OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

古い本 その43 航空事故の本(下)

2021年01月31日 | 今日このごろ

 前回の最後に、2冊の「特定の航空事故に関する」本を挙げたが、そういう本の中で最も多いのが、1985年8月12日の「日航ジャンボ事件」に関する本だろう。私の手元には少なくとも7冊のこの事故・事件に関する本がある。15年間の本の数は多いし、最近も新しい本が出版されているが、どうもその中の多くの本は得られる情報を集め、それを整理するというような基礎的なことが私にとって不満である。事前に「こういうことではないか」といった予見があって、それに適合する情報を集めただけのような。(中にはそうでない本もあるが。)そんなわけで、内容にはほとんど触れないで、紹介だけしておく。初版の発行順。

68 機長の「失敗学」2003 カバー

 『機長の「失敗学」』は、A5サイズで、第1刷(2003.4.21発行)、著者は杉江 弘で、この本を出版した時ジャンボの機長を勤めていた。第一部は日航ジャンボ事件を扱っていて、第二部と第三部は他の事故を取り上げている。266ページ。

69 葬り去られた真実 2003 カバー

 「葬り去られた真実」「日航ジャンボ機墜落事故の疑惑」は、 2003.8.12初版で、手元にあるのは2003.9.24再版(となっているが、第2刷とすべきか)のもの。宝島社、著者は宮村浩高(ドキュメンタリー番組制作者)。295ページ。

70 壊れた尾翼 2004 カバー

 「壊れた尾翼」「日航ジャンボ機墜落の真実」は、2004.6.20.初版のもの。講談社+α文庫で、著者は加藤寛一郎(1935年生まれ、東京大学名誉教授)。409ページ。

71日航機墜落 2004年 カバー

 「日航機墜落」「123便、捜索の真相」は、イースト・プレス発行(2004.8.1)の単行本。著者は河村一男で、事故当時の群馬県警本部長。帯には「墜落現場は御巣鷹山ではない!」と書いているが、それが特記するようなことだろうか。297ページ。

72 御巣鷹の謎を追う」 2005年 カバー

 「御巣鷹の謎を追う」「日航123便事故20年」は、宝島社発行の単行本。 2005.7.7日初版発行、手元にあるのは2008.7.21発行の第4刷。著者米田憲司はジャーナリスト。285ページであるが、DVDが付録として付いている。内容はボイスレコーダー。本文66ページあたりから録音内容が文字に起こしてある。

73 隠された証言 2006年カバー

 「隠された証言」は、新潮文庫で2006.8.1に初版発行、手元にあるのは2009.10.5発行の第6刷。著者は藤田日出男、もとパイロットで事故調査に携わったという。341ページ。

74 日航123便墜落の新事実 2017年 カバー


 「日航123便墜落の新事実」は、河出書房新社の単行本で、2017.7.30.初版発行、手元にあるのは2017.9.30発行の8刷。著者は青山透子で、事故当時客室乗務員だった。205ページ。

75 日航123便乗客乗員怪死の謎 2017年 カバー

 「日航123便乗客乗員怪死の謎」は文芸社2017.8.12初版の単行本。手元にあるのは2017.11.12の第3刷。著者は織田周二で、事故にあった乗客の遺族。250ページ。

 これらの他、「日航ジャンボ機墜落」1990.8.20朝日新聞、朝日新聞社会部・編もある。近年の本もあるので、内容の紹介はほとんどしなかった。事故後25年も経つのに、出版物が複数出てくるというのも、版数と初版からの間隔を見ると結構読む人が多いことが推測されるのも驚き。やはり事故調査が説得力のないものだったから、各所に疑問を記した本が多い。

私の使った切符 その139 国鉄地紋をもとに

2021年01月28日 | 鉄道
 前からの続きのPJR券。

378 上信電鉄1 PJR磁気軟券

データ:上信電鉄 2000.6.25 下仁田駅発行 下仁田から470円区間乗車券
 上信電鉄は、高崎から下仁田までの鉄道。下仁田で切符を二枚購入し、一枚を手元に残して、もう一枚を乗車に使った。これは使った方であるが、どうして手元にあるのだろうか? 手元に残したもう一枚は硬券で地紋も異なる。

