拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

曇天で浮かび上がる青梅丘陵の全容

2024-07-17 10:42:13 | 

こないだ、奥多摩の山座同定につまづいていることを書いた。青梅丘陵の最高峰である雷電山を同定できない、という話であった。

おととい、奥多摩の近くに行ったときも、梅雨も終わりが近づき空にはどんよりとした雲が立ちこめ、車窓から見る奥多摩も普段とは違って見えるのはせいぜい青梅丘陵がいいとこ。それより高い山々はまるで見えない、山座同定はいっそう厳しい……といったんは落胆したのだが、まてよ、と思い、いつもの観望ポイントに行ってみる。思ったとおり、雲のせいで後列の高水三山以上の山々が見えないおかげで、それより前列にある低い青梅丘陵(普段は後列の高水三山と重なってその輪郭がいまいちつかめない)がこの日はその全容を顕わにしたのである(青梅丘陵は400メートル級で、高水三山は700メートル級である。この日の雨雲は地上500メートルあたりにできたようだ)。

ここで見えている山塊が青梅丘陵であるならば、その北西の端にある最高峰の雷電山は写真右側のタライをかぶせたような山容に違いない。これまでも、その線で捜査を続けてきたワタクシ(刑事ボロンコと呼んでおくれ)は、こやつがホシであるとの推測を確信に変えたのである。


宝篋山登山の帰りにヒッチハイク(?)した件

2024-04-29 09:58:00 | 

宝篋山の頂上から見た筑波山。絶景哉!

その宝篋山のこと。いつも筑波山に行く途中に眺めてはいた。

左奥が筑波山。右手前が宝篋山。つくば市街から見ると宝篋山の方が手前にある。頂上の構造物が目印である。筑波山頂からもこの目印が目印になる。

写真は、昨年暮れに筑波山に登ったときに山頂から撮ったもの。筑波山は関東平野に突き出てると言われるが、一番先陣を切って平野に挑んでいるのは宝篋山である。つくば市も宝篋山トレッキングのパンフレットを作ったりして現在売り出し中。てなわけで気になる山であった。で、昨日、久々の晴れ。山びより。だが、休日だから筑波山はNG(山腹までの道は車で、頂上附近は人で超渋滞する)。よし、今日を宝篋山登山の初日としよう、と思ったわけ。クライマックス(頂上からの眺望)の写真は冒頭に掲載したので、以下、上り降りの道中の話。

行きは北条大池から登るコース。停留所で降りるといきなり大きな水たまり!

おお!これぞ北条大池か!と思ったらただの「ため池」。本物はこっち。

たしかに、整備されてるし、筑波山が見えたりして、いかにも観光名所の風情だが、私は、先ほどの「ただのため池」(この後稲が植えられて水田になるのかもしれない)も好きである。因みに、東京の「溜池」辺りは江戸時代においては実際にため池だった。おお!ここら辺に水がたまってたんだな、と思うと感慨もひとしおの私である(歌川広重も「名所江戸百景」で溜池を描いている)。

水田も好きである。日本人のDNAだろうか。

登り始めてもなお水田が現れ、合間から筑波山が覗けるあたりは、さすが、筑波山のお膝元だ。

帰りは沢を下った。小さい沢の流れがいくもある。

このくらいの大きさが、「美しい水車屋の娘」で言うところの「Bächlein」(小さい小川)だろうか。でも、この水量で水車を回すことはできない。途中なんども沢を右に左に渡った。そう言えば、通ってた高校は丘の上にあり、そこに行く途中に「沢渡」という地名があった。。

下山途中、なんと道に柵がある。え?通せんぼ?帰れない?私はここで野垂れ死ぬの?

と思ったら、猪の往来を防ぐための柵で、登山客は開け閉めをして通行することができた。

さて。下山が完了したが、バスが来るまで時間がある。このあたりに小田城跡とやらがあるらしい。よし、それを見物して時間をつぶそう。と思い、城址に来ると、全体が土塁で覆われている。

え?中に入れないの?じゃあ、土塁をよじ登ろうか?でも、住居侵入罪にならないかな。因みに、住居侵入罪は、体が完全に構内に入って既遂となるが、こういうしっかりした土塁の場合は、てっぺんに立っただけで既遂になる。なーんて考えながらぐるっと回ってたら、なーんだ階段があるじゃないか。

ってことは「お入り下さい」って言われてるんだから入っても住居侵入罪にはならない。では入ろう。中にどんな世界が広がってるんだろう!?「秘密の花園」のヒロインの気分である。

すると、こんなであった。筑波山と宝篋山が一望できるのは土地柄である。因みに、小田城の主であった小田氏の始祖は「鎌倉殿の13人」で上半身裸になって船を由比ヶ浜から海にこぎ出そうとして失敗した八田知家だそうである(ドラマで、勝手に上半身裸になったように思われた山本耕史が脱いだのは台本通りであり、逆に、八田知家を演じた市原隼人こそが勝手に脱いだのだそう)。

