音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ベートーヴェン・ピアノソナタの、「名校訂版」から学ぶこと■

2009-12-21 19:27:27 | ■私のアナリーゼ講座■
■ベートーヴェン・ピアノソナタの、「名校訂版」から学ぶこと■
                    09.12.21   中村洋子


★明日は冬至、寒い日が続いております。

クリスマス前の、ヨーロッパや米国には、

記録的な寒波が、襲来しているようです。

12月17日は、ベートーヴェンの誕生日でした(16日説もあり)。


★きょうは、ベートーヴェン「ピアノソナタ31番」の続きです。

「どういう楽譜を選ぶべきか」というご質問を、

バッハだけでなく、いろいろな作曲家についても、お受けします。


★信頼できますUrtext(原典版)に加え、

歴史的な大ピアニストの校訂版を、参照することが、ベストです。

ベートーヴェン・ピアノソナタでの、お薦めしたい校訂版は、

①アルトゥール・シュナーベル Artur Schnabel(1882~1951)の、

「Beethoven 32 Sonate per Pianoforte 」
=クルチ社 Edizioni Curci- Milano

②クラウディオ・アラウ Claudio Arrau (1903~1991)の、

「 Beethoven Sonaten fuer Klavier zu zwei Haenden 」
Urtext Herausgegeben von Claudio Arrau
 =ペータース社 Edition Peters

(このアラウ版は、Urtextとなっていますが、アラウの考えが、
色濃く反映されており、「校訂版」とみていいと思います)


★バッハの手稿譜から、フレージングや、

アーティキュレーションまでが、読み取れるように、

この両巨匠の校訂版からは、彼らが、ベートーヴェンを、

どのようにアナリーゼして、弾いていたか、

詳しく、読み取ることができます。


★そのアナリーゼが、端的に分かるのが「指使い」です。

バッハが、その手稿譜の符尾の位置や書き方により、

モティーフや、アーティキュレーションまで、

示唆しているのと、同様です。


★例を挙げますと、1楽章の 44小節目、

展開部に入ってからの、5小節目に、当たります。

右手上声は、変形された第一テーマを奏します。

左手は、3拍子の 3拍すべてが、16分音符 4つからできています。

最初の1拍目 「F」について、ヘンレ版(Urtext)では、

指使いは、記入されていません。

シュナーベル、アラウ版では、両方とも、

「5(小指)」を、指示しています。


★それに続く、1拍目のなかの、「F」に続く「C D E」は、

ヘンレでは、Cが 2、Eが 3、シュナーベル版では、Cのみに 4、

アラウ版では、Cが 1、Dが 3、と記載されています。


★2拍目の 「F、G、As、B」は、

ヘンレは、Asのみに 3、

シュナーベルは、Fに 1、G に 4、

アラウは、Gに 4、Asに 3。


★3拍目の 「C、As、G、F」は、

ヘンレでは、Asのみに 2、

シュナーベルは、Fのみに 4、

アラウでは、Asに 3、Gが 1、Fが 2。


★まとめますと、

ヘンレ版= 5213、2132、1234 

シュナーベル版= 5432、1432、1234

アラウ版= 5132、1432、1312

この箇所は、どの版も、それほど難しい指使いではありませんが、

その他の箇所では、“本当に、マエストロたちは、

この指使いで、弾いていたのかしら”と、思うほど、

難しい指使いも、多く見られます。


★シュナーベル版は、5指の後、4321、4321と、

規則的な、指使いが現れます。

これは、第一テーマの重要な音程である「4度音程」を、

CDEF GAsBC という、順次進行のモティーフとして、

アナリーゼした指使いです。


★ベートーヴェンは、≪ 右手上声に第一テーマの旋律を置き、

左手16分音符を、フーガの「対主題」のように、作曲している≫と、

シュナーベルは、アナリーゼしているのです。

ベートーヴェンの書いたレガートは、

1拍目の Fの次ぎに来る Cから、小節の最後の Fまで、

一つの大きなレガート記号で、結び、

一見、一つのフレーズのように見えますが、

それを、だらだらとしたレガートで弾いていはいけない、と

シュナーベルは、その校訂版で、示唆しているのです。


★アラウも、1、2拍目については、シュナーベルとほぼ同じ考えですが、

3拍目の 1312、次の 45小節の冒頭の 1の指使いは、

かなり、弾き難いかもしれません。

これは、312のAs G F  を、第1テーマ冒頭の「3度音程」から、

生み出された重要なモティーフであると、分析しているからです。


★いずれにしましても、この箇所が、旋律と伴奏という内容ではなく、

≪主題と対主題≫という、対位法の音楽であることを、

際立たせるために、あえて、

このような、難しい指使いをしているのです。


★最も弾き易いのは、ヘンレ版であると、思いますが、

ヘンレ版で弾く際、シュナーベルやアラウが、校訂版で示唆した

モティーフや、アーティキュレーション、フレージングを、

日々の練習に、取り入れることが、大事であると、思われます。


★前回のブログで書きましたように、この時期のベートーヴェンは、

「ミサ・ソレムニス」の作曲のため、若い頃にも増して、

バッハや、それ以前の「対位法音楽」を、勉強していました。


★この「ピアノソナタ31番」の、

≪28、29、30小節の左手、バスの動き≫は、

まるで、バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第14番 

「嬰へ短調フーガ」の 4、5小節目に初めて出てきます

「対主題」とそっくりでは、ありませんか。

この「対主題」は、全40小節のフーガ全曲にわたって、

繰り返し、現れてきます。


★“バッハの勉強なくしては、ベートーヴェンを弾くことはできない”

そういうことが、言えます。

1月26日から、始まります「平均律アナリーゼ講座」では、

このように、バッハ以降の大作曲家が、どのように「平均律」を学び、

創作のための豊かな土壌としていったか、についても、

ご一緒に、学んでいきたいと、思います。


                        (古い瓦屋根の土蔵)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
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