いい大人は野遊びをしよう。
そんな合言葉で野遊びを共にする友人たち三人と今日は、小樽を越えてまだ向こう側にある東積丹のある港へカレイ釣りに行きました。
実は海釣りはそれほどやっているわけではない私ですが、クロガシラカレイが釣れるというので、(これからは野遊びの一環として海釣りをがんばってみよう)と思い、連れて行ってもらったのです。
今日は割りと強めの西風で、「これだと西積丹で釣るのは難しいと思うので東積丹で釣りましょう」と自転車ツアー&釣りガイドの石塚さんの判断で風の当たらない港にしました。
カレイ釣りということでカレイ用の仕掛けをつけて海に向かって投げ入れる投げ釣りに挑戦。
友人と行く釣りは、釣れる事もそれはそれで楽しいのですが、釣れるのを待つ間の何気ない会話にこそ妙があります。
釣りを誰から教わったか、という話になって、石塚さんは「僕は祖父でした。祖父は室蘭港で伝説的な釣師だったんですが、祖父が亡くなってからも私が室蘭港へ行くと、そのときの祖父の弟子に当たる人たちから『おお、○○さんのお孫さんかい。○○さんには随分世話になったんだよ。ここで釣るといいよ』と場所を譲ってもらうこともしばしばでした」と言います。
「恩義が後に繋がって、孫や子孫が誇らしくなるような行き方ってすばらしいですよね。僕もそういう爺さんになりたいと思うんです」
すると今日のチームの隊長である残間さんも「僕も釣りは爺さんから教わりましたね」と言います。
「父親じゃなくて祖父から習うということにどういう意味があるんでしょうかね」
「そうですねえ、父親ってある時期忙しくって子供のことをかまっていられない時期があって、それを補うのが祖父ということなのかもしれませんね」
「『ちょっと孫を借りるよ』と言って孫を釣りに連れて行き、そこで人生とは何かをさりげなく語る…。そういう爺さんっていいですねえ、私もそれを目指します」
「それじゃ小松さんももっと海釣りをやらなくちゃね(笑)」
釣りをしながらの会話って、机をはさんで顔を見合わせながら話すのと違って、どちらも自分の釣竿を気にしながら、同じ方向を見ながら話をするのです。
目を見てまじまじと話し伝えるのよりも、海風を浴びて二人して同じ方を見ながら話す方が心に染みるのかもしれませんね。
私は祖父から釣りを習うということがありませんでしたが、自分の孫が大きくなって一緒に釣りをする日がなお一層楽しみになりました。
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そんなことを話しているうちに、残間隊長の竿にピクピクとした当たりが来ました。「お、来た!」とラインを手繰ると釣れたのはそれなりの大きさのホッケでした。
「赤ホッケ、いいじゃないですか」
最近はとんと獲れなくなったといい、居酒屋でも値段の上がっているホッケですが、型も大きさも良くて幸先の良いスタートです。
その後はだんだんに釣れるようになってきて、私も念願のホッケを一匹ゲット。良い記念になりました。
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今日は野遊びガイドとしてこの春独立し、先日お祝いを一緒にした佐藤みずき君も参加してくれて、いろいろと指導をしてくれました。
みずき君以外が次々に釣れて行く中で、みずき君の竿だけになぜか当たりがこなくて、(このままだと帰りの車の中の雰囲気が悪くなったりしないかな)と心配していたところ、一番最後に彼の竿にも大きなホッケがかかり一同安心。
逆に、「なるほど、お客さんに先に釣らせておいてから、『じゃそろそろ私も本気で釣ってよいでしょうか』って感じか。なるほど、うまいなー」と言われ一同大爆笑でした。
結局この日は、ホッケが全部で15匹釣れて、とても楽しい釣りの一日。
もっとも、釣りが終わった後で、「今日って、カレイを釣りに来たんだよね。釣れたのは全部ホッケだったけど(笑)」でさらに一同爆笑。
釣りも人生も、予定通りになど行かないもので、それを楽しむところに釣りの妙味があると言えるでしょう。
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帰ってきてからは早速ホッケを捌いて食べられるようにします。釣ったら食べて供養するところまでが釣りの範囲です。
全部で5枚をいただいたので、二枚は一夜干し用、二枚はフライ用、一枚を刺身にして処理しました。
一夜干し用の処理も案外うまくいきました。これから塩水に漬けてそれから軽く干します。
明日は美味しい一夜干しのホッケを、釣り談義とともに楽しむことにしましょう。
いい大人は、夜遊びも女遊びももうやめて、気の合う友達と健全で楽しい野遊びを楽しもうではありませんか。
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