拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

「春」という名の音楽室

2021-08-30 19:09:39 | 音楽


フルート、オーボエ、クラリネットといった木管楽器は吹く前に組み立てなければならぬ。それに対し、ピアノはフタを開けるだけ、電子ピアノはスイッチを入れるだけ……というのは普通のおうちの話。ワタクシのようなしもじもの者の家では(因みに、私は東京の西方を収入や身分の「高い」人達の生息地だと認識していたが、古い録画の中にあった吉祥寺をとりあげたブラタモリで武蔵野台地の断面図を紹介していて、それによると、たしかに東京の標高は西が高く、東にいくほど低くなる。「高い」所に「高い」人達が住んでいる、ということで私の認識は正しかった。脱線から戻ろう。つまり、ワタクシのようなしもじもの者の家では)普段電子ピアノを置くスペースがない。弾こうと思ったら、まず居間に脚台をしつらえて、キッチンに立てかけてある本体を、筋力トレーニングになるとウソぶきながらえっちらおっちらと居間まで運び(途中、ナポレオンがアルプスを越えたように、布団山脈を越える)、セッティングしてようやくスタンバイとなる。大変。だから、弾くには一大決心が必要。もっと簡単に、人並みに、思い立ったらぱっと弾きたい。今度のシュッツの会の「楽器と歌おうコーナー」では、私も一曲通奏低音を弾くし(左手一本)。どうにかならぬものか。そうだ!仕事部屋を音楽室にしてしまおう。こないだから断捨離をしているが、いっそういらないものは処分して、仕事部屋を電子ピアノの「常駐場」「終の棲家」にしよう。思い立ったが吉日。ああしてこうして、ついに音楽室ができあがった。パソコンをいじってて、椅子をくるっと回せば常に電子ピアノがそこにある。ヨホホイのホイー!さらにでござる。部屋を片付けていたら、とうとうアレが出てきた。江戸の春画集である。明けない夜がないように、出てこない春画集はない(因みに、Y先生が出演されたアンサンブルの演奏会のチケットは、チロ(先代の猫)の骨壺の脇から出てきた。見つからなかったはずである。なぜそこにあったかは永遠の謎である)。喜びに満ちた私は電子ピアノの譜面台に春画集を置き、脚台の下に管のお嬢達を置き、傍らに弦子を置いた(因みに、左の端にちらっと映り込んでいる水色はリコーダー達である)。ここにわが家のエッセンスが勢揃い!今後、この部屋が私の憩いの場となる。その屋号は「春」である。

ジェンティルドンナ倉橋

2021-08-30 09:18:00 | 日記


四日目となる今朝もウォーキングを実行。これで明日以降やめても三日坊主にはならない。遊歩道にはいろんな樹が植わっているが、最大勢力はケヤキ。続いてムクノキ。続いてエノキ。あとはいろいろ。4日間歩いて、ケヤキはしっきり認識できるようになった。これってなんかの役に立つだろうか。公園を美女と散歩していて、ねえきみ、これ何の木か知ってる?「気になる木」って言うんだよ……それはハワイだ(つうかCMだ)、じゃなくて、ケヤキなんだよ。まあ、イージマさんて樹のことに詳しいのね。あたしほれちゃう♥ という展開を夢想してほくそ笑むワタクシ。想像は自由だ(「自由」を「タダ」に置き換えてもよい)。閑話休題。パラリンピックの熱戦が続いている。車椅子ラグビーでは紅一点の倉橋選手がオーストラリアの男子選手にタックルして転倒させた。一つ年上の三冠馬・オルフェーブルにタックルしてこれをはじきとばした名牝ジェンティルドンナを彷彿とさせる。それから陸上の車椅子競走では、400メートルに続いて1500メートルでも佐藤選手が金メダル。両レースともアメリカのマーティン選手との一騎打ちを制してのものだがレース展開は違った。400メートルのときは、最後の直線のゴール間近でマーティン選手を差しての優勝。1500メートルは、マーティン選手が後ろにぴったりついて先頭に立たされる予期せぬ展開。ここで、佐藤選手は、「世界新で金メダル」と公言していたのを修正して金メダル狙いに絞ったそうな。分かる。序盤で先頭に立って爆走してしまうと、昨日のメイケイエールのように最後に足が止まる。だから、先頭に立たされたところでペースを落ち着かせて(世界新は諦めて)余力をキープ。最後に突き放す作戦である。これが見事に功を奏して二つ目の金メダルをゲット。「先行逃げ切り」はもっとも強い勝ち方である。そして両レースとも銅メダルに輝いたのは50歳の上与那原選手。50歳で自己ベストを更新!じゃあ、プラスうん歳の私もなにかで自己ベストを更新できるかも(歌や楽器が上手になるかも)。佐藤選手は、他の選手と同様、パラリンピック開催について感謝の意を語ってられたが、いえいえお礼を申し上げるのはこちらの方だ。勇気を下さってありがとう。どれだけ多くの人が、彼らのがんばりを見て、自室の窓から見える電信柱にぶら下がる考えを改めたことだろう(パパゲーノにように)。51歳のレジェンド・成田選手は、「障害者が最高に輝ける場がパラリンピック」と言った。障害を持った人にもそうでない人にもかけがいのない場であるパラリンピックがコロナのせいで中止にならなくて本当によかった。コロナについて、テレビ局は心配なことしか言わないし(たしかに今、極めて大変な状況だということは疑う余地もない)、登場する専門家の多くも悲観論者。しょちゅうテレビで拝見する北村先生などは、見るたびにお顔が青白くなられてご自身の健康が心配である。穏健そうな尾身先生も、バッハさんの再来日の報に接して珍しくぶち切れていた。だが、たまーに楽観的なことを言う専門家が現れる。こないだも、デルタ株は恐ろしいが、発生元のインドとかでは、理由は分からないが、あるところで必ずピークアウトして減少に転じる、とおっしゃっていて、それがいつかいつかと思っていたが、東京については、もしかするとその時期が来たのかもしれない(重症者は後れて増えてくるからまだまだ安心はできないが)。ってことは、オリパラをやったとか緊急事態宣言を出したとかそういうこととは関係なく、数が増えるときは増え減るときは減る、ということか。そのへんの検証をしっかりやってほしい。いちおう、ワタクシも警戒はしているから、髪の毛が伸びて相当むさ苦しかったが床屋に行くのを2回目のワクチンを打ってから1週間経つまで控えた。亡き父が見たら「山賊のよう」と言ったろう(海賊ではなくて山賊と言うあたりはさすが山梨県出身の父らしい)。今では、すっきりしていい男。だが、せっかくの男前を披露する場が当面ないのが残念である。因みに、「ジェンティルドンナ」は「貴婦人」の意味だから、競馬を知らない人は、今回のタイトルを「貴婦人・倉橋」と解したかもしれない。いや、倉橋選手はたしかにお美しいです。ジェンティルドンナも筋肉むきむきだったけど「美女」(美馬)でもあった。

