。たとえ夫婦でも、そうなるのだが、これが弱肉強食の世界、そのものなのだろうか。

 私たち夫婦も、時として喧嘩をするが、食べ物のことで争うなんて、そんなみっともない真似はしないと、安心させられ、なんだか得意にもさせられる。


 庭に来る小鳥だって、ちゃんと生き方を教えてくれるのだから、疎かにはできない。

 

コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

皇后陛下と九条の会

2015-02-13 00:53:21 | 徒然の記

 昨年の九月に、カトリック教会の光延神父が「憲法九条にノーベル賞を」という表題で講演するという、奇妙な話をブログに書いた。あの時同時に、大司教の岡田さんや高見さんまで、同様の意見であることや、悪名高き「女性戦犯国際法廷」の活動拠点が、カトリック教会内にあったという発見をし心から驚いた。

 どんな理屈を並べてみたところで、日本が敗戦国だった事実は変えられず、米国を中心とした連合国になされるままだったことも、歴史の事実として受け止めている。私は、中国や韓国が日本にするように、アメリカへの憎しみや反感を持っていないが、「一日も早く、アメリカの桎梏から離れる時が来ている。」、と考える国民の一人だ。

 戦後70年が経過し、国際情勢が大きく変わった今日、どうして日本だけが、いつまでも世界の他の国のような普通の国になれないのか、自分の国の守りが、自分で出来ないのかと、普通の日本人なら当然考えることを考えている。

 良心的な善意の人々が、日本の「平和憲法」が世界一と信じているのは、錯覚であることに早く気づいてもらいたいというのが、ブログを書くようになって以来の、切実な願いだ。生まれた国を憎悪し、敵に魂を売っても心が痛まない左翼の人間の宣伝文句に、なぜ騙され続けるのかと、そういう思いで今日まで来た。

 日本の敵対国は、中国や韓国・北朝鮮と思っていたのに、どうしてカトリック教の神父さんたちが「憲法九条にノーベル賞を」などと、世迷いごとを言うのか、私には疑問でならない。アメリカに与えられた憲法こそが、魂を喪失した今日の日本人を作ったのであり、武力放棄という美しいまやかしが、どれほどわが国を駄目にしたかと、これだけは誰に反対されようと私の信念である。

 米帝国主義打倒、反米と、勇ましい左翼ですら、現行憲法だけは守ろうとする。反米なら、憲法にも反対するのが筋だろうに、甘言の理想のためには左翼も節を曲げる。左翼政党も惑わすほど矛盾した憲法だから、国民の混乱を引きずらないためにも見直しの時期に来ていると、チャンとした国なら正しい判断をする。

 経済政策には、反対することが多々あるとしても、私が安倍総理を支持するのは「憲法改正」の一点にある。憲法改正に、左翼の政党や政治家が反対するのなら、まだ分かる。しかしどうして、日本のカトリック教会の神父や、大司教や枢機卿までが参加するのか。今日まで分からなかった。

 本日、新しく、悲しい事実を知った。

 皇后陛下が、「憲法九条にノーベル賞を」というカトリック教会の上層部と、とても親しくされているという事実だった。皇后陛下がカトリック教の学校を卒業され、カトリックに理解を示されていることは知っていたが、そこまで踏み込んでおられるとは、想像すらしていなかった。

 世間では、皇太子ご夫妻への批判が賑やかだが、皇后陛下のなされていることに比べれば、格段に小さな話だ。元外務次官の小和田氏のこともかすんでしまうような、恐ろしく、悲しい話で、ブログに向かっている今も「何かの間違いであって欲しい。」と、祈る気持ちがある。

 天皇陛下にも、皇后陛下からの影響が皆無なのだろうか。
あって欲しくないとは思うものの、先日の、平和憲法を大切にという陛下のお話を考えると、無縁と思えなくなった。時期を同じくして、皇太子殿下も、平和憲法の大切さに言及されていた気がする。

 「平和憲法」という言葉そのものには誰も反対できないし、大切な人類の理想だ。しかし敗戦国だった日本に、米国から与えられたこの憲法が、日本を、根本から崩壊させる毒素を内包していた事実も、忘れてはならない。

 だからこそ、国民の多数は、「憲法改正」を言う安倍総理へ一票を入れ、自民党に絶対多数を与えている。

 それなのに、こともあろうに皇后陛下が左翼の空論に心を寄せられ、私たちの願いを足蹴にされているのだとしたら、国民はどうすればよいのか。国を大切にする保守の人がいるのなら、そして彼らの叡智が信頼できるものであるのなら、今こそ一筋の光を照らして欲しいではないか。 

 私は、簡単に絶望するほど若くないし、純粋でもないが、底なしの失意にでも転げ落ちそうな、今宵だ。

コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カナダ人記者の目

2015-02-08 22:54:26 | 徒然の記

 ベンジャミン・ミルフォード氏著「ヤクザ・リセッション」( H15年 光文社刊) を、ため息とともに読み終えた。

 2年前に、オランダ人特派員である、カレル・オルフレンの著作を読んだ時と同じような、違和感とショックを受けた。彼はわが国を評して、「日本は役人とマスコミに支配された、官僚社会主義国家だ」と言った。

 自分は民主主義国家に住んでいると思っているに、どうして社会主義国家と言われるのだろうという強い違和感だった。

 けれどもカナダ人記者のミルフォード氏は、もっと露骨に、と断定する。

 「日本は、政・官・業・ヤクザに支配された、腐敗国家だ。」「スキャンダルを通して見える日本の姿は、決して民主主義の国ではない。」「欧米のデモクラシー国家にも、腐敗はあるが、日本のように、」「北朝鮮や、イラクの独裁者と共通する腐敗は、ほとんどないと言っていい。」

 小泉総理の時代に書かれた本だが、安倍総理となった今でも、そんなに状況は、変わっていない気がする。

 「今の日本ほど、内部に矛盾を抱えた国家はないであろう。」「もちろん、西欧の民主主義国家も、矛盾をかかえている。」「しかしそれは、自由・平等という、民主主義の原理に矛盾があるのではなく、」「原理を完全に実行できないところに、生じている問題だ。」「今のアメリカが抱えている、力こそ正義もこれである。」

 「日本の矛盾は、その腐敗構造にあって、」「それは、民主主義が機能しないところまで、きてしまっている。」「本当に国を滅ぼすのは、政治や経済ではない。為政者たちのウソや、ゴマカシである。」

「日本政府は、これを、数十年にわたってしているのだ。」「腐り切った官僚組織と、ゾンビ企業群が、ヤクザと癒着し、」「国民を、欺き続けてきた。」「しかし自国民は騙せても、世界は騙せない。」

 何ということだろう。私は中国や韓国・北朝鮮を憐れんできたが、同じような目で、日本が見られていようとは、想像すらしなかった。

 「いったい、誰と交渉すればいいのか・・・・。」

 歴代の米国大統領は、来日前になると、必ず側近にこう聞いた。半分はジョークだが、これを今の日米にあてはめると、こうなるらしい。

   大統領補佐官  大統領。明日から日本訪問ですが・・・・。
   ブッシュ    いったい、誰に会うんだ。
   大統領補佐官  日本の首相のコイズミです。
   ブッシュ    会ってどうするんだ。
   大統領補佐官  握手するだけで結構です。   
   ブッシュ    なぜだ?
   大統領補佐官  彼も、それしか出来ないからです。」

 何てことだと、眉をひそめる私に、お構い無しに彼が言う。
「日本人は誰しも、自分の国が、民主主義国家だと信じているようだが、」「それは間違っている。」「そんなことを言ったら、世界中で物笑いになるのを覚悟すべきだ。」

「私の見方では、世襲制の 貴族寡頭制国家 、もっとハッキリ言えば 、」「泥棒国家 、である。」「一部の特権階級が支配する国なのに、それが悪いことに、」「一見民主的なシステムで、選ばれるのだから始末が悪い。」

 「つまり、政治家には選挙があるが、官僚は、たった一度の国家試験しかない。」「欧米の政治学者なら、私ほどには、言わないだろう。」「 官僚が支配する社会主義国家 、と言う くらいで、お茶を濁すだろう。」

