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日本語版新聞紹介

朝鮮に投資された資金の大部分は再度日本人の手に… 日本人1人当たり、朝鮮人より245倍多い資産を所有していた計算になる。

2019-11-08 | 東アジアの文化と歴史を学ぶ会

[書評]日本人の「不当利益」を助けた植民地体制

登録:2019-09-09 08:14 修正:2019-09-09 10:14
 
 
日本の学者が見た植民地近代化論−日帝強占期の日本人土木請負業者の不当利益を中心に 鳥海豊 著/知識産業社・1万8000ウォン//ハンギョレ新聞社

日本の学者が見た植民地近代化論−日帝強占期の日本人土木請負業者の不当利益を中心に鳥海豊 著/知識産業社

 日帝強制占領期(日本の植民地時代)の朝鮮総督府が作成した統計年報には、1928年の朝鮮在住日本人と朝鮮人の人口、両者の郵便貯金の残高を示す統計が出ている。日本人約47万人の郵便貯金額が2648万円に達する一方、朝鮮人約1866万人の郵便貯金額は430万円に過ぎなかった。日本人1人当たり、朝鮮人より245倍多い資産を所有していた計算になる。この圧倒的な経済力の格差は、一体どこから来たのだろうか?様々な「実証的資料」を前面に出して「日帝強占期に朝鮮の経済が発展した」と主張してきた「植民地近代化論」は、この統計について果たしてどう説明するのだろうか?

 
1932年発刊の『土木工事画報』に掲載された、清津港改築工事で防波堤ケーソンを埋める作業場面の写真=知識産業社提供//ハンギョレ新聞

 『日本の学者が見た植民地近代化論』は、韓国近代経済史を研究する日本人学者の鳥海豊氏(57)の博士学位論文を中心とする単行本である。韓国歴史研究院の常任研究員である著者は、公式統計だけでなく産業界の雑誌、新聞記事など様々な資料を動員して、朝鮮と朝鮮人を搾取して日本と日本人に不当な利益を与えた日帝強占期の「二重構造」を実証的に明らかにする方式で、植民地近代化論を理路整然と批判する。

 出発点は「なぜ日帝は朝鮮に工業を興そうとしなかったのか」という疑問である。3・1運動の直後、日帝は「産業調査委員会」を開くなど、朝鮮の経済を発展させるという態度を取り、その結果、「鉄道敷設と産米増殖計画」を出した。明治政府が「殖産興業」(政府主導の工業育成)を行ったのとは異なり、植民地朝鮮では、朝鮮経済が日本と競合する状況を避けるために、工業を抑制する代わりに道路や鉄道建設、港湾整備、水利組合事業などだけに投資を集中したのである。著者は「交通と通信機関の整備という方向性を提示することで、日本の工業を守り、朝鮮の外形のみを近代化していく形態を推進した」と指摘した。1939年までの朝鮮総督府の予算は合計55億円程度だが、このうち土木に関連した支出は10億7千万円程度だ。

 
1927年『土木工事画報』に掲載された、慶尚南道晋州橋の竣工写真=知識産業社提供//ハンギョレ新聞社

 このように投資された資金は、朝鮮に居住する日本人土木請負業者が独占した。彼らは政治権力が定める制度などの保護を受けた。日本内地では会計法が制定されて一般競争入札原則が適用された時期だが、朝鮮などの植民地では、勅令による特命契約・随意契約で請負業者の任意指定が可能だった。1921年の会計法改訂により、朝鮮でも一般競争入札が原則となったが、政務総監通牒(1932年)などにより、すぐに無力化された。日本内地にはない「技術主任制度」が朝鮮でのみ施行されもした。朝鮮人請負業者を構造的に排除したのである。

