音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Bachの後期は「近親転調」「限定した和声」を使い、最大限の自由を獲得■

2016-05-17 13:02:05 | ■私のアナリーゼ講座■

■Bachの後期は「近親転調」「限定した和声」を使い、最大限の自由を獲得■
    ~第3回ゴルトベルク変奏曲・アナリーゼ講座のご案内~

                2016.5.17        中村洋子

 

 


5月14日の第2回「ゴルトベルク変奏曲アナリーゼ講座」では、

1720年代初期と、1740年前後のBachの様式の相違について、

お話いたしました。


1720年代初期とは、

1722年「Wohltemperirte Clavier Ⅰ 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻」 、

1723年「Inventionen und Sinfonien  インヴェンションとシンフォニア」が、

完成された頃です


1740年前後とは、

「Wohltemperirte Clavier Ⅱ 平均律クラヴィーア曲集 第2巻」、

「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」が、

完成された時期です。


1740年前後の Bach の様式は、

「近親転調」と、「限定した和声」を使うことにより、

最大限の≪自由≫を獲得することにありました。


平均律1巻の Fuga フーガは、「2声」、「3声」、「4声」、「5声」と、

四種もあり、多彩です。

一方、平均律2巻は、転調も近親調が多く、あっと驚く転調はありません。

2巻の Fuga も、「3声」と「4声」のみです。

※(平均律2巻の和声につきましては、私の著書
≪クラシック音楽の真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫
                Chapter4をご覧下さい)

 


★華やかな転調や和声が無いとしましたら、その曲の魅力は一体、

どこにあるのでしょうか?


目もくらむような転調や、華麗な和声に加え、

複雑な構造が加わりますと、

奏者は、その構造をどう表現するかまでは、神経が行き届かなくなります。

さらに、聴く側も、Bachの素晴らしい転調、和声に気を取られ、

その構造を聴き取ることにまで、集中できなくなります。

結果として、かえって散漫な印象を与えかねない、ということになります。


★逆に、和声、転調を、≪切り詰めた狭い世界≫の範囲で動かすことにより、

構造が明確に浮かび上がります。

これが、Bachの後期の様式です。

Bachの音楽が分かりやすく、誰が聴いても美しいと感じるのは、

そこにある、とも言えるのです。

 

 


そのような視点から、ゴルトベルク変奏曲を見ますと、

実に、分かりやすく、新鮮に見えます。

最後の30変奏が「quodlibet クォドリベット」である意味も、

如実に分かってきます。


★そのような流れもあり、昨日は一日中、

Bachが1707年頃に作曲しました≪Hochzeitquodlibet 結婚クォドリベット≫

BWV524の、「Manuscript Autograph facsimile 自筆譜」を、

眺めて楽しんでいました。


★この曲は、1929年に発見され、当時はセンセーショナルに、

大きな話題となったそうです。


★Bachは、1707年に Maria Barbara マリア・バルバラと結婚しましたが、

この曲が、Bach自身の結婚式に使われたものか、あるいは、

近親者のために書かれたものかは、不明です。


★しかし、この曲を見ますと、通奏低音による伴奏のもと、

ソプラノ、アルト、テノール、バスの四声が、当時流行っていた俗謡、民謡などを

 “ きわどく”、陽気に、ごった煮のように歌い飛ばし、

楽しんだ様が髣髴としてきます。

 

 


★≪農民カンタータ≫に現れる 「quodlibetクォドリベット」もそうですが、

私たちはいま、単に“面白おかしい歌”ととらえていますが、

その“ごった煮”の中に、当時の体制や社会を鋭く批判する言葉を、

忍ばせていることも、多いのです。


封建領主に支配された当時の厳しい社会は、多分いまの私たちが

想像できない、過酷な世の中だったことでしょう。

最高の知性のBachが、いかに憤っていたかは、

想像に難くありません。

Bachは後に、領主様の意に添わなかったとして、

一ヵ月も、牢屋に入れられていたこともあったのです。


★歴史上、大作曲家で牢屋につながれたことがあるのは、

Bachぐらいかもしれません。


★この≪Hochzeitquodlibet 結婚クォドリベット≫は、

残念なことに、曲の最初と最後の部分が見つかっていません。

曲の中間部分だけしか、見ることができません。


★そのため、 「Manuscript Autograph  自筆譜 」で見ることができる、

最初の小節は、あるフレーズが終わった最後の音から、始まっています。

この最後の音に付けられている歌詞は≪Steiß≫、

上品ではないのですが、≪お尻≫の意味です。

 

