北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

音威子府の砂澤ビッキミュージアム

2016-10-18 22:13:29 | Weblog

 

 午前中の要望会を終えて午後は稚内へ移動です。

 高規格道路を使って一路稚内を目指して車を走らせますが、現道へ降りて音威子府の手前を走っているときに、「そういえばこの先に砂澤ビッキさんのミュージアムがありますね」という話が出て、そちらへ立ち寄ってみることにしました。

 砂澤ビッキさんは、1931年に旭川でアイヌの両親のもとに誕生。1953年以降、鎌倉に移住しモダンアート協会を中心に彫刻作品を発表し始めます。

 1978年に個展会場で音威子府高校の狩野剛校長と出会い、音威子府筬島(おさしま)で小学校の廃校をアトリエとして創作活動をはじめ、1980年に、音威子府駅前に「トーテムポール」を建て大きな話題を呼びます。

 1986年に札幌芸術の森に「四つの風」という作品を設置、1989年に骨髄ガンのために57歳にして逝去しました。

 彼の作品を今に残して展示しているのが、ここ「エコミュージアム筬島センター アトリエ3モア」です。「3モア」というのは、最初のアトリエが「モア」、二番目のアトリエを「モア・モア」と呼んだことから、三番目にして最後のアトリエを「3モア」と呼んでいるとのこと。

 施設はもともとの小学校の建物の部屋を使って彼の作品を展示していて、廊下と部屋の作りに木造のなつかしさが漂います。

 「風の回廊」、音威子府駅の前に建てて朽ち果てたものを並べた「トーテムポールの木霊」、「アトリエ:午後3時の部屋」などの展示に「アイヌ作家とは呼んでほしくない」と言ったビッキさんの作品を見ることができます。

 

 なかでも「樹気との対話」という部屋は暗闇の中で水盤に「TOH」と名づけられた作品が置かれた空間。「彫刻は動かないものですが、それを水に移すことで動かしてやろう」というものだそうですが、とても印象的な空間で、二度見返しました。

 最後の記念品売り場には、札幌にあった「いないいないばぁー」という名のバーにあったカウンターが移されて据えられています。

「札幌にいた時のビッキが飲みに来ては作品を置いて行ったそうです。今ではそのバーの店を閉じましたので、その時の空間をここに再現しています」


 木と対話してそこから新しい魂を生み出す木彫という芸術に触れる空間。

 旭川から稚内までの間にはあまり観光資源はないように思っていましたが、ぜひ見てほしいと思います。

 私は以前訪ねた時が定休日で残念な思いをしたのですが、改めて来て見てよかったと思いました。

 道北旅行の際はぜひお訪ねください。

【エコミュージアムおさしまセンター】
■開館時間 9:30~16:30
■開館期間 4月26日~10月31日
■休館日  毎週月曜日(祝日時は翌日)
■観覧料  200円(安すぎる!)

  
 

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