■ベートーヴェン・ピアノソナタの、「名校訂版」から学ぶこと■
09.12.21 中村洋子
★明日は冬至、寒い日が続いております。
クリスマス前の、ヨーロッパや米国には、
記録的な寒波が、襲来しているようです。
12月17日は、ベートーヴェンの誕生日でした(16日説もあり)。
★きょうは、ベートーヴェン「ピアノソナタ31番」の続きです。
「どういう楽譜を選ぶべきか」というご質問を、
バッハだけでなく、いろいろな作曲家についても、お受けします。
★信頼できますUrtext(原典版)に加え、
歴史的な大ピアニストの校訂版を、参照することが、ベストです。
ベートーヴェン・ピアノソナタでの、お薦めしたい校訂版は、
①アルトゥール・シュナーベル Artur Schnabel(1882~1951)の、
「Beethoven 32 Sonate per Pianoforte 」
=クルチ社 Edizioni Curci- Milano
②クラウディオ・アラウ Claudio Arrau (1903~1991)の、
「 Beethoven Sonaten fuer Klavier zu zwei Haenden 」
Urtext Herausgegeben von Claudio Arrau
=ペータース社 Edition Peters
(このアラウ版は、Urtextとなっていますが、アラウの考えが、
色濃く反映されており、「校訂版」とみていいと思います)
★バッハの手稿譜から、フレージングや、
アーティキュレーションまでが、読み取れるように、
この両巨匠の校訂版からは、彼らが、ベートーヴェンを、
どのようにアナリーゼして、弾いていたか、
詳しく、読み取ることができます。
★そのアナリーゼが、端的に分かるのが「指使い」です。
バッハが、その手稿譜の符尾の位置や書き方により、
モティーフや、アーティキュレーションまで、
示唆しているのと、同様です。
★例を挙げますと、1楽章の 44小節目、
展開部に入ってからの、5小節目に、当たります。
右手上声は、変形された第一テーマを奏します。
左手は、3拍子の 3拍すべてが、16分音符 4つからできています。
最初の1拍目 「F」について、ヘンレ版(Urtext)では、
指使いは、記入されていません。
シュナーベル、アラウ版では、両方とも、
「5(小指)」を、指示しています。
★それに続く、1拍目のなかの、「F」に続く「C D E」は、
ヘンレでは、Cが 2、Eが 3、シュナーベル版では、Cのみに 4、
アラウ版では、Cが 1、Dが 3、と記載されています。
★2拍目の 「F、G、As、B」は、
ヘンレは、Asのみに 3、
シュナーベルは、Fに 1、G に 4、
アラウは、Gに 4、Asに 3。
★3拍目の 「C、As、G、F」は、
ヘンレでは、Asのみに 2、
シュナーベルは、Fのみに 4、
アラウでは、Asに 3、Gが 1、Fが 2。
★まとめますと、
ヘンレ版= 5213、2132、1234
シュナーベル版= 5432、1432、1234
アラウ版= 5132、1432、1312
この箇所は、どの版も、それほど難しい指使いではありませんが、
その他の箇所では、“本当に、マエストロたちは、
この指使いで、弾いていたのかしら”と、思うほど、
難しい指使いも、多く見られます。
★シュナーベル版は、5指の後、4321、4321と、
規則的な、指使いが現れます。
これは、第一テーマの重要な音程である「4度音程」を、
CDEF GAsBC という、順次進行のモティーフとして、
アナリーゼした指使いです。
★ベートーヴェンは、≪ 右手上声に第一テーマの旋律を置き、
左手16分音符を、フーガの「対主題」のように、作曲している≫と、
シュナーベルは、アナリーゼしているのです。
ベートーヴェンの書いたレガートは、
1拍目の Fの次ぎに来る Cから、小節の最後の Fまで、
一つの大きなレガート記号で、結び、
一見、一つのフレーズのように見えますが、
それを、だらだらとしたレガートで弾いていはいけない、と
シュナーベルは、その校訂版で、示唆しているのです。
★アラウも、1、2拍目については、シュナーベルとほぼ同じ考えですが、
3拍目の 1312、次の 45小節の冒頭の 1の指使いは、
かなり、弾き難いかもしれません。
これは、312のAs G F を、第1テーマ冒頭の「3度音程」から、
生み出された重要なモティーフであると、分析しているからです。
★いずれにしましても、この箇所が、旋律と伴奏という内容ではなく、
≪主題と対主題≫という、対位法の音楽であることを、
際立たせるために、あえて、
このような、難しい指使いをしているのです。
★最も弾き易いのは、ヘンレ版であると、思いますが、
ヘンレ版で弾く際、シュナーベルやアラウが、校訂版で示唆した
モティーフや、アーティキュレーション、フレージングを、
日々の練習に、取り入れることが、大事であると、思われます。
★前回のブログで書きましたように、この時期のベートーヴェンは、
「ミサ・ソレムニス」の作曲のため、若い頃にも増して、
バッハや、それ以前の「対位法音楽」を、勉強していました。
★この「ピアノソナタ31番」の、
≪28、29、30小節の左手、バスの動き≫は、
まるで、バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第14番
「嬰へ短調フーガ」の 4、5小節目に初めて出てきます
「対主題」とそっくりでは、ありませんか。
この「対主題」は、全40小節のフーガ全曲にわたって、
繰り返し、現れてきます。
★“バッハの勉強なくしては、ベートーヴェンを弾くことはできない”
そういうことが、言えます。
1月26日から、始まります「平均律アナリーゼ講座」では、
このように、バッハ以降の大作曲家が、どのように「平均律」を学び、
創作のための豊かな土壌としていったか、についても、
ご一緒に、学んでいきたいと、思います。
(古い瓦屋根の土蔵)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
