ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

沖縄県議会

2016-10-31 12:16:14 | 徒然の記

  ユーチューブにアップされた、沖縄県議会の動画を見た。与党である共産党と社民党が、機動隊員の暴言に対し、議会として、抗議の決議を可決すべしという案件への質疑だった。

 地方議会での自民党の不甲斐なさを嘆いている私は、沖縄の自民党も、反日政党の勢いにおされるまま、居眠りをしているのだろうと今日まで思ってきた。少数野党である沖縄自民党の県議諸氏は、私の予想を打ち砕いた。照屋守之、座波一、末松文信氏らの反対意見を、驚きをもって聞いた。

 どの議員の発言だったか個別には忘れたが、多数与党の反日・左翼の奢った詭弁に比較すれば、いかに彼らが理にかなった意見を述べているか、一目瞭然だった。そもそも今回の北部訓練場の返還面積は、四千ヘクタールだ。沖縄の基地の総面積が二万三千ヘクタールであり、その18%にあたる。依然として宙に浮いたままになっている、普天間基地の広さが480ヘクタールだから、いかに広大な基地が返還されようとしているのかが分かる。

 自民党の議員たちの論点がここにあった。「沖縄の基地の返還と縮小を叫んできたのに、その返還をダメにするような反対運動を、なぜ放置するのか。」「問題は機動隊と活動家の暴言にあるのでなく、この騒ぎをもたらした北部訓練場の返還にある。」「翁長知事は、基地返還を歓迎すると言いながら、一方では過激な反対運動を黙認している。県議の中には、違法な活動をする反対派と一緒になって、彼らを煽っている者さえいる。」

 「沖縄県議会は、暴言への抗議文を決議する前に、この返還問題にこそ正面から向き合い、解決すべきでないか。それが政治家としての仕事でないのか。」「機動隊や政府の責任を問うのなら、曖昧な態度で騒ぎを放置し、解決のため意思表示をしない翁長知事の責任を正すのが先でないか。」

「警官の暴言を拡大解釈し、沖縄県民全体への侮辱だとか、本土の日本人が全員沖縄を蔑視しているとか、自分はそんなことは一度も感じたことがない。」「ことさらに沖縄と本土の対立を煽り、分断をしているのではないか。その先に出てくるのは、県議会の決議を国連に持ち出し、翁長知事の政府批判につなげようというのか。」「沖縄の独立論につなげるのか。」「提案者の趣旨は、意図するところはどこにあるのか。」

 自民党の三名の議員の言葉をひとまとめにし、記憶するまま引用しているのだが、国会討論に比較し、なんという真剣な意見が述べられていることか。こんな質疑がおこなわれたら、国会の議場は野党議員の罵声とヤジが飛び交い、発言者の言葉すら聞こえなくなる。

 ヤクザ集団を下部組織に持ち、違法な暴挙を煽り立てているとはいえ、議会で静かに反対者の意見を聞いている沖縄の共産党と社民党の議員にも感心した。多少のヤジがあっても、それはあの国会での醜い応酬に比べれば、礼儀正しい対応だった。

 と、褒めるのはこのくらいにして、自民党議員の質問に対する共産党議員たちの答えのお粗末だったこと。「私たちの決議は、機動隊の暴言に対する抗議であり、それ以外のことについては考えていない。範囲外のことには、答えられない。」「あの悲惨な沖縄戦以来、沖縄はアメリカに支配され、基地を押し付けられ、耐え難い歴史を背負ってきた。その沖縄に対し、住民の全てを蔑むような暴言が、二度とされないように決議するものだ。」

 「犠牲犠牲と、いつまでも後ろ向きの愚痴ばかり言っていて、沖縄の未来はどうするのか。明るい未来のため、一歩でも進めるのが、私たち政治家の役目でないのか。代案もなしの反対では、基地の返還を妨害するだけの、現状維持ではないか。」

 数の奢りとしか思えない共産党議員の粗雑な答えが、自民党の議員の問いかけを門前払いし、相手にもしない。質問に答えていないと食い下がる議員に対する、議長の采配がこれまたなんという無謀さか。どうせ反日与党の出身者なのだろう、自民議員の異議を却下した。

「圧倒的権力を持つ警察と、一般市民の言葉を、同列に並べることがそもそも間違っている。」共産党の比嘉氏が、自民党議員に反論していたが、私は吹き出してしまった。若い議員である彼は、いったい誰にこの言葉を言わされているのだろうか。

 そっくり同じ言葉を、共産党議員が国会で述べ、腐れマスコミが同じ言葉の記事を書き、ネットでは反日の文化人が同じ言葉を吐き、ひと文字も違わないスローガンだ。マクドナルドの従業員マニュアルみたいに、共産党は全国の党員や親派に、ここまで画一的教育を浸透させているのかと、そっちの方に呆れさせられた。

 沖縄の自民党議員がここまで頑張っているのに、いったい住民たちは何をしているのか。先日までは、反日平和を名乗るヤクザに脅される住民に同情していたが、少数でも戦っている自民党議員の姿を知り、気持ちが変わった。狭い土地で地縁・血縁がからんでいても、沖縄の未来のため、共産党や社民党とは手を切り、選挙の一票で意思表示をすべきでないか。議会での意見は多数決が決める。どんな正論を言っても、少数では多数に負ける。その反対のことが国会で行われているが、しかしこれが民主主義なのだ。そろそろ沖縄の人々も自民党議員たちの勇気を見習い、暴力集団を下部組織に持つ政党と決別すべきだろう。

 共産党や社民党、民進党など左翼政党は、国民の間に騒ぎを起こし、社会不安を募るだけで、代案は何も持っていない無責任野党だ。彼らの主義主張を見るがいい。結局は、中国や北朝鮮のような、国民弾圧国家を目指しているだけでないか。こんな政党を野放しにしていると、やがて中国の手引きをして日本を占有させ、天皇陛下さえ処分する、そんな政党でないか。

 基地問題で手一杯の沖縄住民には、そこまで話を広げる必要はないが、ネットの動画をしっかりと見て、琉球新報や沖縄タイムズの捏造報道からも解放されることを望む。

「沖縄は差別を押し付けられているのではありません。沖縄の置かれた位置が、国防の最先端にあるため、基地問題があるのです。」「私たちは、犠牲になっているのでなく、日本の防衛を担っているのだと、むしろ誇りに思っています。」

 沖縄の若い保守活動家の我那覇さんが、ある動画で語っていたが、沖縄にはこんな勇気のある若い女性もいる。山城博治のような極道者に脅されるのは怖いのだとしても、沖縄の皆さんは、自民党の議員や我那覇さんたちの勇気を分けてもらい、恐ろしい共産党や社民党などにさようならを言う時が来ているのではありませんか。

 やるべきことは、ただひとつです。次の選挙からは、自民党の議員に票を入れることです。そして将来、自民党が数に奢り、住民を忘れ、金権腐敗の政治をはじめたら、その時はまた愚かな政治家を追放するため、選挙の一票で勝負するのです。当面は、何といっても、基地問題をこじらせ、金をせしめ、住民の暮らしを踏みにじっている左翼政党を沖縄から追放することが先です。

 昨日は老犬クーに涙し、今日は沖縄県議会の自民党議員に感動させられ、結構忙しい思いをしている。しかし、不満はない。魂を揺さぶられるものとの出会いは、人生の宝だ。老犬クーよ、沖縄の自民党議員諸氏よ。貴方方に励まされ、私は感謝する。きっと日本のあちこちで、貴方たちへ拍手する人間が沢山いるはずだ。差別とか軽蔑とか、とんでもない話だ。私たちには、共感と敬意と、賞賛しかない。

 

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老犬クーの18年

2016-10-30 17:36:31 | 徒然の記

 NHKのドキュメントを、家内と二人で見た。何気なくつけたテレビだったが、知らぬ間に夢中になっていた。結婚式を前にし自分のものを整理している長男が、まだ小学生だった頃、クーは飼われ始めたらしい。

 海岸を駆け回る若くて元気の良いクーは、一人で留守番する長男の遊び相手でもあった。それから18年が経ち、彼は独立して家を出ることとなり、クーはすっかり老犬になり、介護無しでは歩けなくなった。両親はそんなクーを子供同様に可愛がり、食事をさせ、水を飲ませ、散歩にも連れ出す。足が萎え、歩けなくなっても、犬は散歩をしたがる。

 自由にならない自分の老いを悲しんでいるのか、それとも体のあちこちが痛むのか、唸りながら散歩をするクー。その姿を見ていると、わが猫が辿った最後の日々が思い出されてきた。亡くなる最後の晩だけは、ああして一晩中唸っていた。

 うちの猫より逞しかったのか、クーはそれから二週間以上生き、最後は眠るように息をしなくなり、思い出の品と花に飾られた小さな箱に横たわった。親からの連絡を受け、覚悟して帰って来た長男の横顔を、テレビカメラが映し出した。「眠っているようだね。」「まだ暖かいよ。」母親の言葉にうなづいている長男の頬に、流れている涙があった。

