ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

有事法制批判 - 5

2017-11-30 08:05:15 | 徒然の記

 「害虫先生」が九人いて、やっと三人が終わりました。 「どこまで続くぬかるみぞ。」・・ 行軍する兵士の歌だったと思いますが、そんな歌詞が浮かんで参ります。

 それでもこの「害虫先生」たちは、日本の戦後教育を汚染した人間のごく一部でしかありません。今年の2月「変節した学者たち」と題し、私は11回に分けブログにいたしましたから、それを考え合わせますと、日本の教育界が、いかに深刻な汚染と破壊に襲われていたかが実感できます。

 綺羅星のごとき学者先生諸氏の、70年に及ぶ活躍を知れば、「腐れマスコミ」の存在や反日左翼政党の跋扈など、なんの不思議もありません。「日本の歴史を取り戻す」には、相応の覚悟と忍耐と、退屈に負けない辛抱がいると分かります。ノルウェーを思い出せ、あのノルウェーのことを思い出せ、・・・こうして自らに言い聞かせ、今日もブログに向かう私です。

 4. 水島朝穂  ( 昭和28年生れ 63才) 早大教授

 「日本に対して、他国が大規模侵攻を企てるとすれば、」「日本は島国ですから、大型揚陸艦や上陸用船艇、」「支援艦隊が必要です。」「今、アジア方面で、そういう上陸作戦を敢行する能力を持っているのは、」「米軍しかありません。」「米軍は半世紀以上前に、日本本土を占領しているので、」「今更、その(有事法制)必要はないでしょう。」

 「地域コミュニティーの一員として、定着しつつあった外国人や、」「 社会的少数者は、社会的リスクとして、」「監視とチェックの対象となりかねません。」「NHKや日本赤十字社などの、指定公共機関についても、」「必要な措置を実施する責務が、課されます。」「指定公共機関の範囲は、内閣の命令で任意に拡大することができます。」「そのため、民放の経営者の団体である民放連盟が、」「法案に反対する声明を出すなど、不安が広がっています。」

 「今、有事法制で語られている有事とは、」「どこかの国が攻めてくる " 有事 " ではなく、」「どこかへ攻めていくことによって生じる  " 有事 "  です。」「どこかの国が攻めてきたらという想定は、ほとんどなくなり、」「米国とともに、もし攻めてしまったらと考える方が、」「よほどリアリティーがあります。」

 米軍が、半世紀以上日本本土を占領しているというのは、間違いのない事実ですが、それ以外は珍説で、これが早稲田の教授かと嘆きたくなります。最近の早稲田界隈には、反日市民団体の本部ができ、教授たちが出入りしていると聞きますので、国を憂える野人の大学と言われていたイメージは、消えて無くなりました。

 地域に定着しつつある外国人と、遠回しに書いていますが、在日朝鮮・韓国人を指しているのは一目瞭然です。反日の彼らは、左翼教授や文化人と結託し、早稲田界隈を根城に、慰安婦問題などで反日活動をしていますから、有事の際に、監視・チェックされて当然ではありませんか。

 「どこかの国が攻めてくる有事」でなく、「どこかへ攻めていくことで生じる有事」という、鈴本の演芸場で喋っているような笑話を、真面目に聞く気にはなれません。いったいどんな研究をすれば、このような奇抜な意見が生まれてくるのやら、氏に教えられている学生に同情したくなります。

 5. 小林直樹  ( 大正10年生れ 96才) 東大名誉大教授

 「一言でいえば、いまの有事法制案は、」「平和で自由たるべき日本を、不自由で劣悪な国にし、」「日本国民を不幸な民にするから、許せません。」「次の五つの理由を考えてみましょう。」

 こう言って氏は、5項目の理由を列挙し、詳細で退屈な説明を展開します。どうやら、年齢から言っても、肩書きから推察しましても、「害虫先生」の親玉であると思えます。もしも存命なら今年で96才です。この年になるまで、害虫先生のリーダーだったとすれば、筋金入りの「反日・左翼先生」です。こうなりますと、「バカにつける薬はない」のですから、詳しい引用はしません。論文のタイトルだけを、並べることといたします。

 「 1. 戦争国家への道  2. 軍事的管理国家の脅威  3. 立憲制の破壊 」

 「 4. 対米従属の一層の深まり  5. 人類の視点から考えても有害 」

  小林教授に限らず、反日・左翼主義者は、原理原則を大切にします。彼らが蔑視するのは、論理に一貫性のない意見です。敵対する人間の言葉の矛盾や、論理の乱れを発見すると容赦なく攻撃し、同時に己の一貫性も必死で守ろうとします。

 ここに登場する9人の「害虫先生」は、誰もが反米主義者で、アメリカこそが軍国主義国家であり、平和破壊者だと、口を揃えて酷評しております。人類の敵は、世界一の軍事大国アメリカであり、アメリカこそが悪の帝国だと、激しい口調で誹謗します。

 そして彼らは、現行憲法を金科玉条の経典として崇め、一文字たりとも変更を許しません。反米で徹底するのなら、米国からプレゼントされた憲法を有り難がるのでなく、怒りをもって「廃棄」するのが、論理の一貫性でしょうに・・、そこはいたしません。

 結局「害虫先生」たちの本質は、反米にあるのでなく、日本を破滅させるものなら何でも受け入れるという、原理も原則もない矛盾した姿勢です。小林氏が親玉だと思いますので、他の「外虫先生」の所では指摘せず、ここでまとめて批判することとしました。

  世界にある197の国のうち、170の国が軍隊を持っています。つまり86%の国が、国家の成立以来「有事法制を備えた軍事優先国家」なのです。「害虫先生」たちは、世界の大勢が軍事優先国家であることを、どうして一言も語らないのでしょう。自分の国が、他国と同じことをするからといって、ことさら目くじらを立て、狼少年のように危険だと騒ぐのはなぜなのでしょう。

 他国がやっていることが、自分の国である日本にはできないと、決めつけているのでしょうか。軍隊を維持管理することができない、無能な国だとでも思込んでいるのでしょうか。日本人としての誇りを捨て、国を愛する心も捨て、祖国を蔑み憎むことしかできない彼らを、私は許しません。「害虫先生」が四人残っていますが、私の忍耐もどうやら切れました。どの人物も、似たような愚論を展開していますので、これ以上言及するのは時間の無駄、人生の無駄になります。

 それでも知りたいと思われる方がおられましたら、岩波新書を図書館で読まれることをお勧めします。買って読むなど、それこそ金をドブに捨てるようなものです。私は読後の本を、来週の金曜日の有価物回収ゴミに出し、小学校に協力いたします。ダンボールか、トイレットペーパーに再生されると聞きました。社会に害を流す「悪書」も、資源として有効活用されるのですから、少しは人の役に立つこととなります。

  参考のため、省略した「害虫先生」の名前と肩書きを記載しておきます。(出血大サービスです。)

  6. 杉原泰雄  ( 昭和5年生れ 87才) 一橋大名誉教授

  7. 間宮陽介  ( 昭和23年生れ 69才) 京大教授

  8. 暉峻淑子  ( 昭和3年生れ 89才) 埼玉大名誉教授

  9. 加藤周一  ( 大正8年生れ 98才) 作家・評論家

 
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有事法制批判 - 4

2017-11-29 18:58:54 | 徒然の記

 いよいよ、「害虫先生」の反対論の、抜き書き作業にかかりますが、あまり気乗りが致しません。前提となる思考が、最初から左へ傾斜し、日本が悪いと決めつけているのですから、導かれる反対論だってタカが知れています。

 諸先生の反対論は、所詮「害虫」レベルでしかありませんけれど、元気を出して要約することとします。 

 1. 高橋哲哉  ( 昭和31年生れ 61才) 東大助教授

 「有事法制を備えた軍事優先国家において、仮想敵国の存在ほど重要なものはありません。」「攻撃を受けるかもしれないという不安が、国民の多数に共有された時こそ、」「軍部や政府にとって、歓迎すべきことでしょう」

「しかしまさに、この状況こそ危険なのです。」「仮想敵国とされた相手を刺激・挑発すれば、」「相手の国が軍備を増強し、日本への脅威となって戻ってきます。」「それが北朝鮮であろうと、中国であろうと、」「日本が、有事法制を備えた軍事優先国家になることは、」「相手を刺激・挑発し、日本への脅威を増大させる危険を伴っているのです。」

 常識があるのかと疑いましたのは、高橋害虫先生の意見を最初に読んだからでした。ここ数年の状況をみれば、どちらの国が刺激や挑発を仕掛けてきたのか、全国民周知の事実です。戦後70余年というもの、国内に生息する「害虫先生」たちの愚論のおかげで、日本の自衛隊は、まるで犯罪者のように小さくなり過ごしてきたではありませんか。

 しかるに北朝鮮は、スパイ工作船で日本に侵入し、なんの咎も無い一般人を暴力で拉致し、帰そうという動きすらしません。挙句はミサイルを何発も発射し、核兵器の開発さえ進めています。一方中国は、前回のブログで書きましたように、盛んに脅したり、挑発したり、領空・領海を日々侵犯しています。

