ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

スサノオの尊 ( みこと ) も西方系であった - 4

2020-04-30 18:53:19 | 徒然の記

  今回の田中氏の講義は、歴史区分で言いますと、旧石器時代から、奈良時代までです。 頭の整理のため、おおよその年代を調べました。

 旧石器時代 ・・ ( 紀元前約12万年前 ==>   紀元前約1万4,000年前 )

 縄文時代  ・・ ( 紀元前約1万4,000年前 ==>   紀元前約500年前 )

                          土偶・土器

 弥生時代  ・・ ( 紀元前約500年前 ==>   紀元300年代 )  

        銅剣・銅矛  神功皇后・応神天皇  秦氏百済より渡来・帰化  文字伝来

 古墳時代  ・・ ( 紀元300年 ==>   紀元500年代 )  

 飛鳥時代  ・・ ( 紀元600年 ==>   紀元700年代 )  古事記・日本書紀

 奈良時代  ・・ ( 紀元800年 ==>   紀元900年代 )  ( 白鳳・天平時代   )

 氏の講義の素晴らしさは、雑談の中にあるような気がいたします。葉に宿る朝露の玉を、手のひらで受け止めた時のような、ときめきがあります。もしかすると、知識のない私は、横道にそれた雑談や、独り言しか理解できないため、そんな印象になってしまうでしょうか。

 いずれ分かる時が来るでしょうから、今はこれで満足しています。今回は、氏の雑談を記憶にある限り、文字にしてみました。

 「秦氏は、ユダヤ系の武人で、応神天皇の時渡来しました。」「秦氏は、秦の始皇帝の末裔と言われています。」「世界中で差別され、迫害されていたユダヤ人ですが、」「そんな秦氏を、応神天皇が暖かく迎え入れました。」「土地まで与えられ、住んでみますと、日本は素晴らしい国でした。」

 「過酷な自然もなく、迫害する人々もなく、食べ物も豊富でした。」「稲作だけでなく、狩猟をしても、漁労をしても、暮らしていけました。」「だから秦氏は、一神教を捨てたのです。」「だいたい一神教というのは、戦いの宗教で、遊牧民の宗教なんですよ。」「過酷な自然の中で、敵対する他民族と常に戦わないと、生きて行けないから、生まれた宗教なんです。」

 「ところが、日本では、過酷な砂漠もなく、命を狙う外敵もいません。」「引き連れてきた一族とともに、秦氏は日本に同化してしまったんです。」「ご存知と思いますが、波田とか、羽田とかいう名前がありますでしょ。」「こういう人は、秦氏の子孫です。」「すっかり日本人になっているので、誰にも分かりません。」「高橋とか、服部とかいう名前も、その流れです。」

 講義の表題は、「スサノオノ尊 ( みこと )」なのに、秦氏の話になりますと、氏の雑談が止まりません。どこまで本当の話なのだろうと、首を傾げながらも、夢中になってしまいます。

 「秦氏は武人ですから、天皇をお守りしました。」「そればかりでなく、計算が得意なユダヤ人ですから、国の財政にも力を尽くしました。」「今で言う、大蔵大臣みたいな役目もしました。」「天皇は彼らに敵対するのでなく、彼らが住むのに十分な土地を与え、自由に使わせました。」「戦争をするのでなく、天皇は秦氏に対し、いわば国譲りをしたのです。」

 「応神天皇の厚遇と、日本人の暖かさに感激し、」「秦氏はその後、多くのユダヤ人を呼び寄せています。」「応神天皇や仁徳天皇の大古墳 ( 天皇御陵 ) は、彼らが、そのお礼として作ったものです。」

 これが、 紀元前約500年前から、紀元300年代 にかけての、弥生時代の話です。埃まみれの古い話なのに、氏の言葉を聞いていますと、昔の日本が生き生きと蘇ります。

 「秦氏は百済から来た、朝鮮人だと言う学者もいます。」「あまりハッキリ言うと、怒る人もいますが、」「朝鮮というのは、廊下みたいなものです。」「悪いけど、あの国には、しっかりした文化がありません。」「独自のものが止まり、じっくりと、何かを作る土壌のある国じゃありません。」

 ここまでハッキリ言えば、それはもう、怒る人だらけでしょう。日本の歴史学界を牛耳っている、共産党員の東大教授やその弟子たちだけでなく、韓国・北朝鮮の学者たちも、心穏やかでなくなります。日本の学界で、氏が傍流でしかないのは、こうした正論と毒舌にあります。

 今月の初めに、神谷宗幣氏と茂木誠氏が解説する、『超日本史』の講義を聞いた時と、同じおかしさがありました。あの日のブログの文章を、転記します。

 《「朝鮮征伐」「朝鮮出兵」と、日本史では説明されますが、本当は「明征伐」だったのであり、朝鮮は通り道に過ぎなかったと、茂木氏が説明します。通過の容認を申し入れても、朝鮮が認めないから戦争になったと言います。》

 内容は異なりますが、要するに朝鮮は、日本から見れば、通り道であり廊下であるに過ぎないと、言っています。朝鮮政府や学者は、日本の文化のほとんどは朝鮮が伝えたものであり、朝鮮が師で、先進国であると自慢しています。

 通り道や廊下に過ぎないと、私はそこまで無視しませんが、慰安婦や徴用工問題など、大ウソを国際社会に撒き散らす彼らである限り、正しい評価をする気になりません。戦後の日本には、親中、親韓の赤い学者が溢れていますから、たまには辛辣な保守の学者がいて、厳しい意見を言うのも、「目には目を」「歯には歯を」で、悪くありません。

 横道に逸れる氏の講義のブログなので、私の叙述も、横道で足が止まります。もう少し、氏の雑談、と言うより、珠玉の独り言が残っていますから、あと一回続けます。

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スサノオの尊 ( みこと ) も西方系であった - 3

2020-04-30 06:00:09 | 徒然の記

 田中氏は、古事記と日本書紀は、日本人にとって大切なことが書かれているから、是非読みなさいと勧めます。過去に何度か少しばかり読み、手に負えず、その度に諦めました。

 私にとって、記紀は読むのでなく、やっと文字をたどると言う苦行になります。まず神様の名前からして、読めませんし、覚え辛くて暗記できません。同じ神様が、別のところでは他の名前になり、親子兄弟、伯父伯母、叔父叔母と言う関係になりますと、頭が混乱します。

 「皆さんが、知っている通り、」「前にも言いましたので、くどいから説明はしませんが、」と、話の途中で、何度も氏が言います。

 講義を聞く者には、一定の知識があると割り切っているらしく、どんどん話が進みます。氏の動画の前で、無知な学徒であることを、自覚させられます。

 「スサノオは、イザナギから生まれた、3キシンの一人です。」「キシンは、貴い神と書きます。」

 根っから不親切という訳でもないらしく、独り言みたいに呟き、字の説明をしてくれます。

 「イザナギの左目から天照大神、右の目からは月読の命が生まれます。」「スサノオは、鼻から生まれます。」

 私のような凡俗は、深い考えがありませんし、知識もないので、文章のままに読みますから、なんとも不可解な気持ちになります。目や鼻から神様が生まれるなど、常識ではあり得ません。反日・左翼学者が、荒唐無稽と言ったのも、無理はないと思います。

