音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■平均律1巻4番前奏曲にある「2オクターブ+減5度」の大“空間”の凄み■

2016-10-14 01:24:01 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律1巻4番前奏曲にある「2オクターブ+減5度」の大“空間”の凄み■
  ~Beethoven は後期ピアノソナタで、この“空間”を取り込む~
  名古屋KAWAI「平均律第1巻 4番cis-Moll 嬰ハ短調」アナリーゼ講座


         2016.10.14 中村洋子

 

 


★気付きましたのが大変遅かったのですが、私の著書

≪クラシック音楽の真実は大作曲家の自筆譜にあり≫の書評が、

YAMAHA「ピアノの本」2016年5月号に、掲載されていました。

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■新刊Selection 「選者」小沼純一氏

 『エリーゼのために』をあなたは間違って弾いていませんか?
そんな問い掛けから始まる本書。作曲家が楽譜を書き、それが
出版社で浄書されて流通する。あいだには校訂者がいる。だが、
校訂の作業で間違いも生じる。著者は、だからこそ、自筆譜に
可能なかぎりあたるべきだとする。それも学校で教えられる知識
としての知識ではなく、生きた音楽と結びついたものが不可欠だ
と主張する。多数の譜例を使いながら、証明してゆく。本書の背骨
にあたる部分にはバッハの名があり、ベートーヴェンやショパンも
そこへとつなげられる。力強い主張とミステリーにも比類すべき
謎解きには、読み終えることができたなら、かならずや読者を
新しいところへと連れてゆくだろう。

 

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10月26日の名古屋KAWAIでのアナリーゼ講座では、

「平均律第1巻 4番cis-Moll 嬰ハ短調」を勉強します。

4番 Preludeでは、舞曲との関係をお話し、どう演奏に

結び付けるかに発展させます。


★同時に、Chopinが実際に使っていた楽譜、

さらにBartókとRöntgenの校訂版を道しるべに、

Bachの自筆譜を読み込みます。


★Chopinは、平均律を愛し、わが物にするために、

大変な勉強をしています。

現代のように、Bachの自筆譜やファクシミリが簡単に

手に入るわけではなく、たくさんの校訂版があるわけでも

ありませんでした。


★この4番 Preludeを、重々しく、しかつめらしく弾くことがかなり

一般化しているようです。

Chopinは、自分の楽譜の冒頭に「Andante con moto

アンダンテ コン モート」と、書いています。

アンダンテはゆっくりと歩く速度、コン モートはwith motion

動きを伴ったという意味です。

決して、遅すぎるテンポではありません。

これも、舞曲との関係から来たものと思われます。

 

 


Chopinが所持していました平均律の楽譜は、

Beethoven の弟子の Czerny チェルニーが校訂した版でした。

Bach自筆譜と比べまして、異なったところがかなり多い版でした。


★例えば、4番 Preludeの1小節目6拍目で、Bachは「fis¹」を

書いていますが、Czerny チェルニー版では、「fis¹」がありません。

Chopinは、Bach自筆譜を見ていなかったのですが、天才の分析、

あるいは直観で、この「fis¹」を鉛筆で書き加えているのです。

見事ですね。




★また、あちこちに見られるChopin手書きの「cres.」「dim.」や、

強弱などの記号からは、ChopinがBachをどう弾いていたかが、

生々しく分かってきます。


★また、ときにはChopinの“フライイング”で、

Bachが書いていない音を、大量に書き込んでいる場所さえあります。

これは“フライイング”というより、ChopinがBachの音楽を歌い、

弾き、心から共感し、その奥底にあるChopinの音楽が

溢れ出てきた、と見るのが妥当でしょう。






★その一例として、4番プレリュードの

17、18小節目を見てみましょう。

Chopinは、Bachがそのように書いたとは自分でも思っては

いなかったでしょうが、心が高揚する中で、Chopinの耳は、

17小節目4拍目から“四声体を聴いた”のでしょう。

 

 

17小節目4拍目の右手で奏される上声ソプラノ声部は「a²」です。

4拍目左手で奏されるバスの「Gis」と、テノールの「dis」は

「完全5度」を形成します

そのテノールの「dis」と、ソプラノの「a²」間には、

アルトが存在せず、「2オクターブ+減5度」の

大きなインターヴァル、“空間”が広がっています。

 

 


Chopinはその“空間”に、加筆して四声にしました。

Chopinが追加して四声体としたものを弾いて体験した後、

Bach本来の楽譜で弾きますと、

改めて、Bachの音楽の偉大さが実感できます。

この“沈黙の空間”が物凄いエネルギーを秘めた存在である

ことが、切々と実感できます。

Bachはあえて、四声体にせずに、「2オクターブ+減5度」の

“空間”を置いたのです


その“空間”存在を認識してお弾きになれば、

きっと、より豊かな演奏となることでしょう。

 

 


★さらにChopinは、18小節目テノール声部に、

冒頭1小節目の上声モティーフ「ソ ファ ミ レ ミ ド」を

鉛筆で書き込み、はめ込んでいます。

 





