■平均律第1巻「8番」の楽譜にショパンが記入した「謎めいた記号」の意味は?■
~ショパンは、作品の構造構築法を、バッハに学んだ~
~第4回アナリーゼ講座「平均律1巻」8番Prelude「es-Moll」とFuga「dis-Moll」~
2020.1.2 中村洋子
★新年明けましておめでとうございます。
≪何の菜のつぼみなるらん雑煮汁≫ 室生犀星
我家のお雑煮は「小松菜」ですが、室生家は「何の菜」。
犀星らしい、いたずらっぽい表現です。
八百屋さんで売っている「菜花」の、鮮やかな黄色が目に浮かびます。
★冬の終わり、春の真っ先に咲く花は「蝋梅」。
冬の淡い光を一身に受け止めた花びらは、透き通り、蝋を塗ったのよう。
黄色く、咲き誇ります。
趣ある爽やかな香りをかぎながら、新年を迎えました。
★このお正月は、1月18日のアカデミア講座「平均律第1巻8番・
Prelude es-Moll(変ホ短調) Fuga dis-Moll(嬰二短調)」の勉強です。
一昨年、名古屋カワイ講座で取り上げました曲です。
その際は、かなりこの曲の"正体"に迫ったように思ったのですが、
勉強を進めますと、さらに深くその"恐ろしい正体"が分かってきました。
講座では、新機軸を打ち出すことができると思います。
★その手掛かりは、「Bachの自筆譜」に在ることは言うまでもありません。
それに加え、二人の大作曲家による道標があります。
Bartók Béla バルトーク(1881-1945)による平均律校訂版、並びに、
Frederic Chopin ショパン(1810-1849)が所持していた平均律1巻の
楽譜に、Chopinの手によって記入されていた「書き込み」です。
★ChopinとBartókの平均律に対する、読み込みの深さに、
改めて、驚嘆します。
★Chopinの書き込みの意味する事について、少し考えてみます。
Chopinが所持していたのはチェルニー版、
練習曲で名高いCarl Czerny チェルニー(1791-1857)による版でした。
しかし、Chopinは自らの直観から、間違いの多いこの版に、
訂正を多数、書き込んでいます。
時にはそれがフライイングとなって、いかにもショパン流の音楽にして
しまっているという箇所も、見受けられますが、微笑ましく思えます。
★「平均律第1巻8番 Fuga dis-Moll(嬰二短調)」の3小節目に、
面白い実例があります。
チェルニー版の楽譜の3小節目は、このような奇妙な楽譜です。
3小節目1拍目に、音譜も休符も存在していません。
"やれやれ、またミスか"という、Chopinのため息が聞こえてきそうです。
彼は鉛筆でこのように校正しました。
それに加え、1小節目1拍目と3小節目3拍目に、
ある記号を書き込んでいます。
分かり易いように、鉛筆部分を赤で書いてみます。
★3小節目は、チェルニーもショパンも、どちらも正確ではありません。
正しくは、3小節目冒頭音は2小節目4拍目の「gis¹」と、
タイで結ばれています。
★では、何故チェルニーはこのようなミスを犯したのでしょうか。
その答えは、Bachの自筆譜にあります。
自筆譜の右手部分は、ソプラノ記号で書かれていますが、
それを写してみます。
そうです!、Bachは2小節目4拍目の「gis¹」を、付点4分音符とし、
3小節目冒頭に、その「付点」をしっかりと書き記していたのです。
★当時、このような付点の記譜も見られました。
もちろん、小節線でタイをつなぐ方法が圧倒的に多かったのですが・・・。
私の著作「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」の25~26頁を、
是非、ご覧下さい。
★前回のアカデミア講座で、Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)の
「月光ソナタ」についての、付点のお話もいたしましたが、
Bachがこの3小節目冒頭に「タイ」を使わず「付点」を用いたことの意味は、
深く、考える必要があります。
★それはさておき、ここから得られる結論は、チェルニーは
「Bachの自筆譜」、あるいは、その「筆写譜」にあった3小節目冒頭の
「付点」を、見落としたまま、校訂版を作成した、ということです。
そして、チェルニーが「Bach自筆譜」を見ていた、という事実が分かる
と同時に、Chopinは、「Bach自筆譜」を見ていなかったという事実です。
