OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

名古屋に行ってきました 上

2022年08月29日 | 今日このごろ

 またしても名古屋に行ってきた。目的は、高校の同期同窓会のうち有志だけの会への出席と、ついでにふたつほど。朝、小倉を出て名古屋まで新幹線。ここしばらくの新幹線の様子と比べると、ずいぶん混んできている。8月27日と28日の土日だったからそのせいもあった。でも、二人がけの窓側(E席)に指定席を取ったが、最後まで隣の席は空いていた。帰路も同様だったからCOVID-19 以前にまで戻っていない。
 最初の目的は、名古屋ミネラルショー。吹上のホールで二つのフロアを使って開催されており、二時間ほどだけ見学した。多くの部分が日本産の鉱物の展示・販売で、いくらなんでも華やかさに欠ける。とくに小倉と同じで化石が少ないから、2時間でも十分。

1 名古屋ショー 化石の販売は机の下でひっそりと 2022.8.27

2 東海化石研究会のブース 2022.8.27

 私も参加している東海化石研究会も店を出していた。ただし化石の販売ではなく、会誌バックナンバーや特別出版物の販売だけ。展示されている化石は知多半島の中新世のもの。何人かの知り合いに挨拶し、近況を報告。他のお店で購入した化石については、考えることがたくさんありそうで、後日記す。
 夕刻から同窓会。いつもと違って割子弁当形式の食事。さらにビールのお酌も禁止ということで、食事は盛り上がらなかったが、各参加者のスピーチは面白かった。ほとんどの方が病気の話だったのは年齢上やむを得ない。私のスピーチも癌の話。

3 割子弁当 2022.8.27

 少人数の二次会にも参加して、解散後宿泊。主目的の同窓会の記事はこれだけでおしまい。

古い本 その119 古典的論文 中生代鳥類6

2022年08月25日 | 化石

 次の属はEnaliornis Seeleyである。当初Pelagornisという「新」属名が提唱された。1866年のSeeleyの論文で、下記のもの。
⚪︎ Seeley, Harry Govier , 1866. Note on some new Genera of fossil Birds in the Woodwardian Museum. The Annals and Magazine of Natural History, including Zoology, Botany and Geology, 3rd Ser., vol.18: 109-110.(Woodwardian博物館の新属の化石鳥類のいくつかについて)
 この論文では、まず第三紀の3種類の鳥類が記録されている。その後、Cambridge Greensand (Cenomanian) から発見された標本をPelagornis Barretti と命名した。全部で2ページしかない論文なのだが。この論文に問題があって、「Pelagornis」という名称は次の論文ですでに別の鳥に使われていた。
⚪︎ Lartet, Edouard, 1857. Note sur un humérus fossile d’Oiseau, attribué à un très grand Palmipède de la section des Longipennes. Comptes rendus hebdomadaires des séances de l'Académie des sciences: 736-741. (後半の意味がよくわからないが、鳥の上腕骨化石について)
 Lartetの論文で、中新世の海成層からの鳥の化石を報告して、「Pelagornis miocaenus」を提唱した。現在この種類は骨質歯鳥の一員とされる。
 そこで、Seeleyのものに別の属名を与える必要があった。改訂した論文が次のもの。
⚪︎ Seeley, Harry Govier, 1876. On the British Fossil Cretaceous Birds. The Annals and Magazine of Natural History including Zoology, Botany, and Geology, vol. 18, 3rd Series: 496-512, pls. 26-27.(イギリスの中生代化石鳥類について)
 この論文の497ページに「I abandoned the generic name Pelagornis (which had been preoccupied by Lartet) for Enaliornis,」(私はPelagornisという属名がLartetによって先取されていたので捨ててEnaliornisとした。)と書いているから、Enaliornisの提示は1876年でよい。
 Seeleyは1876年のこの論文の脚注に「I communicated a note to the Cambridge Philosophical Society “On the Fossil Birds of the Upper Greensand (Palaeocolymbus Barretti and Pelagornis Sedgwicki)” but nothing beyond the title of the paper was printed.」と記している。つまり、1866年より前に文章を印刷に回したが、(手違いで?)タイトルだけしか印刷されなかったというのだ。この場合、命名年として1866年の方を採るのが良いだろう。Pelagornisの方の話だが。
 さらに疑問がある。1864年のまぼろしの論文の表題では、Palaeocolymbus BarrettiPelagornis Sedgwickiがでてくる。ところが1866年のものにはPelagornis BarrettiPelagornis Sedgwickiになっている。しかも他の論文では模式種をPelagornis Barrettiの方にしている。属を分けるのをやめたのだろうが、模式種が入れ替わっているような気もする。1876年の論文には2枚の図版が付いている。

