音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Chopin PreludeNo.6 の「倚音」の秘密、それを解いた Sofronitskyの名演■

2014-08-23 18:19:42 | ■私のアナリーゼ講座■

■Chopin PreludeNo.6 の「倚音」の秘密、それを解いた Sofronitskyの名演■
      ~24日の Chopin 平均律アナリーゼ講座は第1巻 21番 B-Dur ~

                       2014.8.23  中村洋子

 

 

 


明 24日(日) 午後 2時より、KAWAI 横浜 「 みなとみらい 」 で、

Chopin  が見た「平均律アナリーゼ講座」を、開きます。

第 1巻 21番 B-Dur です。


★KAWAI 表参道で以前、開催しました

「平均律アナリーゼ講座 」 では、Chopin 自身の書き込みや、

Röntgen 版については、言及いたしませんでしたので、

新たな角度からの分析が、加わることになります。


★また、Bach の 《 B-Dur  21番 Prelude 》 に、大きな影響を与えた、

Johann Caspar Ferdinand Fischer (1656? - 1746?)

カスパール・フィッシャー の、

「 Musicalishes Blumen-Büschlein  音楽の花束 」 (1698) の、

初版楽譜ファクシミリも、参考にしながら、

この素晴らしい Prelude の背景を、そして、

そこからどう、 21番が 生まれ出たかを、お話いたします。

 

 


★前回ブログの続きです:

勉強会の皆さまと一緒に聴きました、Vladimir Sofronitsky 

ソフロニツキー (1901-1961)

Chopin  「 Prelude  Nr.6  h-Moll 」  の演奏は、見事なものです。

「 23小節の 2、 3拍目 」 が、この曲の白眉です。

 

 

★「 23小節目 」 下声 2拍目の   ≪ d1 ≫ から、

3拍目拍頭 ≪ cis1 ≫ 、それに続く ≪ d1 ≫ の、 三つの音が、

同時に淡々と 刻まれている 上声 ≪ fis1 ≫ の 8分音符

repeatednotes の下で、

淡く “ 滲んだ ” ように響きます。

その瞬間の美しさは、譬えようもありません。


★静寂に包まれた湖面に、滴り落ちた雫が、

水面に幾重もの淡い輪を描き、

そして、また静寂の中に吸い込まれていく、

そのような印象です。


白眉である 「 滲み 」 のような響きは、

決して、 「 濁っている 」 のでは、ありません。

 

 

 

 

Chopinは、全 26小節の、この 「 Prelude Nr.6 h-Moll 」 で、

たった 三か所だけ ペダル記号 (Ped.) を書き込んでいます

13小節目に、二か所あり、三つ目は、 22小節と 23小節を区切る、

小節線の真下に、Ped. を記入しました。


★23小節目の 1拍目では、ありません。

その後、 ダンパー Pedal を上げる記号は、記されていませんので、

最後の 26小節目まで、Pedal を踏み続けるよう、

Chopinは、指示しています。


★この 23 ~ 26小節の 4小節間は、

 h-Moll の 「 tonic 主和音Ⅰ」 が、続きます。

ほとんどの音が、 「  tonic 主和音Ⅰ」 の構成音

≪ h - d - fis ≫ だけなのですが、例外が 二か所あります。

その1つが、 23小節目の ≪ d1 - cis1 - d1 ≫ の、

真ん中の音 ≪ cis1 ≫です。


★もう一ヶ所は、24小節目の下声 3拍目の ≪ d-cis ≫ と、

それに続く 25小節目 1拍目の ≪ H ≫、

この 3音 ≪ d-cis-H ≫ の真ん中の音 ≪ cis ≫ です。


この二つの ≪ cis1、cis ≫ は、 h-Moll の 

「  tonic  主和音Ⅰ 」 の、和音構成音ではありません。

≪ Fremde Töne  非和声音 ≫ です。

23小節の  ≪ cis ≫ は auxiliary note 刺繍音、

24小節の  ≪ cis ≫  は passing note 経過音です。


Sofronitsky が、妙なる ≪ 滲み ≫ の響きを現出させたのは、

この auxiliary note 刺繍音 です

刺繍音は、auxiliary note (英)、 broderie(仏)、 Hilfsnote(独)

です。

日本語は、おそらくフランス語の直訳でしょう。

和音構成音を平らな布地と見た時に、

あたかも刺繍針で 2度上に (あるいは 2度下に) 針を移動し、

布を装飾し、また 2度下 (あるいは 2度上) に、

針を、布という 「 和声音 」 に戻す、というイメージです。

 

 


★話を戻しますと、

Chopin はペダルを 4小節間踏み続けることにより、

当然、音の 「 濁り 」 が生じるーということを、

何故、意図したのでしょう?


