拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

埼玉県民に化ける

2020-07-31 05:56:24 | 日記

早速ベートーヴェンを聴いた私であるが(私も相当気が早いが、Y先生(先生というくらいだから偉い先生である)のノリのよさは相当なものである。もうベートーヴェンの楽譜をダウンロードされたそうである)、いや、千人がまだ終わっていない。だから昨年の千人通唱会の録音も聴いている。第2部のクライマックス、第1部のテーマが長い音符になって壮大に奏でられるところ、K子さんのピアノも鳴りに鳴っているが、オルガンの音も感動的である。そう、昨年はMさんにオルガンを弾いてもらったんだった。ご自宅からキーボードを持参していただいたのだった(それでたいそう恐縮したもんだから今年はお願いするのが憚られた)。すっかり感動した私、すぐさまMさんにメッセンジャーで一年前のお礼を言う。一年前のお礼を今言うのもどうかしているが、すぐお返事を下さった。思えばあれからお会いしていない。いや、Mさんに限らず、歌いまくる会でしょっちゅう会ってた友達の何人かとはやはり会ってない。うらめしいコロナである。そういえば、埼玉県知事は、東京都民に埼玉に来るなと言ってたっけ。実は、私は足立区民だが、我が家から数百メートル北に行くと埼玉県境である。昨日も、チャリをこいでたらあっと言う間に「ここから埼玉県」の標識。ここを越えたら知事さんに怒られるのだろうか。と思ったのも一瞬。次の瞬間には越境していた。旧東独なら銃殺ものである。そこから八潮駅まではすぐ。早めのディナーは八潮駅前のサ○○○ヤで(ちょっと気分を変えたかったので、昨日は早めに仕事を切り上げてバカンス。それがいつもと違う店とはいえサ○○○ヤなのが若干悲しい)。店の窓から筑波エクスプレスが見える。もし、足立区民だということがばれたら強制送還だろうか。それにしても、県境を越えたとたんに人口密度が急激に低くなる。このあたりも広い土地に大きな商業施設がぽつんぽつんとあるが多くが一階建てである。そして空気が違う。いいなぁ、こういうとこも。これからサ○○○ヤはこの店にしよう。私とアバンチュールしたい方、夕方はここにいるからね。TX沿いに住むのもいいかもしれない。八王子の奥地の話は正式にボツになったから、今度はこっちの方で探すか。そしたら同居人募集に応募する人がいるかしらん……と、性懲りも無く言っている。いや、私は懲りない。不屈の精神の持ち主である(完全な開き直り)。

打ち上げはなし

2020-07-30 08:57:10 | 音楽
千人通唱会の管楽器のエントリーがすごいことになっている。これがベートーヴェンの交響曲通奏会(昨日、集団妄想をもたらしたネタ)だったら既に満員札止めのパートが続出である。それに対し、歌の人は、コロナが怖いからと尻込みをする人が結構いる。なぜだろう。歌の人と楽器の人(特に管楽器の人)では、思考回路が違うのだろうか。そのさすがの千人通唱会も、「全体の」「公式の」打ち上げはしないこととした。通唱会自体は絶対大丈夫との自信がある。歌の人にはマスクをしてもらうし、人と人との間も2メートル空ける予定である(もともと定員が350人(!)のホールである。多いと言っても現在のところ参加者は40名くらい。5メートル空けたって大丈夫である)。これで危険だったら安全なところなどないだろう。しかし、打ち上げとなると話が違う。危険なのは、密で、大勢で、大声で騒ぐことだという。今回、大成功間違いなし。第2部の壮大なエンディングを高らかに演奏し終わって、最高に盛り上がった気分で中華の円卓などを囲んでみたまえ。口角泡を飛ばしてはしゃぎ回るに決まってる。まさにそれが危険なのである。なので、「全体の」「公式の」打ち上げはなし。いい?「全体の」「公式の」打ち上げはないんだよ。だから、どうしても祝杯をあげたければ、お友達とこっそりやってちょうだいね。こっそりね。こっそりわたしを誘ってくれてもいいんだよ。いいんだからね。私、友達少ないの。♪ともだちすくないマーメイド(あまちゃんから)……このくらい書いとけば、誰か「そんたく」してくれるかしらん。実は、この日の夜は、所属している男声合唱団(ここでは私は男である)の練習があるのだが、前回の練習時、「イージマさんは次回来ないから」と指導者に高らかに言われてなんだか行っちゃいけない雰囲気である。だとすればなんとしても「どこかで」「だれかと」打ち上がらなければならないのだ。それにしても、千人が終わったら私はどうなるのだろう。気持ちがぶっつり切れて、「夏草や兵どもが夢の跡」状態になったらそれこそ免疫が下がって病気になるかもしれない。実は、昨日、千人の前に既にベートーヴェン交響曲通奏会の妄想で盛り上がりすぎて、今朝はその反動、早々に「夏草や」の気分である。なーんて言って黄昏れてみたくてもそうはいかないんだろうな。ベートーヴェンのベの字で血圧上がるし。

