ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

アヒルの水かき

2020-06-30 21:52:52 | 徒然の記

 福田赳夫氏が首相だった頃、米国一辺倒の日本を脱し、アジアに主軸を置く国になろうと、あれこれ努力をしていました。子息の康夫氏の動向を見ますと、どうやらそれは、親中の動きだったのかもしれませんが・・・

 私の本題はそこにあるのでなく、福田氏が、米国に気兼ねしながら、日本独自の外交政策を模索していた時、その動きをやや自嘲気味に、「アヒルの水かき」と表現していたことを、思い出しました。

 去る6月26日の新聞に、小さな二段組の記事がありました。

 「自民党保守系議員 新グループ設立」、という見出しです。それによりますと、自民党の保守系議員が、「保守団結の会」という、新グループを結成したとのことです。稲田幹事長代行が、自民党内に二つの会派を持っていたということを、この記事で初めて知りました。

 1. 「伝統と創造の会」 ・・平成18年結成  当初34人

   ポスト安倍を目指す、稲田氏が中心となり、靖国参拝など、日本の文化と伝統を守ろうと結成

 2.  「女性議員飛躍の会」・・昨年結成  43人

   選択的夫婦別姓の勉強会を開始 女性や弱者に寄り添う政策を発信

 「伝統と創造の会」に属する議員が、「女性飛躍の会」を作った稲田氏に失望し、新たな「保守団結の会」と言う会派を結成した、と言う内容です。代表世話人は、高島秀一筆頭副幹事長です。

 私の驚きは二つでした。

 1. およそ防衛大臣に相応しくない服装で、自衛隊員の前で訓示した、危機意識のない稲田氏が、まだポスト安倍を狙っていた。

 2. 反日野党が議員がくっついたり離れたり、政権狙いで動いているが、自民党にも、負けずに動いている議員がいた。

 自民党の中に、どんな会派があり、どういう動きをしているのか。「護る会」を知るまでは、まったく無知でした。今日の記事を合わせると、私の知る自民党内の新しい会派は、4つになります。

 1. 「日本の尊厳と国益を護る会」    代表 青山繁晴 令和元年発足  43名

 2. 「日本の新しい未来をつくる勉強会」 代表 安藤裕  令和2年発足  30名 ?

 3. 「保守団結の会」                           代表 高島秀一  令和2年発足       名 ?

 4. 「女性議員飛躍の会」              共同代表 稲田朋美  令和2年発足  43名? 

 稲田氏が共同代表を務める、「女性議員飛躍の会」 の会派は、二階氏の支援で作られたと聞きますので、最初から論外ですが、他の3つの会派には、自民党を変える萌芽があります。

 節操のない離合集散でなく、国益を中心とした若手議員の政策集団なら、期待が膨らみます。互いに切磋琢磨し、本来の自民党を再建して欲しいと思います。無節操な妥協ばかりする古参議員を、乗り越えられるか。これが、課題です。

 結果が現れれば、参加する議員が増え、マスコミも無視できなくなります。

 こうした若手議員諸氏の動きを、「アヒルの水かき」と表現しました。親中派の故福田氏の言葉なので、気に入らないかもしれませんが、「水面下での苦労」と言う意味では、適切な表現だと思います。途中で挫折したり、変節したりせず、期待する国民を忘れず、地道に頑張って欲しいと、エールを送ります。

 小さな記事でしたが、千葉日報の二ユースは、日本を照らす希望の灯でした。小さくても、「武漢コロナ」を吹っ飛ばし、政界を走る閃光のように、たまにこんな記事があると、生きている甲斐があります。

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沈む国 昇る国 - 2 ( 中国礼賛の中川氏 )

2020-06-30 06:04:20 | 徒然の記

 中川氏の意見が、旧ソ連について語る時だけ、正論を述べていると言う具体例を紹介します。77ページです。

 「ソ連邦の解体は大混乱を招き、それは今も続いている。」「しかしこの混乱期は、衰退を続ける社会主義経済の構造的欠陥を解消し、」「政治的には、一党独裁と、党官僚専制性を排除するための、」「産みの苦しみ、と見るべきであろう。」

 「その意味において、ゴルバチョフの主導したペレストロイカ(改革)と、」「グラスノスチ(情報公開)は、旧ソ連に、」「明るさと、近い将来の経済発展の夢をもたらす、」「第一歩であったと言えよう。」

 「拙速でありすぎたとの批判もあるが、ゴルバチョフが祖国へ果たした、」「ノブレス・オブリージュ (高貴なる者の義務) であったと、」「私には、思えてならない。」

 しかしすぐ後で、訳の分からない意見を述べます。78ページです。

 「ひるがえって、近年の日本はどうか。」「数年前から政治改革が叫ばれ、衆議院選では、」「中選挙区制から、小選挙区と比例区に改正した。」「戦後長らく続いた自民党政権は、一時的に止まったが、」「野党の離合集散が続く中で、これでまた、自民党政権の長期化となろう。」

 「これでもかと明るみに出る、官僚の腐敗行為にもかかわらず、」「行政改革は、抜本的にならぬまま終わろうとしている。」「自民党と官僚の関係は、崩壊前の共産党と、」「官僚たちの関係に、あまりに酷似している。」

 「国民は、その民度にあった政府を作るとよく言われる。」「もうこの辺で国民は目を覚まし、」「将来に希望が持てる政治と、それを実現できる政府づくりに、」「意を注がなければならない。」

 つまり氏には、社会主義思想そのものの理解ができていません。崩壊したソ連の社会主義を批判するのであれば、発展しようとしている中国も、同じ社会主義を標榜している国だと、そこは思いが至りません。

 「ところが現実のソ連は、プロレタリア独裁でなく、」「党機構と秘密警察が、暴力で国民を統制し、」「テクノラートが、支配する国であった。」

 そっくり同じことをするのが社会主義国だと、日本の国民が知っているから、金権腐敗の自民党に我慢しています。目を覚ましているから、恐ろしい反日・左翼議員に投票していないのだと言うのに、国民の苦労も知らず、何をつまらないことを喋っているのでしょう。

 書評を止めてもいいのですが、息子や孫たちのために、辛抱しなくてなりません。どんな意見が愚かなのか、的の外れた主張なのか、滅多にない具体例です。第二章は、氏の大好きな中国です。

 「中国は、面積では日本の26倍、」「人口では10倍と、まさに大国である。」「私はこれまで、訪中歴9回、延べ日数にして120日ほどになるが、」「そのうちの8回は、ほとんど江蘇省内を動いただけである。」

 「それゆえ、10把ひとからげに、中国は・・とか、」「中国人は・・とか、国家や国民性について、」「一般論を展開すべきでないし、私にはその能力もない。」

 大国である中国について、一般論で片付けるべきでないと、自分を戒めています。しかし氏は単に、中国が日本の何倍もある大国だから、簡単に喋るなと言いたいだけです。氏の論に従えば、日本も10把ひとからげに、「日本は・・」とか、」「日本人は・・」など言えないはずですが、日本を批判する時は、平気でひとからげにします。

 一億二千万人の日本人にも、多様な意見があるという認識がないから、日本国民は目を覚ませと、乱暴な一般論を述べます。

 「昭和61年春、南京を訪問した時、虐殺記念館を見学した。」「玄関前に到着したバスから降りると、それほど大きくない建物が目につく。」「白い壁に貼られた大きな文字を、一字ずつ目で追って、」「思わず、ギクッとした。」「そこには、侵華日軍の四字がある。」「漢文の素養がない私にも、中国を侵略した日本軍のことだと、分かる。」

 「次に、南京大の 文字が目に入る。」「次に続く文字は、虐殺だと思って読むと、」「屠殺、とある。」「無数の中国人捕虜をはじめとして、」「老若幼の女性を含む、幾多の一般人を、」「惨たらしい手段で殺したことを、本や記録映画で知っている私は、」「南京大虐殺の言葉に、慣らされていた。」

 「屠殺といえば、鶏や牛や豚などの家畜を殺すこと、」「と思っていた私は、そばにいた通訳の魏鴻文さんに尋ねた。」「彼は、べらぼうに流暢な日本語を話す。」「私の驚いた様子をみて、中国では大虐殺と言わず、大屠殺というのだと、」「教えてくれた。」

 「帰国した私は、勤務先の短大図書館で、諸橋轍次の漢和大辞典という、」「初めての大著に、挑戦した。」「さすがに諸橋の大辞典、皆殺しにする、」「敵をせめて、城を毀ち、衆人を殺すと、書いてあり、」「魏鴻文さんが、説明してくれた通りである。」

 反日の氏は、こんなことに感激するらしく、しきりに強調しています。

 平成30年6月に、福田康夫元首相が、江蘇省南京市にある「南京大虐殺記念館」を、訪問しています。ここを訪れた首相経験者は、村山富市、海部俊樹、鳩山由紀夫各氏に続き、福田氏で4人目となります。氏は犠牲者に花輪を手向け、黙とうを捧げた後、記者団に「日本人は、もっと過去の事実を、正確に理解しなければならない。」「多くの日本人が、記念館を参観すべきだ。」「より多くの日本の政治家が記念館を訪れ、この歴史に触れてほしい」、と語っています。

 総理経験者でさえ、南京事件について知識がなく、中国政府に騙されるのですから、中川氏が、読者に捏造話を語っても不思議はありません。ここは、大事なところですから、改めて次回に、氏の間違いを説明いたします。

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沈む国 昇る国

2020-06-29 14:46:58 | 徒然の記

  中川博氏著『沈む国 昇る国』( 平成10年刊 明石書店 ) を、読んでいます。只今108ページで、約半分のところです。中丸薫氏の著作も平成10 年でしたから、この年は、禄でもない本の当たり年だったのかと、つい思ます。

 著者は、私より二つ年上の、昭和17年生まれです。氏は反日・左翼思考の持ち主で、「日本だけが悪かった。」「日本だけが間違った戦争をした」と、本気で考えています。大して違わない年齢なのに、どうしてこのような人物が生まれるのか、考えさせられます。

 中国と韓国に対して贖罪意識を持ち、その反動で日本を全て否定します。同じ頃の日本で育ち、同じ教育を受けていながら、私と氏はどうして違うのか。確かに、歴史の授業では、先生たちが日本の侵略戦争について教えました。中国と朝鮮にどれだけ酷いことをしたかと、軍の悪口をたくさん聞かされました。

 一方的な批判だったため、私は反発し、日本贔屓になってしまいましたが、氏は、素直な少年だったのかもしれません。先生の話を受け止め、日本軍の蛮行に怒りを感じたのでしょうか。そうだとするなら、当時の生徒たちの中で、自分が変わり者だっただろうかかと、そんな気はしませんが、氏の本を読んでいますと錯覚に陥ります。

 どう言う経歴の人物なのか検索しましたが、著名人でないらしく、情報がありません。本の裏表紙に書かれた、略歴を紹介します。

 「昭和17年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒業、」「同志社大学大学院を経て、」「現在四条畷 ( なわて ) 学園女子短期大学教員。」

 これ以上知る必要も感じない、著書のお粗末さです。「温故知新」の読書を始めた頃でしたら、偏見の本に出会うと怒りに燃えましたが、もう慣れました。いい年をして、いつまでも自分の国が愛せないのかと、返って哀れを感じます。本が出版された平成10 年が、どう言う年だったのか調べてみました。

 ・ 内閣総理大臣・橋本龍太郎 7月30日より、小渕恵三内閣

 ・ 内閣官房長官・村岡兼造 7月30日より、 野中広務

 ・ 新進党の6分裂と民主党の躍進 公明党の再発足。

 ・ 自社さ政権の終焉により、政界勢力図が大きく変動した

 ・ 前年に続き、日本長期信用銀行や日本債権信用銀行など、銀行や大手企業の倒産が相次いだ。

 今は「武漢コロナ」で騒々しいのですが、平成10年は、バブル崩壊後の激動が続いていました。こう言う時に氏は、京都の女子短大で教師をしながら、各国を訪問し、その見聞をもとに反日・左翼本を出版していたのです。

 1. ソ連  2. 中国  3. 韓国  4. インド  5. イギリス

 訪問した順に、それぞれの国のことが述べられています。今韓国まで読み、これからインドにかかるのですが、反日・左翼と言っても、氏はソ連については客観的な見方をしています。崩壊したソ連なので遠慮するのを、忘れたのかもしれません。

 「旧ソ連は、プロレタリア独裁を標榜してきた。」「そのことが戦前、唯一の社会主義国であったソ連へ、」「搾取に苦しむ、資本主義国の労働者階級を引きつけ、」「社会主義を、理想と仰がせた。」「この標榜は、戦後も長く、資本主義国の民主化運動、」「労働運動にとって、魅力あるものであった。」

 「ところが現実のソ連は、プロレタリア独裁でなく、」「党機構と秘密警察が、暴力で国民を統制し、」「テクノラートが、支配する国であった。」

 氏は、支配層である党幹部の腐敗と横暴について述べ、犠牲となった庶民の姿を詳しく語ります。同じことが中国で行われているのに、氏の思考はソ連で止まったままです。中国は良いところばかりが語られ、素晴らしい国だと強調され、その反動で日本が悪者になります。

 私も単純な人間ですが、氏には及ばないようです。保守自民党を応援し、自民党以外に「憲法改正」を期待できる党はないと考える私です。「皇室護持」についても、自民党以外にできる党はありません。「男女平等」と言い、「女性宮家」や「女系天皇」を認めるような党は、日本の歴史を知らない「亡国の党」と信じています。と言って、盲目的に自民党を支持しているのでなく、反対は反対と言います。

 氏の意見には、中国への批判が無しです。韓国についても、彼らの日本攻撃は全て妥当で、反論する日本を批判します。中国と韓国について、氏には是々非々の思考がなく、「日本だけが絶対に悪い」です。氏のような人物が、女子短期大学の教員として通用し、氏の著書を出版する書店があり、読者がいると言う事実は、笑って済ませることでありません。

 22年前の本の話ですが、先日のニュースで、文科省が、教科書に「従軍慰安婦」という言葉を復活させたと聞きました。捏造記事が発端となり、あれほど日本人の心を傷つけた、韓国の言いがかりだと言うのに、文科省の大臣と役人は、なにを考えているのでしょう。

 氏に似たうつけ者が、自民党政府内にいるのですから、息子や孫たちのことを思うと、ブログが止められなくなります。萩生田氏は、常識のある自民党の政治家と思っていましたが、中川氏と似たり寄ったりでした。総理もこう言う人物を文科大臣にするようでは、「憲法改正」の本気度が、国民に問われます。

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闇の世界とユダヤ - 5 ( 最後までペテン師 )

2020-06-27 18:04:33 | 徒然の記

 平成10 年と言えば、小泉総理が訪朝し、金正日が「拉致」を認めた年です。最初の頃はマスコミが取り上げず、野党の政治家が否定していましたが、非道な北朝鮮の拉致が明らかになり、世間が騒がしくなっていました。

 13才の横田めぐみさんが、下校の途中で北の工作員に襲われ、麻袋に詰め込まれ、拉致されました。中学1年生の娘が、いつまでも帰宅しないため、横田夫妻は心当たりの場所を懸命に探し回ったそうです。三人の息子がいるので、そんな年頃で突然行方不明になったらと、考えるだけで胸が潰れます。理由もないのに北朝鮮に拉致されたと分かった時、横田夫妻は、誰に相談したのか。誰が協力してくれたのかと、思うすたびに、胸が痛みます。

 中丸氏の著書は、世間が拉致問題で騒いでいる年に出版されています。太陽のように暖かい心を持つ氏が、どのように語っているのかを読みます。140ページです。

 「このところの私は、韓国を訪れる機会が多い。」「朝鮮半島は現在、地球上でただ一つの分断国家である。」「38度線を境にして、同じ民族でありながら、互いに憎しみ合い、」「いがみ合い、スパイ活動をして、相手国の内情を探り合っている。」

 「これら政治的にも、非常に難しい国に、」「私は、南北双方から、国賓待遇で招かれた。」「片方だけなら、珍しいことではないかもしれない。」「しかし、双方から迎え入れられたということは、」「それ自体、世界平和を目指すという使命を、」「与えられていることに、なるのではなかろうか。」

 どこかで、不幸な拉致被害者のことや、その家族の悲しみが語られるかと、期待しつつ読みました。

 「今回は、韓国を訪問した後で、北朝鮮に入ることになった。」「外国人は、10月18日以降にしか入れないという通達が、」「事前にその筋に、あったようである。」「関係者の方が、入国できる外国人の筆頭に、」「中丸先生の名前が記されていますと、わざわざ電話で知らせてくれた。」

 「私もひょっとしたら、金総書記との独占会見が叶うかもしれないと、」「期待して、出発の日を待っていた。」「ところが一本の、不審な電話が私のもとにかかってきた。」

 「( 金総書記に ) お会いになるそうですね。」

「ええ、もし会えることになれば、世界中の人が知りたいことを、代わりに聞くことができます。私も、楽しみにしています。」

「会って話をしてくるということ自体、相手国の利益になりませんか。それでも実行するというのなら、身辺に気をつけてください、」「と、ある人が言っています。」

 氏が、想像もしていない電話だったそうです。脅しなのかと一瞬考え、ある人の名前を聞くと、表面に出て仕事をしていない人物だから、名前は答えられないと言われます。

 「次の瞬間、私は思い当たった。そうか彼は、闇の政権からの回し者なのだ。」「余計なことをするな、俺たちはいつでも、どこでも、」「見張っているのだぞと、私に脅しをかけてたのだ。」

 期待する拉致家族への言葉はなく、闇の世界の人間の説明が続きます。

「彼らが情報をキャッチする速さと言ったら、それは天才的である。」「何しろ日本においても、新聞社、テレビ局、大学を始め、」「あらゆるところに、情報網を張り巡らせ、」「アンテナを立てているのである。」「すでに大手の新聞社や、テレビ局の買収にかかっているというニュースも、」「私のところには、入ってきている。」

 「私はとっさに、」「今まで王道を歩いてきましたから、これからも世界の元首にあって、」「王道を歩んで行きますと、伝えた。」

 自分のインタビューが王道であると、氏は読者に宣伝しているのでしょうか。反日・左翼勢力が、新聞社やテレビ局や大学に、情報網を張り巡らせていることも、大した話でありません。年金生活者の私ですら、「温故知新」の読書で知っています。

 「今回私が北朝鮮に行って、金総書記にお目にかかることができ、」「独占会見にでもなったら、さすがに彼らも、慌てるだろう。」「自分たちが作り上げたイメージと違って、北朝鮮が、」「平和的な国家であり、金総書記の人柄なども、」「少しも悪くないことが明らかになったら、どうなるのか。」「それこそ沖縄の基地も、日米ガイドラインも、」「一兆円もするパトリオット・ミサイルも、」「皆違った形にならざるを得ないだろう。」

 氏の頭には、拉致被害者のことが、どこにもありません。それどころか、反日・左翼政治家と同じ、北の礼賛です。どこに日本人の魂があり、どこに太陽のような心があるのでしょう。

 「とにかく北朝鮮は、日本だけでなく、」「世界中の平和を乱す、危険な国であり、」「その元首である金総書記は、クレイジーな独裁者だというプロパガンダを、」「彼らは、何がなんでも、引っ込めるわけにはいかないのだ。」

 「そこで、彼らの意図を覆そうとする者に対しては、」「あらゆる手段を使って、妨害しようとするのである。」「私はこの一件からも、闇の権力の手が、」「世界のあらゆるところに伸びてきていることを、」「改めて、ひしひしと実感させられたたのであった。」

 これが結びの言葉です。こんなおかしな話するより、どうして北朝鮮行きがダメになったのか、読者に説明するのが先でしょう。大風呂敷を広げる氏に、悪意の誰かがいたずら電話をしただけでないのか。闇の政権の脅しとか、回し者の仕業だなどと、もしかすると、氏の誇大妄想狂かと思ってしまいます。

 こう言う人物が、堂々と暮らしている呑気な日本です。新聞やテレビが誉めていても、簡単に騙されてはいけませんと、息子たちに伝えたくなります。

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闇の世界とユダヤ - 4 ( 「太陽の会」の教祖 )

2020-06-26 20:17:50 | 徒然の記

 「この際ハッキリさせておきたいのだが、私は、」「闇の権力がイコール、ユダヤ人と言っているのではない。」「あえて言うのなら、闇の権力とは、少数のユダヤ人をも含んだ、」「邪悪なグループの総称だと、捉えている。」「残念ながら、日本で出回っている、ユダヤ陰謀論の類は、」「この点を見誤っているとしか、言いようがない。」

