裁判を争っている吉備さんは、私より一つ年上の81才です。
理不尽な事故で家族を失い、理不尽な裁判で冷淡な扱いをされ、私ならとても我慢ができません。記者会見の言葉を読みますと、感情的にならず落ち着いて語っています。
老成した落ち着きというのでしょうか、やはり老人と言われる人はこうでなくてはならないと、自戒させられます。自戒しながら、記事を紹介します。
・次なる策は「これから考えていきたい」としながらも、以下のような思いを抱いている。
「みなさんのご協力でここまで来たけれど、これであきらめきれません。本当の事故原因を明らかにしてほしい。」
「私は、生後3カ月のときに父がニューギニアで戦死しておりますので、顔も覚えておりません。」
「戦争で父を奪われ、夫があのような形で奪われ、今度は、子や孫たちを奪われてしまうかもしれないという恐れを持っています。」
「それを防ぐために、孫たちの未来のためにも、国に訴えるのか、事故調(国土交通省)に原因究明を願い出るのか、できる限りの方法で、事故原因を明らかにしたいです。」
以上が記事の全文です。そうか、やはりこういう人だったのかと、氏の冷静さの源が分かる気がしました。
戦争で父を奪われ、夫があのような形で奪われ、今度は、子や孫たちを奪われ・・
この言葉が意味するのは、吉備さんを支えている思想が「東京裁判史観」だということでした。
戦争で父を奪われ、夫を理不尽な事故で奪われという思考は、反日左翼思想の考え方に似ています。「子や孫たちを奪われ」という言葉が意味しているのは、政府が考えている「憲法改正」への反対意思です。
戦争で父を奪われ、「憲法改正」で子や孫が奪われるという文脈の中に、ご夫君の死を並べると、吉備さんの冷静さが理解できます。庶民の命を否応なく奪う国家権力への大きな怒りが常にあるため、一時的な感情に振り回されない姿が冷静に見えていたのだと思えてきました。
そうだとしましても、「日航機墜落事故」で夫を奪われた吉備さんの怒りへの共感は変わりません。事故原因を隠し続ける政府と防衛省への怒りも、変わりません。
前回述べました通り、事故に関する裁判は34件以上起こされていますが、民事の34件は和解となり、刑事の数件は却下されています。地裁 → 高裁 → 最高裁と裁判が続いたのは、吉備さんの場合だけです。
・吉備さんを支援しているのは、どんな人たちなんだろう。
これだけ国から足減にされても、めげけることなく裁判へ立ち向かうというのは、普通の人にはできません。一つの証拠が、シリーズの第 1 回目に書いた「ねこ庭」の本音でした。
・日航機墜落事故」の隠された事実の前で、私は膝を崩しその場に座り込んでしまいました。
・自分自身で初めて経験した挫折・・大袈裟な言葉に聞こえるかもしれませんが、口ほどにもない自分の弱さでした。
従って私は吉備さんの気丈さに敬意を表すると同時に、支援する人たちへの関心が生まれました。
次回は、支援する人たちについて一人ずつ調べますので、おつき合いください。どういう事実が見えてくるのか、今は「ねこ庭」にも霧の中です。