見事にすっぽりと、はまり込んでいます。

はまり込んだときの、作曲家ならではの、

わくわくとした感情は、本当によく理解できます。

 




★以前、当ブログで指摘しましたが、

Beethoven 後期のPianoSonataで、上声と下声との間の

“空間”が大きい、あまりにかけ離れているところがある、

ということについて、

それはBeethoven の耳の疾患のせいで、

音の配置のバランスが悪くなっている、という説が

まことしやかに、流布されてきました。

しかし、そうではないでしょう。


★聴覚に障害があった場合、作曲家はピアノで音を確かめることなく、

頭の中でのみ、作曲するはずです。

その場合、それまで修練を重ねてきた手法で、

常識的にバランスよく作曲するというのが実は、

最も容易な方法なのです。


それをあえて逸脱し、革新的な音の配置を作ろうとしたのが

Beethovenであり、それが彼の後期の様式なのです。


★Bachの、このソプラノとテノール声部の間の、

大きくかけ離れたインターヴァル。

それによって生まれる、息を呑むような緊張感。

Beethoven はこれを学び、踏襲したのかもしれません。

 



★蛇足ですが、Bachの自筆譜が現代の譜と異なるのは、

Bachは平均律1巻の右手声部を、ソプラノ記号で書いていることです。

また、調号については、一見して♯が6つも付いているため、

驚かれるかもしれませんが、

それは、「ド♯」を「cis¹」「cis²」の二つに♯を付けているためで、

現代では♯は4つです。


 

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■中村洋子 バッハ 平均律 第1巻 4番 cis-Moll
                              Prelude& Fuga アナリーゼ講座

■軽やかで繊細な平均律第1巻4番前奏曲は、子供にこそ弾いて欲しい曲■
      ~Beethoven 月光ソナタは、4番が源泉~

日時 : 2016年 10月 26日(水) 10:00 ~ 12:30
会場 : カワイ名古屋2F コンサートサロン「ブーレ」

予約  : カワイ名古屋
 〒460-0003 名古屋市中区錦3-15-15
 Tel 052-962-3939 Fax 052-972-6427

 

 

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★憂愁の霧に閉ざされたような、メランコリックな平均律第1巻

「4番前奏曲」は、実は、Bachの Französische Suite

フランス組曲の優美な舞曲と深く、関連しています。

この4番前奏曲と表裏一体の関係にある「3番フーガ」は、

明るく、軽やか、屈託がありません。


★このことからも、「4番前奏曲」を深刻に、重々しく弾く必要がない、

ことが分かります。

Bachは、この前奏曲 を、当時10歳前後だった長男のフリーデマンに

弾かせるため、1720年

「フリーデマンバッハのためのクラヴィーア小曲集」に、

この前奏曲を、ほぼそのまま収録しています。


★軽やかにして繊細な、この4番前奏曲は、

子供さんにこそ、弾いていただきたい曲です。
 
演奏法についても、分かりやすくお話いたします。
 
 
★解説書などには、“4番フーガの主題は、十字架の形をしている”

などと、もったいぶって“あなたには難しすぎる”と言わんばかりの、

衒学的な解説がなされているようです。

しかし、それに囚われる必要は全くありません。


★Bachの意図を理解するために、自筆譜の勉強が欠かせません。

また、Beethovenの月光ソナタ「Klavier sonate cis-Moll Op.27 Nr.2」は、

この平均律1巻4番を源泉としています。

月光ソナタの繊細な美しさこそ、この4番フーガの魅力の一面でもあるのです。

月光ソナタの自筆譜から読み取れることを、4番フーガに逆照射いたしますと、

さらに両曲の理解が、深まります。

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講師: 作曲家  中村 洋子

  東京芸術大学作曲科卒。

 200809年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15を、東京で開催。

 201015年、「平均律クラヴィーア曲集12巻アナリーゼ講座」全48を、
                                                                                              東京で開催。

              自作品「Suite Nr.16 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第16番」
           「
10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
             ベルリン、リース&エアラー社
Ries & Erler Berlin より出版。

             「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、
    「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)
     チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」

     
ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
                     Musikverlag Hauke Hack  Dortmund から出版。

 2014年、自作品「Suite Nr. 16 fur Violoncello無伴奏チェロ組曲第16番」の
                
SACDを、Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
              
disk UNION : GDRL 1001/1002)。

 2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
            
クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!
                 ~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、
                                 曲の構造、演奏法までも分かる~ 
DU BOOKS社)を出版。

 2016年、ドイツのベーレンライター出版社(Barenreiter-Verlag)が刊行した
                  バッハ「ゴルトベルク変奏曲」
Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
                「訳者による注釈」を担当。

 


★SACD「無伴奏チェロ組曲 第1~6番」Wolfgang Boettcher
ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、disk Union や全国のCDショップ、
ネットショップで、購入できます。
http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/2208/

 

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

  

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