 


★現存する自筆譜の最後の部分は、

「Ei, was ist das für eine schöne Fuge !」

「あー、何と美しいフーガ」です。

 

 


その間にある歌詞も、捧腹絶倒、音楽も最高の内容ですので、

「ゴルトベルク変奏曲アナリーゼ講座」で、30変奏に触れる際、

この≪Hochzeitquodlibet 結婚クォドリベット≫についても、

お話したいと思います。

 

 


★この≪Hochzeitquodlibet 結婚クォドリベット≫ 自筆譜は、

Bachのものとされていますが、私がいつも眺めています1720年代の

自筆譜の雄渾な筆運びとは少し異なるような印象を受けます。

しかし、結婚をひかえたBachの若々しい筆使いかもしれません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
■第3回「ゴルトベルク変奏曲・アナリーゼ講座」は、変奏曲 第 7、8、9 番
■日時: 2016年6月25日(土)  14:00~16:30
■会場: 文京シビックホール、 練習室1(地下1階)
※本講座は、初版譜ファクシミリ(Fuzeau出版社)を基にして進めます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

★バッハの音楽はなぜ美しく、私たちの心をとらえて離さないのか・・・
人類の宝「ゴルトベルク変奏曲」が、どういう構造で成り立っているか、
一見、単純に見えながら、複雑に絡み合っているその「和声」と「対位法」を、
ピアノで実際に音を出しながら、詳しく分かりやすくご説明いたします。

★第3回の講座では、
・鳥の羽のように軽やかなジーグの第7変奏
・はじけるように明るく豪壮な第8変奏
・心に沁み入る平行調(e-Moll)転調を繰り返す第9変奏
                  の3つの変奏曲を掘り下げていきます。

★前回の第4、5、6変奏の三曲セットは、第6変奏「2度のカノン」の
≪2度音程≫に支配されていました。
次の三曲セットも同様に、第9変奏「3度のカノン」の≪3度音程≫に依って、
構想されています。

★その≪3度音程≫は、Bachが「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の序文で、
高らかに宣言していますように、≪調性≫を決定する最も重要な音程です。
その最重要≪3度音程≫に支配された第7、8、9変奏が、
ゴルトベルク変奏曲前半(第1部)15曲のちょうど真ん中に位置しているのは、
偶然ではありません。

★Bachは、鳥の羽のように軽やかな第7変奏に
≪al tempo di Giga ジーガの速さで≫と、自ら初版譜に書き込み、
テンポを指定しています。
Bachは≪組曲≫を作曲する際には、その最後にジーグ(イタリア語でジーガ)を
配置していますが、ここで何故ジーグとしたのでしょうか?

★はじけるように明るく豪壮な第8変奏は、オーケストラ作品を髣髴とさせます。
どのような色彩を施し、立体的に弾くべきなのでしょうか。

★「3度のカノン」は、1度(第3変奏)、2度(第6変奏)のカノンほどは作曲上の
制約がありません。≪3度音程≫は、無理なくカノンを設定できるのです。
第9変奏は、主調「G-Dur」の平行調「e-Moll」を、“心に染み入るような和声”で
何度も登場させます。
「G-Dur」と「e-Moll」が3度の関係にあることと無縁ではありません。
その和声について分かりやすく解説いたします。

 

 

■中村洋子・プロフィール

東京芸術大学作曲科卒。
・2008~09年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
・2010~15年、「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、
東京で開催。
自作品「Suite Nr.1~6 fur Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
「10Duette fur 2Violoncelliチェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler  Berlin) より出版。

・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 fur Violoncello
無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher
ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表 (disk UNION : GDRL 1001/1002)。

・2016年 ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫
~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、演奏法までも分かる~
(DU BOOKS社)を出版。

・2016年、ドイツのベーレンライター出版社(Barenreiter-Verlag)が刊行した
バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版など、
バッハ鍵盤作品楽譜の「序文」の日本語訳と「訳者による注釈」を担当。


■アナリーゼ講座・バッハ「ゴルトベルク変奏曲」 今後の予定
日時:7月30日(土)、9月3日(土)  各回 14:00~16:30
会場:文京シビックホール 練習室1(予定)

■申し込み・お問い合わせは、 アカデミアミュージック 企画部
Tel. 03-3813-6757
E-mail. fuse@academia-music.com
(お申込みの際、お名前、住所、電話番号を明記してください。)
※定員になり次第、締め切らせていただきます。

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする