教室にはこのようなミニポスターも貼られています。Y子のグループはベラルーシ語のグループだったので、ベラルーシ文学者の肖像画が飾ってありました。
クリスマスの飾りでよく見えませんが(^^;)作家のヤンカ・クパーラとヤコプ・コーラスの2人です。
日本人でたとえると、幼稚園の壁に夏目漱石と森鴎外の肖像画が貼ってある感じでしょうか・・・。
他にもベラルーシの地図や、ミンスクの市の紋章などが掲示されています。
幼少の頃からベラルーシ語に親しみを持ち、愛国心を持ちましょう、ということなのでしょう。
こういうことを紹介すると
「ベラルーシは独裁国家。園児を洗脳しようとしている。」
みたいな反応をされる方もいるかとは思います。
でも、これが現状ですし、先生方はことさらそのような教育はしていません。(相手がまだ小さいし・・・。)
一般常識として「みなさんが住んでいる国はベラルーシ。国には旗や歌がありますよ。」といった話をしているだけです。
5月9日の戦勝記念日には、近所にある無名戦士の栄誉を称える記念碑にみんなで花束を捧げに行ったりしていました。
このような平和教育も行っています。(戦死者が多かったベラルーシでは避けて通れないテーマです。)
さて、園児数とベラルーシ語との関連性についてです。
ベラルーシではベラルーシ語とロシア語が公用語です。そのため幼稚園内でもベラルーシ語グループとロシア語グループがあります。
ベラルーシ語グループでは、ベラルーシ語を勉強し、ロシア語は勉強しません。そして先生も子どもたちに話しかけるときは、ベラルーシ語です。
でも保護者にはロシア語で話す場合があります。(私にはいつもロシア語で話しかけていました。)(^^;)
ダンスなどのクラブ活動は他のグループの子どもといっしょになりますので、ロシア語で教えていました。
おかげで最初は先生の言っていることがよく分かっていなかったY子も、すぐにベラルーシ語ができるようになりました。
さて、そのY子のベラルーシ語グループですが、入園したときは園児が23人で、そのうち男の子は6人だけでした。つまり女の子は17人です。
それが、卒園時には19人に減っていました。男の子が7人、女の子が12人です。
幼稚園は小学校入学前の準備コースという考え方があるため、親が選んだ幼稚園に行かせます。
そんな親の中にはベラルーシ語を敬遠する動きがあります。
どうしてかと言うと、ベラルーシ語ができても、将来の進学、そして就職に不利になることがあるからです。
例えば、子どもが将来医者になりたいと思ったとき、ベラルーシの医大ではロシア語で授業を行っています。なぜならベラルーシよりロシアのほうが医学の水準が高いため、新しい技術などはロシアから学ぶことが多いからです。そのためロシアでの学会、論文など、ロシア語がよく理解できないといけません。
またベラルーシの軍隊内でもロシア語を使っています。それはロシア軍とベラルーシ軍が密接な協力関係にあるからです。
そのためロシア語ができないと職業軍人になるのは不利、ということになってしまいます。
その結果、子どもに医者や軍人といったロシア語が必要とされる職業に就いてほしいと希望する親は、幼稚園のときからロシア語グループに子どもを入れようとします。
またベラルーシ語グループに入っていても、ロシア語グループに空きが出た場合、そちらに移る子どももたくさんいます。
その結果ロシア語グループはいつも定員いっぱいですが、ベラルーシ語グループは空きが常にある、あるいは今たくさんいても、卒園時には人数が減っている・・・ということになっています。
そして、将来の進学や就職についてはやはり男の子を持っている親のほうが心配する場合が多く(日本も同じですね。)男の子の親の間に、特にベラルーシ語グループを敬遠する傾向が見られます。
そのため、ベラルーシ語グループは女の子のほうが2倍ぐらい多くなっています。
お遊戯会などでペアになってダンスをするときも、女の子同士でペアになっていました。
また人気のある(顔がよくて、性格も優しい)男の子には、女の子の人気が台集中します。(^^;)
それでもって、その男の子が他の幼稚園のロシア語グループに移ったりしていなくなると、悲劇です。(^^;)
私としては子どもの数が少ないほうが、きめ細かく先生が見てくれるから、いいと思います。
ちなみに1グループごとに3人の先生がついています。
1人が主任、1人が補佐、1人が衛星担当です。
主任の先生と補佐の先生が連携して授業をしたり、事務連絡に行ったりしていました。
衛星担当の先生は、給食の配膳、食器洗い、掃除などをしていました。
