OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

オオグソクムシ

2011年03月09日 | 変なもの
学会でこんなものを販売していたので早速入手。


オオグソクムシ属 Bathynomus:Bathy- と言うぐらいだから深い海の生物である。海底で魚の死骸などに寄ってくるらしい。スナホリムシ科オオグソクムシ属の属するコツブムシ亜目には、砂浜にいるスナホリムシや、魚の口の中などに寄生していていかにもじゃまになりそうなタイノエの属するウオノエ科などがある。さらにコツブムシ亜目のおとなりがワラジムシ亜目で、おなじみのダンゴムシやフナムシが属する。このあたりまで広げると陸上から深海までの非常に広い範囲に生息するしぶとい連中である。体の形もダンゴムシ型とは限らない。各地の中新世の地層から化石が産出している。
知り合いの、この道の権威S博士に文章を添削してもらい、さらに標本の同定をしていただいた。オオグソクムシ Bathynomus doederleini で、日本にも分布する種類という。「この標本はミンダナオ産だが、フィリピンの標本は入手が難しい」との話、S博士に差し上げないといけないのかな?

鞆の浦訪問 2011.2.27投稿の改訂版

2011年03月05日 | 旅行
2011年1月末 名古屋からの帰途、時間が余ったので「海岸線訪問」の一環として広島県の福山で途中下車、鞆の浦を訪れる。

福山駅から鞆鉄道バスで鞆の浦終点へ。広島県内のほとんどのバスで使える、というICカードPASPYを購入。発売されるカードの種類が増えすぎたので、そろそろ収集をやめようかな。費用がかさみすぎである。今回の旅行でもすでに土佐電鉄の「ですか」を入手したので2枚増加。PASPYもトモテツバスと記入してある以上、他のバス会社のも複数あるのだろう。
福山から鞆の浦まで約30分。ここは古くからの海上交通の中継所で、シンボル的な常夜灯を中心として、古い街並の保存がされていて、最近は再開発を問題視した景観訴訟の場所としても有名。




だからといって、交番(パトカーの向こうの建物)までなまこ壁というのもどうかと思う。


歴史的町並にはそれほど興味がないし寒いので、1時間ほどで帰りのバスに乗車。福山駅に入ってすぐ突然横なぐりの雪が降り始めて驚いた。寒いわけだ。

この旅行での県境越え 24回(鞆の浦の前にあちこち回ったので)
未訪問海岸線 44か所 山陽はあと上関だけ。
新たに訪問した2万5千分の一地形図「鞆」「常石」2面。
地形図訪問記録は、近年大きく事情が変化したのでもうじき記録することを止めるかもしれない。
まず、この地形図の編集の仕方が変わり、図幅境界が重複するようになった。それまで場所によっては狭いのに二枚とか四枚の図幅を購入する必要があったのが改善された。「訪問記録」はこれで十枚ほどの「おまけ」訪問が発生した。今年(2011年)夏に「地形図閲覧サービス」の内容が変わり、図幅境界線がネットでは表示されなくなる可能性がある。その場合には地形図を購入しないと訪問記録が正確でなくなる。
現在の訪問図幅は、全4320図中 2698図 (62.45%)。
主要4島に関わるものでは、4088図中 2687図 (66.77%)。3分の2を少し超える。逆に島はほとんど行っていないことが分かる、鉄道がないから。
(いくつかの注釈が必要であるが省略)

北斗星で函館へ(5:最終回)2011.2.25/27投稿の改訂版

2011年03月05日 | 鉄道
これまでの概要 北斗星で函館へ、そして大沼公園に立ちよって恵山宿泊、函館から「白鳥」で新青森に。新幹線に乗車して下館へ。

4日目 真岡鉄道下館駅はJRと共用。さすがに第三セクターで仲が良い。茂木からの帰途のきっぷは、真岡鉄道と水戸線小山までの直通切符である。
日曜日でSL列車の運行がある。調べてきたわけではないので偶然。大沼公園のSLも偶然だった。途中でC12の牽く列車と二度すれ違う。


SLもおか号
終点茂木には転車台がある。蒸気機関車運行のために1996年設置されたらしく、比較的新しいもの。機回り線もあるので、蒸気機関車が上り下りとも先頭で運行できる。でも下館には転車台がないから、もおか号運転の前後に逆行で回送するのだろう。


終点の転車台。むこうの崖にある防空壕のような穴は何だろう?