 「日本の教科書では、  立憲君主国 となっているので、」「一般の国民の中には、天皇が支配していると思っている人もいる。」「ともかく日本は、欧米の国からは、民主主義国家と思われていない。」「このことを、もう日本人は、キチンと理解しておいた方がいいだろう。 」
 
 彼がワシントンポストや、ニューヨークタイムズの記者のような、反日新聞社の人間なら、無視するが、長年日本に滞在し、日本人を知る人物の言葉なので、考えずにおれなくなる。

 これ以上は、いくら引用しても切りがないから止めるが、彼の結論は、「高級官僚」による日本支配の弊害、というところ帰結する。

 政治家にも人事権を渡さず、省庁に君臨し、法律を自在に運用し、国家を意のままにする支配者である彼ら。彼らに群がる特定の政治家と、特定の業界のトップと、スキャンダルを握る特定のヤクザたち。これが、彼の結論である。

 そのまま認めるには、あまりに情けない話だ。だから、まだ納得はしていない。
していないが、否定する自信もない。なるほどと思う部分があるからだ。

 中国や北朝鮮や韓国は、早晩破綻する国家だと、保守の人々が論評し、そうなることを期待していた自分だが、ミルフォード氏の周辺にいる人間たちが、日本をそんな目で眺めているとは・・、こんな驚きがあろうか。

 この本は捨てずに本棚に並べ、自分がこの世を去る日が来るまで、実態はどうなのかと、検証を続けたい。知識の空白を埋めてくれる本との出会いは、嬉しく、素晴らしいのだが、今回だけは、嬉しくも素晴らしくもない。

 もしかすると、自分自身の頭で考えていると思っていたのも、大きな錯覚だった、のだろうか。釈迦の手の中で、千里を走ったと思い違いをした、悟空のように・・。

コメント (3)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家

2015-02-05 22:20:05 | 徒然の記
 井形慶子氏著「古くて豊かなイギリスの家 便利で貧しい日本の家」 (平成12年 大和書房刊)読了。
表題から察せられるように、「イギリス大好き、日本は駄目」という本だった。作者については何も知らないが、家内によると同じような本を沢山書いている売れっ子であるらしい。

 「イギリスの丘稜や古い石造りの町並みがこびりついた頭で、自分の国、日本の街を直視するのが堪え難いのはなぜだろう。
日本の家は、貧困なのだ。どんな専門家が現われて、反対意見を唱えたとしても、イギリスの家を知るにつれ、私は決して今の日本の家が豊かで魅力溢れるものとは思わなくなってしまった。
 新築物件はとても多いのに、安っぽい住宅地。それが100年前の古家が立ち並ぶ、イギリスの住宅地に対抗できるとはとても思わない。」

 最初の5ページ目に書いてあるが、まったく同感だ。
何年前だったか家内とイギリス旅行をし、作者のいう古くて豊かなイギリスの家を沢山見てきた。手入れの行き届いた家々の庭や、石造りの街の落ち着いた静けさなど、羨ましい限りだった。

 木材と紙で作られた日本の家は地震や火災ですぐに消失するから、イギリスみたいに100年ももたないのだろうと、そんなことしか考えつかず、日本家屋の貧弱さは火山国の宿命と諦めていた。

 氏の意見によると、どうもそいつは見当違いの思い込みで、政府の怠慢と国民の意識の低さに原因があるらしい。
かってはイギリスも住宅事情が日本同様に悪く、狭いひと間で家族が暮らしていた時代があったとのこと。
 「1945年に労働党が圧勝し、政府は住宅法を作り、公営住宅の建設を急ピッチで進めた。その後の保守党も、毎年20万戸を上回る住宅を建設していった。イギリスが日本と決定的に違うところは、こうした大量生産を実行しながら住宅の水準を同時に引き上げたことだ。」

 「スリーべッドルーム以上の良質な住宅を、まず家族向けに作り始めた。温給水システムがコスト高になったにも拘らず、ベッドルームのそばに浴室を作り、5人以上が暮らす住宅ではトイレも必ず二カ所設けられた。こうして質の高い公営住宅が国民に与えられていったのだ。」

