OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

古い本 その95 古典的恐竜6 1876年・1877年

2022年04月29日 | 化石

1876年 Monoclonius
 記載論文は次のもの
⚪︎ Cope, Edward Drinker, 1876. Descriptions of some vertebrate remains from the Fort Union Beds of Montana. Proceedings of the Academy of Natural Sciences of Philadelphia, vol. 28: 248-261. (Montana州のFort Union層からのいくつかの脊椎動物化石の記載)
 論文は前書きもなく各種類の記載で始まる。記載されているのは次の種類。種名の後のカッコに入れたのは、私が記した注釈。なにしろ聞いたことのない学名が多かったから。
Aublysodon lateralis, sp. nov. (Aublysodon Leidy, 1868. coelurosaur)
Laelaps inerassatus, sp. nov. (Laelaps Cope, 1866. coerulosaur. この属名はダニ類に先取されていたので、現在はDryptosaurus 属を用いる。)
Laelaps explanatus, sp. nov.
Laelaps faleulus, sp. nov.
Dysganus encaustus, gen. et sp. nov.(以下の4種は「the Dinosauria」ではCeratopsidaeの表で疑わしい種に入れられている。)
Dysganus haydenianus, sp. nov.
Dysganus bicarinatus, sp. nov.
Dysganus peiganus, sp. nov.
Diclonius pantagonus, gen. et sp. nov. (以下の3種は「the Dinosauria」ではHadrosauridaeの表で疑わしい種に入れられている。)
Diclonius perangulatus, sp. nov.
Diclonius calamarius, sp. nov.
Monoclonius crassus, gen. et sp. nov. (Ceratopsidae)
Paronychodon lacustris, gen. et sp. nov. (coelurosaur)
Polythorax missuriensis, gen. et sp. nov. (Chelonia)
Hedronchus sternbergii, gen. et sp. nov. (chimaera)
Ceratodus eruciferus, sp. nov. (Dipnoi)
Ceratodus hieroglyphus, sp. nov.
Myledaphus bipartitus, gen. et sp. nov. (shark)
 たった14ページの論文に、7属18新種を提唱しているのだ。しかも図版はない。正直に言うと聞いたことがある属名はAublysodon, Diclonius, Monoclonius, Ceratodus ぐらいか。種小名はすべて知らない。調べてみると知らなくてもいいかな、と思う種が多い。

332 Cope, 1876 Monoclonius記載の最初の部分(p. 255下端と256上端)

 ここの主題であるMonoclonius 属について次の論文がある。
⚪︎ Dodson, Peter, 1990. On the Status of the ceratopsid Monoclonius and Centrosaurus. In: Carpenter, K. and Currie, P. J., (edits.), Dinosaur Systematics. Cambridge University Press. Cambridge, 231-243. (未入手)
 この論文でDodsonは、Copeが記載した標本を調べ直して、不完全で十分な特徴があるとは言えないとして、この属を疑問属とした。したがって現在はほとんど使われない。
 Edward Drinker Cope (1840-1897) はアメリカの古生物学者。
 以上の調べから次のデータが今のところもっともらしい。
Monoclonius Cope, 1876. 模式種: M. crassus Cope, 1876. ただしDodson, 1990 によれば属種ともに疑問ありという。
産出地 Fort Union層 Montana州 アメリカ

1877年 Camarasaurus
 Camarasaurusを記載した論文は次のもの。
⚪︎ Cope, Edward Drinker, 1877. On a gigantic saurian from the Dakota epoch of Colorado. Paleontological Bulletin. No. 25: 5-10. (ColoradoのDakota時代からの巨大な爬虫類) 1877.8.23
 まず、このジャーナルから調べてみよう。インターネットにデジタル化したものが掲載してあって、読むことができる。No. 1(1873) からNo. 39 (1884)まで(全694ページ・表紙や中間の白紙を含む)が収録されている。No. 25のジャーナル名は上記の通り「Paleontological Bulletin」なのだが、No. 1の題は「Palaeontological Bulletins」と二か所も違う。なお、Palaeontoのaeは連字「æ」である。しかし最初にある目次に当たるところでは「Palaeontological Bulletin」と単数になる。No. 21(1876)からは連字がなくなってeになる。(No. 30/1878で一冊だけaeに戻る)さらにNo. 32が重複するなど、突っ込みどころが多い。このことについては、「古典的恐竜」の最後でもう一度整理する予定。

333 Palæontological Bulletins, Nos. 1-13. Title page

 「Palaeontological Bulletin」のほとんどの論文に図はなく、No. 32あたり以降に数枚あるだけである。恐竜の図はない。

334 Cope, 1881. Plate 6. Dimetrodon incisivus 脊椎など

 上の図は、Paleontological Bulletin, No. 32.のもの。そのように文献を記すと、次のようになる。
⚪︎ Cope, Edward Drinker, 1881. Second Contribution to the History of the Vertebrata of the Permian Formation of Texas. (Figures). Paleontological Bulletin, No. 32: 1-22. Plates 1-6. (Texas州のペルム紀層の脊椎動物史への二番目の寄与)
 しかし、実際にはこの図はCopeの他の論文の再録。その論文は次のもの。
⚪︎ Cope, Edward Drinker, 1880. Second Contribution to the History of the Vertebrata of the Permian Formation of Texas. Proceedings of the American Philosophical Society, Vol. 19, No. 107: 38-58, Plates 1-6. (同上)
 形としては、1880年5月7日に開催された学会講演の記録である。引用の時にもとの論文を見ないと、年号が違う上に、テキストを読んでいないことになる。また、本文だけでなくFigs.の説明も不完全である。

桜もおわった(臨時投稿)

2022年04月28日 | 今日このごろ

 桜が散って〜10日ほど経った頃、道路には花の付け根の部分が無数に落ちていた。花梗と呼ばれる部分である。

落ちた花梗 2022.4.15 志井川沿い

 この時にはまだ花びらも混じっていた。前にも書いたが、ソメイヨシノは雑種であるから、稔る果実を作ることができない。だから花の柄は無駄になるから早々と落としてしまうのだろう。さらに、それから10日ほど後には、実がついた柄も未発達のまま落ちてしまう。

未完成の実 2022.4.24 同上

 写真で、マッチ棒の様に見えるのは小さな実のついた花梗。このように落としてしまうから、ソメイヨシノには大きな実がつくことはほとんど無い。
 もちろん他の桜には実ができる。

色づき始めたさくらんぼ 2022.4.25 同上

 写真はソメイヨシノではない桜。すでにこのブログで記したが、今年の場合2022.3.11には満開だったから、ソメイヨシノよりも20日ほど早かった。まもなく熟し、そのころに鳥が来て全部食べてしまうことになる。ひと様のお宅のものだが、一度食べてみようかな。

私の癌治療の記録 その7

2022年04月25日 | 今日このごろ

3 パルスオキシメーター
 パルスオキシメーターは、血中酸素濃度計とか動脈血酸素飽和度計とも呼ばれる。日本語の名称には「パルス」の部分にあたる言葉がない。写真のように指を挟んで光を透過させ、赤血球のうち酸素を持っているものの比率を表示してくれる。写真では上の数字が飽和度(98%)、下の数字が脈拍数(80)で、写真を撮るときに看護師さんにお願いした。

2016.12.20 パルスオキシメーター

 原理は、赤外光と赤色光の透過時の吸収を調べて飽和度を計るのだが、この機械の素晴らしいのは、脈が来ているときの数値とそれ以外の数値から、動脈血だけの数値を表示することである。だから、血中の酸素飽和度計が、ついでに脈拍を図っているのではなく、脈拍を見ることで、計測(というか計算)が可能になっている。患者に対するストレスもない。私の数値は、抗癌剤投与入院中で、ほとんど98、2度ほど99であった。

4 治療の物理学
 短期間にたくさんの検査を受けたから、放射線の被曝などに若干の問題がある。現在目安とされている一般人の被曝量は「年間1ミリシーベルト(mSv)以下」というものだが、この数値にはそれほど明確な科学的根拠はない。第一キリが良すぎる。さらに、先に書いた被曝限度には「ただし医学的に必要なものを除く」という意味・根拠不明な但し書きがあって、基準というほどのものではない。実際に私の受けた被曝量はわからないが、CT検査では一回の検査で造影剤を入れる前と後の二つの画像を得るから、かなり大きい。CT検査一回の被曝量は、「PET検査Q&A」というパンフレットによるとおよそ5ないし14mSvという。それでも、国際線の航空乗務員や、原子炉作業員(とくに廃炉関連)の被曝量より少なそう(データは見ていないが)。いずれにしても、普通よりも多量の放射線を受けたことになる。2018年秋から、CT検査機が新しいものに変更された。ちょっと質問したが、感度の向上によって被曝量は減っているのだそうだが、具体的な減少量などはお答えいただかなかった。

PET検診の説明パンフレット
 参考:「PET検査Q&A」日本核医学会・日本アイソトープ協会 企画・編集 2015 改訂4版 23 pp.

 PET検診では体内に放射性フッ素を含むブドウ糖に似た分子(フルオロデオキシグルコース:ブドウ糖のヒドロキシ基をフッ素に置き換えたもの)を点滴注入するが、この原子(フッ素18)の半減期は短く、110分である。10倍の1100分(約42時間)経つと、放射性原子の量は1000分の一になり、4日後には百万分の一となる。壊変は陽電子放出(97%、残りは電子捕獲)である。この時放出する陽電子を検出して、各部分のブドウ糖の代謝をマッピングすることができる。壊変によって元素番号が一つ下がり、質量数は変化しない。従って壊変でできる原子は安定同位元素の酸素18だから危険な元素は生じない。放射性フッ素の作成は、酸素18を含む水に、陽子線を照射して得る。ということは、サイクロトロン(か線形加速器)を使うのだが、どこで作るのだろう? また、酸素18の濃縮はどうやるのだろう?多分酸素18水は酸素16水よりもわずかに凍りやすいからそれを使うのかな。
 PET検診による被曝量は3.5mSv程度(前述のパンフレットによる)というから、CTと同程度だろう。
 以上のように、この癌治療全体では通常の基準よりもかなり高い線量を受けたことになる。

癌治療の記録は今回で終了。



資料:経過
2015年10月ごろ 食事後に軽い腹痛があり、何度か続いたことで異常を感じる。
2015.11.13 自宅に近いM胃腸科で受診。数日後潜血があったので、内視鏡検査を薦められる。
2015年12月 K病院で内視鏡検査を予約。
2016.1.13 大腸内視鏡検査 大腸にポリプがあり除去。ポリプの組織検査開始。以下はK病院。
2016.2.2 検査結果通知 ポリプ除去手術をすることに決定。
2016.2.15〜2.17 下部消化管内視鏡手術でポリプ除去。
2016.3.1 大腸癌の存在を通告される。
2016.3.8 診察
2016.3.15 MRI検査 肝臓に癌なし(後に転移があったことが判明)
2016.3.17 超音波検査 肝臓に癌の疑いあり。
2016.3.18 食道及び十二指腸内視鏡検査 この部分に癌なし
2016.3.24 PET検診(PETセンター)
2019.3.29 PET診断結果 肝臓に複数転移あり。他には癌なし
2019.4.1 治療計画の相談
2016.4.8 手術前の各種検査
2016.4.11 大腸内視鏡検査
2016.4.14 前日入院 肝臓の一部および胆嚢の除去。この日夜熊本で大きな地震。
2016.4.27 退院
2016.5.9 再診・検査
2016.5.18〜5.19 CVポート手術
2016.5.25 抗癌剤治療開始(5.24-5.27退院)
2016.5.23 RAS遺伝子変異解析試料採取
2016.6.7〜6.10 抗癌剤治療 2
2016.6.21〜6.24 抗癌剤治療 3
2016.7.5〜7.8 抗癌剤治療 4
2016.7.19〜7.22 抗癌剤治療 5
2016.8.2 抗癌剤治療 白血球減少のため延期
2016.8.16〜8.19 抗癌剤治療 6
2016.8.30〜9.2 抗癌剤治療 7 CT中間検査 異常なし
2016.9.13〜9.16 抗癌剤治療 8
2016.9.26 抗癌剤治療 白血球減少のため延期
2016.10.11〜10.14 抗癌剤治療 9
2016.10.25〜10.28 抗癌剤治療 10
2016.11.8 抗癌剤治療 白血球減少のため延期
2016.11.22〜11.25 抗癌剤治療 11
2016.12.6〜12.9 抗癌剤治療 12 最終回
2016.12.20  CT検査・血液検査 異常なし
2017.3.21 CT検査・血液検査 異常なし
2017.6.2 大腸内視鏡検査
2017.6.20 CT検査・血液検査 異常なし
2017.9.12  CT検査・血液検査 異常なし
2017.12.19  CT検査・血液検査 異常なし
2018.3.20  CT検査・血液検査 異常なし
2018.6.18  CT検査・血液検査 異常なし
2018.9.10  CT検査・血液検査 異常なし
2018.12.3 血液検査 異常なし
2019.3.4  CT検査・血液検査 異常なし
2019.6.5 大腸内視鏡検査 異常なし
2019.6.10  CT検査・血液検査 異常なし
2019.9.13  CT検査・血液検査 異常なし
2019.12.20  CT検査・血液検査 異常なし
2020.5.22  CT検査・血液検査 異常なし CVポート除去 
2020.5.29 CVポート抜糸
2020.11.20 血液検査 異常なし
2020.5.18 翌日の検査に備えてPCR検査 陰性
2020.5.19 大腸内視鏡検査 血液検査 異常なし
2020.5.21 CT検査 異常なし 治療終了

古い本 その94 古典的恐竜5 1856年(つづき)・1870年

2022年04月21日 | 化石

 前回記したLidy 1856には、Trachodon mirabilisについて、歯が複数記されていて、その形態が記録されている。いくつかについてはサイズも書いてある。Leidyは1860年に詳しく記載しなおし、それにはスケッチもあるから、これを命名の論文とする人もいる。
⚪︎ Leidy, Joseph, 1860. Extinct Vertebrata from the Judith River and Great Lignite Formations of Nebraska. Transactions of the American Philosophical Society, vol. 11 (New Ser.) Art. 13: 139-154, plates 8-11. (Nebraska州のJudith River and Great Lignite層からの絶滅脊椎動物)

326 Leidy, 1860. Plate 9. (一部)Trachodon mirabilis

 歯は複数あるが、もちろんこの時代だからどれかを指定して命名するということはない。この属は、現在は使われていない。
 Joseph Leidy (1823-1891) はアメリカの古生物学者。アメリカの19世紀の最も重要な古生物学者3人のうちの一人と言われる。残り二人はEdward D. Cope とOthniel C. Marshである。この3人は幼少の頃母を亡くし、継母によって育てられたという共通点を持つ、という(Wartren, Leonard, 1998:Loseph Leidy the last man who knew everything)。
 化石の産出地付近の地図が付してある。

327 Leidy, 1860. Plate 8. Judith Mountains付近の地図

 この地図、もっともらしく書いてあるが、実はずいぶんいい加減なもの。化石産地のBad lands of Judith付近をトリミングした下の地図(Missouri 川の分岐点に下流から赤字でABCと入れた。)とその下の衛星写真を比較すると、川の屈曲がいずれも強調されすぎているようである。

328 Bad lands of Judith付近を拡大

329 現在の衛星写真

 以上の調べから次のデータが今のところもっともらしい。
Trachodon Leidy, 1856. 疑問種として、現在は使われない。 模式種: T. mirabilis Leidy, 1856. Lectotype: 指定されているかどうか不明。
産出地 Bad Lands, Nebraska州 アメリカ

1870年 Hypsilophodon
 文献は下記のもの。模式種も一緒に記載されている。
⚪︎ Huxley, Thomas Henry, 1870. On Hypsilophodon Foxii, a new Dinosaurian from the Wealden of the Isle of Wight.  Quarterly Journal of the Geological Society of London 26:3-12, Plates 1-2.(Wight島のWealden層からの新恐竜、Hypsilophodon Foxii について)<ネットで読むことはできるが編集し直してありオリジナルではない。>
 いくつかの部位が一緒に発掘された、多分一個体の標本で、頭部の一部を伴っている。

330 Huxley, 1870. Plate 1. Hypsilophodon foxii 頭部ほか

 Thomas Henry Huxley (1825-1890) イギリスの生物学者。ダーウィンの進化論を擁護したことで知られる。
 この標本はこれより前にOwenによって研究され、若いIguanodon Mantelli のものとして記載されていたという。その文献は「Palæontographical Society, "Fossil Reptilia of the Wealden”」だとしている。これに似たものとしてPaläontographical Society が発行する「Monograph on the Fossil Reptilia of the Wealden and Purbeck Formations」というシリーズがある。ネットで見ることができるが、pdfが不完全で読みにくい。わかるところを下に記す。
Monograph on the Fossil Reptilia of the Wealden and Purbeck Formations, 1853-1864.
Part 1. Chelonia(カメ類)December 1853. pp. 1-12, pls. 1-9.
Part 2. Dinosauria. Iguanodon. May 1855. pp. 1-54, pls. 1-19,and 16A
Part 3. Dinosauria. Megalosaurus. February 1857. pp. 1-26, pls. 1-12.
Part 4. Dinosauria. Hyaeosaurus. April, 1858. pp. 8-26, pls. 4-11.
Part 5. Lacertilia. March, 1861. pp. 31-39, pl. 8.
Supplement l. Iguanodon restoration. April, 1858. pp. 1-7, pls. 1-3.
Supplement 2. Crocodilia. November, 1859. pp. 20-44, pls. 5-12.
Supplement 3. Iguanodon mandible. August, 1964. pp. 19-21, pl. 10.

331 Owen, 1855 上記のPart 2. Title ページ.

 確かにこの中のPart 2に「young Iguanodon」という言葉が出てくるし、Tab (Plate) 11や12の説明にもyoung Iguanodonがあるからそのうちのいくつかが後のHypsilophodonのタイプに当たるのだろう。ただ、ネットのpdfでは図がデジタル化されていないから見えない。
 以上の調べから次のデータが今のところもっともらしい。
Hypsilophodon Huxley, 1870. 模式種: H. foxii Huxley, 1870. 
産出地 Wight島 イギリス

私の癌治療の記録 その6

2022年04月17日 | 今日このごろ

4 経過観察 (2016年12月から2021年5月まで)
 手術前の多くの検査で、他の部位に肉眼でわかるような癌がないことが分かっていたが、源発の大腸から血液・リンパ液を介して体内に単独の癌細胞や小さな癌が流れていた可能性があった。抗癌剤治療の目的はそれをなくすためだった。8か月ほど経っているから、それもほとんど除去できたのだろう。そこで、3か月に一度の経過観察の段階に進むことができた。
 各回の経過観察は、日帰りの通院で行われた。通常の行程は、まず朝からの絶食(お茶などは摂取可)、病院に到着したら血液検査とCT検査(2回撮影し、二回目は造影剤を入れる)、それに問診であった。

CT検査機

2018.3.20 CT検査機(初期)

 上の写真は、2018年3月までのCT検査でお世話になった検査機である。2018年秋に検査棟が新しいビルに移転され、それに伴ってCT検査機も新型のものに変更された。

2019.3.5 CT検査機(後期)
 
 この期間中の行動には制限がなく、旅行も自由にできた。翌年1月には、他の県の博物館からの依頼を受けて一般講演も行ったし、気候が良くなった5月には北海道に一人で出かけた。疲れすぎないように注意したが、全く不自由はなく、無事に帰宅した。それ以後も2017年6月の学会出席、同11月の名古屋での同窓会出席、2019年5月の名古屋の別の同窓会出席、同年12月仙台・東京・京都を廻る旅行など自由に動いた。
 この間の通院時に受けた血液検査で注目したのは、腫瘍マーカーの数値であったが、最期まで異状な数値は出なかった。記録のコピーが手元にある2018.12.3から2020.11.20の6回の数値は、最大が1.5、最小が1.0(ng/ml)で、正常値は5.0以下であるから、良好であった。何度かの検査ではCTが省略された。これは診療基準のために回数を減らす必要があったらしい。また下部消化管内視鏡検査のあった時もある。途中から通院は6か月に一度に軽減され、2021年5月に「卒業検査」ともいうような幾つかの検査をおこなって、すべての治療を終了できた。なお、二年後をめどとして、経過を診断していただくことになっている。

III. 感じたこと・他
1 最初に思ったこと
 癌の存在が知らされた時、自分で決めたことがいくつかあった。
○ 癌や、その治療について、なるべく勉強すること。
○ 家族や知人に隠さないこと。
○ 悲観的に考えないで、笑って過ごすこと。
 手術前には、散歩の距離を少し伸ばして、筋肉が落ちないようにした。幸いにも、2017年12月に家から1kmちょっとのところに喫茶店ができたので、2日に一度程度そこまでの往復を歩くことにしていた。最初から現在まで、手術直後に数キロの体重減少があった(すぐに戻った)以外はずっと、約2kgの範囲内にキープした。外国の研究上の仲間や指導くださった先生方にもメールで報告してきた。良い英語の勉強になった。

2 現在の状況
 現在残っている影響は、まず抗癌剤の副作用である手足のしびれ。経過観察中にわずかに軽減したが、特に足のしびれはほとんど変化していない。慣れてきたので、不自由はほとんどないが、転倒などの恐れがある。
 腹部には手術痕がある。側方はほとんど傷がなくなったが、鳩尾から右下に5センチほどのところにヘルニアがある。内部の脂肪が皮下に押し出されたもので、やや膨らんでいる。これは医師の方の意見で対策を講じるほどではない、とのこと。腹に力をかける時には指で押さえて、という指導を受けている。
 他の後遺症は残っていない。胆嚢の除去はほとんど影響がないそうだ。記憶や判断などは変化がなく(自分がそう思っているだけかもしれない)、人並みに老化が進んでいるのだろう。
 私の体質がポリプを作りやすいものであるかどうかは分からない。手術後の下部消化管内視鏡検査でポリプが見つかったそうだが、組織採取で全部取れてしまうほどの小さなものだったとのこと。
 経過観察期間の最後になって、COVID-19の蔓延がおこり、最後の検査時にはいろいろな制約がでてきた。実際に影響があったのは、最後の下部内視鏡検査の際、前日にPCR検査を行って、陰性を確認した上で検査を実行していただいたこと。この検査はほとんどストレスがなく、座って数分間綿棒を舐めるだけ。

2021.5.18 PCR検査

 その後6月に二回のワクチン接種を受けた。また2022年2月には3回目も接種した。