![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/1f/89e1e71f8843da7e050c10a432d6c75c.jpg)
8月 Scaldicetus bolzanensis Dal Piaz
文献:Dal Piaz, Giorgio 1916 . Gli Odontoceti del Miocene Bellunese. Parte Nona: Scaldicetus bolzanensis. pp. 87-92, Tav. 1. (ベルーノBellunoの中新統からの歯鯨類)
ずっと前に入手した復刻版(1977年)をスキャンした。この復刻版はイタリア北部、Veneziaの約80km北にあるBellunoの中新世の鯨化石についての10編のシリーズ(の後半)を再現したもの。それについては、「古い本」ブログその5に掲載した。ここで示した図版は、その9番目(Parte Nona)で、最後のParte Decimaが総括の論文である。 図版にはそのころ頭骨が見つかっていた多くの鯨類が載っていて、壮観である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/47/f169d3886d8f67ffa966c248609620ba.jpg)
Dal Piaz 1916. Parte Decima, Tav. 1
Scaldicetusは、1867年にDu Busが提唱したマッコウクジラに近い属で、ベルギーのAntwerpからの標本を基にして、新属・新種 Scaldicetus Caretti を命名している。その論文は次のもの。
Du Bus, 1867. Sur quelques Mammiféres du crag d'Anvers. Bulletin de l’Académie Royale des Sciences des Lettres et des Beaux-Arts de Belgique. 1867 (Nos. 9 et 10): 562-577.(アントワープの岩山からの幾つかの哺乳類について)
著者du Bus (1808-1874)の名前は論文では「le vicompte du Bus」(du Bus子爵)となっているが・インターネットではJonkheer Bernard Amé Léonard du Bus de Gisigniesという長い名前が出てくる。ベルギー王立自然史博物館の初代館長。
Giorgio Dal Piaz (1872-1962) は、イタリアの地質・古生物学者。Dal Piaz が記した標本は、現在Idiorophus bolzanensis (Dal Piaz)として扱われている。Idiorophus 属はKellogg, 1925が提示した。その論文は次のもの。
R. Kellogg, Remington, 1925. Two physeteroid whales from California. Contributions to Palaeontology from the Carnegie Institution of Washington. Additions to the Tertiary History of the Pelagic Mammals on the Pacific Coast of North America: 1-34, pls. 1-8.(Californiaからの二種類のマッコウクジラ類)
この論文は、マッコウクジラ類の頭骨の形態に対して検索表を用いて分類手順を記したものである。「検索表」というのは、複数の種類に対して一つずつ着眼点を記してその部分の形態によって分割し、さらにその分割された群に対して次の形態を見ていく、といった手法で最終的に種を知ることができるようにしたもの。便利な方法で、理論的にも良いのだが、化石のように形態の全てが観察できない場合には分割先が不明で複数の道をたどらねばならない。最終的に種が決定できないのはやむを得ない。「検索表」は、当時多くの群に対して提示された。現代の分岐図と似ているようにも見えるが、後者では各形質に派生的であることが求められる点と、一時に複数の形質のチェックが行われることなど大きな違いがある。13ページから始まる検索表では、最終的にScaldicetus bolzanensis を含む8種が出てくる。その種名を見るとIdiophyseter merriami n. gen., n. sp. だけが新属・新種の提示のように見える。Idiorophus patagonicus (Lydekker)が種として出てくるが、新種ではない(新属であるが)ためか、検索表ではn. gen.という記載がない。
それが出てくるのは6ページで、「Physodon patagonicus Lydekkerを模式種として新属を立て、Idiorophusとする。」としている。そうすると Physodon属がどうなったのか気になるが、あまりにも長くなりそうなので、今回はここまでで止める。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/f9/df896052e9020eeebf3e4e038143ca4a.jpg)
Kellogg, 1925. p. 19. Fig. 1: Idiophyseter merriami 頭骨背面
Kellogg, 1925 には8枚の図版があるが、Idiorophus属は出てこない。文中図が4図あるが、いずれも新属・新種である Idiophyseter merriami の頭骨のもの。この図は立体感が今ひとつで、マッコウクジラ類の最大の特徴である頭蓋背面の大きな凹みがわかりにくい。とはいっても現生のこの類の頭骨を見たことのある人にとっては凹みがあることを見て取ることは容易であるにしても深さはわからない。この頭蓋前面の凹みは、博物館で鯨の頭を展示するときには悩みの種で、それが見えるように展示するには。標本よりもだいぶん高い位置から見るように設計する必要がある。Kellogg, 1925でも、文中の4枚の図というのはすべて新属新種の Idiophyseter merriami の頭蓋で、上に示した背面の他は後面・側面・腹面であるが、側面図では凹みはその外側の壁に遮られて見えない。