ヴィヴァルディ礼賛

2021-08-29 17:22:09 | 音楽
例によって古い録画を視聴していたら出てきたのがヴィヴァルディ特集。ヴィヴァルディはいいねぇ、斬新で。だが、ヴィヴァルディ好きなひとー、と言って挙がる手の数は、発表されるコロナの陽性患者数と同様、実際の数より低くなるものと思われ、隠れキリシタンならぬ隠れヴィヴァルディ・ファンが実は相当数存在するものと思われる。そうした隠れファンを生むきっかけとなったのは近年亡くなった某音楽学者である(というのが私の見立てである)。その学者先生が著書の中で、個人的にヴィヴァルディの音楽をお好みにならない旨をお書きになった。先生ご自身は、その原因を先生個人とヴィヴァルディとの相性の悪さであると書いておられるのだから、ヴィヴァルディの好き嫌いは個々が判断すればよいはずなのに、そこは権威に弱い日本人。偉い先生にあやかろうと少なからぬ若者が先生をだしにしてヴィヴァルディの悪口を言うのを聞いた。かくいうワタクシだって、かつて合唱団の曲決めで誰かが「ヴィヴァルディのグローリアがきれいだったからそれをやったらどうか?」と提案したとき、その先生のお顔が浮かび、えーっ、ヴィヴァルディ?と一瞬思ってしまった自分を恥じたものである。いまは、すべてのしがらみから解放され、身も心も自由となったワタクシである。それこそ、シュッツの会でヴィヴァルディを歌ったっていい(楽器付きで)。そのヴィヴァルディがヴェネチアの人だってことは前から知っていたはずだが、今回あらためて、へーっと思ったのは、近年ヴェネチアを旅したからだろう。それは、私にとって初めてのドイツ語圏以外の国の旅であり、人生観が変わるほどの感銘を受けた。是非また行こうと思っている。当然、一人旅である(と言いつつ、なんとか太郎も鬼ヶ島に行くとき最初は一人だったよな、後から連れができたんだよな、だどと言い訳(何の?)を考えている。そもそも、鬼ヶ島に行ったのが金太郎だったか浦島太郎だったか桃太郎だったかを思い出せない(ホントは思い出してるのかもしれないが、文脈を維持するためあえてそのことについての思考回路を切断した))。ヴィヴァルディは、孤児院で女子にヴァイオリンを教えたことは知っていたが、当時ヴェネチアに孤児が6000人もいたことは初耳だった。それだけ、子作り行為が盛んに行われていたのだろう。商業で栄えた自由都市の側面をみた気がした。ふーっ。全部書き終えたのでもういいだろう。ここで切断した思考回路をつなぐ。鬼ヶ島に行ったのは?(行ったのは?)スタミナ太郎である!

下総で歌を歌いて武蔵の銀杏を想う

2021-08-28 18:59:00 | 音楽


なぬ?県境を越えてはならぬ?拙者、ケンキョーなるものは知り申さぬ。超えたのは国境(くにざかい)でござる。下総は白井の郷で歌を歌っておったのじゃ。味噌煮込みなる会でござった。違うっ。味噌煮込みの鍋を囲んで食うたのではない。それが歌の会の名前なのじゃて……時代を現代に戻そう(って、もともと現代)。味噌煮込合唱団で歌ったのは高田三郎の「心の四季」。日本の合唱曲をまるで知らない私にとっては、やはりこの団で歌った「海鳥の詩」に続いて二曲目の日本の合唱曲である。楽譜は例によって古本を買った。大変楽しく歌い申したじゃなくて歌った。そう言えば歌詞に「いちょうのきんのはを……」というくだりがあった。おおっ、銀杏の葉っぱはまさに今朝見てきたところである。実は毎朝近所の遊歩道でウォーキングをしている。と言っても、今日が二日目だから、明日で終われば見事な三日坊主である。そこにはいろんな樹が植えてあって、樹の名前を書いた札がかけられている。その中に銀杏があって、葉っぱが朝日に輝いていた。そうそう、銀杏は小学校の校庭に植わってて、秋になると校庭が落ち葉だらけになったっけ。懐かしくなってパチリ。そのことを歌ってて思い出したのである。さて、練習の後半は、ルネサンス期のポリフォニー音楽(そもそも、私が味噌煮込みにやってきたのはこれが目的である)。その中には、パレストリーナの「谷川慕いて」(Sicut cervus)があった。ルネサンスの合唱曲の定番中の定番だから、誰しも思い出があるだろう。拙者……じゃなくて私の思い出はこうである。私は、大学入学当初Wオケに2週間いたりしたため室内合唱団には後れて入った「中途入団組」である。なんと、入った翌週が演奏会のオーディションで、課題曲が「Sicut cervus」。私は初見が利くので譜読みの心配はない。問題は1週間で暗譜ができるかであるが、幸い、実家と大学の行き帰りには片道2時間かかった。その時間を暗譜に充てて、オーディションは軽くクリア。歌い終わった後、歓声があがった。実は、私と同じ日に入団した某君がなかなかのイケメンで、皆の注目はそっちのイケメンに集まっていたのだが、この「オーディション事件」によって一気に私の団内における知名度が上がり、その後、数々の酒の上での不祥事も乗り越えて学生指揮者にまで上り詰めたのである(今朝記事にした一年下の某氏はそういう不祥事には無縁だったと記憶している)。因みに、そのときのパートはバス(笑うではない)。当時は、ジェンダーフリーのジェの字も言われてない時代であり、女性が男性の領分に入れなかったのと同様、男性も女性の領分に入れなかった。あのとき、もしアルトに入れて下さいなどと言ったら変態扱いされて即刻除名されていたろう。よい時代になったものである……と言っても、女性にとっても男性にとっても完全なジェンダーフリーの実現にはまだほど遠い。そういう意味では、私は、麹味噌合唱団(味噌煮込み合唱団と主催者が同じ)のジェンダーフリーに一石を投じたものと自負している。今朝がたの話に戻る。遊歩道は小川に沿って作られていて、小川の向こう側は埼玉県である。が、ここらあたりは、東京も埼玉もひっくるめて「武蔵の国」であった。その川向こうを猫が歩いていた。



武蔵の猫も、朝からウォーキングである。

がんばる話

2021-08-28 07:38:28 | 日記
パラリンピックの試合を見ている。障害のある方ががんばってる姿が美しいなどといった上から目線で言うのではない。真に、かっこよく、面白く、勇気をもらえるからである。陸上の車椅子競走などは、そのスピード感や抜きつ抜かれつの様がまるで競馬である。卓球で足でサーブして口で咥えたラケットで打つなんざ無限の可能性を感じさせてくれる。彼らは、ある意味、オリンピック選手以上に超人であり、逆に身近である。日本人選手が金メダルをとった車椅子400メートル競走で銅メダルに輝いた日本人は50歳!銀髪の選手がメダル獲得のインタビューで語る様は、オリンピックでは見ない風景である。がんばれ選手たち、がんばれ私たち!がんばると言えば、自民党の総裁選に岸田さんが立候補した。岸田さんは、学部は違うが同時期同じキャンパスを歩いていたようだ。岸田さんは、年は私より一個上だが二浪したということは、学年は私より下か。じゃあ、お会いしたら、おい、キシダっ、と言っていいんだな。いや、よくない。某氏は、室内合唱団で一学年下だった(私の次に学生指揮者を務めた)。だから、彼の話題が出ると「あー、○○○ね」とか言ってしまうのだが、すると、某某美女あたりから、○○○さんを呼び捨てにするなんて(怒)、と怒られてしまう。そう、某氏は音楽業界ではなかなかに有名人である(伏せ字を三文字にしたのはカナが三文字だから。漢字は二文字である)。もちろん、直接お会いしたときは、私だって敬って「○○○さん」と「さん付け」である。ん?すると、岸田さんと某氏は、まさに同じ学部の同学年だったってこと?。そのようだ。そうしたわれわれの年代は、そろそろ仕事の引退とかを考えるお年頃。そんな時期に、岸田さんは、これからが正念場、総理をめざすって言うんだからお疲れ様な話である。まあ、私は、仕事はやめることばかり考えているが、そしたらピザ屋になろうだとか、大学に入ろうとか考えてるから、がんばることをやめたわけではない。ところで、岸田さんは、総裁になったアカツキには、党役員の任期を一年とし、三期を超えて続けることはできないことにするそうだ。3年か。某会は作ってから4年。私にとって潮時だったのかもね(とっても穏やかな諦観に満ちている今現在のワタクシ。ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲の世界にいるよう)。すると、岸田さんが総裁になった場合は今の幹事長などは辞めなければならないそうだ。思えば、アベさんからの禅譲が約束されていた岸田さんが総理になれなかったのは、今の幹事長のせい。意趣返しの意図もあるんだろうな。

バシャバシャ、チリリンのハレルヤ・コーラス(ビーチャムのメサイア)

2021-08-27 05:55:23 | 音楽
相変わらず昔録った映像を見ている。そんな中に、オペラ仕立てのメサイアがあった。普段は突っ立って楽譜を見て歌えばいいのに、暗譜で芝居をしながらだから歌手は大変である(その分、ギャラをもらえるのだろうか)。例えば、「Worthy is tha lamb」の直前のソプラノのソロは服を脱ぎながら。歌手も大変だろうが、見ているこちらもどこまで脱ぐのか気になって歌に集中できない(オホホ疑惑のあるワタクシも、裸を見て興奮するのは女性の裸である)。あれ?似たシーンがあった。同じヘンデルの正真正銘のオペラ「ジュリオ・チェーザレ」でもメゾのオッターが脱ぎながら歌ったっけ。チェックした。演出家は別人。でも、脱がしたいのは同じなんだな。そんな奇抜なメサイアだが、演奏は極めてまとも。ソロも合唱も優しく丁寧に歌っていたし、オケはバロック的だった。世の中にはバロック的でないメサイアも存在する。私が最初に買ったメサイアの全曲盤レコードはビーチャム指揮のもの。例によって一番安かったから選んだのだが、当時、私は室内合唱団で完全に洗脳され牙を抜かれていたから、超ロマン派的なこの演奏に唖然とし、憤りを覚え、悪寒さえ感じた。それから40年聴いてない。もう一度聴きたい。悪寒を感じたい(怖い物聴きたさ)。押し入れからLPを取り出すのが面倒なので、中古のCDをネットで買った。さあ、どうだ!? おおっ、静かな曲はとことん遅くレガート。威勢のいい曲はきまっておしまいに金管がバリバリ入る。まるでマーラー。極めつきはハレルヤ・コーラス。シンバルがバシャバシャ、トライアングルがチリリン鳴っている。ところが、驚いたことにちっとも悪寒を感じないのである。告白しよう。ハデハデなハレルヤ・コーラスに血湧き肉躍り興奮さえ覚えた。思えば、カラヤンのマタイをやはり学生時代に聴いてその生ぬるさにげんなりし、年を経てあのときのげんなりを再びと思って聴いたらベルリン・フィルの美音に圧倒された。多分、私の受容範囲が広がったのだろう。多様性の時代にマッチしたのだろう。ロマン派的なバロック音楽も、バロック的なベートーヴェンもあっていい、ということである。なにより、(ビーチャムのメサイアに話が戻るが)演奏家は超名人揃いである。例えば、バス(ジョルジョ・トッツィ)のソロ(トランペット)だって極めてノーブルで、決して「ザ・トランペット・シャール・サワワワワワーーーン」などとは歌わない。こう歌うのはアマチュアである。実は、私が男に戻って「Mache dich」(マタイのバスのアリア)を歌いたいと思ったのは、このところプロも真っ青な声で「マーヘッ、ディー、マッ、ヘーエーツェー、ラアアアアアーーッ」と歌われるのをよく聴くもんだから、いや、立派な声だけど、こういうのもあるよ、と言って「マーヘ、ディーヒ、マーイン、ヘーールツェー、ラーーーーイン」と歌って聴かせたいと思ったから。どう思われるだろう。ほっそい声!迫力ねえな!バスのアリアじゃないね……って感じだろうか。その機会はなかなかなさそうだが。多様性の時代にマッチして受容範囲が広がったと言っても、ワタクシはまだまだ偏屈なお馬鹿である。パルシファルはクンドリーとKußをしてお利口になった。あのお馬鹿からお利口への転換には度肝を抜かされる。あやかりたい。どなたか、Kußをして私を利口にしてくださらない?

