■夏の読書:≪八月や 六日 九日 十五日≫■
~半藤一利「戦争というもの」「B面昭和史1926-1945」など3冊~
2021.8.15 中村洋子
★≪八月や六日九日十五日≫
読み人知らずではなく、読み人多数の俳句です。
「八月や」を「八月は」「八月の」「八月に」と変えて、
いろいろな人が、詠んでいるそうです。
★この句を知ったのは、今年1月12日に90歳で亡くなられた
作家の半藤一利さん(1930年昭和5年生)遺作の本、
「戦争というもの」(PHP研究所)の145ページを読んだからです。
「八月や」を「八月は」「八月の」「八月に」に読み替えて、
八月をどう捉えるかという、その捉え方の角度はどう違っても、
どれも深い悲しみと嘆きに満ちた句になります。
★今日はその最後の日付の「十五日」です。
六日は「広島原爆投下の日」、九日は「長崎原爆投下」、
十五日は「敗戦日」です。
この本の巻頭に、半藤さんの自筆で「人間の眼は、歴史を学ぶことで
はじめて開くものである。半藤一利」と、掲げてあります。
巻末にも、同じく自筆で「戦争は国家を豹変させる、歴史を学ぶ意味は
そこにある 半藤一利」で終わっています。
★私は第二次世界大戦を全く知らない世代ですが、歴史を学ぶことで、
現代をどう見てどう捉えるべきかを知り、眼を見開きたいと思います。
コロナ禍の今を、自分の眼で見、自分の考えで物事の真実を深く
考察したいために、歴史を学びたいと思うのです。
「コロナ禍は国家を豹変させる、歴史を学ぶ意味はそこにある」と
言っても、間違いではないでしょう。
★「戦争というもの」第二章の「バスに乗り遅れるな~
大流行のスローガン」の中には、こう書かれています。
≪「国民的熱狂をつくってはいけない」というのがその第一なんです。
「つくって」ではなく、「流されて」が正しいかもしれません。
一言で言えば、時の勢いに駆り立てられてはいけないと
いうことです。
熱狂というのは理性的なものではなく、感情的な産物ですが、
戦時下の日本において、何と日本人は熱狂したことか。
マスコミに煽られ、いったん燃え上がってしまうと、熱狂そのものが
権威をもちはじめ、不動のように人々を引っ張ってゆき、
押し流していきました。≫
現代も思い当たる節、多々ありますね。
★この夏は、半藤さんの本を他に2冊読みました。
「B面昭和史1926-1945」(平凡社)、文庫本になったことに
気が付かず、単行本で購入してしまい、仕事の合間に、
ソファーに寝転がって読むのは重いために辛かったのですが、
痛快で面白く、ずんずん読み進めてしまいました。
https://www.heibonsha.co.jp/book/b427762.html
★「政府や軍部の動きを中心に戦前の日本を語り下ろした
ベストセラー『昭和史』と対をなす、国民の目線から綴った
“もう一つの昭和史”」と内容が紹介されています。
LPレコードの主となるほうのA面、その従となる裏面のB面に
昭和史をなぞらえて、政治・経済・軍事・外交と言った表舞台を
A面、そしてそのうしろの民草の生きるつつましやかな日々のことを
B面になぞらえて、その庶民の暮らしを年代順に綴った本です。
★ユーモアたっぷりで、当時流行った歌の替え歌なども、
沢山掲載されていて、大笑いしました。
有名な歌「隣組」https://youtu.be/rBh4wUrjltM の
「とんとんとんからりと隣組」の替え歌。
♪どんどん どんがらりと どなり組 まわして頂戴 ヤミ物資
教えられたり 教えたり~♪ ですって。
監視社会なんですね。
自粛、自粛(警察)も今とそっくり。
作詞は岡本太郎の父の岡本一平です。
★私は現在、仕事に追われていて、A面の昭和史を読むのは
少々きついのです。
しかしこのB面ですと、仕事の合間にちょっと読んで、クスッと笑う。
そしてその後、ぞっとするのです。
この読み方をしますと、昭和史と戦争史が、骨身にしみるように
身につくように感じています。
★「日本文学報国会」は、日本文芸中央会が中心となって、
1942年に情報局の指導により、
「国家の要請するところに従って、国策の周知徹底、宣伝普及に
挺身し、以て国策の施行実践に協力する」ことを目的とした、
社団法人として発足した団体です。
★「日本文学報国会」は、昭和十七年十一月三日、事務局長久米正雄の
主唱のもと、大いに国に報いるための大事業として「大東亜文学者会」
を大々的に帝国劇場で開催したそうです。
発言した日本の文学者の名前がとても興味深かったです。
★少しその名前を書き写しますと、
「菊池寛、久米正雄、武者小路実篤、亀井勝一郎、横光利一、
吉屋信子、富安風生、尾崎喜八、舟橋聖一、高田保、片岡鉄平、
吉川英治、村岡花子、高橋健二・・・・」昔読んだ本の作家の
名前が沢山有り、本当にびっくりです。
★ドイツ文学者の高橋健二訳「ヘルマン・ヘッセ」を随分、
読みましたが、大政翼賛会宣伝部長も務め、ナチ文学の紹介も
なさった方なのですね。
随筆家の尾崎喜八さんも、まぁ!そうだったのですか!