それでもバスが来るまで1時間ある。まあ、電車やバスをのんびり待てるのは奥地で暮らすうえで必要な資質。キンドルを読んで時間をつぶそうとバス停でたたずんでいると、通りがかった車が目の前で止まった。ドライバーも助手席の人も妙齢のご婦人である。そのご婦人達が「駅まで乗って行きませんか」と声をかけてくれたのでお言葉に甘えることに。旅人が通りがかる車に合図をして乗せてもらう通常のヒッチハイクのイメージとは違うが、「ヒッチハイクとは通りすがりの自動車に便乗させてもらいながら目的地まで行く無銭旅行」とする大辞林の定義には合致するからヒッチハイクと言っておこう。なんでも、ご婦人達は、毎週宝篋山を登ってると言う(いろいろな趣味があるものだ。毎週、合唱をやってる人もいるし)。で、この時間、バスが来ないことを知ってて私の窮状を見抜き、声をかけたのだという。ありがたいことこのうえなし。駅で降りるとき、いくばくかの心付けをお渡ししたい気持ちはあったが、せっかくのご厚意に白タク相手まがいの行為でお返しするのはいかにも無粋だからお礼は言葉だけにした。

さて、最近草木を愛でている、と公言している私であるから、出会った植物についてもちょっこし触れておく。山のいたるところにヤマツツジが咲いていて、

藤も多く見られたのは季節の賜物だが、

まだまだ草木についてはずぶずぶの初心者だな、と思い知ったのは、この花について画像検索をかけると、

シロツメクサと出て、で、この葉っぱについて画像検索にかけると、

クローバーと出た(クローバーにテントウムシはつきもの?)。ところが、この2つは同じモノだということを初めて知った。あえて、使い分けを言うならば、花に注目するとシロツメクサになり、葉っぱに注目するとクローバーになる、ということだろうか。

 

 


決め手は定規(奥多摩の山座推定(同定ではない))

2024-04-23 09:28:08 | 

というわけで(いつからの話の続きだ?)、奥多摩の写真と地図と地形図とガイドブックとネット情報を相互ににらめっこしながら奥多摩のうち多摩川の谷の北側の山座同定を試みる。決め手は、地図に定規をあてて、視点から線を引っ張ること。すると、この山はこの山の後ろだから見えないはず、とか、この山はこの山とこの山の間に見えるはず、とかが見えてくる。まさに机上の空論であるが、ほかに手立てがない。その結果がこう。

特に、前列(雷電山、三方山等の青梅丘陵ではないか?と推測した列)の自信がない。その後列(高水山、惣岳山等の高水三山ではないか?と推測した列)も疑問が残る。間違いないのは鷹ノ巣山くらいのもの。だから、決して「山座同定」とは言えないから「山座推定」と言っておこう。苦戦の原因は、このあたりのメジャーとは言えないクラスの山々となると、資料となる写真が少ないのである。そんな中に、当記事が加わり、一層、世の中に混乱をもたらすことを案ずるワタクシである(いや、ほとんど見る人がいないから大丈夫か。もともと、私の友達って音楽をやる人ばかりだし(私はやらないけど))。


見る角度その3(奥多摩の山座同定)

2024-04-21 08:39:52 | 

そもそも山ってヤツは、きれいな円錐形をしてるのはまれ(富士山はそのまれな例)。それに加えて、高さ、水平距離、見る角度によって見え方が全然違ってくる(遠近法の影響をもろに受ける)。赤城山、榛名山に続いて、今私が山座同定で苦戦してるのが奥多摩の山々。特に、多摩川の谷の北側に鎮座まします山々には苦労している。

それでも後列はなんとなく当たりがついた(鷹ノ巣山、本仁田山、川苔山etc)。だが、前列がよく分からない。一応、黄色でかこったあたりが高水三山で、赤でかこったあたりが青梅丘陵?と推測しているのだけれど、それこそ推測の域である。詳しい人がいたら是非お教え願いたい。

困難には理由がある。例えば、「これは○○山だと思うんだけど、なんでその横にぴょこたんと別の峰があるんだろ。地図にはないのに」と思った場合、○○山とその「ぴょこたん」が並んでるように見えるのはこの角度から撮ってるからで、実は前後の位置にあったりする。逆光だとどっちも黒いから余計重なって見える。ってことは、朝撮ればいいんだ。いずれ、朝に撮りにいって、劇的に山座同定が進むことを期待してます。

でも、朝は苦手。因みに、横野君も朝が苦手で、合唱団とかの本番に乗りたくないのは本番の日って大概朝が早いからって言ってる。横野君はバカだけど、この点は、理解できる(同病相憐れむ)。