 更に言えば、この二国は国家の成立以来「有事法制を備えた軍事優先国家」なのです。それなのに、国の安全を考え、やっと不備な法律を整えようとする日本の、いったいどこを非難すると言うのでしょう。

 「東京裁判史観」に立つ人間の意見とは、所詮このような偏見でしかありません。戦後の日本で、こうした「常識を外れた偏見」が蔓延し、今も力を持っているのですから、バカバカしいと思いつつも、ブログをやめる訳にいきません。

  2. 渡辺 治  ( 昭和22年生れ 70才) 一橋大教授

 「日本が攻められるとすれば、ただ一つのケースしかありません。」「それは日本が、米国の軍事攻撃に積極的に加担した結果、」「相手国が反撃し、日本が戦争に巻き込まれる時です。」「こうした際に、首相を中心に権限を集中し、」「国会の審議を省略し、国民を戦争に動員するために、有事法制が作られているのです。」

 「私たちが考えなくてならないのは、この有事法制が、」「国民の安全を守るためのものでなく、」「アメリカの戦争を支援し、日本も軍事大国の一員として、名乗りをあげたいという意欲に基づいて、」「登場しているということです。」「この法律を許すことは、私たちが  " 殴る側の大国 " の一員となる道を完成させることを、」「意味しています。」「こうした方向は、阻止しなければなりません。」

 害虫先生に共通しているのは、「有事法制は、アメリカに言われて作っている。」「アメリカの軍事戦略に、協力するためにやっている。」という理由づけです。一面の事実ですが、正しい指摘ではありません。アメリカにもらった現行憲法のお陰で、専守防衛の自衛隊しか持てなくなった日本は、アメリカの属国みたいな状況に置かれています。沖縄だけでなく、日本の各地に米軍基地があり、日本の統治が及びません。

 敗戦以来、日本は軍事的には、全面的に米国のいうことに従うしかできませんでした。それが今も続く、国民的屈辱の現状です。氏はあたかも日本が率先し、米国に追随しているように語っていますが、とんでもない話です。未来永劫米国の言うなりにならないためには、憲法の改正が必要なのに、そこには言及しません。日本の心ある政治家や軍人たちが、戦後72年間臥薪嘗胆していることなど、反日の氏には思いやる気もありません。

  3. 古川 純  ( 昭和17年生れ 75才) 専修大教授

 「ブッシュ政権で、国務副長官だったアーミテージ氏は、」「安全保障問題の専門家の検討結果を踏まえ、」「政策提言書にまとめて発表しました。」「米国と日本の、成熟したパートナーシップに向けた前進策、というものです。」

 「そこには防衛公約の確認、危機管理法(有事立法)」の制定と誠実な実行、」「米軍と自衛隊との力強い協力、PKO活動等への完全な参加などなど、」「様々な要請がされています。」「有事立法制定の目標は、このレポートによって、」「米軍に奉仕するものであることが、明確になるのではないでしょうか。」

 だからどうしたというのですかと、私は古川害虫先生に聞きたくなります。国際社会で、二度と日本が立ち上がれないようにするため、軍備全廃の憲法をプレゼントしたのは、戦勝国のアメリカでした。朝鮮戦争が勃発し、軍事放棄をさせた間違いに気づいたのは、マッカーサーだったはずです。彼は慌てて、警察予備隊を作らせ、再軍備への道を開きましたが、日本のいばらの道がここから始まりました。

 軍隊なのに軍隊でない自衛隊を有し、「戦力なき軍隊」とか「専守防衛」とか、国民に対する矛盾だらけの屁理屈が、ここから始まりました。軍隊を持たない国が、独立国になれないというのは、世界の常識であり、日本での非常識です。その事実を知った上で、空疎な建前論を国民にするというのが、戦後日本の政治でした。もちろん、古川害虫先生も、こうした事実を承知の上で、お花畑の国民に向かい、「日本はアメリカに協力して、有事法を作っている。」と、建前の反対論を述べています。

 「武装集団である国家で満ちている国際社会で、自衛権を否定するのが無理なことは、」「誰にでも分かるはずです。」・・という、澤田洋太郎氏の意見が、害虫先生たちに共通認識としてあることを、私たちは忘れてなりません。反日左翼の教授諸氏が、武力放棄で国際社会を生きられないのを承知の上で、「平和憲法」の虚構を国民に聞かせているのですから、彼らのやっていることは、政府自民党の空疎な建前論とちっとも変わりません。

 どっちもどっちの空理空論を、さも重大そうに国民に語るのですから、似たような詐欺師だとも言えます。私は政府を攻撃する彼らの愚論を読みますと、笑わずにおれません。けれども笑ってばかりおれないのは、こうした馬鹿な意見が戦後の日本を支配しているからです。韓国でも、国論を二分する勢力がいて政情を不安定にし、大統領が代わるたび刑務所へ送ったり、自殺に追い込んだりしています。「害虫先生」だって、少しくらいなら、ヤクザと同じ社会の必要悪ですが、はびこり過ぎますと国が乱れ、やがて崩壊します。

 ですから笑わずに、真面目に、退屈を我慢し、私はブログを続けます。息子のため、孫のため、愛する日本のため・・。

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有事法制批判 - 3

2017-11-28 18:05:46 | 徒然の記

 世界には、日本を含め、およそ197の国があります。そのうち193の国が、国連に加盟しています。未加盟の国は、バチカン、コソボ、ニウエ、クック諸島の四カ国だと言います。

 ニウエという国名は初めて聞きますし、クック諸島が国だということも知りませんでした。日本に向け最近盛んにミサイルを飛ばし、不法に日本の領土を犯し罪のない日本人を拉致した、あの犯罪国家北朝鮮も、国連加盟国です。この197の国の中で、反日の「害虫先生」たちが理想とする、軍隊を持たない国が27ヶ国あります。これらの国々がどのようにしているのかと言いますと、次の三つに分かれます。

 1. 集団安全保障体制に加盟し、守ってもらう。

 2. 大きな国の、保護国になる。

 3. かっての宗主国の、庇護に頼る。

 「武装集団である国家で満ちている国際社会で、自衛権を否定するのが無理なことは、」「誰にでも分かるはずです。」・・・。害虫先生の仲間の澤田氏が言いましたように、軍隊なしで国が生き抜くためには、他国に守ってもらわなくては叶わないのです。上述した27ヶ国の名前が何なのか、どの分類に入っているのか、調べればわかるのでしょうが、それは省略します。

 軍隊を持たない主な理由が、持つだけの経済力がないのだと言いますから、いずれにしましても、私たちの知らない小さな国のはずです。わざわざ国の数まで調べ、ここで私が言いたいのは、「害虫先生」たちは、ほんとに常識人なのかということです。日本が世界一の強国だとか、一流国だとか、そんな大言豪語はしませんが、聖徳太子の昔から、日本は小国なりに誇りを持ち、独立を守った歴史を持つ国です。

 こともあろうにこの日本を、他国の庇護に頼ったり、保護国になったりする、そんな国の仲間に加えようとするなど、常識のある人間なら考えるでしょうか。彼らが堂々と本を出し、愚にもつかない寝言を広めているのに、真に受ける人間がいるのですから、情けない日本になったものです。知識層向けの出版社だと、岩波書店は言われてきましたが、こんな「悪書」を世に出すのでは、朝日新聞と同じ「亡国」の会社に劣化したというべきかもしれません。

 自分の頭を整理するため、ここでもう一度、政府が国会に出してきた「有事法制」の背景を、考えてみましょう。世界にある197国のうち、170の国は軍隊を有し、自分で国を守っています。これらの国々は、わざわざ「有事法制」などと言わなくても、外敵に対処する法律がすでに整っています。国を守る軍隊があるというのは、普段から、有事への法が整備されているということなのです。

 不幸にも日本は先の大戦に敗け、世界の常識から大きく外れた、珍しい憲法を持つこととなり、自衛隊はあっても軍隊でなく、外敵への即時対応ができません。「専守防衛」しか許されないので、「やられる」前の反撃ができない仕組みになっています。日本は法治国家ですから、対応できる法律がなければ、国の危機を目前にしても、「やられる」まで手出しができません。亡国の学者の意見では、これを「正当防衛論」というらしいのですが、国の存亡に関わる戦争を、そこいらの喧嘩と同列に語るのですから、「常識」という言葉が泣きます。

 分かりやすく言いますと、飛んでくるミサイルを確認しても、撃ち落とすことができず、ミサイルが着弾し、日本の都市が破壊されてのち、初めて反撃ができます。反日左翼の学者や政治家が言っているのは、「それでも良いから、憲法を守れ。」「専守防衛をしろ。」という、「亡国論」になります。

 ミサイルの頭に核兵器が搭載されていましたら、「専守防衛」どころか、日本は何もしないまま国が滅びてしまいます。だから政府は、敵対する国からの攻撃に、自衛隊が即座に対応ができるよう、(世界の他の170の国がしているように)、自国を守る法律を整備しようとしています。つまり「有事法制」です。