亀井勝一郎さんも日本文学報国会評論部会幹事さんだったのですね。
このお二人のエッセーを、学生時代随分読んだのですが、
いつも隔靴掻痒で何となく物足りなく、しっくりしなかったわけが、
今ようやく、わかったような気がします。
私は読んでいませんが、村岡花子さんは「赤毛のアン」の翻訳者です。
この方たちとは正反対の生き方をした、永井荷風さん、野上弥生子さん
の立派さについては、どうぞこの本でお読み下さい。
(モリアオガエルの子供)
★「欲しがりません勝つまでは」
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」など標語のポスター。
半藤さんのご近所の質屋の黒塀に、「工」の字を抜いた、
「足らぬ足らぬは夫が足らぬ」と大書きされていたそうです。
「若者は赤紙一枚でどんどん招集されていく。
町にはがぜん女子供の姿が多く。
悪戯書きの悲鳴はあまりに正しかった」、と書かれています。
「あわてて警防団員や軍国おじさんが雑巾で悪戯書きを消していたが、
なかなか消えず、ぼんやり眺めていた(半藤さん達)われら悪ガキ
一同が、『お前たちも手伝え』とたちまち雑巾をもたされたことも
あった」そうです。
★「歴史探偵 忘れ残りの記」(文春新書)も面白いです。
半藤さんの短いエッセーをまとめた本です。
この本の「あとがき」が半藤さんの絶筆だそうです。
そこで半藤さんは、井上ひさしさんの名言「文章を書くうえで一番
たいせつにしていること」を書き留めていらっしゃいます。
★「むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく
ふかいことをゆかいに ゆかいなことをまじめに書くこと」
昭和史や太平洋戦争の歴史をやさしく、そしてふかく、
時々愉快に(B面昭和史)、ゆかいなことをまじめに
書き続けてきた半藤さんでした。
(ハグロトンボ)
★「戦争というもの」の141ページに、日本の敗戦が決定した
八月十五日の夜のことが書いてあります。
半藤さんの本に時々登場する、反骨精神たっぷりのお父様のお話。
日本の敗戦に意気消沈の半藤さん。どこかさっぱりした顔をしている
お父様にこう尋ねます。
★「日本の男は全員、カリフォルニアかハワイに送られて一生奴隷に、
女は鬼畜のアメ公の妾にされるんだよね」それに対し、お父様は
一喝されました。
「バカもん。なにをアホなことを考えているんだ。日本人を全員
カリフォルニアに引っぱっていくのに、いったいどれだけの船がいると
おもっているのかッ。そんな船はアメリカにだってない!」
★「日本人の女を全員アメリカ人の妾にしたら、アメリカ本国の女
たちはどうするんだ。納得するはずがないじゃないか。馬鹿野郎ッ」
半藤さんはこう書いています。
「このオヤジどのの言葉に、わたくしは目が覚めたのを、いまもよく
覚えています」。
私、このお父様大好きです。半藤さんの本にお父様が登場すると、
いつも思わず頬が緩みます。
★半藤さんの「ふかいことをゆかいに」の真骨頂ですね。
さぁ、後は皆様がご自分で、どうぞこれらの本をお読み下さい。
★今日は終戦から76年の八月十五日です。
年を重ねると、ブラームスの音楽が、前にもまして、
心に染み渡ります。
ベッチャー先生がチェロを弾いていらっしゃるブラームスの
クラリネット三重奏は絶品です。
https://tower.jp/item/5206455/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%B9%EF%BC%9A-%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF%E9%9B%86%E3%80%81%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E4%B8%89%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2%EF%BC%9C%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89%E9%99%90%E5%AE%9A%EF%BC%9E
★冒頭3小節のチェロ独奏から、ぐいぐいと晩年のブラームスの世界に
引き込まれます。
4小節目チェロの「a-e」は、クラリネットの「e¹-a¹」逆行の
カノンと、ピアノの拡大された逆行カノン「E-A」とで、
末広がりに、このtrioの音楽は開始されます。
★今日は読書とブラームスで八月十五日を過ごします。
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