私の化石組標本(その22)
My set of fossil specimens, part 22
新生代の最後。
67 標本69-72 scale: 5cm
Specimen 69-72: Isurus, Glycymeris, Ailuropoda, Hexapus
標本69 アオザメ Isurus アメリカ・ノースカロライナ州産 中新世 軟骨魚類
購入標本。最近はチリ産のもっと大きなイスルスが手に入るが、当時はこれくらいのサイズが普通であった。
68 イスルス
Isurus の命名はAgassiz = Jean Louis Agassiz 既出= で、1843年。語源は、ギリシャ語Isos「同一の」、oura「尾」だそうだ。アオザメ類は尾ひれの上と下の差が少ないからだろうか。
この標本の種は、Isurus hastalis (Agassiz)。種小名hastalis は槍の穂先といった意味。
標本70 グリキメリス Glycymeris 神奈川県二宮産 更新世 軟体動物・二枚貝類
いただきもの。神奈川県の南部に分布する二宮層の標本。鮮新世が抜けてしまった。私は古いタイプの古生物研究者で、いろんな地質年代の化石を扱った。論文ともいえない雑文を入れると次の年代のものがある。シルル紀・デボン紀・ペルム紀・三畳紀・ジュラ紀・白亜紀・始新世・漸新世・中新世・鮮新世・更新世・完新世。これらの内、鮮新世はゾウなど脊椎動物ばかりであるから、個人コレクションには何も無い。掛川層群にはほんの一時間ぐらい採集に行っただけ。
二宮層から報告されているGlycymeris 属は5種類ぐらいで、いずれも現生種。この標本はエゾタマキガイG. yessoensis (Sowerby)となっている。ベニグリガイ G. rotunda (Dunker) かもしれない。
標本71 パンダ Ailuropoda 中国・四川省産 更新世 哺乳動物・食肉類
購入標本。いつかの新宿ショーで台湾の業者さんから購入。少々法的な問題があるかもしれない。四川省産であるので、どこかで中国から輸出されていることになるが、中国の国内法でそれが許されているか不明。現在はたぶん禁止されているが、輸出年代によっては問題がない。私は国内の売買なのでその法律とは関係がないが、倫理的には少々問題があるかもしれない。国際法である「ワシントン条約」は絶滅の危機にある動物の保護のためなので、対象外。この標本は現生のジャイアントパンダ Ailuropoda melanoleuca (David) [中国名:大熊猫]でなく、化石種の Ailuropoda fovealis (Matthew et Granger) [中国名:始熊猫] であるから。絶滅してしまった種類はワシントン条約の対象ではないのだ。
歯の種類は右上顎の第一大臼歯で、下の写真の上方が外側(頬側)、右が前方である。竹を食べるのに適応して、食肉類としては例外的に平らな歯をもっていることがよくわかる。
69 パンダの右上顎の第一大臼歯。横幅(近心・遠心長)約2.7センチ。
Ailuropoda属の命名はMilne-Edwards =Henri Milne-Edwards 1835-1900: フランス= で1870年。ミルネ-エドワーズは、非常に多くの動物の命名に関わっており、日本の哺乳類の命名にもよく登場する動物学者。ちなみにMilne-Edwardsのうちの前半は本来はファーストネームの一部であるが、他のEdwardsと区別するために本人や息子がMilne EdwardsまたはMilne-Edwardsと書いていたという。分類学ではハイフンで結んだ方を使うことが多い。
Ailuropodaの語源は、Ailuro- が「猫の」という意味。Podaは「足(脚)」。中国名大熊猫の猫は、ここから来ているかというと、そうとも言えない。先に西欧に知られたレッサーパンダの属名がAilurus (命名1825年)であるから。後に知られたジャイアントパンダは当初これと近縁であると考えられていたから属名も一部借用したのだろう。その大熊猫の種小名melanoleuca はmelano- が黒、leuca が白である。Fovealisの方は、「穴の」といった意味で、化石が洞窟産であることを言っているのであろう。ここにある標本も当然洞窟産。
標本72 ヒメムツアシガニ Hexapus 名古屋港産 完新世 節足動物
名古屋港の浚渫造成地には、海底から土砂が吸い上げられて広い新しい地面を作っていた。そこには現生の貝殻などに混じって、海底の完新世堆積物の「化石」も入っていた。時代は古くないから化石と言ってはいけないんだろうけれども、ノジュール化したものもあるので、ある程度の年月(数百年とか千年とか)は経っているんだろう。一度だけ採集に行ったことがある。この標本はヒメムツアシガニ(二個)で、少し泥岩が固着している。行った場所は名古屋港の東部で、いまのどこにあたるのか不明。