 これに「戦争法」というレッテルを貼り、日本を「戦争をする国」へ戻そうとしているとか、軍靴の音が聞こえるなどと大騒ぎするのですから、とんでもない「害虫先生」たちではありませんか。戦前に戻るとか、軍事大国化だとか、このバカ先生たちは無闇に社会を騒がせていますが、隣の国々の実情はどうなのでしょう。

  いつまでもアメリカの側についていたら、日本に明日はないと、そんな威嚇をする将軍がいるのは、隣の中国です。戦ったら、一日だったか二日だったか忘れましたが、日本は瞬時に叩き潰されると、脅してくる将軍がいるのも中国です。尖閣の領海に公船で侵入したり、戦闘機で領空を侵犯したり、毎日のように繰り返しているのも、中国です。
 韓国は反日・売国の朝日の記事を振りかざし、捏造の慰安婦問題で日本人を攻撃し、恨みは千年たっても消えないと、醜いまでの大嘘を、国連を通じ世界へ宣伝しています。(誤報記事を拡散した朝日新聞は、訂正記事も謝罪記事も世界に発信せず、無言のままです。売国の新聞と蔑まれ、そのうち倒産するのでしょうが、同情する必要はありません。)
 
 北朝鮮は、平和な日本の海岸を侵犯し、少女から青年男女まで、二百人とも三百人とも言われる日本人を拉致しています。いかに忌々しい敵対国であるのか、11月16日付の千葉日報の記事を転記します。
「日本は、すでに全て解決した拉致問題に執着し、」「言いがかりをつけている。」「他人に言い掛かりをつけ、自らの利益を得ようとする、」「島国の種族の、ずる賢さをさらけだしている。」
 
  いわば今の日本は、牙をむき出しにした敵対する隣国に囲まれ、日々を耐えています。このバカ先生たちは、それでも中国や韓国・北朝鮮について苦言すらもらさず、「悪い日本が我慢すべきだ。」と、逆に説教を垂れます。私は彼らを、「害虫先生」と穏やかに呼んでいますが、本音を言わせてもらえば、「利敵行為をする、獅子身中の虫」、「駆除すべき害虫」と切り捨ててしまいたい気持ちです。
 
 これだけの、事前知識と情報を頭に入れ、「害虫先生」たちの「有事法制反対意見」を、再び確認していきましょう。さすれば、東大とか京大とか、名誉教授だとか教授だとか、肩書きだけ立派でも、言っている中身は「常識を外れた寝言」でしかないとよく分かります。
 
 さて、私の大切な息子や孫たちに言います。
「父(爺じ)は、害虫先生たちを、大学から追放しろと言っているのではありません。」「まして、日本から追い出してしまえと、そんな暴言をはいているのでもありません。」「日本は法治国家で、民主主義国で、言論の自由がありますから、」「どんなバカが寝言を言っても、それは自由なのです。」
 
 「大事なことは、バカが常識の無い寝言を言っていると、」「多くの人々が、正しく理解しているかどうかなのです。」「今では多くの国民が、マスコミの報道を鵜呑みにしてはいけないと、正しく理解しています。」「腐れマスコミの偏向報道が、どれほど日本をダメにしているのか、経験として知れ渡ったからです。」
 
 「つまり、多くの人々が、反日・左翼の、利敵言動に気づけばいいのです。」「もっと言えば、他人がどうであれ、せめて息子や孫たちだけでも、」「害虫のたわごとに惑わされないようにと、願っているのです。」
 
 ということで、明日はいよいよ「害虫先生」たちの、「有事法制反対論」となります。立派な肩書きに相応しい卓見が並ぶのかどうか、襟を正して拝聴するとしますが、本日はここまでと致します。
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有事法制批判 - 2

2017-11-27 17:27:30 | 徒然の記

 「害虫先生」たちの共著「有事法制批判」の書評に入る前段として、害虫先生の仲間の意見を再確認しておきましょう。

 平成5年に、「憲法改正論争 あなたはどうする」を出版した澤田洋太郎氏は、著書の中で、帝国議会において共産党の野坂氏の質問に答えた、当時のワンマン・吉田首相の言葉を紹介していました。あの頃は共産党が自衛権の必要性を主張し、自由党(自民党)が絶対非武装論を説いていました。ですから、左翼学者の端くれである氏がそれを揶揄し、次のように説明しています。

 「武装集団である国家で満ちている国際社会で、」「自衛権を否定することが無理なことは、」「誰にでも分かるはずです。」「ところが当時の日本では、自衛権を主張する共産党は、」「時代の趨勢に反していると言われ、」「絶対非武装を言う自由党の方が、」「正しいという風潮があり、だからこそ、」「こういう吉田答弁が行われました。」

 現在では、憲法九条を盾にして、集団的自衛権はおろか、個別の自衛権も認めないと頑固に主張し、日本を攻めてくる敵などないと断言する、反日・左翼の学者たちですが、本音は違うという証明をしているのが、澤田氏の著作です。

 つまり、この叙述です。

「武装集団である国家で満ちている国際社会で、自衛権を否定するのが無理なことは、」「誰にでも分かるはずです。」

 「国際社会が武装集団で満ちている」という認識こそが、常識というものです。次に重要なのは、「自衛権を否定するのが無理なことは誰にでも分かる。」という認識が語られ、これも常識です。

 私たちが知らなくてならないのは、反日左翼の学者たちが、今ではこの常識を決して口に出さず、「日本さえ軍隊を持たなければ、世界の平和が守られる。」という、非常識な理屈をもっともらしく語り、国民を間違った方向へ誘導しているという事実です。澤田氏がこのように正直な叙述をしたのは、「出来もしないことを言ったのは、吉田首相だったではないか。」と、自民党を皮肉るためでした。

 語るに落ちるとはこのことで、現在の「害虫先生」たちは、その「出来もしない武力放棄」を掲げ、人道や平和の掛け声とともに、政府を攻撃しているのですから、自民党と一緒になり、茶番劇を演じていると言うしかありません。

 さてここで私は、先の第二次世界大戦について、「害虫先生」たちが、どのような認識を持っているのかにつき、順番に論文から転記します。

 1. 高橋哲哉  ( 昭和31年生れ 61才) 東大助教授

 国権の発動たる戦争に、国民を総動員し、その結果アジア諸国に2000万人、自国民にも310万人という膨大な死者を出し、破局に至った経験から、二度と国民を戦争へ動員しないという誓いが、戦争放棄の理念です。

 2. 渡辺 治  ( 昭和22年生れ 70才) 一橋大教授

 総評を中心として行われてきた平和運動は、過去の侵略戦争を食い止められなかったことに対する反省と、日本を再びあの悲惨な戦争に導いた、軍国主義の昔に戻してはならないという、強い思いからでした。

 3. 古川 純  ( 昭和17年生れ 75才) 専修大教授

 もっとも保護すべき肝心の国民を置き去りにして、軍隊が移動し、最後にはその国民を盾にし、軍人が先に逃げ出した戦争末期の、中国大陸の皇軍の「履歴」は、そう簡単に忘れられるものではありません。昭和20年に行われた、沖縄の地上戦における住民の犠牲にも、明白に現れています。

 軍隊というものは、結局、国民をも保護しないばかりでなく、自己の安全を最大価値として、国民を平然と自らの手で犠牲にする組織でもあると、言うべきではないでしょうか。

  4. 水島朝穂  ( 昭和28年生れ 63才) 早大教授

 日本では、民間防衛は成功した試しがありません。あまりに中央集権的色彩が強いのと、軍の横暴が目だったからだと思います。戦前の民間防衛の軸は、防空でしたが、これは国民の生命を守るどころか、退去の禁止や、精神主義的防空指導などにより、むしろ犠牲を増大させたと言えるでしょう。

 5. 小林直樹  ( 大正10年生れ 96才) 東大名誉大教授

 旧帝国軍隊は、国民を守らない証拠を、たくさん残しています。たとえばサイパンや沖縄で、軍は民を守らないどころか、戦闘に邪魔な一般人を、米軍の砲火にさらしたり、自殺を求めたりしました。満州の関東軍は、ソ連の攻撃を食い止めるどころか、その中枢部は、数十万人の日本人を置き去りにし、本土へ逃げ帰るという醜態ぶりでした。要するに軍隊は、戦闘のための集団だから、国民を守る意思も能力もない。

  6. 杉原泰雄  ( 昭和5年生れ 87才) 一橋大名誉教授
 
 軍隊は、国内最大の実力です。軍隊をしっかりと統率することができなければ、人権や民主主義の保障だけでなく、経済、財政、文化などの安定も、容易に失われてしまいます。それが動員されれば、それを阻止できる実力は国内には存在しません。明治憲法下の経験を、思い出してください。