432 Seeley, 1876. Plate 26 (一部)  Enaliornis Barretti の頭蓋後部など

Enaliornis Seeley, 1876. 模式種: Enaliornis barretti (Seeley, 1866)
産出地:Cambridge Greensand イギリス

 次の種類は、MarshのBaptornisで、論文は次のもの。
⚪︎ Marsh, Othniel Charles, 1877. Characters of the Odontornithes, with Notice of a new allied genus. American Journal of Science and Arts, Ser. 3, vol. 14: 85-87, Plate 5.)Odontornithesの特徴、それに属する新属の通知を付す)
 この論文は、題の通りOdontornithesの解説がほとんどで、図版も1枚あるがIchthyornisに関するもの。Baptornis advenusの新属新種記載は、最後になって38行あるのみ、しかもそのうち15行は計測値である。論文にはBaptornisの図がないのでわかりにくいが、この鳥は前脚が非常に小さく退化している。もちろん飛ぶような翼はない。下の図は、Martin and Tate, 1976のBaptornis advenus復元図で、この鳥の特異な体型がよくわかる。

433 Martin and Tate, 1976.  Baptornis advenus復元骨格

Baptornis Marsh, 1877. 模式種:Baptornis advenus Marsh, 1877
産出地:アメリカ

 1880年にMarshが「Odontornithes」を出版した。その後19世紀末までの中生代鳥類化石の研究はほとんど進展がなかった。一つだけMarshが追加した属がある。次の論文がそれ。
⚪︎ Marsh, Othniel Charles, 1893. A New Cretaceous Bird allied to Hesperomis.  American Journal of Science, Ser. 3, Vol. 45: 81-82. (Hespeornis近縁の新種白亜紀鳥類)
 標本は一本の脛骨だけで、前の論文から技術が進んだのか、文中にきれいなスケッチが付いている。

434 Marsh, 1893. 挿図 Coniornis altus のholotype

 標本はひざ関節部分を欠く右脛骨の大部分で、関節部に特徴がある。また腱上橋がないというのも大きな特徴である。ただし腱上橋は個体成長に際して途中で形成される可能性も有ると思う。断面の図があって、骨質は緻密質が厚いから重くて飛ぶことはできそうにない。
Coniornis Marsh, 1893. 模式種:Coniornis altus Marsh, 1893.
産出地:アメリカ

 ひとつだけご注意をいただきたいことがある。この記事では「-ornis」という綴りが多数出てくる。ところが r と n の間が狭いので、ご覧の画面ではもしかしたらここを「m」と読んでしまわれるかもしれない。字体などを少し検討したが画面を構成するブラウザーによっても、また行末処理による文字間の調整によっても自動的に変化するので、当方からの改善はできそうにない。ご注意を!

古い本 その118 古典的論文 中生代鳥類5

2022年08月21日 | 化石

 鳥類全部の属に話を広げると現生鳥類が入って収拾がつかなくなるから、中生代の鳥類だけを調べた。「The Dinosauria」には60属ほどが掲載されている(鳥は恐竜の一群だという扱いだから)が、多くは最近のもので、1923年以前に提唱された属は7属にすぎない。そのうち5属がMarshの提唱した属。それに前に記したArchaeopteryx と、SeeleyのEnaliornis が加わる。まず、Marshが1872年から1873年に提唱した3件の中生代鳥類について。
1. 1872年 Ichthyornis
⚪︎ Marsh, Othniel Charles, 1872. Notice of a New and Remarkable Fossil Bird.  American Journal of Science and Arts, Ser. 3, vol. 4 :344. (新しい注目すべき化石鳥類についての報告 )
2. 1872年のHespeornis
⚪︎ Marsh, Othniel Charles, 1872. Discovery of a remarkable Fossil Bird. American Journal of Science and Arts, Ser. 3, vol. 4, no. 13: 56-57.(注目すべき化石鳥類の発見)
3. 1873年のApatornis
⚪︎ Marsh, Othniel Charles, 1873. On a new sub-class of fossil birds (Odontornithes) . American Journal of Science and Arts, Ser. 3, vol.5: 161-162.(化石鳥類の新亜綱Odontornithesについて)