 「スサノオは、天照や月読みの神様の優しさと、対照的で、」「やることが荒れすさんでいて、どう考えても大陸的です。」「かと言って、中国や韓国のものでなく、」「騎馬民族的な要素があります。」

 「スサという言葉は、ヘブライ語で、海の鳥を言いますし、馬という意味もあります。」「私はスサノオは、海を渡ってきた人を代弁する神様だと、考えています。」「高天原で、三人の神様は、それぞれ分担していたのだと思います。」

  1.   天照大神・・・政治、宗教、文化を司る神

  2.   月読の命・・・月暦を使い、農耕を司る神

  3.   スサノオ・・・海と星を司る神

 「スサノオは、海を渡ってきた人、あるいは砂漠を渡ってきた人です。」「海や砂漠で生きる人には、星が頼りです。」「スサノオも、日本に来た当初は、星を大事にしていたと思いますよ。」「しかし日本で、農耕、狩猟、漁労生活を始めますと、」「星が必要でなくなったのです。」

 何の話をしているのか、日本史のどの部分なのか、分からないままですし、意見を言うだけの知識がありませんから、ただ聞くだけです。ぼんやりと聞くのでなく、私の中にある知識の暗闇を、一回ごとに明るくされているような、興奮があります。私なりに理解している、氏の研究方法を、次のように整理しました。間違っているのかもしれませんが、間違いが分かった時点で修正すれば良いと、楽天的に考えています。

 1. 考古学と歴史学をつなぐ努力をしている。

 2. 神話を歴史として捉え、その根拠を考古学に求めている。

 3. 記紀に欠落しているものが、二つあると考えている。

   (1)  関東・東北の文化が語られていない。富士山の叙述がない。

        (2)  記紀の中には、イスラエル ( ユダヤ ) 人の存在が隠されている。

 4. 古来から、日本には多くのユダヤ人が来ていて、彼らが西方系の文化を伝えた。

 5. 彼らは日本に来て、西方系の考え方を捨て、日本に同化した。

 6.  秦氏の源流が、スサノオである。

 7. 松尾大社、八坂神社、賀茂神社など、京都の主な神社は秦氏が建てた。天皇から土地をもらった秦氏が、日本の土地にあった神々を、信じ始めた証拠である。秦氏は、最初の頃は、まだ一神教を信じていた。

 氏が見直そうとしている日本史が、どのようなものなのか、明確には理解できませんが、ぼんやりと想像できます。大胆に述べれば、次の二つに要約されます。

 1. 中国、朝鮮との関係のみで語られてきた、従来の日本史は間違っている。

    2. 日本史は、渡来人であるユダヤ人との関係で語られなくてならない。あるいは、彼ら抜きの日本史は不完全である。

 それはまさに、壮大な日本史の見直しです。スペインのサグラダファミリア教会が、ガウディーと言う天才建築家の意思を継いで、彼の死後も、多くの建築家が参加して作っています。着工されたのは1882年で、2026年が完成予定ですから、144年かかったと言うことになります。

 今回氏の講義を聴き、私は突然、スペインで眺めてきた、サグラダファミリア教会の偉容を思い浮かべました。直接の関係はありませんが、氏がこれから打ち立てようとしている日本史は、ガウディーの壮大な建築物に似ています。完成までは、100年以上かかるはずですから、氏の意思を継いだ若い学者が、今後何人も参加していくのだろうと思います。

 意表ばかり突く氏の講義ですから、突拍子もない想像に駆られても、私は何も違和感を覚えません。それどころか、自分の推測の正しさを、確信します。氏の言葉の一つひとつは、そういう期待と興奮を与えました。

 脈絡のないブログになり、息子達だけでなく、訪問される方々も面食らわれるのでないかと、想像します。氏の講義が、どちらかと言えば、私には脈絡のない、捉えどころのない、それでいて何故か心の躍る内容でしたから、このブログもそうなります。

 違うのは、私のブログには「心躍るもの」がない、というところだと思います。明日もこの調子で続けますから、スルーされる方が沢山おられても、致し方なしと諦めます。

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パチンコ店の店名公表

2020-04-28 14:16:09 | 徒然の記

 「武漢コロナ」の騒ぎに巻き込まれず、平常心を保とうと、なるべく新聞を読まないようにしていますが、なかなか難しいことです。国難への対処という、国民的課題ですから、強いて避けず、生きた勉強をする方が、こんな時の姿勢なのでしょうか。

 4月24日の千葉日報の記事は、まさに、その生きた勉強です。

「施設名、事前通知で公表」「強権発動に温度差」「強い休業要請 政府方針」「新型コロナ 集団感染リスクも条件」「訴訟の恐れ、様子見も」

 大きな活字が踊る、大きな二つの記事の見出しを、まとめて転記しています。これだけでは、何のことか分からないのでしょうが、記事の中身は、「パチンコ店の名前を公表するか、しないか。」というものです。

 「武漢コロナ」の感染拡大が止まらないため、政府は4月7日に、東京都と千葉、大阪など6県に対し、「緊急事態宣言」を発令しました。それでも感染拡大が続くので、4月17日に、全国に「緊急事態宣言」を発令しました。「密集」、「密閉」、「密接」という、三密の場所を避けるように呼びかけ、不要不急の外出を止め、可能な限り自宅待機をするようにと、強い要請をしています。

 ところが、全国各地にあるパチンコ店の中には、国や県の要請を無視し、営業を続けている店があり、他県からの客も集まり、問題になっています。こうした悪質な業者に対し、店名を公表すべきかどうかという、記事です。

 日常品の買い物でさえ、自粛しようと呼びかけられている時、「三密」の最たる場所である不健康なパチンコ店へ、行く人間がいることが、そもそもおかしいのに、協力しない店があるというのですから、驚きます。政府や県が、幾らかでも休業補償をしようとしている時ですから、一層そうです。

 日本だけでなく、世界中が、この正体不明の「武漢コロナ」に苦しめられている時なのに、国民の義務と責任を、なぜ果たそうとしないのか。公共心が欠けているのか、道徳心がないのか、それとも、自己中心的思考しかできない、バカものなのか。理解に苦しむパチンコ店の経営者と、訪れる客たちです。

 一体このような、不心得な店の名前を、世間に公表して何が悪いのでしょう。それが制裁の一つの方法だというのなら、何を躊躇することがあるのでしょう。

 「政府内では、当初慎重論が根強かった。」「だが、感染者数増にブレーキをかけたい、複数の知事から、」「45条に基づく、強い要請を出したい、」「との相談が寄せられ、方針を転換した。」

 記事の内容から見ますと、政府の姿勢は慎重で、自治体の意見も様々です。自粛要請に従わない店に人が集まり、感染拡大につながるという懸念は、共通していますが、「店名公表」は躊躇っています。

