
【「黒船前夜」を読む
「北海道に歴史がない」、という人がいますが、それは江戸を中心とした教科書や徳川正史の中での記述が少ないというだけのことです。
まだ近代的国家観が醸成される前の身内的経営観で統治が可能だった江戸時代には、その統治からはずれて訳の分からない辺境の地を開拓して収入を増やそうという意欲がきわめて少ないのでした。
それ故蝦夷地では、統治が及ばない故の開放的な経営スタイルが許された反面、ロシアを始めとする異国の接近に対して場当たり的な対応がなされ、それがまたドラマを生み出してもいたのです。
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八月上旬、北海道新聞の夕刊に掲載されていた「北方史に魅せられて~「黒船前夜」に寄せて」というタイトルの一文を見た時に、その著者が渡辺京二さんと気づいたことは実に幸いでした。
渡辺京二さんは近世史家と名乗っていますが、物書きとしての才能を以前にご紹介した「逝きし世の面影」という名著で鮮烈に印象付けました。
この本を「ぜひ、絶対に読んでください、名著ですから」と教えてくれたのは今は静岡県知事になってしまった川勝平太さんでしたが、実に良い本との出会いが生まれて感謝に絶えません。
「逝きし世の面影」では、江戸時代末期から明治時代に日本を訪れた多くの外国人が記した日本人に関する記録をくまなく調べて、その中からどうしようもなく純朴で幸せに満ちた明治以前の日本人の性格と性質を鮮やかに浮かび上がらせました。
この文筆力がそのまま「黒船前夜」でも発揮されていて読ませます。
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さて、北海道新聞に寄せられた文書を読んで、初めて私は、これまでずっと興味を持っていた近世北海道のロシア外交史やら幕府の蝦夷経営史を網羅した「黒船前夜」という本があることを知りました。
本屋さんへ行く暇がなくてすぐにネットで取り寄せて読み始めるとこれがまさに私が求めていたテーマに沿うもので、どんぴしゃで面白い!
本の副題は「ロシア・アイヌ・日本の三国志」とありますが、極東を目指したロシアの事情と松前藩を中心とした蝦夷地経営の事情、そしてアイヌの人たちとの関係を、実に多くの文献からその記述を吟味して一つの解釈として浮かび上がらせてくれます。
本そのものは小説というよりは根拠となる文献をページの端に丁寧に記載してくれていて、「だれでも原文に当たればこう解釈するでしょう?」と言わんばかりのエピソードを連ねて、歴史論文的とでも呼ぶべきスタイル。
今まで分からなかった地理感覚や舞台となった町なども豊富な地図を掲載し、歴史物語を理解しやすくしてくれているあたりは、「どう?これなら分かるでしょ?」と言われているようです。
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著者は日本そのものの外交史を概括して、「日本は十六世紀半ばから十七世紀半ばにいたるおよそ100年間、ヨーロッパ文明との最初の接触を経験した。これをヨーロッパとのファースト・コンタクトと呼ぶとすると、鎖国という中断を経てやがてセカンド・コンタクトへ至るのは時の必然」だと言います。
そして「開国というセカンド・コンタクトを省みるとき、もっぱら一八五三年のペリー来航に焦点が合わされるのは再考を要しよう。それはひとつの画期ではあっても、セカンド・コンタクトそのものの開始を告げるわけではなく、それを求めるならば時ははるかに早い安永・天明年間、場所は北方の蝦夷地に求められねばならない」と言い切ります。
そして、北方問題を一言でいうと、それは「アイヌを自分側に取り込もうとする日・露民族主義同士の相克にほかならなかった」と看破。
北海道にはこんな歴史があった、という驚きとともにかつて誰も教えてくれなかったわが郷土の歴史の物語がここにあります。
北海道に住む知識人には必ず、いや、絶対に読んでほしい本だと断言します。
著者の渡辺氏はこの文章を熊本日日新聞からの依頼によって書きはじめ、本人自身は文献中心に組み立てを行い、『北海道には一度も足を踏み入れたこともなく、地理にも疎い』のだと言います。
これだけのエピソード集を北海道の人間として書けなかったことに忸怩たる思いです。しかしその悔しさを超えて読んでいただきたい。
内容のレビューは次回にお届けします。
※「黒船前夜」~ロシア・アイヌ・日本の三国志
洋泉社 2900円+税 (第37回大佛次郎賞受賞作)
【拙ブログより】
■渡辺京二著「逝きし世の面影」に日本観を見る http://bit.ly/pX1ZyV
■「逝きし世の面影」完読~心の垣根 http://bit.ly/oVJqQU
台湾、お疲れ様でしたね。
「北海夢譚」再度お貸しいたします。
林田則友さんの資料添付しておきました。
市役所の人たち、なんにんかれのことを知っていますかねえ?