運命・田園通奏(唱)会(朝ご飯、昼ご飯、夜ごはーーーん)

2020-07-29 05:29:28 | 音楽
昨日はマーラーの1番の話からベートーヴェンの5番(運命)に話が飛んで大盛り上がり。盛り上がった人の気持ちは一つ。運命通奏会である。するとK田さんから歌で参加したいとの申出。もちろんです。通唱会に楽器が不可欠であると同様、通奏会にも歌は不可欠。K田さんは「朝ご飯」の歌詞で歌いたいとのこと。良いじゃないですか。乗った!早速それで歌ってみよう。(休)あさごはーーーーーん(休)ひるごはーーーーーん(休)あさごハンひるごハンよるごはーーん(休)あさごハンひるごハンよるごはーーん(休)あさごハンひるごハンあさごハンひるごハンいつもラッ(長休)アッ(長休)メーーーーン(休)よっるっごっはーーーーん……おお、できた!それに、もし低弦(チェロ、コントラバス)の参加者がいなくてもバスの人に歌ってもらえればよい。例えば第三楽章のトリオ。♪ド|シドレソラシ|ドシドレミファ|ソーファ|ミドラ|ファレシ|ソミド|ラレド|シソミ|♯ファレファ|ソミ♯ソ|ラファラ|シソミ|ファ↓ソファ|ミドシ|ラレド|シソミ|レ♯ドレ♮ドシラ|ソシレドシラ|ソシレドシラ|ソ(すごい、覚えてる)。そして、第四楽章。ドーミーソーー、ファ、ミッレッドッレッドーー、ドッドレー、レッレミー……なんとかっこいい!これトランペットで吹くのI原さん?でもI原さんはオーボエでしょ。分身の術でどっちも吹く?いやいや考えただけも興奮する。運命で興奮して寝れなかったのって高校時代以来。青春は再び巡ってくるのですなー。でも運命だけじゃ30分で終わっちゃうから、通奏(唱)会には田園(第6番)も入れよう。第2楽章と第3楽章はフルート、オーボエ、クラリネットの掛け合いが超楽しい。いやいやすっかり元気になりました。失恋でぽっかり空いた心の隙間をどなたかの愛で埋めようと思っていたけれど運命ですっかり埋まりました……ってこれは心裡留保である。つまりウソである(出るに任せたウソだからでまかせとも言う)。でも運命・田園通奏(唱)会をやりたいのは超本気である。

オール千人巨人(マーラーの交響曲第1番の思い出話)