 平気な表情をしていたから、あんがい冷静なんだと思っていたのに、彼は言葉を出さぬまま、黙って泣いていた。私も家内も、もらい泣きしてしまった。猫でも犬でも、もしかするとペットとして飼っていた動物との別れは、みんなこのように切なくて悲しいものなのだろう。

 喜びつけ、悲しみにつけ、あるいは怒りが心をいっぱいにした時も、この愛らしい生き物たちは、私たちを慰め、笑わせ、蘇生させてくれた。小さな、小さな、宝石のような思い出を沢山残してくれた。もう三年前のことなのに、昨日のことのように思い出され、テレビの中の長男の涙と同じ涙を流してしまう私と家内だった。

 だから私は、NHKに言いたい。こんな素晴らしい番組を作るのに、どうして自分の国やご先祖様を憎むようなひどい報道をするのかと。もしかすると、作っている人間が別かもしれないので、注文をつける方が無理なのかもしれない。あるいは同じ人間が製作しても、動物のドキュメントには、対立する思想がからまないので、素直に番組が作れるのか。思想がからむと、憎愛が生まれ、対立が生じ、番組制作者の自己主張がついつい出てしまうのか。

 久しぶりに感動させてもらい、番組の中の長男みたいに若返らせてもらったから、少年の心に戻り、NHKに言いたい。

 「こんな素晴らしい番組を作るクセに、どうして自分の国やご先祖様を憎むような、ひどい報道をするのでしょうか。」

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ウオール街発 新日本論 - 2

2016-10-28 17:25:57 | 徒然の記

  岩国氏の著書を読んでいると、日米貿易摩擦が大問題となり、連日のように、新聞の大見出しとなっていた頃、を思い出す。

 中曽根内閣以後、竹下、宇野、海部と続き、宮沢内閣でも終わらず、米国側もレーガン、ブッシュ(父親)、クリントンと大統領が交代しても、激しいやりとりがあったと記憶している。

 当時は、新聞やテレビの報道しか見ていなかったので、「無理難題を押しつける米国に、日本がゴリ押しされている。」という思いだったが、氏の著作で、新たな面を教えられた。

 いつも通り、氏は米国の意見を代弁し、日本批判に終始するが、日本人が考え直すべき点も指摘している。気分は悪いが、参考になる意見だ。

 「世界の日本批判は、経済的成功に対する、やっかみであるとする論調が、」「日本の一部にある。」「居直りなのか、傲慢なのか、世界はそれほど、日本の経済的成長に尊敬を払っていない。」

 「世界のマーケットを、わが物顔に荒らし回り、がめつく、」「テイク・アンド・テイクを、重ねてきた結果でないか、」「という軽侮と非難を込めて、エコノミック・アニマルというのである。」

 どうだろう、これが日本を愛するが故の、辛口の批評と、果たして誰が聞くのだろう。日本人なら、氏の言葉を憎悪の攻撃としか受け取るまい。しかしそれでも、次の言葉は、我慢して聞くだけの価値がある。

 「ちなみに、アメリカのマーケットにおける、主な日本製品のシェアーは、以下の通りである。」「自動車26%、コピー機械80%、工作機械30%、カラーテレビ30%、VTR95%、オートバイ95%である。」

 「間違えないで頂きたい。」「これは日本のマーケットでなく、アメリカのマーケットである。」「アメリカの市場は、まるで、日本の市場の一部のようでないか。」 

 「それもこれも、アメリカのマーケットが、フリーだからである。」「牛肉・オレンジで、大騒ぎする国では、考えられないことである。」「この、貴方のものは私のものという、姿勢を改めない限り、」「日本は尊敬どころか、世界の爪弾きになってしまう。」

 アメリカの企業を、倒産させてしまうほどの輸出を、一気にやった日本のがめつさは、確かに指摘される通り、エコノミックアニマルの醜さだ。

 しかし私は、同時に氏が日本のマーケットでの、アメリカの製品、特に農産品や自衛隊の装備品、あるいは航空機についてのシェアーの大きさも語ってもらいたかった。確証はないが、米国からの輸出額を、日本製品の輸出額と比較したら、ここまで強気で攻撃できるのかと、疑問を持つ。

 さらに氏が、次のように主張を捻じ曲げていくことに、不快感を覚える。

 「いまアメリカが言いたいことは、日米どちらの経済政策が正しかったか、ということではない。」「かりにアメリカの、経済政策が誤っていたとしても、」「その誤りに乗じて儲けたのは、日本でなかったか。」「いまアメリカの感情を害するよりも、日本が今日あるのは、」「アメリカの軍事力に守られ、アメリカが、市場を開放してくれたお陰だ、」「という事実を、今一度思い起こし、その借りを返す時ではないかと、提案したいだけである。」

 語るに落ちるとはこのことだろう。米国の経済政策の誤りで、貿易赤字が増えたとしても、日本は我慢しろという、身勝手な言い分でないか。自分は日本人だと公言しながら、アメリカの代弁をする氏の言葉を、私も、もう少し忍耐をもって聞こう。氏の意見でなく、アメリカの政治家や経済人が、日本をどのように見ているかが、分かるからだ。

 「国際通の誉れ高い、ソニーの盛田氏が、」「アメリカも、譲歩を学ぶべきというのは、正論かもしれないが、」「盛田氏のアメリカでの苦労話は、すべて、儲けるための苦労ではなかったか。」「少なくとも、アメリカのように、世界の平和を守り、」「日本を守るための苦労では、なかったはずである。」

 こうして氏は、経済問題の中に、次元の異なる防衛問題を持ち出してくる。こうなると私の目には、中国や韓国と、アメリカの類似点が目立ってくる。居丈高な中国は、ふたこと目には「歴史問題」を持ち出し、日本を攻撃する。

 私から見れば、米中どちらが述べていることも、我田引水の屁理屈に過ぎない。防衛力のない日本を、軍事力で脅し、屈服させたがる論調が瓜二つだ。

 「だいたい白人社会のなかには、"利巧すぎる人種"に対する警戒感がある。」「そのいい例はユダヤ人である。」「ユダヤ人は教育熱心だし、また非常に優秀で、とくに、マスコミ、流通、教育、金融関係を支配している。」「そういう優秀な人種に対しては、尊敬と同時に、非常に警戒心も強い。」「いま日本人も、アジアの中のユダヤ人と、見られつつあることを指摘しておきたい。」

 そんな意見があるのなら、他人ごとのように「指摘しておきたい」と言わず、「誤解を解く努力をしたい」と、日本人なら言うのではないのか。だが、ちょっと待て。この調子で氏につき合っていたら、ブログが終われなくなってしまう。

 よくもまあ、こんな偽物の日本人が日本へ戻り、民主党の副委員長にまでなったものだ。蓮舫氏の二重国籍だって、意に介していない反日民主党のすることだから、仕方がないと諦めるしかないのか。

 だが、氏のような愛国心のない帰化人を、自民党の委員会の顧問に招聘した、石破氏には、疑問符がつく。

 次々と怒りがこみ上げ、健康に良くないので、次の言葉を引用して終わりとしたい。

 日米貿易摩擦と、何の関係もない話なのに、氏は性懲りも無く、こんな戯言を追加し、日本蔑視の言を重ねる。

 このブログが終わったら、岩国氏とは、二度とかかわりたくない。きっと叔父も我慢して読んだのだろうが、その無念を晴らす意味からでも、ここでケリをつけよう。

 「数年前、日本は、バングラディシュとともに、国連の安全保障理事会の、理事国に立候補した。」「結果は、バングラディシュの勝ち。」「バングラディシュといえば、日本が経済援助をしている国である。」

 「さらにその前、オリンピック開催地として名乗りを上げた名古屋は、韓国に負けた。」「ことほどさように、日本は、国際社会において人気がないのである。」「西ドイツのシュミット元首相は、口を開けば、」「日本には友人がいないでないかと、批判する。」「そろそろ日本も、考えていいのではないか。」

 反論したいことが山ほどあるが、キリがないから、ぐっと我慢する。我慢できない一部分だけ、少しだけもらそう。

「出雲市民も、知らなかったとはいえ、よくもこんな反日の人間を、市長に招聘しましたな。出雲大社の神主様に、お祓いでもお願いされたらいかがでしょう。」

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ウオール街発 新日本論

2016-10-27 19:45:45 | 徒然の記

 岩國哲人氏著「ウオール街発  新日本論」(昭和63年刊 講談社)、を読了。

 今から28年前の本だ。日本が経済大国としてのし上がり、金にあかせ、米国の企業や土地を買いまくった頃の著作である。バブル経済の破綻以後、四苦八苦している今の日本から見れば、「奢る平家は久からず、ただ春の夜の夢の如し。」の感がある。その得意の絶頂にあった頃の、日本への苦言だ。