ヒメムツアシガニは、ムツアシガニに似て歩脚が3対。ゴカイ類やナマコなどの棲管内に共生する。淡水の混じる浅い海に生息する。近年は内湾の環境破壊によって見つけることが難しくなってきた。
Hexapus 属はDe Haan = Wilhem de Haan (1801-1855) オランダ= が1833年に命名。Hexa-は六、-pus は足だから文字通りムツアシガニだ。本家ムツアシガニはHexapus sexpes (Fabricius) 、ヒメムツアシガニはHexapes anfractus (Rathbun)という学名。種小名sex-はドイツ語で六、-pesは足、anfractus は「曲る」とか「ねじれる」という意味。De Haan はシーボルト収集標本などを記録したFauna Japonicaの著者のひとりで、甲殻類を担当したから、日本の甲殻類の学名には数多くの彼の命名による種類がある。Richard Rathbun (1852-1918) アメリカ は、スミソニアンで甲殻類他の研究をした。とくに寄生性のものの研究が有名。
自分で採集した標本
72 ヒメムツアシガニ 愛知県東海市?
新生代の段で自分で採集した標本は、他より多くて19件。属名が不明なのが珪化木と鳥と鯨の三件。残り21属だが、勉強が足りないので包括的な属名を使ったから、命名の古い属名が多い。一番古いのは1778年のGlycymeris属。出てきた属の命名年の平均値は1843.2年、中生代が1873.5年、古生代が1876.6年だったから、新生代はちょっと古く、江戸時代になる。
古生代から新生代までの全標本では72標本中66標本が属を決めてあって、命名年の平均は1864.9年。明治になる直前である。
新生代の全体はこんな感じ。
70 新生代の段
次回は化石組標本のことをまとめて、最終回としたい。
My set of fossil specimens, part 22
新生代の最後。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/49/2bd34a33599756e648f713fc9a9b7446.jpg)
67 標本69-72 scale: 5cm
Specimen 69-72: Isurus, Glycymeris, Ailuropoda, Hexapus
標本69 アオザメ Isurus アメリカ・ノースカロライナ州産 中新世 軟骨魚類
購入標本。最近はチリ産のもっと大きなイスルスが手に入るが、当時はこれくらいのサイズが普通であった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/20/09811f11a61a1603d611be8a13ae5f87.jpg)
68 イスルス
Isurus の命名はAgassiz = Jean Louis Agassiz 既出= で、1843年。語源は、ギリシャ語Isos「同一の」、oura「尾」だそうだ。アオザメ類は尾ひれの上と下の差が少ないからだろうか。
この標本の種は、Isurus hastalis (Agassiz)。種小名hastalis は槍の穂先といった意味。
標本70 グリキメリス Glycymeris 神奈川県二宮産 更新世 軟体動物・二枚貝類
いただきもの。神奈川県の南部に分布する二宮層の標本。鮮新世が抜けてしまった。私は古いタイプの古生物研究者で、いろんな地質年代の化石を扱った。論文ともいえない雑文を入れると次の年代のものがある。シルル紀・デボン紀・ペルム紀・三畳紀・ジュラ紀・白亜紀・始新世・漸新世・中新世・鮮新世・更新世・完新世。これらの内、鮮新世はゾウなど脊椎動物ばかりであるから、個人コレクションには何も無い。掛川層群にはほんの一時間ぐらい採集に行っただけ。
二宮層から報告されているGlycymeris 属は5種類ぐらいで、いずれも現生種。この標本はエゾタマキガイG. yessoensis (Sowerby)となっている。ベニグリガイ G. rotunda (Dunker) かもしれない。
標本71 パンダ Ailuropoda 中国・四川省産 更新世 哺乳動物・食肉類
購入標本。いつかの新宿ショーで台湾の業者さんから購入。少々法的な問題があるかもしれない。四川省産であるので、どこかで中国から輸出されていることになるが、中国の国内法でそれが許されているか不明。現在はたぶん禁止されているが、輸出年代によっては問題がない。私は国内の売買なのでその法律とは関係がないが、倫理的には少々問題があるかもしれない。国際法である「ワシントン条約」は絶滅の危機にある動物の保護のためなので、対象外。この標本は現生のジャイアントパンダ Ailuropoda melanoleuca (David) [中国名:大熊猫]でなく、化石種の Ailuropoda fovealis (Matthew et Granger) [中国名:始熊猫] であるから。絶滅してしまった種類はワシントン条約の対象ではないのだ。
