音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■バッハ「イタリア協奏曲」第 2楽章は、なぜ、大譜表で記譜されていないか■

2011-04-24 23:58:08 | ■私のアナリーゼ講座■

■バッハ「イタリア協奏曲」第 2楽章は、なぜ、大譜表で記譜されていないか■
                                          2011.4.24    中村洋子


★東日本大震災は、その後も連日、余震が続き、心が休まりません。

FUKUSHIMA第1原発の、冷却化作業も停滞しています。

これから事態がどうなるか、依然、予断を許しません。


★4月25日に、 「 横浜みなとみらい 」 で、

開催を、予定しておりました、

バッハ  「 インヴェンション・アナリーゼ講座 」 は、

お集まりの皆さまに、万一のことがあってはなりませんので、

延期とさせていただきます。

事態が早く安定、沈静化して、講座を再開できることを、

願っております。


★≪ バッハ 「 イタリア協奏曲 」 を読み解く ≫ の、続きです。

「 インヴェンション 」 の記譜は、直筆譜を見ますと、

上声が「 ソプラノ記号 」 、

下声は、 「 バス記号( ヘ音記号 )」 を主として、

「 アルト記号 」 も補助的に、使っています。


★これに対し、 「 イタリア協奏曲 」  の初版譜は、

上声がほとんど 「 ト音記号( ごく一部でアルト記号 )」 、

下声が、「 バス記号 」 と 「 アルト記号 」 となっています。


★この両者を比較しますと、楽譜の 「 風景 」 が、

大きく、異なっています。

バッハは、なぜ 「 イタリア協奏曲 」 で、

上声を、 「ト音記号」 で記譜したのでしょうか。


★まず、「 ト音記号 」 の意味から、ご説明いたします。

「 ト音記号 」 は、ドイツ語で 「 G Schlussel 」 または、

「 Violin-Schlussel 」 と、いいます。

 「 Schlussel 」 は、英語の 「 key 」 に相当します、

鍵の意味です。

つまり、 「 G Schlussel 」 は、

G( ソの音 ) が、五線の第二線に位置することを、

示すための、記号です。


★別名の「 Violin-Schlussel 」 は、

「 ヴァイオリン記号 」 と、訳されます。

これは、ヴァイオリンやフルートなど、高い音域の楽器の、

記譜用に使われる、という意味です。

「 高音部記号 」 とも、訳されます。


★ここで、何かお気づきになるかもしれません。

「 イタリア協奏曲 」 の上声は、

ほとんど、ヴァイオリン記号で記譜されており

ヴァイオリンやフルートなど、オーケストラ高音域の楽器を、

バッハは、イメージしながら作曲していた、ということです。


★「 インヴェンション 」 の、

ソプラノ記号で、記譜された上声とは、

ずいぶん、意味が違っています。


★現代のピアノ実用譜では、ほとんど、上声は 「 ト音記号 」、

下声は 「 ヘ音記号 」  ( バス記号 ) を組み合わせた、

「 大譜表」  で、記譜されていますので、

上記のような、バッハ時代の人が、

感じていた微妙なニュアンスを、

楽譜から、汲み取ることは、できません。


★こんなことからも、手稿譜や、初版譜に目を通す必要性、

大切さが、お分かりになると、思います。


★さて、「 イタリア協奏曲 」 の第 2楽章ですが、

「 下声 」 の記譜が、大変に特徴的なのです。

8小節目の第 1拍目までは、すべて 「 アルト記号 」 で、

書かれています。

8小節目の 1拍目 「 カタカナ ニ音 」 直後の、

二つの 「 ひらがな に音 」 のみ、

「 バス記号 」 ( ヘ音記号 ) で、記譜され、

その後は、また 「 アルト記号 」 に、戻ります。


この 8小節目の低い 「 ひらがな に音 」 を、

記譜するために使われた 「 バス記号 」 は、

17小節目まで、全く使われず、

すべて  「 アルト記号 」  と、なっています。


★それを、念頭において、第 1小節目に戻ります。

「 ト音記号 」  による  「 上声 」  は、全休止です。

「 アルト記号 」  による下声は、詳しく見ますと、

二声に、分離できます。


★その二声の上の声部は、 「  アルト  」  の声部、

下の声部は、 「 テノール 」  の声部と、とらえることが、

音域から見て、妥当です。

そして、1拍目  「 1点ニ音 」  のすぐ後に続く、

二つの 「 カタカナ ニ音 」  が、

「 テノール 」  の声部であることが、明確に、

第  8小節目と比較することにより、認識できます。


★このように、どの声部に属しているか、それを理解したうえで、

バッハの管弦楽作品の、オーケストレーションを参考にしますと、

どの楽器に相当する部分であるか、どんな音色やタッチで、

弾くべきか、自然に導き出されます。


★第 18小節目からは、第 28小節 2拍目まで、バッハは、

下声を、すべて 「 バス記号 」 で、書いています。

これも、先ほどの分析をいたしますと、演奏法が容易に、

導き出されます。

 

★ここを、エドウィン・フィッシャーは、どう考えていたか・・・、

19小節目から、その後の 8小節間は、

ノーブレスで弾くべきである、と書いています。

「 The next 8 bars to be played in one breath,without a break ,

 4 bars always growing in intensity and in best legatissimo.

As if curving a high arch.」


★バッハが、 「 バス記号 」 を使っている部分と、

フィッシャーが  「 ノーブレス 」 としている部分は、

開始するところが、1小節ずれていますが、

ほぼ、一致しています。


★バッハの傑作 「 イタリア協奏曲 」 の源流が、

イタリアのヴィヴァルディーや、マルチェッロにまで、

遡ることができることは、以前、書きましたが、

私には、バッハの  「 無伴奏チェロ組曲第 6番 」 の、

「 アルマンド 」  の響きが、遠くから、

聞こえてくるようにも、思えます。

 

                                  ※copyright ©Yoko Nakamura

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