 ここまで断言するのなら、氏は著作の題名も、変えるべきでしょう。『闇の世界とユダヤ』と勿体ぶらず、『闇の世界とユダヤ説を正す』とか、『闇の世界とユダヤ説の間違い』とするのが、誠実な学者の姿勢でしょう。

 曖昧な題名をつければ、世間の注目を引き、本が売れるとでも思ったのでしょうか・・と、一旦不信感を持つと疑いは晴れません。この本の特徴は、どちらとも取れる曖昧な意見で終始し、結局、自分の意見を語らないところにあります。

 「宇宙と波動を合わせ、真の使命に目覚めよう」「初めて明かす、私自身の輪廻転生体験」「一人一人が、光の天使として立ち上がろう」

 宗教なのか、政治活動なのか、それとも文化活動なのか、氏は自ら「太陽の会」と言う団体を立ち上げ、会長になっています。氏は学者というより、新興宗教の教祖のように見えてきます。「太陽の会」の賛同者には、これまで対談してきた世界の王様や貴族、大統領や首相などの名前が並んでいます。

 氏の意見をまともに考えるより、ネットの情報の方が、彼女の姿を正しく伝えている気がいます。

 「昭和60年に、国際問題研究所をニューヨークで、」「また平成3年には、平和を願う人々の会 " 太陽の会 " を設立。」「その際、各国国王や大統領、文化人から、」「あなたのあらゆる活動に賛同いたします、との直筆サインをもらい、」「これら要人を、顧問および特別会員として迎えている。」

 「会の立ち上げにより、氏は武力と緊張を礎とする " 力の道 " による、ワンワールドではなく、」「相互理解と信頼を礎とした "  命の道 " による、ワンワールドの実現を啓蒙する活動を、」「本格的に開始した。」「インタビュアーとして活躍していた頃から、これまでに訪問した国は186カ国。」

 沢山のことが書かれていますが、結局この本の目的は、氏が主催する「太陽の会」の宣伝です。現実的考察をする国際政治学者なら、果たしてこのような団体を設立し、世界の平和が達成されると考えるでしょうか。

 ネットの情報を提供した人物は、中丸氏を肯定しているのか、批判しているのか読み取れません。事実だけを述べ、あとは読者に、判断しろと言っているのでしょうか。氏は有名人で、明治天皇の孫とも言われていますから、迂闊なことが言えないのかもしれません。

 「中丸は著書において、人間復興を通した世界平和を、目指しているとし、」「富や名声、権力が人間を幸せにするのではなく、」「本当の幸せは、愛、調和、安らぎに満たされた心から生まれる。」「市民からVIPまで、一人一人の心の内側を平和にすることが、」「世界平和を実現する、と訴えている。」

 「『太陽の会』という名称も、イソップ物語の『北風と太陽』にちなんで命名。」「中丸は著書の中で、太陽はどんな人をも温かい光で包み込む。」「私たちも、そのような心で生きなければいけない、という主旨のことを度々書いている。」

 太陽のような温かい心で、人は生きなければならないと言われたら、反対する人間はいません。これを私は、「朝日新聞的人道主義」と呼びます。個人の生き方として、氏が実践する分には、反対しません。しかしこれで、世界の平和が達成され、全ての問題が解決されると主張するのなら、話が別になります。

 氏の著書は、平成10 年に出版され、22年が経過しています。その間に氏は北朝鮮訪問も、計画していました。太陽政策が正しいものであるなら、拉致された国民は、とうの昔に日本へ帰っていなければなりません。これに関する氏の意見は、次回に紹介することとし、ネットの情報」を紹介します。

 「両親がともに、日中友好のために力を尽くしたことから、」「中国とは、日中国交正常化以前から、太いパイプがあり、」「当時の田中角栄首相、大平外相ら政府要人や、」「外務省職員に、中国情勢をレクチャーしたとしている。」「昭和45代から、昭和55代には、三木武夫、福田赳夫、」「中曽根康弘、小渕恵三らと、親交を深めたと述べている。」

 氏の話の伝聞ですから断定せず、「・・としている。」「・・と述べている。」と、注意深く書かれています。

 「昭和50年、20世紀後半で、世界に名を残している著名人200人を、」「自分でアポイントをとり、インタビューした 、」「 〈 中丸薫 世界の主役 〉 TVシリーズを、終えたころ、」「文藝春秋社から、自伝を出版してください、と云われた。」「そして、その中に、」「明治天皇の孫であるということも入れてください、と云われた。」

 「こうした経緯で、中丸薫半生記『太陽を追って』が、」「文藝春秋から出版され、初めて明治天皇の孫中丸薫にふれた本が出版された。」

 『太陽を追って』の出版は、昭和50年ですから、今から45年前の本です。氏を有名にしたのは、文芸春秋社だったことが分かりました。氏の話が事実なのか、捏造なのか、検証した者はいないようです。検証するより、不明のままにしていた方が、センセーショナルですから、文芸春秋社にはその方が好都合だったのでしょう。

 氏の著書は、これまでに読んできた、反日・左翼学者の著書に似ています。

 「90パーセントは、事実が書かれているが、10パーセントの捏造が混じっている。」・・、無知だった昔は、これにず騙されてきました。氏の著書は書評に値せず、読むにも値しない本と思いますが、北朝鮮について、「太陽のような心を持った氏」が、どのように語っているのか、息子たちと、「ねこ庭」を訪問される方々に、紹介せずにおれません。

 次回が最終回となります。

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闇の世界とユダヤ -3 ( 巧妙な捏造 )

2020-06-26 14:23:44 | 徒然の記

 148ページで、氏は次のように述べています。

 「世界を陰で動かしている、闇の権力構造。」「その中心は、ほんの一握りの人々である。」「周知の通り、勤勉で優秀なユダヤ人たちは、」「世界各地のあらゆる分野で、活躍している。」「ほとんどのユダヤ人たちは、私たちと同じように家族を愛し、」「平和を愛し、世界の人々と調和しながら生きることを望んでいる、」「平和な人たちである。」

 そして氏は、ロンドンで対面した、ロスチャイルド家の8代目の当主エドモンド・ロスチャイルド氏について語ります。当時彼はシェル石油の会長を辞め、イギリスのヒース首相のもとで、経済顧問のような仕事をしていました。経済の専門家を13人ほど引き連れ、政府の一室に、自分の机を置いていたと言います。

 「あなたにとって、人生で最も感動的だった瞬間は、どんな時でしたか。」

 氏の質問に、彼は急に目を光らせ、身を乗り出して語ったそうです。人生で最も感動的な瞬間は、ヒトラー自殺のニュースを耳にした時で、彼は思わずトイレに駆け込み、服毒用に持ち歩いていた、モルヒネのカプセルを流したと語りました。その様子を見て、氏は考えたそうです。

 「ユダヤとは、一体何なのだろう。」「民族なのか、それとも宗教なのか。」

 この経験をもとに、氏はユダヤ人とナチスドイツの関係にスポットを当て、ユダヤ人とは何かを、追求することになったと語ります。異質なもの同士がいかに共存しているかという、人類の平和を考える上で、根源的な問題が潜んでいると考察したそうです。

