ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

現代の家族法 - 6

2019-04-30 07:33:34 | 徒然の記
 氏の著書は、この後「ソビエト・ロシアの家族法」、「東欧諸国の家族法」、「中華人民共和国の家族法」と、続きます。

 しかし結局は、「マルキシズムの家族論」の賞賛であり、繰り返しですから、これ以上言及するのを止めます。代わりに今回は、息子たちと訪問される方々のため、全体をまとめた書評といたします。

 何時のことだったか、本で読んだのか、人から聞いたのか、思い出せませんが、こんな話が記憶に残っています。母親が適齢期になった娘に、大学を卒業したら、嫁入りの準備だと話しかけます。

 「いやよ、結婚なんかしません。」
「女の幸せは、結婚してから、また始まるのよ。」
「結婚なんて、3食昼寝つきの、公認売春婦でしょ。そんなもの、いやよ。」

 母親は、娘の言葉に驚き、悲しんだと言う話です。今でもそうだと思いますが、学校へ行き、左翼思想に冒されると、世間を斜に見るようになります。辛らつな言葉を、知的印と勘違いし、他人の驚く顔を楽しみます。この娘さんがその後どうしたのか、知りませんが、青山氏のような教授に教わったり、反日・左翼の書を読んだりしたら、こんな主張の人間になります。思い出してください、氏の説明を・・・。

 「男子は家庭において舵を取り、女子は卑下され、隷属させられて、」「男子の情欲を満足させる、女奴隷、」「及び子供を生産する、単なる道具となったと、」「エンゲルスは、言っている。」「この婦人の地位の回復が、共産主義社会の家族の、ひとつの目標と、」「見ることができるであろう。」

 親子の会話を知った時は、とんでもない娘だと眉を潜めましたが、今回は氏の著作を読み、納得いたしました。「こんな悪書を読んだら、真面目な女学生ほど、本気になってしまう。」・・・・。 「マルクシズムの家族理論」と、青山氏はもったいぶって言いますが、左翼社会主義による唯物的解釈ほど、品のない、偏った思考があるでのしょうか。彼らの家庭観は、「男が支配する、金と性欲処理の場所」でしかないと、言うのですから、常識が歪められてしまいます。

 ここでは、夫婦・親子の愛や、相互の信頼や、互いの思い遣りや、敬意など、普通の家庭にある大切なものが、すべて切り捨てられています。「金銭が支配する、性欲処理の場所」などと、よくもこの様に、露骨で、浅薄で、下品な言葉で説明したものです。先日紹介した上野千鶴子氏も、反日・左翼の東大名誉教授でした。

 「お○○○、と叫んでも、誰も何の反応を示さなくなるまで、」「わたしは、お○○○と言いつづけるだろう。」

 反日・左翼活動家の彼女なら、この下品さも不思議でないと、再度納得いたしました。軽犯罪法の中には、「公共の場所において、多数の人に対して、著しく粗野若しくは乱暴な言動で迷惑をかける行為」は、犯罪となると、明記してあります。彼女は左翼活動家で、大学教授でもありますから、法を知り尽くし、罪にならないようにやっているのでしょうが、氏の主張は、庶民の常識で言えば、れっきとした犯罪行為です。

 破廉恥な犯罪者の彼女が、東大の入学式で、祝辞を述べ、新聞が賞賛すると言うのですから、マスコミも狂っています。狂った学者と、狂ったマスコミが手を組み、日本を台なしにしようとしているのが、分かります。

 もしかすると、26年前、多くの国民に祝福され、皇太子殿下と結婚された雅子さまも、左翼思想に染まっておられたのかも知れません。お世継ぎをと周囲から期待され、ご懐妊はまだかと騒がれ、雅子さまはスッカリへそを曲げられました。「結婚の目的は、子作りですか。」と、親しい者に漏らされたと聞きました。

 外務省勤務のキャリアウーマンだと言いますから、進歩的、自由主義的、思想を持たれていても、不思議はありません。今の日本で、進歩的、自由主義的思想と言えば、左翼と同じ意味です。雅子さまが、自分は「子供を生産する、単なる道具」でないと、つむじを曲げられ、「男子の情欲を満足させる、女奴隷」でもないと、怒られる気持ちも理解致します。

 恐れ多いことながら、雅子さまの育たれた家庭環境を考えますと、進歩的、自由主義的思想と無縁ではありません。雅子さまの父上は、有名な小和田恆氏です。外務事務次官、外務審議官、外務大臣官房長などを経て、国連大使、第22代国際司法裁判所所長などを歴任されています。氏は東京裁判史観を是とする人物で、昭和61年の衆議院議会で、社会党の土井たか子氏の質問に対し、「日本は、中国、韓国、北朝鮮に対して、未来永劫謝り続けなければならない。」と、政府答弁をしました。氏は天皇への敬意の念がなく、思想的には、反日の自由主義者です。

 今にして思いますと雅子さまは、皇太子殿下との結婚という選択を、しなければ良かったと言う気がしてなりません。雅子さまと、上野千鶴子氏の姿が、氏の著書を読むうちに現れ、消えなくなりました。本来なら、前回で終わりにすべきでしたが、どうしても二人について、書かずにおれなくなりました。厚顔無恥な上野氏には、何の期待もできませんが、雅子さまには、まだ期待と希望を持ちます。

 令和は、皇太子様と雅子さまの時代となります。国民の祝福を目の当たりにされ、もしかすると、愚かしいマルキシズムを捨てられ、立派な皇后陛下に変身されるのではないかと、そういう気がしています。ネットの世界では、皇太子様と雅子さまを、悪し様に言う者が沢山いますが、私は違う考えをしています。天皇は、昔から、国民と共にあった方です。多くの国民が望まれるところを察知され、国民を第一として考えられた無私の方です。

 天皇は権力の頂点に立つ方でなく、国民の敬愛の中心に存在する権威ですから、皇太子様も即位されたら、そうなられる気がしてなりません。今日は、平成31年4月30日です。皇太子様と雅子さまの時代が始まりますので、ここで氏の書評を終わりとし、明日からは心機一転致します。
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現代の家族法 - 5

2019-04-29 13:50:08 | 徒然の記
 第5回目になります。忘れないため、前回のブログから転記いたしました。

 「マルクシズムの家族理論」
  1. 家族の廃止
  2. 両親による、子供の搾取の廃止
  3. 単なる生産用具としての、婦人の地位の廃止
  4. 唯物史観に根拠づけられた、資本主義社会とは異なる、一夫一婦制の確立
  5. 婦人の解放
 
 前回は4 番めから始めましたが、今回は2番めに行きます。彼らが親子関係をどのように見ているのか。息子たちには、ぜひとも読ませたくなります。

 「親子関係については、子どもに対する親の搾取を否定し、」「社会による教育を主張する。」「特にプロレタリアの家庭において、工場法が、児童労働を制限しない限り、」「父は子供の搾取者で有り、これを商品化する。」「言い換えれば、私有財産を介して、子供の、両親への隷属が行われる。」「共産党宣言は、このような親からの、子どもの解放を強調するのである。」

 青山氏は、一体どこの国の親子関係を頭に描いて、この文章を書いているのでしょう。もし、日本を念頭において述べているとしたら、一体いつの話なのでしょう。氏がこの本を出版した、昭和39年の日本は次のような時代で、私が大学2年生の時です。当時の日本のどこに、子供を工場で働かせ搾取するような親がいたのか。不思議でならない文章です。
  • ■東京オリンピック  (日本の金メダル16個)
  • ■東海道新幹線開通   (東京-大阪間 4時間 2,480円)
  • ■東京モノレール開業
  • ■王貞治55号ホームラン日本記録
  • ■海外旅行自由化
  • ■ケネディ大統領暗殺
  • ■新潟地震発生   (死者26人)
  • ■日本武道館開館 
 こんな親子がいたのは、恐らく産業革命時代のイギリスでしょうし、もう存在しない事実です。消えた昔の事実でも、「マルクシズムの家族理論」に加えると言うのですから、これぞまさに「ばかの壁」の向こう側の話です。意見をいうのは自由な日本なので、国会は今でも反日・左翼の野党が、言いたい放題をやっています。どうせ「ばかの壁」の向こうの話ですから、私は深く気にとめず、「 5. 婦人の解放 」へと進みます。

