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OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

古い本 その203 Kellogg 1931 とOstéographie(1)

2025年08月25日 | 化石

1 Kellogg, 1931のデスモスチルス
 この論文(既出)は、海生の哺乳類化石に関するもので、記載はDesmostylus から始まる。アメリカのDesmostylus hesperusのスケッチがあるから、文中図を見ておこう。

771 Kellogg, 1931. p. 225. Figs. 1-3. Desmostylus hesperus “上顎臼歯”

 見たところ、咬耗していない下顎臼歯の後半と思うが、原文では上顎臼歯となっている。注目するのはサイズで、保存されている部分の前後径が72mmとしている。このスケッチのサイズも原寸の二分の一としていて、紙面上35mmだからほぼ対応する。この計測値は正しいのだろうか? スケールは原文に従って書き込んだ。

772 同じスケールで表した二つの下顎臼歯

 上の比較は、左がKellogg, 1931. p. 225. Fig. 3. 右はReinhart, 1959, pl.6, fig. a.で、どちらもDesmostylus hesperus 。しかもKelloggの方(原論文では上顎臼歯、見たところ下顎臼歯)は前方の一列の咬頭が欠けているから、やっぱりサイズが間違っているようだ。

2. Beneden and Gervais のクジラ骨格図
 次の論文の内容を整理しておきたい。
○ Beneden, Pierre Joseph van and Paul Gervais, 1869-1879. Ostéographie des Cétacés vivants et Fossiles, comprenant la description et l’Iconographie du Squelette et du Système dentaire de ces animaux. Text: i-viii, 1-634, Atlas: Planche 1-64. Arthus Bertrand, Libraire-éditeur, Paris. (現生と化石の鯨の骨学、・・・)(既出)
 この論文は大量の現生を中心とした鯨骨格の図が出てくるから、常に参考にしていたが、何しろ大きな本(意義の大きさと実際の本のサイズの両方)で、写真コピーを撮って(コピー機には乗らない)持っていたが、全容は見渡せないほど。当時は持っている図書館は少なくて、おそらく日本には数冊しかなかったが、現在は.pdf ファイルが手に入る。ここではその内の化石骨について調べてみよう。

773 Beneden and Gervais, 1869-1879. (Text) タイトルページ

 テキストと図版(1880発行)は別の本になっていて、サイズも異なる。図版は高さが50cmほどもあって、他の図書と比べると際立って大きい。テキストの方はもう少し小さいが、約650ページあって重い。論文はフランス語で、OCRに対応しないから、翻訳サイトに自分で打ち込まないと翻訳できない。
 まずこの図版のスケールについて。図版には最下段に種名が書き込んであり、そこに各Figs. の倍率が記してある。このブログでは、その倍率から計算したスケールを書き込んだ。そのためには原本のサイズが必要であるが、幸いにも手元に学生時代に撮影した各ページの写真があり、そこにはスケールを入れて撮ってある。まず、印刷部分の縦の長さを計算したところ45.8センチであることがわかった。縦を測ったのは、折り込み図もあるから。それをもとにしてできるだけスケールを入れた。
 論文の発行年についてだが、分割して発行されたようで、各部分に本来の発行年があるようだが、調べられなかったので、1869-1879 (Text) とした。短く書くときに1879としたところもある。
 図にはPlates 1-64の番号が振ってあるが、うち3図版には「Plate 27bis」というように追加図がある。折り込みになった横長の図と、普通の縦長のページの図があるが、初めの方の5枚の横長の図だけは「Plate 1-2」というように番号二つの連続番号が振ってある。これを差し引くと図版数は62枚ということになる。
 図版のうち、化石に関する図版はまとめられている。出てくる順にリストを作った。部分的に割れている標本が図示してあるものなどを目安にして、化石の図かどうかを判断した。
 引用に際して、「van Beneden」とするのが良いのだろうが、ここでは「Beneden」と略記する。
 現生の多くの種類についてはあきらめて、化石属の標本の写真だけを解説するが一部現生のクジラの属に入る化石属にも触れる。それらを3つのランクに分けた。1(残り2属) おもしろそうな種類(ここでは属)。これらにはCetotherium, Eurhynodelphis, Squalodonと、現生のKogiaが含まれるが、前の二属はすでにこのブログで解説したからKogia Squalodonについて調べた。2(17属)本文に出てくる属 これらについては少しだけ書くつもり。 3(8属) 図版だけに出てくる属 著者自身が種の独立性に疑問があるのだろうから、これらにはなるべく触れないでおこう。

 まず、最初に化石の図が出てくるPl. 16.