2020-07-28 14:16:37 | 音楽
マーラーの交響曲第8番が「千人」なら、第1番は「巨人」である。だから、今回のタイトルは漫才コンビの名前ではない。今回はそのマーラーの巨人についての思い出話。最初にラジオで聴いたのは中学のときだったか、ラジオ欄に「オケは大編成だが透明な響き」と書いてあった。で、高校の吹奏楽部に入ったら、そこにマーラー狂のAくんがいた(一応、部には主な作曲家ごとの信奉者(担当)が一人ずついた。私はベートーヴェン、SHくんはブルックナーと言った具合である)。パイロットの息子でいつも人を見下していたAくんは、私に「君はマーラーを知ってるか。最高だぜ」と言って常備していた巨人のスコアを取り出した。それを見た私が「ラーミー」と歌い始めたら(ファンの方ならご存じ。第1楽章は「ラーミー」の下降で始まる)、「君はなぜ楽譜を見て歌えるんだ」と目を丸くする。私は、心の中で、こいつはえばってるけど口ほどにもないなと思った。そんなAくんと対決する日がくる。私らの高校の部活動では、3年生は受験勉強をしなければいけないから2年生が主体となる。で、演奏会の曲選びとなった。当時、私達は、オケの曲を吹奏楽用に編曲して演奏していて、推したい曲がある人がさわりを自身で編曲してそれをみんなで吹いて決めるシステム。私はベートーヴェンの「運命」を推し、Aくんは「巨人」を推してきた(ほかに、モーツァルトの「ジュピター」を推す人もいた)。そのとき巨人の第4楽章の最後んとこを吹いたのだが、クラの1stが吹くのは第1ヴァイオリンのパート。えんえんと高い「レ」を延ばさせられて面白くない、しかも大変である。他の人もそう感じたようで、巨人はボツ。私が部長だったのでその政治的圧力もあったのだろうか、私が推してた運命が当選して(ジュピター票が意外に伸びて少しあせった)、私は1、3、4楽章を編曲して本番で指揮をしたのだった。結果は大失敗。吹奏楽で弦が中心の古典派をやるのは至難である。金管が活躍するマーラーの方が映えたに決まっている。巨人が落選したのはAくんのミスである。高い音を延々と伸ばすようなところではなく、もっと面白いところ、派手なところ、例えば、♪ソ|ソー、ラー|ドーー、ソ|ドードレミファ(次、ソが来ると思いきや)|ラー!(ハ長調からいきなりニ長調への転調!おー、書いててぞくぞくする)んとことかをやれば巨人が当選したかもしれない。クラのソロだっておいしい。もしアシガールのように今の私がタイムマシンで当時に戻ったら昔の私に巨人がいいよ、とささやくだろう。しかし、今でこそ千人通唱会の主催をしてるような私であるが、あの頃は、オケのコンサートがマーラーばっかしになり、大好きなベートーヴェンが日陰者にされた感じがしててマーラーが恨めしかった。それでも、こっそりマーラーを聴きにいったりして、炎のコバケンの巨人で上記の転調のところなどは脳が一瞬にして溶けて、すぐ後、コバケンが別のオケで巨人を振るのを追っかけて聴きにいったりもした。因みに、マーラー狂だったらAくんは、卒業してだいぶ経ってかたら会ってみたら、「きみ、モーツァルトが最高だよ、モーツァルトのオペラを聴き給え」とのたまう。あのね、言われなくてもモーツァルトのオペラはやまほど聴いていますよ。まったく変わったような変わってないようなAくんであったが、いや、人格者になったというのがその後の評である。因みに、私は、非人格者になったともっぱらの評判である。その非人格者の私は、今では千人の最後で、高いドを延々と伸ばすのが快感である。

「心はずたぼろ」

2020-07-28 07:51:54 | 音楽
昨夜掲載した「心はずたぼろ」の詩は(ゲーテ大先生の詩を「ずたぼろ」などと訳したらバチがあたりそうだが、けっこうはまってる気がする)、マーラーの千人(同音異義語=仙人他)に登場するグレートヒェン(マルグレートの愛称。「愛称」の同音異義語=愛妾他)が、千人のシーンに登場する前、それこそ心がずたぼろ状態で詠う詩(うた)の一節である。千人通唱会のPRの一環として主宰者がブログに掲載したものである……と、世間的には解釈されているようで、一安心。今朝は、Ich finde sie(Ruhe)immer hierである(われながらうまいことを言う)。

馬一倍

2020-07-27 13:50:46 | 言葉
テレビでゴーヤにその分量の4分の1の鰹節を併せると苦みが4分の3減るといっていたが、これって、苦みが4分の3減って4分の1になるのか、4分の1減って4分の3になるのかどっちだろう。「4分の3減る」を文字通りとらえると前者だと思うが、そんなに減るの?という疑問から後者かもしれないと思った次第。このあたり、日本語はあいまいである。例えば「人一倍」は、ただの一倍なら人並みだが、一倍「増」なら二倍である。このことはチコちゃんでやっていて、昔は「人一倍」は人の二倍という意味だったのが、明治維新で西洋の概念が入ってきて混乱が生じたんだそうだ。どっちでも意味が通じてしまうだけやっかいである。「人一倍努力したら報われる」と言った場合も、人並みに努力すれば人並みに報われるともとれるし、人の二倍努力したら人よりも報われるともとれる。ただし、「人一倍食う」はどうだろう。人と同じだけ食べても別に話題にならないだろうし、そうかと言って人の二倍は一部の大食いタレントを除きめったに食べられるものではない。すると、この場合の「一倍」は「1.5倍」くらいの感じか。因みに、馬券で「一倍」と言ったら二倍ではなく、当たっても馬券を買ったお金がそのまま戻ってくるだけである。過去、ディープインパクトが菊花賞で買ったときがそうだった。馬が馬一倍がんばって走ったので馬券は一倍になった、ということである(?)。