 「婦人の解放は、一夫一婦制家族と共に、」「マルクシズムの家族論における、大きな焦点の一つである。」「男子は家庭において舵を取り、女子は卑下され、隷属させられて、」「男子の情欲を満足させる、女奴隷、」「及び子供を生産する、単なる道具となったと、」「エンゲルスは、言っている。」「この婦人の地位の回復が、共産主義社会の家族の、ひとつの目標と、」「見ることができるであろう。」

 昭和39年に本を出版した氏は、周囲の家庭を見ることをしなかったのでしょうか。人々がこんな家庭を営んでいると、本気で思っていたのでしょうか。第一、氏の家庭はどうだったのでしょう。細君を支配し、情欲の道具とし、子供を搾取の対象としていたのでしょうか。エンゲルスが言ったからといって、それが何でしょう。これこそ、「ばかの壁」ならぬ「ばかの理論」です。

 「マルクスとエンゲルスは、社会主義社会の発展により、」「家族および両性関係の、より高度な形態のための、」「経済的基礎を創造する見通しを、持ったのである。」「別の言葉で言えば、経済的考慮を伴わない、」「性愛にもとづく、一夫一婦制家族をさすものと言えよう。」「しかして婦人の解放は、家族における男女平等が、どのようにして勝ち得られるかについて、」「考察している。」

 「エンゲルスは、女子解放の第一の条件は、」「全女性の公的産業への復帰とし、そのために個別家族の、」「経済的特質を除去することが必要であると、論じている。」「子供の教育、および養育は、公務となる。」「社会は、嫡出子たると私生児たるとを問わず、平等に、」「すべての子供を世話すると、述べている。」

 氏は、さも素晴らしい話であるように述べていますが、ここには恐ろしい思考が隠されています。息子たちは、気づいてください。これこそが、社会主義国での全体主義と、国民画一化思想の萌芽です。

 「親子関係については、子どもに対する親の搾取を否定し、」「社会による教育を主張する。」「子供の教育、および養育は、公務となる。」

 氏が述べているのは、幼児を家庭から、つまり両親の手から離し、社会が教育するという制度です。父親の大きな愛も、母親の暖かな愛も知らぬままに、他人の手で子どもが育てられるという社会を、お前たちは想像できるでしょうか。働くのに都合が良い、手がかからなくて助かると、世の親たちは、喜ぶのでしょうか。

 「子は親の子である前に、社会の子、共産主義の子であり、」「家庭に代えるに、共産党を持ってせねばならぬ。」

 こういう主張をするマルキストも、います。左翼思想の行き着く先は、現在の中国と北朝鮮が示しています。国民の思想を画一化し、異なる考えを許さず、党の指導のまま、右を向き左を向く国民が作られています。指導に従わない国民は、公安の手で逮捕され、遠隔地の収容所に入れられます。拷問を受けても、なぶり殺しにされても、救う者は、誰もいない・・・・。そんな社会のどこが、理想なのでしょう。一見、素晴らしそうに語られていても、鎧の下に隠された刃を、どうか、見逃さないで欲しいと思います。

 彼らは一口に、資本主義社会とまとめて批判しますが、国民を弾圧する、全体主義の社会主義国に比べれば、日本やアメリカやイギリスの方が、数倍も良い国です。氏のような亡国の主張を許し、大学の教授にまでさせている国が、社会主義の国にありますか。父のような意見も、自由に、ブログで表明できます。中国や、北朝鮮では、ネットの情報が国に監視されています。党の意向に反する意見を述べる者は、即座に刑務所行きです。

 氏の著書が出た昭和30年代は、まだ事実が世間に知られていませんでしたし、氏自身も知らなかったはずです。「ばかの壁」の向うの事実を、生半可に知った学者たちが、学生や若者に語っていた・・・。これが敗戦以後から、つい先日まで続いた日本の姿です。令和の時代が、すぐそこに来ています。あと一日で、平成の御世が終わります。「ばかの壁」の世も、終わりにしなくてなりません。

  本日はこれまでとし、続きは明日といたします。
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現代の家族法 - 4

2019-04-28 19:57:42 | 徒然の記
   15年ばかり前、養老孟司氏の「ばかの壁」という、本が大ベストセラーになりました。名前が、読者をバカにしている印象なので、読む前から不愉快になったことを覚えています。詰まらない内容でしたから、忘れてしまったので、ネットで検索しました。便利なもので、次のように説明がありました。

 「本書の帯紙には「『話せば分かる』なんて大ウソ!」「書店向けPOP広告には、バカの壁は誰にでもある、という著者の言葉が記された。」「人間同士が理解しあうというのは、根本的には不可能である。」「理解できない相手を、人は互いにバカだと思う、というのが本書の要点である。」

 何でわざわざ、昔読んだ詰まらない本について言及するかと言いますと、86ページ以降の「マルクシズムの家族理論」を読む印象が、「バカの壁」そのものでした。反日・左翼の学者と私の間には、「バカの壁」があり、理解し合うのは不可能であると、痛感しました。

 「ソビエト・ロシアをはじめ、社会主義国家の、」「戦後の家族法の、基礎理論をなしたものは、」「いうまでもなく、マルクシズムの家族理論である。」「マルクスならびにエンゲルスが、家族の本質と歴史、」「そして家族の社会的問題に、並々ならぬ関心を持って持っていたことは、」「数々の文献が、示している。」「ここでは主として、 "  共産党宣言 " と、エンゲルスの著作に基づいて、 」「一応の概観を、試みることにしよう。」

 ここからいよいよ、博物館陳列品に相応しい、輝くばかりの名言が綴られます。類は友を呼ぶの諺どおり、青山氏は、似た者同士の、反日・左翼大内兵衛氏と向坂逸郎氏の言葉を、紹介します。二人の共著である「共産党宣言」の解説文ですが、これまた岩波文庫ですから、知れば知るほど、岩波書店による日本破壊には罪深いものがあります。

 「共産党宣言は、共産主義者同盟の、理論的にして、」「実戦的な綱領を示したものであるから、」「社会的に発展する、特に資本主義の発展に関する、」「彼らの新しい、一般的理論が書かれていると同時に、」「当時の社会主義者の、実戦的政治綱領も述べられている。」

 「共産党宣言は、今では、社会主義の不滅の古典である。」「文化発達の記念塔として、仰ぎ見られるばかりでなく、」「尽きない泉として、我々の生活の中に、」「理論的及び政治的な智慧の流れを、送っている。」

 おいおい、本気ですかと、今なら冷めた学生が疑問を抱くのでしょうが、昭和30年代の若者は、彼らの言葉を信じました。くだけて言えば良いことでも、難しい言葉で、ややこしくするのが、反日・左翼の文章です。「共産党宣言は、社会主義を信じる人間にとっては、素晴らしい本だ。」と、たったそれだけの話です。

 これは88ページの記述ですが、肝心のマルクシズムの家族理論とやらが、章の終わりの103ページになっても、ハッキリと書かれていません。冗長な、共産党宣言の賛美があるばかりです。大切な息子と、訪問される方々のため、致し方なく、それらしき理論を、私が独断で選びました。疑問を抱かれる方は、自身の手で、氏の本を読まれることをお勧めします。

 1.    家族の廃止
 2.   両親による、子供の搾取の廃止
 3.   単なる生産用具としての、婦人の地位の廃止
 4.   唯物史観に根拠づけられた、資本主義社会とは異なる、一夫一婦制の確立
 5.   婦人の解放

 「ばかの壁」を越えた人間には、理解できるのでしょうが、壁を越えられない私には、何のことか分からない理屈が並んでいるだけです。だらしなく流れる牛のよだれのように、彼らの文章は、上記1から5が相互に、切れ目なく関連し、「バカの壁」を越えた人間にしか分からない叙述が続きます。ヘーゲルやカントなど、哲学書を引用する言葉の羅列ですが、彼らはこの分かりにくさが、知的な証明と思っているのでしょう。思い返せば、学生時代の私は、こんな彼らにずいぶんと弄ばれました。

 「バカの壁」を超えるための、第一ステップは、彼らが、家族というものをどのように捉えているかを知ることです。家族とは、 「4.  唯物史観に根拠づけられた、資本主義社会とは異なる、一夫一婦制の確立」・・これが、キーポイントになります。

 「これまでの一夫一婦制は、決して個人的性愛の果実でなく、」「これとは絶対に、無関係であった。」「それは自然的条件の上にでなく、経済条件の上に、」「すなわち、自然発生的な私有財産の、」「勝利の上に、樹立された家族形態であった。」「家族における男子の支配、子供は男子で、彼の子であることを要し、」「女性はもっぱら、彼の富の相続人と定められている子供を産むこと。」「ただこれだけが、ギリシャ人によって公言された、一夫一婦制の排他的な目的であった。」

 「このように、男性の女性に対する支配として発生した、一夫一婦制は、」「必然的な矛盾を伴った。」「その矛盾は、男性の側における売淫と、女性の側における姦通である。」

 一体何の話かと、訳が分からなくなりますが、彼らは大真面目です。
 「資本主義社会における、一夫一婦制は、」「当事者の階級的地位によって制約された、結婚であり、」「それは社会主義国体制下で、純粋な性愛に基づく一夫一婦制が生まれるまで、解決されないのである。」

 彼らが言わんとしていることを、分かりやすい日常語で言いますと、「資本主義社会の一夫一婦制は、経済的な優位に立つ男が、女性を支配するものでしかなく、」「しかも純粋な愛情でなく、淫らな性愛でなされるものであるから、」「本当の一夫一婦制は、階級の無くなった社会主義の国で出来上がる。」・・・と、こんな意味でしょう。

 私だけでなく、私の親たちも、周りにいる人々も、こんな考えで結婚している人が、果たしているのでしょうか。今も日本は資本主義社会ですが、多くの男たちは、女性を支配せず、むしろ、尻の下に敷かれているのではないでしょうか。「かかあ天下」の方が、家庭が円満に行くという、庶民の知恵です。「亭主関白」は、女性の方から見た家庭円満策で、亭主を盛り立てながら、実権は主婦が握っているという、一夫一婦制です。

 息子たちに言います。経済力による支配、みだらな性愛による結婚・・・と、これが彼らの言う唯物史観に根拠づけられた、結婚観です。まさに「ばかの壁」の向こうの理論で、呆れてものが言えません。

 本日は、序の口の理論を紹介しましたので、次回はもう少し進みます。

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現代の家族法 - 3

2019-04-27 13:36:54 | 徒然の記
 怒りを静め、青山氏の著書の三回目の書評にかかります。醜悪な上野千鶴子氏を育てた、反日・左翼学者の一人である青山氏は、相変わらず、国立博物館陳列品にふさわしい、名言を述べています。

 「今日、西欧民主主義国家は、福祉国家を志向している。」「周知のように、 " ゆりかごから墓場まで " の標語に示される、」「社会保障の前進が、その理想として語られている。」「しかし、イギリスの学者ホブマンは、」「それは、共産主義と個人主義の妥協の産物である、と述べている。」「だからこれは、不完全ながら、社会に対して提供した、単なるモデルに過ぎない。」

 と、氏は言い、次のように主張を展開します。
「社会主義国家においては、ともかくも、マルクシズムの家族理論という、」「明確な基礎の上に、家族立法がなされている。」「西欧民主主義国においては、イギリスのような福祉国家ですら、」「このように明確な基礎理論は存在していない。」

 平成の時代になり、ソ連の崩壊とともに、マルクス主義が破綻するとも知らず、このような意見を述べています。彼らが、岩波書店から著書を出し、醜い女性活動家上野氏みたいな恥知らずを育てたと思えば、批判したくもなります。彼ら反日学者の特徴を挙げますと、単純であるだけに、ハッキリしています。

 1. マルクス主義崇拝 マルクス主義信仰 だが宗教は否定する性格破綻者
 2. 西欧諸国への憧れ 白人への憧れ 人種差別主義者
 3. 日本蔑視 日本軽視 郷土愛なし愛国心なし 利敵行為者
 4. 日本政府、自民党政府への敵対心 ソ連・中国・北朝鮮への忠誠心
 5. GHQによる洗脳への無自覚 自分ではGHQを利用しているつもりのバカ
 6. 日本の歴史・文化への知識ゼロ 又は、理解能力ゼロ

 こうして列挙していると、明日の朝が来ても、書き続けられそうで、切りがありません。氏を真似て、紋切型の言葉を並べるのを止め、先へ進みます。
 
 「イギリスにおける婚姻成立の要件は、挙式であるが、」「その沿革は、興味深い。」「婚姻を民事契約と見る思想は、17世紀に現れているが、」「王政復古で、すぐ廃止された。」「英国教会は、正式な手続きを踏んだ、婚姻儀式の挙行を、」「強く呼びかけていた。」「18世紀後半の、ハードウィック卿法では、」「教会での挙式を婚姻成立の要件とし、」「違反者に対し、厳罰を科した。」「この法律は、植民地には適用されないことから、」「アメリカでは、当事者のみによる婚姻、」「いわゆる、コモンロー婚が行われた。」

 批判する氏でも、知らないことを教えてくれる時は、先生です。敬意を払って聞きます。軽蔑したり尊敬したり、いつものことですが、結構忙しいのです。

 「現行法における、イギリスでの儀式は、次の三つに大別される。」とし、氏が列挙します。
  1. 英国教会の儀式による挙式
  2. 指定された建物内で行われる、その他の宗教の儀式によるもの
  3. 役所において行われる、民事婚的儀式

 これらの儀式を行う前に、当事者は、まず予備行為を、完全に行わねばなりません。前記1と3について、氏が説明していますので、転記いたしますが、文章より、箇条書きの方が分かりやすいので、少し加工します。

 [   英国教会で行う場合の予備行為 ]
  1. 教会において婚姻予告 ( バンズ ) の公表を受ける方法。
  ・ バンズを公表する目的は、婚姻の行われる事を社会一般に公知させることで、親や後見人に拒否権行使の機会を与え、重婚その他不適切な婚姻を防止することにある。
        ・ 公表は、当事者の属する教会において、挙式に先立つ3回にわたる日曜日に、牧師によってなされる。
        ・ 第一回目の公表日の、7日以前に、牧師に対し書面で、氏名、住所、居住期間を、通知しなければならない。
        ・ 挙式は、公表が完了した後、三ヶ月以内に、公表のなされた教会で行われなければならない。
  2. 一定の牧師から、通常許可証の附予を受ける方法 ・・・・・
  3. カンタベリー大僧正から、特別許可書を受ける方法 ・・・・・

 [   民事的儀式で行う場合の予備行為 ] ・・・・・・

 氏の説明が詳細に続きますが、あえて他の部分を割愛致します。要するに、私が知ってもらいたかったのは、キリスト教の、特にカトリック教会が、いかにヨーロッパ諸国で力を持ち、市民を支配していたのかという事実です。煩雑で、手のかかる様式を守らせ、守らなければ罰金や厳罰を課していました。中世のヨーロッパの諸国は絶対王制でしたから、各国は王様が支配していました。その王の上に、ローマ法王が君臨していたのですから、教会がどれほどの権力を持っていたのかが、想像できます。氏も、その実情を説明しています。

 「市民社会以来の家族法、特に婚姻法、離婚法の発展の後をたどるならば、」「それは教会法への反抗であり、反抗を通じての、」「人間理性に基づいた、家族法の形成であったと、見ることができる。」

 ここで私は、ブログの第一回目で、氏が日本の家族法を語った言葉を、再び引用します。
 「親子関係を制度として把握するとき、わが国の場合は、」「封建的、家父長的、家族制度が長く続き、」「母子関係に比し、父子関係が重視され、」 ・・・・・・・

 「このような封建的遺制は、明治民法にも強く残存した。」「この法のもとでは、親子関係は、極言すれば、」「権威と恭順によって支えられる、武家階級の、」「封建的、儒教的イデオロギーによって、支配され、」「天皇制強化ための、家族国家理念と結びついていたのである。」

