今回の田中氏の講義は、歴史区分で言いますと、旧石器時代から、奈良時代までです。 頭の整理のため、おおよその年代を調べました。
旧石器時代 ・・ ( 紀元前約12万年前 ==> 紀元前約1万4,000年前 )
縄文時代 ・・ ( 紀元前約1万4,000年前 ==> 紀元前約500年前 )
土偶・土器
弥生時代 ・・ ( 紀元前約500年前 ==> 紀元300年代 )
銅剣・銅矛 神功皇后・応神天皇 秦氏百済より渡来・帰化 文字伝来
古墳時代 ・・ ( 紀元300年 ==> 紀元500年代 )
飛鳥時代 ・・ ( 紀元600年 ==> 紀元700年代 ) 古事記・日本書紀
奈良時代 ・・ ( 紀元800年 ==> 紀元900年代 ) ( 白鳳・天平時代 )
氏の講義の素晴らしさは、雑談の中にあるような気がいたします。葉に宿る朝露の玉を、手のひらで受け止めた時のような、ときめきがあります。もしかすると、知識のない私は、横道にそれた雑談や、独り言しか理解できないため、そんな印象になってしまうでしょうか。
いずれ分かる時が来るでしょうから、今はこれで満足しています。今回は、氏の雑談を記憶にある限り、文字にしてみました。
「秦氏は、ユダヤ系の武人で、応神天皇の時渡来しました。」「秦氏は、秦の始皇帝の末裔と言われています。」「世界中で差別され、迫害されていたユダヤ人ですが、」「そんな秦氏を、応神天皇が暖かく迎え入れました。」「土地まで与えられ、住んでみますと、日本は素晴らしい国でした。」
「過酷な自然もなく、迫害する人々もなく、食べ物も豊富でした。」「稲作だけでなく、狩猟をしても、漁労をしても、暮らしていけました。」「だから秦氏は、一神教を捨てたのです。」「だいたい一神教というのは、戦いの宗教で、遊牧民の宗教なんですよ。」「過酷な自然の中で、敵対する他民族と常に戦わないと、生きて行けないから、生まれた宗教なんです。」
「ところが、日本では、過酷な砂漠もなく、命を狙う外敵もいません。」「引き連れてきた一族とともに、秦氏は日本に同化してしまったんです。」「ご存知と思いますが、波田とか、羽田とかいう名前がありますでしょ。」「こういう人は、秦氏の子孫です。」「すっかり日本人になっているので、誰にも分かりません。」「高橋とか、服部とかいう名前も、その流れです。」
講義の表題は、「スサノオノ尊 ( みこと )」なのに、秦氏の話になりますと、氏の雑談が止まりません。どこまで本当の話なのだろうと、首を傾げながらも、夢中になってしまいます。
「秦氏は武人ですから、天皇をお守りしました。」「そればかりでなく、計算が得意なユダヤ人ですから、国の財政にも力を尽くしました。」「今で言う、大蔵大臣みたいな役目もしました。」「天皇は彼らに敵対するのでなく、彼らが住むのに十分な土地を与え、自由に使わせました。」「戦争をするのでなく、天皇は秦氏に対し、いわば国譲りをしたのです。」
「応神天皇の厚遇と、日本人の暖かさに感激し、」「秦氏はその後、多くのユダヤ人を呼び寄せています。」「応神天皇や仁徳天皇の大古墳 ( 天皇御陵 ) は、彼らが、そのお礼として作ったものです。」
これが、 紀元前約500年前から、紀元300年代 にかけての、弥生時代の話です。埃まみれの古い話なのに、氏の言葉を聞いていますと、昔の日本が生き生きと蘇ります。
「秦氏は百済から来た、朝鮮人だと言う学者もいます。」「あまりハッキリ言うと、怒る人もいますが、」「朝鮮というのは、廊下みたいなものです。」「悪いけど、あの国には、しっかりした文化がありません。」「独自のものが止まり、じっくりと、何かを作る土壌のある国じゃありません。」
ここまでハッキリ言えば、それはもう、怒る人だらけでしょう。日本の歴史学界を牛耳っている、共産党員の東大教授やその弟子たちだけでなく、韓国・北朝鮮の学者たちも、心穏やかでなくなります。日本の学界で、氏が傍流でしかないのは、こうした正論と毒舌にあります。
今月の初めに、神谷宗幣氏と茂木誠氏が解説する、『超日本史』の講義を聞いた時と、同じおかしさがありました。あの日のブログの文章を、転記します。
《「朝鮮征伐」「朝鮮出兵」と、日本史では説明されますが、本当は「明征伐」だったのであり、朝鮮は通り道に過ぎなかったと、茂木氏が説明します。通過の容認を申し入れても、朝鮮が認めないから戦争になったと言います。》
内容は異なりますが、要するに朝鮮は、日本から見れば、通り道であり廊下であるに過ぎないと、言っています。朝鮮政府や学者は、日本の文化のほとんどは朝鮮が伝えたものであり、朝鮮が師で、先進国であると自慢しています。
通り道や廊下に過ぎないと、私はそこまで無視しませんが、慰安婦や徴用工問題など、大ウソを国際社会に撒き散らす彼らである限り、正しい評価をする気になりません。戦後の日本には、親中、親韓の赤い学者が溢れていますから、たまには辛辣な保守の学者がいて、厳しい意見を言うのも、「目には目を」「歯には歯を」で、悪くありません。
横道に逸れる氏の講義のブログなので、私の叙述も、横道で足が止まります。もう少し、氏の雑談、と言うより、珠玉の独り言が残っていますから、あと一回続けます。