 「サッチャー首相は、管理補修に経費のかかる公営住宅を、住人の中の購入希望者に4割近く値下げした価格で売却した。あまりに安過ぎるではないかとという批判に対し、サッチャーは " 国の財産は国民の財産だ。これまで頑張ってきた国民に分配するのは当然である " と 答えた。」

 「一生かかっても家など買えないと諦めていた労働階級の人々に、夢のような価格で提示された住まい。社会の底辺にいた彼らは、マイホームを得て、初めて自分の人生設計をするチャンスを掴んだのだ。」
 
 日本には決して存在しない、こうした国民思いの政治家たちがいる英国の羨ましさよだ。更に氏は述べる。
「イギリスでは20代のカップルでも、夫婦の年収を合わせると無理無く家が買えるように、金利の安い住宅ローンが完備されているから、日本のように家を持つこと自体が人生の最終目標にならない。」

 なるほどわが国には、こうした仕組みが一切ない。一生かけてサラリーマンは自力で家を買い、金利だけでも支払に十年以上かかるのがザラだった。若い者が買える家などありはしないし、購入できる若者は金持ちの息子や娘に決まっている。

 反権力、反政府、弱者の味方を標榜するのなら、共産党や民主党は、国民の住宅政策を提言すれば良いだろうに。
中国や韓国に腰を低くし、戦争だ軍国主義だと騒ぐより、安くて立派な住宅提供を唱える方がずっと国民の幸せにつながり、経済の活性化にも貢献する・・・・と、賛同せずにおれない氏の話はここまでで、あとはもう、愚にもつかない彼女の高説となる。

 「日本の洋風住宅を見て、欧米人は首をかしげる。
" あんな家に私たちは住まない。窓や玄関ポーチは欧米のものに似ているけど、あれは日本の家でもないし、欧米の家でもないわ。" 無国籍な家があちこちに建てられているのを見て、あんなスタイルがなぜ流行り、なぜ日本人が喜んで受け入れているのか理解に苦しんでいる。」

 「あるイギリス人の英語教師が、クラスの20代の生徒に週末は何をしたかと訊ねると、90パーセント以上がショッピングと答えるそうだ。彼女はこの反応にとても驚き、恐ろしいとさえ思ったと話していた。」

 で、その英語教師の話と氏の解説だ。
「生徒たちはブランドのバッグや時計など、沢山の高価なものを持っているのに、買うものがなくても家を出て行く。家にいて、するべきことが分からないのだ。
心から満足できる、充実する暮らし方のお手本が、彼女たちの家庭にはなかった。インテリア、料理、衣類、そして人との付き合いや人間関係まで、金をかけなくても作り出せるという大切なことに気づかないまま、大人になってしまったからだ。」

 そろそろ面倒になってきたが、もう少し続けよう。
「だから若い日本人は、料理も出来ず、棚一つ作れない。人間として基本的生活能力を持たないまま結婚し、子供を育てる。そしてこれは確実に次世代に引き継がれ、更に物欲にまみれた日本人を作り出していく。」

 「家を買ったらお仕舞いになる日本人と違って、家作りを生涯の仕事と考えるイギリス人の家からは、目に見えない沢山のものが生み出されている。壁のペンキ塗り、棚の取付け、ドアーの修理等々、それは日本のような消費文化とは、対極のスタイルだ。」

 確かに日本の風潮には是認できないものがある。「消費は美徳」と世間が浮かれ、大量生産・大量消費で、使い捨ての時代が続いてきた。イギリスの慎ましさと堅実さには見習うべきものがある。だが戦後の復興のためには、こうした流れが必要だったのだし、これで国が再建された事実も見逃すべきではあるまい。

 イギリス人が家を大切にし、やたら新築の家に飛びつかないとしても、そこにはそこの事情があり、手放しの賞賛にはならないはずだ。
私が会社にいた頃、英会話の教師はトムソンという名のイギリス人だった。
レッスンが済んだある日、彼と二人で安い酒場で一杯やったことがある。丁度日本が世界第二の経済大国になった時だったと思う。

