旧象100年 その2
Fossil Elephants of one hundred years ago
前回、日本の象化石が「西欧科学に最初に報告されたのはおそらく1868年の アダムスLeith A. Adams のもの…」と記した。この論文は、アダムスが医師のダッガン(R. N. Duggan)がイギリス領事ホグソン氏と共に1859年に関東地方で発見したというインド象の上顎臼歯である。論文の最初の部分はアダムス(医学士・地質学会会員)による発見の経緯などの部分で、その後にブスク(G. Busk:王立学会会員・地質学会会員)による動物学的な比較が述べられている。結論としてブスクはこの象をインド象の中の一つの型と位置付けた。後に松本彦七郎はインド象の亜種ブスクゾウとし(ホロタイプは別の標本)た。現在は標本の年代測定などからブスクゾウの独立性を否定する意見が述べられている。
アダムスの論文の発行は1868年で、明治元年にあたる。今からちょうど150年前の論文である。ロンドンで発行されたのは1868年6月17日で、明治改元が1968年秋であるから江戸時代に発行されたことになる。正確に言うと、慶応4年9月8日に改元されて明治になった時には、旧暦が使用されていて、その日を明治元年9月8日(新暦10月23日)とした。旧暦は明治5年末まで用いられた。さらに、改元は明治元年の年始まで遡って適用されるそうだから、論文発行を「明治元年」としても、誤りとも言い切れない。文中に出てくる人名にはオールコック(Sir Rutherford Alcock :初代駐日総領事)も見られる。アダムスの文中には、オールコックの日本に関する著作に化石に関する記述があるという。それにあたる著作といえば「大君の都」が思い当たる。そこで岩波文庫の文庫本(上中下の3部:山口光朔・訳)をちょっと読んだが、随分長い著作で、生麦事件など興味深い記述があったりして気を取られたためか、化石に関する所をまだ見つけていない。
オールコック著・山口光朔訳 岩波文庫
いずれにしても、アダムスの記述した標本の経緯やその後の討論は、江戸時代の出来事である。
2003年に、日本古生物学会では「20世紀に記載された種の模式標本のデータベース」という特別号を出版した。全部で1,400ページほどのもので、時代や分類で分けた分野ごとに、2000年までに記録された種を列記してある。そのうち、脊椎動物に関する章の作成に協力させていただいたが、時間に追われて不備があるのが心残りである。脊椎動物に関しては、提唱された学名、命名者と年、雑誌名、地層、年代が示されているが、タイトルにある「模式標本」についてはデータ化されていない。
それによると、日本で最も早く記載された古脊椎動物は、1914年のTokunaga, S. and C. IwasakiによるDesmostylus japonicusデスモスチルス・ジャポニクスである。論文はたった1ページであって、これを読むためには、1902年の同著者による「Notes on a New Fossil Mammal」を見る必要がある(1902年には徳永氏は吉原姓)。1902年論文では分類不明としていたものを1914年論文でアメリカで1888年に報告されたDesmostylus属のものとして記載した。
Desmostylus japonicus ホロタイプ
上の写真は、クリーニングされる前のホロタイプで、私が修士論文で引用した時のフィルム。
古生物学会のデータベースは、(1)日本産の化石(2)日本人の記載した化石種 を集めたものだから、外国人が記載した日本産の種類が含まれる。その上で、1920年までに記載された国内の古脊椎動物種は8種類ある。年代順に挙げる。
1914 Desmostylus japonicus Tokunaga, S. and C. Iwasaki Miocene 束柱目
1915 Desmostylus watasei Hay Miocene 束柱目
1915 Sus japonicus Tokunaga Holocene 偶蹄目
1915 Sus nipponicus Matsumoto Holocene 偶蹄目
1916 Amphitragulus minoensis Matsumoto Miocene 偶蹄目
1918 Trionyx desmostytli Matsumoto Miocene スッポン類
1918 Elephas aurorae Matsumoto Pleistocene 長鼻目
1919 Iquius nipponicus Jordan Miocene 硬骨魚類
(他に中国産化石種が4種:いずれも松本彦七郎, 1915の記載)
この8種類中、私が論文や解説で触れたことのある種類が3種類ある。
このように、日本の古脊椎動物の分類学はおおよそ100年の歴史しかないことになる。この後、1930年までに国外を含めて72種(積算)が、また1950年までにおおよそ160種が記載された(亜種などを含む)。
脊椎動物以外はどうだろうか? ざっと見たところでは最初に記載されたのはおそらく1874年の岐阜県金生山産のフズリナFusulina japonica だろう。記載したのはGümber 。二番目もフズリナ類で、1884年のSchwagerina craticulifera であろう。1890年から日本人研究者による記載が見られ、それらを含めて1900年までに70種以上が記載されている。一番多いのは横山又次郎の新生代貝類のようだ。