同情するなら金をくれ、とは言わない清らかなお馬鹿

2021-08-26 06:16:04 | 音楽
昨日の記事に因んだ話その1。西北大学に再入学して室内合唱団を同好会から再建すると書いたが、室内合唱団にはOB会があるから勝手に名前を使ったらなんか言ってくるかもしれない。だからちょっと名前をいじろう。「続室内合唱団」「新室内合唱団」「室内合唱団もどき」「シン・シツナイ」……なお、映画「座頭市物語」の第2作は「続……」で第3作が「新……」である。それから、「シン・ゴジラ」でゴジラは東京の真ん中で凍結したままだが、いつ解凍して動きだすのだろうか。因んだ話その2。ハンス・ザックスを名乗る私は40歳年下の女子大生と恋に落ちるのだが(もう決めている)、改名前はバロン・オックスで、こちらだとお相手は30歳年下である(オックス男爵とゾフィーの歳の差はそのくらいである)。すると相手が女子大生だと具合が悪くなるが、30歳差も40歳差も変わらないと開き直れば問題ない。オックス男爵ならその程度の強弁はお手の物である。因んだ話その3(今回のメインテーマにつながる)。ワサビ田農家になる夢は朝ドラ「青春家族」の影響だと書いた。この朝ドラは、母親(麻子)を演じるいしだあゆみと、その娘(咲)を演じる清水美沙のダブルヒロインだった。母親が娘に「あなたヴァージン?」と尋ねるシーンが斬新だろ!とNHKが自慢げに宣伝していたが、たしかに橋爪功が演じる夫が遥クララが演じる芸者と不倫をするシーンは斬新だった。他にも斬新なシーンがあったが、一つ印象的だったのは、会社の課長としてばりばり働いていた麻子が会社をやめるシーン。それまで麻子を慕っていた(はずの)部下たちが急によそよそしくなる。仕事帰りでも麻子だけ置いてけぼり。麻子には部下たちと一心同体という思いがあったから、部下たちの豹変ぶりにとまどいを隠せない。だが、そういうものである。部下たちにとって、麻子は既に過去の人。なによりも「人のことより自分のこと」だから、やめた人を惜しむより、これから自分がどうなるか、これが最大の関心事である。そうは言っても、麻子としては、この課は自分がここまで身を粉にしてもりあげてきた、という自負があるから、口惜しいだろう。察して余りある。昔、所属していたSM合唱団はオルガニストのS井さん(故人)が作って育てた合唱団。ところが、突然、そのS井さんが辞めると言い出した。理由は、身銭を切って合唱団を運営していたが、そのお金が続かなくなったというもの。だが、身銭を切って続けることが馬鹿らしくなるような別の理由があったのだろうな、と今は思う。まあ、そのような世知が無い世の中であるが、私はドイツ語の「Mitleid」という言葉が好きだ。「苦痛」(leid)を「共にする」(mit)だから、「同情」と訳されているが、「同情」だと、「同情するなら金をくれ」のイメージがあって良くない。ヴァーグナーが描くパルシファルは、「durch Mitleid wissend,der reine Tor」、すなわち、Mitleidによって智を得る清らかなお馬鹿であり、私が好きな「Mitleid」はそのイメージである。因みに、ハンス・ザックス(旧バロン・オックス)は最近ある会で休養宣言をしたが、非公式ながら休養する間もなく復帰宣言をした。それは、歌劇「サムソンとデリラ」の「デリラのアリア」を歌いたいと思ったからだ(ハンス・ザックスはマイスタージンガーだが、カウンターテナーだったという話は初耳である)。だが、ザックスも清らかではないがお馬鹿には間違いない。そのアリアを歌うには移調譜が必要で、それがまだ完成していないことを忘れていた。だから復帰は移調譜が完成したときの話であり、いつになるか分からない。

管楽器奏者は反抗的?/年金はたいて大学に行こう!

2021-08-25 06:51:55 | 音楽


お宝と気づいた後は、昔の録画を見まくっている。お目当ての番組に紛れ込んで録られていたCMやニュースも当時が思い出されて面白い。山本リンダが自分をディスった相手を説教しているシーンだとか、夫の不倫疑惑について会見をする大桃美代子とか、こういう録画は普段ならすぐ消去するところだが、消去を免れて10年もたつとお宝になる。縄文時代や弥生時代の壺だって、当時はただの壺だったろうに、現代では大事そうに博物館に展示されるのと一緒である。もちろん、当時からお目当てだった番組はいまでも相当に興味深い。例えば、イギリス・バロック特集でチェンバロの曲を聴いていたら、いきなりベンジャミン・ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」の原曲が出てきた。「管弦楽入門」は小学校の音楽の時間に聞かされ、ヘンリー・パーセルの曲が原曲だってことは習ったが、実際に原曲を聴いたのは初めてである(いや、この番組を録画したとき見ていたら今回2回目である。かように私の記憶が怪しい)。それから、ウィーンフィルの歴史を扱ったドキュメンタリーでは、ここの団員はとってもプライドが高く、下手な指揮者が無理なことを言おうものなら、管楽器のあたりから文句が出て、指揮者は要求を引っ込めざるをえなくなる、というのだが、この「管楽器のあたり」というのが面白い。なぜ管楽器なのだろう。管楽器の方が難しいからか、それとも管楽器奏者に反抗的な人間が多いからか(私は管楽器奏者であるが、指揮者に対しては従順な子羊である)。そんな中で、カルロス・クライバーはやはり別格で、「速くするのと同時に遅くしろ」といった矛盾した要求を出すのだが、面白いので団員はついていったそうだ。閑話休題(次も閑話)。彼女を諦めて独りで生きていくことを決めたら急に視界が広がり、今までにまして夢想をするようになった。そのうち、音楽関係の夢想(いろんな会をする。シュッツの会で演奏会をする。秘境にピアノサロンを作る等)はもう語ったから、それ以外に最近した夢想を披露しよう。パン屋になる。ピザ屋になる。ワサビ田を買って農家になる。イタリアンのお店を出してカルボナーラを300円で売る。貧乏になる。霞を食う。大学の独文科で勉強する……以上のうち、「ワサビ田を買う」は朝ドラ「青春家族」の影響である。「カルボナーラが300円」は、サ○○○ヤの向こうを貼った価格設定である。すると、当然利益が出ないからつぶれて貧乏になる。だから「貧乏になる」は夢というよりも、夢の帰結である。大学に行き直すのになぜドイツ語学科かというと、私はドイツ語を随分勉強してきたが、勉強の中心は会話と発音。難しい本を読むのは苦手である。写真はわが家にあるドイツ語の本の一部。自慢じゃないが、読んだものは一つもない(オペラの解説本の中の舞台の写真を見て喜んでいる程度)。キンドルで童話を読んでいるのはそのせいである。大学の独文科では難しい本を読むという。だから、そこで勉強してみたいのだ。しかし、オンライン授業ではつまらない。だから、コロナが明けてからにしよう。その前に試験に受からなければならない。受ける大学は西北大学と決めている(朝ドラ「半分、青い」を思い出しますなぁ)。ここの政治経済学部卒が私の最終学歴であるが、なんだかんだ言って母校は好きである。そして、つぶれてしまった室内合唱団を同好会から再建するのもいい。で、若い女子学生と恋に落ちるのである。歳の差は40歳!ちょうどいい!なぜならば、私はハンス・ザックスだから。史実では、ハンス・ザックスは40歳年下の女性と再婚している。都合のよい人物に成りきったものである。彼女を諦めたんではなかったのか、って?「彼女を諦めた」には解除条件がついている(解除条件=条件が成就すると無効になる)。この場合の解除条件は「彼女ができること」である。つまり、「彼女ができない限り彼女を諦める」、これが宣言の正しい内容である(無意味なような)。だが、私独りで「ルネサンス・バロックを歌おう」という看板を持って勧誘しても、当初はなかなか人が集まらないだろう。何事も核になるものが必要。よし、仲間を引き込もう。歌が好きそうな連中に年金をはたかせて大学に通わせよう!