 「日本は本当に素晴らしい。活気に満ちて、みんなが生き生きしている。それに比べると僕の国なんて、貧しくて、陰気で、みんな意気消沈している。ヨーロッパはどこへ行っても、もう死んだ街だ。これからは、アジアの時代だ。」

 彼が先生で私は生徒だったし、勘定は割り勘だったから、お世辞や追従でなかったと今でも思っている。
井形氏は日本を散々貶すけれど、イギリス人にだって色々いるし、多様な意見があるのだと私は言いたい。もう少し言わせてもらえば、私は大工仕事が大の苦手で今だに棚の一つも作れない。

 けれども結婚し、子供を育て、その子供たちは物欲にまみれた人間になっていない。普通の暮らしをする、普通の日本人だ。
自分の主張を正当化するため、都合の良いイギリス人ばかり登場させてはいけない。それはこじつけであり、捏造とも言い、朝日新聞がやつたことに似ていると、こっそり忠告したくなる。
コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一九四五年の少女(私の昭和)

2015-02-03 17:28:16 | 徒然の記
 澤地久枝氏著「一九四五年の少女(私の昭和)」(昭和64年 文芸春秋社刊) を読了。後味の悪い本だった。
現在の「反戦」「平和」「護憲」「反政府」「反日」の、萌芽となる本だ。作者について、名前だけ聞いたような気がするが、ほとんど知らない。婦人公論、暮らしの手帳、朝日ジャーナル、文芸春秋などに、作品の殆どを発表しているから、左翼系の作家かと推測する。

 けれどもたんなる左翼主義者とは言い切れない部分があり、私を悩ませる。児童文学者佐野美津男氏の著作から、彼女が自分の気持ちと全て重なると紹介している言葉があるので、それを引用する。
「あの戦争、わたしの家族四人が死んだ戦争は、仕掛けられたものでなくて仕掛けたものであり、私の親も兄弟も、そして私自身も、戦争には賛成であった。日本人はすべて、戦争の加害者だった。だからわたしは、日本という言葉さえ嫌いなのだが、日本は国民こぞって戦争を始め、多くの国で多くの人々を殺したのである。原爆だの、空襲だの、戦死だのといっても、その全てを数えても、日本人の死者よりも、日本人によって殺された死者の方が圧倒的に多いのだ。そういう事実を忘れてはならない。」

 「日本人が仕掛けた戦争によって殺された人々のことを考えるならば、こちらの死者のことなどは、ひっそりと悲しむぐらいしか許されないのではないかと、私は死んだ家族のことを偲びながらもそう思うのである。ましてや、自分も戦災孤児として苦労したから戦争の犠牲者だというふうには、思うことさえ失礼であろう。」

 と、ようするにこれが澤地氏の立脚点だ。まさしく、自虐史観そのものである。
澤地氏も佐野氏も、戦時中はひたすら神国日本を信じ、勝利のために日々を捧げた軍国少女・軍国少年だった。敗戦国日本が彼らの目の前で連合国によって裁かれ、「聖戦」が「侵略」となり、「皇軍」が「残虐な軍隊」へと変貌する。

 マッカーサーの手で天皇の神聖なベールが外され、国政を担った政治家と軍人が裁かれ、元首相が自殺し、将軍たちが切腹する。
大人たちにしても天地が逆さまになるような変動であり、価値観の崩壊だったと、当時の書物を読むと述懐されている。だから、澤地氏が自己嫌悪に陥り反省するのは無理もない。

「愚かな女学生だった私。私はつまり鸚鵡だったのです。いい大人たちが、給料をもらう代償として、大真面目に説いた「必勝の信念」とその裏づけを、私は素直に受け入れ信じていたわけです。」

 こうして彼女は、日本の政府そのものが信じられなくなり、自虐の「反戦」「平和」の士として歩き出す。

 「ミズーリー号の上で、降伏文書への調印がなされた半月後、なめらかに占領軍を受け入れ、民主主義を受け入れて戦後政治が始まるのです。戦争責任も問わず、戦争の意味も考えず、民主主義がいかなるものであるかを学びもせず、戦争は過去になり、戦後が始まったのです。」