774 Beneden et Gervais, 1869-1879. Pl. 16.

 次の種類の化石が描かれている。右の学名は最近の表記。
Plesiocetus Goropii Figs.1-9. Plesiocetus garopii Beneden, 1859
Plesiocetus Burtinii Figs.10-16. Aglaocetus burtinii (Beneden)
Plesiocetus Hupschii Figs.17-22. Plesiocetopsis hupschii (Beneden) Kellogg, 1931
Plesiocetus Gervais Figs.23-24.
 まずPlesiocetus 属について。ヒゲクジラ類の分類については、次の論文が詳しいから参照する。
○ Steeman, Matte Elslup. 2010. The extinct baleen whale fauna from the Miocene-Pliocene of Belgium and the diagnostic cetacean ear bones. Journal of Systematic Palaeontology. Volume 8, 2010, Issue 1: 1-104. (ベルギーの中新世から鮮新世に生息した絶滅ヒゲクジラ動物相と、特徴的なクジラ類の耳骨)<電子版を見ているので、ページは仮>
 古い論文がちゃんと出てくるが、細かいところに綴りの間違いがあることがあるので油断できない。
 これによると、Plesiocetus属はBalaenopteridaeに属し、命名は Beneden, 1859、模式種はここに出てくるPlesiocetus garopii, Beneden, 1859.となっている。なお、種小名の綴りが Beneden et Gervais, 1869-1879 の図版説明では間違って「Goropii」となっている。

古い本 その202 瑞浪層群の爬虫類化石

2025年08月17日 | 化石

 亀井・岡崎, 1974は、瑞浪層群の哺乳類化石をレビューしたが、哺乳類以外の化石として3種類の動物化石の産出を簡単に記した。それらのうち一つは次の論文で報告された。
○ Okazaki, Yoshihiko, 1975. Miocene crocodilian teeth from the Mizunami Group, Central Japan. Bulletin of the Mizunami Fossil Museum. no. 2: 9-14, pl. 5. (瑞浪層群からの中新世ワニ類の歯)
 この時、4個のワニ類化石と思われる標本の産出を記録したが、明確な一個以外は疑問がある。ここでは疑いのない標本を記す。

766 Okazaki, 1975, pl. 5. (一部)? Crocodylidae. 脱落した歯

 標本は土岐市定林寺から発見されたもので、すでに亀井・岡崎, 1974, pl. 95に図示されていた。歯冠側面に規則的な縦の条線が見られる。これはワニ類に見られる一般的な形態で、種類を特定するのには不十分である。日本の中新世のワニ類化石の最初の報告であった。

 また長谷川・冨田, 1977(既出)は。瑞浪市釜戸町荻島からワニ類の鏻板骨の産出をCrocodile sp.として報告したが図示されていない。なお、この「Crocodile」はイタリックになっているが、属名ではなさそう。

 亀井・岡崎, 1974は、瑞浪市明世町戸狩から、カメ類の背甲(スッポン類のものであることが岡崎, 1977で示唆されている。)が産出し、他にも背甲の化石が産出していることを記したが、それ以上の記録はない。カメ類の化石は他に次の論文で報告された。
○ 岡崎美彦, 1977. 可児町東帷子菅刈のカメ類化石. in平牧の地層と化石 -可児ニュータウン化石調査報告書-. p. 103, pl. 1. 可児町教育委員会.

