■1小節目から突如転調する第11変奏、属調への急激な傾斜■
~前半クライマックスへ向けて爆走する前の「助走」~
ー第4回「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」アナリーゼ講座ー
2016・7・28 中村洋子
★7月30日の第4回「ゴルトベルク変奏曲アナリーゼ講座」では、
第10、11、12変奏曲を、勉強いたします。
ゴルトベルク変奏曲全30曲は、15曲ずつで前半と後半に分かれています。
前半最後の三曲セットの13、14、15変奏は、一度聴きましたら
忘れられないほど華やかで美しい曲です。
★その前の三曲が、今回の講座の曲ですが、一見しますと、
後に来る三曲に圧倒されているような印象をもたれがちですが、
この曲は、ゴルトベルク変奏曲の全体構想の中で、
やはり、肝心要の曲であると、私は感じております。
★前回ブログで「Variatio10」について、触れましたが、
ここでは、「Variatio11」の和音について、少し書いてみます。
★G-Durト長調「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」
冒頭の、主題「Aria」の1小節目は、主和音です。
★それに対し、G-Durト長調16分の12拍子の「Variatio11」は、
1小節目7拍目と9拍目に、G-Durの音階音ではない「cis¹」が、
唐突に、登場します。
この「cis¹」は、登場した瞬間は、「ドッペルドミナント」という横顔を、
見せています。
「ドッペルドミナント」につきましては、
私の著書「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」の、
Chapter 4、123ページで、詳しく説明しております。
★面白いことに、この「Variatio11」までで、
1小節目に「cis」が登場しますのは、「Variatio1」のみです。
★「Variatio11」の1小節目7拍目で「ドッペルドミナント」が登場した、
と書きましたが、その場合、2小節目冒頭和音が「ドミナント」と
なります。
★しかし、その後の流れを追いますと、
2、3、4小節目の7拍目までは必ず「cis¹」となっています。
「cis¹」は、G-Durの音階音ではありませんので、
2小節目以降をG-Durとみなすのは、無理があります。
主調G-Durの属調である≪D-Dur≫と見るのが、妥当となります。
★結論から申しますと、1小節目の後半、即ち、
7拍目から「主調」を離れ、急激に「属調」に傾斜していくのです。
★これは「Variatio11」に限ったことでしょうか?
「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」初版譜を見ますと、
「Variatio11」は、実は、見開き左ページの
3段目ほぼ真ん中から、始まっているのです。
その前の3段目前半は、「Variatio10」の最後の31、32小節目です。
★これは、通常ではないレイアウトです。
ゴルトベルク変奏曲全体を見ますと、このような変則的な始まり方を
しているのは、他に二つの変奏があるのみです。
その他の変奏は、各段の左端1段目から始めています。
★これは、大変に意図的なレイアウトで、
“「Variatie10」と「Variatie11」とが、がっちりと手を組んでいますよ”
というシグナルです。
★どうしてそのようにしたのか、「Variatio10」を子細に見ましょう。
25小節目の「cis」音が、カギです。
「Aria」から「Variatio9」までの当該箇所(小節)の音は、すべて、
「c」=ド♮であるのに対し、この「Variatio10」のみ、
「cis」=ド♯に、なっています。
★この「cis」音は、主調G-Durト長調の音階には、
存在しない音です。
しかし、ト長調の属調であるD-Durニ長調では、
「cis」は第7音(導音)として、燦然と輝く音なのです。
第7音(導音)は、次に来る音、
即ち主音を導く、大変に性格がくっきりとした音です。
ここに「cis」が突如出現することは、主調という強い引力から
ポンと飛び出そうとする強い遠心力が働いている、と言えます。
★この属調D-Durへの、急激な傾斜は、
「Variatio10 Fugetta」から、始まっていると言えます。
前回ブログで書きましたように、
「Subject 主題」と、「Answer 応答」というものが、
互いに≪5度の関係≫にあるということと、決して無縁ではない、
ということができると思います。
主調の≪5度上の調≫は、「属調」です。
11変奏は、10変奏から投影された曲なのです。
★「Variatio10 Fugetta」では、
Subject主題とAnswer応答の関係は、間隔が4小節ごとになっています。
それに対し、「Variatio11」は、1小節目冒頭に主和音が置かれるや否や、
1小節目後半で、気ぜわしく「属調」に転調します。
何かに向かって爆走しようとする前の「助走」と言えます。
それは、このうえなく華やかで美しい13、14、15変奏への
「序奏」でもあり「助走」でもあるのです。
ゴルトベルク変奏曲が、大きな構想によって、
全体が形作られているその証でもあるでしょう。
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