  確かに、あの頃の日本人は、浮かれすぎだった。NHKの番組だったと思うが、日本経済成功の理由に関する、日本人と外国人の討論番組を見て、不愉快になった記憶がある。具体的な内容は忘れだか、得意そうに語る日本人が、鼻持ちならない高慢さだった、という印象が残っている。

 「このまま、貿易の不均衡を放置しておけば、世界経済にも深刻な影響を及ぼし、その先にあるのは、日本の孤立化である。」「日本の貿易活動は、アンフェアーである、」「日本の社会は、不透明で閉鎖的であるという、世界の批判を謙虚に受け止め、その要求を受けざるを得ない。」

 メリル・リンチ社の役員だった氏の言葉に、当時のマスコミ報道を重ねて思い出した。中曽根総理が、外国の製品をもっと買いましょうと、呼びかけているニュースだった。

 前書きの中で、更に氏が述べる。

 「世界が、日本を見捨てることはできても、日本が、世界を見捨てることはできない。」「戦後40年の日本の平和と繁栄が、アメリカの軍事力と、経済力に負っているという事実を、今一度思い起こしてほしい。」

 東京とニューヨークの往復をする、生活をしていた著者が見た、当時の日本だ。

 「いま、日本に求められていることは、経済大国として、国際社会の中で、新しいルールを模索するための、イニシァティブをとること、」「そしてリーダーとしての品格と、応分の負担である。」

 ここまで言われると、当時の日本が、現在の中国みたいな、自己中心的国家だったかと知らされる。つまりこの本は、身勝手な日本への批判書である。

 主な目次だけを拾ってみても、厳しい表題が付けられている。

「日本の政治の後進性」  「日本の官僚神話はもう通じない」

「日本の美徳は世界の悪徳」「世界の失笑を買う日本」

「醜い日本人」      「日本の常識は世界の非常識」・・。

 悪口雑言でないため、素直に読めたが、先の著作で、氏が帰化した在日と知っている私は、次の言葉に違和感を覚えた。

 「私は日本人である。が、いまは家族ともどもアメリカで暮らしている。」「そんな私にとって、日米摩擦は辛い事実であり、憂うべき事実である。」

 こうして氏は、私が知らなかった事実を教えてくれた。日本のマスコミが伝えなかった、恥じるべき日本人の姿だ。「醜い日本人」というタイトルの文章を、そっくりそのまま引用してみる。 

 「日本人の集団行動が、もつとも醜い姿をさらしたのが、レーガン叩きである。」「この記事は、1987(昭和62)年12月8日付の、ニューヨークタイムズである。」「農産物の自由化に反対する、北海道の農民が、よってたかってレーガンの藁人形を叩いている。」

 「アメリカの国旗が、地面に叩きつけられている。」「たとえ藁人形であろうと、自分の国を代表する大統領が、他国民にふくろ叩きにあっている写真を見て、快かろうはずがない。」

 「不敬な物言いかもしれないが、日本の天皇陛下が、同じことをされたら、日本人はどう思うか。」

 慰安婦問題に抗議する韓国人たちが、日本大使館前で、安倍総理の顔写真を叩き落とし、足蹴にし、日の丸を踏みにじる写真に、怒りが抑えられなかった私だ。似たような行為を、北海道の農民がしていたとは、知らなかった。日本の新聞もテレビも、こうした報道をしなかったのだろうか。もしそうなら、私同様、多くの国民がこの事実を知らなかったはずだ。

 この叙述は、二重の意味でショックだった。一つは、非難していた韓国と同じことを、日本人がしていたという発見。今一つは、マスコミが報道しないことは、たとえ事実でも国民には伝わらないという発見だ。

 韓国でも、マスコミは、自国に都合の悪い報道をしないと聞くので、案外一般の韓国人は、日本の大使館前で、同胞が醜い抗議をしていると知らないのでないか、ということだ。つまり国民は、マスコミが取捨選択した情報を通じてしか、世界が見られない。( 現在の日本での好例は、反日マスコミに支配された、沖縄がある。)

 先の書評で酷評した氏だが、この件については、日本人の醜さを認めたい。けれども、更に続く氏の言葉には、疑問を抱いた。氏の言葉が事実なのかどうか、自分でいつか確かめてみたいと思う。( 正直に言って、私には、日本を快く思わない在日だった氏への、偏見が捨てられない。)

 「私はこれを見て、少年の頃の記憶が蘇ってきた。」「それは、太平洋戦争のさなかであった。」「校門のところに、ルーズベルト大統領の藁人形があった。」「毎朝そこに先生が立っていて、登校してくる生徒一人ひとりに、」「竹槍で、その人形を突かせたものだった。」「いわゆる、鬼畜米英である。」

 信じられない思いがする。これまで、敗戦前後の本や回想記など、いろいろ読んでいるが、学校でこのようなことをしていたという話には、遭遇したことがない。こんな愚かしい行為があったのなら、左傾の平和主義者たちが、激しく非難し、反省を表明しているはずと考えるからだ。

 それとも、都合の悪いことはなんでも隠すと、日本人は、右も左も、あうんの呼吸で通じているのだろうか。昨今の左翼の反日・嫌日ぶりをみていると、とてもそう思えないから、私は現在のところ、この部分の叙述について、疑問を抱いたままだ。

 「欧米人が理解しかねる、日本人の行動様式の一つに、集団行動がある。」「とくに欧米のように、個人主義の高度に発達した社会では、」「日本人の集団行動は、異様に映る。」「異様というより警戒心、警戒心というより、恐怖心を呼び起こす。」「ましてそれが、神風特攻や、バンザイ突撃の国なら、なおさらである。」

 文章を読んでいると、氏自身が、日本人や日本に好感を持っていない印象の方が、深まってくる。次の叙述になると、日本人というより、米国人の意見そのものでしかない。

 「あれからもう、40年以上経っている。」「戦後の物資援助をはじめ、アメリカのフリーマーケットのおかげで、日本は経済大国と言われるまでになった。」「その間、人、物、金の、全般にわたって、日米交流が開始された。」

 「一言で言えば、日本は、たいへんアメリカのお世話になっているのである。」「それがなぜ今頃、レーガンの藁人形叩きを、しなければならないのか。」「集団心理というものは、怖いものである。」

 氏の意見には賛成する。敗戦後の日本は、米国の支援、援助のおかげで、経済の復興が果たせた。大統領の藁人形も、間違った行為だ。しかし氏が、日本人であるのなら、なぜ、手放しの米国礼賛だけで良しとするのだろうか。

 確かに日本は、米国のおかげで、経済大国になったが、他のアジア諸国で、米国から多大な支援を受けた国は、なかったのか。氏の母国である韓国が、手取り足取り同じ支援を受けながら、経済大国になれなかったのはなぜか。

 もしかすると、日本発展の陰には、他のアジア諸国以上の、日本人の汗と苦労もあったのではないか。

 米国は、米国なりの国益に沿い、属国としての日本を、育成してきた事実があることを氏は言及しない。米国の安全保障戦略の一環として、軍隊を駐留させ、憲法で日本を骨抜きにし、氏のような親米派の人間を、多数育てた事実も語らない。

 レーガン大統領の藁人形について恥じるとしても、一方的に批判されると、黙っておれなくなる。先日は著作を酷評したので、今度は意見を控えようと心がけたが、そうはならなかったようだ。きっと私は、家内が批判するように「心の狭い人間」なのだろう。

 それでも、心の狭い人間のまま、明日も岩国氏の書評を続けたいと思う。意に反し、他人の意見を賞めるのなら、私には、ブログを作る意味がなくなる。日本には、きっと心の広い人間がいて、私の偏見のブログでも、読んでくれるかもしれないと、その幸運を願うしかない。

 

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沖縄防衛局職員への集団暴行

2016-10-23 23:25:21 | 徒然の記

 何気なく目にした動画だった。最近は本を読む方に熱中し、ネットの動画にご無沙汰していた。しかし、この動画は酷かった。

 国有地に無断侵入し、違法テントを張り、国の工事を妨害している反対派へ、警告文を貼りに来た職員に対し、平和活動家と称する人間たちが、罵声を浴びせながら、引きずったり押さえつけたり、集団で暴行していた。

 無抵抗な職員たちが、彼らの暴力で小突き回され、力ずくで帽子を取られ、メガネを取られていた。「抗議しろ。」「取り囲め。」「お話し合いをするぞ。」「協議しよう。」「名前を言え。」「職場の名前を言え。」「職員か、アルバイトか。」

口々に罵りながら、無理に地面に座らせ、頭を押さえつけ、後ろから羽交い締めにし、自分たちが興奮させ、落ち着かなくさせているのに、「落ち着け。」「興奮するな。」などと勝手なことを言っている。

 職員が黙っていると、眼鏡やマスクや帽子を乱暴に外し、「こいつの顔を撮れ。」「写真を撮れ。」と仲間に指示し、職員が頭をさげると、「顔を上げんか、こりゃあ。」「悪いことしとるから、顔が上げられんのか。」と無理やり顔を正面に向け、「早う、写真とれ。」「こいつの顔をしっかり撮れ。」と叫んでいる。