1929年『土木工事画報』に掲載された、咸鏡線 新興-居山間の細洞川アーチ橋の工事現場写真=知識産業社提供//ハンギョレ新聞社

 日本人請負業者がどのようにして「不当利得」を得たのかを見せてくれるのが、この本の白眉だ。彼らは賃金をピンハネしたり、ほんの少しだけ与えた。『朝鮮総督府統計年報』などの公式資料では当時、朝鮮人の重労働者の一日の賃金を80銭〜1円程度と計算した。しかし著者は、新聞記事と協会発刊物、手記などの資料を参考にして、実際には30〜40銭の水準だったという事実を示す。表面上は工事金額の半分近くを労務費に策定しておき、実際には6〜17%程度しか払わず、残りを「不当利得」として得たのである。農業分野と思いがちな産米増殖計画でも、コメの増産よりは潅漑施設を造るなどの土木事業である水利組合事業が中心であり、その実体は「朝鮮農民に強制執行が可能な水利組合費を賦課し、日本人請負業者・地主などに不当な利益を与える」システムだった。

鳥海豊 韓国歴史研究院常任研究員=知識産業社提供//ハンギョレ新聞

 日本から朝鮮に投資された資金の大部分を、再度日本人が掌握することができるこの「二重構造」の実体は、植民地近代化論が有効になり得るかを問い詰める。さらに進んで著者は「『収奪』の定義だけに縛られるのではなく、政治権力による経済領域の歪曲など幅広い概念で、日帝強占期の経済研究が前に進まなければならない」と、新しい研究の方向性も提案している。

チェ・ウォニョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/908695.html韓国語原文入力:2019-09-06 21:44
訳M.S
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ハングルは、戦乱の渦中に「私たち同士」で通じる言語としての特別な地位を持つようになった。

2019-11-08 | 市民のくらしのなかで

[書評]壬辰倭乱が朝鮮の民を“民族”にした

登録:2019-10-12 22:12 修正:2019-10-13 12:44

第二次世界大戦以前まで世界史で最も大きな戦争だった壬辰倭乱 
当時、戦争でハングルの地位が向上…戦後の記念事業で民族意識強化

 
壬辰戦争と民族の誕生 キム・ジャヒョン著、ウォリアム・ハブッシュ、キム・ジス編、チュ・チェヨン訳/ノモブックス・1万9000ウォン//ハンギョレ新聞社

壬辰戦争と民族の誕生
キム・ジャヒョン著、ウォリアム・ハブッシュ、キム・ジス編、チュ・チェヨン訳/ノモブックス・1万9000ウォン

 1592年4月14日、釜山(プサン)沖合に日本の軍艦700隻余りが押し寄せた。釜山鎮は瞬く間に陥落して数千人が虐殺された。釜山に、金海(キメ)に、一度にどっと入って来た日本軍15万8700人余りが一斉に北上し、朝鮮の地は廃墟となった。彼らは奪い、盗み、殺し、燃やした。朝鮮の民は、これほど広範で無残な絶滅の脅威に直面したことはなかった。国王も知らなかったはずである。「6年間で50万人を超える戦闘兵が投入された壬辰倭乱は、第二次世界大戦以前まで世界史で最も大きな戦争」であり「戦争史で指折り数えられるほど、残忍で不当な戦争」との評価を受ける。

 キム・ジャヒョン・コロンビア大学元韓国学碩座教授は、この類のない惨事の中で、「朝鮮の民に『他-民族』と区別される『自-民族』に対する認識が生じた」と主張する。 自分の土地と自分の家族を守ろうとする人々が出てきた。義兵長は檄文を送り参加を促した。当代の文章家だった義兵長の高敬命(コ・ギョンミョン)は「全ての朝鮮人」に向けて檄文を書いた。「大きくても小さくても違いはない。私たちは一つの目標の下に団結した。遠くも近くもこの知らせを聞き、皆蜂起する」

 高敬命が言った「私たち」とは誰か。「侵略者を追い出して国を守り、自分の生活を取り戻す責任がある能動的な主体」として新しく呼称された朝鮮の民である。「一つの目標」とは何か。「私たちの共同体の特別で優越した道徳的な生活の方式を保存するために、夷狄の支配から共同体を守り抜く」のである。キム・ジャヒョン教授は、当時義兵長が送った檄文と通文、招諭文などを分析して、これらの文書に収められた激情的な修辞が、「全ての朝鮮人が一つの共同体として朝鮮を守る責任を共有するビジョンを持たせて、全ての地方を皆が守らなければならない一つの朝鮮に統合した」と結論付ける。歴史学者のベネディクト・アンダーソンが言った「想像の共同体」が、16世紀末の朝鮮に登場した。「民族」の誕生である。

 
1592年壬辰戦争勃発当時、日本軍の東莱侵攻を描いた東莱府殉節図=陸軍博物館所蔵・ノモブックス提供//ハンギョレ新聞社

 民族意識はハングルの地位を変えた。創製してから150年が過ぎて、「ローカルで私的であり女性的な言語」と見なされたハングルは、戦乱の渦中に「私たち同士」で通じる言語としての特別な地位を持つようになった。民を捨てて避難の道に向かい公憤を買った宣祖は、日本と明の講話交渉から朝鮮が徹底的に排除された時期に、ハングルで教旨を書き始めた。初めは漢文で作成した文をハングルに翻訳する方式だったが、後には初めからハングルで書いた。朝鮮政府が朝鮮人の情緒が込められたハングル文書を作り共有するのに至ったのである。「民というのは、愛らしいながらも恐ろしい存在だから、国は君たちでなければ誰を頼るのか。 (…)全ての民は国土を美しくして、必ず太平聖代を成し遂げるようにしなさい」。1599年2月中旬に作成された宣祖の『哀痛書』は、民族的情緒をぷんぷんと漂わせる。

 戦時に形成された民族意識は、戦後の記念事業を通じてさらに強化された。朝鮮は、「人生で最も重要なこととして『追慕』を挙げる儒教社会」だ。戦争で死亡した人々を記念する儀礼を行い、国を救った英雄を祠堂にまつった。有功者に死後栄誉を授与して子孫に補償した。キム・ジャヒョン教授は一連の過程を「戦争の記憶の国有化作業」と名付け、このような「記憶の政治」で最も重要な主題は「愛国心」だと指摘する。

 民族は近代の産物というのが、学界の定説である。大部分の人々が、開港後に外勢に抵抗する過程で民族意識が生じて強化されたと認識している。「民族談論は16世紀末の壬辰戦争(壬辰倭乱)が勃発した時に現れ、満州族の朝鮮侵略(丙子胡乱)を経て強化された」というキム・ジャヒョン教授の主張は、学界に大きな議論を呼び起こす話題だ。この熱い論争の中心にいなければならないキム・ジャヒョン教授は、残念ながら2011年に世を去った。病床で横になっていた彼女は、夫であるウィリアム・ハブッシュ・イリノイ大学教授に、コンピュータに保存されていた未完成原稿の存在を知らせた。数学者であるハブッシュ教授は、同僚の人類学者、韓国史家、中国史家に原稿を渡して編集方針を相談し、キム・ジャヒョン教授の弟子が、未完成だったメモを完成して参考文献と解説を付け加えた。人生の終わりまで続いた学者の研究情熱と、これを世の中に出すために努めた彼らの苦労が込められており、200ページ余りの分量の小さな本が、千斤のように重く感じられる。

イ・ミギョン フリーライター(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
 
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秀吉が行った朝鮮侵略が「朝鮮の民に『他-民族』と区別される『自-民族』に対する認識が生じた」。世界で第二次大戦以前、最大の戦争だったことはあまり知られていない!この時秀吉の海軍を破った韓国の海軍大将が、李舜臣将軍だった。だからソウルの光化門前の大通りに、李舜臣とハングルを作った世宗大王の大きな銅像が立っている。
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