千人のスイッチが入る/私はアルトを歌う男子です(自己紹介)

2020-07-26 09:24:20 | 音楽

千人通唱会まであと2週間。通唱会とくれば私用の専用楽譜が不可欠。クラリネットのパート譜に歌のパートを書き込んだものである。書き込むと言っても隙間に手書きで書くんではなく、クラの部分も含めて一からパソコンに入力する。しかも、これはB♭管用の移調譜だから(出が♭一つなのはそのせいである。ほんとは三つである)、歌の部分は移調しながらの入力だからそれなりにおつむ(おむつではない。まだぼけてない)を使う。だが、去年、既に作っていて、今回はそれに加筆したからもうできた(こうもりは前の日まで楽譜を作っていた)。パソコンで作ったやつはこうやって残せるからその後の加工が楽である。で、完成したやつを使って1回通す。おおっ、素晴らしい!やはりすごい曲である。途端にスイッチが入った。コロナ対策を十分にとったうえでなんとしてもやり遂げる覚悟である。楽譜のところどころに「クラ準備」とあるのは、直後にクラリネットの出があるから調子に乗って歌ってないでぼちぼち吹く準備をしなさいという警告である。どうせなら「Achtung!」とか書いたらかっこよかったが、こうやって人に見せるつもりはなかったから。それから、歌の部分に「Chor Alt」「Solo Alt」とある。つまり、アルトの歌のパートである。そうだ、このことを言っとかないと。今、このブログは一日に400人以上の方に読んでいただいている。ということは、よく知ってる音楽仲間以外の方にも読んでいただいてるということだ。すると、あれ?筆者は「正史」って名前だから男子だと思っていたら女子だったの?まるでショパン(のほか、いろんな人)の彼女だったジョルジュ・サンド(男名)、と思われるかもしれない。私は男子である。恋愛対象は女子である。ちゃんと(?)ときどき狼になる(狼に変身するバンパイヤの実写ドラマで主演したのは若き水谷豊である)。だが歌はアルトを歌う。この世にはそういう人種がいるのである。

宮ヶ瀬湖

2020-07-25 16:22:10 | 日記
私の郷里は神奈川県の横浜市緑区である。緑区は私が小学校当時は港北区だったから、「わたしたちの港北区」という冊子を教材に、まず港北区(当時)の地理を勉強した。区を流れる川は鶴見川とその支流である恩田川。山はというと、中山駅の近くに「ちんの山」と呼ばれる山というか丘があったが、今では家々におおいつくされ、山どころか丘の名残も無い。その後、もう少し範囲が広がって神奈川県の地理を勉強した。相模川をせき止めて作った相模湖、津久井湖が地図の左の上の方にあった。だから、これらの湖の所在が神奈川県であることは分かるのだが、なぜかしっくりこないのは、高尾(東京都)のあっち側にあるせいである。高尾山に登ったついでに裏高尾を経て下ると相模湖に出る。電車で行く場合も相模湖駅は高尾駅の先になる。(元)神奈川県民とすれば、神奈川県から東京に入って、もう一度神奈川県に戻るというのがしっくりこないのである(因みに、裏高尾から相模湖に行く途中に小屋があり、そこにきれいな猫がいた。4,5年前の話である)。さらに、その相模湖が神奈川県の相模原市に属することを最近知ったときは狐につままれたような感じだった。このあたりは津久井郡だったはずだ。私の実家は私が二十歳のときに相模原市に引っ越したから、相模原市の地図だって見ていたが相模湖の方まで領地(?)は延びていなかった。しかも相模原市緑区だという。そんな区はなかったし、横浜市の緑区とも紛らわしい。まあしかし、あの頃から40年経っている。諸行無常。そう言えば、神奈川県の地理で、最近、もう一つびっくりしたことがある。グーグルマップの航空写真で相模湖を見て、その南の方に目を移したら、え?山ん中に大きな湖があるぞ。私が習ったとき、神奈川県で大きな湖といったら相模湖と津久井湖と芦ノ湖だけ。こんな湖はなかった。宮ヶ瀬湖と言うんだそうだ。宮ヶ瀬ダムの建設によってできた湖なのだそうだ。観光名所なのだそうだ。なんだかすっかり浦島太郎である。ダムと言えば、八ッ場ダムが完成したのは最近のことだそうで。民主党に政権交代して前原さんが「中止」と言ったのは2009年か。それから10年余りで完成したんだなぁ。いわくつきであるが、今では群馬県の観光名所だという。相模湖だって、湖底に沈んだ集落があって、建設当時は反対運動があったという。相模湖(相模ダム)が完成したのは70年前だというから(なんだ、そんな大昔ではない)、80歳以上の人なら、今の私が宮ヶ瀬湖なんてなかった思うのと同じように、相模湖なんてなかったと思われるのだろうか。