★何故、それをここで問題にしたかといいますと、
実は、Chopinの書き込みに、謎めいた3つの記号があるからです。
この3つのうち、
➀の×印は、既に私が書き写しました1小節目1拍目と、3小節目3拍目に
ありますように、重要な主題などの冒頭に目印として書き込まれています。
★それでは②の、菱形の中にバツ印を入れたような記号は、
一体、何を表しているのでしょうか。
これこそ、私が言いたかったことなのです。
この記号は、例えば6小節目1拍目や
10小節目バス声部3拍目
14小節目バス声部4拍目
に、見ることができます。
★先ほど、「ChopinはBachの自筆譜を見ていなかった」と、
書きましたが、実は「この菱形の中のバツ印」記号は、
Bachの自筆譜のレイアウトと、ピタリと一致しているのです。
★平均律1巻は、1頁6段で記譜されています。
(時に追加の1段が加えられることもありますが、この8番フーガは、3頁で
記譜され、3頁目は86小節目3拍目~87小節にかけての「1.5小節」が
追加の7段目となっています。この「1.5小節」も極めて、意味深です。)
★さて、フーガ8番の1頁目は6段で記譜されています。
2段目は、6小節目から始まります。
3段目は、10小節目「3拍目」から始まります。
そして4段目は、14小節目「3拍目」から始まります。
★14小節目は1拍違いですが、Chopinの「記号」と
Bachの「レイアウト」が、ピッタリ、一致しています。
そして、その記号の付された音は、主題や応答などの最後の
音であることも、事実なのですが、それだけではない
「ある基準」で、この印をつけています。
これについては、講座でご説明いたします。
★Bachの「レイアウト」が意味していたことを、自筆譜を見ずに、
瞬時に読み取ったChopinの天才に脱帽です。
これらの記号が付いた音の意味は、
1段目はdis¹ dis-Mollの主音、
2段目はais¹ dis-Mollの属音、
3段目はdis dis-Mollの主音、
4段目はAis dis-Mollの属音となります。
★この4段で、Bachはこの複雑で大規模なフーガの4本の大きな骨組の、
柱を、打ち建てたといえます。
大相撲の土俵周囲を囲う4本の柱を想像してください。
この4本柱が、揺るぎなき盤石な土台を造った後、
8番フーガは、豊かに発展していきます。
★その後、この記号は22、26、30、32、38、41、47、60、75、84
小節に見られます。
★自筆譜の段落冒頭に付けられることは、もうないのですが、各々、
「成程!」と、膝を打つような音に付けられており、その位置を自筆譜で
確認しますと、ChopinとBachの意図が深く納得できるのです。
★ショパンは何故、この印を楽譜に記入したのでしょうか?
これは、明らかに彼が作曲する際の「構造構築」を、
Bachから、学んでいるのです。
このため、Chopinは短い数頁の作品に、
宇宙のような深さを込めることが、できたのです。
★Bachが、平均律1巻、2巻を通して唯一この「8番」で
Prelude と Fuga の調を「異名同音調」としたことの意味も、
自ずと、理解できるようになります。
Bachが自ら書いた「序文」の示唆している世界が、
この8番で具現化している、とも言えます。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893
続きは、講座で詳しくお話いたします。
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■バッハ「平均律クラヴィーア曲集第1巻」と、この「1巻を源泉とする名曲」(全4回)
第4回 バッハ「平均律1巻」8番プレリュード「es-Moll」とフーガ「dis-Moll」
音楽史上に燦然と輝く「異名同音調」によるプレリュード&フーガ、
「5度圏の調」の妙
平均律1巻全24曲の中で「8番」の意味する重要性
日時 2020年1月18日(土)14:00~18:00
会場 エッサム本社ビル4階 こだまホール
東京都千代田区神田須田町1-26-3
定員 70名
https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture
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