■上野で、レンブラント、ルターの肖像画と 2枚のフェルメールを見る■
2012.9.12 中村洋子
(国立西洋美術館)
★9月も半ばになりましたが、猛暑が続いております。
暑いさなか、上野の山へ、ルターとレンブラントの肖像画、
二枚の Vermeer フェルメールを見に行きました。
★Vermeer の一枚目は、オランダの Den Haag デン・ハーグにある、
The Royal Picture Gallery Mauritshuis
マウリッツハウス美術館の、
Johannes Vermeer ヨハネス・フェルメール の、有名な
『 Girl with a Pearl Earring 真珠の耳飾りの少女 』。
青いターバンに、真珠のイアリングの少女です。
(東京都美術館)
★もう一枚は、西洋美術館で開催中の、
Staatliche Museen zu Berlin ベルリン国立美術館の、
『 Woman with a Pearl Necklace 真珠の首飾りの女性 』。
「 ネックレスの女性 」は、初来日です。
★Vermeer フェルメールも、素晴らしかったのですが、
両展覧会に出品されている、いくつかの肖像画に、
深く、心を打たれました。
★「 青いターバンの少女 」 の隣室に、飾られていたのが、
Rembrandt Harmensz.van Rijn レンブラント・ファン・レイン
(1606~1669)の、亡くなった歳の作品、
最晩年の、自画像です。
★ Rembrandt レンブラント(1606~1669)。
J.S.Bach バッハ(1685 ~ 1750)に匹敵する芸術家。
堅実な家庭生活を送った Bach とは、対極的に、
劇的波乱万丈な生活、豪奢と無一文という両極端を経験。
天才レンブラントの、最後の顔とは、一体どういうものなのでしょうか。
興味が、尽きません。
★柔らかそうでありながら、鋭い眼光。
一部の隙も、ありません。
安易に眺める者を、射すくめるような強い眼光です。
一瞬にして、相手の本質を見抜く眼です。
だが、冷たい光ではありません。
一種の暖かみも、感じられます。
諦観、あるいは世俗への哀れみにも似た感情に、
裏打ちされているからでしょうか。
顔には、なによりも自信、
自分と自分の才能への自負に、満ちています。
“ まだまだ、やりたいことはたくさんある。
しかし、成すべきことはした、後悔はない ”
とでも、語っているようです。
★会場には、Rubens ルーベンス(1577~1640)、
Anthony van Dyck ヴァン・ダイク(1599~1641)、
Frans Hals フランス・ハルス(1581~1666)など、
同時代の巨匠の肖像画も、レンブラントと一緒に並べられています。
卓越した技法によって描かれた顔、豪華な衣装などは、
迫真的、生き写しです。
まさに、注文主の希望どおり、 “ 写真のような ” 出来栄えです。
権勢や富の頂点にある人物が、
“ 己の頂点の瞬間を、描いて欲しい ”、
それに応えるのが、当時の肖像画です。
★しかし、それらの肖像画は、
Rembrandt レンブラントを、知ってしまった私にとっては、
残念ながら、物足りないのです。
Rembrandt レンブラントの肖像画には、
人物の、その時点に至るまでの、
人間としての歴史がすべて、塗り込められています。
その人物の、生き方や生き様、哲学、
性格、癖、個性、長所、短所、欠点までも、
すべて、Rembrandt レンブラントが、見抜き、
浮かび上がらせています。
生身の人物より、 “ 生身 ” なのです。
★Rembrandt レンブラント自画像を、じっと、眺めていますと、
レンブラントが、私に向かって、
≪ あなたは誰ですか?、どこにいますか?、
何を考えていますか?、 いま何をしていますか?、
これから何をしたいのですか?、幸せですか? ≫
彼は、恐ろしい怖い質問を、優しく、次々と問いかけてきます。
つまり、レンブラントに、逆に、見られているのです。
レンブラントに、まるで、自分の肖像画を、
描いてもらっているような、体験をするのです。
絵画を見る醍醐味、真骨頂が、
ここに、あるのです。
★Rubens ルーベンスなどの肖像画は、その人物の、
その時点の瞬間を、切り取った断面であり、
その人物の “ 歴史 ” は、それほど感じられません。
それゆえ、どの人物も同じように見えます。
逆に申しますと、Rubens に肖像画を依頼した人は、
大満足でしょう。
Rembrandt に頼んだ人は、 “ こんなはずではなかった ” と、
不満を、募らせたかもしれませんね。
★私にとって、Rembrandt レンブラント自画像との対話は、
これから終生、止むことがないように思われます。
J.S.Bach バッハ(1685 ~ 1750) の Mess h-Moll
ロ短調ミサ のような、存在になりそうです。
★『 Woman with a Pearl Necklace 真珠の首飾りの女性 』 と、
ちょうど対角線上の位置に、レンブラント派の作品とされる
『 Man in a Golden helmet 黄金の兜の男 』 が、
飾られていました。