黒澤明と勝新太郎、カラヤンとニルソン、クライバーとポップ

2020-07-24 17:37:12 | 音楽
BSで、勝新太郎が黒澤明監督の「影武者」を降板したときの話をしていた。あったあったそういう話。1979年?私がまだ大学生のときか。勝新が撮影現場にビデオを持ち込みたいと言ったら黒澤監督が「監督は二人いらない」と言ってけんかになって勝新が降板したんだった。われわれに例えていえば、合唱の練習んときに録音してたら指揮者がやめろと言って喧嘩になって退団……ということだが、これはありえない。まず指揮者が録音をやめろとは言わないだろう。逆に、録音して自分の声をよく聞きなさいと奨めるかもしれない。いずれにせよ、自分の思ったことと1ミリでも違っていたら気に入らない黒澤監督と、自分の演技に絶対的な自信を持っている勝新太郎の組合せでは絶対うまくいくはずはない、悪いのは、勝新のことを知らないでキャスティングした監督なのだそうだ(黒澤監督の傍らにいて、ずっと監督を見ていた人の弁)。カラヤンのことを思い出した。カラヤンも完全主義者で、よく歌手と喧嘩をした。ルネ・コロと喧嘩したせいで、ローエングリンの録音完成が4,5年延びたし、アグネス・バルツァとも喧嘩して、いっときサルツブルク音楽祭でバルツァはカルメンを歌わなかった。でも、だいたいしばらくして仲直りする。コロが歌うローエングリンのCDは世に出たし、バルツァもサルツブルク音楽祭に復帰した。仲直りをしなかったのは、ビルギット・ニルソンである。分かる気がする。ニルソンは、世紀のブリュンヒルデ歌いである。ブリュンヒルデ(ヴァルキューレ)は指揮者の軍門に降るわけにはいかない。そう言えば、勝新も、黒澤明と喧嘩したときは甲冑を着けていて武田信玄になりきっていた。武田信玄が映画監督に謝ってはいけない。降板したのはそのせいだ、と本人は弟子に言っていたそうだ。それに、カラヤンが好きな歌手は、あくのない、透明感のある、小回りのきく歌を歌う歌手である(ほら、カラヤンがウィーンフィルのニューイヤーコンサートに呼んだのはキャスリーン・バトルだよ)。ゴジラだってやっつけちゃいそうなビルギット・ニルソンとは想像するだにうまくいきそうもない(その点、黒澤明と勝新の組合せと同様である)。逆に、カール・ベームが使う歌手は、声のでっかい歌手が多い。ベームがドン・ジョヴァンニを録音したときのドンナ・アンナがニルソンだった。そのメリスマはどったんばったんという感じであった。それから、けんかして二度と仲直りをしなかったと言えば、カルロス・クライバーとルチア・ポップもそうである。ずーっと仲良しで、ルチア・ポップのところに押しかけ同棲までこころみたクライバーだが、出世魚のように役柄を変えるポップが「バラの騎士」でいよいよゾフィーからマルシャリンに変貌を遂げたそのとき、二人は練習で大げんか。クライバーは降板。ファンはクライバーの指揮で歌うポップのマルシャリンを聴く機会を失った。当時なんとも残念に思ったものだが、そっか、痴話げんかだったんだなー、と後から思った。