 なぶられるままの若い職員を見ているうちに、私は怒りでいっぱいになった。職員は仕事だから、ここへ来ている。喜んで来るはずがないし、嫌な気持ちもあったろうに、仕事だからやって来た。その職員に対するこの集団暴行は、見るに堪えない醜さだった。

 しかも、現場には機動隊なのか、警官なのか、四、五名の制服の人間がいた。彼らはいったい何をしていたか。職員を助けるでもなく、暴徒を排除するでもなく、ときどき近ずいて声をかけることしかしない。沖縄は無法地帯だと、噂に聞いていたが、まさにその通りだった。

「日本は、法治国家でなかったのか。」「沖縄はいつから、日本でなくなったのか。」「被害者となっている、たった一人の職員すら、救えないのか。」・・・・・・・、怒りの涙がこみ上げてきた。

 もし自分が若い職員の父親だったら、集団暴行するこの偽物「平和運動家」どもを、許さない。動画の画面の一人一人を、個別に訪ねて勝負する。こやつらは集団でしか騒げない、卑怯者の集まりでしかない。警察も、政府も、何もしてくれないのなら、家族が立ち上がって復讐するしかない。この若者は他人でも、同じくらいの息子がいる私は、押さえつけられている職員が不憫でならなかった。いったい、こんなことがなぜ許されるのか。

 この狂気の集団のリーダーは、ネットの情報で分かったが、山城博治という人物だ。

パソコンで調べたら、次のように説明されていた。「昭和27年生まれ、64才。沖縄平和運動センター議長、社会運動家」 

沖縄県具志川市(現うるま市)の農家に生まれた。沖縄県立前原高等学校生徒会長を務め、アメリカ軍の事故や犯罪に抗議した。法政大学社会学部卒業。1982年沖縄県庁に入庁、駐留軍従業員対策事業、不発弾対策事業、税務などを担当した。

全日本自治団体労働組合加盟の沖縄県関係職員連合労働組合(自治労沖縄県職労)副委員長を経て、2004年より沖縄平和運動センター事務局長。辺野古新基地や東村高江ヘリパッドの建設反対運動などに取り組み、沖縄の平和運動の象徴的存在ともいわれる。

2008年、県庁を退職。2010年第22回参議院議員通常選挙沖縄県選挙区無所属社民党沖縄社会大衆党推薦で立候補、落選。2013年第23回参議院議員通常選挙比例区に社民党から名簿登載第2位で立候補、落選。」

 昨日の岩国氏にも驚いたが、なんとヤクザみたいな山城博治は、過去二回も社民党から出馬していたと知ったのも驚きだ。道理であの恥知らずの反日議員の福島瑞穂が、沖縄に来てこやつらの先頭に立って扇動していた訳か。これでは沖縄の住民が、最近になり、暴力集団の「平和運動」に眉をひそめだしたのも無理はない。

住民運動などと言いながら、参加者の半分は本土から来たプロ活動家と韓国人である。沖縄県議会で県警の説明では、そのプロ活動家の中には極左の過激派が含まれているという。ここまで分かっていながら、なんの手出しもできず、無法者を野放しにしているという理由が分からない。

「お前の顔は写真に撮ったぞ。」「お前も親も女房も、子供も、すぐに分かる。」「家まで街宣してやるぞ。」「沖縄に住めなくしてやるぞ。」「ぐるぐる巻きにして、殺すぞ。」「二度と来るな、小僧。」「今度来たら、こんなことではすまないぞ。」

 これが平和運動の議長と言われ、琉球新報と沖縄タイムズが英雄視する、山城博治の正体だ。本日私が目にした動画は、ネット上でいくらでも配信されているから、信じられない人は確認すれば良い。

こんな無法な英雄のだみ声に脅されたら、沖縄の一般市民はものが言えなくなる。活動への疑問すら、口に出せば何をされるのか分からない。警察だって、何もしてくれないのでは、家族が大事だからと、口をつぐむしかない沖縄の人々の実態を見た。オナガ知事や左翼たちが声高に叫ぶ民意とは、脅迫で作り出された民意だったかと、私はやっと理解した。

 平和活動と名がつけば、何をやつても許される社会をこのままにして良いはずがない。ヤクザが一般人を脅せば、言葉だけでも恐喝罪が成立するというのに、沖縄左翼の英雄は、脅しても、腕力で人を小突き回しても、首に手をかけて職員を引きずり倒しても、法の裁きはないのか。

 沖縄だけが原因だとは思わない。こんな無法地帯を放置している県や政府や、住民を踏みにじる社民党や共産党に問題がある。基地反対運動をするだけなら、それは構わないが、住民や役所の職員など、罪もない人間まで無法の地獄へ叩き込む、反日の左翼議員どもが許せない。だが、もっと許せないのは、自民党の政治家でないのか。情報を全て把握していながら、どうして動かないのか。こんな時に毅然たる指導力を発揮せずして、中国や北朝鮮に立ち向かえる日本にできる、はずがない。

 沖縄のやくざ「平和団体」は、腕力と言葉の暴力で騒ぎを起こしているが、ならずもの国家の中国や北朝鮮は、正真正銘の武力を持っている。沖縄の暴徒すら抑えられなくて、隣国の恫喝がどうして跳ね返せるのか。今宵こそ、自民党の政治家に、問うてみたい。 

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男が決断する時 - 2

2016-10-22 07:49:05 | 徒然の記

 「他の国にとって、国というものは、必要とあらば武力で守らなければならないというのがコンセプトであり、現在でもその姿勢は一貫している。」「そのコンセプトから外れたのが、世界の中で日本だけだといっていいだろう。」

 93ページのところで岩國氏の主張を読み、ますます好感が強まった。「現在日本には自衛隊というものが存在している。」「自衛隊の問題は、平和憲法の下で常に鬼っ子のような形で扱われてきた。」「自衛隊の存在意義を、きちんと国民が認識するようにもっていかなくてはならない。」「自分たちの国をどのように防衛するのかという、最低限の防衛体制は維持しておかなくてならない。」

「たとえ票に結びつかなかったり、むしろ票を失うことになっても、政治家は防衛につき責任をもって発言し、世論をリードしていかなくてならない。」

帰化人と知る以前の自分は、氏の意見を正論とみなし、次のように奇妙に変化する論調にもさして疑問を抱かなかった。

「国内に米軍の基地があるのは、米国の兵隊が自分たちと同じ国土に住んでいることによって、安全性が増している側面があるのではないかと、そんな考え方をすべきでないかと思っている。」「国内に基地がなかったら、万一日本が攻撃されるようなことが起こっても、アメリカが本気になって、日本を援助しないかもしれない。」「だから日本は、自国の防衛のため、当然基地も提供すべきでないか。」

 振り返って読めば、とんでもない意見だ。日本を大切に思う保守政治家なら、自国防衛のために憲法を改正し、外国に頼らない日本に戻すべきと考えるのが筋だ。それなのに氏の思考は、見事なまでに屈折していく。

「日本は米軍基地の費用を、積極的に負担すべきであろう。」「原則的に費用は日本が負担し、一部をアメリカが負担するくらいにしていいのではないだろうか。」「なぜなら日本の軍事費は、かなり膨大なもので、これ以上増やすとアジア諸国からの警戒心がますます強まっていくことになるだろう。」

 冷静になり、再度読み返していくと、とんでもない意見を吐く氏を発見する。反日の人間であるだけでなく、氏は既に米国人の立場で語っており、親米派というより、米国に心酔した眉米派と言っておかしくない。次の意見になると、頭が狂っているとしか言いようのない自衛隊論だ。

「日本の自衛隊についても、今は人材が不足していると言われている。」「企業も人手不足と言われている時代に、自衛隊員を集めるのはやはり相当の困難がある。」「話が飛躍すると取られるかもしれないが、将来的にはアジアの国の人たちにも、自衛隊に入ってもらうことも考えられないだろうか。」

「自衛隊というものが、日本を守るだけでなく、アジア諸国を守るという立場に立つわけである。」「いろいろな国の人が加わることで、日本がアジア諸国を侵略することができなくなるし、攻撃することも出来なくなる。」「他国と共同防衛することで、戦争をできにくくするというのが、本当の安全保障になるのではなかろうか。」

 東大生は成績優秀だが、凡人でも有している世間知の欠如する人間が混じっている。官僚に多く見られるが、氏もまた、間違いなく世間の知恵が備わっていない馬鹿者の一人だ。アジア諸国には、中国や韓国・北朝鮮のように、日本を敵対視し憎悪してやまない国がある。そんな国の人間まで自衛隊に入れたら、軍の機密も守れなくなり、国防だって出来ない。いったいどんな歴史観を持つ人物なのか、のっけから氏は日本をアジアの侵略国家と決めつけている。君の頭からは、軍事力でアジアの平和を乱している中国や北朝鮮のことは消えているのか・・・・と、どうしたって言いたくなる。

