OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

2024年2月のカレンダー

2024年01月29日 | 今日このごろ

 Bucklandの属名Megalosaurusの論文には5枚の図版(Plates 40-44)が付いている。ここでは3枚目のPlate 42を紹介する。左の5個の脊椎骨は、仙椎(2個)と前方の腰椎、後方の尾椎であるとしている。(腰椎・尾椎のどちらが2個なのだろう?)Bucklandの図はこの脊椎列を横から見たところで、右が前方であるらしい。
 なお、図の右にある二つの脊椎骨は別の標本で、上が単独の腰椎で右側面、下は単独の尾椎の斜め後方からの図である。「単独の」と書いてある意味は、左の仙椎と別のところで発見されたということらしい。また、中央上の小さい脊椎の図は、右上の脊椎骨の関節面で、「少し地圧で変形している」としている。記入してあるスケールは、見づらいので少し太く書き直した。スケールは12インチ(約30.5 cm)である。そうすると左の仙椎列の前後長は約60cmという巨大なものである。Buckland, 1824に出てくる標本はすべてOxford Universityの博物館(現・Oxford University Museum of Natural History)に保管されている。
 この標本は、のちのOwenの論文にも出てくる。

2-2 Owen, 1856, Tab. 1, Megalosaurus.  仙椎(反転像・左が頭側)

 このスケッチは、Bucklandのものと同じであるが、例によって反転像が示されている。Owenは、椎体の長さや神経の通路を考慮して、これらが5個の仙椎であるとした。図を見ると骨盤とつながっているところが5個の脊椎骨のどれにもあるように見えるのに、Bucklandは2個だけを仙椎だとしたのは、おそらく現生の多くの爬虫類の仙椎数が2であるからだろう。現生のワニも2個の仙椎を持つ。それに対してほとんどの哺乳類は3ないし5個の仙椎があり、奇蹄類などではもっと多い。
 腰椎(胴椎とすべきかもしれない)と仙椎の区別は、骨盤と癒合しているのが仙椎であり、さらに仙椎同士も癒合している。だから、起源としての仙椎の数が増えたというよりは、後方の腰椎が骨盤と接点を持つようになって仙椎に取り込まれた、とするのが実際的だろう。後方でも尾椎が取り込まれたのかもしれない。このことを論じるのには、発生学的・系統学的な多くのデータが必要で容易ではない。
 同じOwenの論文に、これとは別の仙椎の標本が報告されている。標本はTilgateのWealden層のもので、大英博物館所蔵。

2-3 Owen, 1856, Tab. 2. Megalosaurus.  仙椎の一部. 側面

 二枚の図があり、Tab. 2は側面図。本文では、「仙椎の1個とその後方の仙椎の大部分が」と書いてあるから、図の左が頭側ということになる。図は反転像である可能性が高い。実は印刷物では縦長の図なのだが、横位置に回転した。スケールは図に無く、「実物大」としてあるが、元の本の大きさを知らないので他の図から計算すると前後長約35 cmということになるが、精度は悪い。それに両端が切れているようだが、全容を描いた図はどこかにあるのだろうか? 次はTab. 3で、腹側の図。

2-4 Owen, 1856, Tab. 3. Megalosaurus.  仙椎の一部. 腹側と尾側の図。

 こんどは右側が頭側ということになりそう。
 この他に地質学会のMuseumに第3の仙椎の標本があって、それはDry Sandford 産というが、図示されていない。

今回参照した論文は次のもの。
○ Buckland, William, 1824. Notice on the Megalosaurus or great Fossil Lizard of Stonesfield. Transactions of the Geological Society, London. 2nd Ser., vol. 1, Pt. 1: 390-396, Plates 40-44. and their explanation in 2 pages. (StonesfieldのMegalosaurus, または巨大な化石トカゲに関する報告)
○ Owen, Richard, 1856. Monograph on the Fossil Reptilia of the Wealden Formations, Part 3. Megalosaurus Bucklandi. Palaeontological Society, London. Monograph. Vol. 9; 2-26, tabs. 1-12. (Wealden層の化石爬虫類モノグラフ)

私の旅行データ 29 ニュージーランドの鉄道 1

2024年01月25日 | 旅行

 外国の鉄道にはほとんど乗っていない。韓国・釜山の地下鉄、香港の地下鉄(いずれも短距離)を除くとニュージーランドだけ。他にチャンギ空港のターミナル間を結ぶ「スカイトレイン」にも乗ってみたが、その後延伸されているようだ。

