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古い本 その159 ドーバー海峡のトンネル

2024年01月21日 | 鉄道
1 はじめに
 インターネットで恐竜関連の古いジャーナルを見て回った時に、「副産物」として興味深い文章を見かけたので、それについて記す。それは次のもので、CopeのCamarasaurusの記載論文の次に掲載されていたので目を留めた。ジャンルは「鉄道」。
○ Chevalier, M. Michael, 1878. Railway under the English Channel. Proceedings of the American Philosophical Society, held at Philadelphia for Promoting Useful Knowledge, vol. 17: 283-289. Translated by Mr. J. P. Keating.(イギリス海峡の海底下のトンネル)
 これは、1878年1月4日にAmerican Philosophical Societyで行われた講演を翻訳したもの。まず、掲載されているジャーナルから紹介しよう。Philosophical Societyというのは、「哲学協会」と訳されるが、哲学は現代の日本で使われるような限定的な意味ではなく、「根本的な認識論・論理学などの広い領域に関わる学問」ということ。この雑誌に掲載されているのはその学会で発表された研究成果を印刷する物で、その分野はいわば何でもありで、おそらく現在の大学の学問分野を全て包含する。同様な名称のジャーナルは1838年に創刊され、現在も続いているが、このころのものには後ろに「for Promoting Useful Knowledge」(有用な知識の促進のために)という部分が付いていた。
 この文章の内容は、ドーバー海峡の下をトンネルでつなぐことに関するものであるが、経済的な意味や国際交流に関する内容ではなく、実際にトンネルを掘ることに関わる、地質学・土木工学・それにその実施に必要な海底調査技術に関する内容となっている。実際にこのトンネルが「英仏海峡トンネル」として着工されたのは1988年、完成したのは1994年のことで、この文章の印刷後100年以上も経ってからのこと。

596 1994年完成の英仏海峡トンネルの位置 
青線がトンネル部分 黄線は地表部

 この図は、完成したトンネルの位置を示すもの。トンネルはDover(ドーバー)の西のFolkestone(フォークストン)から地下に入って海峡の最短のところに近いコースを通るが、中央のフランス寄りでわずかに右カーブしてフランスのCalais(カレー)近くのSangatte(サンガット)付近で海底部分から陸域に入る。地図の地名略号は次の通り:Dov ドーバー. Fs フォークストン、Cal カレー、San サンガット。
 トンネルに沿った断面図はイギリス地質学会HPにある。

597 トンネルに沿った地質断面図(イギリス地質学会HP)

 参考のため解説しておく。まず地層名は上から次の通り。
1. Upper Chalk 上部白亜
2. Middle Chalk 団塊を含む硬質白亜 Turonian
3. Lower Chalk 灰色白亜 Cenomanian
4. Chalk Marl 泥質白亜 Cenomanian トンネルの大部分が通過する
5. Glauconic Marl 帯緑色の海緑石砂質粘土 Cenomanian
6. “Zone A”
7. Gault 青灰色の石灰質泥岩 Albian
8. Lower Greensand
 このライン上で見ると、地層はイギリス側では高い位置にあるが、海峡部で次第に低い位置に移る。この間には目立った断層はないが、小さな変位がいくつかある。フランス側の海岸に達するあたりから、急激に傾いて、上部の地層が低い位置になってくる。ただし、この断面図は縦方向と横で縮尺が大きく異なる(約50倍)から、図のような急傾斜ではない。フランス海岸の傾斜部分に入ったあたりに大きく変位した断層があるが、トンネルはイギリス側の入り口からそこまで、最も安全な地層であるChalk Marl層を忠実にたどる。この層の厚さは20メートル以上あって、トンネル直径の約10メートルを十分に超える。他の地層のように透水性が高いという危険はずっと少ない。
 もうひとつ危険なことがあって、それは海底に刻まれた過去の河道である深い溝の存在である。その溝は「Fosse Dangeard」(危険な溝)と呼ばれる。溝はもっと新しい時代の堆積物で埋められていて、トンネルの壁を保つようなしっかりしたものではない。幸いなことにこの溝はトンネルが通るChalk Marl層には達していないが、その上位の層が半分以上削られているところがあるから、注意を要する。
 この断面図には他にもいろいろなことが記入されている。まず、海峡中央よりもフランス寄りに縦の線があって、これが両国の掘削が出会ったところ。そのすぐイギリス側に、「危険な溝」の支流が溝を作っていることもわかる。イギリス側の方が地層の褶曲が少ないこともあって、早く進んだ。掘削はシールド工法を用いたが、出会ったところで片方を中心線からずらして行き過ぎて、そこにシールドマシンを「埋葬」し、もう一方のマシンは先に進めて入った側と反対の口から出したという。

598 トンネル周辺の地質図(イギリス地質学会HP) 青い線がトンネルのコース。

 トンネル付近では地層は北に傾いているから、南に行くほど下位の地層が表面に出ている。上の地質図は地表(海峡部では海底)の地層を示している。トンネルを通すべきChalk Marl(濃い緑色)の地層が、地下に全部潜っているところでないと、安全ではないし、その地層があまりに深いのも経費や建設期間に問題が起こるから、すぐ上のLower Chalk(緑色)が露出しているところが好都合であるし、実際そのようになっている。このルートよりも北を通せば、トンネルが深すぎるし、南を通すとねらった地層が存在しない。幸いにも最短に近いところにもっともいい地層が埋まっている所があったわけだ。

 トンネルは二方向の鉄道の通る二つと、その間を通る細い作業通路の、計3本の円筒形のチューブからなっていて、全長の3分の1ごとにそれらを連結する通路(cross over)が作られた。

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