やはり沿線の景色にもこの終点の様子にも記憶がないので来たことがないのだろうか。人工的な洞窟のある崖を作っている地層は中新世前期の火山性の地層「茂木層」と思うが、そうすると強度は十分だろう。やはり防空壕かな。
これで完乗のタイトルをまちがいなく獲得。他のJR・私鉄線はすべて日時があるか、高校生までに確実に乗っている。たった一つ近年なのに日時がないのがあって、博多南線。切符の記憶もあるし、終点の階段の景色の記憶もあるので確かに乗車している。

下館から小山・大宮を経由して池袋へ。サンシャインで開催されているミネラルショウを訪れる。最近はマンネリで同じような化石しかなく、余り購入するものもない。鳥の化石のことでイタリア人と議論。

4時ごろホテルにチェックインしてから、武蔵野線と大宮の間の貨物線を使った電車に乗りに行く。船橋側から(しもうさ)号と八王子側の列車(むさしの号)があって、平日と土日で異なるダイヤで臨時列車扱いであるが、実際にはずっと運転している。本数が少ないのでしっかりと計画をたてないと乗れない。今日はこの二つの貨物線を制覇。実はむさしの号は八王子からくるので、中央線・武蔵野線連絡部の貨物線を通る。そこは次回の挑戦とする。

5日目 もう一度ミネラルショウに行って多くの友人と会う。夕刻、飛行機で北九州に帰る。

この旅行の県境越え回数 30回
県境越えは、空路や航路の場合乗降の間を一つの境と数える。例えば北九州空港から羽田へのフライトは「福岡県と東京都の境(1回)」
2010年の県境越えは78回 これは2004年以後では一番少ない。
これまでの最多は1976年の212回。京都・瑞浪(岐阜県)間を15回ほど往復したことなどから。
これまでの延べ数は3829回 ただし古い記録に多くの漏れがある。
新たに訪問した2万5千分の一地形図「鉄山」「汐首」「尾札部」「古武井」「戸井」「恵山」6面。

北斗星で函館へ(4) 2011.2.22投稿の改訂版

2011年03月05日 | 鉄道
3日目 ホテルの送迎バスで函館駅に。「12時ごろ到着」となっていたので少し心配したが、1204発のスーパー白鳥30号に無事乗車。こんどの時刻改正で、白鳥は青森経由新青森行きである。


スーパー白鳥30号(函館駅)

青森駅を出たところで確認しておきたい線路がある。青森駅の南で東北本線だった線と奥羽本線をつなぐ貨物線である。夜行列車「北斗星」は青森駅に入らず、貨物線を通過する(従って青森での方向転換はない)。北斗星は貨物線上でしばらく停車した(機関車付け替え?)のを昨日早朝車内で確認したのだが、暗くて写真を撮る気もしなかった。そこで、この日白鳥から撮影したのがこの写真。


左側から近寄ってくるのが貨物線。

こういった旅客列車の走る貨物線は時刻表を丹念に見れば分かりそうだが、全国に数ヶ所あるようだ。ただ、乗り潰すのに距離がよく分からない(時刻表を見ただけでは)ので乗車率などの計算をしたい私には不向き。今回青森の貨物線に乗ったわけだが、完乗の条件として日の出から日没まで、とするならダメ、というか不可能(カシオペア・北斗星は上り下りとも夜間)。私は細かいことは言わないが。大阪の梅田貨物線のように、たくさん走れば乗車は簡単であるが、その距離は計上しにくい。今回の旅行では後で武蔵野線から大宮に行く貨物線の乗車を試みた。「定期旅客列車の走る路線」を乗り潰したいのだが、これまた距離は時刻表にない。しかも武蔵野線の両方から合流する線である。単純に料金計算距離で代用するのも変。平日とそれ以外で時刻が異なるので定期列車ではない!と言い張るのもなんだし。こういった「時刻表索引地図に無い線」は乗り潰しリスト作成のネックである。貨物線でなくても小田急松田・御殿場線松田駅間の連絡線のように定期列車が走るのに索引地図に線の無いものがある。線を引こうとしてもどの線(JR幹線の黒線?私鉄ひげ線?)を引くのか迷う。私鉄では近鉄の大和八木の京都線連絡線は記入がないのに、伊勢中川の名古屋・大阪短絡線は記入してあるのは方向転換の無いことを示すためだろうか?(時刻表はJTB基準)
 