 王制とローマ法王の支配に縛られたヨーロッパの国については、酷評せず、歴史の流れとして説明しています。息子たちには、ここにある反日・左翼学者の偏見に、気づいて欲しいと思います。日本国民だけが、国の権力で支配されていたと酷評しますが、ヨーロッパでも同じことではありませんか。むしろ、王様と法王による二重の支配を受けた彼らの方が、もっと酷かったのではないでしょうか。

 だから日本の方が素晴らしかったと、そう言いたいのではありません。あたかも日本だけが、封建的、家父長的悪法の支配を受けた、後進国の様に語るのをやめたらどうかと、意見を述べているのです。地方紙の千葉日報でさえ、時々「両論併記」をしていますから、日本の著名な学者なら、そうすべきだと思います。故人となられた氏の様な学者の著書は、訂正不可能ですから、国立博物館で展示したらとどうかと、提案しているだけです。

 本日はここで終わりとし、次回はいよいよ、氏が高く評価する社会主義国の家族法について、言及いたします。
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現代の家族法 - 2

2019-04-26 10:03:42 | 徒然の記
 家族法は、別名身分法とも呼ばれ、大きく二つの体系を持ちます。親族法と相続法です。それぞれの体系は、さらに別れ、次のようになります。

 1.  親族法 ・・・ 婚姻、  離婚、  親子関係  (実子、庶子、養子) 、  親権など
    2. 相続法 ・・・ 相続人、  相続の承認及び放棄、   遺言、   遺留分など

 氏は説明しませんから、以上は自分がネットから得た知識です。家族法は国により、時代により、様々な変遷があり、それを西欧民主主義国群と社会主義国群に分け、主要国ごとに説明しています。
  1. 西欧民主主義国群 ( イギリス、フランス、アメリカ )
  2. 社会主義国群  ( ソ連、東欧諸国、中華人民共和国 )
  3. 日本の家族法
 
   つまり私は、氏の叙述の順番を外れ、一番最後の「日本の家族法」から、ブログを始めたことになります。  氏は、社会主義国家群の家族法を最も高く評価し、西欧民主主義国家群の家族法については、相応の評価をしています。そもそも家族法は、權利に目覚めた個人が、確固たる人格を持っているという社会が、前提となっています。確立された個人は、フランス革命によって初めて生まれたとされ、一般には市民階級とか、ブルジョアジーなどと呼ばれます。「確立された人格を持つ個人」は、フランスとイギリスで生まれ育ったのですから、彼らの市民革命がなければ、ソ連の革命もなく、社会主義国も発生しないという理屈になります。

 多くの反日・左翼の学者がそうであるように、氏もまた、市民革命のなかった日本を、西欧に比べ未発達な国ととらえ、未熟な近代国家と考えています。私が順番を無視し、日本の家族法に関する叙述から始めたのは、氏の偏見が、私の息子や訪問される方々に、より明確に伝わるのでないかと、思ったからです。

 「現代の西欧民主主義国家は、まず市民革命により、」「絶対王制から自己を解放し、」「さらに産業革命を経て、高度な資本主義国家として発展した。」「これらの諸国の基調をなしているものは、市民社会の原理である。」

 著書の2ページ目で、こう述べ、カルレ・レビットの言葉を紹介します。
「本当の市民社会と言えるものは、古代のポリスにも、」「東洋の国家にも、存在しなかった。」「それは、ヨーロッパのキリスト教国にだけ、それもフランス革命における、」「第三階級の解放以来、ようやく現れたものである。」

 そして、氏は続けます。
「西欧の市民階級だけが、文字通りの解放を、」「家父長権から、絶対王制の圧政からの解放を、実現した。」「そして彼らだけが、権威から解放された、自由にして自立した、」「個人であるという理念に基づく、市民社会を確立したのである。」

 西欧が民主主義の先駆者であり、手本であるという考え方は、反日・左翼学者だけでなく、戦後の日本の学者は、そのように考えていたと思います。私も学校では、先生たちから、そのように教わった記憶がたくさんあります。

 「近代的な個人主義は、ヨーロッパで生まれた。」「ルネッサンスや、ルターの宗教改革が、抑圧された個人を解放しました。」「しかし日本は、こうした先進国に比べると、自分の力で、個人の解放や改革をしていません。」「戦後の民主主義と同じで、上から与えられたものを、手にしているだけです。」「日本は、まだまだ、遅れた国です。」

 どういう授業で、どんな先生から話を聞いたのか、みんな忘れていますが、日本が未熟な国と言われた言葉だけ、心に残っています。息子たちに言います。お前たちも、そろそろ気づくと思いますが、こういう日本蔑視の教育をしたのは誰なのか。どういう時代状況で、あったのか。一連の私のブログを読んだら、きっと分かってくれるはずです。

 子供たちに、日本がダメな国と教えたのは、日教組の教師たちです。授業の中で、堂々と彼らが自分の国を蔑視する教育ができたのは、GHQのお陰でもあったのです。反日・左翼の日教組の教師たちにとって、「世界一ダメな国が日本だ。」というGHQの主張は、まさに鬼に金棒だったのです。

 東京裁判でアメリカは、戦争の責任が日本だけにあるとして、わざわざ日本とドイツだけを裁く法律を作り、日本の指導者たちを、戦争犯罪人として処刑しました。新たに作った法律で、過去の罪を裁くということは、「法の不遡及」という原則からしても、許されない違法行為です。戦勝国は、敗戦国を痛めつけるためなら何でもしましたし、反論する自由すら与えませんでした。

 氏のような反日・左翼の教授たちは、アメリカという後ろ盾を得て、虎の威を借るキツネのように、自分の国を酷評し、糾弾しました。それが青山氏だけでないことを、父は一連のブログで、お前たちに説明いたしました。

 令和という新しい時代が来ます。もうそろそろ、こうした愚かしい反日教授たちの、お粗末な主張を卒業しなくてなりません。この心配が杞憂でないことを、昨夜、私は知りました。ブログを訪問された方のコメントに、東大の入学式で挨拶した女性の話がありました。何のことかわからないまま、ネットで検索しましたら、こんなタイトルが見つかりました。

 「社会学者の上野千鶴子さんが、12日の東大入学式で述べた祝辞が反響を呼んでいる。」

 挨拶の中身は大したことでなく、日本では女性差別が続き、女性の社会進出が遅れている、こんなことではダメだという内容でした。氏について、父は名前だけ知っていましたが、改めて略歴を調べ、愕然としました。

 「日本のフェミニスト、社会学者。専攻は、家族社会学、ジェンダー論、女性学。」「東京大学名誉教授。」「NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長」「日本社会学会理事、元関東社会学会会長」「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワークの、共同代表を務める。」
 
 彼女は、私の嫌悪してやまない、反日・左翼・グローバリストの先頭に立つ、活動家でした。ネットの情報では、こんな余計なことまで書いてありました。

 「2012年12月には、朝日新聞beの「悩みのるつぼ」での、」「男子中学生から、自分の男性としての性処理について、」「どうしたら良いかの相談があり、熟女に、やらせてと頼めばいい、と回答した。」

 さらには、どこかの雑誌で述べている、彼女の言葉も紹介してありました。
「おまんこ、と叫んでも、誰も何の反応を示さなくなるまで、」「わたしは、おまんこと言いつづけるだろう。」

 こういう人物が挨拶をする東大とは、どこまで堕落してしまったのだろうと、一瞬言葉を失いました。息子たちに言います。これが青山氏のような、反日・左翼教授が育てた学生の成れの果てです。日本には昔から、恥の文化があり、あからさまな言葉避け、婉曲に表現することで、互いの意志を伝えてきました。彼女は、まさに「日本文化」と「伝統」の破壊者です。それなのに、腐れマスコミがつけた、タイトルはどうでしょう。

 「社会学者の上野千鶴子さんが、12日の東大入学式で述べた祝辞が反響を呼んでいる。」

 息子たちに言います。娘を持つ親として、お前たちは、このようなバカな学者たちやマスコミを許しますか。

 本日は、もう、怒り心頭ですから、書評はここでやめます。続きは次回といたしますが、不愉快でならない方は、どうか、次回ブログへのご訪問をおやめください。
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現代の家族法