 アメリカべったりの思考を持ち、中国、韓国・北朝鮮に寄り添う歴史観を持ってる氏だと、やっと分かった。日本人の魂などどこにも有りはしない、「なりすましの日本人」だった。これでは、民進党に参加して当然だ。親米派でも、中国、韓国には反対だという政治家は多いが、親米であると同時に、眉中・眉韓という人間は、どうにもならないクズだ。このような人物が米国で日本批判をすると、米国人が本気でそれを信じてしまう。敗戦後には、こんな日本人が粗製乱造され、現在でも日本を貶めているが、氏も間違いなくその仲間だ。

 とんでもない氏の「たわごと」が、さらに続く。

「欧州共同防衛のためのNATOなどが、まさにそういった形で、いろいろな国の人間が集まった軍隊であり、実際に、ある国が他国を侵略するということができなくなっている。」「つまり、NATOのアジア版を作るという発想である。」

おいおい、オッさん気は確かかと、頭から水をかけてやりたくなる。東大卒の鳩山元総理も、いい加減常識の欠けた政治家だったが、氏も同じ東大卒で、負けず劣らずの愚者だった。NATOに参加している諸国は、それぞれの母国で独自の軍隊を持ち、しっかり祖国防衛を整えた上での話だと、こんな基本知識もないのだから、何が国際的知識人かと写真の顔でも見たくなくなる。

 ましてNATO諸国は、価値観を共有する民主主義国だ。国民の人権を無視し、言論を封殺し、暴力で庶民を弾圧するようなおかしな国はメンバーになっていない。そんなことも考慮に入れず、得々として語る氏は、さすがに民進党でなければ相手にされまい。この党には、現実を無視した空想を語り、国民を惑わせる詐欺師みたいな人間が沢山集まっている。

 日本が国際化するために、アジア各国からどんどん移民を受け入れるべきだとか、日本人はもっと自己の信念を持つべきだとか、歴史観を身につけるべしとか、氏の「寝言」がまだ続くが、引用するのさえ馬鹿馬鹿しくなってきた。

 最後に、私のブログを読んで下さった、辛抱強い皆さんへ、氏の正体を示す二つの事例を紹介して終わりとしたい。一つは、氏が韓国を訪問した際、韓国の若者へ語った言葉だ。そして今一つは、ネットで紹介されていた「岩国氏への賞賛記事」だ。(私はこれで、氏がなりすましの日本人であることを確信した。)

 その1. 「国連の事務総長は韓国人の潘基文さんだし、世界銀行の総裁も韓国人の金墉(ギムヨン)さんだ。日本は韓国より大きい国だが、世界の金融と政治のトップの座を占めているのは韓国人だ。国際社会から韓国が認められている証拠でもある。日本は今迄これらのポストを得る為に努力したが、得られなかった。韓国人は良く勉強し人の為に尽くしたので、近代化にも成功した。更に、GDP第二位と第三位の経済大国に囲まれている韓国は非常にラッキーだ。」

   その2. 「岩国氏の成功事例は、たった1人のリーダーが世界をどれほど変えられるかをよく見せてくれる。出雲市長を経た後、氏は4選の衆議院議員として政治改革にも積極的に取り組んだ。そして、民主党副代表のときに54年ぶりに自民党から民主党に政権交代が確実な状況の中で、政界引退を宣言して「世代交代」の先頭に立った。岩国氏はセハン日報創刊13周年記念の「大韓民国を輝かせた偉大な人物」大賞受賞者に選ばれ、5月31日午後3時30分、韓国・国会憲政記念館で授賞式が行われる。」

 

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男が決断する時

2016-10-21 14:24:44 | 徒然の記

 岩國哲人氏著「男が決断する時」(平成2年刊 PHP研究所)、を読了。

 同じ著者の本を、叔父が二冊も買っている。もう一冊はこれから読むが、「ウォール街発 新日本論」(昭和63年刊 講談社)だ。

 私に馴染みのない人物の書を、なぜ叔父が二冊もと、最初は首をかしげたが、著者の略歴を見て納得した。今後のことがあるので、長いプロフィールだがそのまま引用する。

 「昭和11年、大阪に生まれ、6歳の時に父を亡くし、」「小学二年生の時、戦火を避け、母の郷里の島根県に帰る。」「湖陵中学校、出雲高校を経て、東京大学法学部を卒業。日興証券に入社した。」

 「銀座支店長への栄転の辞令を、娘の教育のため返上し退職。」「その後、米国投資銀行モルガン・スタンレー 社を経て、」「世界最大の証券会社、メリル・リンチ社へ転職。」「昭和61年に、本社副社長に就任、」

 「昭和63年に、郷里出雲市の市長選挙への、熱心な出馬要請に応えて、同社を退職。」「昭和64年、出雲市長に就任。現在米国のバージニア大学の客員教授。」「我が国を代表する、国際的経済人である。」

 亡くなった叔父は、出雲人でもある岩国氏のことを知るため、二冊も著作を購入した。おかげで私も、この人物の姿を、実像として心に刻むことができた。本の感想を一言で云えば、「上品な語り口の自慢話」だ。

 豊かな家庭ではなかったが、優秀な少年だった彼は、努力すれば何でも手に入れられる順風満帆の人生を歩み、家族にも友人にも、会社にも恵まれ、誰からも好感を持たれるエリートだった。

 イギリス勤務だった時、幼い娘たちの教育のため、栄転の国内勤務辞令を断って、辞職した。氏の言葉によれば、ロンドンの業界紙は、娘たちの教育のためにした、「勇気ある決断」という記事まで出したという。

 これが本の表題となっている、「男の決断」の一つで、残る一つが、「出雲市長選のためにした、メリル・リンチ社の退職」である。これも氏の著書によると、マスコミ各社が「一億円の年収を捨てた男」と書いたとのこと。ちなみに、当時の出雲市長の年収は、一千万円前後だったらしい。

 踏ん反り返った人物の自慢話は、鼻持ちならないが、淡々と語る氏の言葉は、分かりやすさも手伝い、自然な気持ちで読めた。昨日まで手にしていた黄氏の著作に比べると、とても読みやすく、一日で読了した。深刻な話、人間不信の話、会社との葛藤など、そうしたややこしいものが何もない。最初から最後まで、穏やかな語り口の、「優等生の人生」の話だ。

 だから本の中の、一章から六章に渡るタイトルだけを並べると、どんな内容なのかすぐに思い出せる。自分の半生の自慢話をしているのだが、紳士が語ればこんな風になるのかと、感心させられた。私が真似たら、1ページも進まぬ内に、読者から軽蔑されるのが落ちだろう。参考のため、タイトルだけをランダムに書き抜いてみよう。

「市長になる条件を、一つも満たしていなかった私」

「私の選挙活動」「日興証券を辞める。」「辞めた後でもいい関係」

「上司と部下をどう使うか」「人の出会いと名刺」「自国の欠点を聞く耳を持ちたい」 

「日本の教育、アメリカの教育」「小学校時代の思い出」「私の受験時代」

「東京大学時代の思い出」・・。

 こんなことをしていたら切りがないので、結論を言おう。

 氏の著作には、悪人が出てこないし、誠実な人間が沢山登場するから、読者は怒ったり嘆いたりしなくて済む。精神衛生上からも、無害な本だといえる。日本のODAに関する辛口の批評だって、そうだったのかと納得させられる。

 「国際協調ということで、日本はバラマキ外交を行い、発展途上国に、」「金の援助を行っているが、金だけの援助が、果たして効果的なのかどうか、非常に疑問である。」「その国の有力者が、援助資金を私物化してしまうことが、しばしばあり、」「このことは、マルコス時代のフィリピンでも明らかである。」

 「今の日本の援助は、金だけばら撒いて、結局その金を、」「ブーメランのように、日本企業に取り込んでいるだけだったり、」「その国の指導者層を富ませるだけで、庶民には、何のメリットももたらさず、」「返って日本に対する反感を、増幅させるだけに終わっているのが、現状である。」

 氏の指摘する通りであるらしく、腐敗した途上国の支配層の懐を肥やし、日本企業の収益となり、ついでに口利きをした日本の政治家にも還流したと、何かの本で読んだことがある。

 フイリピンだけでなく、インドネシア、タイ、マレーシア、韓国、エジプト、イラン等々へばら撒かれ、昭和57年に入ると中国が対象国に入ってくる。ほとんどの国が日本に感謝していないと聞いているが、昨今の、中国や韓国による日本への罵倒ぶりを見れば、氏の言葉にうなづかされる。

 どうやら読書について、私は運に恵まれない人間なのか、氏への好感と敬意がここまでで終わった。本に書かれたプロフィールに満足せず、ネットの情報を確認し、失意の底に蹴落とされた。余計なことをしなければよかったと、一途な探究心を持つ自分を、いささか後悔する。

