イエス・キリストの十字架、復活、そして「いのち」にあずかるということについて
平成隠れキリシタン
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自分の選択によって信仰するということはない
「肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。
肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。
というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。
肉にある者は神を喜ばせることができません。」(ローマ8:5-8)
---
私たちは一体、肉に従うか御霊に従うかを、自ら選択したのであろうか。
そうではない。私たちには、肉に従う以外、できないのである。
神の律法に服従できない肉。神の怒りを買う肉。
ところが、キリスト・イエスは、私たちのこの肉への従属から解放してくださるのである。
肉は極刑で処罰され、そののちイエス同様復活して義と認められる。
これもまた、自分で選択して行う類のものではない。
---
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肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。
というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。
肉にある者は神を喜ばせることができません。」(ローマ8:5-8)
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私たちは一体、肉に従うか御霊に従うかを、自ら選択したのであろうか。
そうではない。私たちには、肉に従う以外、できないのである。
神の律法に服従できない肉。神の怒りを買う肉。
ところが、キリスト・イエスは、私たちのこの肉への従属から解放してくださるのである。
肉は極刑で処罰され、そののちイエス同様復活して義と認められる。
これもまた、自分で選択して行う類のものではない。
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