10月 Eurhinodelphis Cocheteuxi du Bus
文献:Abel, Othenio 1931. Das Skelett der Eurhinodelphiden aus dem oberen Miozän von Antwerpen. Memoires du Musée Royal d’Histoire Naturelle de Belgique, Memoire No. 48. (=Verhandelingen van det koninklik natuurhistorisch Museum van Belgie, Verhandling Nr. 48): 191-331, Pl 19-29.(アントワープの上部中新統からのEurhinodelphis 類の骨格)
使用した図はPl. 19で、Eurhinodelphis 属の6個体の第一頸椎を比較した図版であるが、そのうちの3個体のところをトリミングして示した。6個体の種類はいずれもdu Busの命名した種で、 Eurhinodelphis Cocheteuxi(左の二個)、右がE. cristatusである。原図版の配列を変更した。ここでトリミングした写真は、最上段が第一頸椎の頭側、二段目が尾側、3段目が背側、4段目(二つだけ)が腹側である。側面観の写真もあるが・ここではトリミングした。この下に、6個体をかなり詳しく比較した文章がそれぞれ記されている。
驚くのは扱われている標本数で、Eurhinodelphis Cocheteuxiが71標本、E. cristatusが、28標本、E. longirostrisが66標本、の計165標本としている。ここではよく揃った骨格も、一個の骨の破片でも1標本と数えている。
Du Busの原記載はまず次のもの。
Du Bus, 1867. Sur quelques Mammiféres du crag d'Anvers. Bulletin de l’Académie Royale des Sciences des Lettres et des Beaux-Arts de Belgique. 1867 (Nos 9 et 10): 562-577. (d'Anversの幾つかの哺乳類について)
これにEurhinodelphis Cocheteuxiの命名が記されている。残り二つの種E. cristatus とE. longirostris は、1872年du Busの命名らしいが、その論文はよく分からなかった。
哺乳類の最も頭側の脊椎(第1頸椎)は、もちろん頭骨と関節する。頭骨には脊髄が出てくる丸い穴が空いていて、その両側にそれぞれ半月形の膨らんだ関節面がある。第1頸椎はアトラスと呼ばれるが、神話で地球を支えている神アトラスにちなんでいる。ついでに第2頸椎はアクシスと呼ぶが、こちらは第1頸椎に付き出る軸のような部分があるので「軸」にちなんでいる。アトラス・アクシスと並べると対になっているようだが、原義は対応語ではない。なお、日本語では、環椎・軸椎と呼ぶ。頭骨と第1頸椎の関節は首に対して頭を「うなずく」ように縦に回転したり、横にかしげる動きを支配する。第1頸椎・第2頸椎の関節は、道を渡るとき「右を見て左を見て」の動きを支配する。
クジラ類では全体的に頸椎の自由度は低い。高速で泳いでいるときにうなずいたりすれば、生命の危機となる可能性がある。下の写真は原始的ヒゲクジラ類の環椎。
漸新世芦屋層群産 Yamatocetus canaliculatus の環椎頭側
同 環椎尾側
もう一つ参考のためマッコウクジラの環椎の絵を示す。
Beneden, 1868-1879. pl.18.(一部)マッコウクジラの環椎(頭側)
この原典は次のもの。
van Beneden. 1868-1879. Ostéographie des Cétacés vivants et fossiles. (表題はもっと長いが一部だけ記す)Atlas. pls.1-64.(図の解説は1880年発行の別の巻にある) (現生と化石の鯨類骨格図)
昔からよく引用されてきた図集であるが、日本国内には所蔵するところが少なくて入手に苦労した方が多かった。図書館で最大の巨大な本である。現在はネットで手に入るが、図はディジタル化が安易であまり良くない。
上のマッコウクジラの環椎は、Benedenの解説では、上がPhyseter australis,下はPhyseter macrocephalus のものとなっている。現在は、Physeter macrocephalus Linnaeus に統一されている。なお、Benedenは図のスケールを示していない。私の知っている標本では、環椎の横幅67センチという東大阪市の埋没標本の例がある。しかし、この鯨には個体差が大きく、特に雌雄でサイズが異なるので目安にしかならない。頭骨側の関節面は非常に浅い。