2019-04-25 19:05:07 | 徒然の記
 青山道夫氏著「現代の家族法」 ( 昭和39年刊 岩波新書)を、読了。
今ではもう、すっかり破綻した社会主義思想ですが、まだこの思想が人類の理想郷を語ると信じられていた頃、この本は出版されました。

 反日・左翼学者の著作は、学生を中心とした若者を惑わせ、「お花畑」の住民を育成しました。このような悪書を、私は何度もブログで取り上げ、戦後を象徴する記念品として、一まとめにし、国立博物館に展示すれば良いと、提案してきました。

 氏の著作も間違いなくそうした、記念品的悪書の一冊ですが、最後まで読みました。明治35年生まれの氏は、昭和53年に76才で亡くなっています。ネットの情報では、次のような略歴です。

 「宮城県出身。東京帝国大学法学部卒。」「昭和19年九州帝国大学教授。昭和38年九大を定年退官」「大倉高等商業学校(現東京経済大学)教授」「西南学院大学教授。」「戦後の家族法の改正にあたり、民主的な改革を主張した。」

 氏が本を出版した昭和39年に、日本ではどのような出来事があったのか、参考のためネットで調べました。
  • ■東京オリンピック  (日本の金メダル16個)
  • ■東海道新幹線開通   (東京-大阪間 4時間 2,480円)
  • ■東京モノレール開業
  • ■王貞治55号ホームラン日本記録
  • ■海外旅行自由化
  • ■ケネディ大統領暗殺
  • ■新潟地震発生   (死者26人)
  • ■日本武道館開館
 亡くなった人物をあれこれ言いたくありませんが、本は、日本酷評、社会主義賛美のひどい内容です。今なら、シールズのような愚かな学生でない限り、氏の本を読むとは思いませんが、油断ができません。氏は九州大学を退官後、西南学院大学、東京経済大学で、教授を務めています。東京経済大学と言いますと、昨日のブログ「千葉日報の間違い記事」で取り上げた、徐京植( ソ・キョンシク )氏と同じ大学です。徐教授が、在日コリアンの大嘘の著作を書いたのが、平成24年ですから、青山氏の反日・左翼思想は、今も東京経済大学で生きている訳です。

 そうなりますと、本気で書評しなくてなりません。著作の概要について、「はしがき」の中で、氏自身が説明しています。

 「現代の文明諸国の家族法は、その国家体制に対応し、」「資本主義国家の家族法と、社会主義国家の家族法と、」「この二つに、大別することができるであろう。」「本書では、第一部で西欧民主主義国家の家族法を、」「第二部で社会主義国家の家族法を論じ、」「第三部で日本の家族法を、概観することにした。」
 
 ここで私は、国立博物館に陳列すべき、記念品的氏の意見を紹介いたします。
「今世紀に、マルクシズム理論にもとづく社会主義国家が成立したことは、」「人類の歴史に画期的意義を持つものであることは、」「いうまでもない。」「われわれ家族法研究者も、これら社会主義国家の家族法を研究することに、」「深い関心を、持たざるを得ない。」「本書はこれを、総合的に論じたものとして、」「多少とも意義を持つことができれば、幸いである。」

 氏は、人類の歴史に画期的意義を持つ、社会主義国の家族法について叙述し、封建的、非近代的日本の家族法を酷評します。日本の家族法、特に旧民法では「家」が優先されていましたため、「個人の人権」、「個人の自由」、「男女平等」という思想が欠けていました。それはその通りですから、私は黙って読みます。

 「親子関係を制度として把握するとき、わが国の場合は、」「封建的、家父長的、家族制度が長く続き、」「母子関係に比し、父子関係が重視され、」「父子関係の中でも、特に父と男の子の関係、なかんずく、」「長男との関係が偏重されたことが、特徴である。」「夫婦関係までが、男の子を生むという目的のためのみ、」「存在するように、考えられた。」

 「このような封建的遺制は、明治民法にも強く残存した。」「この法のもとでは、親子関係は、極言すれば、」「権威と恭順によって支えられる、武家階級の、」「封建的、儒教的イデオロギーによって、支配され、」「天皇制強化ための、家族国家理念と結びついていたのである。」

 今の私にすれば、「いよいよ始まった、反日・左翼の紋切り型の分析か」と、苦笑いしますが、何も知らない学生の頃でしたら、頭から信じていたでしょう。東大の卒の九大教授が言い、岩波新書とくれば、何も疑いません。氏の左翼的説明が続きますが、面倒なので、箇条書きにいたします。

「明治民法」
 1. 家や戸主の制度が、近代的な親子関係を妨げてきたこと。
 2. 子の婚姻に、父母の権威が不当に干渉したこと。
 3. 親権者として、父系・父権的色彩が強かったこと。
 4. 家督相続人として、長男が優越的地位を占めたこと。

「改正民法」
 1. 個人の尊重と、両性の平等の原理にもとづいている。
 2. 親子関係に残る、封建遺制というべきものを、一応除外したこと。
 3. 家を、廃止したこと。
 4. 親子関係の完全な民主化のためには、まだ問題が遺されていること。 (  保守勢力が、家族制度の復活を要求する足がかりが、残存していること。 )

 氏の意見に反論がありますが、ここでは述べず、西欧民主主義国家の家族法と、社会主義国家の家族法に関する、氏の叙述を追うことといたします。ちょうどブログのスペースも窮屈になってきましたので、本日はここで終わります。家族法の話は、面白いものではありませんので、つまらないと思われる方はスルーしてください。しかし息子たちは、我慢しなければなりません。父は、父権を振り回す旧弊な人間だから、こう言うのでなく、愛に満ちた現代の父親として言います。
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千葉日報の間違い記事 - 3

2019-04-24 17:26:32 | 徒然の記
 千葉日報の記事、というより、共同通信社の記事なので、本日からそのように書きます。共同通信社は、日本で最大の通信社であるだけでなく、世界でも指折りの巨大通信社です。

 一説では、美智子様を通じ皇室との関係もあり、マスコミ界で大きな力を持っているとも言われています。日本世論の誘導や、情報操作も、その気になればやれるはずですし、歴史問題や国際問題に関し、国民の知らない多くの事実を知っている組織です。

 だからこそ私は、今回の「在日コリアン」の記事にこだわります。両論併記をせず、片方の意見だけを、なぜ大きく報道するのかにつき、疑問を呈します。果たして、在日コリアンは、日本でずっと差別されただけの存在だったのか。被害者だったのか。

 日本が敗戦となったとき、多くの在日朝鮮人たちが、共産党とともに、武装蜂起しました。火炎瓶闘争という激しい暴力闘争が頻発し、治安に当たる警官と衝突し、多数の負傷者が双方に出ました。暴力革命を目指していた共産党は、左翼信奉者の日本人だけでなく、差別されていた朝鮮人も利用し、扇動しました。

 その代表的な争乱が、吹田事件と呼ばれているものですが、こうした争乱への、朝鮮人の参加人数は、30万人だったとも言われています。各地で騒動を起こす彼らを、政府は、治安維持のためにも、朝鮮へ戻そうと懸命になり、当時の吉田茂総理は、マッカーサーに相談しています。しかし朝鮮が、南北に分かれ戦争状態にあったため、帰還作業は困難を極めました。

 在日朝鮮人の多くが、共産党の党員であったり、親派ですから、反共を国是とする韓国が受け入れるはずがありません。かといって、国交の無い北朝鮮とは、直接交渉する手段がありません。GHQを動かし、国際赤十字の協力を得て、やっと実現したのが北朝鮮への帰還事業でした。

 最近になり、こうした事実が世間に出るようになったのですが、これを見ますと、日本政府の責任はどこにもなく、むしろ彼らの国である韓国と北朝鮮にあります。もっと言いますと、共産党に共鳴した彼らが、韓国に拒否され、自分たちも韓国行きを拒否したのですから、すべて自己責任です。

 それなのに、事実に反する意見が幅を効かせました。こういう馬鹿な状況が、なぜ日本で続いたのかは、これまでの私の読書、「温故知新」が、教えてくれました。敗戦以後、岩波新書をはじめとして、日本の出版界は、左翼主義者になびきました。私がブログで述べてきましたように、反日・左翼・グローバリストの彼らが、洪水のように著作を出しました。社会主義を人類の理想と信じる彼らは、ソ連や中国や北朝鮮を素晴らしい国だと、賞賛しました。