★この 『 黄金の兜の男 』 のヘルメットの、燦然と輝く黄金色は圧巻です。
その下に、厳しさが結晶化しているような狷介な老人の顔。
『 真珠の首飾りの女性 』 の、優しい光との対比で、
人間の老いの残酷さが、強く迫ってきます。
★『 Woman with a Pearl Necklace 真珠の首飾りの女性 』 は、
ポスターや画集で見た限りでは、なんとなく、
ぼんやりとした絵、というイメージでした。
★しかし、実物は、全く異なります。
左側の窓に向かって、右側に若い女性が立ち、
手でネックレスを、引っ張っている構図です。
画面中央は、乳白色の壁、しかし、本物でこれを見ますと、
窓からの光が、“ 太陽の光とは、このような色だったのか ” と、
思わされます。
Vermeerは、太陽の光の色を、初めて描けた画家であると思います。
★柔らかく、神々しいその光の色は、
聖書の 「 Es werde Licht ! Und es ward Licht
光りあれ! 」 の世界、
神の恩寵を、表現しているのでしょう。
★印刷物では、はっきり分からなかった少女の顔も、
実物を見ますと、顔一杯に光を浴び、恍惚としているようです。
少女の左耳につけられている真珠のイアリングが、
星のように、きらめいています。
それが、少女がすっくと立ち上がった椅子の、
金色の鋲と、呼応しているのは言うまでもありません。
その鋲の数は、 3個を 一組とした 3組です。
★レンブラント派 『 Man in a Golden helmet 黄金の兜の男 』 の、
黄金が、現世的な光を怪しく、放っているのに対し、
フェルメールの光は、神の国の光。
それらが、美術館の一つの部屋に、
絶妙に好対照的をなして、配置されています。
★同じく、ベルリン国立美術館展での、私のお目当ては、
Martin Luther マルティン・ルター(1483年~1546)の肖像画でした。
★Lucas Cranach ルーカス・クラーナハ(1472~1553)の描いた、
Martin Luther ルターの肖像画を、是非、見たいと思っておりました。
Bach が敬愛してやまなかった Martin Luther ルター。
★Cranach クラーナハの作風は、レンブラントの写実とは、
大いに異なり、この肖像画を見た瞬間、
日本の鎌倉時代の 『 源頼朝像 』 と、
大変に似ていると、直感しました。
★Martin Luther ルターほどの、人物の肖像は、
このような書き方しかないのか、とも思います。
両眼の方向が、現実にはありえない方向を向いています。
左目は左方向を、右目は右方向を見ています。
日本画では、竜や風神雷神などのように、
神性を帯びた性格を描く際、
まなこが違う方向を向いていることが、多いのです。
16世紀のドイツで、人並みはずれた偉大な人を描くのに、
同じ技法がつかわれていることは、
大きな、発見でした。
これにより、ルターは、世界を見据えているのです。
★ルターは、ドイツの歴史で最大の人物。
現代ドイツ語、文学、音楽のすべての基礎を築いた人。
ドイツ文化の源流を、どの分野から探っても、
必ずやルターに行き当たるのは、間違いないのです。
★このように、偉大な人の肖像を何点か見ましたが、
「 Bridgestone Museum of Art ブリジストン美術館 」 開館 60周年
「 Debussy、音楽と美術 」 展に、出品されている
Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862~1918) の
肖像画も、見てきました。
★Marcel Baschet(1862~1941) による、
若いころのドビュッシー(1885年作) と、
Jacques = Emile Blanche(1861~1942)の、
1902年作の肖像画の 二点を見ました。
★レンブラントや、クラーナハと比較するのは、
酷かもしれませんが、やはり、
ドビュッシーの天才には、位負け気味のようでした。
Debussy の人間を捉え切れていない、
一面しか、描けていない作品のようです。
★もう一つ、Pierre Louÿs ピエール・ルイス(1870~1925) 作の、
写真を合成して作った、ドビュッシーの肖像もあり、
こちらのほうが、作曲家 Debussy の素顔が、
読み取れるように、思いました。
★この展覧会には、ドビュッシーの自筆譜が、
何点か、展示されていました。
例えば、『 ImagesⅠ 映像第 1集 』 の
「 Reflets dans l'eau 水に映る影 」 、
『 Pelléas et Mélisande ぺリアスとメリザンド 』 の、
第 4幕 4場 の試作スコアなどですが、
1ページしか、眺めることができず、
あまり、参考にはなりません。
★曲は違いましても、私の所有する Debussy の、
他の自筆譜ファクシミリの鉛筆の色、筆の圧力を、
再確認する程度の参考にしか、なりませんでした。
※copyright Yoko Nakamura
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