 「そもそもヒトラーは、極端な民族的差別主義者であった。」「アーリア人種を、他の全ての人種より優れていると考え、」「人類の歴史に、動物界の自然淘汰説を導入した。」

 ヒトラーは、人類を次の三つに分類したと、氏が説明します。

  1. 文化の創造者としての人種・・・アーリア人

  2. 文化の担い手としての人種・・・日本人に代表される

  3. 文化の破壊者としての人種・・・ユダヤ人に代表される

 私もヒトラーの「我が闘争」を読みましたが、ここまでハッキリとは書かれていませんでした。アーリア人が一番優れた民族だと、ヒトラーは言っていましたが、2.と3. は、別の言い方をしていたように記憶しています。中丸氏が、民族の優秀度に合わせて番号を振っているのだとしたら、間違いでないかと思います。

 ヒトラーにとってアーリア人以外は、全て劣等民族で、2.も3.も区別していません。特に日本人については、先進文明を模倣するだけの黄色い猿と、蔑視していたはずです。人によって、本の読み方が違いますし、この書評にしても、思い込みや独断で書いていますから、偉そうなことは言えません。氏の意見をあれこれいうより、先へ進む方が、時間の節約になります。

 「人間の世界でも、自然界と同じように、弱者が滅び、」「強者が生き延びるのは、自然の摂理である。」「強者であり、文化の創造者たる人種は、」「その優秀な種と血統を、純粋に保持しなければならない。」

 「ヒトラーは、劣等民族であるユダヤ人が、」「世界中にはびこり、寄生虫のように、他民族の国家や文化を借り物にしつつ、」「自分の文化を維持し、結束して世界を制覇しようとしていると、考えていた。」

 「ヒトラーによれば、ユダヤ人は劣等腫としての、一つの種であり、」「それは変えようがない、のだと言う。」「その著『わが闘争』の下巻では、ユダヤ人が、」「ドイツ民族と国家を破壊し、支配下に置こうとしていると言ったことが、」「長々と書かれている。」「ヒトラーの説によれば、劣等民族たるユダヤ人の生存は、」「自然の法則に反するものであり、抹殺されなればならないと言う結論に達するのだ。」

 ヒトラーを弁護する気はありませんが、氏の読み方に疑問を感じます。「自然の法則に反するものであり、抹殺されなればならない」と、ヒトラーは文字にしていませんでした。ヒトラーの著作を読めば、結論としてユダヤ人抹殺論が出てくると、氏が推論しているに過ぎません。

 ナチスドイツと、ユダヤ人の関係の中に、「異質なもの同士が共存していくための障害となる、根源的な問題が潜んでいる」と言うのなら、まず最初に、ヒトラーの乱暴なアーリア民族優位説を、批判し分析すべきと思います。

 しかし氏はそれをせず、旧約聖書の時代に遡り、ユダヤ民族放浪の歴史を語りだします。国際政治学者だけあり、氏は、私の知らないことを沢山教えてくれます。

 しかし博学であることが、正しい意見につながるとは思いません。自分の国を大切にし、ご先祖の苦労に感謝する心のない人は、どれほどの知識があっても、私には無縁の人間です。

 「世界を陰で動かしている、闇の権力構造。」「その中心は、ほんの一握りの人々である。」「周知の通り、勤勉で優秀なユダヤ人たちは、」「世界各地のあらゆる分野で、活躍している。」

 148ページに、氏はこう書いています。素直に読めば、「ほんの一握りの人々とはユダヤ人である」と受け取れます。この文章のすぐ後に、ロスチャイルド氏のと対談が語られますから、流れとして読者はそう思います。しかし氏は、別のところで別の意見を述べています。そんな考えがあるのなら、最初から曖昧な文章を書くべきではないのです。

 次回を読めば、私の意見が適切なのかどうか、息子たちにも、「ねこ庭」を訪問される方々にも、分かって頂けるのではないでしょうか。

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闇の世界とユダヤ -2 ( 庶民の弱点を知る天才詐欺師 ? )

2020-06-25 12:25:12 | 徒然の記

 中丸氏の父君については、前回紹介しました通り、色々な情報が見つかりますが、母である中島成子氏には、断片情報しかありません。寄せ集めのデータを転記すると、次のようになります。

 「中島成子は、赤十字の看護婦として大陸に渡り、」「日中戦争時に、抗日兵士の、帰順工作を行なった。」「夫は、明治天皇の御烙印を自称する、堀川辰吉郎である。」

 「娘薫の生後45日で、盧溝橋事件が起こり、」「関東軍の依頼により、日中間の交渉を担うこととなった。」「娘薫は、北京大学教授松村正之夫妻に、預けた。」 

 これだけしか、ありません。母成子は、誰の子供で、両親は何をしている人物なのか。あるいは、赤十字の看護婦がどうして、関東軍に依頼され、日中間の交渉をすることになるのか。どんな交渉なのか・・・全てが曖昧なままです。

 氏の著書は、『闇の世界とユダヤ』とタイトルがついていますが、読者である私から見れば、氏自身が「闇の世界」の住人に見えます。ネットの情報を、もう少し紹介します。

 「著書によれば、薫は6歳の誕生日を迎えてまもなく、」「松村夫妻の故郷である、山梨県甲府市に移住。」「昭和25年に、山梨英和女学院中等部へ、進んだという。」「そこで外国人教師から、英語を学んだことがきっかけとなり、」「東京へ行くことを決意。」

 「親戚が住んでいた、文京区の都立小石川高校へ進学した。」「薫は2年生の時に、生徒会長に選ばれ、卒業するまで務めたという。」「バーナード大学を経て、コロンビア大学に入学、」「国際政治学を専攻し、卒業。」

 「昭和45年代より、各国国王や大統領、首相、財界人やVIP、」「映画監督や芸術家などを、インタビューするジャーナリストとなる。」「国際政治評論家として、講演、執筆、テレビで活動。」「昭和48年には、ニューズウィーク誌で、」「「インタビュアー世界NO1、」「またワシントン・ポスト紙で、国際感覚にすぐれた世界でも稀有な女性、」「との評価を得る。」

 目覚ましい才能があるから、こうしたVIPと面談ができた、というより、明治天皇の孫という稀有な肩書がそれをさせたのだろうと、思いました。

 「その後も、自らがプロデューサー、ディレクター、」「インタビュアーを務める対談番組を、日米両国で持つと同時に、」「世界の紛争、戦争地帯に足を運び、」「当事国の国家元首たちと、積極的に会談。」「その中には、リビアのカダフィ大佐や、イラクのサダム・フセインなど、」「西側諸国から、敵視されていた人物もいた。」

 物怖じしない積極性と、財力があったから、こうした仕事ができたのでしょうが、才能がなければ、やはり無理です。アメリカで高く評価されたのなら、実力があったのは事実でしょう。