  7. 間宮陽介  ( 昭和23年生れ 69才) 京大教授

 戦後の日本は平和主義を掲げ、教育の場でも、徹底した平和教育が実践されてきたのに、戦後育ちの若い政治家ときたら、戦争へ加担することをなんとも思っていない。むしろそれが、政治的リアリズムと思い込んでいる。奇妙なことに、彼らを抑止する役割を演じてきたのは、軍国主義教育を受けた、戦前、戦中世代の政治家たちである。このような光景を生み出した、戦後の平和教育とは、いったい何だったのだろう。

  8. 暉峻淑子  ( 昭和3年生れ 89才) 埼玉大名誉教授

 国家によって引き起こされたアジア太平洋戦争で、肉親を失った人たちの中に、国を愛することができない人がいても、当然ですし、戦争責任の贖罪を曖昧にし続ける日本に、批判的な人たちがいても当然です。戦時中に日本に強制連行されて来た、かっての植民地の人々の二世、三世も、日本社会で共に生活しています。

偶然に生まれたのが日本で、物心ついた時はすでに日本語を母国語としており、親も兄弟も友人も日本にいるので、それを一つの運命と考え、日本のことを愛しても嫌ってもいない普通の人々が、一般に多いのではないでしょうか。いま愛国心や、たくましい日本人の育成を教育の目的とする真意は、どこにあるのでしょうか。

  9. 加藤周一  ( 大正8年生れ 98才) 作家・評論家

 戦前には、「祭政一致」を唱えた首相がありました。当時の日本の政治の中心は軍事でしたから、実質的には「祭政一致」というのに近く、「祭」と「戦」とを媒介していたのは、国家神道の体系で、その中心が靖国神社でした。今なお日本の首相は靖国神社に参拝し、かって日本軍から大きな損害を受けた隣国との間に、外交問題を作り出しています。武力攻撃による被害を排除するだけでなく、加害の可能性を排除する平和の大切さを、我々はあの戦争から学んだはずではないのでしょうか。

 これが筆者たちの、「先の大戦」についての認識です。戦争の経験に学んでいないとか、平和の大切さを忘れているとか、彼らは私のような「改憲論者」を、邪悪な軍国主義者であるかのように蔑視します。しかし、私は息子たちに言いたいと思います。彼らの主張のどこに、長い日本の歴史が語られているか。彼らはやはり、あの戦争だけをやり玉に挙げ、しかもその論拠としているのが、すべてGHQが拵えた東京裁判史観でしかありません。

 つまり「日本だけが悪い国だった。」「日本が戦争を仕掛け、他国の領土に野心を燃やし、」「結局は大敗した。」・・。これらは戦勝国の最高司令官だったマッカーサーが、敗戦国の日本に押し付けた戦争責任論でした。しかも彼は任務を離れた後、自国の議会で答弁し、「日本がやった戦争は、侵略戦争でなく、自衛のための戦争だった。」と、説明しています。

 戦後にこういう事実が判明しても、「害虫先生」たちは、それに目もくれず、「日本罪悪論」を壊れた機械のように繰り返します。こういう偏った意見が、果たして国を語る学者の姿なのでしょうか。前にも述べたとおり、反日・左翼の学者たちは、間違ったことばかりを主張しているのでなく、事実も語っています。軍が国民を見捨てたとか、横暴だったとか、否定できない事実もあります。だが、果たしてそれが全体を決定する事実なのか、事象の中の一部なのか、検証しないまま語られている乱暴さを看過してはなりません。

 「有事法制」を攻撃し廃案にするためには、自衛隊(軍隊)の恐ろしさや横暴さを、何が何でも強調し、無知な国民を扇動するぞと、そんな卑しい下心が見え隠れしています。私の息子たちには、落語に出てくる長屋の隠居みたいに、いい加減なの知識で得意げに語る、「害虫先生」たちの偏狭さを、見て欲しいと思います。

 この空恐ろしいまでの偏見の上に立ち、彼らが主張する「有事法制反対論」を、いよいよ明日から再読してみましょう。

 

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有事法制批判

2017-11-26 18:31:47 | 徒然の記

 憲法再生フォーラム編「有事法制批判」(平成15年刊 岩波新書)を、読了。

 先月読んだ、自由法曹団編の「有事法制とアメリカの戦争」と、全く同じ内容でした。出版社が異なっていますが、同じ平成15年の小泉内閣時の本で、まるで歩調を合わせたかのような「プロパガンダ」と、理解いたしました。自由法曹団の執筆者は、都内の法律事務所に在籍する弁護士たちでしたが、憲法再生フォーラムの著者は、主として大学教授で、弁護士たちより高年齢です。

 のっけから面白いと感じましたのは、偏見を自認する私が、彼らのことを「反日左翼」、「亡国の害虫」などと、悪し様に語るのと同じようにように、本の著者たちが、私のような「改憲論者」を、狡猾な政府に騙された「単細胞の国民」とか、「過去から何も学ばない愚か者」だとか、さんざん貶しているところでした。

 率直な感想を述べますと、弁護士の諸氏より、大学教授たちの方が、さすが毎日学生たちをたぶらかしているだけに、叙述内容が充実していました。弁護士の詭弁より教授の方が説得力を持ち、 それだけ社会へ流す害毒も大きいのだと理解しました。立派な「害虫先生」のお陰で、私の無知が開かれ、その分だけ反論も増えました。薄っぺらな新書ですが、ブログは一回で終わらないような気がいたします。

 まず最初に、執筆者である9人の「害虫先生」の、略歴を巻末のページから、転記いたします。息子や孫たちが、こういう先生の著作に惑わされないようにとの老婆心から、手数を厭わず転記します。

  1. 高橋哲哉  ( 昭和31年生れ 61才) 東大助教授

  2. 渡辺 治  ( 昭和22年生れ 70才) 一橋大教授

  3. 古川 純  ( 昭和17年生れ 75才) 専修大教授

  4. 水島朝穂  ( 昭和28年生れ 63才) 早大教授

  5. 小林直樹  ( 大正10年生れ 96才) 東大名誉大教授

  6. 杉原泰雄  ( 昭和5年生れ 87才) 一橋大名誉教授

  7. 間宮陽介  ( 昭和23年生れ 69才) 京大教授

  8. 暉峻淑子  ( 昭和3年生れ 89才) 埼玉大名誉教授

  9. 加藤周一  ( 大正8年生れ 98才) 作家・評論家

 

  著者たちが大騒ぎする、有事法制関連三法案とは、次の三つです。

 1. 武力攻撃事態法案  2. 自衛隊法改正案  3. 安全保障会議設置法改正案

 法案は、小泉内閣による二度目の国会提出でしたが可決に至らず、執筆者たちの希望通り廃案となっています。しかしこうした小泉氏の法案提出に際し、出版社が異なるとはいえ、弁護士団体、教授団体が、同時に同じ内容の本を世に出しているということからは、左翼勢力がいかに危機感を共にし、共同歩調を取っているのかという事実が見えます。

 私がたまたま、同じ内容の書籍を手にしましたが、当時はきっと新聞、テレビ、その他の雑誌で、法案反対の宣伝が広く活発に展開されていたと、うかがい知ることができます。しかし、本年(平成29年)の7月16日に、安倍内閣により、安保法制関連法としてひとまとめで可決されましたから、執筆者たちの希望は叶わなかったということになります。

 繰り返しになりますが、今年の7月には、反日の野党が「戦争法案だ」と騒ぎ、国会周辺でデモをし、あの文科省の反日前川喜平氏も参加しました。あの時のどさくさに紛れ、可決された法案の数が、11本ですから、安倍総理も自民党も、やればやるものだと感心いたします。重要な法律なので、これもまた念のため、11本の法律名を掲載しておきます。

 1. 国際平和支援法 (新設)     2. 自衛隊法 (改正)      3. PKO法  (改正)

 4. 重要影響事態安全確保法  (改正)        5. 船舶検査活動法  (改正)

 6. 武力攻撃事態対処法  (改正)              7. 米軍等行動関連措置法  (改正)

 8. 特定公共施設利用法  (改正)              9. 海上輸送規制法  (改正)

10. 捕虜取扱法  (改正)                       11. 国家安全保障会議設置法  (改正)

  結論から言いますと、憲法再生フォーラムの「害虫先生」たちと、自由法曹団の弁護士各氏が、15年前懸命に攻撃し、激怒した法案は、すべて成立したということになります。最終目標は「憲法改正」ですが、有事法制関連三法だって、小泉、安倍内閣を経て、最低11年かかっています。憲法改正は、戦後72年が経過していますから、安倍内閣での実現は困難である気がいたします。

 狡猾な政府に騙された「単細胞の国民」とか、「過去から何も学ばない愚か者」だとか、私は害虫先生に貶されますが、「反日・左翼思想の呪縛」と米国が作った「東京裁判史観」を信仰する彼らと、どんな風に意見が異なっているのか、私は明日から述べたいと思います。

 彼らを論破するとか、世の「お花畑の住民」たちを覚醒させるためとか、私はそんなことは頭から考えていません。左巻きの狂信者や、独りよがりの人道主義者は、勝手に生きればいいのです。私も身勝手な人間ですから、息子や孫たちが、まともな意見を持ってくれたらと、それだけを願っています。