旅53 ニュージーランドの鉄道
都市名: AL:オークランド WE:ウェリントン  PT:ピクトン  GM:グレイマウス CC:クライストチャーチ DU: ダニーディン

 ニュージーランドの旅客鉄道は5つのジャンルに分けることができる。まず長距離列車。路線名と列車名が錯綜しているので、間違っているかもしれない。まず北島のオークランド(Auckland)と首都ウェリントン(Wellington)間のNorthern Explorer(681km)、南島のピクトン(Picton)からクライストチャーチ(Christchurch)のCoastal Pacific(348km)、それにクライストチャーチから島を横断してグレイマウス(Greymouth)までのTranz Alpine(223km)の、合計1,252km。2番目は通勤列車で、オークランドとウェリントン付近に運行されている。ネットで探してもその路線名と距離がわからない。一番長いのは、ウェリントンから91kmのWairarapa Connectionという路線らしい。3番目のジャンルは最も長い貨物専用路線で、リストを作るのはできそうにない。ここまでの合計延長は3,898kmだという。4番目のジャンルは保存鉄道で、一番長いのはダニーディン(Danedin)から渓谷に入る60kmの鉄道。そして最後のジャンルは、都市内の路面電車やケーブルカーなど。
 私が乗ったことがあるのは、最初の長距離列車と最後の路面電車など(一部)。長距離列車は全部乗った他に、廃止されたクライストチャーチ・ダニーディン間のSouthernerに乗った。ウェリントンにあるウェリントン・ケーブルカーには乗ったが、市内を走るトロリーバスには乗らなかった。クライストチャーチ市内を時計回りに循環するChristchurch Tramには1998年に全線乗車したが、その循環線の他に南にもう一つ循環線が開通し、さらに南に向かう路線も作られたようだ。近い将来ダニーディンには昔のケーブルカーを復元したものができるそうだ。「こだわりデータファイル」としては、距離に関する数字がないので、何%になるのかわからないからおもしろくない。
 この国への旅行については、すでに紹介した記事がある(2016.2から2022.2)。ここではなるべく記事の重複を避けて、鉄道に関する写真を何枚か掲載する。

旅54 ウェリントン駅 1998.2.23(再掲)

 ウェリントン駅は、最も大きな端頭駅。長距離列車と通勤列車が多くのホームから出発する。

旅55 ピクトン駅 2002.12.14(再掲)

 コースタル・パシフィックの終点ピクトン駅は目の前に港があって、北島へのフェリーが接続している。これも乗ってみたいところ。

旅56 ピクトン港 2002.12.14

旅57 グレイマウス駅 1993.2.10

 トランツ・アルパインの終点グレイマウスは、その名の通りグレイ川の河口の横にある。南島のクライストチャーチから出発した列車は、アーサー峠を越えてタスマン海に臨むグレイマウスに着く。写真の道路を横切ったところにあるのが駅。旅客列車はここまでだが、左に曲がって海岸線を南に伸びていく貨物線がある。道路と線路、それに川を越える橋から撮影。

古い本 その159 ドーバー海峡のトンネル

2024年01月21日 | 鉄道
1 はじめに
 インターネットで恐竜関連の古いジャーナルを見て回った時に、「副産物」として興味深い文章を見かけたので、それについて記す。それは次のもので、CopeのCamarasaurusの記載論文の次に掲載されていたので目を留めた。ジャンルは「鉄道」。
○ Chevalier, M. Michael, 1878. Railway under the English Channel. Proceedings of the American Philosophical Society, held at Philadelphia for Promoting Useful Knowledge, vol. 17: 283-289. Translated by Mr. J. P. Keating.(イギリス海峡の海底下のトンネル)
 これは、1878年1月4日にAmerican Philosophical Societyで行われた講演を翻訳したもの。まず、掲載されているジャーナルから紹介しよう。Philosophical Societyというのは、「哲学協会」と訳されるが、哲学は現代の日本で使われるような限定的な意味ではなく、「根本的な認識論・論理学などの広い領域に関わる学問」ということ。この雑誌に掲載されているのはその学会で発表された研究成果を印刷する物で、その分野はいわば何でもありで、おそらく現在の大学の学問分野を全て包含する。同様な名称のジャーナルは1838年に創刊され、現在も続いているが、このころのものには後ろに「for Promoting Useful Knowledge」(有用な知識の促進のために)という部分が付いていた。
 この文章の内容は、ドーバー海峡の下をトンネルでつなぐことに関するものであるが、経済的な意味や国際交流に関する内容ではなく、実際にトンネルを掘ることに関わる、地質学・土木工学・それにその実施に必要な海底調査技術に関する内容となっている。実際にこのトンネルが「英仏海峡トンネル」として着工されたのは1988年、完成したのは1994年のことで、この文章の印刷後100年以上も経ってからのこと。

596 1994年完成の英仏海峡トンネルの位置 
青線がトンネル部分 黄線は地表部

 この図は、完成したトンネルの位置を示すもの。トンネルはDover(ドーバー)の西のFolkestone(フォークストン)から地下に入って海峡の最短のところに近いコースを通るが、中央のフランス寄りでわずかに右カーブしてフランスのCalais(カレー)近くのSangatte(サンガット)付近で海底部分から陸域に入る。地図の地名略号は次の通り:Dov ドーバー. Fs フォークストン、Cal カレー、San サンガット。
 トンネルに沿った断面図はイギリス地質学会HPにある。

597 トンネルに沿った地質断面図(イギリス地質学会HP)

 参考のため解説しておく。まず地層名は上から次の通り。
1. Upper Chalk 上部白亜
2. Middle Chalk 団塊を含む硬質白亜 Turonian
3. Lower Chalk 灰色白亜 Cenomanian
4. Chalk Marl 泥質白亜 Cenomanian トンネルの大部分が通過する
5. Glauconic Marl 帯緑色の海緑石砂質粘土 Cenomanian
6. “Zone A”
7. Gault 青灰色の石灰質泥岩 Albian
8. Lower Greensand
 このライン上で見ると、地層はイギリス側では高い位置にあるが、海峡部で次第に低い位置に移る。この間には目立った断層はないが、小さな変位がいくつかある。フランス側の海岸に達するあたりから、急激に傾いて、上部の地層が低い位置になってくる。ただし、この断面図は縦方向と横で縮尺が大きく異なる(約50倍)から、図のような急傾斜ではない。フランス海岸の傾斜部分に入ったあたりに大きく変位した断層があるが、トンネルはイギリス側の入り口からそこまで、最も安全な地層であるChalk Marl層を忠実にたどる。この層の厚さは20メートル以上あって、トンネル直径の約10メートルを十分に超える。他の地層のように透水性が高いという危険はずっと少ない。
 もうひとつ危険なことがあって、それは海底に刻まれた過去の河道である深い溝の存在である。その溝は「Fosse Dangeard」(危険な溝)と呼ばれる。溝はもっと新しい時代の堆積物で埋められていて、トンネルの壁を保つようなしっかりしたものではない。幸いなことにこの溝はトンネルが通るChalk Marl層には達していないが、その上位の層が半分以上削られているところがあるから、注意を要する。
 この断面図には他にもいろいろなことが記入されている。まず、海峡中央よりもフランス寄りに縦の線があって、これが両国の掘削が出会ったところ。そのすぐイギリス側に、「危険な溝」の支流が溝を作っていることもわかる。イギリス側の方が地層の褶曲が少ないこともあって、早く進んだ。掘削はシールド工法を用いたが、出会ったところで片方を中心線からずらして行き過ぎて、そこにシールドマシンを「埋葬」し、もう一方のマシンは先に進めて入った側と反対の口から出したという。

598 トンネル周辺の地質図(イギリス地質学会HP) 青い線がトンネルのコース。

 トンネル付近では地層は北に傾いているから、南に行くほど下位の地層が表面に出ている。上の地質図は地表(海峡部では海底)の地層を示している。トンネルを通すべきChalk Marl(濃い緑色)の地層が、地下に全部潜っているところでないと、安全ではないし、その地層があまりに深いのも経費や建設期間に問題が起こるから、すぐ上のLower Chalk(緑色)が露出しているところが好都合であるし、実際そのようになっている。このルートよりも北を通せば、トンネルが深すぎるし、南を通すとねらった地層が存在しない。幸いにも最短に近いところにもっともいい地層が埋まっている所があったわけだ。