 1. 千葉県担当者・・このまま放置すれば、協力した事業者に不公平にならないかと、懸念がある。

 2. 山口県担当者・・より強力な措置は、事業者名公表とセットなので、ハードルが高い。

 3. 茨城県担当者・・外出規制を進める中で、県職員が営業状況を確認するのは、現実的でない。

 4. 大阪府知事・・人命を優先し、丁寧に説明依頼し、結果として法に則り手続きしていく。

 5. 千葉県知事・・法に従い、丁寧に説明し、手続きしていく。

 これが民主主義社会というものかと、生きた勉強をさせられます。私のような単純な意見では、知事の仕事もままならないと、分かります。ここでまた、二人の識者が登場します。

 1. 片山善博氏 元鳥取県知事 早稲田大学教授

  知事には法律で権限が与えられており、どうしても要請に応じない場合は、指示や公表を堂々とすればいい。緩やかな対応だと、今のような状態が長期間、続く恐れがある。

 2. 新藤宗幸氏 千葉大学名誉教授

  店名公表は、一種の強制手段で、行政は強い措置にもっと慎重になるべきだ。感染収束後に、権力を露骨に行使できるような雰囲気が、社会に広がらないか心配だ。

 新藤氏が、反日・左翼教授であることは、一目瞭然です。政府への不信感が優先し、目前の国民の犠牲が眼中にありません。収束後の心配より、現在の細菌戦が急務だと、氏の頭からは常識が欠落しているようです。

 片山氏は、元自治省の官僚で、菅内閣時代に総務大臣を務めた人物です。同時に、地域主権推進の特命担当大臣も、していました。自民党の政治家でなく、野党親派の大臣でしたが、それでも今回は常識的な発言をしています。新藤氏が、いかに的外れな反日・左翼教授であるのかが、分かります。

 高々反社会的パチンコ店の、店名公表についてだけでも、これほど大きな記事で扱われています。ついでなので、息子たちのため、別の記事を紹介します。記事の中身は煩雑なので、見出しの活字だけ転記します。

 1. 外岡立人氏 元小樽市保健所長 ( 4月17日千葉日報 )

  「全ての対応 後手に」「放置されていた対応策」「拡大防ぐ常設組織を」 

 2. 田中均 元外務省アジア大洋州局長 北朝鮮との秘密交渉担当 ( 4月24日千葉日報 )

 「安倍政権の感染拡大防止策」「長い戦い戦略見えず」「政治棚上げし、結果を」

 一面を半分使う大きな記事で、顔写真入りです。見出しだけ転記し、記事を省略したのは、いつも通りの退屈な「安倍批判」だからです。「安部のマスク」に、多額の費用をかけたり、入国制限が遅れたり、優柔不断さについては、同意しますが、ご覧の通り、「たかが、反社会的パチンコ店の、店名公表」でさえ、この報道です。

 外岡、田中両氏の政権批判には、同意する点が、多々あるとしましても、所詮は外野席発言です。両氏とも、批判でなく、提言というのなら賛成しますが、単なる安部総理批判なら、言われなくとも分かっています。だから私は、こういう批判だけする識者に対しては、昨日聞いた田中氏の言葉を、贈ります。

 「こんな時でも、国を批判したり、政府を否定したり、」「それが必要ならいいんですが、そうでないんで・・」「否定したり、批判したりすることが学問だと、」「そう思っている偽善さを、私は憎んでるんです。」「まあ、そう言う人は、早速辞めた方がいいんですね。」

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スサノオの尊 ( みこと ) も西方系であった - 2

2020-04-27 17:19:49 | 徒然の記

 田中英道氏を知ったのは、去年の一月でした。動画を検索している時、偶然に氏の講話に出会い、引っかかったり、口籠ったりしながら話すので、風采の上がらない学者だと、最初は少し馬鹿にしていました。

 しかし動画を見終わった時、すっかり虜になりました。私は氏のことをブログにした時、「田中英道氏の発見」と、驚きの気持ちをそのまま表題にしました。「今年最大の発見になるだろう」と、書いたことを覚えています。

 講話で、沢山のことを教わりましたが、心に残る氏の姿勢というのか、学説というのか、正確には分かりませんが、そう言うものを、もう一度整理してみます。

 1.  古事記と日本書紀を貴重な歴史書として、尊重していること。

   2.  神道を、正しく整理していること。

  (1) 自然信仰・・・山や木や岩など、自然そのものの中に神を見、人間もその一部であると考える。

  (2) 御霊(みたま)信仰・・・優れた人や地域に貢献した人など、個人の魂を信仰の対象とする。

  (3)  祖霊(それい)信仰・・・祖先を神として大切にすることが、国の祖先である天皇と自然とつながる。

 学校で、古事記や日本書紀は荒唐無稽な歴史書で、科学的には何の根拠もなく、参考にできないと、習ってきましたから、意外感に打たれました。しかも卑弥呼と邪馬台国は、存在しないと言われ、またびっくりしました。しかし、単にびっくりしたと言う話で、意見に反発した訳ではありません。

 もともと私は、学校の授業に疑問を感じていました。1,300年以上前の本を、現在の知識で判断し、科学的でないと切り捨てる姿勢に、違和感がありました。科学的でないと言うのなら、マリア様が処女のままでキリストを懐胎することも、ありえない話です。処刑されたキリストが蘇り、人類を救う唯一絶対の神様になると言う話も、果たして科学的なのでしょうか。

 日本の学者たちは、西欧のことになると無条件に受け入れ、なんの疑問も挟みません。神話と皇室が結びついたからと、否定したり軽蔑したりする方が、おかしいのです。昔のことを言うのなら、フランスの王様だって、神様から権威をもらったと、およそ非科学的なことを言っています。

 昔の支配者たちが、皆似たようなことをしているのに、日本についてだけ、厳しい意見を言うのが、なんとなく気に入らない私でしたから、田中氏の説明に自然な気持ちで、聞き入りました。

 神道についても、学校では、幼稚な宗教として語られ、未開人レベルの日本人だと蔑視された記憶があります。氏のように三つの要素に整理されますと、それは未開人の信仰というより、未開人も含めた、根源的な自然崇拝であったと、得心しました。

 氏の意見は、最初はどれも意外なものが多く、すぐに納得できませんでしたが、今は違った受け止め方をしています。戦後の日本が、反日・左翼学者たちのため否定され、捏造されたことを、私は事実として認めます。マルクシズムを土台に、唯物史観で日本史を歪め、ご先祖様をないがしろにした彼らに、怒りを抱いていました。

 どうせ捏造された戦後の歴史なら、田中氏の方がずっと増しでないか。奇抜な意見だとしても、辻褄があっており、根拠となる事実が示されている。反日・左翼の日本史には、批判と否定しかなく、私たちに何の希望も与えない。氏の歴史には、日本への温かい視線があり、明日への希望を抱かせる・・とすれば、私にとってどちらが良いのか。

 当然氏の説を受け入れます。積極的な理解と言うより、今はまだ、反日・左翼との比較で、よりマシな意見と言う受け入れ方です。だがこうして、何度も講義を聴き始めますと、氏に惹かされる、自分がいます。

 「日本は敗戦したと、そんなことを言う人がいますが、」「日本は、戦争に負けていません。」「終戦しただけです。」「だって、国体が守られていますよ。」「天皇が、おられます。」

 こう言う意見にも、即座に賛成できませんが、聞いたことのない主張に戸惑っているだけで、反対する気はありません。こんな考え方もあるのだと、逆に教えられます。

 「世界には、グローバルな思考をするユダヤ人と、」「保守的なユダヤ人がいます。」「保守的なユダヤ人は、ナショナリストです。」「トランプ大統領を支援しているのは、保守的なユダヤ人です。」「保守的なユダヤ人は、日本を理解し、協力します。」

 これからの日本人は、保守的なユダヤ人と協力し、新たな世界秩序を作り、日本を取り戻すのだと、氏が言います。こう言う意見も、私の考えつかない視点なので、まだ馴染めません。馬渕睦夫氏の意見と、重なる部分が多くあります。二人の意見は、ユダヤ人への偏見でなく、彼らの世界史的な役割を、功罪共に明確にし、正しく評価しようとしている、と思えるようになりつつあります。

 「反日・左翼が台無しにした日本の歴史を、正しい位置に戻すと言うのなら、」「反対する理由がない。」「氏の意見の方が、よほど国民のために役立つ。」

 相変わらず、功利的な姿勢で氏に接していますが、もっと私の知識が深まれば、自分が変わっていくような、楽しみがあります。

 「これは私が前に書いた、日本史の本です。」「ちょっと、専門的になりすぎましたので、」「もう少し、分かりやすく書いたのが、この本です。」

 机の上に積まれている本の中から、厚ぼったい本と、薄い本を取り出して見せました。

 「分かりやすいと言っても、分からない人には、分からないでしょう。」「どっちも、分からない人には、分からないでしょう。」

 小さな声で喋っていましたが、意地悪爺さんの漫画を思い出させます。反日左翼の学者みたいに、何がなんでも説得し、唯物史観の正しさを証明してみせると、そんな意気込みはありません。分からない人間は、勝手にさせるしかないと、そんな響きがあります。面白い学者だと思いますが、「戦う学者」が、こんな淡白さでいいのかと、笑ってしまいます。

 今回は、講義の中身に入らず、過去の復習と、頭の整理をいたしました。息子たちに言いいます。父の後から、ついて来てください。「武漢コロナ」が収束した後の、日本の姿が見えてくると思います。

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スサノオの尊 ( みこと ) も西方系であった

2020-04-26 22:42:06 | 徒然の記

 何ヶ月ぶりでしょうか、田中英道氏の動画を見ました。「武漢コロナ」による無聊の日々を、つまらない読書で無駄にした愚かさを、反省しました。

 同じ時間を使うのなら、有意義に活用すべきと、こんな当たり前のことを、今頃気づいています。いつもは、拓殖大学の教室で行われる氏の講義が、今回は自宅の書斎で、机に座っての1時間でした。

 「 " 武漢コロナ " のおかげで、こんなことになっていますが、」「騒ぎが治るまでは、政府に協力して、」「我々も頑張らなくていけません。」「今日までの私の研究は、税金で養われてきたわけですし・・」

 久しぶりに見る顔なので、親しみが増しました。しかも「新型コロナ」と曖昧に言わず、私と同じように「武漢コロナ」と言い、親密さが深まります。

 「こんな時でも、国を批判したり、政府を否定したり、」「それが必要ならいいんですが、そうでないんで・・」「否定したり、批判したりすることが学問だと、」「そう思っている偽善さを、私は憎んでるんです。」「まあ、そう言う人は、早速辞めた方がいいんですね。」

 「国家を批判している人が、税金で養ってもらってるなんて、」「おかしいわけですね。」「学者としても、知識人としてもおかしい。」

 正確には覚えていませんが、こんな意味のことを、いつもの訥弁で喋っていました。反日・左翼の人間には、我慢のならない毒舌でしょうが、私には心地よい話でした。あまり心地がよいので、途中で居眠りをしてしまいました。

 「まあ、今までの、戦後の日本史は、」「全部共産党員が、やっていたと言うことですからね。」「東大の国史学科や、教育学部は、共産党員でやられていますし、」「社会学科も、似たようなところがありますね。」「これからは、その辺もハッキリした方がいい。」「偽善はもう、止めた方がいい。」

 「これからは、新たな視野で、つまり、役割分担という意味で、」「社会を肯定的に見るということ、ですよ。」「国民全員が、共産党員であるわけじゃありませんから、そうでなければ、」「誰が生きていけますか。」

 「こんな話が、" 武漢コロナ  " と、関係があるのかどうか。」「しかし、この問題に立ち向かえるのは、」「国家ですよ。」「それを批判ばかりして、国を弱らすようなことでは、ダメですから、」「まあ、国家を考える上でも、一つの契機でしょう。」

 口籠ったり、途中で話が途切れたりしますが、相変わらず辛辣な内容です。戦う保守と自称するだけあり、老いてますます意気軒昂です。見習わなくてなりません。初めの部分だけ引用していますが、全体は真面目な講義で、日本への愛に満ちた講義です。

 「武漢コロナ」の無聊を紛らすために聴くのは、もったいないし、失礼にもなりますから、明日からは、襟を正して講義に向かいます。

 「妻をめとらば韓国人」のブログは、ブログのアクセス記録が人気の無さを、教えてくれました。「ねこ庭」を訪問される方々の数は同じなのに、「妻をめとらば韓国人」でなく、2年や4年前というブログが検索されています。いい加減なことはできないという、無言の忠告と受け止めました。

 無聊を慰めるためでなく、真面目に、「武漢コロナ」と向き合おうと思います。力まず、偽善にもならぬよう、田中氏のように自然体で・・・。

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妻をめとらば韓国人 - 7 ( 悪書にもならない珍本の書評 )

2020-04-25 06:07:02 | 徒然の記

 気を取り直して、書評を続けます。

 韓国嫌いの私ですが、研究心は旺盛です。氏のような日本人は、どういう思考回路をしているのか。珍しい存在なので諦められません。

 本日は途中を飛ばし、160ページに行きます。

 「韓国人は、よく自尊心という言葉を、口にします。」「自尊心を、誇りと訳すのも可能ですが、誇りという言葉は韓国語は別にあります。」「私の家内も、夫婦喧嘩のたびに、自尊心を傷つけられたと怒りますが、いまだに、何のことかよくわかりません。」

 「韓国人にとって、自尊心を傷つけられるということが、どうやら最大級の恥辱であるということは、理解しています。」「自尊心を傷つけられたと、相手が言った場合、もはや一切の事実関係は、眼中にありません。傷つけられたという結果のみが強調され、傷つけた側への抗議となります。」

 いよいよこの辺りから、私が最も知りたい韓国人の精神世界が語られます。

 「従軍慰安婦問題にしても、65年の日韓条約にしても、戦前の植民地支配にしても、韓国は自尊心を傷つけられたがために怒っているのであって、そこには理屈も何もありません。」「事実を検証しようとか、歴史を正しく認識しようとか、そんな気持ちは全くありません。」

 こういう意見を、氏がどういうつもりで述べているのか不思議でなりません。韓国人の誇りの傲慢さや無謀さの説明というより、韓国人の代弁です。

 「金泳三大統領と、橋本首相の間で、共同で歴史を検証する作業話行うことに、同意しましたが、韓国側の本心は、日本が全て悪かったと認めろということですから、同じ土俵に上がったつもりになっていますと、何だこれはということに必ずなります。」

 韓国を理解しない日本に非があると、言葉にはそんな響きがあります。著作の始めに氏は、次のように述べていましたが、論理の一貫性のなさに軽蔑の念が生まれます。

 「日本と韓国の間では、いまだに反日だ嫌韓だといった議論が続いています。」「しかし双方とも、相手をおもんばかる努力が足りません。対立のための対立、勝った負けたというのは、本当に愚かなことです。」

 相手をおもんばかる努力が双方に足りないと言ったのは、氏自身でした。全く相手をおもんばからない韓国を前に、氏は日本についてだけ不愉快な説明をします。

 「橋本首相は誰に教えられたのか、金泳三大統領と会った時、左手で右肘のところを押さえながらする、韓国式の握手をしていましたが、これは目下の者が、目上の者にする行為です。」

 「韓国の人たちは、この場面を見て気分が良かったのですが、すでに臣下の礼を取った以上、歴史認識についても、韓国の言う通りにしろと言うのが、韓国の真意です。」

 氏の言う通りであるとすれば、橋本首相も日本の外務省も、駐韓大使さえ韓国について無知だと言う話になります。氏はさらに得意そうに、説明を続けます。

 「ゴルフのルールでは、地面に落ちたボールを絶対動かしてはいけないのですが、ゴルフ場によっては、ローカル・ルールとして、6インチ以内なら動かして良いとしているところもあります。」「聞くところによりますと、橋本首相はローカル・ルールを一切認めないそうです。」

 「ところが韓国人は、驚くほどルーズと言うか、おおらかです。」「6インチルールのところで、1メートルくらい動かすのはザラです。橋本首相と金泳三大統領が一緒にゴルフをしたら、途中で、大喧嘩になっていたかもしれません。」「本当は、その方が良かったのです。表面だけ取り繕っているより、取っ組み合いの喧嘩をして、双方の違いをはっきり認識していた方が、両国関係は、良くなっていたでしょう。」

 韓国贔屓の氏は馬鹿な意見を言いますが、両国関係は良くなるのでなく、一層険悪化します。反日左翼の元全学連には、こんなに愚かな人間がいたのかと、ため息が出ます。

 「自尊心という言葉に現れた、韓国側の深く強く、切ない思いに対して、日本側はいつも、事実関係という、冷たい空虚な、機械的な言葉で、対応してきました。これでは、溝は埋まりません。」

 「政治も外交も、現実です。しかし人間が関与する以上、感情は無視することができません。」

 この意見を読むと私は氏に、「いったい、どうしろと言いたいのか。」と聞きたくなります。韓国側に、深く、強く、切ない思いがあるというのなら、韓国側の方が、それを説明すべきでしょう。謝罪の手紙を総理が書いても、何度謝っても、「誠意がない」「本気さがない」と、時間が経つと韓国政府は話を振り出しに戻します。

 氏はこれを、ゴルフのプレイと勘違いしているようです。打ったボールが、何メートル離れた場所にあっても、自分が気に入らなければ出発点に戻す。韓国政府と韓国人がやっているのは、プレイを無視した我が儘ですが、なんと氏はこれを「おおらかさ」だと言います。

 自分の頭で考えたことなのか、魅力的な細君に言われ鵜呑みにしているだけなのか。早とちりの氏のやることですから、またも自主性のない空っぽの頭を見せてくれるのかと、そんな気になります。

 「どのようにして感情の融和を図るか、これが大政治家の条件ですが、不幸にして、日韓の間には、そのような政治家が存在しませんでした。」「家内はいつも、私に、様々なヒントを与えてくれます。発想や考え方が違うため、喧嘩にもなりますが、勉強にもなります。」

 やはり妻君の話が出てきます。国同士の話に、自分たち夫婦のことを持ち出すところに、元全学連の考え違いがあります。理由は分かりませんが、この夫婦には愛する気持ちがあります。言い争いをしても、特に氏は細君に弱く、惚れた弱みで和解します。

 日韓関係には、大昔から愛する気持ちが互いにありません。説明は時間の無駄なので、氏の意見を続けて紹介します。酔っ払いのクダでも聞いているつもりで、読み飛ばしてください。

「国際結婚というのは、特に日韓の場合、なかなか難しくて、うまくいかないのも事実です。」「しかし忍耐強く自己改造を続けていけば、別の世界が見えてきます。」「そうした体験から常々考えていることですが、ニコニコ笑いながら握手しただけで、日韓の新時代を口にする日本の政治家たちは、いったい何だろうと不思議に思っています。」「そんなに簡単に、理解しあえるはずがないからです。」

 まだずっと続きますが、つき合いきれなくなりました。左翼過激派の中には、好き合った男女が営む家庭と、国益を前面に出す熾烈な外交を同列に並べて語る馬鹿者がいました。

 「忍耐強く、自己改造を」と氏が要求しているのは、日本の政治家の譲歩です。韓国の自己中心主義と、勝手な理屈には何も言いません。こうなりますと、私たち日本人も「自尊心」が傷つきます。寝言は寝て言えと、そんな荒い気持ちになります。

 つまらない本を読み、「武漢コロナ」の無聊を紛らせようと、虫の良いことを考えたのがそもそもの間違いでした。悪書とも言えない珍本の書評は、今回で終りです。

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妻をめとらば韓国人 - 6 ( 『結婚するなら全学連』 )

2020-04-24 17:43:17 | 徒然の記

 『妻をめとらば韓国人』という題より、『日韓の確執を乗り越えようとする、家庭生活の記録』とした方が、もしかすると本が売れたのでないかと、そんな気がします。

 不毛な日韓の対立を克服しようと、犠牲的精神で結婚した氏の意気に感じ、余計な心配をしていますが、結論から言いますと、どっちの題名にしても今の日本では売れません。

 世界のあちこちに売春婦像を建てたり、仕事の募集に応募した人間が、強制労働させられたと嘘を言い、国が締結した条約を無視し日本に賠償せよと言うに至っては、韓国と聞くだけでまともな日本人は顔を背けます。「武漢コロナ」の無聊の毎日でなければ、私でさえ、最後まで読む気になれたのか自信がありません。

 「一学期が終わって、日本人学校に通っている娘が、通知表をもらってきました。」「担任の先生の所見欄を見ると、娘は、思いやりがありと、書かれています。」「韓国人の妻は、ここのところ、よく分からないから全部韓国語に訳してみてと言います。」

 「以前韓国人の友人から、韓国語に絶対訳せない言葉があるんだけど、何だか知ってるかいと、尋ねられたことがあるのです。」「それがまさに、この 〈 思いやり 〉 だったのです。」「結論から言って仕舞えば、韓国人は思いやると言うことをしません。」「そう言う言葉がないと言うことは、そう言う気持ちも、そう言う行為もないことになります。」

 「小さい時から、家庭教育、学校教育、社会教育の中で、思いやりに類したことは、全く教育されていないのです。」「韓国では幼稚園でも、小学校でも、日本のように、皆と仲良くとか、他人に迷惑をかけるなと言う教育を、一切やりません。」「反対に、一貫して強調されるのは、一番になれ、他人に勝てと言うことです。」

 「私が娘たちと公園へ行くと、よく目にする光景があります。」「ブランコの前で、子供たちが順番を待っているところへ、子供を連れたお母さんなり、お婆さんなりがやってきます。」「すると並んでいる子はおろか、ブランコに乗っている子も引き摺り下ろして、大人が連れてきた子がブランコに乗ってしまうのです。」「他の子供たちも、それをまた、当然のこととして受け止めているのです。」

 驚いた話ですが、これを説明する氏の言葉が、また驚きです。

 「良い悪いは別にして、これが韓国人の行動パターンの原型です。自分のことしか、考えないのです。」「他人のことを思いやったり、他人の迷惑を考えることは、馬鹿げたことなのです。」「わが家でも、夫婦喧嘩の原因のほとんどは、私が他人のことを心配したり、親切にしてあげたりすることから始まります。」

 「妻に言わせれば、全て余計なことなのです。」「そんな暇があったら、なぜ、もっと私のことを考えてくれないの、というわけです。日本人と韓国人は、似たように見えても、これほど違う民族なのです。」

 郷に入っては、郷に従えという言葉があります。氏が韓国に住んでいる分には、それでいいのかもしれませんが、こんなことは日本では通じません。まだ18ページですが、全てこの調子で書かれています。小学校の5年生で正義を理解し、全学連の闘士だった氏はどこへ消えてしまったのでしょう。

  韓人(からひと)の 妻に惚れ込み 魂(たま)いずこ

 「ねこ庭」を訪問された方がこんな川柳を作っておられましたが、その通りです。よほど魅力的な細君なのでしょう。氏はひたすら妻を正当化し、自分の意見を捨てています。私が川柳を作ったら、「魂(たま)いずこ」でなく、「玉(たま)いずこ」とせずにおれません。鼻の下を長くした情けない男にしか見えませんが、次の文章はまともです。

 「ユーラシア大陸の東と西を見ると、島国である英国と日本、半島国家であるイタリアと韓国は、各々非常に、似通った面があります。」「こせこせしない性格 ( いい加減なともいうこともできます ) や、底抜けの明るさ。」「楽天的なのが、韓国人の強みですが、経済運営などをみますと、この行き当たりばったりが裏目に出ます。」「IMF体制には、なるべくしてなったという気もします。」

 どんなに明るくても、他人のことを考えず自己中心的な人間と、私は暮らそうと思いません。ここまで言い切れる氏は、江戸っ子でもなく、日本人でもありません。江戸っ子は、自分の住んでいる街 ( 東京 ) に誇りを持っていますし、曲がったことは許しません。得手勝手なことをする馬鹿ものを見たら、横っ面を引っ叩きます。

 「私も一応一家の長として、家族の安全というものを考えてみた時、」「戦争の可能性のあるソウルか、地震の可能性のある東京か、どちらを選ぶと言われれば、ソウルを選びます。」「震災の可能性が高いということもありますが、周囲が、楽天的な人たちの中で生活している方が心強いということもあります。」

 こうなりますと、自然に、先ほどの川柳が頭に浮かびます。

  韓人(からひと)の 妻に惚れ込み 魂(たま)いずこ

 川柳ではありませんが、私は本の題名を新しく考えつきました。 『妻をめとらば韓国人』でなく、

  『結婚するなら全学連』

 ただいま、22ページですが、迷っています。このおかしな本の書評を続けるべきか、やめるべきか。息子たちの参考になると思えませんし、「ねこ庭」を訪ねる方々に、紹介するほどの内容もありません。

 私が興味深いのは、韓国や韓国人でなく著者自身です。どうしてここまで、韓国人に肩入れできるのか。こんな人間が日本にいたのかと、それこそ珍獣を眺めている気持ちです。怒りはなく、ただ呆れるだけです。

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妻をめとらば韓国人 - 5 ( 早とちりの篠原氏と、著名な末川氏 )

2020-04-24 09:29:07 | 徒然の記

  篠原氏の著作を、そのまま紹介します。

「大学に入ると、多忙でした。」「デモに行く一方で、東南アジアの華人留学生たちと、毎日のように、つき合い始めたからです。」

 「大学は封鎖が続き、全共闘運動は全国に広がっていました。」「私は中国への想いが募るばかりで、あわよくば中国にも入ってみたいと、考えていました。一年生の夏休みに、横浜から船に乗って香港に向かいました。」「街のあちこちに、文化大革命の標語があるし、中国系デパートへ行くと、従業員が皆、紅衛兵運動を支持していました。」

 氏の説明によりますと、全共闘運動は、氏が二度目の中国訪問から帰国した昭和45年に、思想的に瓦解し破綻したのだと言います。挫折する学生が多くいた中で、氏は、新しい目標に向かいます。

 「もっとアジアのことを知らねばならない。それには、中国語をマスターしなければならない。」

 氏が傾倒しているのは共産主義国の中国で、シンガポールといい、マレーシアといっても、そこに住む華人たちとの交流が目的です。シンガポールにある南陽大学は、東南アジアに住む、華僑たちの献金で作られた学校だそうです。相変わらず気の早い彼は、全共闘の破綻した日本に見切りをつけ南洋大学に留学します。

 ここから、著作の『妻をめとらば韓国人』 のテーマに突然近づきます。

 「そして、このシンガポールで出会った友人の一言、〈 韓国の貧しさにびっくりした 〉がきっかけで、私は渡韓することになり妻と出会います。」「妻と韓国から、私は多くのものを、学ぶことになりました。」

 南洋大学への留学から結婚まで、氏はさらっと書いていますが、普通の学生には真似ができません。

 「私は、東京のサラリーマンの家庭で育ちましたから、特別に、変わった体験をした訳ではありません。」と、本の最初で語っていますが、貧しい家庭の子供ではなかったようです。

 奔放な氏を許容するだけの余裕が親になければ、夏休みに香港へ行ったり、南洋大学に留学したり、友人の一言で渡韓したりはできません。それともこの頃から氏は、竹中平蔵氏のように多彩な知恵を働かせ、世渡りの才に開花していたのでしょうか。能ある鷹は爪を隠すと言いますから、簡単にバカ者呼ばわりできない、氏の一面を見る思いがします。

 少し面食らいながら、15ページの氏の意見を、紹介します。

 「日本と韓国の間では、いまだに反日だ嫌韓だといった議論が続いています。」「しかし双方とも、相手をおもんばかる努力が足りません。対立のための対立、買った負けたというのは、本当に愚かなことです。」

 氏の意見に賛成できないのは、喧嘩を仕掛けているのは韓国の方です。勝った負けたと大騒ぎしているのは韓国で、こちらが相手にしないでいると、その無関心さが気にくわないと、まとわりついてくるのが韓国です。全共闘世代を口にする集団の中にいると、日本人全体が見えなくなるのでしょう。

 「私は、たまたま韓国人と結婚することになりました。」「反日思想の強い韓国では、家内にとって大きな精神的荷重であることは、重々承知していました。」

 「しかし日韓の確執は、誰かが乗り越えていかなければ解決しません。」「妻にも子供にも、いろいろ犠牲を強いているかもしれませんが、私たち家族の記録を通じて、日韓のわだかまりを解消できるのなら、と思ってこの一文を書きました。」

 氏の高邁な精神に敬意を表しますが、本の中身が伴っていないのが残念です。双方が歩み寄れば、日韓の対立が消えると言いますが、どうなのでしょう。日本は教科書で嫌韓教育をしていませんが、韓国は反日教育をしています。事実でないことを、本当のこととして活字にし、教師たちが教えています。

 樺美智子さんや浅沼氏の死について、片方だけの正義を教え、氏を学生運動へ導いた教師のことを思えば、半分答えが出ています。日韓の対立を扇動しているのは、韓国政府と日教組で、日本政府は反論さえしていません。

 「双方の努力が足りない」と、相変わらず氏は慌て者の江戸っ子のままです。それでも氏の乱暴な主張には、騙される人が少ない分だけまだ許される気がします。元立命館大学総長だった末川博氏の言葉を、もう一度転記します。

 〈  末川博 〉 (  朝鮮民主主義人民共和国訪問後の感想  )
 
 「人類のながい歴史のなかで、それぞれの民族や国家は、波瀾興亡をくりかえして きたが、現代における奇跡といってもよいほどに、驚異的な発展をとげて、栄光と勝利に輝いているのは、朝鮮民主主義人民共和国である。」「朝鮮民主主義人民共和国こそ、立命館大学が理想とする国家である。 」

 「かって幾世紀かの間、内憂と外患のために苦しんできた朝鮮民族は、いま金日成首相を天日と仰いで、社会主義国家としての基本路線をまっしぐらにつきすすみ、ゆるぎない基盤を築きあげている。」

 立派な肩書きを持つ、著名人である末川氏のた「たわ語」の影響力の大きさに比べたら、氏の著書は限りなく無です。

 日韓の確執を乗り越えようとする、氏の家庭生活記録については、次回からとします。

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妻をめとらば韓国人 - 4 ( 日教組と岩波書店の影響力 )

2020-04-23 16:33:18 | 徒然の記

 4回目になりますが、まだ11ページです。薄っぺらな本なのに、この調子だと先が見えません。しかしこの書には、どうして「おかしな左翼」が、大量発生したかにつき興味深い叙述があります。貴重な資料になりますので、省略できません。

 学生時代を思い返しますと、苦悩が生きている証だと信じ、独りよがりの彷徨を繰り返していましたが、愚かさという点では氏と似た日々でした。 

 「私の場合感動が強すぎ、大学まで待つことができませんでした。」「高校に入るとすぐ、『装甲車と青春』とか、『されどわれらが日々』などの、60年安保関係の本を読みあさり、」「折からのベトナム反戦運動や、日韓闘争に入って行きました。」

 「ここで初めて、韓国との接点ができたわけですが、その頃はまだ、韓国とか、韓国人に対する興味はありませんでした。」「闘争のための闘争を、していたに過ぎません。」

 日本という国は何なのだろうと、私が素朴な疑問に囚われていた年代に、氏は学生運動に飛び込んでいました。早熟と言うより、せっかちな江戸っ子という気がしないではありません。

 「転機は、高校三年の秋でした。10.8羽田闘争の直後、だったと思います。」「学校の帰りに、弁慶橋の上で機動隊ともみあう三派系全学連の、色とりどりのヘルメット姿を見た時、再び、私の正義感に火がつきました。」「よーし、またやるぞ ! と、決意を新たにしました。」

 警官隊は悪、学生は正義と言う図式が、氏の中で確定しています。彼らは、なんのために争っているのか。どんな思想が彼らを動かしているのかと、そう言うことは考えず、手足が先に動いています。周囲に似た学生が溢れているので、疑問も抱かなかったのでしょう。

 「そして浪人時代に見た、岩波映画の、 『 夜明けの国  』 が、その後の私の人生を決定づけました。」

 学生時代から私は岩波書店に、敬意を抱いていました。世のためになる良書を出版し、若者の行くべき道を教えていると、そのように考えていました。しかしその幻想から醒めたのは、つい先日です。定年退職し年金暮らしとなり、「温故知新の読書」を始めて以後です。

 「岩波書店」はとんでもない出版社で、反日左翼の牙城だったかと眼から鱗の発見でした。ブログを始めたのが平成21年ですから、つい10年前です。その頃は朝日新聞の定期購読者でしたし、NHKには岩波書店以上の敬意を払い、信頼していました。

 つまみ食いのような読書ばかりでしたから、退職後の10年間の読書が私を変えたのは事実です。主に図書館の廃棄本で、手当たり次第の乱読でしたが、腰を据えて読書すれば大抵のバカも目が覚めると、自分の経験から言えます。

 日本の歴史を教えられ、数々の戦争を説明され、ご先祖の苦労や犠牲を知ると、少年時代の疑問を解く鍵が見えてきました。「温故知新」の乱読のおかげでした。

 いったん心に住みついた思想が、どれほどの間人を支配するのか、思想を変えるには、どれだけの時間が必要なのか。つい最近考え出した私ですから、早とちりの江戸っ子の篠原氏が、そう簡単に変われると思えません。

 「 『 夜明けの国  』 という映画は、中国文化大革命初期の、東北地方に取材した記録映画です。」「最後の場面で紅衛兵たちが紅旗を掲げ、毛首席の写真を掲げながら、凍てついた大地を、地平線を目指して行進していく姿が、とても印象的でした。」「私はそこに人類の未来というか、もっと別の世界があることを感じ取り、中国へ、急接近していきました。」

 思えば岩波も、罪な会社です。感激しやすい若者に向け、共産主義賛美の記録映画まで作っていたのです。記録映画なら嘘偽りのない本当の話と、あまり知恵のない若者は信じます。もし私が学生時代に見ていたら、同じ感激をしていたに違いありません。

 ・ 平成元年 ( 1989 ) 天安門事件

 ・ 平成 3年 ( 1991 ) ソ連崩壊

 本が出版された平成11年には、既に中国とソ連で大きな二つの出来事が発生していました。民主化を求める学生たちを、中国政府が戦車でひき殺し、発砲し、虐殺しました。世界を二分する大国だった赤いソ連が崩壊し、それは社会主義の破綻でもありました。

 同じ愚かな学生の仲間として、私が氏に言えるのは、こんな大事件を目にしながら、なぜ社会主義思想と決別ができなかったのかということです。本の出版をやめるとか、馬鹿の証明のような本の中身を修正するとか、そんな知恵が働かなかったのでしょうか。

 氏の人生を決定した二つが、明らかになりました。

  1. 小学校5年生の担任だった、女性教師  ( 日教組 )

  2. 岩波書店の記録映画 ( 反日・左翼出版社 )

 だから私は生きている間、頭がボケない間、「ねこ庭」のブログを続けなければなりません。反日左翼の日教組や、有害図書を出版する岩波書店に、息子たちが汚染されないよう「ねこ庭の独り言」をやめられません。日教組も岩波書店も、「武漢コロナ」に劣らない病原菌を拡散します。目に見えない厄介さが、そっくりです。

 次回は、「妻をめとらば韓国人 - 5」です。

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妻をめとらば韓国人 - 3 ( 「武漢コロナ」の無聊潰し )

2020-04-23 01:10:59 | 徒然の記

 戦後の日本には、どうしてこんな反日の人間が多数生まれ、いつまでも恥ずかしい意見を発信し続けるのか。大抵の人間なら一定の年齢になれば、自分の頭で考えだすのに、小学生で正義を理解したという慌て者は、一生このまま終わるのでしょうか。

 「こうした教育が、良いか悪いかと問われれば、私は今でも良かったと考えています。」「子どもの心に、正義感を芽生えさせたのですから、日教組批判とは、次元の異なる問題です。」

 50才になっても、こういう意見を本に書いて自慢しているのですから、大したものです。正義が、受け取る立場が違うと別物に変化するということさえ、子どもたちは知りません。判断する知識も持っていません。善悪の判断のつかない小学生に、担任が懸命に語れば、素直な子は先生の言葉を信じます。教育の力の大きさと、恐ろしさがここにあります。

 日本の過去を否定し、平和や人権の大切さを声高く主張し始めたのが、戦後の日教組です。マルクス主義という、政治的プロパガンダを土台にした日本批判思想が、日本の教育界を席巻しました。その日教組と、女性教師の授業が無関係だと説明されると、おかしな話になります。

 「最近、日本でも韓国でも子どもたちのいじめや、校内暴力が、深刻になっていますが、」「教師が教職を単なる職業の一つと考え、教え育てるという、教師本来の使命を忘れてしまったところに、最大の問題があります。」

 教師の仕事は聖職ではない、教師も同じ人間だ。労働の対価として報酬を得る労働者の仲間だ、そう言って教職を単なる職業の一つにしてしまったのは、左翼主義者たちでした。氏は学生時代に全共闘の学生として、何を勉強していたのでしょう。ケバ棒を振るい警官と戦っていても、頭の中にあるのは、小学生の知識だったのでしょうか。

 氏の意見は迷走を続け、私を楽しませてくれます。

 「子どもたちに感動を与えることができなければ、教育とは言えません。」「その意味で、吉田松蔭の松下村塾は、教育の理想であったと思います。」「数多くの維新の志士たちを輩出できたのは、吉田松陰の無私、正義、そして一人ひとりの才能を引出そうとする優しさが、あったからです。」「偏差値教育の、対極と言えるでしょう。」

 自分に都合の良いものなら、なんでも利用するという積極性は評価しますが、吉田松陰の精神は、「愛国」です。愛国心を否定する過激派左翼が、松蔭を語っていけないとは言いませんが、キリスト教の牧師が、マホメッドを褒めているような、辻褄の合わない話になります。しかも松蔭が相手にしていたのは、判断力のない小学生でなく、下級武士や志のある農民たちです。引き合いにできる条件が、どこにもありません。

 前回の予定なので、私と氏の違いについて説明しておきます。

 当時私の高校では、樺美智子さんや浅沼氏の暗殺について、直接授業で話題にする教師はいませんでした。東京と地方の差なのか、小学校と高校の違いなのかそこは分かりません。

 ただこの事件をきっかけに、日本史や社会科の教師が、日本の過去を以前より批判し、厳しくなった気もします。日本が中国や韓国を侵略した軍国主義の悪についても、聞かされました。二つの事件が私に影響したのは事実ですが、正義を確信するまでにはなりませんでした。

 「こんな悪い政治家が、どうして総理大臣になれるのだろう。」

 「日本は、いったいどういう国なんだろう。」

 「新聞が称賛する浅沼氏を、どうして右翼の少年が暗殺するのか。」「その理由は、何なのか。」

 「どうやらこの世の中には、自分の知らない多くのことがあるようだ。」

 高校二年生の私が考えついたのは、せいぜいこんなことでした。この世にはまだ知らないことが沢山あると、初めて自覚しました。勉強したらきっと答えが見つかると考え、「大学へ行こう」と本気になりました。

 息子たちに間違った意見を残すまいと、私は惑いつつ、躊躇いつつブログを綴っています。氏の著書のいい加減さというのか、大胆不敵さと言えば良いのか、私の「ねこ庭」とはそこに違いがあります。

 「武漢コロナ」の今は、氏の奇妙な説明も目立ちません。

「行楽シーズンだというのに、閑古鳥がなく観光地」「前年比、80%ダウンの行楽客数。」「これではもう、生きていけない。」「倒産相次ぐ、行楽地の悲鳴。」

 つい昨日まで、テレビも新聞もこんな調子で行楽地の惨状を、報道していました。「武漢コロナ」よりも、出かけない国民に責任があるような口ぶりです。それなら、無理をしてでも出かけようかと、そんな気にさせられた人もいたはずです。

 ところが先ほどのテレビでは、観光地の市長、知事、観光業会の理事長たちの声が、一斉に報道されました。

 「私の街には、来ないでください。」「私たちの県に、無責任に入って来ないでください。」「他県のナンバーは拒否します。」「私たちに、心配や迷惑をかけるのはやめて下さい」

 小田原、熱海、千葉、埼玉と、全国の観光地から、訪問拒否の意思表示です。手のひらを返したような報道が、全国津々浦々にされている日本です。このいい加減さと迷走ぶりと、おかしな報道に比べれば、氏の意見は普通の話に思えてきます。

 『妻をめとらば韓国人』という、おかしな本がベストセラーになったという話を、聞きません。いったい何万部売れたのか知りませんが、影響力を比較すれば、テレビや新聞の迷走報道は、全国に伝わり国民を惑わせます。これに比べれば、氏の本はとるに足りない些事です。

 「武漢コロナ」の無聊潰しと、目くじらを立てず、明日も書評を続けます。

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