■Chopin PreludeNo.6 の「倚音」の秘密、それを解いた Sofronitskyの名演■
~24日の Chopin 平均律アナリーゼ講座は第1巻 21番 B-Dur ~
2014.8.23 中村洋子
★明 24日(日) 午後 2時より、KAWAI 横浜 「 みなとみらい 」 で、
Chopin が見た「平均律アナリーゼ講座」を、開きます。
第 1巻 21番 B-Dur です。
★KAWAI 表参道で以前、開催しました
「平均律アナリーゼ講座 」 では、Chopin 自身の書き込みや、
Röntgen 版については、言及いたしませんでしたので、
新たな角度からの分析が、加わることになります。
★また、Bach の 《 B-Dur 21番 Prelude 》 に、大きな影響を与えた、
Johann Caspar Ferdinand Fischer (1656? - 1746?)
カスパール・フィッシャー の、
「 Musicalishes Blumen-Büschlein 音楽の花束 」 (1698) の、
初版楽譜ファクシミリも、参考にしながら、
この素晴らしい Prelude の背景を、そして、
そこからどう、 21番が 生まれ出たかを、お話いたします。
★前回ブログの続きです:
勉強会の皆さまと一緒に聴きました、Vladimir Sofronitsky
ソフロニツキー (1901-1961) の
Chopin 「 Prelude Nr.6 h-Moll 」 の演奏は、見事なものです。
「 23小節の 2、 3拍目 」 が、この曲の白眉です。
★「 23小節目 」 下声 2拍目の ≪ d1 ≫ から、
3拍目拍頭 ≪ cis1 ≫ 、それに続く ≪ d1 ≫ の、 三つの音が、
同時に淡々と 刻まれている 上声 ≪ fis1 ≫ の 8分音符
repeatednotes の下で、
淡く “ 滲んだ ” ように響きます。
その瞬間の美しさは、譬えようもありません。
★静寂に包まれた湖面に、滴り落ちた雫が、
水面に幾重もの淡い輪を描き、
そして、また静寂の中に吸い込まれていく、
そのような印象です。
★白眉である 「 滲み 」 のような響きは、
決して、 「 濁っている 」 のでは、ありません。
★Chopinは、全 26小節の、この 「 Prelude Nr.6 h-Moll 」 で、
たった 三か所だけ ペダル記号 (Ped.) を書き込んでいます。
13小節目に、二か所あり、三つ目は、 22小節と 23小節を区切る、
小節線の真下に、Ped. を記入しました。
★23小節目の 1拍目では、ありません。
その後、 ダンパー Pedal を上げる記号は、記されていませんので、
最後の 26小節目まで、Pedal を踏み続けるよう、
Chopinは、指示しています。
★この 23 ~ 26小節の 4小節間は、
h-Moll の 「 tonic 主和音Ⅰ」 が、続きます。
ほとんどの音が、 「 tonic 主和音Ⅰ」 の構成音
≪ h - d - fis ≫ だけなのですが、例外が 二か所あります。
その1つが、 23小節目の ≪ d1 - cis1 - d1 ≫ の、
真ん中の音 ≪ cis1 ≫です。
★もう一ヶ所は、24小節目の下声 3拍目の ≪ d-cis ≫ と、
それに続く 25小節目 1拍目の ≪ H ≫、
この 3音 ≪ d-cis-H ≫ の真ん中の音 ≪ cis ≫ です。
★この二つの ≪ cis1、cis ≫ は、 h-Moll の
「 tonic 主和音Ⅰ 」 の、和音構成音ではありません。
≪ Fremde Töne 非和声音 ≫ です。
23小節の ≪ cis ≫ は auxiliary note 刺繍音、
24小節の ≪ cis ≫ は passing note 経過音です。
★Sofronitsky が、妙なる ≪ 滲み ≫ の響きを現出させたのは、
この auxiliary note 刺繍音 です。
刺繍音は、auxiliary note (英)、 broderie(仏)、 Hilfsnote(独)
です。
日本語は、おそらくフランス語の直訳でしょう。
和音構成音を平らな布地と見た時に、
あたかも刺繍針で 2度上に (あるいは 2度下に) 針を移動し、
布を装飾し、また 2度下 (あるいは 2度上) に、
針を、布という 「 和声音 」 に戻す、というイメージです。
★話を戻しますと、
Chopin はペダルを 4小節間踏み続けることにより、
当然、音の 「 濁り 」 が生じるーということを、
何故、意図したのでしょう?