(続きは「ベラルーシの幼稚園 その8」をご覧ください。)
クリスマスの飾りでよく見えませんが(^^;)作家のヤンカ・クパーラとヤコプ・コーラスの2人です。
日本人でたとえると、幼稚園の壁に夏目漱石と森鴎外の肖像画が貼ってある感じでしょうか・・・。
他にもベラルーシの地図や、ミンスクの市の紋章などが掲示されています。
幼少の頃からベラルーシ語に親しみを持ち、愛国心を持ちましょう、ということなのでしょう。
こういうことを紹介すると
「ベラルーシは独裁国家。園児を洗脳しようとしている。」
みたいな反応をされる方もいるかとは思います。
でも、これが現状ですし、先生方はことさらそのような教育はしていません。(相手がまだ小さいし・・・。)
一般常識として「みなさんが住んでいる国はベラルーシ。国には旗や歌がありますよ。」といった話をしているだけです。
5月9日の戦勝記念日には、近所にある無名戦士の栄誉を称える記念碑にみんなで花束を捧げに行ったりしていました。
このような平和教育も行っています。(戦死者が多かったベラルーシでは避けて通れないテーマです。)
さて、園児数とベラルーシ語との関連性についてです。
ベラルーシではベラルーシ語とロシア語が公用語です。そのため幼稚園内でもベラルーシ語グループとロシア語グループがあります。
ベラルーシ語グループでは、ベラルーシ語を勉強し、ロシア語は勉強しません。そして先生も子どもたちに話しかけるときは、ベラルーシ語です。
でも保護者にはロシア語で話す場合があります。(私にはいつもロシア語で話しかけていました。)(^^;)
ダンスなどのクラブ活動は他のグループの子どもといっしょになりますので、ロシア語で教えていました。
おかげで最初は先生の言っていることがよく分かっていなかったY子も、すぐにベラルーシ語ができるようになりました。
さて、そのY子のベラルーシ語グループですが、入園したときは園児が23人で、そのうち男の子は6人だけでした。つまり女の子は17人です。
それが、卒園時には19人に減っていました。男の子が7人、女の子が12人です。
幼稚園は小学校入学前の準備コースという考え方があるため、親が選んだ幼稚園に行かせます。
そんな親の中にはベラルーシ語を敬遠する動きがあります。
どうしてかと言うと、ベラルーシ語ができても、将来の進学、そして就職に不利になることがあるからです。
例えば、子どもが将来医者になりたいと思ったとき、ベラルーシの医大ではロシア語で授業を行っています。なぜならベラルーシよりロシアのほうが医学の水準が高いため、新しい技術などはロシアから学ぶことが多いからです。そのためロシアでの学会、論文など、ロシア語がよく理解できないといけません。
またベラルーシの軍隊内でもロシア語を使っています。それはロシア軍とベラルーシ軍が密接な協力関係にあるからです。
そのためロシア語ができないと職業軍人になるのは不利、ということになってしまいます。
その結果、子どもに医者や軍人といったロシア語が必要とされる職業に就いてほしいと希望する親は、幼稚園のときからロシア語グループに子どもを入れようとします。
またベラルーシ語グループに入っていても、ロシア語グループに空きが出た場合、そちらに移る子どももたくさんいます。
その結果ロシア語グループはいつも定員いっぱいですが、ベラルーシ語グループは空きが常にある、あるいは今たくさんいても、卒園時には人数が減っている・・・ということになっています。
そして、将来の進学や就職についてはやはり男の子を持っている親のほうが心配する場合が多く(日本も同じですね。)男の子の親の間に、特にベラルーシ語グループを敬遠する傾向が見られます。
そのため、ベラルーシ語グループは女の子のほうが2倍ぐらい多くなっています。
お遊戯会などでペアになってダンスをするときも、女の子同士でペアになっていました。
また人気のある(顔がよくて、性格も優しい)男の子には、女の子の人気が台集中します。(^^;)
それでもって、その男の子が他の幼稚園のロシア語グループに移ったりしていなくなると、悲劇です。(^^;)
私としては子どもの数が少ないほうが、きめ細かく先生が見てくれるから、いいと思います。
ちなみに1グループごとに3人の先生がついています。
1人が主任、1人が補佐、1人が衛星担当です。
主任の先生と補佐の先生が連携して授業をしたり、事務連絡に行ったりしていました。
衛星担当の先生は、給食の配膳、食器洗い、掃除などをしていました。
(続きは「ベラルーシの幼稚園 その8」をご覧ください。)