復縁

2020-07-23 21:33:50 | 言葉
国民民主党と立憲民主党が合併するらしい。そもそも同じ民主党である。理由があって別れたんだろうから、元サヤに戻るんだったらそれなりの理由、反省が必要である。そう簡単に元サヤに戻ってはいけない。その理屈は、夫婦の場合も同じである。そう、このことについて一言申し上げたいのはMくん(=アマチュアのオペラ歌手で、あちらこちらで引っ張りだこ)である。Mくんは私の顔を見るたんびに(「たんび」という表現は、「とび」を「とんび」と言うのと似てるかもしれない)、復縁するんですか?と聞く。そりゃあ、人のことなんて興味はない。復縁なんてないよと口をすっぱくして説明してもどうせ忘れちゃうだろうから、半年後に会ったときに同じ事を聞くのはまだ許せる。でも、Mくんは1週間たって同じことを言った(歌いまくる会の打ち上げの1週間後のこうもり通唱会の打ち上げのときの話である)。これは、単に他人に興味がないから忘れたで説明できる事柄ではない。超がんこで一度思ったことは絶対変えないという信念がにじみでている。この調子だと、私がどなたかをかたわらに抱いて「この人がぼくの大事な人」と言ったとしても、1週間後には「復縁」を言いそうである。そうだろうか。試してみたい。ということで、募集である。Mくんの前「だけ」で、私の彼女として紹介してもいい人この指とまれ!お礼はサ○○○ヤの食事を1回ごちそうするってことで(ワイン飲み放題!(もともと安い))。いや、こんな募集を性懲りも無くかける点、私もMくんに負けないくらいのがんこ者である……か?因みに、Mくん同様、私の顔をみるたんびに同様のことを聞いていたのは某お姉様であるが、某お姉様はそういうことを一切言わなくなった。私が某お姉様をくどいてからのことである(これは質の悪い冗談である)。

鳥を見た

2020-07-22 22:30:54 | 音楽

これが例の物(ブツ)である。フリルがいかにも怪しい。禁断の香りを漂わせている。ぱっとみ、なんの写真だか分からないと思ったからアップしたが、もし、普通の人が見てすぐに正体が暴かれるものだったら言って下され。ただちに差し替えよう。私の穴の空いたパンツ姿はどうだろう?さて。テレビの認知症テストで、1分間で思いつく動物の名前を紙に書けという問題が出た。私も挑戦。ラッシー、リンチンチン、トム、ジェリー、フリッパー、ベートーヴェン……だが、これは失格である。問題の趣旨は個々の動物に付けられた名前ではなく、種類名を書けというものだから。因みに、これらは、ドラマやアニメや映画で活躍した犬、猫、イルカ、ネズミの名前である。まじめに再挑戦。オオタカ、イヌワシ、トビ、ハヤブサ、カワセミ、モズ、ひよどり、きじ、うずら、すずめ、にわとり、ペンギン、ペギラ、ラドン……ずいぶん、書けた。13個以上書ければ認知症ではないそうだからクリアーした……と思ったら、出題したどっかの偉い先生が哺乳類でないとダメとおっしゃってる。「動物と言ったら哺乳類が前提」だとも。これは異な事をおっしゃる。動物=哺乳類ではない。それでも最初に「哺乳類の名前を書け」と言ったのならまだしもそんなことは言ってない。これは明白な出題ミスである。こんなインチキな(あえてインチキと言わせてもらう)設問で認知症か否かの判断がされるとしたら、まったく納得ができない。じゃあ、鳥ばかりを並べた私は、哺乳類を一個も書かなかった私は認知症か?違うのなら(もちろん違う(今のところは))、設問がインチキということである。因みに、私が鳥ばかり掲げたのは、最近「おおたかの森に住みたい」とブログに書いた気分の名残りである。しかしすぐさま反撃が来そうだ。だいたい頭のいい人は言い訳にたけている。来たっ(妄想)。私の掲げた中に怪獣が入っているという反撃である。分かった、じゃあ怪獣はよけよう。それで13個あればいいんだよね……うぐっ、ペギラとラドンを除くと12個しかない。慌てて追加の1個を考える私。えーと、えーと、ヒドラっ!いかん、これも鳥の怪獣だ(ウルトラマンに出てくる)。えーと、えーと、ラルゲユウス!だめだ、これも鳥の怪獣だった(ウルトラQの「鳥を見た」に出てくる)。因みに(もう観念している。大体「先生」には勝てない。もう勝負は放棄)、この二つの怪獣が出てくる回はともに切ない物語である。ヒドラは交通事項に遭った子供たちの化身であってウルトラマンはスペシウム光線を浴びせなかった。そして、ラルゲユウスはエンディングでいずこかに飛び去っていくのだが、その背景に流れるギターが泣かせる。♪ソドレ|ミーミーレミファレ|ミドラ、ソドレ|ミーソーラソミド|レー……(涙)

