Brachypotheriumの特徴が書いてあるかと思ったが新属記載論文にはなかった。 従って、
Brachypotherium の特徴を知るためには、
Rhinoceros brachypus の記載を見る必要がある。Roger, 1904にはこの種類が出てくるが引用文献の記述はない。他の資料では、
R. brchypusはLartetの命名としているが、その発行年は1837年と1948年の二つが出てくる。1837年のは掲載誌も書いてあるから、まずそれを見よう。
⚪︎ Lartet Edouard, (de Blainville) 1837: Rapport Sur un nouvel envoi de fossiles provenant du dépôt de Sansan. Compte Rendu des Séances de l‘Académie des Sciences, Tome 5, (18 Sept.): 418. (Sansanの堆積物からの化石の新しい搬出の報告)
すでにこの時点で引用が間違っていて、推測を加えて実在するものを記した。Compte Rendu des Séances de l‘Académie des Sciences (表紙の種別によってこの名称は少しずつ異なる)は、会議の報告といった意味で、Académie des Sciences という広い範囲の学会誌だから数学や天文学などだけではなく、実用的な工学などが扱われている。各論文の頭にはこういった分野名が書かれているから、ここでは「Paléontologie」という目標を探した。5巻(Tome 5)となっていて、この号の号数は書いてないが、9月18日発行である。その前の号は9月11日発行だから、週刊誌(毎週だったとは限らない)。この号の初頭の「報告」にde Blainville が非常に短い各種の「ニュース」を列記している。その第3項目からの約20項目(p. 418-420)がLartetの化石脊椎動物に関するところ。その中にはサイに関する記述は見当たらない。
696 Compte Renduの卷の表紙(上)と号の表紙(下)
ジャーナルの名称がこのように違う時にはどちらの名前で引用するのが正しいのだろう?
最近の別の論文では、引用リストに次の文献が出てくる。
⚪︎ Lartet, Edouard, 1837. Note sur les ossements fossiles des terrains tertiaires de Simorre, de Sansan, etc., dans le département du Gers, et sur la découverte récente d’une mâchoire de singe fossile. Compte Rendu des Séabces de l’Académie des Sciences, Tome 4 (16 Jan.): 85–93. (Simorre, Sansan 他の第三紀調査地点からの骨化石についての報告、またGer 県の部局、最近の化石猿の顎について)
87ページの中央付近からサイについての記述がある。まず、骨や歯から3種類が区別できる。という一行があるが、具体的な種名はない。少し開けて、このページの最後の項目、次ページの少し長い一項目だけがサイに関する記述である。このどちらにも
brachypusという種名も、サイの属名も出てこない。結局模式種も、初出論文も確認できなかった。念のため1848年の同誌もざっと調べて見つけられなかったが確かではない、なにしろこの二年間で2,400ページほどもあり、pdfを取り込むことはできても検索はできないのだ。
Edouard Lartet (1801-1871)はフランスの地質学者・人類学者・古生物学者。
次に調べるのは
Chilotherium属である。
⚪︎ Ringström, Torsten Jonas. 1924. Nashorner der Hipparion-fauna Nord-Chinas. Palaeontologia Sinica. vol. 1, Fasc. 4: 1–159. [中國北部三趾馬動物羣中之犀類化石.] (北部中国のHipparion動物群のサイ類)<未入手>
瑞浪の大部分のサイの標本は、一度はこの属のものまたはこの属と比較されるものとして取り扱われた。だから、現在もそのままになっている解説が多い。前に記したように最も後の次の論文では
Chilotheriumであることを否定した。
⚪︎ Fukuchi, Akira and Kouji Kawai, 2011. Revision of fossil rhinoceroses from the Miocene Mizunami Group, Japan. Palaeontological Research, vol. 15, no. 4: 247-257. (瑞浪層群からの化石サイ類の改訂)(前出)
この論文では瑞浪から産するサイ類の種類を
Brachypotherium ? pugnator (Matsumoto) と、疑問符付きで扱った。
Brachypotherium属の提唱、さらにはその属の模式種の記載論文は入手できなかったこともあり、このブログでも不適当であることを承知で
Chilotherium属のまま表記したことが多い。
瑞浪のサイ類を
Chilotherium属として最初に扱ったのは、次の論文。
⚪︎ Takai, Fuyuji, 1949. Fossil mammals from Katabira-mura, Kani-gun, Gifu Prefecture, Japan. Japanese Journal of Geology and Geography, vol. 21, nos. 1-4, pp. 285-290, pl. 12, figs. 2a-2c. (岐阜県可児郡帷子村からの化石哺乳類)
697 Takai, 1949. Chilotherium pugnator 左下顎第2から第3前臼歯
この論文でTakaiは、まずここで報告するサイとバクの化石を帷子村(現・可児市)の地層をヨーロッパのBurdigalian 並びにアメリカのHarrisonianの年代のものとした。Harrisonianというのはあまり馴染みがないが、漸新世から中新世にかけて(24.8−20.6 Ma)のアメリカで使われた年代。そして東アジアの動物群として2目、2科、2属(
Serridentinus =
Gomphotherium と
Baluchitherium)を挙げた。しかし、この中には報告する標本にあたるものがないので、次に中期中新世の5目、26科、62属のリストを示した。サイ科の8属は次の諸属。Takaiの文にはないが、各属の命名者と命名年を添えておく。
Aceratherium Kaup, 1832
Baluchitherium Forster-Cooper, 1913
Bugtitherium Pilgrim, 1908
Chilotherium Ringstrom, 1924
Diceratherium Marsh, 1875
Paracerathrium Forster-Cooper, 1911
Phyllotillon Pilgrim, 1910
Plesiaceratherium Young, 1937
そしてその下の文章であまり理由を示すことなく報告する標本を
Chillotheriumのものとしている。図版は1枚あって、
Palaeotapirus yagii (写真は前出)と
Chilitherium pugnator の写真が掲載されている。
サイの化石骨は多数産出している。全ての写真が公表されているわけではない。ここでは、下顎後部の形態のわかる標本を紹介しておこう。
698 帷子報告書 Plate 3. (一部)
Chilotherium pugnator 左下顎後部 頬側
699 帷子報告書 Plate 2. (一部)
Chilotherium pugnator 上の標本の一部 上咬合面、下舌側
この標本は、可児市帷子菅刈から産出したもの。それぞれスケールを書き込んだ。