 それに引き換え、軍国主義の日本は、国民を困窮のどん底に落とした酷い国だと批判し、攻撃し、本がたちまち多くの国民に読まれました。一流と呼ばれる学者がこうなりますと、マスコミがこぞって取り上げ、新聞も部数が増え、儲けになります。反日と社会主義で商売になるのですから、売国学者とマスコミが、乗らない訳がありません。

 息子たちに言います。在日韓国・朝鮮人たちの、実態が世間に伝わらなかったのは、こうした反日学者とマスコミのせいです。父の述べる事実が、もっと以前から国民に知れていたら、在日が犠牲者だったという神話が崩れてしまいます。日本の過去も糾弾できなくなり、商売も上がったりです。

 政府が都合の悪い情報を隠していると、国会で野党が追及していますが、父に言わせれば、「チャンチャラおかしい」三文劇です。戦後73年の長きにわたり、彼らが国民に隠してきた事実と、垂れ流した「大嘘」に比べたら、どっちが酷いのか。息子よ、お前たちも、そろそろ目を覚まし、自分の頭で判断する時ではありませんか。

 在日コリアンが、日本から差別されたと騒ぎますが、私は息子たちのため、もっと昔の話をいたしましょう。

 この話は、明治の初めに溯り、当時の政府の努力を説明しなくては、公平な意見になりません。イギリスがインドを、オランダがインドネシアを、フランスがインドシナを植民地としていた時代です。明治の元勲たちは、列強の侵略から日本を守るためには、中国や朝鮮との連携が不可欠と考えました。
 
 明治元年に、日本は対馬藩を介し、朝鮮に対し新政府発足の通告と、国交を望む交渉を行いましたが、朝鮮側に拒否されました。明治3年、明治政府はさらに使節を派遣しましたが、相手にされませんでした。更に明治5年に、旧対馬藩主を外務卿として派遣しますが、朝鮮は頑として応じず、逆に明治6年以後は排日の風潮が強まっていきます。
 
 政権を握っていた大院君は、「日本夷狄に化す、禽獣と何ぞ別たん、我が国人にして、日本人に交わるものは死刑に処せん。」という布告を出しました。この意味は、「日本人は未開の民族で、鳥や獣と同じである。」「日本人と交わった者は、死刑にする。」

 当時釜山にいた、明治政府の外交官たちは、この乱暴な布告を見て怒り、ここから、政府内において征韓論が沸騰しいたしました。福沢諭吉の手によるものと言われる、「脱亜論」も、こうした情勢の中で世に出ています。

 ご先祖様たちが、礼を尽くして接しているのに、韓国の大院君は、こういうあしらいをしました。私なら、在日コリアンの人々に対し、「差別を始めたのは、いったいどっちだ。」と言いますが、多くの日本人は、鷹揚なのか、お人好しなのか、在日の大嘘にうなづくばかりです。

 もしかすると、共同通信社の社員も、案外歴史の知識がなく、本気で在日の大嘘にうなづいていているのでしょうか。鷹揚なのか、お人好しなのか、馬鹿なのか、しっかりしろと言いたくなります。こんな通信社に、いつまでものさばられていいのでしょうか。

 長くなりましたが、千葉日報社への苦言です。本日で最終とします。
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千葉日報の間違い記事 - 2

2019-04-22 21:27:42 | 徒然の記
 千葉日報の、在日コリアン記事の二回目です。明記されていませんが、これはおそらく、共同通信社の配信記事だと思います。15面を全部使った、写真入りの記事です。

 一番上段に、紙面幅いっぱいの大きな活字で、「鉛筆で綴る歴史の証言」と、タイトルが付けられています。副題は、「コリアン一世の言葉が、本に。」です。記事の中身を概略述べますと、戦争や差別で、文字を学ぶ機会のなかった、在日コリアン一世の金芳子 ( キム・パンジャ )さん88才が、初めて文字を学び、辛かった過去を鉛筆で綴った。その証言が、本として出版された・・というものです。

 日本中にいる、「平和主義者」、「人道主義者」と「博愛主義者」が、感動して読む美談です。しかし、多少とも歴史の事実を知る者には、素直に読めない内容となりますす。

 「社会保障から排除」というタイトルのついた、囲み記事を紹介いたします。
「在日コリアンは戦後、日本国籍を失い、社会保障から排除され、」「外国人登録で、指紋押なつを義務つけられた。」「コリアン自身の運動などにより、国民年金や、国民健康保険への加入が認められ、」「指紋押なつも、廃止された。」

 「しかし1926年 ( 昭和元年 ) 以前に生まれた人は、」「今も、年金が受けられないままだ。」「川崎市ふれあい館に集うハルモニらは、救済を求め、」「同市を含む各地の自治体は、」「無年金の外国人高齢者に、福祉手当を支給するようになった。」「青丘社は、一世がコミュニティーの中心にいなければならないとして、」「識字学級に加え、食事や歌を楽しむサークル活動、」「訪問介護、デイサービスなどを実施している。」

 在日コリアンの老人たちが、市とNPO法人 ( 青丘社 )の協力で、暖かくされている話は美談ですが、私が気にかかるのは書き出しの部分です。国籍喪失、社会保障からの除外、指紋押なつなど、政府が非人道的な扱いをした、という文章です。読者が、彼らを密入国の不法滞在者であると知っていれば、政府の対応が間違っているとは考えないはずです。世界のどこの国も、不法入国者には厳しい対応をします。在日コリアンの学者の著書や、反日新聞の記事は、このようにして、密入国と不法滞在の事実を隠したまま、日本政府を批判します。

 共同通信社の記事も、「在日コリアンは、日本の植民地主義の犠牲者である。」という、間違った前提で書かれています。前回のブログで、私が指摘した徐氏・金氏と、同じ思考です。息子たちに言います。父が疑問に思うのは、こうしたマスコミの姿勢です。彼らは日本人なのに、どうしていつまでも、反日を止めないのか。もしかすると、会社を経営しているのは、日本人でなく、日本を敵視する韓国人や中国人なのかと、そんなことまで考えたくなります。

 日本人には冷酷に、在日コリアンには寄り添う、差別主義の記事を、もう少し引用します。

 「京浜工業地帯に近い、桜本周辺には、戦前から、」「コリアンが集まって暮らす。」「川崎市は、1988 (  昭和63  )年、コリアンをはじめとする外国人と、」「日本人が交流する場所として、ふれあい館を開設。」「運営を受託する社会法人、青丘社が、識字学校を始めた。」

 「青丘社の事務局長、三浦知人 ( 64 ) が解説する。」「民族差別の中、ハルモニ ( 韓国・朝鮮語で、おばあさんの意味 ) たちは、」「 一番苦労して、道を開いてきた。」「歴史の生き証人です。」「鉛筆を持つことが、ハルモニが、自分の人生を振り返る機会になった。」「僕らも、多くのことを学んだ。」

 そこで三浦氏は、ネットで募金を募るなど、仲間と協力して、本の出版にこぎつけます。出版の背景には、別の要因もありました。

 「2015 ( 平成27 ) 年、在日コリアン排斥を叫ぶデモが、」「桜本に迫り、住民や支援者が、体を張って止めた。」「国はその翌年、差別を煽るヘイトスピーチ ( 憎悪表現 ) の解消に向けた、対策法を制定。」「だが、差別的なデモや、集会が、各地で続く。」

 と、記事は説明し、三浦氏の言葉を紹介します。
「桜本の町は、確実に良くなった。」「でも世の中には、朝鮮人を殺せという人がいる。」「社会との対話、情報の発信をしなければならない。」

 識字学校で長年ボランティアを続ける、鈴木宏子氏 ( 81 ) の言葉も、紹介されています。鈴木氏自身、学習や旅行などで、一世とつき合いを深めるうちに、日本と韓国、北朝鮮の歴史の現実について、気づかされたと言います。
 