 トンネルは二方向の鉄道の通る二つと、その間を通る細い作業通路の、計3本の円筒形のチューブからなっていて、全長の3分の1ごとにそれらを連結する通路(cross over)が作られた。

2023年11月のアクセス数統計の異常について

2024年01月17日 | 今日このごろ

 自分で言うのも何だが、今回は格別におもしろくない、と思う。
 12月1日にアクセス数、とくに訪問数に対する順位とその全体に対する比率が異常であるとした。これについて少し調べてみた。
 問題になっているのは、ブログ事務局から1日ごとに報告される訪問数とブログ総数(約300万件)中の順位の関係。2023年の実績では、訪問数は毎日100件から200件ぐらい、順位は5000位より後で、1万位を超えることは少ない。
 訪問数が多いほど順位は上がるはずだから、それらの相関を調べた。異常が起こる前の10月について。

1 2023年10月の訪問数と順位の逆数(かける100万)

 当たり前だが、訪問数と順位の逆数の間には強い相関がある。R二乗は0.862で、この相関は良さそう(これも当たり前)。その傾向線の式が表示されている。つまり、訪問数が与えられたら、この式に従って順位の期待値が計算できる。
 同じ10月の実際の順位と、訪問数から計算した順位の期待値をグラフにすると次のグラフができる。

2 10月の順位と訪問者数から計算される順位期待値

 これまたあたり前だが、突き出たところ以外はよく一致する。突き出たところで差があるのは、直線で近似したからだろう。他の近似線をとってもいいが、差が大きくないのと、正確な順位予想をすることが目的ではないから、このまま行こう。ではこれを11月に当てはめるとどうなるか

3 11月の順位と訪問者数から計算される順位期待値

 やはり、月の後半は一貫してだいぶん低い順位が示されていることがわかる。
 総数に特異な変動はないから、管理者が別の方式で順位を決めるようになったのだろう。ちなみに総数の増加は順位を下げるだろうが、10月初めから12月15日までの総数の増加は0.17%と影響は少ないから以下では無視する。
 次に、期待値に対して提示された順位がどのくらい離れているか、というグラフを書いてみた。10月はその差は±0.2%未満である。そのくらいの振れがあるのだ。上にも下にも同程度に振れている。

4 期待値に対する順位実数の比率 (2023年10月)

 突き出たところで差が大きいのが少し気になるから、訪問数とこの期待値に対する順位実数の比率(以下では「差異率」)の分散図を書いてみたが、とくに傾向はないから、やはり直線による近似で問題はなさそう。
 次に問題のあった(と私が思った)11月について差異率のグラフを書いてみた。

5 2023年11月の差異率

 11月始め頃から順位が低くなる傾向があったが、11日頃からの数値は異常で、25日以外は、10月には一度もなかった0.2 を大きく超えている。しかも上方(順位が低くなる)にだけずれている。これは誤差ではない。
 では12月以降はどうだろう。

6 2023年12月と2024年1月上旬の差異率

 だんだん収まって、0.2を超えることは12月後半に少なくなった。マイナス方向にずれている17日は唯一マイナス0.2を下回った。2024年に入るとさらに差異は少なくなった。昨日(1月16日)までは、非常に差異が少ない。
 この異常な順位は、11月中頃に始まって、12月中旬には収まったと考えられる。そこで、11月と12月のブログデータを訂正?しておく。11月13日から12月15日までを期待値に変更したもの。いずれも月の平均値。
2023年       訂正前のデータ  推定されたデータ
11月 訪問順位     8,351      6,232
   順位の比率    0.2631%     0.1963%
12月 訪問順位     7,404      6,392
   順位の比率    0.2331%     0.2012%

 ちょっとだけ好成績。手間をかけた割には実りがなかった。
 この原因は推理し難い。この時期は、ちょうど年賀状を準備する頃ではあるが、最近は賀状を作る人も少ないし、ブログを見る人とやや異なるような気もするから、賀状とは関係なさそう。

池袋ショーに行ってきました 7 鉄道 3

2024年01月13日 | 鉄道
 宇都宮ライトレールは、前線14.6 km。片道の乗車券は400円で、交通系ICカードの利用が可能。この会社の独自カードも発売されている。