379 上信電鉄2 JPR硬券

データ:上信電鉄 2000.6.25 下仁田駅発行 下仁田から千平ゆき乗車券
 上信電鉄のもう一枚の方は、国鉄地紋を修正したデザインだった。「こくてつ」のロゴは「てつどう」に、「JNR」は「JPR」に変えてある。「JPR」は、Japan(またはJapanese)Private Railwayの略かな。「PJR」ではないところが面白い。また蒸気機関車の動輪だったところは、カウンターウェイトと、連結棒をつなぐ出っ張りがなくなって、単なる車輪デザインになっている。

380 大夕張鉄道 HPR硬券

データ:三菱鉱業大夕張鉄道 1972.9.2 大夕張炭山駅発行 大夕張から清水沢行き乗車券
 これも国鉄地紋を修正したもの。「こくてつ」のロゴは「してつ」に、「JNR」は「HPR」に変えてある。「HPR」はHokkaido Private Railwayだろうか。蒸気機関車の動輪だったところはウェイトが除かれているが車軸に出っ張りがあって、前の上信電鉄のJPR券とも異なっている。
 大夕張鉄道の蒸気機関車の写真を終点大夕張炭山で撮影した。

381 大夕張鉄道の列車 1972.9.2 大夕張炭山駅手前

 写真は乗車した客車から撮影したもので、列車の前方に石炭車が連結されていることがわかる。大夕張鉄道はむしろ石炭輸送の方が重要な任務だった。

古い本 その42 航空事故の本(上)

2021年01月25日 | 50年・60年
古い本 その42 航空事故の本(上)

 2000年頃からの羽田空港の書店では、飛行機関連の本を買って、機内で読んだ。かなり悪趣味だが飛行機事故に関するものもよく買った。いくつかを挙げておく。

61 墜落か生還か 2000 カバー

 翻訳本で、原題は「Emergency」(たぶん1991年発行)、著者はStanley Stewart、英国航空で機長を30年以上勤めた人。翻訳は十亀(そがめ) 洋で、全日空の整備・運行の技術部門にいたという。小型機から大型旅客機まで、計器故障から火山灰によるエンジン停止など10件ほどの事故を記録したもの。

62 機長の危機管理 2002

 「機長の危機管理」「何が生死を分けるか」は、講談社+α文庫で、手元にあるのは第1刷(2002.9.20発行)、著者は桑野偕紀・前田荘六・塚原利夫の共著で、この3人はそれぞれJAL・ANA・JASの機長。1997年の単行本からの再販である。巻頭に「『思考力を持つ機長』像への問題提起」として、柳田邦男氏が5ページほどの前文を寄せている。340ページ。

63 機長が語るヒューマンエラーの真実 2006 カバー

 「機長が語るヒューマンエラーの真実」は、ソフトバンク新書で、手元にあるのは第1刷(2006.3.25発行)、著者は杉江 弘で、出版時にはB747(ジャンボ)の機長。私には内容はよくわからないが、ヒューマンエラーの起こるのは、コックピットの人間関係や情報収集・機器の総合方法に不適切なところがあったためであることが多く、その面から見た訓練が必要…ということだろうか。214ページ。

64 最悪の事故… 2006 カバー

 標題は長く、「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」というもの。草思社発行で、手元にあるのは第1刷(2006.10.26発行)、翻訳本で原本は「Invited Disaster」著者はJames R. Chiles(アメリカ)、2001年の発行。訳者は高橋健次で、出版社に勤めた後翻訳者。航空事故だけの本ではなく、原子力発電所、大きな工場、軍事基地他の事故50件以上を記したもの。興味を持って読んだのは、コンコルド事故、スリーマイル原発事故、チャレンジャー(スペースシャトル)、ハッブル望遠鏡の不具合、チェルノブイリなど。430ページ。

65 まさかの墜落 2007 カバー

 「まさかの墜落」は大和書房発行で、手元にあるのは第1刷(2007.6.25発行)、著者は加藤寛一郎(1935年生まれ、東京大学名誉教授)。十数件の航空事故について記したもの。284ページ。
 これらの他に、「墜落!の瞬間」2002.6.20ヴィレッジブックス、マルコム・マクファーソン著もある。
 次の二冊は、これまでと違って一つの航空事故について記したもの。

66 ボイスレコーダー撃墜の証言 2002 カバー

 「ボイスレコーダー撃墜の証言」は講談社+α文庫、2002.5.20発行の第1刷がある。著者は小山 巖、NHKに勤務していた時の1983年9月1日に大韓航空機の撃墜事件がおこった。この事件は、アンカレッジからソウルに向かった大韓航空の旅客機が樺太上空でソ連の戦闘機によるミサイル攻撃を受け、海上に墜落したもの。正規のルートから500キロも北に逸れて飛行していた。のちにソ連から返還されたブラックボックスの調査などによって、離陸前にアラスカで行われた航路のセッティングが誤っていたことがわかった。ソ連機は十分な確認をしないで撃墜したわけだ。189ページ。
 これの他に、「大韓航空007便」1984.10.20光文社、福本和也著もある。

67 マレーシア航空機はなぜ消えた 2014 カバー

 「マレーシア航空機はなぜ消えた」は講談社の単行本、2014.7.10第1刷発行で、手元の本は2014.8.26.発行の第3刷。著者は杉江 弘で、前出の「機長が語るヒューマンエラーの真実」と同じ。旅客機の機長。この事件は、2014年3月8日にクアラルプール発北京行きのマレーシア航空機が何の連絡もなく航路を西に変更し、行方不明になったもの。現在も経過や墜落地点も明確になっていない。著者はいくつかの推理を記している。機長としての経験から推定したことが基礎になっているから、この事件のように「普通でない」ことが確かな場合についてはあまり考慮されていない。特に軍事関連から提供されたデータはすべて疑うことが必要であろう。また、マレーシア政府の発表は曖昧であり、マレーシア航空のデータもやはり曖昧であるのはなぜだろう。223ページ。

私の使った切符 その138 PJR地紋

2021年01月22日 | 鉄道
 ここからの私鉄地紋写真は、スキャンしてから次のような画像処理をしたもの。だから原切符の色調とは大きく異なる、トリミングした範囲は縦15mm 横20mmとし、一部では地肌の色を台紙の日焼けのためと考えて白か灰色に変更し、地紋のコントラストを大幅に増し、さらに地紋以外の印字(おもに黒)の明度を増して灰色などにした。トリミングした場所は、できるだけ印字のない所を選んだが、小さい硬券などでは文字が邪魔をしている。同じ地紋で色違いのものは省略した場合がある。
 対象としたのは、乗車券・特急券や、ICカードの領収などで、約500枚であるが、重複するもの、例えばJR九州や北九州高速鉄道(モノレール)が多いので扱う枚数はそんなに多くない。また断っておくが、鉄道の全路線に乗車するのが私の趣味であって、切符を必ず持ち帰っているわけではない。だから全国の鉄道の切符を網羅するというのには程遠い。

 まず「PJR」という地紋がある。これは、デザインや印刷の経費の削減などの理由で、同じ地紋を複数の鉄道会社で共有するもの。円の中に「PJR」と書いてあって、その円を蛇行してめぐる帯に「◻︎てつどう・てつどう◻︎」という字が書いてある。色調にはいろいろある。なお、「PJR」は、「Private Japan Railway」の意味。関東の鉄道会社で多く使われる。

372 PJR地紋のパターン

373 伊豆箱根鉄道 PJR硬券

データ:伊豆箱根鉄道 2007.6.2 三島駅発行 三島から500円区間乗車券
 伊豆箱根鉄道には、三島から修善寺までの駿豆線と、小田原から 大雄山までの大雄山線の二つの線がある。色調は桃色。