 「のほほんと過ごしてきた自分を見直し、考えるチャンスをもらった。」「私はハルモニと出会ったことで、」「人生の終盤を、豊かに暮らせています。」

 最後に、在日一世の金芳子 ( キム・パンジャ )さん88才の言葉が、記事を締めくくります。

 「昔のことは、普段、ふたをしている。」「本当は、思い出すのがつらいの。」「戦争が終わって、何年経つのか。」「差別が続くなんて、泣いても泣ききれない。」「今更帰れと言われても、帰るところは、ありません。」「もうそろそろ、こんなことは止めにして、仲良く暮らしましょうよ。」

 キム・パンジャさんの言葉には、多くの人が共感し、仲良く暮らそうという気になるはずです。嫌韓の私でさえ、そんな気持ちになります。キムさんの話は、嘘ではありません。日本人が、韓国・北朝鮮人を蔑視してきた過去は、間違いない事実です。

 二年前の夏に、母の見舞いで九州へ帰省した時、集まった従姉妹 ( いとこ ) たちと話をする機会がありました。私より10歳以上年上の彼女らは、ともに満州から引き揚げてきました。 3才の幼児だった私と違い、彼女たちには満州の記憶がありました。
 「日本が負けてから、支那人や朝鮮人に仕返しされたけど、」「当然だって、思ったよ。」「なにしろ日本人は、威張っていたからねえ。」「たくさん恨まれてたって、思うよ。」

 つらい気持ちでこの話を聞いた記憶が、いまも鮮明に残っています。だから私は、日本人が在日コリアンを蔑視してきたことを、恥として認めます。しかし、新聞の報道と、この話を混同してはなりません。新聞に求められるのは、「両論併記」です。事実だからと、特定の個人の話だけ報道するのでは、マスコミの使命を忘れています。

 スペースが無くなりましたので、「両論併記」の話は、次回といたします。
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千葉日報の間違い記事

2019-04-22 19:31:34 | 徒然の記
 千葉日報は、郷土紙として、私が誇りにしている新聞です。日本を憎み、批判攻撃することしかしない、朝日新聞に比べると、小さな地方紙でも、キラリと光る報道魂を持つ稀有な新聞社です。

 マスコミ全体が、反日・左翼の記事であふれている今日なので、会社の利益を考えれば、反日・左翼・グローバリズムの記事の方が、読者増につながります。そういう風潮が、敗戦後長く続きました。現在の日本の新聞、特に地方紙は、利益優先の流れのまま、日本叩きの記事を沢山掲載しています。朝日新聞を象に例えれば、千葉日報は、目にも見えないハウスダストみたいな大きさなのに、両論併記という報道の基本を守っているので、感動します。巨大な共同通信社が、反日・左翼記事を配信して来ても、千葉日報は、紙面のどこかに独自の取材記事で、両論併記をしています。

 それだけに、3月18日と4月8日の記事が、見過ごせなくなりました。私は人情に弱いので、情がからむと、多少の矛盾には目をつむるという、短所があります。千葉日報に愛着があるため、朝日や毎日のようには厳しく接していません。その気持ちは変わりませんが、言うべきことは言うのが、真の読者であろうと、融通の利かない面もあります。

 3月18日の紙面は、「ちばオピニオン」と言うコラムで、約半ページの大きな記事です。改正入管法が成立したことを受け、在日韓国民団・千葉県本部団長の金ジントク氏の意見が、顔写真入りで掲載されていました。「改正入管法と外国人材」「住民として受け入れるか」という、見出しがついています。

 「昨年12月に成立した、改正入管法が、今年4月1日から施行される。」「人口の減少で深刻になる、人手不足を補うため、」「外国人材を登用する、新たな仕組みを作ろうとする趣旨は、」「理解できる。」

 「しかし外国人材を、住民として受け入れるのか、」「機械のような、使い捨ての労働力としてしか、見ないのか、」「受け入れ態勢が不備で、不明瞭だとの指摘に、」「日本政府は、真摯に耳を傾けてほしい。」

 金氏の主張の根拠は、悪名高き「外国人研修制度」です。厚生労働省、経済産業省、法務省が関係する制度で、推進団体は、" 財団法人国際協力研修機構 " 、略して、ジッコ ( JITCO )と言う、政府の外郭団体です。この制度は、「開発途上国への国際貢献と、国際協力を目的とし、」「日本の技術、技能、知識の習得を、支援する。」と言う立派なものですが、実態は外国人労働者を、劣悪な条件で使う制度となり、大きな問題となりました。

 金氏の意見を正論だと思い、政府への苦言も賛成します。しかし次の叙述から、首をかしげずにおれなくなりました。

 「私は、在日大韓民国国民団の一員として、在日外国人の先駆者である、」「私たちの足跡を踏まえ、」「改正入管法への所見を、述べたいと思う。」

 こうして氏は、在日韓国・朝鮮人の過去を語ります。
 「在日韓国・朝鮮人は、日本の植民地支配によって、」「故国から、渡日せざるを得なかった人々に、端を発する。」「最大で236万人が、全国各地に居住していたが、」「1945 ( 昭和20年 ) の解放 ( 終戦 ) 後、その多くが帰還した。」「諸般の事情で日本に残留した者が、65万人いて、」「これが、今日の私たち在日の、基盤である。」

 「在日は、日本人として渡日したにもかかわらず、」「サンフランシスコ条約発効後、国籍選択の自由もなく、」「一方的に国籍を剥奪された。」

 4年前の5月に、私は徐京植 ( ソ・キョンシク )氏の著作、「在日朝鮮人てどんなひと?」を、読んでいます。平成24年に、平凡社が出した本です。徐氏は、東京経済大学の教授です。在日に関する氏の説明は、今回の金氏の意見とほとんど同じです。
 
 「在日朝鮮人とは、日本の朝鮮植民地支配の結果、戦後も日本に住み続けることとなった、朝鮮人とその子孫だ。」「その数は、敗戦後に230万人だったが、現在は約60万人である。」

 徐氏の話は、ずっと、日本に住み続けている人間なのに、日本国民と同じ権利が保障されないのは、なぜかという問になります。選挙権や、公務員への就職の権利が無いだけでなく、在日朝鮮人は、日本人から差別を受け、蔑視されてきたという話に繋がって行きます。現在の日本に、60万人の在日朝鮮人がいる原因について、氏は次の二つを上げました。
 1. 植民地支配のため、朝鮮での生活が破壊されたので、生活の場所を求めて
   やって来た。
 2. 戦争中に不足した労働力を補うため、強制的に動員された。

 4年前の徐氏の説明も、今回の金氏の話も、まったく同じ内容です。冒頭から、植民地支配という言葉で説明されるため、在日朝鮮人は、強制的に動員された者が、多数を占めているような錯覚にさせられます。しかし、強制的に動員された朝鮮人の内、戦後の日本に残ったのは、たった245名に過ぎません。あとの59万9千人余、つまり両氏が言う60万人の朝鮮人は、戦中・戦後のどさくさにまぎれ、職を求めて密航してきた者と、その子孫たちなのです。

 息子たちのため、私は彼らの言う数字を、政府が発表した数字をもとに、正しく整理いたします。

 徴用工とその家族等 北朝鮮への帰国者 不法入国の密航者  残留在日
         170万人       170万人      60万人    60万人
            ( 245名を除く)          ( 245名を含む)

 在日朝鮮人・韓国人の国籍について、両氏は、その責任を日本政府に押しつけています。
 「在日は、日本人として渡日したにもかかわらず、」「サンフランシスコ条約発効後、国籍選択の自由もなく、」「一方的に国籍を剥奪された。」と、金氏は言い、徐氏は、次のように語りました。
「フランスは、植民地だったアルジェリアを独立させた時、」「フランスとアルジェリアの国籍を、住民に選択させた。」「でも日本は、在日朝鮮人を無国籍状態にし、見捨ててしまった。」

 しかし当時は朝鮮が、北と南に分裂し、互いに戦争状態にあったため、在日朝鮮人の帰還は困難を極めました。在日朝鮮人の多くは、共産主義者を弾圧する韓国への帰国を躊躇し、韓国政府も又、在日朝鮮人の受け入れを拒否しました。
 結局、赤十字の斡旋のもとで、北朝鮮への帰還が、大々的に行われることとなり、170万人が日本を後にし、残りの60万人は、自分の意志で残った245人を除くと、すべて密入国者たちです。