 反日過激派の人間と論争するなど、無駄なことはしないように、相手にしないようにと、忠告したいだけです。意思表示は、選挙の一票ですればいいのであり、害虫先生や反日弁護士の仲間たちと、空論を戦わす必要はないと、それが伝えたいのです。憲法論議は、私の死後も続くはずですから、遺言の代わりにブログを残そうと、いつの頃からか決心いたしました。

 私がそうでありましたように、生きている親の言葉を、子供たちは素直に聞かないようになっています。亡くなった父を思い出す時、私はいつも心の中で詫びています。「反抗するのが息子の生きがい」みたいなことを、本気で考え、逆らってばかりいた私ですから、現在の息子たちに無理強いしようとは思いません。

 亡くなった父は、形のあるものは何も残しませんでしたが、心の中には、父の全てが刻まれています。捕虜になりシベリアの炭鉱で働かされましたが、父は多くの引き揚げ兵士たちと同様、家族のため、働きづくめの一生でした。泣き言も言わず、不平も言わず、笑顔で暮らしていた父を、私は誇りに思っています。

 戦争を呪い、国を恨み、軍人を嫌悪し、他国を誉めるしかできないような、そんな人間の言うことを、私が信じない理由がここにあります。反日の害虫たちの言うことが正しいのだとすれば、今の私がしているように、父は助言や忠告を残してくれたはずです。

 「国の言うことは、信じるな。」「軍国主義は、許すな。」「政治家に、騙されるな。」・・・。しかし父はそんなことは言いませんでした。父が言った言葉で、今も心に残っているのは、ふともらした独り言です。

 「日本は、戦争に負けて良かったのかも知れん。」「勝ってたら、今頃男は大変だったろな。」「日本が勝ってたら、あっちこっちの国に、軍隊を置いたはずだから。」

 おそらく私が中学生の頃だったと、おぼろげな記憶しかありません。忙しく働く父と、当時はほとんど話をしませんでしたし、明るく陽気だと分かっていても、私には怖い父でした。手を上げることはありませんでしたが、他人を騙したり、嘘をついたりすると、許さない父でした。長々と語っていますのは、博識の反日教授たちより、高等小学校しか出ていない父の方を、私は信じると、それが言いたいのです。

 自分の息子たちも、同じDNAを持つ家族ですから、私の死後ブログを発見したら、敬意を持って読んでくれるはずと、そんな独り合点をしています。だから私は、ブログを大切にし、本気で向き合っています。「死んでからのお楽しみ」・・・、という楽しいブログでもあるのです。

 本の話を離れ、何時ものように、すっかり横道に入り込んでしまいました。長い前置きとなりましたが、書評につきましては明日からのブログと致します。毎回似たようなことしか書きませんので、訪問される方がありましたら、退屈されないよう、くれぐれもご注意ください。

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相撲界のこと

2017-11-25 22:23:20 | 徒然の記

 相撲は時々見ますけれど、熱心なファンではありません。私は日本を大切にしていますが、相撲界に外国人力士が増えても、反対という人間ではありません。

 このところ、連日のように日馬富士の暴力事件が報じられており、報道を見るほどに、私は訳が分からなくなります。

 それは、事件をめぐる相撲協会の対応です。国技とか神事とか、何かあるたびに言われますが、協会の関係者や、力士たちや、あるいは審議会に名を連ねている有識者たちも、本気でそれを考えているのか、疑わしくなります。

 相撲は体をぶつけ合う力技ですが、ルールの中で互いの技倆を尽くすスポーツです。土俵を離れて腕力を振るい、相手を傷つければ、即刻傷害事件となり、下位の力士でも、上位の力士でも、事件を起こせば犯罪人です。それなのに場所が始まっているため、事件の捜査を中断するというのですから、ことの重大性を認識していないのは、相撲協会の役職者たちでしょう。

 国技とか神事とかいう言葉が、どうして犯罪者を庇護するような使われ方をするのか、不思議でなりません。日馬富士に反省が足りないというのなら、反省を邪魔している相撲協会こそが問題なのに、マスコミはそこには踏み込みません。モンゴル力士だから、日本の文化が理解できないとか、モンゴル人を入れたのが間違いだとか、そんな意見も出てきていますが、見当違いの話です。

 朝青龍や日馬富士は、確かにモンゴル人であり、暴力事件を起こした力士ですから、法の裁きを受けるのは当然です。しかし暴力事件を、民族と絡めて批判するのは、日本人として恥ずかしいことです。昭和61年に横綱になり、双羽黒と名前を変えた北尾は、三重県出身の日本人でしたが、とんでもない力士でした。付け人を殴り、わがまま放題をし、礼節も知らず、親方と喧嘩をし、止めに入った女将さんにも乱暴を働きました。

 歴代の横綱は怪我や体力の限界で退位したのに、双羽黒だけは、師匠と喧嘩の末の廃業でした。日本語を勉強し、挨拶もきちんとし、日頃の行いでは、日馬富士は遥かに双羽黒を越えています。今回の事件に、民族を持ち込むのは正しい意見でなく、問題をややこしくするだけです。民族でなく、相撲協会の体質に原因があると、私はそう言いたいと思います。

 横綱の品格とか、品位とか、相撲の解説者たちも言いますが、問題が生じるまで黙認してきた協会に、責任はないのかと、言いたくなります。

 日馬富士のことは、警察に任せるとしまして、私が日頃苦々しく思っていることを言います。余り批判する人はいませんが、白鵬の取り組みの品位の無さ、品格の欠如が、ずっと以前から不快でなりません。何時から彼がそれをするようになったのか、もう覚えていませんが、たちあいでする、あの「張り手」です。飛び込んでくる相手の横面を、力任せに叩くのですから、やられた方は一瞬目がくらむはずです。

 四十八手の中にはありますが、こんなものは、横綱の使う手ではありません。素人の私たちでも、いきなり横面を叩かれたら、カッときて喧嘩になります。鍛えている力士だと言いましても、「張り手」をやられたら、平常心を失い、ムキになるはずです。老練な白鵬は、ムキになる相手を計算に入れ、戦っているのかもしれませんが、幕下の下位番付の喧嘩相撲でしかありません。

 力士たちは、「張り手」が分かっていても、横綱に文句は言えませんし、下位の者が横綱に張り手で応じることもできません。このような醜い白鵬の取り口を、果たして相撲協会は一度でも注意をしたのでしょうか。解説者や、横綱審議会の有識者が、疑問を投げたことがあったでしょうか。

 相撲は国技でも神事でもなく、プロレスと同様の興行に過ぎないと、斬って捨てる者もいますが、一面の真実です。協会の諸費用を賄い、力士たちの給金を稼ぐためには、相撲の人気を高め、お客に足を運んでもらえる工夫がいります。しかしだからといって、金を稼ぐ人気力士には、文句も言えず、注意もせずというのでは、「不祥事の種」を蒔いているようなものです。

 お客が喜ぶ人気者には、「見て見ぬふりをする」無責任体質こそが、相撲界の病巣です。だからこそ、おごった白鵬が、行司の判定に異を唱え、土俵に戻らないという醜態を演じました。前代未聞の醜行なのに、その場にいた親方衆の誰も声をあげませんでした。この無責任体制に立ち向かったのが、貴乃花親方だと、そんな穿った意見もありますが、結局は深い闇を感じるだけで、門外漢の私には、さっぱり分かりません。

 事件の真相を知っているのは、当事者たちだけでなく、相撲協会の役員、親方衆、マスコミ関係者、横綱審議会の関係者たちですが、誰も話そうとしませんし、彼らが口をきけば、とんでもない話が飛び出すのかもしれません。なあなあで済ませているため、何も知らないのは、結局、一般国民だけということになります。

 ここまできますと、これはもう相撲界だけの話でなく、政治の世界とタブってまいります。自民党と野党、政府と役人、マスコミや一握りの指導者たちだけが知っている事実があり、知らないのは、国民だけであるという日常の現実です。そのいい例が、橋本元総理の中国人の愛人問題です。彼女が中国の工作員でないかと、多くの政治家やマスコミ関係者や高級官僚は知っていましたが、国民は、何も知りませんでした。橋本氏が亡くなり、ほとぼりが冷めた頃、初めて情報が世間に流れました。

 政治の方は生きている限り、目をこらすつもりでいますが、相撲界のことまで、観察し続ける余裕はありません。ですから、最後に私の希望を述べ、この話題を終わろうと思います。

 [ 希 望 ]

 西欧の人々にとって、「サンタクロース」は、おとぎ話の世界での虚構と分かっていても、老若男女を問わず、大切なシンボルです。時代が移っても、夢であり、希望であり、楽しみであります。

 日本人にとって、「国技の相撲」、「神事の相撲」も同じです。たとえ、虚構であっても、それは守り続けなくてならない、日本人のシンボルです。時代が移っても、夢であり、希望であり、楽しみなのですから、相撲協会とその関係者は、もっと真剣に取り組まなくてどうするのですか。

 

 