767 岡崎, 1977. pl. 6-1. Chelonia. 左肩帯

 図は上から腹側、前側、背側の写真。文中では背甲の大きさとして80から100 センチもある大きなものとした。

768 現生のスッポンの肩帯

 参考のために現生のニホンスッポンPelodiscus sinensis(現在はTrionyx属を使用しない)の肩帯の写真を示す。この写真は、骨格標本の腹甲を外して撮影し、左肩帯の周りを白線で囲んだもの。上が前方。
 この化石はほとんど同時に発行された次の報告書でも言及された。
○ 奥村 潔・岡崎美彦・吉田新二・長谷川善和, 1977. 帷子産哺乳動物化石. In 可児町帷子の地層と化石.−可児グリンピア住宅団地内化石調査報告書. 9-19, pls. 2−9. 可児町教育委員会.
 この報告書の哺乳動物化石に関する内容は前出の「平牧の地層と化石」とほとんど同じ、前者ではカメ化石の部分の文章が独立している。発行はどちらも1977年3月である。これに対して同年12月に発行された岡崎, 1977. (瑞浪層群の哺乳動物化石 その2)ではこの標本をTrionyx sp.とし、スッポン類のものであるとした。

 同じ年に、瑞浪層群初の鳥類化石の報告がされた。
○ 長谷川善和・奥村好次・岡崎美彦.  瑞浪市明世産の鳥類化石.  瑞浪市化石博物館研究報告. No. 4: 169-171, pl. 1.

769 長谷川・他, 1977. Pl. 1. (一部) ? Plotopteridae. 左大腿骨

 標本は瑞浪市明世町戸狩松ケ瀬産のもので、河川工事の転石中から楓氏によって採集された。Plotopteridaeの化石は、日本の産出地は北海道から長崎県までと広い。主として漸新世の地層から報告されている。しかし模式属のPlotopterumはアメリカの中新世のものであり、時代的には矛盾がない。Plotopterum属の記載論文は次のもの。
○ Howard, Hildegarde, 1969. A new avian fossil from Kern County, California. The Condor, vol. 71, no. 1: 68-69. (California州Kern Countyからの鳥類新種)

770 Howard, 1969. Fig. 1. Protopterum joaquinensis Howard. Holotype 左烏口骨

 Hildegarde Howard (1901-1998) はアメリカの鳥類古生物学の先駆者。Ros Angeles郡立博物館の初めての女性館長であった。
 この標本は、たった一個のそれも小さな破片から新属新種のみではなく新科を設定したことで有名なもの。それにふさわしく、記載も2ページだけというものである。文中、この鳥が潜水性の種類であることや、前肢が水中での「飛行」のような泳ぎに適応して、扁平な骨を持つことが予見されていて驚く。このことはHoward博士の広範な知識と解析力を示すものとして有名。私はこの実物標本を見たことはなく、レプリカを見たが、記載の内容が高度すぎて標本を見ても全く理解できなかった。
 なおよく知られているように北部九州などから多数のプロトプテルム類の化石が産出していて、その幾つかには学名も付けられている。大部分は漸新世の標本なのでここではこれ以上触れない。

 瑞浪層群の鳥類には、もう一種類がある。それは骨質歯鳥だが、未報告なので、遠慮しておく。

 これで、「古い本 166」からスタートした瑞浪関連の記事を一応終了する。紹介した文献は119件。うち未入手は6論文。この調査の途中で興味のある論文をいくつか見つけたので、次回から記す。いずれも瑞浪の研究とは直接的な関連はない。

古い本 その201 平牧・戸狩動物群 まとめ4

2025年08月05日 | 化石

 ではCetotherium属の命名の歴史を調べてみよう。Cetotherium属は次の論文で提唱されたとされる。
○ Brandt, Johann Friedrich von, 1843. De Cetotherio, novo Balaenarum familiae genere in Rossia meridionali ante aliquot annos effesso. Bulletin de la Classe Physico-mathématique de l'Académie Impériale des Sciences de Saint-Pétersbourg (in French). Tome 1, nos. 10–12: 145-148. (数年前にロシア南部で発掘されたバラエナ科の新属”Cetotherio”について)<表題はラテン語、本文はフランス語>
 論文はSaint-Pétersbourgの科学アカデミーの紀要に掲載されているが、ここまでで出てきた論文とずいぶん異なる体裁で印刷されている。まず目立つのはページの打ち方。見かけ上は、各ページが二列組みになっているのだが、左右にページが記してある。だからこの論文は145から148ページなのだが普通の数え方なら2ページ(それぞれ全部ではない)にすぎない。もう一つ珍しいのは、表題はラテン語、本文はフランス語で書かれているということ。Cetotheriumという属の命名を主張しているのだが、表題にはCetotheioという形で出てくる。図版はない。
 標本は、サンクトペテルブルクの鉱物学会博物館に寄託されているクリミア産のクジラ類化石で、「Rathke氏がそれについて短い説明を行った」という。しかし、追跡できるようなジャーナルなどの記載はない。またEichwald氏は当初それらはジュゴンやダイノテリウムかそれらに近い動物のものだと表明したが、のちにクジラのものであると考えた。
 そこでBrandt氏は前の研究では言及されていなかった多くの標本があることを知り、頭骨の構成骨や下顎骨を含む多くの標本を検討したという。しかし、その動物の特徴に触れることはなく、結果としてやや唐突にBalaenaBalaenopteraとの違いがあるからCetotherium 属を提起する。模式種はRathke氏を記念してCetotherium Rathkiiとする。論文の最後にその一文が出てくるのも古い論文では時に見られる。
 いくらなんでも大雑把過ぎる命名だろうが、時代が早いので無効名とはされていない。その後多くの研究者がこの属名を用いたから、捨てられないのだ。現在では多くの系統のヒゲクジラが“Cetotherium”に含まれているとして、再検討する論文が多数見られる。
 Johann Friedrich von Brandt (1802-1879) はドイツの古生物学者・生物学者で、主にロシア、とくにSt. Petersburg Academy of Sciencesで活動した。
 Cetothriumの模式種は、この論文の最後に出てくるCetotherium Rathkii である。もちろん最初にこの化石について記した「Rathke氏」に献名された。たぶんJens Rathke (1769-1855)で、ノルウェイの動物学者。
 ごらんのように、Cetotherium 属の記載は、現代なら無効となる形式で行われた。古い論文なのでしかたない。化石鯨の属名の中でも4番目ぐらいに古いのだ。これについてはまたあとで。
 元に戻って、Brandt, 1843には標本の図がないが、次の論文にCetotherium Rathkeiが出てくる。
○ Beneden, Pierre Joseph van and Paul Gervais, 1869-1879. Ostéographie des Cétacés vivants et Fossiles, comprenant la description et l’Iconographie du Squelette et du Système dentaire de ces animaux. Atlas. Planche 1-64. Arthus Bertrand, Libraire-éditeur, Paris. (現生と化石の鯨の骨学、・・・)
 この図版中pl. 17にヒゲクジラ類の化石の図がある。Figs. 6と 7がこの種類で、7は耳胞骨で別産地だがFig. 6 は「Saint Petersbourgにあるクリミアの標本でBrandt博士による」というからタイプにあたるものと推測される。

764 Beneden and Gervais, 1879. pl. 17, Fig.6. Cetotherium Rathkei 頭骨

 標本サイズはここには記されていない。標本は寄せ集めであることはすでに分かっているし、最初の論文から20年以上経っているからその間に入手した標本かもしれない。だから、現在の感覚のholotypeとは言えない。
 ちなみに、種小名の綴りはまちがっている。原記載はCetotherium Rathkii。人名Rathkeに引きずられたのだろう。また、Brandtがこの間に別の図を公表しているかもしれない。それにこの図のスケールの記述が不完全で、書き込んだスケールが疑わしい。この点については後で。

 Cetotheriumの頭骨の形がわかったので、現在もっとも繁栄しているBalaenoptera属と比較してみよう。

765 BalaenopteraCetotherium の頭骨背面の比較(模式図)

 上の図はナガスクジラ科のニタリクジラB. brydeiと上に記したCetotherium rathkii の頭骨のおおよその形。ニタリクジラは西脇, 1965 「鯨類・鰭脚類」から、Cetotherium はBrandt in Benedenから作図した。サイズは、頭骨の吻部を除いた部分の前後長を合わせた。この二類の違いで一番大きいのは、前額骨の眼窩の上に伸びる部分(supraoccipital process of frontal)と頭骨の正中線の背面の間に大きな段差がある(Balaenoptera)のと、なだらかに両側に下って行く(Cetotherium)こと。この段差の意味は、下顎骨を引き上げる筋肉の頭蓋側の付着面を広くできること。

 瑞浪の話に戻って、今回の設定年代の1970年代よりも大分後で日本産の鯨化石の再検討が一島によって公表された。瑞浪の鯨類についても検討されているので、参考にされたい。
○ 一島啓人, 2005. いくつかの日本産鯨類化石の再検討 –起源の時期と古生物地理の観点から−. 福井県立恐竜博物館紀要, no.4: 1-20.

古い本 その200 平牧・戸狩動物群 まとめ3

2025年07月21日 | 化石

 Abelは、翌1902年に論文の続編を発表しEurhinodelphis属の別種を記載した。
○ Abel, Othnio 1902. Dauphins longirostres du Boldérien (Miocéne Supérieur) des Environs d’Anvers. Mémoires Musée Royal d’Histoire Naturelle de Belgique. T. 2: 102-188, pls. 4, 11-18. (Antwerp周辺のBoldérien(上部中新統)の吻の長いイルカ類)
 新種Eurhinodelphis longirostris の頭部腹面を複写しておく。

759 Abel, 1902. Pl.13. Eurhinodelphis longirostris頭蓋腹面

 上顎吻の歯のない部分の比率はさらに高い。1902年の論文には、前回にはなかった下顎の写真(不完全だが)を伴っている。

760 Abel, 1902. Pl.17, figs. 4,6. Eurhinodelphis longirostris下顎の断片背面(画像不良)

 この画像は、ディジタル化がうまくいっていないようなので、少しマシな手持ちのコピーから写した。

 Othnio Abel (1875-1946)はオーストリアの古生物学者。1917年から1934年までウィーン大学の地質学教授をつとめた。
先取した科名Rhabdosteidaeは次の論文に記載がある。
○ Gill, Theodore Nicholas 1871. Synopsis of the primary subdivisions of the Cetaceans. Proceedings and Communications of the Essex Institute. Vol. 6: 121-126. (クジラ目の主要な下位区分の概要)
 Theodore Nicholas Gill (1837-1914)はアメリカの魚類学者。この論文は入手できなかったが、多くの文献でRhabdosteidaeの初出論文とされている。論文では、1ページ目に短い文章があって、そのあとの5ページが分類表である。まずクジラ類を3つのSuborderに分ける。Zeuglodontia, Denticete, Mysticeteである。
Suborder ZeuglodontiaをBasilosauridaeとCynordidae (外鼻孔が後方に位置する)の2科にわける。Denticeteには5科が区分され、さらにそれぞれに亜科を設ける。科のうちの一つがRhabdosteidaeである。Mysticeteには二つの属が区別される。それぞれの特徴も書いてある。
 次に最後の2ページを使って、それぞれの科や亜科に属する属名が列記してあるが、ここでは属の命名者と、化石属かどうかの注記があるだけで、特徴は示されない。現在の区分との一番大きな違いは、SqualodonがZeuglodontiaに入っていることだろうか。
 次はEurhinodelphis属の模式種について。命名された論文は次のもの。
○ du Bus, Bernard Amé de Gisigniesle, vicomte, 1867. Sur quelques Mammiféres du crag d'Anvers. Bulletin de l’Académie royale des Sciences, des Letteres et des Beaux-Arts de Belgique. Nos. 9 et 10: 562-577. (アントワープの岩層からのいくつかの哺乳類について)
 この論文は古いもので(翌年が明治元年)当時、日本では手に入らなかった。著者のdu Bus (1808−1874)の名前は完記すると長くて、Bernard Aimé Léonard du Bus de Gisigniesで、この論文の「le comte」というのは爵号で、子爵の意味。オランダからベルギーに移った貴族・政治家で、鳥類学者・古生物学者。
 論文は16ページのもので、文中図や図版はない。あまり読んでないので翻訳の正確さは保証しないが、569ページ中ほどに、次の文章がある。
 「この属に3腫か4腫が認められると思う。その一つにEurinodelphis Cocheteuxii の名前を付ける。名称はVieux-Die 要塞の建設責任者のCocheteux船長に捧げる。」
 Vieux-Dieu要塞というのはブリュッセルの30kmほど北にあるOude God の要塞群のことらしい。要塞の形は北に向いて尖った城壁があるようだから、ベルギーがオランダ側(すぐ北がオランダ国境)に備えて防御する形のようだ。なぜ陸上の要塞の建設が船長の仕事なのだろう?要塞建設には興味がないから瑞浪の化石に戻る。

 瑞浪市化石博物館の開館ごろまでの報告をまとめた。その後のものについては簡単に述べる。まず、岡崎はマッコウクジラ類の標本について述べた。
○ 岡崎美彦, 1992. 中新統瑞浪層群からのマッコウクジラ科鯨類化石の産出.  瑞浪市化石博物館研究報告. No.19: 295-299, pls. 44-47.

761 岡崎, 1992. Pls. 44, 46. Aulophyseter sp. 頭蓋背面と下顎背面

 Aulophyseter属の命名は次の論文。
○ Kellogg, Remington, 1927 Study of the skull of a fossil sperm-whale from the Temblor Miocene of Southern California. Contributions to Palaeontology from the Carnegie Institution of Washington: 3–2 22, pls. 1-7.

762 Kellogg, 1927 Plate 1. Aulophyseter morricei 頭骨(holotype)

763  Kellogg, 1927 Plate 7. Aulophyseter morricei 歯

 標本は有名なSark Tooth Hills で発掘されたもので模式種はAulophyseter morricei Kellogg, 1927。なお、献名されたCharles Morrice は地元のコレクターのようで、発掘にも貢献した。歯の標本は、上段の左から4本は頭骨の周りから見つかったのでおそらくholotypeと同一個体。他の5本は同一層準だが離れたところにあったという。本文の計測値からスケールを書き込んだ。

 ヒゲクジラの化石はかなりの点数産出したが、その分類上の位置についてはほとんど検討されていない。亀井・岡崎, 1974 は、幾つかのヒゲクジラの標本に言及したが、その分類群については何も示さなかった。頭骨が全くなかったのがその理由。
 後に、次の論文が公表された。
○ 木村敏之・奥村好次・岩村町教育委員会, 2000. 岐阜県の中新統岩村層群より産出したヒゲ鯨類化石とその摂餌機構.  瑞浪市化石博物館研究報告. No.27: 1-12.
 それまで、瑞浪層群の哺乳類化石は、瑞浪盆地とその西北の可児盆地だけから産出していたが、この標本は初めて東にある岩村盆地からの報告だった。標本はかなりよく保存された下顎の他、頭骨の破片や脊椎骨などが含まれていて、Cetotherium科のものと判定された。また瑞浪層群か亀井・岡崎, 1974が報告した下顎骨は岩村のものと似た形態を持っているという。

古い本 その199 平牧・戸狩動物群 まとめ2

2025年07月14日 | 化石

 前回までに記したように、瑞浪の小型クジラ類につけたEurhinodelphis minoensis Okazaki, 1976という名称は十分な標本やデータに基づいていなかった。これに対する意見が出された。次の論文。
○ Fordyce, R. Ewan, 1983. Rhabdosteid dolphins (Mammalia: Cetacea) from the Middle Miocene, Lake Frome area, South Australia. Alcheringa. Vol. 7, Issue 1: 27-40. (南オーストラリア、Lake Frome地区の中部中新統からのRabdosteus科のイルカ)
 この論文は、オーストラリアの小型ハクジラの何種かについて、主に周耳骨の形態を論じたもので、その標本について属や種を決めていないが、瑞浪のものについて言及している。それによると、(L. G. Barnes の私信では)瑞浪のEurhinodelphis minoensis はたぶんRhabdosteus科のものではない、とする。ここで、Rabdosteus科というのはEurhinodelphis科と同じものだと記している。科名の原記載は、Rabdosteidae, Gill 1871 で、Eurhinodelphidae, Abel 1901よりも先に書かれている(Myrick,1979)からというのだが...。含まれなさそうな科の名前にまで戻るのも面倒だが「こだわり」を標榜している以上少しは踏み込まねば。
 その前に、この論文の著者について。R. Ewan Fordyce (1953-2023.11.10) はニュージーランド、Otago大学の教授だったが、一昨年亡くなった。日本のクジラ類化石研究の発展につくした。私も多大なご指導をいただいた。ご冥福を祈る。

756 Fordyce氏の教授室 2002.12.13 Otago大学

 前に書いた意見を述べたBarnes (Lawrence G. Barnes)氏も、日本の化石クジラ類や束柱類の研究に関わった人で、Los Angeles 群立博物館で研究。

757 Barnes博士と私. 1991.7.9  Los Angeles 群立博物館

 命名の歴史に戻って、最初に科の名前について。Eurhinodelphidaeの命名で出てくるAbelの論文がこれ。
○ Abel, Othnio 1901. Dauphins longirostres du Boldérien (Miocéne Supérieur) des Environs d’Anvers. Mémoires Musée Royal d’Histoire Naturelle de Belgique. T. 1: 1-95, pls. 1-9. (Antwerp周辺のBoldérien(上部中新統)の吻の長いイルカ類)
 表題中のBoldérienというのは、地質年代区分名の一つで、この地域で使われていたもの。次のような吻の長い小型クジラ類のよく保存された頭骨(現生種を含む)を比較して分類を論じている。Saurodelphis argentinus Burmeister (Pliocene), Argyrocetus patagonicus Lydekker (Miocene), Cyrtodelphis sulcatus P. Gervais (Lower Miocene), Pontistes rectifrons Braverd (Pliocene), Inia Geoffroyensis Blainville (Holocene), Platanista gangetica Lebeck (Holocene), Eurhinodelphis Cocheteuxi du Bus (Upper Miocene)。現在の表記の一例は次の通り。(参考資料が複数なので基準などが統一されていない)
Pomtoplanoides argentinus (Burmeister) (Miocene), Argyrocetus patagonicus Lydekker (Lower Miocene), Schizodelphis sulcatus (P. Gervais) (Lower Miocene), Pontistes rectifrons Braverd (Miocene), Inia geoffrensis (Blainville) (Holocene), Platanista gangetica (Lebeck) (Holocene), Eurhinodelphis cocheuteuxi du Bus (Upper Miocene)
 図版は主に上記の種類の頭骨の比較で、この時代としては珍しく写真である。1970年代に入手したコピーでは薄くて見えなかった。最近はインターネットでかなりきれいな画像が得られる。

758 Abel, 1901. Pl. 3, Fig. 5. Eurhinodelphis Cocheteuxi 頭蓋腹面

 この標本は歯がすべて抜け落ちていて、歯槽が溝の中に並んでいる。その溝は前方ではなくなっているから吻部の少なくとも上顎に歯のない部分がある。図にはスケールとともに、その溝の前端の位置を短い線で示した。吻の3分の1以上に歯がないことになる。
64ページに次の文章が出てくる。「このように、Eurhinodelphidæ の名前がdu Bus のEurhinodelphis属を他の吻の長いイルカ類と区別され、ふさわしい。」ここが科名の命名のところだろう。なお、Eurhinodelphinidae とする文献も見られるが多分誤綴りだろう。