音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■「ベーゼンドルファー」物語 その1■

2007-12-19 15:47:37 | ★旧・ 楽器の特性と 歴史
■「ベーゼンドルファー」物語 その1■
2006/3/29(水)

★私が愛して止まないピアノは、オーストリア・ヴィーン製の「ベーゼンドルファー」です。

ヴィーン気質を反映したその音色は、明るく澄み、官能的ですらあります。

空間に飛び散る響きは、香りのように聴く人を包み込み、陶酔させます。

演奏される曲により、その香りには淡い黄色、かすみ色など、まるで色が付いているかのような錯覚すらおぼえます。

「日本べーゼンドルファー」の技術者・村上公一さんは、この銘器がどのようにして出来るのか、秘密はどこにあるか、その歴史にまで遡り、徹底的に解剖する講座をなさっています。

最近お聴きしたその講義のさわりの一部をご紹介いたします。


《ピアノの歴史》
べーゼンドルファーのピアノは1828年に産声を上げました。

約180年前です。

ピアノの原型ともいうべき最初のピアノは、1709年にイタリアで生まれました。

「クリストフォリ」という人が造りました。

それまでのチェンバロのように弦を爪で弾くのではなく、初めてハンマーで叩く方式を採用しました。

これにより、音色が豊かになり、音量も少し増えました。

1709年は、バッハが24歳の時ですね。

しかし、それでも音量はまだまだ小さく、たくさんの聴衆の前で弾くには不十分でした。

このため「いかに音量を大きくするか」が、それ以降のピアノの最大課題となりました。

①金属弦の張力を強くする

②ボディーを頑丈にする---ことが基本的な対策です。

フランツ・リスト(1811-1886)が活躍し始めた19世紀初めには、「コンラート・グラーフ」というピアノが大変有名となりました。

このピアノの1本の弦には50~60Kgの張力がかかっていました。

クリストフォリでは9Kgですから、5倍になっています。

そのためには、張力に耐えうるよう構造を強くする必要があり、支柱などの木材も厚くなり、逆にピアノが重くなることで鳴り難くなる、という矛盾も生まれました。

その悩みを解決したのが、鉄製のフレームの採用です。

1840年にアメリカで最初に開発されました。

これが現代のピアノにまで受け継がれ、現代の音量豊かなピアノを生みました。


★《樹齢90年の樹からつくる響板》
ピアノの命は響板ともいえます。

この板がどのように出来ているか、ベーゼンドルファーの息の長い製造工程を見てみます。

響板は、スプルース、フィヒテなど(呼名はいくつかありますが)マツの一種の樹木で造られます。

日本のエゾマツに近い材質です。樹木は山の南斜面で育つと成長が早く、20~30年で約30mの成木になります。

しかし、北側では、約90年もかかります。

南側の樹木を輪切りにしますと、年輪はいびつです。北側の樹木は、年輪の目が詰み、均質な円形です。

ベーゼンドルファーは、北側の樹を使います。

伐採の時期は真冬です。

ピアノに使うためには「節が無く、木目の揃った」部分が必要ですので、約30mのうち、約6mしか使えないそうです。

その残りは、上質の家具材や建材になるそうです。

伐採後、約5年間の長い間、屋外で風雨に晒して天然乾燥させます。

その後、乾燥室で含水率が約9%になるまで乾燥させます。

この約9%は、例えますと、自動販売機の容積のスポンジにコップ一杯分の水分が入っているのと同じで、カラカラの状態です。

これにより、十分な強度と優れた伝達性が得られます。


★《手作りの少量生産、生態系を維持》
ちなみに、ピアノ1台を製作するのに要する年月は、62週間。

つまり、約1年3ヶ月。樹が育つのに90年、それに乾燥期間を合わせますと、100年近い年月の賜物ともいえます。

ベーゼンドルファーは177年の歴史で、計4万7千台のピアノを生産しました。

そんなに多くありません。むしろ非常に少ない数といっていいでしょう。

それ以上に作品の数を増やすと(べーゼンドルファーのスタッフの方は、個々のピアノを“製品”ではなく“作品”と呼ばれます。)

愛情を込めて一つ一つ手造りされるため、芸術作品と同じなのです)、森の樹を過剰に切り倒さなければなりません。

それでは森の生態系も保たれません。


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