■リヒテルの「イギリス組曲」偉大な演奏、クリスマスオラトリオにも通じる■
2015.5.13 中村洋子
★美しい箱根の山で、噴火の前兆のような火山性地震が頻発するなど、
気の晴れない毎日です。
Bachの「Wheihnachts-Oratorium クリスマスオラトリオ」を、
Karl Richter カール・リヒター指揮で時々、聴いておりますが、
Maurice André モーリス・アンドレのトランペットを聴きますと、
心が晴れます。
★Richard Wagner リヒャルト・ワーグナー(1813~1883)の
「Siegfried-Idyll ジークフリート牧歌」は、
Bach のクリスマスオラトリオが根源、大元であり、
Verdi ヴェルディ(1813 - 1901)の opera オペラ
「La traviata 椿姫」で登場する合唱曲の一部は、意外にも、
「Wheihnachts-Oratorium クリスマスオラトリオ」と、
ほぼ重なる所が多いなど、いろいろな発見があります。
いずれも、Bachを学びに学び、
学び尽していたということでしょう。
そんなことを、考えながら、聴いています。
★「Wheihnachts-Oratorium クリスマスオラトリオ」冒頭に、
感動的なティンパニの連打があります。
「Englische Suite Nr.3 イギリス組曲3番」の Gavotte、
18小節目後半~23小節目までの、
左手「g」の 「repeated notes」 に、
「Mordent 」や「Trill」が付いていますが、
これについて、Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーは、
「太鼓を叩くように、鋭くアクセントをつける」と、
校訂版で記しています。
クリスマスオラトリオ冒頭のティンパニと、
同じ位置付けです。
★このGavotteをはじめとして、「Englische Suite Nr.3」全曲は、
オーケストラを想定して書かれていることは、間違いありません。
前回のブログで書きました Sviatoslav Richter スヴャトスラフ・リヒテル
(1915-1997)の名演奏を聴きますと、
その前の Sarabande がもつ深く沈潜した世界から、
この Gavotte により、一気に天空へと放たれるような、
開放感、喜びに満たされます。
★クリスマスオラトリオは冒頭、
イエス生誕を、“いまかいまか”と待ちわびる心の鼓動を、
ティンパニの連打が、厳かに伝えます。
期待に打ち震える心のときめきが、聞こえてくるかのようです。
そして次の瞬間、トランペットが高らかに、
“生誕の扉”を開け放ちます。
天上から眩いばかりの光が降り注ぎ、地上が歓喜で満たされます。
イエスの生誕を、これ以上ない喜びで祝し、
希望と感動の渦に、人々を包み込みます。
天も地も湧き上がります。
★冒頭を聴くたびに、このようなイメージが自然に、
浮かび上がってきます。
短い、この冒頭の音楽がもつ豊饒さは、
なんと表現したらいいでしょうか・・・
★「Englische Suite Nr.3」の Sarabande を、詳しく見ますと、
反復記号による二部構成ですが、
サラバンドの本体に、細かく装飾を施したサラバンドが、
さらに、追加されています。
「Les agréments de la même Sarabande 同じサラバンドの装飾」
と、書かれています。
ここも反復を伴った二部構成です。
★「Concerto nach Italienischen Gusto イタリア協奏曲」の
第2楽章は、その装飾されたものを、いきなり提示しているのですが、
「Englische Suite Nr.3 イギリス組曲3番」は、
元の形と装飾版を、同時に並列して、
提示していることになります。
★Richter リヒテルの名演を聴いていますと、
緊張感から解き放たれた Gavotteの心地よさが、
“太鼓”で、より一層納得できるのです。
「Englische Suite Nr.3」は、最初の長大な Preludeこそ、
反復記号はありませんが、続く
Allemande Courante Sarabande GavotteⅠ、Ⅱ Gigue は、
すべて二部構成で、反復記号が付いています。
★Richterは、それを省略することなく、Bach の意図通りに、
全曲を反復しています。
インタビューで、 Richterは「Schubert の長大なSonataの反復すら
絶対に省略すべきではなく、自分も必ず全部弾いている」
という趣旨のことを、語っています。
★このCDを聴く場合、1回目と反復後の2回目を、
Richterがどのように弾き分けているか、
詳細に、聴き込む必要があります。
その努力により、「Englische Suite Nr.3」の偉大さを、
より深く、理解できるでしょう。
私の「無伴奏チェロ組曲」でも、
Wolfgang Boettcher ベッチャー先生が
反復部分をどう弾いているか、是非お聴きください。
★そのように見てきますと、
この「Englische Suite Nr.3」 第1曲目の Prelude冒頭は、
弦楽合奏とみなすこともできます。
violin1、violin2、viola、cello の順に
弦楽器が導入され、その上に、管楽器がかぶさるように現れると、
想定することも可能でしょう。
32小節目までは tutti総奏で、その後、soloの部分が始まります。
★Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーは、
「Englische Suiten」について、 次のように評しています。
≪この組曲を、学び、知れば知るほど、
Bach がこの簡潔な作品で示した感情の豊かさと深さに、
感嘆することであろう≫。
Bach を深く分析できる、
Richter リヒテルのようなピアニストでなければ、
歯が立たない曲といえるかもしれません。
ちなみに、この録音は1991年、Richter リヒテル76歳ごろの、
ライブレコーディングです。
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