 「中丸は、イラン・イラク戦争の最前線でも、取材を行い、」「そのVTRをフセイン大統領に見せ、戦争をただちにやめるよう進言している。」「フセイン大統領に、なぜ戦争を続けるのかと詰め寄る様子や、」「カダフィ大佐に、あなたは本当にテロリストかと、」「問いただす姿は、テレビで放映された。」「それらの経験を通じて、私費を投じて、」「紛争国の仲介役を務めるなど、民間外交に尽力するようになる。」

 氏はどこかのテレビ局に勤め、会社の金で世界のVIPと対談しているのでなく、個人の金で、それをしているようです。「明治天皇の孫」という肩書は、日本だけでなく、世界にも通じるという証明でないかと、そのように理解して本を読みました。

 それはまた私たち庶民が、活字と電波にいかに弱いか、もっと率直に言えば、「活字と電波」にいかに騙されやすいか、という証明にも繋がります。

 立派な装丁の外観も心を奪いますが、胡散臭いと思いつつ、それでも何分の 1 かを信じたのは、活字の魔力です。幼い頃から、意識せずして、活字への信頼があり、頭から疑ってかかることをしません。

 出版社が、そんなバカな本を出すはずがないと、あれだけ岩波書店の反日書を批判していながら、それでも出版社への信頼が残っています。文芸社について、ネットでは次のように説明しています。

 「文芸社は、商業出版、流通出版、自費出版を行う日本の出版社」

 つまり文芸社は、著者が自費出版をするのなら、いくらでも協力する会社です。印刷、製本、書店への配送、代金の回収までしてくれるのですから、金に糸目をつけない著者には、都合の良い出版社です。

 中丸氏は知恵のある人物で、愚昧な庶民の弱点を知っています。テレビ局も文芸社と同じで、自費制作と分かっていても、視聴者が喜びそうなテーマなら、飛びつきます。出版社と違うのは、その作品を高く買い取るところです。

 「テレビにも出ているし、ちゃんとした本も出ているから、彼女の言うことに間違いはない。」「大したものだ。」

 こうして感心するのが、私たち庶民です。これは、マスコミや出版社に対する、国民の盲点を教えてくれる「生きた授業」です。

 手品の種が分かりましたので、書評はここで止めていいのですが、『闇の世界とユダヤ』と、おどろおどろしい本の名前になっているユダヤについて、もう少し、氏の意見を紹介したいと思います。田中秀道氏や馬渕睦夫氏のように、真面目にユダヤ人を語る人がいますので、比較するのにちょうど良い機会です。

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闇の世界とユダヤ ( 自称明治天皇の孫 )

2020-06-24 18:16:17 | 徒然の記

 中丸薫氏著『闇の世界とユダヤ』( 平成10年刊 (株)文芸社) を読了。本の表題の横に、「明治天皇の孫が語る」と書かれていますから、著者は、明治天皇の孫なのでしょうか。

 これも、図書館でもらった廃棄図書の一冊ですが、この世には、まだ私の知らない種類の人間が沢山いるのだと、今更ながら感心させられました。

 高校時代に、アグネス・スメドレー氏の『女一人大地をいく』という本を、読んだことがあります。左翼と右翼の違いはありますが、女一人で世界を飛び回る中丸氏の姿には、共通する大胆さがありました。スメドレー氏の著作に嘘は感じませんでしたが、中丸氏の本には、読み始めから終わりまで、胡散臭い雰囲気が漂っていました。

 本来なら、息子たちに伝える気になれない悪書ですが、我那覇さんのブログを書いたばかりなので、比較のつもりで取り上げました。我那覇さんは、依田氏の嘘や捏造に激しく憤慨していましたが、もっと大きな嘘をつく人間がいると、世間の広さを伝えたくなりました。

 著者の経歴、両親の略歴、あるいはこの書を出した出版社のことなど、それだけでも一冊の本になります。依田氏の嘘くらいで自分を見失っていたら、世間は渡れませんよと、我那覇さんに教えたくなります。

 著者の言によりますと、父君は明治天皇の隠し子だという話です。本の最初に、8枚の写真が挿入され、高松宮様と写っている父君の写真が混じっています。私はまず、明治天皇のご一家について、ネットの情報を探しました。

 「皇后との間に子女なし。」「5人の側室との間に、5男10女の15人をもうける。」「うち成人したのは、1男4女の5人。」「唯一男子で、成人したのが大正天皇。」「4人の女子は、それぞれ子女をもうける。」

 明治天皇には、15人のお子様がおられたが、10人が夭折されています。成人した男子はお一人で、のちの大正天皇です。側室制度を無くされたのは昭和天皇ですが、それ以前は男系皇統維持のため、誰もがそれを当然としていました。したがってネットの情報でも、側室との間のお子様について、何も隠しておりません。氏の言う通り父君がお子様なら、よほどの事情がない限り、ネットの情報に記載されないはずがありません。

 「私は、昭和12年5月23日、北京で生まれた。」「思えばそれから45日目の、7月7日の夜、」「北京からさして遠くない盧溝橋で、日中両軍の衝突事件が起こり、」「それが、以後8年間にわたる、日中戦争の発端となった。」

 「この不幸な、戦争拡大を未然に防ごうと、命がけで奔走した人たちもいる。」「それは日本を知り、中国を深く理解し、」「愛していた一部の人たちだ。」「私の産みの母中島成子も、父である堀川辰吉郎も、」「その中の主要人物と言って、いいだろう。」

 65ページに、氏がこのように書いていますから、堀川辰吉郎氏について、調べてみました。

 「堀川辰吉郎は、明治24年に生まれ、昭和41年75才で没。」「彼は、昭和天一坊と呼ばれた詐欺師」「大アジア主義者と称する怪シナ浪人」

 「明治天皇の落とし子、井上馨の手で臣籍降下され、」「頭山満の玄洋社に入れられる、と伝える資料もある一方、」「「福岡の鉱山王・井上重蒼の妾腹の子として生まれ、学習院に入学したという話もある。」

 氏自身も、著作の中で父君につき、同様の話をしていますが、悪評の部分は省略しています。この親にしてこの子あり・・です。もう少し、ネットの情報を紹介いたします。

 「世界救世教、元最高顧問」「善隣会最高顧問でもあり、出口和仁三郎の黒幕とも呼ばれた。」「松本清張の『深層海流』に登場する、」「M資金をめぐるフィクサー桜尾良明の、モデルと目されている。」

 「25才の時満洲に渡り、上海、支那を数年来放浪し、」「内地へ戻り、活動の弁士等をやっている内に、写真の撮影を覚え、」「写真撮影の仕事を通じ、児玉秀雄などの名士たちに取り入り、」「資産を蓄え、これを資金として詐欺を繰り返した。」

 「西園寺公望の落胤と称し、帝国ホテルに泊まりこみ、」「豪遊しているところを、警視庁に連行されたとする新聞報道もある。」「この報道によると、堀川は、斎藤実首相や、」「古山松吉法相など、名士の名を利用し、内地や朝鮮半島や満州で詐欺を働いていた、」「昭和の天一坊である、という。」