 この時代のMarshの記載では、特徴を簡単に示して学名を提示して、「すぐに報告をする」という宣言だけしか書いてない。例えば Ichthyornisの「記載」は、わずか14行というもの。特徴は簡単ではあるがよく記されている。しかし歯があることには触れていない。「化石は、鳩と同じくらいの大きさを示し、両凹の椎骨を持っている」と記し、その後に四肢骨の特徴が数行記してある。この「脊椎椎体の両方が窪んでいる」という形態が魚類と似ているということで Ichthyornisと言う名前が付けられた。しかし、図がないので椎体の長さとの関連が分からないので、読者にはイメージが伝わらない。
 実際に詳しい記載をまとめ、さらに分類上に「歯のある鳥」と言うグループを設定してモノグラフが発行されたのは1880年。
⚪︎ Marsh, Othniel Charles. 1880. Odontornithes: A Monograph on the Extinct Toothed Birds of North America. GPO: Washington, 201 pp. 34 plates. (Odontornithes: 北アメリカの絶滅した歯のある鳥類に関するモノグラフ) (北九州市立自然史・歴史博物館所蔵)
 というもので、単行本であるからデジタルファイルは公開されていないと思う。この本については以前関わりがあった。1991年にモンタナ州に恐竜化石発掘の出張に出かけ、その帰途にSalt Lakeで古本屋さんを訪れるという、私にとっては夢のような任務をいただいた。しかも古書の購入金額もかなり自由だった! その本屋さんは新本と古い学術書を扱うところで、3階に倉庫があってそこで欲しい本を色々と出してもらった。7月のことでクーラーのない倉庫だったから、重労働であったが、Cope, Marsh, Kellogg 他有名な古脊椎動物学者の名前を出して検索して、在庫のあるものを机に積み上げた。結局仕事として厚さ数十センチの本の山を作り、他に個人的に10冊ほどを購入した。個人の分はカードで支払い、公費分は手続きをして入手した。その中に上記のOdontornithesが含まれていた。恐竜関連の古い学術出版物はすでに何人かの研究者が調べ尽くしたというが、その眼を免れたのだろうか。上記の鳥類も詳しい記載と、リトグラフの図版が含まれている。

427 「Odontornithes」Marsh, 1880. タイトルページ 

428 Ichthyornis 「Odontornithes」折り込み図

429 Hespeornis「Odontornithes」折り込み図

 この本は博物館の書庫にあるが、文中の多くの図をすぐに見ることができない。そこで、インターネットでこの本から引用されている幾つかの図を紹介する。文献は次のもの。
⚪︎ Williston, Samuel Wendell, 1898. “Birds”. in Reptiles of the Kansas Cretaceous Ocean, Paleontology. The University, Geological Survey of Kansas, vol. 4. 41-56, Plates 5-8. (Kansasの白亜紀の海の爬虫類, Part 2、鳥)
 まず、Ichthyornisの標本。

430 Hespeornis, Ichthyornis (Williston, 1898, Plate 7)

 図の左の二つの下顎骨とその右上の頚椎(二方向から)が Ichthyornis disperで、他は Hespeornis regalisの標本。Ichthyornis の特徴とされた「椎体の両側が凹んでいる」という形態はそれほど明瞭ではないが現生の普通の鳥の頚椎とは関節の形が違うように見える。下顎骨には歯があり、当初はMarshも「骨格の化石の中に紛れ込んだ爬虫類の顎」と思っていたと記している。注目するのは歯の拡大図(左下)で、大きく膨らんだ歯根の形態は色々と考えることがありそうだ。
 Hespeornis regalisの記載は、1872年に2度同じジャーナルに掲載されている。二つ目にも「n. gen, n. sp.」と書いてあるが、当然1月発行の方が早いからこちらが初出。「The Dinosauria」の引用はまちがっている。2度目の論文は後で記す。
 もう一つの種類 Apatornisについては、命名の経緯がすこしめんどう。1873年に提唱されたこの属の模式種である Apatornis celer は、すでにMarsh自身が記録した種で、1872年の論文中に Ichthyornis celerとしてあった種類。1873年の別の論文であまり根拠を示さないで別属とすることが宣言され、その折に作られたのが Apatornis属。だから Apatornis celer (Marsh)と、命名者をカッコに入れるのがいい。標本の図はさきほどのKansasの論文に引用されている。

