車窓から左右の景色を見ていると、山手線が上野から田端辺りまでは上野台地の縁(崖下)を通っていることが分かり、その崖上を歩くことを次なるミッションに決めていたのだが、この暑さのせいで繰り延べになっていた。ようやく秋風が吹いてきたのでこのたび実行した(冒頭の図は全行程の概略である)。
スタートは上野公園の南口である。
台地の入口と言うにふさわしい上り階段。ここを上って、しばらく上野公園内を進むと上野駅(公園口)が現れる。この日、最初に遭遇した駅である。
あら、びっくり。上野駅と東京文化会館の間を隔つ車道がない。昔は、ここに信号があって、信号が変わるのを待って渡ったものだが、今は往来が自由自在である。とんだ浦島太郎だ。一体、いつかからこうなったんだろう。
本来は、ずっと台地の縁に沿って線路を眼下に眺めながら歩きたいのだが、上野駅から先は、縁に道がない箇所が多く、かと言って忍者じゃないんだから(あるいは、クライミングの選手じゃないんだから)断崖を這って進むわけにもいかないので、この辺りでとった作戦は、とりあえず台地の中央辺り(寛永寺や谷中霊園がある)を歩きつつ、崖下に通じる坂が出てきたらそこを進み、跨線橋の袂まで行って線路を上から眺めて元の道に戻るという「タッチ・アンド・ゴー」作戦、あるいは、ムハメド・アリが行った「蝶のように舞い、蜂のように刺す」作戦である。歩く距離はいきおい長くなるが、望むところである(暑さでぱっとしない体調への喝である)。
その跨線橋の一つが御殿坂の先に架かる下御隠殿橋(しもごいんでんばし。日暮里駅のすぐ脇)である。
この橋は、荒川区のHPにも載っていて、橋の下を走っている路線は京浜東北線、山手線、新幹線(東北、山形、秋田、北海道、上越、北陸)、高崎線、宇都宮線、常磐線そして京成線だそうだ。左側の断崖が上野台地の縁であり、車窓からはこんな感じで見えていたものである。
ん?京成線?そう、京成線も走っている。次の写真は、ここよりちょっと上野寄りに戻ったところの寛永寺陸橋から撮ったものだが、JR線に交叉する形で山手線の内側に入っていく路線がある。
えー?山手線の内側を走ってる電車って都電荒川線のほかにあったっけ?あった。それが京成本線だったのである。日暮里駅の辺りではJR線に平行しているが、その後、カーブしてJR線に交叉した後、地下に潜って京成上野駅に向かうである。
先を急ごう。日暮里を後にして西日暮里に向かい台地を歩いていると「富士見坂」の標識が現れた。富士山だから西側だよな、とそっちを向くと、あったあった、いかにも昔は富士山が見えたけど今ではビルが邪魔して見えません風の坂が。
富士山が見えた頃の写真と比較すると、富士山を見えなくした犯人ならぬ犯ビルが分かる。この辺りは「谷根千」エリア内で、「夕焼けだんだん」や「谷中銀座」は近くである。次はそっちの方に行ってみるか。ところで、今、台地の真ん中を歩いていて、ちょっと東に行けば崖なのに(その下に線路)、西を向くとすぐさま下り坂。なんだか妙に台地が狭くなった気がするんだけど……
その感覚は正しかった。後から知ったのだが、ここからちょっとの所にある西日暮里駅の辺りが上野台地の一番狭い箇所なのだそうだ。西日暮里駅前を、台地を寸断する形で道灌山通りが通っているのはそのせいである。狭いから切り通して道を敷くのにもってこいの場所だったわけだ。そういうわけだから、台地の旅人は西日暮里駅でいったん下車ならぬ下山をしなければならない。下り道を下りきった所にあるのが道灌山通りと西日暮里駅である。
通りの向こう側(北側)に見えるのが寸断された台地の片割れである。西日暮里駅のホームからこの断崖を見る度に、線路に面した所は高いけど反対側(西側。写真の左側)がすぐ低くなっているのはなぜだろう、切り崩したのかな、などと思っていたが、そもそも、この幅(写真の左右に収まるくらいの幅)がこの辺りの上野台地の幅なのだ。なるほど、狭いと思ったわけである。
さて、通りを渡って再び台地の上に乗りたいわけだが、断崖の西(写真の左側)に「ひぐらし坂」という有名な坂があることをこの時はまだ知らなかったので(知ってたらそっちから上った)、線路に沿った坂(写真の右端)を上っていった。木々の合間からときたま下界(線路)が見える。
オリュンポスの神々もこのようにして人間界を覗いていたのだろうか。すると、上りきった辺りに突然公園が現れた(田端台公園)。
なんということもない普通の公園なのだが、まさか崖上にこのような世界があるとは下界の車窓からは想像もつかなかったからまるで空中庭園であり、集う人々がオリュンポスの神々に見える。因みに、小遊三師匠がパリと言っている大月の一つ手前の猿橋の駅前からケーブルカーで山の上に上ると、そこにいきなり住宅地が現れる。下界からは想像もつかない別天地である。
その後、脇に逸れて少し下る道を行くと田端駅の南口に出くわした。
田端駅は山手線と京浜東北線の乗換駅だからホームは混雑しているが、この南口はえらくこぢんまりしている。それでも「オリュンポスの神々」にとっては大事な改札口であろう。などと思っていたら、急ぎ足で駆け下りてくる神々の一人とすれ違った。へー、神様も急ぐことがあるんだ。私の奥地の家の最寄り駅じゃないんだから、そんなに急がなくてもすぐ次が来るだろうに。
さて、田端を過ぎると、いよいよ、京浜東北線や新幹線等と山手線が分かれる分岐点である。
写真の上が北に向かう新幹線であり、下が西の池袋方面に向かう山手線である。その間にある高台は車窓からもよく見える景色である。実は、この写真は合成である。そう都合良く二路線の電車が一緒に来てくれるわけがなく、当初は二枚並べて載せようかと思ったのだが、試しに上下で貼り付けてみたら見事に一体化したものである。この後、この山手線の電車は、これまでになかった経験、すなわち、進行方向の右手にも断崖を見る、という経験を味わうことになる。私も、山手線に沿って、進路を西に向けて進むことになる。
ここまで来ると、上野台地に乗っかってるのもあとわずかである。これまで高台にあった道が駒込駅に近づくにつれ、下り坂になり低くなっていく。
そこに突然、踏切が現れた。
え?山手線に踏切なんてあったっけ……って、現に目の前にある。なんと山手線に残る最後の踏切だそうで、廃止が決まっているそうである。期せずして、私とは初めましてと言ったそばから今生の別れとなったわけである(ジェンティルドンナが引退レースの有馬記念で初めて中山競馬場を走って優勝した際、実況アナが発した「こんにちはとさようならを同時にやってのけました!」は語り草である)。いずれにせよ、踏切があるということは、道路と線路の高さが同じということであり、台地は風前の灯である。
そして、上野台地を降りきったところに商店街と駒込駅の東口があり、
そこから、すぐ、今度は本郷台地への上り坂が現れるのだが、本日のミッションに本郷台地は入ってないから、この日の小旅はこれで終了。駒込駅東口からとっとと帰ったのでありました。大凡二時間の行程であった。
おまけに、今回の小旅の前奏曲を載せておこう。
上野公園を上る前に脇を通った不忍池である。池は蓮の葉っぱで被われていた。なんでも、蓮の葉っぱの浮力は大きいもので100㎏くらいあるそうだ。だったら、人が乗っても大丈夫じゃん……そうか、お釈迦様が乗ってるくらいだからなー。