 中丸氏は、裏扉の略歴によりますと、コロンビア大学を卒業した国際政治学者となっています。学者の端くれなら、父君に対するこのような情報があることを、知らないはずがありません。それなのに、氏はどうして平然としていられるのか。氏のような人物が、どうして堂々と著作を出版できるのか。

 次回は、母君の略歴と共に、その辺りを息子たちと、「ねこ庭」を訪問される方々に、ご報告いたします。

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公開討論 ( 我那覇真子さん ) - 2

2020-06-21 18:04:09 | 徒然の記

 依田氏について、ネットで調べた事実を転記いたします。

 1. 平成28年 東村高江・暴力事件

   辺野古埋め立て反対派の活動家、男女二人に怪我をさせたとして、依田氏が訴えられた事件。

 2. 令和2年 5月3日 近所に住む70代老人に大怪我をさせたとして、警察に訴えられ、警察が捜査中。

 3. 令和2年 5月5日 我那覇真子さんと公開討論

 4. 令和2年 5月7日 立候補していた沖縄県議選に落選 

 5. 令和2年 5月9日 70代老人傷害容疑で、逮捕

 1. の暴力事件で、依田氏は終始暴力は振るっていないと主張し、相手が怪我をしたのは、揉み合っていた際、偶発的に生じたと抗弁しました。観光に来ていた外国人を車で案内していた時、私的検問をした過激派活動家に車の進路を塞がれ、争った事件です。

 依田氏の主張に同情した我那覇さんが、父隆裕氏や仲間たちと共に、依田氏を全面的に応援しました。県内各地で報告会を開き、不当な活動家たちと警察の無謀を、依田氏に説明させ、資金カンパをし、裁判の傍聴も支援しました。依田氏は、過激派左翼と戦った勇気のある市民として有名になり、多くの県民に支援されました。謙虚な姿勢で、しかし過激派に屈しないと語る氏を、私は当時何本かの動画で見ています。

 それから、今回の公開討論まで、私は彼女たちのことを、何も知らず過ごしてきました。どうしてこのような対立関係になったのか、不思議でなりませんでした。2. 以降の事実は、急遽調べて分かったことですが、いずれも依田氏の不誠実さを示すものです。

 警察が氏を逮捕したのは、県議選の落選が判明した翌々日です。沖縄の警察は、左翼に弱いだけでなく、保守の活動家にも弱腰です。依田氏が当選していると厄介なので、落選を待って逮捕したのかと、私は想像しています。裁判で有名人になったから、政界に出ようとしたのか、最初から政治に野心を持っていたのか。そこは分かりませんが、計算高い人物という印象が、どうしても拭えません。

 氏を不誠実だと考えるのは、警察から捜査を受けている身でありながら、何事もない顔で、我那覇さんと論争する大胆さというか、恥知らずというか、私の理解を超えます。今回の傷害事件でも、やっていないと主張しているようです。前回の傷害事件で、警察の厳しい尋問に対し、やっていないと主張し続けたと言いますから、氏には、その場その場を言い逃れる、天才的能弁がある気がします。

 自分の利益しか考えず、周りの人間を、何とも思わない人間が、時としています。朝日新聞を手玉に取り、一時期有名人となった、吉田清治を思い出します。誠意や良心がなく、自分を守ることと相手を言い負かすことに、生まれつきの才能を持っている人間です。関連する動画を別に6本見た、と言いましたのは、依田氏のことを調べるためでした。

 だから私は、公開討論の動画を見る途中から、依田氏がどのような人間であるのか、知っていました。我那覇さんが、まともに相手をする人間でないことを、分かった上で見ていました。彼女が、依田氏のような悪意の人間と、本気で論争する気になったのが、間違いでした。言葉尻を捉え、奇妙な理屈で押し返されると、彼女の人格は崩れてしまいます。

 懸命に相手の良心に訴えようと、哀願しても、依田氏には通じません。すくんでしまった蛙を、料理する蛇のように、邪悪な喜びを与えるだけです。立会人として司会を務めたのは、チャンネル桜の水島社長でしたが、果たしてこの人が、適任者だったのかも、疑問があります。水島氏は、依田氏の身辺に警察の捜査が及んでいることを、知っていたと聞きます。逮捕されるような犯罪人と、どうして公開討論をさせたのでしょう。

 我那覇さんも依田氏も、「チャンネル桜沖縄」に出演していた仲間です。水島氏と彼らの関係を、上司と部下というのか、社長と契約社員と言うのか知りませんが、私なら公開討論をさせていません。正義一筋で、猪突猛進する彼女と、天才詐欺師のような依田氏が、中身のある議論ができるかどうか、水島氏には分かっていたと思います。

 関連する6本の動画で知ったのですが、水島氏と我那覇さんの間には、引き返せない溝ができていました。水島氏は、我那覇さんを育て、相方の江崎孝氏も重用していたのに、意見の対立から、江崎氏が退職しました。遠慮のない江崎氏が、水島氏のことを批判しますから、コンビだった彼女にも、いい気がしていなかったはずです。

 我那覇さんと、依田氏の意見がこんがらがり、彼女が錯乱状態になっても、何も仲介しませんでした。おそらく彼女は、今回の討論で、依田氏だけでなく、水島氏についても失望しただろうと、そう思います。

 「理想だけ言って、それが世の中で通じますか。」「妥協したり、相手の意見を聞いたり、たまにはそんなこともしたらどうです。」「自分の意見に賛成しなかったら、みんな敵だと、」「それは、狭い考え方です。」「それでは、人がついてきませんよ。」

 依田氏がそれを、我那覇さんにいう資格があると思えませんが、盗人にも三分の理です。私も実は、同じ言葉を彼女に贈りたいと考えていました。自分に厳しい彼女は、他人にも同じ要求をし、それが、周囲の人々を遠ざける結果となっていたのかと、一連の動画で教えられました。

 「山川の 清きに魚も住みかねて

    昔の田沼 今ぞ恋しき」

 江戸の狂歌にありましたように、多少の汚れや矛盾には、目を瞑る寛容さが要ります。正義一筋、真実一辺倒で進み、それ以外を全て敵とするのでは、凡人はついていけません。翻って思えば、私のブログも、彼女に似て、反日・左翼嫌悪一辺倒で、狭い主張の繰り返しでないかと、反省させられます。依田氏に言われたくありませんが、頑なな反日・左翼では、中庸の国民、というより、私の大事な息子たちにも受け入れられないのではないかと、心配になりました。

 私のことは別途、自分で思案することとし、我那覇さんへ送る言葉を優先しようと思います。

 「我那覇さん、今回の辛い経験が、貴方を大きく成長させる糧となることを、祈ります。」「貴方は、離れた場所にいる敵とは、果敢に戦える人ですが、」「身近にいる敵とは、戦えない人でした。」「身近にいる敵と戦えなくては、本物のリーダーになれません。」