431  Apatornis celer (Marsh) holotype (Williston, 1898)

 図を見てもよくわからないが、骨盤と癒合する連続した仙椎の一部である。

 以上の3属について簡単にまとめておこう
1. 1872年Ichthyornis 模式種 Ichthyornis disper Marsh 1872
2. 1872年のHespeornis 模式種 Hespeornis regalis Marsh 1872
3. 1873年のApatornis 模式種 Apatornis celer (Marsh, 1872) =Ichthyornis celer Marsh 1872

古い本 その117 古典的論文 中生代鳥類4

2022年08月17日 | 化石
 命名規約委員会(ICZN)の二つ目のOPINIONを紹介する。
⚪︎ 1977 OPINION 1070. Conservation of Archaeopteryx lithographica von Meyer, 1861 (Aves). Bulletin of Zoological Nomenclature, vol. 33: 165-166.(Archaeopteryx lithographica von Meyer, 1861の保全)
 内容は次のようなもの。抄訳だから正確なことを知りたい方は原典にあたっていただきたい。
(1) (委員会の)強権として種名lithographicaは種名「crassipes」に対して先取権を与える。どの動物学者もこれら二つの名前は同一種に対して与えられたものとしている。
(2) (1)に対応して、公式リストが訂正される。
(3) Pterodactylus crassipes は公式リストに掲載されるが、lithographicaを優先して使用することを承認する。

 Haarlem標本が、翼竜ではなくて鳥類であることが、1970年頃に知られ、命名規約上の問題が生じた。それは、翼竜として記載されたHaarlem標本が、Archaeopteryx lithographicaと同種であるとすると、その種名Pterodactylus crassipesは先に命名されたから(属を変更することになるのだが)種小名は先取している。だから規約どおりならこの名称を用いるのが正しいことになる。もちろんそれに伴って語尾の変化もあるかもしれないし、属どころかもっと上の分類単位を移動することになる。しかし、あまりにも有名なArchaeopteryx lithographicaを消すわけにも、というわけだろうか、そんな場合の優先順位を委員会の仕事として変更したのだ。そういう権利があることは、「強権」として条81に規定があるのだ。同じような例は他にもある。

 次は下記のOPINIONである。
⚪︎ 2011 OPINION 2283 (Case 3390 Archaeorteryx von Meyer, 1861 (Aves); Conservation of usage by designation of a neotype. The Bulletin of Zoological Nomenclature, Vol. 68, no. 3: 230-233.(Achaeorteryx von Meyer, 1861 (Aves); ネオタイプの指定による使用の保全)(未入手)
 このジャーナルは、2007年までに出版されたものが公開されていてそれ以降はフリーではないので未入手だが、abstractがあるからそれを翻訳する。
 委員会は、Archaeopteryx lithographica に関する前からのタイプの指定を取り下げ、大英博物館の標本BMNH 37001をネオタイプに指定する。ホロタイプは種の特定が可能ではなく、Solnhofenの石灰岩から認識されるどの分類群の化石鳥類にも属しうる。
 心配した通り、羽化石はその後に発見された標本と同種であることを証明するのには不適当だから、ネオタイプとしてロンドン標本を指定する、というもの。Neotypeの指定をするのは、多くの場合holotypeが失われた時。標本が現存するのに指定しなおすというのもおかしな気がするが、重要なArchaeopteryxならではの処置と言えるだろう。そうすると、macruraが生き返りそうな気もするが、これもあまりにも有名な学名であるためやむを得ない。「これまでの処置を取り下げた」というからには、単一の種類であるという見解に疑義があると表明したように見える。
 この内容は、それより4年ほど前にneotypeの指定を求める次のふたつの論文に応じたものである。こちらの二つは、4年早いのですでに公開されている部分にあるから、読むことができる。

425 Bulletin of Zoological Nomenclature. 64 表紙

 この表紙は、2007年の各号共通であるが、2008年には表題を大きく書いただけのそっけない表紙になった。2009年からは各年ごとに綺麗な動物の写真を主題にした近代的なものになっている。
⚪︎ Bock, W. J.; Bühler, P., 2007. Archaeopteryx lithographica von Meyer, 1861 (Aves): proposed conservation of usage by designation of a neotype. Bulletin of Zoological Nomenclature. 64 (3): 182-184.(Archaeopteryx lithographica von Meyer, 1861 (鳥類);neotype の指定による使用の保全の提案)