パンツの穴

2020-07-21 19:04:19 | 日記
施設から母のパンツ(下着)にどれもこれも穴があいてるから新品を用意しろ、と言って来た。男の私に対して。まあ先方からすれば男も女もない。普段連絡をとってる家族は私なのだし、それに私に妻がいると思っているかもしれない。私も、これで女性用の下着売り場をうろつかなければならないなら(で、変態だと思われるんだなら)暗澹たる気分になったところだが、ネット通販でなんとかなると思っているから、言うほど苦ではない。女性用のスラックスを通販で買って見事に母にフィットさせた成功体験もある。ということで、早速通販でみつくろって注文。サイズに若干の不安があるが、合わなかったらサイズをずらしてまた注文すればよい。それにしても、穴があいてるからって、どんな大きさの穴だかしれないが、いちいち買い換えるか?母がぼけておらず、自分のことを自分で始末をつけていたなら決して買い換えたりしなかったろう(その息子だから、私だってパンツの穴くらいへっちゃらである)。ぼけてヘルパーさんが付いてくれてるせいで、逆に、ぼけてなかったときより人間的な暮らしをしている。部屋も掃除が行き届いてきれいだし。それにしても、今回、母のパンツを買うはめになったことで、あらためて因果応報を感じる。私が子供時代、私の服は母が買っていたのだが、男のなんたるかをほとんど理解していなかった母はろくな服を買ってこなかった。今でもリクルートスーツを買ったときのことを覚えている。母は自信がないから父に息子と一緒に買いに行ってくれと懇願。しかし、父は私とそりが合わないもんだから断固拒否。仕方なく母と一緒に買いにいき、えんじ色の変ちくりんなヤツを買って帰ったら父が「なんだ、その色は?リクルートスーツっていったら紺と決まってるんだ」「だからお父さん行ってって頼んだのに」と夫婦げんかを始める始末。結局就職戦線はそのワセダカラーのスーツで立ち回ったんだっけ。忘れたがそうなのだろう。他にないし。まあ、何社かから内定をもらったからスーツの色は減点にはならなかったのだろう。で、そのことを今回思い出したわけだ。母は訳の分からない男の服を買うはめになった。私は訳の分からない女性用のパンツを買うはめになった。因果応報とはこのことである。それにしても父の態度はけしからん。一緒に行くのを拒否し、母に任せたくせに後から文句を言っている。しかし、こういうこともありがちである。今回のGo Toのドタバタで、国の大臣とどっかの知事が「任せてもらったから決めた」「説明を求めたい」とバトルを繰り広げている。ワセダカラーのスーツを思い出す私であった。独り者と言えば、音楽仲間には結構独身男性がいるが、はっと気がつくと、某男声合唱団を除き、どこでもかしこでも私は独身者の中の最年長である。もしかして、年下の独身諸氏は「上がつかえてるから婿に行けない」と思ってる?だったら、君たちの知り合いを私に紹介してちょうだいな。つかえがとれるよー♥

鰻と「天国と地獄」

2020-07-20 22:19:25 | 音楽
アサイチで今年は鰻が安くなるって話をしてるときのBGMが、(移動ド)♪ソ|ソーー、ソ|ソミファラソミド、ソ|ソーー、ソ|ソミファラソミド……この曲なんだっけ。どわすれ。ルスランとリュドミラ?違う。売られた花嫁?違う。とにかくなんかのオペラの序曲だ。よし。ネットでオペラの序曲を集めたCDの収録曲を見てみよう。「天国と地獄」!これだ!有名なのは♪ソレレミレドドミファラドララソソー(かすてらいちばんでんわはにばんー)から始まる曲の後半だが、出だしは本日のアサイチのBGMである。この曲は、今みたとおり、前記の文明堂のCMでも有名だが、小学校の運動会にもよく使われていた。オッフェンバックの「天国の地獄」……正式名称は「地獄のオルフェ」(オペレッタ)である。しかし、私が大人になって舞台でこの曲を聴いたのは、もっぱらオペレッタ「メリー・ウィドー」の劇中音楽として。ウィーンのフォルクス・オーパー(オペレッタ専門劇場)がメリー・ウィドーの上演の際、この曲を取り入れた(日本公演でも披露した)。そして、当時大人気のメラニー・ホリデーがこの曲にあわせてカンカン踊りをして大評判となった。だもんだから、へたをするとメリー・ウィドーの音楽とも誤解されかねないが、そういうわけで、オッフェンバックの作曲である。このオペレッタはなかなか面白い。もともと「オルフェオとエウリディーチェ」の物語であるが、オルフェ(オ)とウリディス(エウリディーチェ)が倦怠期を迎えた夫婦というセッティングからして趣を全く異にする。地獄に行ったウリディスをくどくジュピテル(全能の神)がハエに化けてるのも笑える。待てよ、そもそもの疑問が解消されてない。なんで鰻が安くなると「天国と地獄」なんだ?鰻が食べられて天国は分かるが地獄はなぜだ?当たることのある(お店でそういうことはあり得ないが)フグだったら分からぬでもないが。