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大往生

2017-11-21 18:40:59 | 徒然の記

 永 六輔氏著「大往生」(平成6年刊 岩波新書)を、読みました。

「往生」の時が、刻々と身近になりつつある今なので、反日左翼や腰抜け自民党議員のことより、こっちの方が大事なのだと、気づかされました。

 氏は昭和8年に浅草に生まれ、本名は永高雄です。巻末の略歴を見ますと、早稲田大学在学中から、ラジオ番組や、始まったばかりのテレビの、番組構成に関わっていたということです。放送作家、司会者、歌手など、多方面に活躍していた売れっ子でしたから、すぐに顔を浮かべることができます。ネットでわざわざ調べなくても、「まえがき」で氏が語っている言葉の方が、ずっと簡潔で、軽妙なので、引用します。

 「浄土真宗の寺に生まれ育って、坊主になり損なった私は、」「それなりに " 死 " を身近に考えてきた。」「寺育ちということで、友人の葬儀を手伝ってきたが、」「父を看取り、」「さらに1992(平成4)年、いずみたく、中村八大と、」「立て続けに親友を失って、」「私なりに死をまとめてみようと、思った。」

 「その頃、出演していた子供電話相談室で、」「どうせ死ぬのに、どうして生きてるの、」「という質問に絶句した。」「父だったら、どう答えるだろう。」「この子の質問に答えるためにも、本にしたいと思う。」

 ということで、真面目に最後まで読みましたが、死とはなんであるのか、どのように向き合えば良いのか、結局は分からないままでした。推理小説でありませんので、結論を述べても、岩波書店への営業妨害にならないでしょうから、遠慮なく言いましょう。

 「死には様々なかたちがあり、人ぞれぞれであるから、」「前もって考えたって、どうしようもない。」「それでも、考えないよりも、考える方がマシだろう。」・・、そんなことは書いてありませんが、私は勝手に解釈いたしました。

 本の前半分は、「無名人 名語録」という、言葉の抜書きです。氏の父忠順氏が集め、「ノート」にまとめたものだといいます。確かに、人生がぎゅっと凝縮されていて、面白おかしく、切なくもある言葉が並んでいました。

 「人生は、紙おむつから紙おむつ。」「糖尿の、話ではずむクラス会。」「百薬を、飲み過ぎ万病で入院中。」こんな川柳みたいなものから、小話のようなものまであります。

「人様の前で、人の世話にならないという人がいますが、」「自分で、墓の穴を掘るのでしょうか。」

「人間は、自分の言った通りになんか生きられません。」「そんなことしたら、死んじゃいます。」

「富山の温泉で、湯治客の老人が、こう言って涙ぐんだ。」「孫にさ、孫にだよ。」「おじいちゃんは、大きくなったら何になるのって、聞かれちゃった。」「その孫に伝える言葉を考えて、老人に伝えた。」「おじいちゃんは、仏様になるんだ。」「喜んでくれるかと思ったら、いやな顔をされた。」

「九十を超えてから、考えるようになったんだけどね。」「 " 長寿 " っていうでしょう。」「長く生きりゃめでたいってのは、誰が決めたんですかね。」「寝たきり老人が多くなるだけでしょ。」「 " 寿 " なんてものじゃないようねぇ。」

  長生きすれば良いというものでないことを、最近はつくづく考えさせられます。先日母の見舞いに北九州へ戻り、愕然といたしました。九十五才の母は、腰は曲がっていますが病気ひとつせず、口も達者で頭も冴えていました。妹と暮らしているのですが、なんでも自分でする気丈な母でした。

 ところが、認知症が始まり、何度も同じことを尋ねるようになりました。説明しても理解できなくなり、「ああ、もう面倒くさい。」と、不機嫌になる始末です。認知症という表現は、どこの誰が考えたのか知りませんが、じつにふざけた言葉です。認知できなくなっているのですから、「不認知症」というのが正確なのに、まるで逆の言葉です。

 言葉が残酷であるとしましても、「痴呆」の方が正しい表現です。いつものとおり、すっかり本題から遠く離れてしまいましたが、私みたいに、何にでも八つ当たりする短気者は、この本によりますと、「往生際が悪い」という部類に入るらしいです。

 母を見て実感しましたことは、「人は何時なんどき、痴呆に襲われるのか分からない。」「痴呆になった人間は、別世界に生きる宇宙人みたいになる。」・・、という厳しい現実でした。それだけに、氏の著作を身近なものとして読みましたが、参考になったのかならなかったのか、もしかしますと、私も痴呆になっているのかと、なんとも不思議な感慨をもたらす本でした。

 後半は、氏自身の文章で、興味深く読みましたが、これもまた、何の参考にもなりません。氏の交友する人々は、すべて私には懐かしい人物ばかりで、著者である氏も含め、ほとんどが故人ですから、ぎっしりと死の詰まった本でもありました。

 親友の中村八大、いずみたく氏はもちろんですが、坂本九、寺山修司、淡谷のり子、水の江滝子、淀川長治氏など、若かった頃の私が、テレビで何時も見た馴染みの顔ばかりです。ジャンボ機事故で亡くなった九ちゃんの、「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」という歌は、高校生だった頃に流行った青春の歌です。作詞が永六輔氏だったとは、本を読むまで知りませんでした。

 こういう人たちとの「往生談義」も、氏の司会で進められていました。ガンの告知に関する、山崎章郎氏の話を読み、己の鈍感さを自覚しました。

 「その場で泣き出す人もいますし、」「その場は淡々としていても、後で聞くと、」「どのように帰宅したか覚えていないという人が、」「結構います。」「告知されて嘆き悲しむことを忘れていたら、」「何も先に進まない。」「そこが重要だと思います。」

 「そこで勇気を持てなかったら、自殺でもするほかないですから、」「そこまで追い詰められると、逆に、」「もっと生き延びてみようという気持ちが、湧いてくる。」

 患者をたくさん診てきた医者の話ですが、告知については、私の経験とまるで違っていました。

「やっぱりそうだったか。」・・、心の中で呟いただけでした。祖父も父も、父の姉や弟たちも、みんなガンで亡くなっていましたから、納得してしまいました。覚悟とか悟りとか、そんな高尚なものでなく、ただぼんやりとした得心でした。生存率の高い大腸ガンだったことも幸いしたのですが、当時はそのようなことも知りませんでした。

 「お父さんが、平気な顔をしていたから、助かったよねえ。」

 手術が成功し、私が元気になって二年後でしたか、家内が打ち明けてくれましたが、ことさら元気を出していた訳でもありません。要するに、自分は肝心な時、とても鈍感な人間になるという発見でした。この医者の話が正しいとすれば、嘆き悲しまなかった私は、あれ以来、止まったままの人間だということになります。(何を言うか、ヤブ医者めと、心の中で思っています。)

 「じゃあ、行ってくるぞ。」

 父は赤紙の招集令状が来て、軍隊へ行く日に、そう言って家を出たと母が話してくれました。「そこいらに、魚釣りにでも行くみたいに、ほんとに、のんきなお父さんだったよ。」・・。この親にして、この子ありです。余計な覚悟をしたり、泣いたり悲しんだりせず、成り行き任せの鈍感なのですから、有難い遺伝子だと感謝せねばなりません。

 しかし、誠に残念なことに、反日・左翼の影法師は、ここまで執拗に追いかけてきました。

 「ドイツの植民地だった、青島(チンタオ)で生まれ育ち、」「クラシックからジャズの、トップピアニストになった、中村八大さんは、」「軍国少年の中にいて、」「大きくなったら作曲家になると言って、」「教官に叱られました。」

 「左翼演劇から組合活動、」「そして歌声運動を経てきた、下町っ子のいずみたくさん。」「幼年学校で軍人志望でしたが、戦後は反戦を意識しました。」

 とうとう私は、今年の二月に書いたブログを思い出してしまいました、辛淑玉氏の反日活動を嫌悪する私が、昔見た動画の思い出を語るものでした。そのまま転記します。

 「当時は辛淑玉氏の顔も名前も知らず、」「知っていたのは、永六輔氏と中山千夏氏だけでした。」「一番喋っていたのは辛氏と中山氏で、永氏はほとんど会話に加わらず、」「笑って、相槌を打つ程度だったと記憶しています。」「断片的にしか思い出せませんが、このようなものでした。」

「日本は昔、中国や韓国でひどいことをしたね。」
「他所の国を勝手に侵略して、沢山人を殺したよね。」

「今じゃ平和憲法なんて言ってるけど、自衛隊なんか軍隊そのものじゃない。」

「でも、戦えなくなっている。武器も使えないよ。」

「この憲法があるから、二度と戦争ができなくなったわけか。」

「外国に攻められても、憲法があるから戦えない。」

「いいことじゃない。日本人は平和憲法を守って、外国の軍隊に殺されればいい。」

「そう日本人は、全部殺されればいいんだ。」

「どちらが中山氏か辛氏の言葉か忘れましたが」「永氏が、こうした会話の場所にいるというのが、とても不思議でした。」

 「今でこそ永氏が、中国系の在日外国人の十七代目だと知っていますが、」「当時は日本人とばかり思っていました。」・・・と、これがブログの一部です。

 せっかく「往生」の本に向かいましたのに、いつもの偏見が頭をもたげ、素直になれなくなった私です。激しい怒りはもうありませんが、不愉快な思いが消せなくなりました。今の私にとって、「死」より大切なものは、やはりまだ自分の住む「日本」のようです。

