今週の13日から15日まで私の住んでいる地域では、「お盆」になる。この時期には、先祖の霊が里帰りするとされており、先祖供養を通し一族の安泰を願う仏教的行事を行なうのである。
母が亡くなって初めての「お盆」になるわけで、今年は「初盆」ということになる。「初盆」とは49日忌の供養が終わり一周忌迄の間に初めてむかえるお盆のことで、特別に飾り付けをして、ことさら丁寧に供養を行う。まず最初に「内施餓鬼」といって、普通のお供えの他故人の好物だったものを供えたり、親族や故人と親しい方達を招き、僧侶に読経して頂き精進料理でもてなす行事を行う。
本来なら、13日に「内施餓鬼」を行なうわけだが、僧侶の都合や、兄弟姉妹、親戚に来てもらうには日曜日に行なうほうが都合がいいので、少し早いが今日行なうことにした。
まずは、お寺に向かい、お墓参りをした。そして、お墓の前で「迎え火」を焚く。「迎え火」の火を家まで持ち帰らなければならないということで、どうやって持ち帰ればいいのか悩んだが、燃えカスをバケツの中に入れ大急ぎで家に戻った。要は火の明かりを頼りに、先祖が迷わずに家に帰れる様道案内するという意味合いがあるということなので、火が消えてもいいように、懐中電灯の灯りを点けて保険とした。火種を持って車で移動するなんて危険なのでやはり電灯でよしとするほうが安全だ。
「お盆」の祭壇は、業者に来てもらってきれいに飾ってもらったが、お供え物はいろいろしきたりがあるらしく、業者や僧侶の話を聞いて海の幸、山の幸といわれるもの、お米、果物、そばなどを供えた。それぞれいわれがあるのだが、細かいところは全て僧侶の指示に従うしかない。事前にいろいろ聞いて準備したはずだったが、今日の祭壇のお供えを見た僧侶には、足らない物があるとまた言われてしまった。我が家のお寺の住職は、結構しきたりに厳しい人なので、毎回何かしら指摘されてしまう。とりあえず住職の言うことは、全てハイハイと従うしかない。こういう行事は、何度もやれる訳ではないので、覚えるのは難しいものである。
唯一私が作ったキュウリの馬と茄子の牛は、わりとうまく出来たので親戚の人たちからは褒めてもらえた。馬は冥土からすばやく郷帰りして頂く乗り物、牛はゆったりと帰って頂く乗り物としての解釈があるそうだ。来年以降は、特別な飾り付けを行なう必要はないが、お供え物は同じようにやらねばならないので、今回の様子はしっかり写真に撮っておくことにした。
僧侶の読経のあと、みんなで会食をして無事「内施餓鬼」が終わった。ただ、これで「お盆」が終わったわけでなく13日、14日は近所の人、友人、会社関係等の人たちが供養に来てくれるはずである。そして15日には「送り火」を焚き、お寺での「寺施餓鬼」に出て「お盆」の行事が終わる。「お盆」はまだ始まったばかりだ。
母が亡くなって初めての「お盆」になるわけで、今年は「初盆」ということになる。「初盆」とは49日忌の供養が終わり一周忌迄の間に初めてむかえるお盆のことで、特別に飾り付けをして、ことさら丁寧に供養を行う。まず最初に「内施餓鬼」といって、普通のお供えの他故人の好物だったものを供えたり、親族や故人と親しい方達を招き、僧侶に読経して頂き精進料理でもてなす行事を行う。
本来なら、13日に「内施餓鬼」を行なうわけだが、僧侶の都合や、兄弟姉妹、親戚に来てもらうには日曜日に行なうほうが都合がいいので、少し早いが今日行なうことにした。
まずは、お寺に向かい、お墓参りをした。そして、お墓の前で「迎え火」を焚く。「迎え火」の火を家まで持ち帰らなければならないということで、どうやって持ち帰ればいいのか悩んだが、燃えカスをバケツの中に入れ大急ぎで家に戻った。要は火の明かりを頼りに、先祖が迷わずに家に帰れる様道案内するという意味合いがあるということなので、火が消えてもいいように、懐中電灯の灯りを点けて保険とした。火種を持って車で移動するなんて危険なのでやはり電灯でよしとするほうが安全だ。
「お盆」の祭壇は、業者に来てもらってきれいに飾ってもらったが、お供え物はいろいろしきたりがあるらしく、業者や僧侶の話を聞いて海の幸、山の幸といわれるもの、お米、果物、そばなどを供えた。それぞれいわれがあるのだが、細かいところは全て僧侶の指示に従うしかない。事前にいろいろ聞いて準備したはずだったが、今日の祭壇のお供えを見た僧侶には、足らない物があるとまた言われてしまった。我が家のお寺の住職は、結構しきたりに厳しい人なので、毎回何かしら指摘されてしまう。とりあえず住職の言うことは、全てハイハイと従うしかない。こういう行事は、何度もやれる訳ではないので、覚えるのは難しいものである。
唯一私が作ったキュウリの馬と茄子の牛は、わりとうまく出来たので親戚の人たちからは褒めてもらえた。馬は冥土からすばやく郷帰りして頂く乗り物、牛はゆったりと帰って頂く乗り物としての解釈があるそうだ。来年以降は、特別な飾り付けを行なう必要はないが、お供え物は同じようにやらねばならないので、今回の様子はしっかり写真に撮っておくことにした。
僧侶の読経のあと、みんなで会食をして無事「内施餓鬼」が終わった。ただ、これで「お盆」が終わったわけでなく13日、14日は近所の人、友人、会社関係等の人たちが供養に来てくれるはずである。そして15日には「送り火」を焚き、お寺での「寺施餓鬼」に出て「お盆」の行事が終わる。「お盆」はまだ始まったばかりだ。
仏壇は提灯で賑やかに飾られてるのでしょうね。
土地により時期や風習が少し違いますが、意味合いは同じですね。
母親のざいしょや私の住む地域では、小さな提灯に迎え火をろうそくに移して運びます。
暗い夜道に迷わないようにと昔の意味合いですよね。
今は街灯が有りますから迷わないですが、ご近所では家中全員で歩いてお墓に行き提灯の灯りで、歩いて連れて帰る家が殆どです。農村部の良き風習と思います。
とっちーさん宅もご親族兄弟が集まり、生前のお母様の良き思い出話をされた事と思います。
私の地方は来月です。
葬式ほどではないですが、それに近い飾り付けや来客があります。ですから、葬式、四十九日、初盆が続くのは大変です。でも、もう少しなので頑張ります。
こういう時に、親戚や兄弟姉妹とゆっくり話す機会ができていいのかもしれません。