35 ICカード totra

36 totora利用ガイド

 カードの販売価格は1,000円から。この場合デポジット500円を引くから,500円しか使えない。もちろんチャージできるが。ライトレールの片道400円を使うと、100円残ってちょうどコレクターには良いのかもしれない。購入したのは宇都宮東口にある窓口で、係員が不慣れだったせいか手間取った。
 チャージは車内でも機械でできるが、おそらく履歴印刷はできない。車内での領収書は発行しないと説明書に書いてあった。サービス窓口にもその設備はなさそう、印字できたとしてもレシートのような薄い用紙に出てくるくらいであろう。購入の際の領収書も薄い紙のものだった。

37 totora購入の領収書 2023.12.07

 ライトレール内では履歴の印字ができないので、JR宇都宮駅で履歴印字を試みた。

38 totoraの利用履歴 JR宇都宮駅で印字 2023.12.07

 ライトレール乗車分の記録は、「バス等宇都宮LR」という印字だった。鉄道名は書いてあるのだから「バス等」の区分を書く必要は無いはず、というよりも、区分が違う。totoroエリアは、ライトレールのほか、関東自動車、JRバス関東の一部となっているから、これらを一括しているのだろうか。
 そんなわけで、10時頃宇都宮を出て池袋へ。大宮からは湘南新宿ラインの電車で池袋へ。このライン、実は結構大回りであるが、乗り換えの無いのは便利。

鉄道乗りつぶしの3番目は新横浜付近の新線
 2023年3月18日に新横浜駅の連絡を便利にする東急と相模鉄道の短い線が開業した。東急新横浜線(日吉・新横浜間5.8 km)と相模鉄道新横浜線(新横浜・羽沢横浜国大間4.2 km)である。東急新横浜線は新しい名称で、途中に新綱島駅が新設された。相模鉄道新横浜線は西谷・羽沢横浜国大がすでに開業していてその延伸の形である。この線には東急と相模鉄道が相互に乗り入れる。
 今回は、池袋にいて帰宅する経路として新横浜駅で新幹線に乗車した。この時、副都心線の池袋から新横浜まで、乗り換えなしで行くことができた。かかる時間も45分程度と早いし料金も安い。新線部分に乗るために、羽沢横浜国大まで行き過ぎて、一旦下車した。同駅の外は寂しい。

39 羽沢横浜国大駅の外観 2023.12.09

 このように、新横浜駅で接続する鉄道線はどんどん複雑になってきた。年代順に整理しておこう。

新横浜駅関連の年代表
1908年9月23日 横浜鉄道横浜線開業
1917年10月1日 国有化 鉄道院横浜線に
1964年10月1日 東海道新幹線開業時に開業 当時の横浜線は単線。
1974年7月15日 JR東日本横浜線乗車
1978年以前 横浜市地下鉄3号線新横浜まで乗車
1980年2月1日 東海道新幹線乗車
1985年3月14日 横浜市営地下鉄3号線の 横浜駅—新横浜駅が開業
1993年3月18日 横浜市営地下鉄3号線の 新横浜駅—あざみ野駅が開業 
2006年6月15日 同1号線・3号線をブルーラインと呼ぶ
2006年7月24日 横浜市地下鉄3号線新横浜から先乗車
2019年11月30日 羽沢横浜国大駅開業 相模鉄道・JR東日本の共有駅で相模
2019年11月30日 JR東日本相模鉄道直通線開業
2019年11月30日 相模鉄道新横浜線開業
2019年12月11日 相模鉄道新横浜線乗車
2021年12月11日 JR東日本相模鉄道直通線乗車
2023年3月18日 東急新横浜線開業
2023年3月18日 相鉄新横浜線開業
2023年12月9日 東急新横浜線乗車
2023年12月9日 相鉄新横浜線乗車

40 新横浜駅関連の鉄道線(地下部分は少し色を変えている)

 この旅行で、4か所の鉄道に乗車した。それまで全国7か所の鉄道が未乗車であったが、4か所に減った。その4か所は、富山駅と福井駅の新幹線駅への乗り入れの路面電車(それぞれ0.1 km)、熊本県の熊本電鉄菊池線の路線変更(0.2km)、沖縄県のモノレール延伸(4.1km)の計4.3 kmである。これは全国の私鉄+第三セクターの鉄道の0.055%にあたる。JRは全線乗車済み。次に変更されるのは3月の北陸新幹線金沢・福井館の延伸が予定されていたが、どうなるか。
 池袋ショー関連はこれでおしまい。