 「往生際が悪い」・・・と、きっと、そういうことなのでしょう。

 

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青年の山脈

2017-11-17 15:07:37 | 徒然の記

 大内兵衛氏著「青年の山脈」(昭和41年刊 徳間書店) を、読了。

  反日左翼の憲法問題研究会の代表である氏は、大正・昭和初期において、一流のマルクス経済学者で、財政学が専門でした。先日、ネットで調べた情報がありますので、そのまま引用します。

 「明治21年に兵庫県で生まれ、昭和55年に92才で逝去。」「大正2年に東京帝国大学経済学科を首席で卒業し、銀時計を受領。」「銀時計とは、明治維新から第二次大戦まで、国立大学の成績優秀者に、天皇臨席の卒業式で与えられる。」「至高の名誉とみなされ、授与された者は " 銀時計組 " と呼ばれた。」

 「大蔵省の書記官を経て、大正8年に新設された東大経済学部に着任。」「助教授として財政学を担当。」「在任中は労農派の論客として活躍し、大正9年森戸事件に連座し失職するが、数年後に復職。」

  東大を退官後は、法政大学の総長としてますます社会主義活動に精を出し、今日まで続く反日左翼の法政大学の基礎を固めています。今年の2月に、憲法問題研究会編「憲法と私たち」(昭和38年刊 岩波書店)を読みましたとき、そこに出てくる教授や学者を、「変節した学者たち」というブログでまとめました。

 それで氏の悪名は知っていますが、著作を読むのは初めてでした。学究の徒であり、真摯な学者だと信じていたのですが、見事なまでに裏切られました。本の内容は、幕末から明治維新にかけて活躍した、いわゆる勤皇の志士たちの話です。

 先日、筑紫哲也氏著「若き友人たちへ」と、澤田洋太郎氏著「憲法改正論争 あなたはどうする」の書評の折、反日左翼の人間は、歴史を敗戦後からしか語らないと批判しましたが、訂正しなくてなりません。

 反日・左翼の原点にいる大内氏が、こうした本を書き、当時の状況をびっくりするほど克明に描いています。幕府内で活躍した人物、薩長土肥の雄藩で名を轟かせた大名やその家臣たち、あるいは天皇との関係など、歴史の知識たるや半端なものではありません。さすが、銀時計組と言われだけあり、大切なことから詰まらない話まで、驚くほどの博識でした。

 しかし感心したのは、そこまでで、後はもう、読むに堪えない低俗さでした。いかに知識があり、頭脳明晰であっても、魂の欠如した人間は、日本の歴史も、卑しい受け止め方しかできないのだと、知りました。「桜田門外の変」を叙述した氏の、空しいばかりの愚劣さを、そのまま引用します。

 「井伊大老が、独断、」「日米修好通商条約を調印させたのは、」「安政五年(1858年)のことだった。」「この条約調印は、文字通り彼の命取りとなるが、」「それからほぼ100年を経た、昭和35年(1960年)、日米安全保障条約が調印され、」「岸内閣は、全学連を始めとするデモと、」「怒号の渦の前に退陣した。」

 「 " 修好 " と言い、 " 安全保障 " と言い、」「字面は美しいが、外国との条約が、」「常にこのように紛争のタネとなるのは、近代以後の、」「日本の国際的地位を暗示していて、興味深い。」「井伊大老を、開国の恩人とする向きもあるが、」「この条約は不平等な屈辱条約で、」「その改正が、明治時代を通じて、」「朝野一致の悲願だったことも、考え併せる必要があるだろう。」

 「それにしても、条約反対に決起した、」「幕末の全学連ー水戸の浪士たちは、」「昭和の若者たちよりも、少々ボルテージが高く、」「手荒だったようだ。」

 氏が何才の時に書いた本なのか知りませんが、幕末の争いを、全学連の活動と重ねているお粗末さに失望します。前後の関係なしに、そうしたバカバカしい文章を、転記してみます。

 「弥五兵衛は、一揆を起こすまで、」「じつに十数年間、領内をくまなく回って、」「オルグしている。」「近頃の安保や、ストのオルグとは、」「桁が違うようだ。」

 「金子孫次郎、高橋多一郎らの激派、」「いわばボルシェビキたちは、」「実力をもって、勅書返還を妨げようとした。」

 弥五兵衛や金子孫次郎についての説明は、省略しますが、要するに私が言いたいのは、このボケ老人は、こともあろうに幕末の騒乱を、ソ連の革命騒ぎと同じレベルで見ているということです。

 幕藩体制を倒そうとする明治の志士たちを、反日・左翼の全学連と同じに見るというのですから、銀時計組の頭脳も、魂が抜けたら、常識すら抜け落ちるという実例です。当時の日本人たちは、勤王派と佐幕派に分かれ、斬り合いをするほど対立していましたが、双方とも、日本の行く末を思い、国のために争っていました。

 しかるに反日・左翼の全学連どもは、国を否定し、国を憎み、蔑み、社会主義ソ連を祖国と信じ、過激な暴力活動をしていました。こんな全学連の売国学生と、勤王の志士たちを同列にするなど、バカも休み休み言えと言いたくなります。氏の認識の低劣さに、怒りを通り越して苦笑します。

 文章は分かりやすく、下手な洒落をまじえ、それこそ、バカにでも読める大衆小説のような語り口です。吉田松陰、坂本龍馬、木戸孝允、伊藤博文、西郷隆盛、勝海舟など、馴染み深い歴史上の人物が、氏の手にかかると、金と女と出世欲、名誉欲にからんだ俗人と成り果てます。私は別途、真面目な人間の手による、正しい著作をたくさん読んでいますから、こんな低俗な本を手にして済みませんと、幕末・維新に生きたご先祖様に、謝りたい気持ちになります。

 陰謀、背信、讒言、私欲など、ゴミのような当時の事件にばかり焦点を当て、人間の誇りや気高い怒りや、勇気を書かないというのは、まるで朝日新聞のやり方そのものです。いつも通り、根気よく最後まで読みましたが、「天下の悪書」というに相応しい愚劣さでした。上野の本牧亭では、人気の講談師が、今でも面白おかしく喋っていると思いますが、教授や学者でなく、氏は講談師にでもなればよかったと思えてなりません。そうすれば、これほど敗戦後の日本を毒さずに、済んだでしょうに。残念な話です。

 ほんの一部丈の紹介ですが、バカバカしくて、情けなくて、これ以上引用する気になりません。そのかわり、先日の「変節した学者たち」のブログの中から、氏に関する叙述を再度転記いたします。

 氏は戦後最悪の「獅子身中の虫」の一人ですから、己の悪行を、何度でも世間にさらされて当然と思います。東大や法政大学で、氏の教えをひたすら遵守している、バカな教授たちが、目を覚ましてくれたらと期待するのですが・・・、きっと無理でしょう。愚痴はここまでとし、先日のブログからの転記をします。

 「GHQ占領時には、東京裁判で、氏は連合国側に立ち、証人として出席した。」「その時の裁判は、日本の軍国主義教育の実態や教育者への弾圧、」「言論機関への抑圧、警察権力を駆使した圧制や脅迫などにより、」「侵略戦争が、いかに準備されていったかの立証が、主眼におかれていた。」

  「つまり氏は、宮沢俊義氏同様、" GHQに絡め取られた学者 " である、というより、 」「自ら積極的に協力した " 売国の学者 " でした。」「宮沢氏と違うのは、最初から最後までマルクス主義者で押し通し、」「変節しなかったところでしょうか。」

 「昭和30年にソ連・中国学術視察団の旅を経て、」「氏が語ったという言葉を、何としても残したいと思います。」

 「私も社会主義を勉強すること実に40年であるが、」「社会主義がユートピアであるか、科学であるか、今まではっきり分からなかった。」「しかしここへ来て、いろいろの見学をして、それが科学であることがしかと分かった。」

 「ロシアの経済学は、二十世紀の後半において、進歩的な特色のある学問として、」「世界の経済学界で、相当高い地位を要求するようになるだろう。」「こういう歴史の変革のうちに、経済学者として、」「いよいよ光彩を加える名は、レーニンとスターリンでありましょう」

 「GHQに利用され、逆にGHQを利用した " 獅子身中の虫 " たちは、」「手強い勢力を国内外で持っています。」「戦後72年がたち、国民の多くが、いろいろな事実を知るようになりましたから、」「これからが本当の  " 虫退治の時 " になるのかもしれません。

    「ストップ詐欺被害。私たちはもう騙されません。」 

 「おれおれ詐欺防止のため、警察庁が作った標語ですが、」「 " 虫退治 " にも活用できそうです。」

 