⚪︎ Barrett, Paul M. and Milner, Angela C., 2007. Comment on the proposed conservation of usage of Archaeopteryx lithographica von Meyer, 1861 (Aves) by designation of a neotype (Case 3390; see BZN 64: 1-3). Bulletin of Zoological Nomenclature. 64 (4): 261–262.(neotypeの指定によるArchaeopteryx lithographica の使用について提案(Case 3390; see BZN 64: 1-3)についてのコメント)
 これら以前にも同様の意見を記した論文があるようだが、委員会はこの二つの論文に基づいて、この決定をした。これで、ロンドン標本を基にして始祖鳥の議論をするのが正当になったことでいろいろな問題はほぼ解決した。特徴は、最も保存の良いベルリン標本が議論に上らなかったことだろうか。命名規約の基礎が先取にあることを考えると当然かもしれない。
 以上の学名の関連と委員会の関与を図にしてみた。

426 始祖鳥の命名の歴史

 始祖鳥の命名史は、非常に複雑でその理由は最初の標本が種の特徴を表すには不備なものだったこと、それに何と言っても進化史上の重要な標本であったことが絡み合っている。同じような例として北京原人を思い浮かべる方もいるかもしれない。北京原人Sinanthropus pekinensis Blackも最初の標本は歯だけだった。論文は次のもの。
⚪︎ Black. Davidson 1927. On a lower molar hominid tooth from the Chou Kou Tien deposits. Palaeontologia Sinica, Series D 7(1):1–28.(周口店堆積物からの人類下顎臼歯について)(未入手)
 実は読んでいないが、「a lower molar」とあるからには、一本の歯なのだろう。すぐ後に有名な(後に失われた)頭骨が見つかったから、多くの人はそれが元になったと誤解しているのでは?

古い本 その116 古典的論文 中生代鳥類3

2022年08月13日 | 化石
 ここまで、羽化石・ロンドン標本・ベルリン標本と書いてきた。19世紀に発見・公表された始祖鳥標本はこの3点であるが、実は羽化石が発見された1861年よりも前にすでに発見されていた標本がある。しかしこの標本は当初翼竜と考えられていて、これを始祖鳥としたのは1970年ごろとずっと後のこと。まず、翼竜とした論文が次のもの。
⚪︎ Meyer, Hermann von, 1857. Beiträge zur näheren Kenntniss fossiler Reptilien.  Neues Jahrbuch für Mineralogie Geologie und Paläontologie, 1857: 532-543, Tafel 3.(化石爬虫類のより深い知識の寄与)
 この論文はいくつかの爬虫類化石について記していて、まず、Warmhach 付近のBunten Sandstone からのSclerosaurus armatus (532ページから533ページ)、続いて535ページから537ページの上の方までが問題の部分で、Pterodactylus crassipesを新種記載している。そのうしろには、ワニ類の記載がある。一枚ある図版は最初の爬虫類に関するもので、翼竜(実は鳥)とは関係がない。だから、この記載を読むためには標本の写真がないとよく分からない。標本をHaarlem標本(TM 6929)と呼ぶ。最近この標本を再評価する研究が発表されたので、そこに掲載された写真を紹介する。

421 Haarlem 標本 Foth and Rauhut, 2017 Fig. 1

⚪︎ Foth, Christian and Rauhut, Oliver W. M., 2017. Re-evaluation of the Haarlem Archaeopteryx and the radiation of maniraptoran theropod dinosaurs. BMC Ecology and Evolution, 17, Art.236: https://doi.org/10.1186/s12862-017- 1076-y.(Haarlemの始祖鳥の再評価とmaniraptoran theropod dinosaursの放散)
 なおこの論文では、この化石についてArchaeopteryxとは別の属の鳥であるとし、Ostromia crassipes (Meyer)として扱っている。
 この標本によってサイズがわかる前足(翼)の骨は次のもの。中手骨I・II(印象)・III、指骨I-1、手指の末節骨I・III。翼竜の特徴的な指IVは含まれていない。Meyerの記載では、指の長さの比率を翼竜の多くの種類のそれと比較する文章が長く続くが、言い換えるとそこにしか情報がないということである。よく見ると羽の痕跡は残っているが、ロンドン標本発見以前にこれに気づくのは難しかったのかもしれない。
 この標本が鳥の化石であることを記した論文が次のもの。
⚪︎ Ostrom, John H. 1970. Archaeopteryx: Notice of a "New" Specimen. Science, vol. 170: 537-538.(Archaeopteryx:「新」標本の通知)(未入手)
 これは科学誌に簡単に記したもので、すぐに詳しい記載が発表された。
⚪︎ Ostrom, John H. 1972. Description of the Archaeopteryx specimen in the Teyler museum, Haarlem. Proceedings Koninklijke Nederlandse Akademie van Wetenschappen. Biological, chemical, geological, physical, and medical sciences 1972; vol. 75: 289–305.(HaalemのTeyler博物館にあるArchaeopteryx標本の記載)(未入手)
 Haarlem標本が鳥の化石であることは発見後100年以上経ってからわかったが、同じように、発見時には小型恐竜と考えられていて、後の鳥類であることがわかったのが、Eichstätt標本である。このブログでは1923年ごろまでを対象にするから、詳しいことはしらべていない。