 出雲市長退任後の氏が、何をしたのか、何とも不思議な足跡を残している。平成8年の衆議院選挙に新進党から立候補して当選し、平成12年の衆議院選挙では、なんと民主党から立候補して当選している。

 自民党から議員になり、金権腐敗体質でも変革してくれるのかと思っていたら、反日・売国の政党の議員だ。平成18年には、民主党の国際局長に収まっている。氏が辿った政党の遍歴は、新進党 --> 太陽の党 -->民政党- ->民主党、そしてまあ、なんと節操のないこと、平成22年には石破氏に請われ、自民党の政務調査会の顧問に就任している。

 国際的金融知識が求められたらしいが、受諾した氏も氏だが、依頼した石破氏も、お粗末極まる。このような石破氏が、安倍氏氏の後継者の一人だというのだから、保守自民党の再建もあまり期待できない。

 石破氏のことがメインでないから、話を元に戻すが、岩国氏は民主党の議員になって正体を現し、日朝国交正常化議員連盟の副会長になり、朝鮮半島問題研究会の会長になり、夫婦別姓制度、外国人参政権に賛成する議員の仲間となっている。

 もっと驚いたのは、ネットの情報で「帰化した在日議員」の中に、小沢一郎、中山正春、横路孝弘、赤松広隆、岡崎トミ子の各氏に混じって、氏の名前があったことだ。

 思い返してみると、あれだけ詳しく述べられていた氏のプロフィールの中で、父親についての説明があまりに少なかった。

 「6歳の時に父を亡くし、小学二年生の時戦火を避け、母の郷里の島根県に帰る。」

 この一行の中のたった10文字だ。これが大阪での話だとすれば、氏の父親は、不法滞在の韓国人か、北朝鮮人だったことになる。議員なって以来、朝鮮関係の議員連盟で、要職に就いている意味がうなづけてくる。

 そしてさらに脅かされたのが、次のネット情報だ。あまりに酷いので、真偽のほどに自信が持てないから、参考として引用するだけにしておくが、事実なら許せない話でないか。 

 「 メリル・リンチ副社長と、バージニア大客員教授は、経歴詐称。 メリル・リンチ本社の副社長に、未だかつて日本人が就任したことなし。」 

 「孫会社の、メリルリンチ投資銀行に、バイスプレジデント(副部長) に岩國氏の名前あり、日本で言う、取締役副社長とは全く違う。」「 本物の副社長なら、前にエグゼクテキブ、もしくは、ディレクターが付く。」 「バージニア大学に、元々客員教授と言う肩書きなし。」 

  こうなってくると氏は、私が嫌悪してやまない、「獅子身中の虫・駆除すべき害虫」となる。すでに読み終えた氏の本についても、新たな怒りがこみ上げ、「精神上からも、無害な本だ。」と言った感想を、即刻取り消し、黄氏に負けないくらいの批判がしたくなった。

 ブログが既に長くなっているから、今日はここで中断しよう。今から昼食を摂り、天気が良いので、久しぶりに家の掃除をする予定だ。早朝にバードバスの掃除をし、庭木の水やりもした。明るく楽しい一日となりそうだったのに、ちょいと出来心を起こし、ネットの情報を確認したのが間違いだった。

 それにしても、こんな酷い話があって良いものだろうか。「立派な紳士」から「獅子身中の虫」へと、半日の間に変貌する人物がいるなんて・・。

 落胆と失望と怒りと、驚きと、こんなややこしい精神の状態でも、私は明日のブログに挑戦する。というより、そうせずにおれない。氏にたぶらかされた私のような、お人好しの日本人たちに向かい、「騙されるな、騙されるな。」と、警告を発したい。

 一人でも、この日本から、「お花畑の住民」が減っていくことを祈りたい。

 

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中国こそ日本に謝罪すべき9つの理由 - 6 ( 黄氏の「たわ言集」 )

2016-10-19 21:45:22 | 徒然の記

  本日はのっけから、黄氏の意見を書き抜くこととする。

 「中国とは、徹底的な人間不信の社会である。」「赤の他人だけでなく、友人、同志、親類、夫婦にいたるまで、」「すべてが、信用できない存在であるだけでなく、潜在的な敵である。」

 「中国では、良心のある者は、社会で孤立するとの諺があり、」「家を出なくても、あたりは、敵だらけなのである。」

 「人間不信の学としての、韓非子は、マキアベリの君主論より、」「千年以上前に、世に出た不朽の大著である。」「これが今でも、中国人に感動をもって愛読され、出仕や出世の指針の書として、もてはやされ、」「官学の聖典にもなっているのは、食うか食われるかの生存競争が激しい、」「人間不信社会ならでは、のことだ。」

 「中国では、すべてがウソ。」「ウソでないのは、詐欺師だけと嘆いたのは、元総理の朱鎔基だったが、」「人間不信社会ゆえに、詐欺が横行し、偽物が氾濫し、」「もはやどうしようもない状況だ。」

 「中国の歴史観は、さすがに政治の道具というだけあり、」「歪曲と捏造に、満ちたものである。」「この国は有史以来、経典の偽作を伝統とし、偽史、偽書、偽経で、溢れている。」「そのため偽物を見破るための、弁偽学が発達した。」

 「日本では古来、中国史研究が行われてきたが、その入門書というべき、」「弁偽学の書だけがなかったため、根が善良な日本人は、」「中国史のウソを見破る、という発想を持てないできた。」「張心淑の『偽史通考』などは、千四百点もの古典の真偽を考証した、『弁偽学集大成の書』と目されている。」

 「日本人には、中国は歴史を大切にする国だと、敬意を表する人が多いが、」「中国はもともと、歴史は捏造するものと、考えている国なのだ。」

 「一言で言って、中国人は〈詐〉の民族である。」「公を忘れて、私に走る、実に理解しやすい民族性である。」「誰にでも、わかりやすく説明するなら、中国人はヤクザと同じで、」「いざ相手に弱みがあれば、とことんまでそれに食らいつき、」「ゆすりたかりをやめない。」

 「恥は知らないが、強者としての誇りだけはある。」「たとえ自分が、強者でないことが明らかになっても、ハッタリだけは忘れない。」

 「日本が、外交でなかなか中国に勝てないのは、民族性の違いもあるが、」「外交官の育ってきた、環境の差もある。」

 「日本の外交官は、エリートコースを歩み、平和な社会で育ち、」「国家意識も闘争心も未熟な、いわばお坊ちゃんだが、中国の外交官は、」「厳しい権力闘争と、生存闘争を切り抜けてきた、海千山千の、」「一流のヤクザであって、勝敗は最初から決まっている、ようなものだ。」

  「中国は、アメリカをはじめ、ドイツやその他西欧諸国に対し、」「日本にするような、恫喝はしていない。」「中国が日本の政府、企業、私人に対してまでも、」「干渉を執拗に繰り返すのは、戦後日本人の、弱みにつけ込んでいるからだ。」

 「ヤクザの体質を知っている人なら、理解できるが、反撃できない大人しい相手に対し、」「とことん、際限なくつきまとい、脅迫し、利益を引き出そうとするのが、」「易姓革命国家の、ヤクザ体質の特徴である。」

 「ニセモノなら、なんでも揃っているというのが、今の中国だ。」「ニセモノによる荒稼ぎは、この国の軍拡、軍事恫喝とリンクされた、世界戦略なのだ。」

 「私人や、国営企業だけの問題ではない。むしろ公然たる国家犯罪である。」「中国製の有害、有毒の食品・薬品が世界に出回り、人々の健康や生命の脅威になっている。」

 「さらには、偽造パスポート、偽装結婚、偽造カード、偽造証明書は、」「中国人の海外渡航の、道具となっており、」「各国の治安に、多大な不安を与えている。」「もともと、他者を欺く戦乱思考の、民族的性格が生んだ、中国人の詐術だが、」「目下これが、世界を混乱させるため、大々的に行使されているのである。」

 「日本において、最も深刻な被害を及ぼしているのが、中国のエージェントである、日本の学者やジャーナリストが流布する、中国のニセ情報だ。」「彼らは、中国で捏造された、正しい歴史認識の、押しつけをする。」

 「王夫之、呂留良、曽静のような、漢族優越主義の儒学者は、」「夷狄を禽獣とみなし、信義は人が人に対して持つものであり、禽獣に施してはならない。」「中国の四方は、すべて禽獣の地であり、禽獣は斬り殺すべきであって、」「寛恕してはならないなどと、ヒトラーのゲルマン民族優位論以上の、」「激烈な人種差別論を説いていた。」「これが後の、漢民族による辛亥革命に大きな影響を与えたが、」「人格や人権、あるいは人間の尊厳について述べた学者は、皆無に近かった。」