Chopinが、この場所に ≪ Ped. ≫ 表示を記しませんでしたら、

どのピアニストも、音の 「 濁り 」 を避けるため、

この二か所の非和声音で、そっとペダルを踏み変えたことでしょう。


★この Prelude Nr.6 が、 《 h-Moll ロ短調 》 であることが、

この謎を解く、大きなヒントとなります。

Chopin と  《 h-Moll ロ短調 》 の関係で、真っ先に思い出されるのが、

「 Sonate  h-Moll  Op.58  ピアノソナタ 3番 ロ短調 」 でしょう。

この Sonate の 第 1楽章冒頭は、Prelude Nr.6 の、

冒頭 1小節目下声と、深く関連しています。

 

 


★この 二曲の源泉を辿っていきますと、

Bach の 「 平均律クラヴィーア曲集 1巻 24番  h-Moll 」  が

大きく、浮かび揚がってきます。

Chopinは、前奏曲集を作曲していた時期と同じころ、

マジョルカ島に滞在しますが、

この島でも、熱心に平均律の勉強を続けていた、ということと、

無関係ではありません。


★Bach の 「 h-Moll  Fuga 」 の冒頭、 Fuga の Subject は、

このように開始されています。

 

 

 

冒頭 1、 2拍は、 h-Moll の  「 主和音Ⅰ」 の和音構成音のみの、

≪ fis1 - d1 - h ≫ です。

Chopin の Prelude や Sonata と、よく似た発想です。

続く 3拍目の  ≪ g1 - fis1 ≫  の  ≪ g1 ≫ は、

「  tonic  主和音Ⅰ 」 の構成音である、

主和音 第 5音  ≪ fis1 ≫ に対する「 changing note 倚音 」

と考えられます


★「 倚音 」 は、先ほど解説致しました 「 刺繍音 」 の、

三つの音のうち、1番目の音を取り去った 「 非和声音 」 です。

Chopin の Sonata には、冒頭 この主和音構成音と、

主和音の 第 5音 ≪ fis1 ≫ に対する 「 changing note 倚音 」 

という、

Bachの 《 h-Moll  Fuga 》 の Subject 冒頭の要素が、

すべて、含まれています。

 

 

 


★もう一度   Sofronitsky の、Prelude Nr.6 演奏を聴いてみますと、

23小節目 3拍目 ≪ cis1 ≫ は、

≪ d1 - cis1 - d1 ≫ の、≪ d1 ≫ に囲まれた刺繍音のようには、

次第に、聴こえなくなってきます。


★そうなのです!

23小節目 2拍目の ≪ d1 ≫ は、独立した主和音の 《 和音構成音 》、

23小節目 3拍目の ≪ cis1 ≫ は、

それに続く ≪ d1 ≫ の 《  changing note 倚音  》 と、

捉えてほしい、という Chopin の意図なのです。


★刺繍音は、先ほど書きましたように、和声音と和声音を刺繍のように

縫っていく、穏やかな性格の非和声音です。

それに対して、 「 changing note 倚音 」 は、

いきなり非和声音が現出し、和声音に滑り込んでいきますので、

emphasis を、その性格に宿します。


Chopinは、 23小節の 3拍目の響きを、強調することで、

≪ cis1 - d1 ≫ の 2度 motif を、

ピアニストや聴く人に、再確認させているのです。

それをもとに、もう一度この Prelude Nr.6 を勉強していきますと、

深い山の中で、さーっと霧が晴れていくように、

この曲の凄さが分かってきます。

 

★ Sofronitsky は、Chopin の作曲意図 つまり、

「 23小節の 3拍目が、 auxiliary note 刺繍音 ではなく、

 changing note 倚音である 」  という

structured-base music design を見抜いたからこそ、

「 滲み 」 を創り出し、歴史に残る名演を残したのです。

 

★Prelude Nr.6 は、 《 counterpoint  対位法 》 が張り巡らされた、

Bachの申し子なのです。

 

 


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■日  時 : 2014年 8月 24日(日) 午後 2 時  ~ 4 時 30分

■会  場 :  カワイ ミュージックスクール みなとみらい        
       横浜市西区みなとみらい4-7-1 M.M.MID.SQUARE 3F
       ( みなとみらい駅『 出口1 番 』出て目の前の高層ビル 3F )
 
■予    約 :     Tel. 045-261-7323 横浜事務所
         Tel. 045-227-1051 みなとみらい直通

●    次回講座は、9月21日 ( 日 ) 午後 2時 ~ 4時 30分

 

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 ■ 講師 :   作曲家  中村 洋子  Yoko Nakamura

東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。

   2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。

   07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
         無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
         Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
    CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
                         ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。

   08年: CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
     CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。

   08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
                  Analysis  インヴェンション・アナリーゼ講座 」
                    全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。

   09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

           「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲第 3番 」が、
           W.Boettcher 氏により、Mannheim ドイツ・マンハイム で、
           初演される。

   10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
                  Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
                全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。

   10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。

        「 Regenbogen-Cellotrios  虹のチェロ三重奏曲集 」 を、
             ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
      Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。

   11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
                         チェロ二重奏のための 10の曲集 」 を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

   12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
    チェロ 四重奏 のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」を、
      Musikverlag Hauke Hack  Dortmund 社から出版。

   13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。

            「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」 を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

         スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
    自作品が演奏される。

 ★上記の 楽譜 & CDは、
 「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/ 
 「アカデミア・ミュージック 」
  https://www.academia-music.com/  で販売中

 ★私の作品の CD 「 無伴奏チェロ組曲 第1 ~ 6番 」
   Wolfgang  Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
  disk Union クラシック館で、購入できます。

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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