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古い本 その44 鉄道事故

2021年02月07日 | 鉄道

 柳田邦男氏は、「航空事故」1975 に続いて「新幹線事故」を発表した。多分私は事故関連の本の中でこれを最初に読んだと思う。

76 新幹線事故 1977年 表紙

 「新幹線事故」は、中公新書で1977.3.25.発行。264ページ。このシリーズの「その40」で同じ柳田氏の他の書籍を挙げた。よく知られているように、日本の新幹線では乗客の死亡事故が起こっていない。もちろん急病で亡くなった方や、無差別テロで亡くなった方がいるが、大きな地震の時などは幸運にも恵まれてそれが避けられた。この本で取り上げた事故は、主に1973年2月の大阪鳥飼車庫出口の脱線事故、1974年9月の品川付近のATC信号事故の二つである。結果として鳥飼事故の発端はよくわからず、不正な場所に停車した車両の移動に際して不適切な処理が行われたのが原因なのだろう。幸いにして後続の本線上の列車が停車できたので、起こった出来事は回送列車の脱線事故で済んだ。品川の信号事故はもう少し複雑で、信号を搬送する交流の周波数が西日本と東日本で異なることを十分に考慮していなかったことが原因のようだ。これはシステム設計上のミスであろう。
 この本の発行から大分経ってからの話だが、新幹線は大地震で悲惨な事故になりそうだったのを幸運にすり抜けた。1995年1月の阪神大震災では、山陽新幹線の新大阪・新神戸間の道路を越える橋梁が落下した。時刻は午前5時46分ごろ。新幹線のダイヤでは午前6時から運行を始めるから、新大阪に近いこの場所では6時直後に列車が来るはず。当時どうだったか知らないが、現在の時刻表では、6時ちょうどに新大阪を出る「みずほ601号」がその10分ほど後にここを通過する。
 2004年10月の新潟県中越地震では、浦佐・長岡間の下り上越新幹線「とき325号」が脱線。高架上であったが幸い落下することなく、乗員乗客も無事だった。2011年3月の東北大震災では、駅や送電施設などに大きな被害があり、仙台駅に入ろうとしていた試験列車が脱線した。時刻は14時47分ごろだったから宇都宮・盛岡間に他に16列車が運行していた(走行中のものは10列車)が脱線したのは前記の一編成だけだった。2016年4月の熊本地震でも、九州新幹線の回送列車が脱線している。この地震の発生時刻は21時26分で、まだ新幹線の運転時間であったが脱線したのはこの回送列車だけだった。なお、この熊本の4月14日の地震は16日の地震の前震とされているが、余震の発生件数の統計を見ると二つの地震と見た方が発生傾向を説明しやすい。新幹線の脱線事故はおそらくこの地震関連の3件と先に記した鳥飼車庫出口のものの4件しかない。しかもそのうち乗客が乗っていたのは上越新幹線のものだけで、あとは回送・試験列車だった。こんなラッキーが続くものだろうか。

77 洞爺丸はなぜ沈んだか 1983年 カバー

 「洞爺丸はなぜ沈んだか」は文春文庫で、1983.4.25初版発行。263ページ。手元にあるのは1989.2.15発行の第5刷であるが、1980年に単行本として発行された本の文庫本版である。洞爺丸の沈没事故は、1954年9月26日に台風の直下の函館港を出港したが港外に出るとすぐに荒天に阻まれて航行できなくなった。錨を下ろしたが流されて座礁し、ついに沈没した。乗船していたのは1,314人、生存者は116人。台風の直前に現れた小さな風の弱い区域に騙されたと言われる。
 私が鉄道に乗り始めた頃には、全国に4つの鉄道連絡船があった。北海道に渡る青函連絡船、岡山から四国に渡る宇高連絡船、呉の近くから四国に渡る仁堀連絡、それに宮島連絡。1982年に仁堀連絡は廃止、1988年に青函トンネルや瀬戸大橋ができて連絡船らしいものはなくなった。宮島連絡は現在も「鉄道連絡船」を名乗っているが、向こう側に鉄道がないからそういう感じがしない。
 仁堀連絡は、1980年5月に乗船した。呉線側の仁方駅から港までは目の前だったが、四国の堀江港から予讃線堀江駅までは民家の間で何度も曲がる小路だったという記憶がある。

78 鉄道連絡船細見 2008年 カバー

 鉄道連絡船の歴史についてはこの本に詳しいデータがある。古川達郎著のA5サイズの本で191ページ。JTBパブリッシング2008.12.1発行。ずっと昔からの連絡船ら網羅されていて、当然私が知らない航路も多い。

79 鉄道重大事故の歴史 2000年 カバー

 鉄道事故に関連して最近の(といっても20年も経っているが)本を挙げる。「鉄道重大事故の歴史」は、株式会社グランプリ発行のA5サイズの単行本で、2000.6.8初版発行、手元にあるのは2002.9.30発行の第3刷。著者は久保田 博で、国鉄に勤務した人で、鉄道の本を多数書いている。外国のものも含めて、多くの鉄道事故の記録を鉄道の発達史から見た時期別にくわしく記したもの。データが多いのは非常に良いが、「引き込まれて読み続ける」というより、データ集的なもの。私も「全部読んだ」わけではなく、「拾い読み」といったところ。ひとつだけ意見があって、この本の「三重事故」という言葉の用法はどうかと思う。三河島事故のように、三つの列車の衝突は二重事故であり、三重ではない。

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