 「中国という国家が、国際社会で、不興を買っている自己中心主義も、」「大国主義も、すべて中華思想からくるものである。」「中華思想の、唯我独尊的な世界中心主義は、強国主義、大国主義となって現れ、」「軍事恫喝を背景に、まさに、今ある世界秩序に挑戦しようとしている。」

 「中国の13億の民の中で、どれだけの人間が、世界への貢献を考えているのだろうか。」「八億以上の農民は、九十苦にあえいで、自分さえ守れない状態だ。」「一千万人もいるプロの強盗団や、二千万人もの黒道分子(ヤクザ)は、犯罪の企みしか持っていないし、」「文化人は、政府に阿諛迎合することに余念がない。」「そもそも中国人の念頭に、天下国家はなく、社会や世界に貢献することなど、思いも及ばない。」

 「このような国が、超大国として台頭し、世界に影響力を行使しようと躍起になっていることを、」「世界は、警戒しなくてはならない。」「これは、人類に対する大罪である。中国の勢力の及ぶところ、人類の社会秩序は、崩壊していく。」

 「中国は二千余年来、覇道を否定する王道を、政治理念に掲げてきた。」「実際それを本当に追い続けて来たかは、別にしても、少なくとも、そう口にしてきたのではなかったろうか。」

 「ところがその目的が達成されると、今度は自分が、覇権主義的な振る舞いを始めた。」「仮に日本が、中国と同じような振る舞いに出たら、中国はいったいどうするのだろうか。」

 「中国政府からすれば、国外での中国人の犯罪者など、13億の人口の中では、微々たる存在だと考えている。」「たとえ日本で、中国人の犯罪が、年間一万件を突破しても、あるいは兇悪犯罪のほとんどが、」「中国人の手によるものであっても、決して深刻には捉えていない。」「13億の人口の中では、微々たる数だと考えているからだ。」

  ここまで引用しても、氏の悪口雑言は、まだ三分の一に達していない。しかしもう、これ以上続けるのが嫌になった。こんなことを続けていたら、自己嫌悪に陥ってしまう。

 こうしてみると、著作一冊を、まるまる中国への悪口でいっぱいにした、黄氏の精神力というか、根性と言うのかは、大したものだ。中国人に負けない強靭さと、したたかさがある。

 私も潔さを好む日本人の端くれだから、醜い攻撃の連続が、肌に合わないのだろうか。氏が言うほど、日本人は立派でもないし、碌でもない犯罪者だって沢山いる気がする。

 何を間違ったかこの私を、立派で高潔で、優しく親切だと、むやみに褒める人もいるが、一方では、小心者とか八方美人だとか、卑しいとか、やたら貶す人間もいる。市井の片隅にいる、名もない庶民の自分でさえ、こんな批評をされるのだから、中国という大きな国が、褒められたり貶されたりするのは、何の不思議もない。

 黄氏の言葉は言葉として、参考にすれば良い話で、押し頂き有り難がるものでもない。ただ私は、氏の次の言葉だけは、とても気に入っている。一連のブログの終わりを飾る付録のつもりで、引用したい。読んでくれた息子や孫への、「おまけ」みたいなものだ。

 「日本で最も偽善的な人間、あるいは団体はと問われれば、」「私は、ためらわずに、平和運動家だと答える。」「日本の平和運動ほど、偽善、愚妹、詐欺に満ちたものはないからだ。」

 「戦後日本が平和でこれたのは、平和憲法があるからだと彼らは主張する。平和憲法にそれほどの神通力があるのなら、」「中国の脅威にさらされている国など、とうの昔に平和憲法を導入している。」「世界の弱小国は、競って平和憲法を作っているはずだ。」

 「日本がチベットのようにならなかったのは、平和運動家が、平和の敵として最も憎み、反対してやまない、日米安保条約があったからだということは、今日では、世界の常識になっている。」

 

  こんなに沢山のことを教えてくれた、黄氏に感謝し、この本を残してくれた叔父に感謝する。疲れたけれど、庭仕事の後の疲れにも似た、充実した疲労感だ。もし私のブログを、最後まで読んでくれた人がいるとしたら、その方たちにも感謝しなくてならない。少し早いけれど、今夜はもう寝るとしよう。

 お休みなさい、中国の皆さんと、なぜかそんな声もかけたくなる今宵だ。

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中国こそ日本に謝罪すべき9つの理由 - 5 ( 中国の「たわ言集」 )

2016-10-18 15:08:10 | 徒然の記

 まともに読んでいると疲れる本だが、余裕をもって読むと、吹き出さずにおれない叙述がある。

 もし自分の息子や孫が、ブログを読む日が来るとしたら、中国の主張がいかに「荒唐無稽なたわごと」なのか、シッカリと証拠を残して置きたい。

 今日は気持ちを入れ替え、ブログの副題を「中国のたわごと」と決めた。氏の著作の中から、「たわごと」だけを集め、書き抜いてみた。そうするとけっこう面白い中国が見える。前回でも述べたが、その最たるものが、毛沢東と鄧小平の言葉だ。

  [ 毛沢東  ]

  「なにも謝ることはない。日本軍国主義は、中国に、大きな利益をもたらしてくれた。」「お陰で、中国人民は権力を奪取できた。日本軍なしでは出来なかった。」

 [  鄧小平 ]

 「日本は、中国を助けた。」「日本が、蒋介石を重慶まで押し下げてくれたので、われわれは、日本軍の占領地域の後方に広がった。」「日本だけを責めるのは、不公平だと思う。」

   [  梁漱溟  ] (かっての中国での代表的文化人)

  「ヨーロッパは、二千余年前の中国と同じく、天下は分裂して、覇権争いが行われている。」「しかし中国では、秦の始皇帝の統一以来、たまに天下大乱はあったものの、」「二千年以上にわたって統一されている。」「だから中国は、精神文明の面ではヨーロッパより進んでいる。」
 
 「中国はすでに一つになっているから、チベット人も、モンゴル人もウィグル人も、みな中華民族だ。」「朝鮮人もベトナム人も、その祖先は中国人である以上、」「民族意識を捨て、中華民族の一員になれば良い。」
 
 「日本は秦の始皇帝が、不老長寿の薬を求めるため派遣した、徐福が建国した国であり、」「そのとき連れて行った、五百人の男女が日本人の祖先になった。」(現在でも庶民に受け継がれている俗説。)

 「四十余倍の土地、三倍の人口をもったロシア、しかも地の利があったロシアを、小国日本が破った。」「白色人種は強く、黄色人種は弱いとする、従来の考え方は、」「ことごとく破綻し、すべてわれら黄色人種は、」「これにより、大いに奮起しなければならない。」「中国の前途は有望である。」(日露戦争当時の清国の雑誌記事)

 [ 江沢民   ] (毛沢東と鄧小平の発言をひっくり返し、二人を嘘つきにした江沢民の大嘘。)

  「日本が過去について、正しい歴史認識を持たない限り、将来を語ることはできない。」「アジア最大の脅威は、日本だ。」「世界最大の、潜在的核保有国の日本は、すぐにでも、五万発の核爆弾を生産できる能力を、持っている。」
 
 「日本は軍隊を有する国でないが、国家自体が軍隊だ。」「日本人は、新大東亜共栄圏を構築しようとしている。」
 
 「中国は、永遠に世界平和を建設する国家だ。」「気をつけろ。日本は再び中国を侵略しようとしている。」「中国は警告する !  軍国主義は、日本の破滅への道だ。」「靖国神社は、軍国主義招魂の施設だ。」
 
  [ 中国国内の、日中友好関係者  ]
 
 「日本は、中国文化の恩恵を受けた以上、」「中国人が、日本のブランド商品をコピーしたからといって、騒いではならない。」

  [  古来の半人半獣の夷狄観からくる、中国内の俗説  ]

  「日本人は、好んで人肉を食らい、姥捨の習慣がある。」「男女混浴や、男女乱交などの動物性をもっており、」「刺身を食らう習慣などは、未開の野蛮性の証拠だ。」

 「日本は本質的には、天皇を首領とする原始部落で、人間は猿かアリのように没個性であり、その残忍性は、祖先である狼の血を引いている。」

 [  江沢民政権当時の、雑誌記事  ]

  「日本を消滅させない限り、世界平和は到来しない。」「日本人は、地球上で最も偽善的で、無知な動物であり、」「ハエより気持ち悪く、毒蛇以上の猛毒を持っている。」
 
 「抹殺しない限り、永遠に世界の平和はない。」 「中国は、恵んでやる国であって、恵みを受ける国ではない。」
 
   [  江沢民政権当時の、一部指導層の発言  ] (一般国民は、日本の援助をまったく知らされていない。)
 
 「ODAなど、中国が受けた損害に比べれば、微々たるものだ。」「どうせ中国から、略奪した金だ。」
 
 未だあるけれど、ここいらで止めよう。ここまで荒唐無稽な意見を並べられると、怒りを飛び越して、呆れはてる。
 
 「古来の半人半獣の夷狄観からくる俗説」とは、中国人(漢民族)以外は獣だとする、中華思想から来るもので、 無知蒙昧の中国人民が、ずっと信じてきた思考だ。こんなことを信じている国と、どうしてまともなつき合いができるのか。反日・眉中の政治家や、文化人たちに聞いてみたいものだ。
 