歯の種類は右上顎の第一大臼歯で、下の写真の上方が外側(頬側)、右が前方である。竹を食べるのに適応して、食肉類としては例外的に平らな歯をもっていることがよくわかる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/d6/5b92ebb581d987e02b6ff8334ee96d40.jpg)
69 パンダの右上顎の第一大臼歯。横幅(近心・遠心長)約2.7センチ。
Ailuropoda属の命名はMilne-Edwards =Henri Milne-Edwards 1835-1900: フランス= で1870年。ミルネ-エドワーズは、非常に多くの動物の命名に関わっており、日本の哺乳類の命名にもよく登場する動物学者。ちなみにMilne-Edwardsのうちの前半は本来はファーストネームの一部であるが、他のEdwardsと区別するために本人や息子がMilne EdwardsまたはMilne-Edwardsと書いていたという。分類学ではハイフンで結んだ方を使うことが多い。
Ailuropodaの語源は、Ailuro- が「猫の」という意味。Podaは「足(脚)」。中国名大熊猫の猫は、ここから来ているかというと、そうとも言えない。先に西欧に知られたレッサーパンダの属名がAilurus (命名1825年)であるから。後に知られたジャイアントパンダは当初これと近縁であると考えられていたから属名も一部借用したのだろう。その大熊猫の種小名melanoleuca はmelano- が黒、leuca が白である。Fovealisの方は、「穴の」といった意味で、化石が洞窟産であることを言っているのであろう。ここにある標本も当然洞窟産。
標本72 ヒメムツアシガニ Hexapus 名古屋港産 完新世 節足動物
名古屋港の浚渫造成地には、海底から土砂が吸い上げられて広い新しい地面を作っていた。そこには現生の貝殻などに混じって、海底の完新世堆積物の「化石」も入っていた。時代は古くないから化石と言ってはいけないんだろうけれども、ノジュール化したものもあるので、ある程度の年月(数百年とか千年とか)は経っているんだろう。一度だけ採集に行ったことがある。この標本はヒメムツアシガニ(二個)で、少し泥岩が固着している。行った場所は名古屋港の東部で、いまのどこにあたるのか不明。
ヒメムツアシガニは、ムツアシガニに似て歩脚が3対。ゴカイ類やナマコなどの棲管内に共生する。淡水の混じる浅い海に生息する。近年は内湾の環境破壊によって見つけることが難しくなってきた。
Hexapus 属はDe Haan = Wilhem de Haan (1801-1855) オランダ= が1833年に命名。Hexa-は六、-pus は足だから文字通りムツアシガニだ。本家ムツアシガニはHexapus sexpes (Fabricius) 、ヒメムツアシガニはHexapes anfractus (Rathbun)という学名。種小名sex-はドイツ語で六、-pesは足、anfractus は「曲る」とか「ねじれる」という意味。De Haan はシーボルト収集標本などを記録したFauna Japonicaの著者のひとりで、甲殻類を担当したから、日本の甲殻類の学名には数多くの彼の命名による種類がある。Richard Rathbun (1852-1918) アメリカ は、スミソニアンで甲殻類他の研究をした。とくに寄生性のものの研究が有名。
自分で採集した標本
72 ヒメムツアシガニ 愛知県東海市?
新生代の段で自分で採集した標本は、他より多くて19件。属名が不明なのが珪化木と鳥と鯨の三件。残り21属だが、勉強が足りないので包括的な属名を使ったから、命名の古い属名が多い。一番古いのは1778年のGlycymeris属。出てきた属の命名年の平均値は1843.2年、中生代が1873.5年、古生代が1876.6年だったから、新生代はちょっと古く、江戸時代になる。
古生代から新生代までの全標本では72標本中66標本が属を決めてあって、命名年の平均は1864.9年。明治になる直前である。
新生代の全体はこんな感じ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/63/b616cabb8bc22bbffc85125767468bac.jpg)
70 新生代の段
次回は化石組標本のことをまとめて、最終回としたい。