新青森駅は奥羽本線に新設された駅で、新幹線部分は奥羽本線と直角に(南北に)交わって、北海道への延伸を目指している。


奥羽本線からみた新青森駅:先に延びる高架が北海道への意欲を思わせる。

写真は奥羽本線から見た新青森駅で、ここから「はやて」で開通したばかりの新幹線に乗車する。延伸部分はやたらとトンネルが多くてこれといった感激はない。3月にスピードアップするが、もう一度乗りに来る予定はない。今度来るのは函館まで延びたときになるだろう。


新青森駅で出発を待つ上り「はやて」。

2009年8月にやまぎんレトロライン乗車で第1回の鉄道完乗、2010年1月に富山地方鉄道の市内線新設部分乗車で第2回、これで3度目の「鉄道完乗」となる....
ところが、旅行出発前に鉄道乗車リストを整理していると、真岡鉄道の乗車日時がはっきりしない。乗車した記憶も定かでない。第3セクターに変わったときのリストに不備があったようだ。当時は国鉄~JR完乗を目指していたから。こんなときにできることはただ一つ、確認のため再乗車(「再」かどうかわからないのだが)することに。そのために本日は下館泊まり。仙台、宇都宮で乗り換えて小山で水戸線に。暗くなる頃やっと下館着。

北斗星で函館へ(3) 2011.2.21投稿の改訂版

2011年03月05日 | 鉄道
2日目続き 宿泊するホテルの送迎バスが函館駅近くに来るので、乗車。ホテルまでは約1時間。途中乗車を含めて私の他に10人程が乗る。函館市街地をぬけ、空港の近くを過ぎると、右手に津軽海峡をのぞみ、やがて恵山が見えてくる。雪も止んで、おだやかな海が広がっている。


恵山の手前で左手の山道に入り、ホテルには北側からのアプローチ。
北海道には10回以上来ているが、この付近は初訪問。「海岸線訪問」の距離を伸ばしたが、恵山近くの椴法華(とどほっけ)から北の鹿部までの区間が残る。私のルールでは、鉄道・車・徒歩(船・飛行機は含めない。地図にプロットできないから。)で通過した地点から10km以内の海岸線を「訪問海岸線」としている。主要4島の海岸線を「訪問」するには、最低約7800kmの旅行が必要。曲線なので正確に算出できないが、これで91%ぐらいの海岸を「訪問済」である。未訪問海岸線の3分の一以上は北海道にある。全国であと45か所の海岸線が残っている。うち10か所は20km以内に近づいたことのない海岸。

ホテル到着は14時ごろで、はっきり言ってヒマ。周辺に面白そうなものは少ない。東側から見る恵山は荒々しく、大きな侵食谷が刻まれている。


20分ほど歩くと海岸の露天風呂があって良さそうだが、今日は汐の関係で入れないという。行って見ると、なるほど湯船(になるところ)に波が打ち寄せている。名前は皮肉にも「水無温泉」。次に汐が引くのは夜中という。入湯は無料で、脱衣室の小屋がある。月日ごとの入れる時間の表が掲示してある。


水無温泉 右上の一番入り込んだところに「湯船」が見え隠れする。

どう見ても温泉は入れないので、灯台付近を散歩する。1974年の北海道旅行の帰途、室蘭から青森へのフェリーを使ったときに、夕暮れの恵山灯台を船上から遠望した。今日は陸から見る。灯台周辺はきれいな公園になっている。灯台資料館というのがあるが、冬期閉館で見られない。


恵山灯台