 「信じている者に裏切られても、愁傷狼狽してはなりません。」「悪意の敵は、それを喜び、歓声を挙げます。」

 最後に、テドコンさんの言葉を送りましょう。

 「私は、依田さんにも迷惑しています。」「言ってもいないことを、膨らませて話していますから。」「私が我那覇さんに言いたいのは、一言でいいから、」「迷惑をかけて済みませんと、言って欲しかった、」「ということです。」「その一言があれば、私はもう、何も言いません。」

 我那覇さんが苦しい裁判をしていると聞いた人たちが、どうして彼女を支援しないのかと、怒りの電話を沢山してくるのだそうです。

 「それは、私の責任ではありません。」「ブログを見た全国の方が、勝手に解釈して、テドコンさんに電話をしているのですから、」「貴方の方で説明してください。」

 公開討論の中でも、そういう言い方をしていましたが、テドコンさんが言っているのは、このことです。「迷惑をかけてすみません」と、どうして言えないのでしょう。仲間内なら、分かって当然でないかと、もしもそのような考え方をしているのでしたら、改めて欲しいと思います。日本の未来のためと、崇高な目的で戦っているとしても、周囲の仲間への思いやりを忘れてはいけません。

 我那覇さんは、これから先も、沖縄のため、日本のため、大切な人物です。このブログが、彼女の目に触れることはありませんが、同じ時代に生きる国民の一人として、「ねこ庭」の片隅からエールを贈ります。

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公開討論 ( 我那覇真子さん )

2020-06-21 12:10:39 | 徒然の記

 我那覇真子さんと、依田啓治氏の公開討論を、チャンネル桜の動画で見ました。1と2に分かれ、1本が3時間ですから、2本で6時間になります。そのほかに、関連する動画を別に6本見ましたので、土日の二日間を使いました。

 かって、同じ仲間として活動していた二人が、今は憎みあい、論争しているのですから、意外でした。中国資本に侵食されている北海道に劣らず、極左とも言える新聞二紙に支配された沖縄にも、病原菌が巣食っています。沖縄タイムズ、琉球新報を相手に、敢然と闘う我那覇さんを、私はずっと応援してきました。

 過去のブログを探しますと、平成30年の1月以来、2月、4月、7月と四回彼女について述べています。私が彼女をどの様な目で見ていたのか、1月のブログから、その一部を転記いたします。

 「我那覇さんは、沖縄二紙の偏向報道に異議を唱え、」「左翼活動家たちの脅しに屈せず、自ら声を上げた市民の一人でした。」「明るい笑顔が愛らしくさえ見えるのに、ひるまない彼女の勇気に、私は脱帽しています。」
 
 「反日の女性政治家は、誰もが激しく相手を攻撃し、醜い挑発をします。」「けれども我那覇さんは、いつも静かで、話している内容も、難しい理屈ではありません。」
 
 「自分の家族に伝わらないことは、」「どんなにマイクで、大声でしゃべっても、」「他人に伝わりません。」「家族の絆を取り戻してこそ、」「社会が良くなっていきます。」「保守運動は、自分の家族の立て直しからです。」
 
 自分のブログを、息子や孫たちへの贈りものとする気になったのは、彼女の影響かもしれません。同年7月のブログで、私は次の様に述べています。
 
 「平成元年生まれの彼女は、今年満29才です。」「私の息子たちより、ずっと若いのですが、その姿勢には、敬服せずにおれないものがあります。」「何より、私を虜にするのは、彼女のひたむきさと、謙虚さと、朗らかさです。」「分からないことは、分からないと正直に言い、」「知った振りをして、ごまかさない誠実さが、爽やかな沖縄の風のようです。」
 
 ところが、2年ぶりに見た動画の我那覇さんは、別人でした。
 
 「反日の女性政治家は、誰もが激しく相手を攻撃し、醜い挑発をします。」「けれども我那覇さんは、いつも静かで、話している内容も、難しい理屈ではありません。」
 
 今回の彼女は、反日の女性議員と同じ姿で、討論相手の依田氏に拳を上げ、涙を浮かべながら、激しく反論していました。討論では、感情的になった方が負けです。簡単に言いますと、依田氏は、ずっと「役者が上」で、感情の高ぶる彼女を眺めながら、終始冷静でした。
 
 関連する動画を6本見ていますから、私は彼女が怒りに震える理由を、知っています。依田氏は、暴力事件の被告人だった自分の裁判を、我那覇さん一家に支えられ、戦った人物です。我那覇さんと支援者たちが、氏のために資金カンパをしたり、店の売り上げに協力したりしていた、当時の動画を覚えています。
 
 今回、沖縄の放送局を相手に、我那覇さんが裁判で争っている最中に、依田氏は、放送局側を弁護し、彼女への反対意見を自分の動画で発信しています。我那覇さんから見れば、かっての仲間の、というより支援した相手からの、悲しい裏切りだったはずです
 
 けれども、公開討論の場では、感情を抑えられなくなり、取り乱した方が負けです。動画を見る人間は、私のように過去の経緯を知る者ばかりではありません。その場のやりとりを見て、どちらの意見に妥当性があるかと判断します。
 
 「依田さんの言っていることは、嘘です ! 」「どこに証拠がありますか、見せてください。」「そんな事実は、まったくありません ! 」「ありもしない事実を、どうしてそんなに平気な顔で、言えるのですか、嘘つき。」
 
 反論というより、我那覇さんの主張は、単なる絶叫でしかなく、第三者には何も伝わりません。それどころか、冷静さを失った姿に、嫌悪すら感じてしまいました。討論には討論の形があり、いわばそれは劇場での演技にも似ています。見ている第三者に、悪印象を持たれない工夫が要ります。正しいことを話せば必ず通じるという、正義感だけでは、どうにもならない世界です。
 
 「盗人 ( ぬすっと ) にも、三分の理」と、昔の言葉があります。泥棒の屁理屈にも、耳を傾ければ、幾ばくかの道理があるという意味です。依田氏は盗人でありませんから、穏やかに語る話を聞けば、第三者はうなづきます。
 
 「討論に来たのに、証拠を出せとか、出せないなら嘘つきとか、」「そんなことを言われたら、何も話ができなくなりますよ。」「自分に都合の悪い話には耳をかさず、一方的に攻撃するのなら、」「貴方がやっていることも、言論封殺です。」
 
 残念ながら、動画の公開放送で、彼女は依田氏に負けていました。長く運動をしてきた彼女が、こんなに脆く崩れ、自分を失ってしまうとは、信じられませんでした。リーダーとして、強い心を持っていると思っていましたが、どうやらそうではなかったようです。公開討論を言い出したのは、彼女の方だと聞きますが、世間を知らない、子供のような一面があったのかと、辛い発見をいたしました。
 
 息子たちと、「ねこ庭」を訪問される方々に、私の思いがどこまで伝えられるのか、自信はありませんが、大切なことなので続けようと思います。スペースの都合で、ここで一区切りとし、次回は、依田氏に関する、過去の事実の紹介から始めようと思います。
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