 中国も最近では、教育に力を入れているらしいので、馬鹿な俗説を信じる人間も減っていると思うが、江沢民以来の反日教育で、「おかしな話」を、疑わない国民が増えたと知れば、今もこんなものと考える方が妥当でなかろうか。
 
 「神州不滅」とか、「世界一の大和民族」とか、「世界に冠たる日本」とか、頑迷な保守が主張しているが、それでもこの中国の凄まじいまでの敵愾心や、侮蔑の言辞に比べれば、なんと慎ましい控えめさかと思ってしまう。
 
  私には滑稽でしかない「中国のたわごと」だが、他の人々はどんな思いで彼らの「たわごと」を聞くのやら。知るすべもないが、知りたいものだ。
 
 本日はこれまでとし、明日は「黄氏のたわごと」という副題にして、中国嫌いの氏の悪口を集めてみたい。それまでしたら、自分の気持ちの整理がつきそうだし、叔父への感謝にも、一区切りがつきそうな気がする。
 
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中国こそ日本に謝罪すべき9つの理由 - 4 ( 中国の属国 ? )

2016-10-17 12:39:01 | 徒然の記

 靖国参拝、教科書問題、日本国憲法、慰安婦問題、南京問題、尖閣問題等々、ありとあらゆることについて、中国が干渉してくる。

 黄氏はこれを差して、「中国による日本への指導・監督」と表現し、「日本はすでに中国の属国」になっていると言う。

 敗戦後の日本が、アメリカの属国になっていることにつき、私はそれを実感し、苦々しく思うが、「中国の属国」という認識はなかった。世界ではそういう見方もされるのかと、情けなく感じつつ氏の本を読み進むうちに、納得せざるを得ない事実を、突きつけられた。

 「中国が、日本の隅々にまで指導・監督を行えるのは、」「日本国内の反日日本人が、中国に注進をしたり、呼応をしているからだ。」「ロシア革命が成功すると、ソ連は、共産主義者の理想の祖国となった。」「第二次世界対戦後の世界は、社会主義か資本主義かで二分されるに至った。」

 「このころ、日本の知識人たちは、八紘一宇の夢を打ち砕かれた喪失感や、」「戦争協力の過去を打ち消すため、戦争に反対したアリバイ作りをするため、」「多くは共産主義に、新たな夢を託し、心酔した。」「かくして、戦後型進歩的文化人が大量発生し、学界、言論界、教育界を占拠したのである。」

 氏の指摘に対し、一言の反論もない。日々の闘いはその彼らとのもので、私は彼らを「獅子身中の虫・駆除すべき害虫」と呼んでいる。

 筆頭が朝日新聞であり、NHKであり、東京大学であり、日本弁護士協会、日教組だ。政党で言えば、共産党、民進党、あるいはもう名前すら覚えられない、反日の弱小野党だ。

 「彼らが求めた進歩と 発展は、たいてい、世界革命や 人類解放だった。」「毛沢東は彼らに対し、社会主義の第一革命は、ロシア革命、第二革命は中国革命、」「第三革命は日本革命であると、定義し、革命を鼓舞した。」

 「日本の進歩的知識人は、それに呼応すべく、ソ連、中国、北朝鮮の指導下に馳せ参じ、」「日本列島で、世界革命、人類解放の嵐を巻き起こした。」「中でもその中心的役割を果たしたのが、労働運動であり、学生運動であり、そしてほとんどのマスメディアだった。」

 「反日日本人は、政治や経済までは、支配できなかったものの、」「市民運動と平和運動で、大きな社会勢力を形成し、」「教育界、言論界、マスコミを牛耳るようになった。」

 「そしてもっぱら、日本叩きを自らの使命とし、中国や韓国、北朝鮮などの反日国家に呼応しながら、」「執拗に蠢動し続けている。」「彼らは中国などから、良識的日本人としてもてはやされ、英雄視もされている。」

 「もちろんそれは、敵の敵は友、の論理からくるもので、実際には、」「外国に投降するような、これらの日本人を、彼らは内心で軽蔑しているのであるが、」「こうした民族主義的意識を理解できない、愚かな日本人たちは、」「そのようなことにも気づかない。」

 ここまで言われると、同じ日本人として恥ずかしくなり、うなだれるしかできない。ここまで遠慮なく言われると、黄氏がたんなる日本礼賛者なく、日本人に媚びている人間でもないことが分かる。自分にとっては胸糞の悪い意見だが、すべてが事実なので納得するしかない。

 「こうした、英雄扱いのおだてに調子づき、彼らは南京虐殺や、慰安婦問題の研究などの反日ネタを、競って中・韓に売り込んでいる。」「日本の教育界、ことに小、中、高の教育は、革命的教員組合である、日教組や高教祖によって牛耳られ、」「伝統的文化破壊、反日反米、反戦平和の洗脳教育が実施された。」

 「戦争体験のない世代に限って、戦争という言葉を聞くだけで、アレルギー反応を起こすのは、このような教育の影響によるところが極めて大きい。」

 「新しい教科書を作り、広めようという今日の動きは、かっての政治教育から、国民を解放しようという、極めて理性的な、教育正常化運動であるが、」「日教組、社民党、共産党、朝日新聞などは、」「軍国主義の復活などと叫んで、がむしゃらに、この教科書に反対する。」

 「こうした彼らの努力と策動によって、愛国心というエゴさえなければ、戦争は起こらないという観念が定着した。」「愛国心や戦争が、言葉としてもタブーとなり、国民の間から喪失していった。」「愛国心の源泉である、正義感、勇気、英雄、伝統というものもタブー視され、消えてしまった。」

  「日教組運動の誤り」と、叔父が書き込みをしていたのは、この文章の所だ。どんな気持ちで書き込みをしたのか、私には通じる。

 「正義感や勇気を排除すれば、人間が卑怯な振る舞いに走るのは、当然だ。」「勇気がなければ、正義を守ることもできず、無気力や無責任が蔓延する。」「戦後の道徳の退廃も、凶悪犯罪の横行も、学校でのいじめも、公共心の欠如も、すべて極端な反戦平和教育が原因だ。」

 これは黄氏の意見というより、私自身の考えであり、強い主張だ。まさか氏が、同じ視線で敗戦後の日本を見ていたとは、一つの発見であり驚きだった。

 反日左翼に心酔する「お花畑の日本人たち」も、氏の意見に耳を傾け、少しは頭を冷やせば良いのだ。(そう言っている私は、氏の叙述を読むほど、頭に血が上り熱くなってくる。)

 「深刻な問題となっている、今日の学校の荒廃が、実際は、自分たちの平和教育の結果であると、」「それを認める日教組の教職員が、どれだけいるだろうか。」「愛国心を否定した日教組教育により、国民教育のシステムと、学校の機能が停止してしまった。」

 「反日日本人の活動を支えているものが、何かと言うと、やはり反日マスコミである。」「これもまた、日教組同様、卑劣で卑怯であることに、変わりはない。」

 「自らは社会の公器として、正義の味方ずらをし、絶大な権力を誇り、」「国民の上に君臨しているのだから、万死に値する罪人である。」「日本が、中国から、属国さながらの内政干渉を受けるのも、このマスコミによる誘導があるからだ。」

 よくぞ言ってくれたと、手を打って喜びたいところなのに、こみ上げてくる悲しみを何としよう。この言葉を、私は黄氏でなく、日本の保守と言われる言論人たちから聞きたかった。

 「ここまで非常識で、恥さらしの姿勢を、朝日新聞が堂々と取れるのは、」「日本のオピニオンリーダーと称される、進歩的文化人が与えた、神格があるからだ。」「これらに、日本と日本人が支配される限り、国民は反日思想からの脱却が難しいし、中国の属国支配から、抜け出すこともできはしない。」

 私を喜ばせ、悲しませる氏の主張が、まだまだ数ページにわたり続く。だが黄氏よ、もうこの位で十分だと、私は本を閉じる。

 そしてこの章の最後に、あの叔父の言葉が記されている。叔父だって、喜んでいなかったことが、わかる。

 「日本人の、売国心理者は、断固糾弾すべし。」・・・・。つまり、この言葉だ。

 亡くなった叔父と、会話しなかったことに関する後悔があるとすれば、次の一点だ。私は叔父に言いたかった。

「叔父さん、売国心理者なんて、そんな優しい言葉ではいけません。」「彼らは、獅子身中の虫なのです。駆除すべき害虫と、そう言うべきなのです。」

 

 ( この章は終わりとするが、他の章があるから、ブログはまだ終わらない。お花畑の日本人たちには、不愉快だろうが、そんなに簡単に終わるものか。私のあだ名は、意地悪爺さんだ。)

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