副反応

2021-08-24 10:20:33 | 日記
2回目のワクチンを打って3日が経ったがいっこうに熱が出ない。これで抗体ができているのだろうか。まあ、いちおう、コロナに感染せず、あるいは感染しても症状が出ないまま2回ワクチンを打ち終えたことは幸いである。私は、感染予防対策をしっかりしたうえでやることはやる主義で、この間もいろんな会を催してきたが、これでもコロナは怖いから、スーパーでは「一人一回まで」という張り紙を見なかったことにして、入店時と退店時の二回消毒液を手に塗っているし、マスク会食の徹底ぶりについては日本人の5本の指に入るものと自認している(マスク会食など非現実的だと言う人がいるが、全然そうではない。マスク会食を義務づけて酒類提供を可にする方がよっぽど現実的である)。そういう意味で、路上でマスクをせずに大声で騒いでいる輩と一緒にしてほしくない。熱は出ないが、強烈な倦怠感はある。何もやる気がしない。考えられる理由その1。待ってました、副反応!その2。うつ病。いろいろあったし。だが、ご飯はもりもり食べるし辛い水もがぼがぼ飲む。毎日こうして駄文を弄してもいる。それでうつ病と言ったらそれは仮病である。その3。ただ怠惰なだけ。これがもっとも真相っぽい。お友達がSNSに書いていたが、「やる気」というのは、ある程度やってからでないと出てこないそうだ。なるほど。「やる気」にも序奏じゃなくて女装じゃなくて助走が必要なのだね。理由その2に関してだが、駄文を弄しているからうつ病ではないというよりも、駄文を弄することによってうつ病を予防していると言えるかもしれない。自分について書くということは、そこに客観性が生まれて精神衛生上よいことだそうだ。読んでくださる方がいるから書く。それによって私の精神衛生が保たれる。だから私は皆さんに感謝しなければならない。私が恥を忍んで我が秘め事を暴露するのはその感謝の一環である。同時にこれはアリバイにもなる。例えば、仮に私の不倫がばれたとする。そのとき、イージマさんたら世を忍んでそんなはしたない事をしていたのっ?と怒る方に私は言うだろう。世を忍んでなんかないよ。いつもブログに書いてたじゃない。信じなかったあなたが悪い。こうである。なーんてことを書いていたら頭痛がしだした。おっ、これこそ副反応だろうか。それとも、昨夜飲んだ辛い水のせいだろうか。因みに、昨夜「噂の二人」の間で行われた反省会(某男声合唱団の練習の後)で、私の復帰が決まった。だが、何回か休まないと「復帰」にならないから、復帰時期は慎重に決めるつもりだ。なお、件の「反省会」は、黙食で飲食をした後に行われた。政治家の先生方の「会談」と同じであるが(ウソっぽいところも同じ)、先生方は5名で政府の言う基準(4名)を超えているが、われわれは2名だからこちらの方が優秀である。