09.12.21 中村洋子
★明日は冬至、寒い日が続いております。
クリスマス前の、ヨーロッパや米国には、
記録的な寒波が、襲来しているようです。
12月17日は、ベートーヴェンの誕生日でした(16日説もあり)。
★きょうは、ベートーヴェン「ピアノソナタ31番」の続きです。
「どういう楽譜を選ぶべきか」というご質問を、
バッハだけでなく、いろいろな作曲家についても、お受けします。
★信頼できますUrtext(原典版)に加え、
歴史的な大ピアニストの校訂版を、参照することが、ベストです。
ベートーヴェン・ピアノソナタでの、お薦めしたい校訂版は、
①アルトゥール・シュナーベル Artur Schnabel(1882~1951)の、
「Beethoven 32 Sonate per Pianoforte 」
=クルチ社 Edizioni Curci- Milano
②クラウディオ・アラウ Claudio Arrau (1903~1991)の、
「 Beethoven Sonaten fuer Klavier zu zwei Haenden 」
Urtext Herausgegeben von Claudio Arrau
=ペータース社 Edition Peters
(このアラウ版は、Urtextとなっていますが、アラウの考えが、
色濃く反映されており、「校訂版」とみていいと思います)
★バッハの手稿譜から、フレージングや、
アーティキュレーションまでが、読み取れるように、
この両巨匠の校訂版からは、彼らが、ベートーヴェンを、
どのようにアナリーゼして、弾いていたか、
詳しく、読み取ることができます。
★そのアナリーゼが、端的に分かるのが「指使い」です。
バッハが、その手稿譜の符尾の位置や書き方により、
モティーフや、アーティキュレーションまで、
示唆しているのと、同様です。
★例を挙げますと、1楽章の 44小節目、
展開部に入ってからの、5小節目に、当たります。
右手上声は、変形された第一テーマを奏します。
左手は、3拍子の 3拍すべてが、16分音符 4つからできています。
最初の1拍目 「F」について、ヘンレ版(Urtext)では、
指使いは、記入されていません。
シュナーベル、アラウ版では、両方とも、
「5(小指)」を、指示しています。
★それに続く、1拍目のなかの、「F」に続く「C D E」は、
ヘンレでは、Cが 2、Eが 3、シュナーベル版では、Cのみに 4、
アラウ版では、Cが 1、Dが 3、と記載されています。
★2拍目の 「F、G、As、B」は、
ヘンレは、Asのみに 3、
シュナーベルは、Fに 1、G に 4、
アラウは、Gに 4、Asに 3。
★3拍目の 「C、As、G、F」は、
ヘンレでは、Asのみに 2、
シュナーベルは、Fのみに 4、
アラウでは、Asに 3、Gが 1、Fが 2。
★まとめますと、
ヘンレ版= 5213、2132、1234
シュナーベル版= 5432、1432、1234
アラウ版= 5132、1432、1312
この箇所は、どの版も、それほど難しい指使いではありませんが、
その他の箇所では、“本当に、マエストロたちは、
この指使いで、弾いていたのかしら”と、思うほど、
難しい指使いも、多く見られます。
★シュナーベル版は、5指の後、4321、4321と、
規則的な、指使いが現れます。
これは、第一テーマの重要な音程である「4度音程」を、
CDEF GAsBC という、順次進行のモティーフとして、
アナリーゼした指使いです。
★ベートーヴェンは、≪ 右手上声に第一テーマの旋律を置き、
左手16分音符を、フーガの「対主題」のように、作曲している≫と、
シュナーベルは、アナリーゼしているのです。
ベートーヴェンの書いたレガートは、
1拍目の Fの次ぎに来る Cから、小節の最後の Fまで、
一つの大きなレガート記号で、結び、
一見、一つのフレーズのように見えますが、
それを、だらだらとしたレガートで弾いていはいけない、と
シュナーベルは、その校訂版で、示唆しているのです。
★アラウも、1、2拍目については、シュナーベルとほぼ同じ考えですが、
3拍目の 1312、次の 45小節の冒頭の 1の指使いは、
かなり、弾き難いかもしれません。
これは、312のAs G F を、第1テーマ冒頭の「3度音程」から、
生み出された重要なモティーフであると、分析しているからです。
★いずれにしましても、この箇所が、旋律と伴奏という内容ではなく、
≪主題と対主題≫という、対位法の音楽であることを、
際立たせるために、あえて、
このような、難しい指使いをしているのです。
★最も弾き易いのは、ヘンレ版であると、思いますが、
ヘンレ版で弾く際、シュナーベルやアラウが、校訂版で示唆した
モティーフや、アーティキュレーション、フレージングを、
日々の練習に、取り入れることが、大事であると、思われます。
★前回のブログで書きましたように、この時期のベートーヴェンは、
「ミサ・ソレムニス」の作曲のため、若い頃にも増して、
バッハや、それ以前の「対位法音楽」を、勉強していました。
★この「ピアノソナタ31番」の、
≪28、29、30小節の左手、バスの動き≫は、
まるで、バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第14番
「嬰へ短調フーガ」の 4、5小節目に初めて出てきます
「対主題」とそっくりでは、ありませんか。
この「対主題」は、全40小節のフーガ全曲にわたって、
繰り返し、現れてきます。
★“バッハの勉強なくしては、ベートーヴェンを弾くことはできない”
そういうことが、言えます。
1月26日から、始まります「平均律アナリーゼ講座」では、
このように、バッハ以降の大作曲家が、どのように「平均律」を学び、
創作のための豊かな土壌としていったか、についても、
ご一緒に、学んでいきたいと、思います。
(古い瓦屋根の土蔵)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