「眼下の敵」のドイツ兵が英語を話す件

2020-07-19 17:09:14 | 言葉
エントシャイデンで決まり、当てさせてくれてベステンダンク(entscheiden=決める、besten Dank=おおいにありがとう)、というわけにはいかなかった。この二頭のワイドははずれ。それでもエントシャイデンは3着に来た。複勝を買ってたら……たらればは無意味。他のレースでも、去年のイタリア旅行で見たミラノの大聖堂のイメージで選んだドゥオーモは2着に来たが、他の馬がこずにワイドははずれ。複勝を買ってたら……たらればは無意味。そうかと思うと、あまりにベタな名前なんで買わなかったオーケストラが1着に入ったり。それから昨日のレース。1番人気はモンファボリ。おっ、フランス語だ、英語ならmy favorite、イタリア語ならmio favorito(favorita mia)、ドイツ語だとだいぶ違ってmein Liebling……とか考えていたらぼろ負け。勝ったのはリンゴアメ。これはこれで美味しそうな名前である。食材としてはリンゴジャム(そういう馬はいない)の方が好きだが。因みに、法律の世界でジャムと言えば有名な「特選金菊印イチゴジャム事件」というのがある。債権者と債務者がお金を払う代わりにジャムで代物弁済することで話がついたのだが、合意の前提となったジャムがパンにぬっておいしいイチゴジャムのはずが、杏やリンゴでできたまがいものだった場合、合意を覆すことができるという判例である。この事件だけみると、イチゴジャムの方がリンゴジャムよりも高級な感じがするが、たまたまこの事件のジャムがそうであっただけで、イチゴジャムよりも高級なリンゴジャムだってあるだろう。ここまで語学ネタなので(え?そうなの?競馬ネタかジャムネタじゃないの?と思った皆さん、語学ネタなのです)、締めも語学ネタ。久々に映画「眼下の敵」を見た。映画「Uボート」ではもっぱらドイツの潜水艦の中の人間模様が描かれていたが、この映画では、それもあるが、アメリカの駆逐艦内の人間模様の方がどっちかというと主。面白いと思ったのは、アメリカ兵もドイツ兵も英語を話してること。アメリカ映画だから仕方がない。だいたい、アメリカ映画でドイツを描くとき、英語=ドイツ語という約束事になっている。映画「アマデウス」で、モーツァルトがドイツ語でオペラを書きたいと言ったときも、イタリア人は「germanでオペラ?」と英語でケチを付けていた。そこに文字通りの英語を話す人が登場するとややこしくなるわけだが、「眼下の敵」はドイツ兵の英語にところどころドイツ語を入れて区別をしていた。「Herr Kapitän」「Los!」「Nein」等々。「Jawohl」もそう。これは、上官に対しての「はい」である。これに相当する英語は「アイアイサー」だろうか(aye aye sirと書くんだそうだ。初めて知った)。以前、ドイツ語学校に兵役を終えたという先生がいて、敬礼して「Jawohl」と言う様が体育会系だった。それもそのはず、その先生は、弓道を習いに日本に来ていたのだった。「眼下の敵」に戻る。終盤、潜水艦長(クルト・ユルゲンス。渋い!)が駆逐艦長(ロバート・ミッチャム)とかわす英語は、これは文字通りの英語だった。ミッチャムがユルゲンスに「英語を話せるか?」と訪ねたとき、私、代わって「はいな、潜水艦の中は英語オンリーでしたよ」と言ってあげたくなった。そして、その後、殉職したドイツ兵の弔いの式でユルゲンスが発した弔辞は、これは本当のドイツ語だった。