★Chopinが、この場所に ≪ Ped. ≫ 表示を記しませんでしたら、
どのピアニストも、音の 「 濁り 」 を避けるため、
この二か所の非和声音で、そっとペダルを踏み変えたことでしょう。
★この Prelude Nr.6 が、 《 h-Moll ロ短調 》 であることが、
この謎を解く、大きなヒントとなります。
Chopin と 《 h-Moll ロ短調 》 の関係で、真っ先に思い出されるのが、
「 Sonate h-Moll Op.58 ピアノソナタ 3番 ロ短調 」 でしょう。
この Sonate の 第 1楽章冒頭は、Prelude Nr.6 の、
冒頭 1小節目下声と、深く関連しています。
★この 二曲の源泉を辿っていきますと、
Bach の 「 平均律クラヴィーア曲集 1巻 24番 h-Moll 」 が
大きく、浮かび揚がってきます。
Chopinは、前奏曲集を作曲していた時期と同じころ、
マジョルカ島に滞在しますが、
この島でも、熱心に平均律の勉強を続けていた、ということと、
無関係ではありません。
★Bach の 「 h-Moll Fuga 」 の冒頭、 Fuga の Subject は、
このように開始されています。
冒頭 1、 2拍は、 h-Moll の 「 主和音Ⅰ」 の和音構成音のみの、
≪ fis1 - d1 - h ≫ です。
Chopin の Prelude や Sonata と、よく似た発想です。
続く 3拍目の ≪ g1 - fis1 ≫ の ≪ g1 ≫ は、
「 tonic 主和音Ⅰ 」 の構成音である、
主和音 第 5音 ≪ fis1 ≫ に対する「 changing note 倚音 」
と考えられます。
★「 倚音 」 は、先ほど解説致しました 「 刺繍音 」 の、
三つの音のうち、1番目の音を取り去った 「 非和声音 」 です。
Chopin の Sonata には、冒頭 この主和音構成音と、
主和音の 第 5音 ≪ fis1 ≫ に対する 「 changing note 倚音 」
という、
Bachの 《 h-Moll Fuga 》 の Subject 冒頭の要素が、
すべて、含まれています。
★もう一度 Sofronitsky の、Prelude Nr.6 演奏を聴いてみますと、
23小節目 3拍目 ≪ cis1 ≫ は、
≪ d1 - cis1 - d1 ≫ の、≪ d1 ≫ に囲まれた刺繍音のようには、
次第に、聴こえなくなってきます。
★そうなのです!
23小節目 2拍目の ≪ d1 ≫ は、独立した主和音の 《 和音構成音 》、
23小節目 3拍目の ≪ cis1 ≫ は、
それに続く ≪ d1 ≫ の 《 changing note 倚音 》 と、
捉えてほしい、という Chopin の意図なのです。
★刺繍音は、先ほど書きましたように、和声音と和声音を刺繍のように
縫っていく、穏やかな性格の非和声音です。
それに対して、 「 changing note 倚音 」 は、
いきなり非和声音が現出し、和声音に滑り込んでいきますので、
emphasis を、その性格に宿します。
★Chopinは、 23小節の 3拍目の響きを、強調することで、
≪ cis1 - d1 ≫ の 2度 motif を、
ピアニストや聴く人に、再確認させているのです。
それをもとに、もう一度この Prelude Nr.6 を勉強していきますと、
深い山の中で、さーっと霧が晴れていくように、
この曲の凄さが分かってきます。
★ Sofronitsky は、Chopin の作曲意図 つまり、
「 23小節の 3拍目が、 auxiliary note 刺繍音 ではなく、
changing note 倚音である 」 という
structured-base music design を見抜いたからこそ、
「 滲み 」 を創り出し、歴史に残る名演を残したのです。
★Prelude Nr.6 は、 《 counterpoint 対位法 》 が張り巡らされた、
Bachの申し子なのです。
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■日 時 : 2014年 8月 24日(日) 午後 2 時 ~ 4 時 30分
■会 場 : カワイ ミュージックスクール みなとみらい
横浜市西区みなとみらい4-7-1 M.M.MID.SQUARE 3F
( みなとみらい駅『 出口1 番 』出て目の前の高層ビル 3F )
■予 約 : Tel. 045-261-7323 横浜事務所
Tel. 045-227-1051 みなとみらい直通
● 次回講座は、9月21日 ( 日 ) 午後 2時 ~ 4時 30分
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■ 講師 : 作曲家 中村 洋子 Yoko Nakamura
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。
2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。
07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。
08年: CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。
08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
Analysis インヴェンション・アナリーゼ講座 」
全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。
09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲第 3番 」が、
W.Boettcher 氏により、Mannheim ドイツ・マンハイム で、
初演される。
10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。
10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
「 Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集 」 を、
ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。
11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
チェロ二重奏のための 10の曲集 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
チェロ 四重奏 のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」を、
Musikverlag Hauke Hack Dortmund 社から出版。
13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
自作品が演奏される。
★上記の 楽譜 & CDは、
「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/
「アカデミア・ミュージック 」
https://www.academia-music.com/ で販売中
★私の作品の CD 「 無伴奏チェロ組曲 第1 ~ 6番 」
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
disk Union クラシック館で、購入できます。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
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