374 真岡鐵道 PJR磁気軟券

データ:真岡鐵道(JR東日本連絡) 2010.12.12 茂木駅発行 茂木から下館(真岡鐵道)+下館から320円区間(JR東日本)乗車券
 真岡鐵道終点の茂木駅で購入した切符で、券面の大きな字では下館→320円区間としている。まるでJR東日本の乗車券に見える。しかし下館の上に小さな字で「茂木から」と記入されているので、連絡切符であることがわかる。桃色。
 私は仙台方面から東北新幹線で小山に来て下館に一泊し、翌朝真岡鐵道に乗車してこの切符で帰ってきた。小山からは仙台方面から東京への切符で移動したから、この切符を渡す機会はなかった。会社間の精算で320円を真岡鐵道からJR東日本に支払う必要があるのだろうから、JR東日本に損害をかけたかもしれない。

375 箱根登山鉄道

データ:箱根登山鉄道 2019.1.25 風祭駅発行 ICカードチャージ領収書
 色調は桃色。小田急もPJR切符を使っているが、私は持っていない。なお、今回は切符の印字が正しく見える向きにスキャンしたので、用紙の使い方によっては90度回転している場合があるが、もちろん区別はしていない。
 細かく見ると、「◻︎てつどう・てつどう◻︎」の◻︎の大きさに違いがある。

376 上毛電鉄 PJR軟券

データ:上毛電気鉄道 2006.12.15 中央前橋駅発行 中央前橋から600円区間乗車券
 中央前橋から上毛電気鉄道に乗車した時の乗車券。これも桃色。

377 京成電鉄 PJR

データ:京成電鉄 2010.12.9  京成成田空港駅 ICカードチャージ領収書
 京成もPJR地紋を用いている。

これらのPJR地紋は、同じようなデザインではあるがかなりのバリエーションがある。「PJR」の字体、とくに線の橋の「セリフ』(線の橋の飾り、ヒゲ)の有無や「◻︎てつどう・てつどう◻︎」の四角の大きさや配置には各種あって、多くの場所でトレースして作ったものらしい。

古い本 その41 飛行機の本

2021年01月19日 | 今日このごろ

 2000年頃から、博物館の仕事でたびたび東京に出張した。記録の残っているものでは、2000年から2002年までの3年間に16回往復した。時間に追われた出張だったから、ほとんど例外なく北九州(旧空港)・羽田の飛行機を使った。帰りに羽田空港の京急羽田空港駅からターミナルビル地下1階に行く通路に書店があって、ここで搭乗中に読む本を買うことが多かった。ここは、空港にあるだけに航空機関連の本が多くて、飛行機の解説に関する本を購入した。さらに、その後も何冊かの本を買ったが、私はこれらの本を「読んだだけ」だから、短く記す。

57 飛行機はどう進化するか 1996 カバー

 「飛行機はどう進化するか」は、ブルーバックスで、手元にあるのは第1刷(1996.8.20発行)、著者は近藤次郎(1917−2015)、東京大学名誉教授で、航空工学。カバーの写真のコンコルドは2003年に退役したが、その7年前の本であるから、飛行機の将来についてコンコルドや大気圏外の弾道飛行の夢を記したもの。268ページ。

58 堕ちない飛行機 2004 カバー

 「堕ちない飛行機」は 光文社新書で、手元にあるのは第1刷(2004.5.20発行)、著者は杉浦一機(1947−)、肩書きは航空アナリストとなっている。航空機の構造や原理の話よりも、運営や小さな「事故」の報告やそれに対して適切な対応をすることで大きな事故を減らせるという。235ページ。

59 ジェットエンジンの科学 2013 カバー

 「カラー図解でわかる ジェットエンジンの科学」は、サイエンス・アイ新書で、手元にあるのは第1刷(2013.1.25発行)、著者は中村寛治、航空会社に航空機関士として長く勤めた後、航空解説者として活動。223ページ。

60 飛行機事故はなぜなくならないのか 2015 

 「飛行機事故はなぜなくならないのか」は、ブルーバックスで、手元にあるのは第1刷(2015.4.20発行)、著者は青木謙知(1954−)、雑誌「航空ジャーナル」編集長を務め、航空ジャーナリストとして活動。223ページ。