音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ベートーヴェンが実践していた勉強方法と、ピアノソナタ31番の源泉 ■

2009-12-18 18:20:49 | ■私のアナリーゼ講座■
■ベートーヴェンが実践していた勉強方法と、ピアノソナタ31番の源泉 ■
                 09.12.18  中村洋子


★寒さが、とても厳しくなりました。

岩波文庫「ベートーヴェンの手紙・下」に、よりますと、

ベートーヴェン(1770~1827)は、1815年の日記に、

「毎朝5時半から、朝食まで勉強すること!!」、さらに

「ヘンデル、バッハ、グルック、モーツァルト、ハイドンの

肖像画が、私の部屋にある。・・・それらは、私が求める

忍耐力を得るのに助けとなるだろう」という文が、

記されているそうです。


★この文庫本は、直訳の日本語で、読みにくい文章ですが、

それにも拘らず、ベートーヴェンの生の言葉は、

強く、訴えかけてきます。

寝坊してしまった朝、私は、この言葉を思い出し、

“ベートーヴェンなら、もう勉強を終え、

作曲に取り掛かっている時間だ!!”と、思い、

反省しています。


★ベートーヴェンは、1814年、第8交響曲OP.93 と、

ピアノソナタ 27番 OP.90 を、完成しています。

1815年には、二つのチェロソナタ ハ長調、ニ長調 OP.102が、

作曲されています。


★既にそれまでに、数々の傑作を書き上げているベートーヴェンが、

このように、ひたむきに勉強を重ねているのです。


★月2回、カワイ表参道で開催しております「アナリーゼ教室」で、

シューベルト「冬の旅」全曲を、じっくりと勉強中ですが、

これは、同時期に書かれた「4 Impromptus 即興曲集」

OP.90(1827年作曲)と、モティーフを共有し、

ヤヌス(両面神)の表と裏のような、関係にあります。


★シューベルト以外にも、アナリーゼする曲の希望を、

伺いましたら、「ベートーヴェンのピアノソナタ31番 OP.110」

という声が、出ました。

実は、私も、シューベルトのこの2作品を、勉強中、絶えず、

ベートーヴェンの「ピアノソナタ31番」」が、頭の中で、

鳴っていましたので、その偶然に、驚きました。


★ピアノソナタ31番(1821年作曲)を、アナリーゼし始めて、

シューベルトの「冬の旅」=前半12曲(1827年)、

「即興曲集(OP.90)」(1827年)の2作品と、

驚くべき、共通点があることが、分かりました。


★ピアノソナタ31番と、シューベルトの2作品が、

モティーフを共有しているばかりでなく、構成原理も、

極めて、類似しています。

シューベルトは、ベートーヴェンを大変に尊敬していたのは、

有名な事実であり、ピアノソナタ31番を、

徹底的に勉強していたことは、想像に難くありません。


★類似というよりも、シューベルトの創造の源泉が、

ベートーヴェン・ピアノソナタ31番の中にも、存在していた、

と、言えるのです。


★ピアノソナタ31番は、5小節目から11小節目まで、

左手は16分音符で、規則的に和音を刻み、

12小節から、突然、32音符の軽やかな分散和音が、

19小節まで、続きます。

この16分音符から、32分音符の突然の変化を、

皆さまは、既に、体験されているはずです。


★そうです!、バッハの「シンフォニア15番」の、

冒頭2小節の主題は、規則的に16分音符で刻まれ、

3小節目に、突如、32分音符の分散和音が、

coda (結句)として、現れます。

この同音連続を含む、規則的な16分音符と、

軽やかな32分音符の関係が、そのまま、ベートーヴェンの

ピアノソナタ31番に、見られるのです。


★カワイ表参道「インヴェンション講座」で、お話しましたように、

バッハは、スペインで活躍したドメニコ・スカルラッティ

(1685年ナポリ生まれ~1757年マドリッド没)を、

はじめとするスペインの音楽にも、通暁しており、

「シンフォニア15番」には、その影響が色濃く、うかがえます。


★シューベルトの2作品の源泉は、ベートーヴェンにあり、さらに、

そのベートーヴェンの源泉が、バッハにある、

さらに、そのバッハには、スペイン音楽の要素すら流れ込んでおり、

シューベルトの豊穣な世界は、そのようなバッハの多様な音楽が、

結果として間接的に、入り込んでいるということが、

これらの作品から、分かってきます。


★バッハの「シンフォニア15番」の、3小節目や、

ベートーヴェン31番ソナタの、12小節目からの、

32分音符の、軽やかな分散和音は、

シューベルトの「即興曲集(OP.90)」4番の、

冒頭4小節に現れ、繰り返し奏される16分音符の、

分散和音の発想へと、引き継がれた、と私は考えます。


★文献的裏付けがないとしても、これは、私の作曲家としての、

「直感」で、おそらく、間違ってはいない、と思います。

講座では、バッハの「シンフォニア15番」3小節目の、分散和音について、

私が考えました練習方法を、お話ししましたが、

ベートーヴェンやシューベルトの、分散和音を練習するときでも、

それを、応用することができます。

あえて他の練習曲を使って、分散和音の弾き方を、

訓練する必要がない、とも言えます。

シンフォニア15番と、同じ練習方法で、

その分散和音部分を、一つの練習曲として、学べばいいのです。


★バッハを学ぶことにより、ベートーヴェンやシューベルトの世界に、

より容易に、近づくことができます。

以上のことは、“生きた音楽史”を学ぶ、ということでもあります。


★岩波文庫「ベートーヴェンの手紙・下」の解説によりますと、

1818年、ベートーヴェンは、イタリアのジョバンニ・パレストリーナ

(1525~1594)や、ジョゼフォ・ツァルリーノ(1517~1590)などを、

深く研究し、その前年には、病床で、

バッハの「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の変ロ短調フーガや、

「フーガの技法」の中の1曲を、書き写して勉強した、そうです。


★記録として残っていることが、上記文庫本に書かれているのでしょう。

実際は、早朝から、バッハの楽譜などを、手で書き写し、

自分の血肉としていったのでしょう。

当然、「インヴェンション」は、完全に、

手の内に、入っていたことでしょう。

それを、青年ではない、その時点で既に大家であった48歳の、

ベートーヴェンが、そういう勉強をしていたのです。


                          (千両の実)
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