 事実はこうでなのですが、この事実のどこを見て、両氏は、日本政府が見捨てたと、断定するのでしょう。

 60万人の在日朝鮮人の多くは、職を求めてやって来た密航者ですから、これが植民地支配の結果だと、どうして氏が決めつけるのか、疑問でなりません。強制的に連れてこられたと、両氏は言いますが、日本と朝鮮は戦前は別の国でなく、一つの国として連合国と戦争をしていました。そのため国内で労働力が不足となり、全国から徴用工が集められ、両氏がいう、強制的な徴用というのは、朝鮮人だけの話でなく、日本人も同じでした。 

 日韓関係の断絶かと言われるほど、大きな問題となっている「元徴用工訴訟」とは、この時の話です。日本人は誰も、政府を相手に訴訟問題を起こしていないのに、韓国政府が、これを後押ししています。背景にある構図は、「慰安婦問題」と同じです。日本国内にいる、反日・左翼活動家や学者が、材料を提供し、韓国内の過激派が騒ぎ、国連でロビー活動をしている。外務省は、「日韓関係が大事」と、反論しない。・・・

 息子たちに言います。こういう時に、なぜ千葉日報社が、金氏の意見を大きな紙面で報道するのか。父は、不思議でなりません。多くの事実が明らかになっている現在なのに、どうして間違った意見を記事にするのでしょう。金氏がやっているのは、在日問題の正当化と、間違った主張の宣伝と、日本政府への批判です。このような記事は「改正入管法」とは、およそ関係のない別の話です。千葉日報の経営陣は、何を間違って、こんな記事を載せたのでしょう。

 今回はここまでとし、残る一つは、次回のブログといたします。
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昭和の軍閥 -6

2019-04-22 09:25:59 | 徒然の記
  「昭和の軍閥」の、6回目の書評です。氏の叙述に従い、話を進めていきます。

 「隊付 ( たいづき ) 将校という呼称は、軍隊で慣用的に使用された言葉である。」「幕僚と隊付将校との関係は、外面的に、浅薄な見方をすれば、」「天保銭組と無天組、あるいは事務所と現場という関係に酷似している。」

 「軍隊は、文字通り隊であるから、」「兵の全員と、将校の大部分は隊付であり、」「隊は、将校の通常の勤務場所である。」「隊務という言葉があるが、これは将校が連隊で兵を訓練、」「教育し、演習を重ねることをいう。」「将校の大部分は、その軍人生活を隊付で終わる。」

 「陸軍省、参謀本部、教育総監部を、陸軍中央三官衙 ( かんが ) と言い、」「この軍の中枢部を、陸大を出たエリート軍人が占めている。」「その彼らは、短い二年の隊付将校を経験すれば、」「将官 ( 少将・中将・大将 ) になる。」「従って、生涯を兵と共にする、無天の将校たちには、」「当然天保銭組の将官への、根強い反感がある。」「一方で、兵を直接指揮し、兵を動かす命令権を持っている彼らには、」「指揮官としての、誇りがある。」

 軍の特質を考える上で、ここは大切な説明です。「兵に直接命令できるのは、隊付将校である。」という、原則が語られています。序列が上なら、兵は誰の命令でも聞くのでなく、金の肩章を沢山つけた軍人でも、兵を直接動かすことはできません。これが軍の鉄則であり、ここを分かっていないと、5・15事件や2・26事件の正しい理解ができません。

 「隊付将校には、わずかな隊付の経験しかない天保銭組に、兵営の苦しみや、」「兵の気持ちが分かるか、という自負もあった。」「兵のほとんどが農民出身であるため、隊付将校は、農兵一体というのが、」「軍隊の本当のあり方だとも、考えている。」「昭和初頭の政界、財閥の乱脈ぶりと、」「農村の貧窮の状況と、その原因を、」「史実に則り調べてみれば、誰にでも分かる、庶民の悲惨さと政治の乱れがある。」

 ここで、ネットの情報から、昭和5年当時の出来ごとを調べてみました。
ロンドンで海軍軍縮条約が調印され、幣原外相が、国民の負担軽減に成功したと、成功談話を発表しています。しかし11月には浜口首相が、これに反対する暴漢に、東京駅で狙撃され、重傷を負います。

 経済面で見ますと、都市では、鐘紡争議、東京市電首切り反対争議、富士紡川崎工場の賃下げ・首切り反対争議など、労働争議が頻発しています。農村では、生活困窮のため、娘たちが売られ、女工になるのならまだしも、色街で体を売る娼婦となりました。このため政府は、農村救済のため当時の金で7000万円を融資しています。

 こうした社会情勢を踏まえ、氏が、無天の将校と、天保銭組のエリート軍人の違いを説明し、彼らが熱望する「国内改造」思想に言及します。農村出身の兵と一体になっている隊付将校と、良家の出身者が多い天保銭組の将校は、同じ「改造思想」を口にしても、中身が違っています。

 天保銭組将校の改造思想は、前回のブログで述べましたように、「西郷隆盛の征韓論以来、大陸問題、満蒙問題といわれる、」「一貫して変わることのなき、伝統的な、陸軍最高の基本政策であった」、ということです。彼らは満蒙一体化政策を進めるため、軍の主導権を狙い、国政の主導権を狙い、庶民の貧窮を重視しませんでした。

 しかし隊付将校の多くは、兵と同じ農村出身者ですから、親や兄妹の窮状が座視できませんでした。軽率、無謀と謗られながら、彼らが5・15事件と2・26事件を起こした背後には、こうした現実がありました。「君側の奸を排し、天皇陛下の親政による、まっとうな政治」を、彼らは願い、理論的裏付けをしたのが在野の活動家である、北一輝でした。

 隊付将校たちを支援したのは、皇道派と言われる将軍や司令官たちでしたが、陛下の怒りを知ると、鳴りを潜め、保身へと舵を切り、処刑されたのは将校たちだけでした。長い間、民間人の北一輝の処刑が疑問でしたが、以前読んだ本の知識もあり、このあたりの経緯が、さらに理解できました。

 氏の書は、5・15事件や2・26事件だけでなく、血盟団事件や軍部の人事問題など、詳細な叙述となります。重要な説明ばかりですが、ほとんど過去のブログで取り上げており、重複致しますので、割愛することとします。同じ話を何度も読まされるというのは、忍耐力が入りますから、息子たちばかりでなく、訪問される方々にも、その方が良いはずです。

 そうなると、もう書評の終わりが見えてきましたので、氏に教えられ、新しく確認した事実だけを、報告しておきたいと思います。

 「統帥権干犯」と言う言葉は、戦前の軍人が考え出し、乱用したものと、ほとんどの人が思っています。軍人のやることに、政治家やマスコミに干渉させないため、軍が使い始めたと、長い間私もそう思っておりました。

 「昭和5年の4月、政友会の犬養毅と鳩山一郎らが、ロンドン条約問題につき、」「統帥権干犯でないかと、浜口内閣を攻撃した。」「軍令部長加藤寛治と軍令部次長末次信正が、これに呼応し、」「右翼団体と共に、統帥権干犯論に拍車をかけた。」

 以前に読んだ本からの引用ですが、私はこれを重要視せず、見過ごしていました。今回氏が同様の説明をしていましたので、「統帥権干犯論」を持ち出したのが、犬養、鳩山の両氏であったことを、再認識いたしました。天皇を神聖不可侵とした明治憲法ですから、この言葉は、あたかも水戸黄門の印籠のように、相手の言論を封じてしまう力がありました。

 軍人内閣を攻撃するため持ち出された言葉が、いつのまにか、軍を正当化する言葉に変化したのですから、皮肉なものです。政治家が、不用意な発言をしてはならないことが、この一事で理解できます。つまらない失言を続け、桜田オリンピック担当大臣が更迭されましたが、統帥権干犯論とは及びもつかない、レベルの低い話でした。自民党議員の質の低下が、よく分かったところで、「昭和の軍閥」の書評を終わりと致します。
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