音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■活弁のお薦め■

2007-12-20 00:23:03 | ★旧・伝統芸術、民俗音楽
■活弁のお薦め■
2006/2/21(火)

★千代田区神田錦町の「学士会館」で時々、懐かしい「活弁」の上映会が開かれます。
数回見に行きましたが、病み付きになりそうです。

 前回12月は、 小津安二郎監督の戦前の無声映画「東京の合唱」。
活動弁士は澤登翠(さわと・みどり)さん。
澤登さんの至芸といえる語り、映像の質の高さ、会場である学士会館の重厚で心安らぐ静寂空間、それらが一体となり、稀に見る充実した一晩でした。

 昭和6年・1931年製作のこの映画は、小津がまだ27歳の作品。
いまの日本を思い起こさせられ、思わず、苦笑すること多しでした。
甘く知的な顔の主人公(岡田時彦)は旧制高等学校卒。(映像では大学についての言及なし)
当時でいえばエリート中のエリート。
しかし、勤め先の保険会社で、定年直前のしょぼくれた老人が理不尽な理由から首を切られたことに立腹し、社長に直談判。逆に馘首(かくしゅ)を言い渡されます。
3人の幼い子供、和服の似合う美人の妻(八雲恵美子)を抱えるサラリーマンの身。
当時は1929年の大恐慌の後、失業者であふれ、「大学は出たけれども」の大不況。
さんざん苦労する毎日の生活を暖かい目で描きます。

 戦後の名作「東京物語」にあるものはすべて、既にこの映画に内包されています。
幻燈写真のようにいろいろなシーンが網膜に焼き付き、しょっちゅう思い出します。
多分、一生消えないことでしょう。
岡田時彦が自宅に帰り、妻の手助けで背広を脱ぐ着替えのシーンは、何度も何度も出てきます。
戦後の作品より、カメラの視座は少し高い位置のようですが、家庭とは、家庭の幸せとはこういう素朴な日常の立ち居振る舞いの中に現れるものか、と不思議な感慨をもたされます。
人力車を引く車夫の横顔では、一生車を引いている人はこういう顔をしていたのか、と感銘を受けます。都電の窓からの風景、シケモク拾いのルンペン・・・。

 映像もさることながら、澤登翠さんの語りは、誇張なしで第一級の芸術です。
何人もの登場人物を、その性格まで髣髴とさせるような語り口で描き出します。
始まって暫くすると、これが一人の弁士によって語られていることを忘れています。
物語に没頭させられます。
大変な芸です。
艶のある凛とした声。透明感があり、うるさくありません。
そして何より、知性の裏づけが感じられます。
オペラの世界に入っていれば、プリマとして名を残すような方でしょう。
コマーシャリズムに踊らされる偽者名人ばっかりのいまの日本で、掛け値なしに本物といえる希少な方です。

 映画の後には、ワインが出ます。その後に澤登さんのお話があります。
これもまた素晴らしい内容です。

 ルンペン、銀ブラ、エログロナンセンス、アチャラカ、男子の本懐などの言葉は、この映画の1930年ごろの流行語だそうです。
 カレーライスの値段は10銭、昼定食12銭、大卒初任給は50円。
庶民に最も人気があったのはラジオの浪花節、一方ではインテリ階級の間で輸入のレコードがブーム。
ベートーベンのバイオリン協奏曲が驚くべき35円50銭。
この映画の主人公の家にもレコードが登場していました。
また、傾向映画という左翼映画もあり、財テクの本が流行していたそうです。
 これらのデータはすべて、澤登さんのお話です。
それを手書きして資料配布されました。勉強になります。

■次回は24日金曜日午後6時半から、1927年アメリカ映画「第7天国」。
 第1回のアカデミー監督、女優、脚本賞を受賞した歴史的名画だそうです。

電話予約は企画係03-3292-5955.前売り2500円。
学士会のホームページ・企画イベント欄にも案内あり。http://www.gakushikai.or.jp 。
企画係の西川さんが目利きで、落語、旅行など楽しい催し物も計画されています。


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