 この当りの記述から、私は氏のものの見方に疑問を抱く。一時は激して政府や指導者に八つ当たりしても、彼女のように聡明な人物が、なぜ複眼的思考を放棄したのか。
敗戦国として占領軍に支配され、目前には飢えと欠乏に苦しむ国民がいる。だから国民の生活を先ず再建しようと、戦争の反省は後回しにした。当時の指導者たちが、どのような思いでマッカーサーの命令に屈していったか。「日本軍残虐説」を世界に広めた極東裁判の実態は、勝者による敗者への報復裁判であったが、日本への非難攻撃を甘受するしか出来なかった当時の状況がある。

 氏は「すべては日本が仕掛けた戦争」と断定するが、今日ではソ連による謀略という説や、アメリカが故意に戦争へ突入させたのだとか、新たな事実も出てきている。
自分で確かめたことしか書かないという誠実さは評価するが、連合国の横暴な日本支配の実情など、時が経つにつれ明らかになっていることには目を向けず、更なる極論に踏み込んでいく。

 「陸軍中将武藤が問われるべき戦争責任は、ある時期のある部分であって、全体ではない。A級戦犯のいずれもまた同様で、責任を負うべき程度に差があるだけであり、昭和の戦争の全期間を通じて、国策決定の一つのポストにいた人物は、天皇以外にない。」「その責任を問わなくては、戦争責任の総体を問うことはできない。」

 なるほど、氏のような意見が世間に流布し、左翼の反日・売国の政治家や運動家たちに利用されるようになったのかと経緯の一端が理解できた。
そして氏は言う。「私は昭和という時代の戦争がどんなにも人間を苦しめ、どんなにもむごい人生を人々に強いたか、命のある限り訪ねて書き記したい。無名の、忘れられていく人々の、悲しみと苦しみを書き残したい。」

 こうして彼女が訪ねる相手は、すべてが戦争への悲しみと憎しみとを語る人々となっていく。
敵国であったアメリカにもソ連にも足を伸ばし、日本の極悪非道な戦争を謝るのであるが、こうなると私は彼女という人間そのものが情けなくなってくる。日本はいつまでも近隣諸国に謝り続けなくてはなりませんと、小和田次官が言ったけれど、彼女もまた救いのない歴史観を身にまとう愚か者だった。私はここに、氏の人間としての限界を見る。

 いったいに歴史とはどういうものであったか。戦争はどのようにして始まり、終わるのか。たかだか昭和の戦争を見たからといって、それで国際社会の数世紀の歴史が語れるのだろうか。
植民地戦争を始めた西欧諸国は、南米でアジアでアフリカで土着の人間を殺戮し、奴隷として使役し、100年も200年もの間征服した国々に君臨した。スペインやポルトガル、あるいはイギリスやフランスやオランダが、自国の虐殺や蛮行を一度でも謝っただろうか。彼らは過去を恥じるどころか、征服者としての誇りに胸を張ってさえいる。
未来永劫、日本人が卑屈に身をかがめてしか生きられないような歴史観を持つことの妥当性が、どこにあるのか。日本人の祖先と未来の子孫の全てを否定するような史観の、どこに真っ当さがあるのか。

 氏の真面目さに敬意を表したから、最後まで読んだが、右から左へと振り子のように振れたままになった氏の生き方には、賛同できない。
今の私から見れば、日本以外の諸国が正しいと評価し、日本を不当に貶める氏の意見は、GHQの意向に添ったものであり、占領政策が残した産物の一つと切り捨てる価値しか見出せない。

 昭和5年生まれの氏がまだ存命なのかどうか、それは知らないし調べる気にもなれない。残念ながら私にとって、氏もまたわが国における「獅子身中の虫」の一人であり、この本も、有価物回収の日に出すこととする。

  追記 : 中国の天安門事件に関し、氏は中国共産党と政府を激しく糾弾し、こんなものが共産主義というのなら自分は認めないと書き記している。
     日本の左巻きの共産主義者たちが、卑怯にも無言でいることと比較すれば、氏の真面目さが光る。これだけは、氏の名誉のため追記しておきたい。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする