1991年モンタナ州の訪問 その2
Visit to Montana for digging, 1991. Part 2
1991年7月2日、長い移動も最後の飛行にさしかかった。ソルトレイク空港を小さなプロペラ機で飛び立つ。
4 ソルトレイク。The Great Salt Lake. 1991.7.2
離陸すると、近くにソルトレイク湖(Great Salt Lake)が見え、遠くに白く塩湖らしきものも望む。さらに進むと眼下にかすかにロッキーの山が見え、氷河の削ったカールがたくさん見える。写真は帰途に撮影したもの。
5 ロッキーの氷河地形。Glacial remnant in Rokkies. 1991.7.8
イエローストーン公園の近くを飛んでいるのだろうが、地上はあまり見えない。1時間半ほどの飛行時間の間に日没になって、夕焼けが美しい。
6 ロッキー上で夕暮れ。Sunset in flight to Billings. 1991.7.2
夜も更けて2120にちいさな地方空港のビリングスに着陸。福岡空港からちょうど24時間程になるから、眠い。空港でしばらく待つと、日本人のEさんが迎えに来てくれてほっとする。ここから車で200キロほど離れた発掘現場に行く。途中はほとんど無人のまっすぐな道を走ったらしいが、暗くて何も見えない。北に向っているのだが、前方に垂直な白い光のすじが見え隠れする。大きな町もないはずだが、と思っていたが、どうやらオーロラだったようだ。走っていた場所の緯度は46度ぐらいだから、樺太の南端あたりに相当する。緯度が低いから、色の着いたオーロラはほとんどなくて、白く見えるのも当然。ただ磁北極の位置は北米にあるから、樺太よりもオーロラの出現は多いのだろう。後で現地の方にも聞いてみたが「しばしば見える」とのこと。英語で聞く時には、「オーロラ」といっても通じにくいので、「Northern light」と言うこと。
7 ビリングスから発掘場所へ。 Map form Billings to the digging site.
上の地図のビリングスとウィニフレッド間の直線距離が約210kmである。3時間ほど北に移動して、やっと発掘の宿舎としてお願いしている牧場に到着。すでに真夜中を過ぎていた。
(つづく)
Visit to Montana for digging, 1991. Part 2
1991年7月2日、長い移動も最後の飛行にさしかかった。ソルトレイク空港を小さなプロペラ機で飛び立つ。
4 ソルトレイク。The Great Salt Lake. 1991.7.2
離陸すると、近くにソルトレイク湖(Great Salt Lake)が見え、遠くに白く塩湖らしきものも望む。さらに進むと眼下にかすかにロッキーの山が見え、氷河の削ったカールがたくさん見える。写真は帰途に撮影したもの。
5 ロッキーの氷河地形。Glacial remnant in Rokkies. 1991.7.8
イエローストーン公園の近くを飛んでいるのだろうが、地上はあまり見えない。1時間半ほどの飛行時間の間に日没になって、夕焼けが美しい。
6 ロッキー上で夕暮れ。Sunset in flight to Billings. 1991.7.2
夜も更けて2120にちいさな地方空港のビリングスに着陸。福岡空港からちょうど24時間程になるから、眠い。空港でしばらく待つと、日本人のEさんが迎えに来てくれてほっとする。ここから車で200キロほど離れた発掘現場に行く。途中はほとんど無人のまっすぐな道を走ったらしいが、暗くて何も見えない。北に向っているのだが、前方に垂直な白い光のすじが見え隠れする。大きな町もないはずだが、と思っていたが、どうやらオーロラだったようだ。走っていた場所の緯度は46度ぐらいだから、樺太の南端あたりに相当する。緯度が低いから、色の着いたオーロラはほとんどなくて、白く見えるのも当然。ただ磁北極の位置は北米にあるから、樺太よりもオーロラの出現は多いのだろう。後で現地の方にも聞いてみたが「しばしば見える」とのこと。英語で聞く時には、「オーロラ」といっても通じにくいので、「Northern light」と言うこと。
7 ビリングスから発掘場所へ。 Map form Billings to the digging site.
上の地図のビリングスとウィニフレッド間の直線距離が約210kmである。3時間ほど北に移動して、やっと発掘の宿舎としてお願いしている牧場に到着。すでに真夜中を過ぎていた。
(つづく)