Megalosaurus属に関しての続き。fossilworksでは
Megalosaurus属の命名者を Parkinson, 1822としていることについて。論文は次のもの。
⚪︎ Parkinson, James, 1822. Outlines of Oryctology. An Introduction to the Study of Fossil Organic Remains; Especially of Those Found in the British Strata: Intended to Aid the Student in His Inquiries Respecting the Nature of Fossils viii-350, Explanations o the Plates, Plates 1-10.(Oryctology 概論:化石の生物遺骸研究の序。...)<ネットで見られるのは第2版(1830年)>
「Oryctology」というのは、日本語にはそれに当たる語がないが、地中から掘り出されたものに関する学問のこと。鉱物学とか古生物学とか考古学に当たる。
その305ページに
Megalosaurusに関する短い記述がある。抄訳すると「オオトカゲに近い歯列を持った動物で、まだ記載されていない。Stonesfieldのジュラ紀層から産した。Oxfordの博物館に重要な部分のスケッチがある。記載が待たれる。」などとしているから、これが記載でないことは確か。巻末に10枚の図版があり、Plate 10のFig.3の説明は「Part of a jaw from the Stonesfield slate」としている。
312 Parkinson, 1830. Plate 10.(一部) サイズは書いてない。
鋸歯があるから肉食恐竜の歯だろうが、「jaw」も変だし、
Megalosaurusだとは書いてない。なぜ、下顎と書いたのだろうか?
Megalosaurusの例の下顎を入れようとしたのだが著作権などの関係で遠慮したような気がする。やはりParkinsonが属の命名をしたというのは受け入れられないだろう。この恐竜の発見は、学会の中では公表前からずいぶん話題になっていたようで、そのためにこういう順序が逆のような印刷物が出てしまったのだろう。最近の命名規約では固く禁じられていることだ。日本ではフタバスズキリュウの学名で、予定していた名称が公表前に教科書のような書物に掲載されてしまって、実際の命名に使えなくなったという出来事があった。
James Parkinson (1755-1824) は、パーキンソン病で有名なイギリスの医者。私がネットで見たのは第2販(1830)だが、初版は最近復刻されている。それによると「発行年は1823年より前」としてある。
Megalosaurus属のデータは、だいたい判明した。そこで、種のレベルに移る。「Dinosauria」で模式種としているM. bucklandii Ritgen, 1826 について調べた。その論文は次のもの。
⚪︎ Ritgen, Ferdinand August von, 1826. Versuchte Herstellung einiger Becken urweltlichter Thiere. Nova Acta Academiae Caesarea Leopoldino-Carolinae Germanicae Naturae Curiosorum, Bd. 13: 331-358, Tab.16. (古代の動物の幾つかの骨盤に関する試論)
Ferdinand August Max Franz von Ritgen (1787-1867) はドイツの医者らしい。この論文は確かに
Megalosaurusについて記している。しかし単独の属名で、
M. Bucklandiiは出てこない。その代わりに354ページに一か所だけ
M. Conybeareiというのがある。新種の提示ではなさそうな文章だ。特徴なども出てこないから、正式に記載された名とは言いにくい
ネットのfossilworksでは模式種の命名者は
M. bucklandii Mantell,1827となっている。その論文はたぶん次のもの。
⚪︎ Mantell, Gideon, 1827. Illustrations of the geology of Sussex : containing a general view of the geological relations of the South-Eastern part of England : with figures and descriptions of the fossils of Tilgate Forest. Xii+92pp. L. Relfe, London. (Sussexの地質学図解:イギリス南東部の地質学的関係の概要と、Tilgate Forestの化石の図と記載を含む)
Megalosaurusに関する記述があるのは、67ページから71ページで、他に第9図版・第10図版・第19図版にスケッチが示してある。67ページには「
Megalosaurus Bucklandii」という見出しがあって、確かにこの種名が現れている。なおこの項目の次には「
Iguanodon」という項目が続いている。従って、次に取り上げる恐竜
Iguanodonにもこの論文が出てくる。
図版には、各種の化石がならんでいる。Plate 4はたくさんの
Iguanodonの歯、Plate 5はワニの歯や魚の歯・鱗、Plate 6はカメなど、そして他の動物の骨などと続く。Plate 17にもう一度
Iguanodonの歯が出てくる。
313 Mantell, 1827. Plate 4(一部)
Iguanodon 歯 スケールはない。
314 Mantell, 1827. Plate 17(一部)
Iguanodon 歯 スケールはない。
Plate 19におなじみの
Megalosaurus下顎スケッチが出てくるが、Bucklandのものとは別で、ちょっとスケッチの質が落ちる。
315 Mantell, 1827. Plate 19(一部)
Megalosaurus 右下顎 スケールはない。
説明には「このページの図は、(解説のために)他の著作からコピーした。」としている。図版全体として、サイズや倍率に関する記入は見当たらないし、スケールも入っていない。この図は、図版を作るときに反転されている。おそらくリトグラフで作成されていると思われるが、この手法では石版に反転した図を描いて、それを紙に転写することによって正しい画像が印刷される。だから図の番号や表題などの文字も反転したものを書かねばならない。そういう文字はちゃんと印刷されているが、スケッチが反転像になっている。ここに示した下顎は、「右下顎」としてあるが明らかにおかしく、前回示したBackland, 1824と比べると間違っているのがわかる。したがって同じPl. 19 の別の化石も反転している可能性が高い。確かに「仙椎を含んだ脊椎」標本も反対である。他の標本もそうだろうか?また、他のページもそうだろうか?
Bucklandの
Megalosaurus標本は、現在も関心を持たれている。最初の恐竜ということと、コレクション全体の種の判別などに面白そうなところがあるからだろうか。最近のものの例として一つ挙げておく。
⚪︎ Benson, Roger B. J., Paul M. Barrett., H. Philip Powell and David B. Norman, 2008. The Taxonomic Status of
Megalosaurus bucklandii (Dinosauria , Theropoda) from the Middle Jurassic of Oxfordshire, UK. Palaeontology, 51(2): 419-424.(英国Oxfordshireのジュラ紀中期層からの
Megalosaurus bucklandii(恐竜類、獣脚類)の分類学的位置)
Megalosaurus のデータ
以上の調べから次のデータが今のところもっともらしい。
Megalosaurus Buckland, 1824. 模式種:
M. bucklandii Mantell, 1827. Lectotype: OUMNH J.13505 (Oxford University Museum of Natural History)
産出地 Stonesfield, Oxfordshire, イギリス
一つ目の属でこんなにかかっては、いつ終わるか見当もつかないが、時代とともに論文の形態が洗練され、ルールも整備されて分かりやすくなることを期待する。