拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

「ランデブー」は「場所的結合」、「ドッキング」は部位的結合(その他テレビネタ大放出)

2021-06-19 09:51:01 | 音楽
先刻アップした記事に関連した話を今日のうちにしとこうと思って。フランス語の「ランデブー」と英語の「ドッキング」は、例えば、宇宙船と宇宙ステーションが結合するときに使われる点は共通であるが、こと男女のこととなると、「ランデブー」は「場所的結合」であり、「ドッキング」は部位的結合を意味する。例えば、「昨日、誰々さんとドッキングしたんだ」って言い方は、顰蹙を招くからしない方がいい。「ランデブー」(密会)は、「アバンチュール」(恋の冒険)の一手段である。この際である。今週のテレビネタで書き残したネタをやっつけよう(そして、明日、すっきりして別のネタに移ろう)。アサイチに登場した森花子アナが剣道四段と聞いて、へー、あの長身で大上段から「めんっ」とか言って叩かれてみたいと思って(ホントは思ってない。不倫相手の夫なり彼氏なりから「本当は叩かれてみたいんでしょ」と言われたのが頭にあってつい)、ぐぐってみたら、おおっ、いすみ市出身であられる。最近、マイブームの千葉であるが、お友達は昔で言う下総にお住みの方ばかり。上総はいないのか、と思ったら、お友達ではないが森アナがそうであった。いすみ市を走るトロッコみたいな電車に一度乗りに行きたいと思っていたところである。それから、今朝再放送をしていたチコちゃんで、数字の「12」について、「10」よりも、大人数で分けやすい数字であると言っていた。例えば、10個の饅頭を数人で分ける場合、2人、5人、10人以外の人数で分けるのは大変。そこへ行くと12個の場合は、2人、3人、4人、6人、12人で分けられるという。だが、大変でも10個で分けられないことはない。例えば、10個で3人だったら、3個ずつとって残った1個を三等分すればよい。4人だったら2個ずつとって残った2個をそれぞれ半分に切ればよい。って具合である。そう言えば、昔、いろんな歌の会の後、神楽坂のガストによく行って、そこで私はピザ切りの係だった。あのガストはもうない。今週ではなく大昔のテレビの話だが、子供の頃見ていた番組ではよくスポンサー企業の名を連呼する歌が歌われていた。グリコ、武田薬品等々。その中の松下電器(当時、「ナショナル」と言っていた。今のパナソニックである)と東芝の歌をどういうわけだか突然思い出して歌ってみたら思わぬ共通点に気づいた。それぞれの歌の始まり、松下電器は「明るいナショナル」、東芝は「光る、光る東芝」。おおっ、どっちも電灯(ランプ)のことを言っている。やはり、電気による革命の最たるものは電灯であったか。東芝の歌は続いて「回る東芝」と言っているが、何が回るのだろうか、洗濯機?私は「ガメラ対ギャオス」の回転するギャオスをイメージしていた。因みに、歌の締めは「なんでもナショナル」「みんなみんな東芝」とどっちも万能アピールである。へー、いま初めて知った。どっちの歌もダークダックスが歌ってたんだと。そして、私がこれらの歌を聴いた番組で記憶に残っているのはそれぞれ「ナショナル・キッド」と「光速エスパー」である。あー、気が済んだ。よし、明日からは私らしい真面目な話を書くぞー。

夢の中でもお一人様(川の流れのような国民性)

2021-06-19 06:46:41 | 日記
昨夜、焼き鳥屋で生ビールを飲む夢を見た。いかにわがココロが悪しき禁酒法の改廃を願っているかである。だいたい、これまでだって、お一人様にすら酒を出さないってぇのはまったく意味のない規制だった。いったい、一人で飲んでてどういう感染の危険があるのだ?大声で独り言を言うんなら別だが。こういう、無意味の規制によって飲食店を過度に疲弊させるからいざという時に強い措置がとれなくなるのだ。過度の規制とリバウンドには因果関係おおありのこんこんちきである。そのコロナ禍で悩ましい問題がオリンピック。北野武氏は、かつてオリンピックなどやめちまえと言っていたが、賛成派に鞍替えしたそうである。柔道の国際大会を見てオリンピックも見てみたくなったそうである。国民全体でも、ついこないだまでは反対派の方が多かったが今では逆転している。変わり身の早い国民性の大躍如である。日本の歴史の中では国全体が改革の熱波に覆われたという意味で特異な時期であった明治維新のときですら、昨日まで「攘夷」を叫んでた諸藩がころっと英仏を頼った。♪あーあー、かわのながれのよーにー……である。♪にわかに変わった殿のごきげん……である(この「殿」は、北野武氏ではなく、リゴレットの雇い主のマントヴァ公爵である)。変わり身の早いことでは政治家も同じ。当初、国内での治験をどうのこうのと言って迅速なワクチンの承認に抵抗した野党が、いつの間にか、ワクチンが遅いと言って政府を追及している(こないだの党首討論で、スガさんが控え目にそのことを言っていた。スガさんでよかった。これがアベさんだったら、あの高い声で、「そんなことをおっしゃいますけどね、誰がワクチンを遅らせたんですか?野党の皆さんではありませんか」くらいのことは言っていたろう。だが、早期の承認の必要性をちゃんと説明して野党を説得することを怠った与党にだって責任がある。そもそも、野党の「慎重論」は多くの国民・マスコミの気持ちでもあった。ワクチンだって、今でこそ多くの国民が「早く打ちたい」と言っているが、当初は「怖い、打ちたくない」が大半だった(この点、オリンピックの是非と同じ)。ワタクシは、海外のニュースで、昨年の年末から欧米でワクチン接種が始まるのを見ていて、日本では、ワクチンの安全性に対する危惧ばかり言っていて、ちっとも「接種を急ごう」って話にならないのがもどかしかった。まあ、変わることは悪いことではない。「過ちを正すに憚ることなかれ」である。そして、民主主義においては、政治に対する国民の意思表示は選挙によってする。ワタクシは、次回の選挙においては、各候補者の今回の禁酒法に対するスタンスを投票基準とする所存である。因みに、冒頭の夢においても、ワタクシはお一人様だった。マンボーに移行した後は、東京では二人まではOKだというのに、である。気の利かない夢である。せめて、夢の中くらいランデブーでも良かったのに。すると、脳がこう反論。あんた、そう言うけどねー。なーんにも材料のないところで相手を想像しろったって無理だわさ。むむむ……なお、宇宙船の「ランデブー」(仏語)は英語の「ドッキング」と同義である。そして、私が真に口惜しいのは、こうしたワタクシの戯れ言がそのまますんなりと読者に受け入れられ、誰一人として、イージマさんそんなことを言ってとぼけちゃって、ホントはランデブーのお相手がいるんでしょ、って話にならないことである。