■Bachは何故、平均律1巻を作曲した後にインヴェンションを作曲したのか■
~新アナリーゼ講座第1回は、来年4月20日~
~平均律1巻1番とインヴェンション1番との緊密な関係~
2018.11.24 中村洋子
★山の紅葉は、いまが盛り、
雪の便りが聞かれるようになりました。
冬がいよいよやって来ます。
★≪よく眠る夢の枯野が青むまで≫ 金子兜太(1919-2018)
素直に読みますと、お腹一杯にドングリや山の秋の実を食べ、
冬眠に入ろうとする熊さんを、想像してしまいます。
春が来るまで、温かい洞穴でぐっすり眠る・・・。
★しかし、「枯野」の前の「夢の」という形容で、
≪旅に病んで夢は枯野をかけ廻る≫ 芭蕉(1644-1694)
否が応でも、芭蕉を思い起こさせます。
★旧暦10月12日が命日、太陽暦では11月半ばでしょうか。
この句が、芭蕉の死の床で詠まれたことを考えますと、
兜太さんの句も、明るいほのぼのとした情感だけ
ではなさそうです。
★兜太さんは、第二次世界大戦で兵士として参加させられ、
辛酸を嘗め尽くしておられます。
前々回のブログでご紹介しました香月泰男(1911-1974)のシベリアとは、
反対に南方です。
晩年になって、やっと体験を話すことができるようになった程、
極限状態を味わわれています。
★そういう経歴をふまえ、この句を読みますと、
「よく眠る」が、誰であるのか?
南方で散った日本兵のことでもあるように、私には思われます。
★「よく眠れ」でなく、「よく眠る」という強い意志さえ感じられます。
夢の枯野が青むまで、
枯野こそ、戦争が絶えることのない、この現世ではないか?
枯野が平和に青むことがあるだろうか?
人類永遠の問いがあるようにも感じます。
★先週11月7日は、平均律第1巻第6番 d-Moll プレリュード&フーガの
アナリーゼ講座でした。
ことしの1、3、5、7、9、11月に、1番から6番まで、
1巻最初の1セット6曲について、詳しくお話いたしました。
★1回4時間ですから、計24時間(休憩も含みます)、
お話し続けたことになります。
しかし、それでも、まだまだBach先生の音楽の扉の前に、
やっと、たどり着いたというのが、実感です。
★ここで、私の講座は暫く冬籠りいたしまして、
作曲に励みます。
春爛漫の来年4月20日から、新シリーズのアナリーゼ講座を、
始めます。
★今回は、2019年4月、7月、10月、2020年1月の4回を、
予定しております。
第1回は、平均律1巻を"蒸留し、抽出した"曲集である、
「Inventio & Sinfonia インヴェンション&シンフォニア」各1番に
光を当てます。
Bachは何故、平均律1巻を作曲した後に
「Inventio 1番 C-Dur、Sinfonia 1番 C-Dur」 を作曲したのか?
★平均律1巻と、「Inventionen und Sinfonien
インヴェンションとシンフォニア」との関係を、明らかにします。
★11月7日(水)、国立能楽堂で「狂言 千鳥」(小アド 野村萬 1930-)、
「能 三井寺」(シテ 粟谷能夫 1949-)を、
16日(金)は「狂言 狐塚」(アド 山本東次郎 1937-)、
「能 小鍛冶」(シテ 浅見重好 1960-)を、鑑賞いたしました。
★どれも素晴らしく、堪能いたしました。
「小鍛冶」は、「剣を打て」という勅命を受けた
名工・三条小鍛冶宗近が、自分と同等の力量をもつ相槌が
いなくては、剣は打てないと悩み、稲荷明神に参拝したところ、
稲荷明神の化身が現れ、相槌を務めてくれたため、
見事に、名剣を打ったというお話。
★「相槌を打つ」、鍛冶が交互に槌を打ち合わすことなのですね。
相手の話に頷いて受け答えをするあの「相槌」の語源です。
★この同等の力量を持つという相槌は、
「Fuga フーガ」のストレッタについても、言えます。
既に日本語になっている「フーガのストレッタ」は、本来、
「stretto(英、伊)、strette(仏)、Engführung(独)」と、
表記します。
英、伊語では「ストレット」です。
独の「eng」は、「狭い、間隔の詰まった、密な」という形容詞の
Engführungで、それがストレッタとなります。
★イタリア語の「stretta」は、(英)stretto、
(独)「schneller Schlussteil」、(仏)「strette」で、
「曲の終結部でテンポを速め、緊張度を増す部分」という意味です。
★このように、ストレット、ストレッタは、少々紛らわしいのですが、
慣習的に使われているフーガの「ストレッタ」(本来はストレット)
について、少しお話いたします。
★ストレッタは、フーガで使われるカノンの技法の一種です。
カノンという大きな範疇の中に、ストレッタは存在します。
ですから、「カエルの歌が聞こえてくるよ」の輪唱を、
「カノン」とは言いますが、「ストレッタ」ではありません。
★それでは、フーガで使われるカノンは、皆ストレッタか?
と言いますと、これもまた、違います。
先ほどの「相槌」の例にもありますように、フーガのストレッタとは、
同等の力量をもった Subject主題や、Answer応答、
Counter-subject対主題等が、まだ完全にすべて奏されていないうちに、
次の同等の力量をもったSubject主題なり、
Answer応答なり、Counter-subject対主題が出現してくる部分
のことを、指します。
★平均律1巻6番 d-Moll フーガを例にとりますと、
わずか44小節のフーガの中に、ストレッタの部分は6ヵ所もあり、
その6ヵ所すべてを合わせますと、27小節にもなります。
例えば、第1ストレッタの始まり部分は、以下のようになります。
★フーガ6番:ストレッタの数が多いのみならず、さらに、なんと
曲が始まって間もない12小節目からストレッタが始まっているという、
この異様に緊迫したフーガ6番は、まさしく、
異例中の異例であるフーガ1番 C-Dur と、開いた扇の両端を
形成していると、言えましょう。
★その扇の内側に、2、3、4、5番が物凄いエネルギーで、
互いに互いを支え合っています。
次回アナリーゼ講座では、それについて、
Inventio & Sinfonia インヴェンション & シンフォニア1番から、
解明していきます。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