シュッツの会の展望

2021-08-23 05:12:51 | 音楽


2回目のワクチン接種が終わって二日経ったのに、(肩は痛いが)熱が出ない。若さの印である熱、練習をさぼる口実になる熱、お前はなぜ来ない?若くないから?きーっ。何でも言っていいというものではない。昨日も某某美女と「無礼なおじいさん」の話をしてて、おじいさんって頑固だよね、って話をしてて、その「おじいさん」の歳を聞いたら65!私と三つしか変わらない(イージマさんとはえらい違い、というフォローは入ったが)。ワクチンの接種会場は足立区立の某中学校。閑散としているように見えるが、接種ブースには常に人がいるから運営がスムーズなのだろう。足立区では6月の終わりに65歳未満の人にも接種券が届いたが、すぐには予約がとれず、1回目は7月21日、2回目は8月21日となったがこれはましな方であった。今では予約がまったくとれないという。最近ワクチンが足りないというのは本当であった。さて、接種会場である中学校の体育館に舞台があるのを見て思い出した。体育館の舞台は私の中学時代の檜舞台であった。中一のとき、NHKが呼んだイタリア歌劇団の公演をテレビでみて感動して、早速、クラスで有志を募ってリゴレット(抜粋)を演奏したのも体育館の舞台だった。私が言い出しっぺだから(私以外にオペラをやろうなどと言い出す子供はいない)、役の割当も全部私が決めたから、当然、主役のリゴレットは私。本番のときは、家にあった古いカーテンをマントにみたててはおった。美声のイソガイさんをジルダに抜擢した慧眼は我ながら大したもの。マントヴァ公爵のカヤマくんが「いずれの麗しき乙女にもときめくわしが心」と歌うと客席の3年生から笑い声が起き、舞台裏で私達は「おおっ、さすが3年生は意味が分かるんだ」と言って喜んだ(自分達(1年生)は、あまり意味が分かってなかったから)。こんな具合に、私は子供の頃から人を募ってイベントをやることが多かった。だが、私は、「オレについて来い」式のリーダーシップのある人間では決してない。逆に、「(特に美女に)一生ついていきます」タイプの人間である。そんな私がいろいろ企画を立てるのは、ひとえに自分がやりたいから。仕事も決断も早いことについては自覚がある。因みに、私は、歌劇「フィデリオ」で刑務所長のドン・ピツァロが「augenblicklich!」と言うシーンが大好き。文字通り「一瞬」の意味である。ただし、決断が早いのも考えもの。する決断も早いがやめる決断も早い。後でよく後悔する。だから、今回、あるところを辞めるにあたっては、一晩寝かしてみた。それで状況が変わらなかったから辞めたのである。だから、私としては、熟慮に熟慮を重ねた結果(?)である……と思ったが、やはりaugenblicklichな決断であったのだろう、今では、辞めた理由が分からない。だから真相を話せ、と言われても何を話してよいのか分からない。このようにせっかちなのは、山梨の農家の次男だった父が、よく「のろいことは牛の仔もする」と言っていたせいである(亡くなっていることをいいことに父に責任転嫁する私の人間性はこの程度のものである)。回顧はこんなところ。ここからは未来の話である。再開することにしたシュッツの会の展望である。Geistliche-chormusik(宗教的合唱曲集)は、声部を楽器で演奏してもよい、再開した会には木管トリオがいるからそれが可能……と書いたが、いや、それどころではない。思い出すに、中断する前のシュッツの会(旧シュッツの会)では、ブクステフーデのメンブラや、ヨハン・シェレ(私が見つけて来たドイツ・バロックの作曲家)を歌ったりした。かなり楽しかったが(シェレなど掘り出し物である)、基本的に、バロック音楽に楽器はつきもの(Geistliche-chormusikをアカペラで歌ってもいいのは、この作品がシュッツの懐古的作品だからである)。その楽器がない。リコーダーや口三味線で補ったが当然足りない。だが、これからは、本来の形に近い感じでできそう。これは楽しみだ。そして、ゆくゆくは演奏会をやろう!実は、旧シュッツの会も、教会の演奏会に呼ばれて2曲歌ったりしたことがある。バロックの物珍しさもあって、なかなか好評であった。今度は、自分達だけの演奏会である。夢は広がる。いや、この夢は夢想ではない。現実可能な希望である。

遠い昔、別の銀河系で、そういうことがありましたとさ

2021-08-22 08:23:32 | グルメ
わが心の故郷・逗子と鎌倉の間にはちょっとした山があって、車で移動する人はトンネルを通るらしいが、私は「山越え」をしたことがある。上の方に、小さな動物園があって猿がいたっけ。誰か一緒に……とは言わない。私は一人で生きていく固い覚悟をしたのだ(覚悟の有効期間=24時間。お誘いがあればこの期間は瞬時に短縮される。ときどき小説家になれば?と言われるが、私は、日々のことをだらだら書けても、創作(フィクション)は書けない、だから無理と思っていた。だが、日頃から心にもないこと(フィクション)を書きなぐっている私は既に小説家なのかもしれない)。その鎌倉の住宅街に、予約がとれないことで有名な中華のお店があるそうで、2万円(!)のコースで出てくる餃子は1個!!(一皿ではない)。そのレシピをあさイチが紹介していた。へー。最初にゆでた後、水を切って油を足して焼くのか。真似してみよう。できた。あちらは2万円で一個だが(もちろんフカヒレだとか餃子以外にいろんな料理があるが)、こちらは材料費500円以下で24個である。



なんだか、茹でたところで既にできあがっちゃってて、あまり焼いた意味が感じられない。やはり、レシピを公開してもそうそう真似ができるものではないのだな(だから公開したのか)。さて。このところ、いろいろ心労がたまったせいか、食欲が落ちていた。24個作ったら半分は残して冷凍したりしていた。だが、シュッツの会のいろいろな可能性(この話は別稿で)を考えたら元気が出てきて、いっぺんに23個平らげた。



だが、あと1個にどうしても手が伸びない。完食は断念。ゴール直前に落馬する感じである。閑話休題(次も閑話)。私が「ねえ、ホ……」と話しかけると美女が「……テルに行こうって言うんでしょ。一人で行ったら」という想定問答を公開したら、K田美女が「……ラー映画に行こうって言うんでしょ。怖くてやだ」という別ヴァージョンを提案してくださった。なるほど。その手でいけばいろんなヴァージョンがありうる。以下、「とって出し」である。「ねえ、ホ……」「……タルを見に行こうって言うんでしょ。夜は眠いからやだ」。「ねえ、ホ……」「……クサイの春画展を見に行こうって言うんでしょ。やらしいわねー」(それにしても、無修正の江戸時代の春画集はこの家のどこに隠れてしまったのだろう)。このようにいろんなヴァリエーションがありうるが、それは最初の「ねえ」で予想できる。ペナルティー・キックの際、キーパーの動きを見てどこに蹴り込めばいいかが分かるのと同様である。例えば、ホテルの場合の「ねえ」には獣欲がこもっている(柔よく剛を制す(言いたかっただけ))。蛍なら詩的。北斎の場合は、両者が混合している。とってだしの続きである。「ねえ、ホ……」「……ケンの見直しをしようって言うんでしょ。80歳まで入れる保険があるらしいね(CMの見過ぎ)」。「ねえ、ホ……」「……う酸だんごを買いたいって言うんでしょ。Gが出てるしね。でも猫が間違って食べちゃうと大変だからホイホイにしときましょ」。「ねえ、ホ……」「……っしゃんと尾野真千子に昔不倫疑惑があったけどほんとかって聞きたいんでしょ。知らないわ。それより、レイア姫のキャリー・フィッシャーとハンソロのハリソン・フォードにも同様の関係があったって知ってる?」「『ホ』から始まってないじゃん。でも、フィッシャーが暴露したんだよね。そしたら、フォードがマジになっちゃって「弁護士を通じて話す」って言ったんだ。a long time ago,far,far away in a galaxyでそういうことがありましたとか言えばおしゃれだったのにね」

エロうた(プーランク。ひっくり返せばクープラン)

2021-08-21 05:32:35 | 音楽


昨日の二つ目のブログについて大反省。『私が「ねえ、ホ」まで言ったら、「テルに行こうよ、って言うんでしょ?行くわけないじゃない。バッカねー」と言ってやればよい』と書いた部分である。美女の返答を「テルに行こうよ、って言うんでしょ?頭おかしんじゃないの?行きたきゃ一人で行ったら?」と書くべきであった(そこかい)。ホテルと言えば、ウチに一番近かったラブホがつぶれてしまった。環七からちょっと入ったところで、こんなところにあるんだ、彼女ができたら行こう、と思っていた所である。つぶれる前に、それこそ一人で行きゃあよかった。つぶれたつながりでもう一つ。こっちは大ショックである。私の「心の故郷」である逗子の海岸に出る道の途中にあるビストロに一度入りたかったのだが、彼女ができたら、と思っていつも店内を覗きながら素通りしていた。既にシナリオを二つ用意していて、一つは、彼女ができて、二人でその店にワインを飲みに行って、その後海岸に出て、わざとMまさん(逗子の住人)に見つかるように手をつないで歩くというストーリー。もう一つは、いつまでたっても彼女ができないので、しびれをきらして一人で入る。こちらを近々実行してブログに上げる予定だった。タイトルも「堪忍袋の緒が切れた」に決めていた。あー、それなのに。つぶれたというのはMまさん情報である。コロナのせいだろうか。1年前なら間に合ったのだろうか。それこそ、行きたきゃ一人で行け、であった。オイメー、オイメー。閑話休題(次も閑話)。わが家に大量にあるダビング・ディスクのことを書いた。私がぽっくり逝ったら相続人によって捨てられるんだろうな、って話である。人に捨てられるくらいなら自分で捨てようか、って気もわいてくる。そんなことを思いながら、ふと「20世紀の巨匠たち プーランク」のラベルの貼ってあるディスクに目がとまったので再生してみた。なんと、プーランク本人が、振ったり弾いたりして自作を演奏していた。貴重!やはりこれはお宝の山である。長らくほっぽらかしていたリスト作りを再開しよう。気が遠くなるほどの量だが、青の洞門はノミ一本で30年かかって開通した。高い山に日光が遮られた村の若者が一人山を削り出し、はじめは笑っていた村人が加わりだし、とうとう朝日に照らされる村になったという童話もあった。卑近な例を挙げれば、わが家の食料庫一杯につまっていて、一生かけても食べきれないと思われたお好み焼き粉が知らぬうちになくなっていた。ゴミ袋にするためにためていてそれ自体がゴミと化していたレジ袋もいつの間にか半減している。千里の道も一歩から、である。そのプーランクの映像だが、作曲者のピアノ伴奏で、名バリトンのガブリエル・バキエが歌っていた「捧げ物」(歌曲集「陽気な歌」から)を聞いてびっくりした。ヴィルジーネの娘が神様にろうそくのお供え物をして彼氏をお与えくださいと祈ると神様が答える。その内容がエロくてここには書けない。しかも、最後、消え入るような「ああ」まで付いている。この歌の正しい視聴態度はくすっと笑うこと。けしからんと眉をひそめてもよい。内容を理解している証拠である。これに対し、言葉の分からない日本の聴衆には実にありそうだが、なんて高尚なってしたり顔でうんうんうなずいたらダメだ。名手バキエの「渾身」の「あえぎ声」が台無しである。そうした歌詞に付けられた音楽は例えようもないくらい優美。プーランクをたくさん聴いてみたくなった。因みに、プーランクは現代作曲家であるが、「プーランク」の文字を分解して組み直すとバロック時代の「クープラン」になる。このブログを書いている間、朝日が昇ってきた(写真)。上記の山村もこの陽光を今浴びていることだろう。そして、いよいよ今日、私は2回目のワクチン接種である。来たれ、副反応!来たらそれを口実に1週間くらいぼーっとする心づもりである。ここんとこ、ずっと走りっぱなしだったからなー。

オーボエで始まる「もろ天」/シュッツを歌ってホテルに行こう!

2021-08-20 12:13:20 | 音楽
シュッツのGeistliche-chormusik(宗教的合唱曲集)は多声ポリフォニー。これはルネサンス期に流行った様式であり、シュッツが属しているバロック期では過去のものになっていた。だからこの作品は、シュッツの懐古的作品である。全29曲の中で、私が一番好きなのは、このブログにも何度も書いているが、「もろもろの天は神の栄光を現し」(Die Himmel erzählen die Ehre Gottes)、略して「もろ天」である。当然、次回のシュッツの会(復活会)でも歌う予定である。なお、このように略しているのは私だけ。くれぐれも、古楽の愛好家の集まりで「もろ天」などと言ってはいけない。古楽の愛好家(私を除く)は厳格で真面目である。私は、彼らの口から「(ラブ)ホテル」という言葉が漏れたのを聞いたことがない。いったい、彼らはどうやって子孫を残しているのか不思議なくらいである。私が例外なのである。私ときたら、口癖が「ねえ、ホテルに行こうよ」。だから、美女達は、私が「ねえ、ホ」まで言ったら、「テルに行こうよ、って言うんでしょ?行くわけないじゃない。バッカねー」と言ってやればよい。そのことにより、一人の男子の心がズタズタになるのである(このあたりのやりとりを見てきたかのように記述できる私は何なのだろう)。その「もろ天」であるが、出だしは、ソプラノ2が「ディー・ヒーームメル……」(♪ラードーシ)と始まるのだが、ある録音では、これがオーボエになっていた。もともと、Geistliche-chormusikは、作曲者が、各声部は歌っても楽器で演奏してもよい、と序文に書いているのだが、現代の演奏では、歌詞の書いてない声部は楽器で演奏しても、歌詞の書いてあるパートは歌うのが常であるから、オーボエで始まる「もろ天」は大変めずらしい。しかし、われわれの会には、オーボエニストがいるから、このパターンも可能である。つうか、かりに、その日によって足りないパートがあっても楽器で補えればできてしまう。バスのパートをガンバで弾いてもらうことだってあるだろう。おおおっ、そうだ、そう考えれば、私がテナーのパートを楽器で演奏することもアリだ。テナーが足りない場合、主宰者としてはわがままを言ってられないからテナーを歌うことを覚悟していたが、楽器でいいんなら大歓迎である……と言っても、うまく演奏できたら、の話である。下手にやったときの皆の冷たい視線に耐えられるだけ私は肝の据わった人間ではない。おっと、今朝の記事で予告した「エロうた」を書くスペースがなくなってしまった。それは順延ということで。

誤解

2021-08-20 09:41:18 | 日記
「とかくこの世は住みにくい」漱石の「草枕」の冒頭だが、本当はこの文の前に住みにくい理由が書かれている。まあ、漱石先生には漱石先生なりの理由があるだろうが、住みにくい理由は人それぞれ。真相は藪の中である。その真相を明かさなければ真の理解が得られないとしても、そもそも、本人にとって真相が謎であれば言いようがない。言えば言うほどドツボにはまる。腹膨るる技とはこのことである。免疫に極めて悪そう。まあ、誤解の中で生きるのが人間の宿命。あきらめてほっとこう。誤解と言えば、井伏鱒二の「山椒魚」の冒頭を、私はずっと「山椒魚は考えた」だと思っていたが、このほど「山椒魚は悲しんだ」であることに気がついた。「巨人の星」の主題歌の「思い込んだら」を「重いコンダラ」と思うのはよくある誤解である。なお、井伏の「山椒魚」は、オオサンショウウオであると私は信じているのだが、これも誤解であろうか。実は、ちょっと前にブログのプロフィールの好きな食べ物を「霞」に変えた。そのココロは、俗世を離れて千人(去年の今頃は千人の通唱会であった)……じゃなくて仙人のように生きたいという思いと、仕事も何もかもやめて、霞を食って生きるんだという決意を表している。ところで、霞の正体は、水蒸気であろうか。であれば、それだけで生き延びることはできないことは、認知症で食べることを忘れてぽっくり逝った母(いや、あのスピード感はまさに「ぽっくり」である)を見てれば分かることである。この話で終わったら「ウケルネ」は押しづらいだろうから(そもそも、今回のネタは「エロうた」の予定だった。今日中にそのネタをアップしよう)、昨日の35万円のベッドの話の続きを語ろう。「実はシングルベッドだった」というオチの提案をしたのはMま美女。しかし、私がボンで魔女が経営する民宿(ドイツ語の方言がまったく分からず、相当な挫折感を味わった)に泊まったときのベッドは、これぞドイツ人用と思えるほどの大きさ。私が縦に二人並んでも足が出ないほどの大きさである(誇張)。あれなら、シングルでも添い寝が可能だ。はい、Mまさん。言いたいことは分かる。添い寝の相手は美女でなくて美男だった、と言いたいんでしょ。Mまさんは、私=オホホ説を広めている張本人である。それで思い出した。私が学校を出て会社に入った最初の3か月は、吉祥寺の独身寮に入っていた。ある番、寮の先輩たちとしこたま飲んだ。で、朝、目を覚ましてみたら、なんだかいつもの布団ではない。え?その布団にもう一人いる。某先輩(男性)と背中合わせに一つ布団で寝ていたのである。互いに「え?ええー?」と叫び、私は自室に退散した。いったい、どういういきさつで先輩と同衾したのかは知る由もない。だが、断じて言うが、肉体関係(?)はなかった。ちゃんと服を着ていたし、変なところが痛くなかったから。ね?だからMまさんの説は誤解なのです(って、そんな話をすれば誤解が増殖するだけだって)。誤解で始まり誤解で終わった今回のネタは結果オーライ。満足した、というのは真相である。

誰か通奏低音を弾いて!

2021-08-19 06:35:25 | 音楽
某某美女がいろいろ聞いてくるんでベッドの中なら話すと言ったら偶然目に入ったという35万円のベッドのカタログを送ってきた。ちょっと手が出ないから35万円のベッドをしつらえてるホテルに行こうと言ったのだが、まてよ、同棲するんなら35万円くらい安いものだ。35日で元がとれるし(?)。いや、そもそも私は某某美女と某さんのクピード役であった。クピードは矢を射って対象の二人をベッドインさせるのが仕事であって、自分がベッドインしてはならなかった。ベッドの話は撤回(それにしても、キューピーマヨネーズはたいそうな名前を付けたものである)。さて、シュッツの会の再開に備え、家でGeistliche-chormusik(宗教的合唱曲集)のCDを聴きまくっている。演奏には大きく三つのグループがある。一つは古楽系の声楽アンサンブル。ソプラノはノン・ビブラート、アルトはカウンターテナーである(コルデスのブレーメンのグループ、ラーデマンのドレスデンのグループ、鈴木雅明のBCJ、メッソーリのイタリアのグループがこれに入る)。一番綺麗なのはBCJ、一番脱力してるのがイタリアのグループ、ニュアンスがあって私が一番好きなのはブレーメンのグループである。二つ目のグループは少年合唱団(ドレスデン十字架合唱団、テルツ少年合唱団、ハノーファー少年合唱団の録音がある)。思えば、昔、シュッツのこの曲のレコードと言ったらドレスデン十字架合唱団のものしかなかった。遠山音楽図書館に行って、聴かせてもらったものである。今聴くと、ゆっくりで、無骨で、重厚。カール・ベームが指揮するベト7を思い出す。それからハノーファー少年合唱団は、ディスクユニオンで偶然レコードを見つけて聴いたらすごくよくて、しばらくこれがマイ・ベストだった。CDはドイツから取り寄せた。三つ目のグループは……グループと言っても一つしかない。エーマン指揮のヴェスト・フェリッシェ・カントライ。他のを聴いた後でこれを聴くとびっくりぽん。女声にビブラートがかかっている。アルトも女性で、カウンターテナーなど絶対入れてくれなさそう。いや、どっちかというと、これが普通の合唱団なのだが、シュッツに関しては「異形」である。でも悪くない。因みに、私は鈴木仁先生が指導されていた室内合唱団でシュッツと歌用のドイツ語を知り、そこで習ったドイツ語(その後、ゲーテ・インスティテュートの発音クラスで、それが正しい発音であったことを再確認した)で歌いたいと思ってシュッツの会を作ったのだが、その鈴木仁先生はエーマンのお弟子さんということである。さてさて、シュッツを歌う会の前の30分間は楽器タイム。以前ブログに書いた「カンタータ補習の会」つまり、前週に歌いまくる会でやったカンタータの楽器パートを演奏し、居合わせた歌の人に歌で混ざってもらうというイベントが「瓢箪から駒」!実現の運びと相成った。ここでのアンサンブルは手作り感満載。トリオの一人が残念ながら次回は欠席なので二人で回さなくてはならないので、私も曲によっては通奏低音を弾く。問題は第1曲。管楽器が派手に立ち回るから、二人とも管を吹かねばならないから通奏低音がいない。誰かやってくれない?前奏と後奏の部分は歌はないからそこだけでも。左手だけでいいので。特にインベンションの会(いまのところ夢想の域を出ていない)に参加予定の方は是非!