  本日の締めくくりとして、私が得た尊い教訓を書き記します。

「人は死んで名を残し、トラは死んで皮を残す。」「大内氏は死んで、恥をさらす。」

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のら猫タビーのいる「ねこ庭」

2017-11-16 10:35:43 | 徒然の記

 正確には覚えていませんが、のら猫タビーが庭で餌を食べるようになったのは、去年の11月だったと思います。

 そうしましすと、はや一年が経つということになります。雨が降らなければ、午前と午後の二回やってきます。雨戸に面した上り口の台の上で、居間の方を向き、背を丸め、私たち夫婦が姿を見せるまで待っています、

 朝が遅いので、9時過ぎにしか雨戸を開けませんが、どうやらもっと早くから来ているようです。雨戸を繰り、カーテンを開け、日差しを室内に入れるのは私の役目なので、二階から眺めると、たいていタビーが下の台で丸くなっているのが見えます。

 タビーは白と茶と黒の三毛猫のメスで、人間で言いますと「ペッピンさん」になるのではないかと、思っています。しかし、タビーは相変わらず心を開かず、決して体を触れさせません。餌をやろうと庭に下りますと、素早く台から離れ、遠くに位置します。最近ではやっと、餌入れをする私の横まで来て、話しかけるとじっと見返すようになりましたが、そこまでです。

 「あんたねえ、毎日餌をもらうんだから、頭くらい撫でさせたらどうなの。」

 家内が時折話しかけますが、われ関せずと、無心に餌を食べるだけです。食事のコースは決まっていて、最初にカンズメの魚をやり、次にドライフードを入れ、最後が牛乳です。歯が悪いので、ドライフードは苦手らしく、空腹でないときは残したまま、いなくなってしまいます。

 牛乳は好物らしく、容器を目にすると近づいてきます。餌入れに、傾けて容れてやるのですが、牛乳が鼻の頭にかかるくらい近くにきます。それを飲むと安心し、満足するのか、踏み台の上に戻り、お日様にあたりながら、毛づくろいをしたり、爪研ぎをしたり、眠ったりします。

 去年初めて餌をもらいに来た頃は、あたりを見回しながら、警戒しつつ餌を食べ、終わるとすぐに居なくなっていましたので、それを思うと随分気を許してきたのだと分かります。付近の山で暮らしていると聞きますが、夏の間は、顔や耳を蚊に刺さされ、掻きむしった傷が沢山ありました。痩せてはいませんでしたが、栄養が足りなかったのか、今では毛並みの色が鮮やかになり、いっそう「ベッピンさん」になっています。

 人懐っこい犬と違い、もともと猫は人間に媚びず、自分の思うまま、気ままな生き方をするのですから、タビーの冷淡さときましたら、並大抵ではありません。最近でこそ少し目を合わせるようになりましたが、いくら話しかけても下を向いているか、他所を眺めているかでした。やくざ者だって、「一宿一飯」の恩義といい、挨拶だけはしたものなのに、猫の世界にはそんなものがありません。

 それでも、訪れる者もない私たち夫婦は、タビーを愛らしく思い、猫なで声で話しかけ、せっせと世話をやいています。姿を見せないと、車にでもはねられたのか、喧嘩に負け瀕死の状態で、山のどこかでうづくまっているのではないかなど、心配したりしています。

 今までは、つれないタビーに相応しく、私たちもほどほどの受け入れをし、雨戸のすぐ近くにある大きな容器の上に、空の段ボールを置き、寝場所にしてやっていました。時々、箱の中で丸くなって眠ったりしていますので、気に入ってはいるようでした。安心して眠っている姿を見ますと、やはり可愛いいと思ってしまいます。これが親バカならぬ、猫バカというのでしょうか。

 急に寒気が襲い、体が震えるほど寒い日がありました。猫バカの私は、タビーの寝床になっている段ボールを少しばかり改造し、すっかり体が隠れるほどの高さにしてやり、断熱材で養生し、毛布を敷き、その上に猫座布団を乗せ、万全の寒さ対策をしてやりました。今では食事時間でもないのに、気がつくとその箱の中で、眠るようになりました。

 しかし相変わらず、礼の一つもなく、マイペースで生きています。「一宿一飯」の恩義は、期待する方が無理なようです。

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保守の名が泣く、大阪市の自民党議員

2017-11-14 13:29:26 | 徒然の記

 さすが千葉県民の新聞です。

 隣の韓国が、竹島のエビを盗み、元売春婦を招き、トランプ大統領を歓迎した記事は載せましたが、大阪のことは伝えませんでした。

 ネットの情報で産経新聞の記事を読み、二つの発見に、唖然といたしました。一つ目はもちろん、産経新聞の記事ですが、二つ目は千葉日報です。千葉日報だけ読んでいたら、他県の重要情報が手に入らないという、困った発見です。

 千葉日報のことは、別に取り上げることとしまして、まずは産経の記事を転記します。

 「サンフランシスコ市への、非難決議否決の事実は、慰安婦像を容認するという、」「誤ったメッセージにつながっていく。」「姉妹都市としての関係を続けていくためには、」「議会として問題を放置せず、意思を表明することが重要だ。」

  吉村市長が述べているのは、まさに正論であり、国際的な常識です。自民党の議員だけでなく、反日・左翼を除き、日本人なら誰でも、吉村市長の言葉に耳を傾けます。

 サンフランシスコ市には、韓国・北朝鮮、中国系の住民が多く、何かあると反日行動をします。彼らに支援された議員たちが、市議会の決議を左右するほど多数いることを、国際オンチで、世間知らずの、大阪自民党の市議会議員とは言え、姉妹都市の話なので、そのくらいの情報はあるはずでしょうに。

 自民党の議員たちは、売春婦像を建てた、サンフランシスコ市議会に対し、「慎重に対話を重ねていくべきだ。」と主張しています。政府が、韓国や北朝鮮と、慎重に対話した結果、何が解決したのかと、大阪市の自民党議員は、何も勉強していません。

 3年前のブログで、私は国を大切にする議員が、地方にはいないのかと失望し、「自民党の議員は、地方議会で居眠りでもしているのか。」と、非難しました。

 しかし今回は、非難だけでは済まされません、吉村市長の提案に、共産党と一緒になり、反対したというのですから、これこそ利敵行為ではありませんか。

 いくら大阪市議会で、市長が「維新の党」とは言え、自民党はここまでやるのでしょうか。保守の矜持を失い、反日の共産党と手を組み、サンフランシスコ市の反日行為に、目をつぶるというのですから、「恥を知れ!」と言いたくなります。

 まさに、「保守の名が泣く、大阪市の自民党議員」たちです。

 自民党本部は、何をしているのでしょう。保守自民党の支持者は、大阪市議会の節操のなさを眺め、自民党自体へも失望していくはずです。誇りも信念もない、大阪市議会の自民党の議員たちの姿。これでは、議席欲しさに希望の党に誓約書を出し、当選したら約束を破る民進党の、恥知らずたちと、何ら変わりません。

 忘れもしません、今から9年前の平成20年頃、全国各地の地方議会が、反日・売国の腐れ新聞の、慰安婦の捏造記事に踊らされ、政府糾弾の決議をするという、馬鹿げたことをやりました。

 その数なんと、全国で41議会。内訳は、村議会が2つ、町議会が4つ、残り35が市議会でした。決議に至るパターンはどれも同じで、市民団体が騒ぎ、民主党と共産党が取り上げ、公明党が賛成して議会決議をしていました。

 大阪市がこの馬鹿な決議をしたのは、平成22年で、この年は一番多くの自治体が、「政府糾弾の決議」をしています。むかっ腹が立った、ついでですから、地方議会の名前を転記します。

 (埼玉県) ふじみ野市  (千葉県) 我孫子市  (京都府) 向日市 八幡市 木津市 

 (東京都) 西東京市、 (岩手県) 一関市

 (沖縄県) 今帰仁町、南城市、豊見城市、読谷村、多良間町 

 (大阪府) 吹田市、堺市、高槻市、大阪市   (鳥取県) 北栄町

 (北海道) 小樽市、士別市、函館市   (岡山県) 岡山市

 当時は自民党も、地方議会で少数派に転落し、数の力で押し切られたのであろうと、好意的に考え、屈辱に耐えたと思っていたのに、政権に復帰した後でも、彼らは決議撤回の動きをしませんでした。

 民主党政権時代にした、政府非難決議とはいえ、この議会決議は、政権復帰した自民党政府と、真っ向から対立するものでした。

 まして今回のように、「外交問題である売春婦像」につき、国の動きと別に地方議会が決議をすれば、「政府との関係を、混乱に陥れる。」と、そんな主張で、「政府の非難決議」に反対した自民党議員は、大阪市議会にいなかったはずです。

 常に、政府自民党と反対の決議をする、大阪市議会の自民党議員は、何を考えているのでしょう。

  私は安部総理に、声を大にして警告します。
 
  「自民党の崩壊は、大阪市議会から始まる」
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