422  Eichstätt標本(レプリカ) 

 なお、この標本のレプリカに商業的に販売されているものがあり、その中には羽の痕跡(実物には印象が残っているが外形ははっきりしない)に色を塗ったものがある。あまり信用しないように。脚の骨も明瞭になるように黒く着色されていて、実物とは全く印象が異なる。文字通り「脚色」が行き過ぎている。

 ここまで、それぞれの標本の学名を「一種類 Archaeopterx lithographicaとしていいのだろう。」としてきたが、羽化石がホロタイプである以上、それと同一種であることの証明はむつかしそう。また各標本が別種の場合に種名をどう扱うのかが難しい。そういう事情から命名規約委員会(The International Commission on Zoological Nomenclature: ICZN)は始祖鳥に関して少なくとも3回の「OPINION」(意見書とでもいうのだろうか)を示している。それぞれ1961年、1977年、2011年の発表であった。
⚪︎ 1961 OPINION 607. Archaeopteryx von Meyer, 1861 (Aves) ; Addition to the Official List. Bulletin of Zoological Nomenclature, vol. 18: 260-261.(Archaeopteryx von Meyer, 1861 (鳥類);公式リストに追加)

423 ICZN 1861 タイトルページ 蔵書印は大英博物館(自然史)

 内容を抄訳すると次のようになる(正確な訳かどうか自信がないので、ここから引用しないで原文をみていただきたい)。
(1)属Archaeopteryx、(模式種 A. lithographica いずれもvon Meyer, 1861、 gender: feminine)を公式リストに加える。
(2)種 Archaeopteryx lithographica (von Meyer, 1861) を公式リストに加える。
(3)次の属名(6属名)を無効名の索引に加える。
(a) Griphosaurus Wagner 1862
(b) Griphornis H. Woodward 1862
他に、元の属名および上の二つの属名の誤綴りによって生じた Archaeopterix, Archeopteryx, Gryphosaurus, Gryphornis.
(4)次の種小名(5種小名)を無効名の索引に加える。
(a)(b) Griphosaurus 及びGriphornisの提示に際して用いられた種小名
(c) 1863年にOwenがロンドン標本に対して用いたmacrurus
(d) 1921年にB. Petronievicsがロンドン標本に対して用いたoweni
(5)科名Archaeopterygidae Huxley 1871を公式リストに加える。

 ここまで、Owenのmacrurusについて記してない。その論文は次のもの。
⚪︎ Owen, Richard, 1863(P). On the Fossil Remains of a long-tailed Bird (Archeopteryx macrurus, Ow.) from the Lithographic Slate of Solenhofen. Proceedings of the Royal Society of London, vol. 12: 272-273.(Solenhofenの石版石からの尾の長い鳥(Archeopteryx macrurus, Ow.)の化石について。)
 これは、1862年11月20日に開催された王立学会の講演要旨で、翌年1863年1月1日に発行された。このブログ「その115」で引用した論文(Transactionに掲載された方)も同じ年の同じ日付の発行だからややこしい。どちらも同じ講演の記録という形をとっている。「OPINION 607」では原記載としてProceedingsの方を採用しているから、多分先に発行されたのだろう。同じ日に発行された記載論文1863(T)では本文では種名の提示を避けているが、33ページの脚注に語幹が同一の名前 Archeopteryx macrura, Ow.が出てくる。この辺りは文章の読み方が難しくてよく分からない。また、種小名「macrurus」は、属が女性形であるので正しくなく、「macrura」に訂正される。命名規約では「性語尾が不正であるときには適切に変えなければならない(34.2.1)」としている。最初の種類「lithographica」が女性語尾だからすぐに気づいて訂正したのだろうか。

424 1863年のOwenの二つの講演記録

 上のコピーは、上半分が Proceedongsの一部(p. 273)、下の方は Transactionの脚注(p. 33)で、どちらも下の方に学名が出てくる。
 この決定は、始祖鳥の(羽の)命名からちょうど100年に記録された。次回は二つ目のOPINION(1977)について。